Loading…

錦織圭の姿に 「テニスの尊厳」 を知る。

Posted by 高見鈴虫 on 10.2016 テニスねた   0 comments

錦織圭選手、惜しくも負けてしまった。
だが、彼の敗北について、横から外野がうるさい口をはさむことを、
俺は許さない。

錦織はよくやってくれた。
本当の本当によくやってくれた。
リオ・オリンピックのあの死に物狂いの善戦から、
そしてこのUSOPEN。
まさに地獄のようなロードである。

しかも、である。
今年のニューヨークの夏は、糞暑い。
気温そのものは大したことがないまでも、
この湿気。
そう、この湿気である。

ビル街に行き場を失った空気が、
焼けたアスファルトの上に淀んでは吹き溜まり、
排気ガスと下水道の臭気と、
ありとあらゆるところで唸り続けるクーラーのモーター音。
それに加えてストリート・ベンダー、
ケバブ屋からピーナッツ屋から、ホッドドッグからチキンライスから、
そんな数々の得体の知れない屋台から立ち上る煙。
そして犇めき合う世界中の人々の体臭。
汗からワキガから口臭から安い化繊から果ては露骨な糞尿臭、
そんな一切合切の都市の汚濁が、
蒸れながら膨らんでは膿んで爛れ、
ねっとりと弾力を帯びては肌に絡み付いては離れない。

それに加えてこの謎の小虫の出現である。
まるで塵にも埃りにも見たない、
小さな小さな黒い虫が、
鼻と言わず目と言わず耳と言わず、
身体のまわりのいたるところをふわふわと漂っては、
思わず鼻から吸い込んでくしゃみを連発。
あるいは目に飛び込んでは目をしばしば、
気付かずにいるといきなり首筋から耳の後ろからシャツの中まで、
チクリチクリと針で突くような痛感を残していく。

これは、俗に言う、サンド・フライ、という奴である。
フロリダやら中米やら熱帯地域、
それも水質汚染の甚だしい、大衆向け海岸などで、
酔っ払った海水浴客のまわりでふわふわと群れをなしては、
知らぬうちにちょっとした引っかき傷などに集っては卵を産み付け、
いつしか赤く腫れ上がったオデキから、事もあろうに白いムニムニ、
ウジ虫君が顔をだす。
まさしく生物という生物を生きながらにして腐らせていく、
そんなおぞましくもこの上なくいまいましい南国の悪魔。
果たしてそんなものがなぜこのニューヨークに出現しているのか。

そう、つまりはこれも地球温暖化の確かなる現れ。
狂った母なる大地はすでにこの世の終焉に向けて、
全てのチューニングがずれにずれたオーケストラ、
いまにも気のふれるような凄まじい狂騒曲を高らかに奏で続けている。

そう、9月を過ぎても尚、そんな暑気に狂わされたままのニューヨーク。
この忌々しい灼熱。
そしてありとあらゆるものにべったりと貼り付いたまま腐り始めるこの重い重い湿気。

この日のニューヨークも、まさにそんな最悪の、
地獄のような残暑の日だった。




暑い。本当に暑い。
なにをしてもこの湿気が去らない。
九月も半ばだと言うのに、この暑さはいったいなんなんだ。

犬の散歩をしながらでも、
風が止んだ途端に、思わず苛立ちの叫び声を上げたくなるほどの、
まさに最低最悪の狂乱暑気。

どんよりと淀んだ南の空、雲の彼方を飛び去る旅客機の機影を追いながら、
フラッシン・メドウ、あのUSOPENの会場となる、
海沿いの、空港の近くの、沼地の埋め立て地帯の、
あのとびきり暑い暑いエリア。

立っているだけでもいまにも目が眩んで意識が遠のく、
そんなおぞましいこの夏の中でもとびきり最悪の残暑の午後、
まさかこんな日にテニスをしようなんて、気違い沙汰だ。
思わずそんなことを呟いては、
すでに体力の限界を遥かに超えているであろう錦織、
その心中を思っては、神にも祈る気持ちで、
がんばってくれと、繰り返すのみ。

ただそう、条件は敵も同じだ。
しかも、錦織。
日本という、湿気大国のご出身で、
トレーニングを受けてきたフロリダこそは、
ジュラ紀の気候に酷似した恐竜の生息地、その舞台である。
この暑さを、この狂った灼熱こそが、最大の敵。
そして、錦織こそが、その灼熱の中でトレーニングを積んできた、
夏の覇者、なのである。

そう、あの日もこんな暑さだった。
忘れもしない、2014年、USOPEN。

深夜、どころか、まさか明け方の鬨の声が聞こえるほどの、
あのラオニッチとの深夜の死闘
それに続いた、ワウリンカとの、まさに気力体力の全てを消耗し尽くした、
あの地獄の沙汰のようなフルセットマッチ

そして、歴史の変わったあの一瞬。
立っているだけで呼吸困難に陥りそうな、
そんな灼熱下の地獄のフライパンのようなハードコート、
絶対王者であるジョコビッチを相手を、
完膚なきまでに叩きのめした、
あの、あの、あの、まさに神懸ったしか言いようのない、
一世一代の大金星

そう、あの夏、2014年のあの夏もこんな感じだった。
そしてその、灼熱を、錦織は味方につけたのだ。

錦織圭、辛いのは相手だって同じだ。
そして、君には、そんな地獄を物ともしない、
テニス界のブルース・リー = マイケル・チェン直伝の、
鋼鉄の根性が備わっている
その精神力、それこそが、錦織圭の唯一絶対の武器。

しかしながら、そう、この対戦表である。

リオの死闘を戦い抜いたアンディ・マレイを撃破しながら、
汗に滑ってラケットをすっ飛ばすほどの、
あの地獄の鍋の底のような灼熱の中、
USOPEN史上に語り継がれるほどの、
4時間にも及ぶ死闘を戦い抜いたいま、
錦織にいったいどれだけの体力が残されているのか。

しかもワウリンカである。
長きに渡って、ロジャー・フェデラの弟分、あるいは噛ませ犬として、
不遇のアンダードッグの境遇に耐え忍んできた、
歴戦の勇者、ファイターの中のファイターである。

2014年のUSOPEN、準々決勝において、
激突した、錦織とこのワウリンカ、
徹底的な劣勢と言われていたこの若き錦織の前に、
まさに気力体力の全てを使い切る消耗戦の中、
ファイブセットの後に、崩れ落ちるように敗れたワウリンカの姿、
あの狂乱の午後も、
確かにこんな気違いじみた暑さの中であったのだ。

暑さこそが最大にして最強の敵。
つまりは、体力勝負、気力勝負、
またそんな修羅な試合展開になることは、
予想していた筈であった。

今日という今日は、さしもの錦織も、さすがに、きついかもしれないな・・

そう、ワウリンカは覚えていたに違いない。
忘れるはずがない。
二年前のあの屈辱。
思わず汗の中に涙を滴らせて男泣きに泣きじゃくった、
あの、気の遠くなるような灼熱の中での悪夢を。

長引く会議の中で、手元の携帯にメッセージが届いた。

圭ちゃん、負けたよ。完敗。力尽きた。泣。

そうか、負けたのか。
第一セットは取った、とは聞いていたが、
この暑さの中で、さすがワウリンカだな。
雪辱を果たした、というところか。

ふっと長い長い溜息である。

思わず、また、決勝のチケット、五〇〇〇ドル、
なんていうふざけた値段のついたチケットを、
買ってしまうところだったぜ・・・

ただ、とメッセージが続いた。

圭くん、本当によくやった。良い試合だった。
敗れたとはいえ、アッパレ。本気で泣けた。

再びつく溜息に、熱がこもる。

なにがアッパレだ。負けは負けだ。
敗れた者に慰めの言葉は不要だ。

ああ、錦織圭。
あの、底なしに素直な、あの貴公子の中の貴公子。
策士・ワウリンカの悪巧みにまんまと嵌っては、
地獄の底の灼熱の中、これでもかと振り回されては、
走って走って走らされて、気力体力の全てを吐き出させられて、
敗れ去ったに違いない。

そう、アンディ・マレイとの試合に全てを出し尽くしてしまった錦織にとって、
この暑さ、この気違いじみた暑さは、
まさに、地獄の業火に近いものだっただろう。

圭ちゃん、よく頑張ったな・・・立っているのがやっと、と言う状態だったろうに・・

思わず涙が込み上げてきて、悪い、ちょっとトイレ、と会議を抜けだして、

エレベーター脇の非常階段までたどり着くのがやっと、であった。



という訳で改めて、
錦織!圭ちゃん、本当の本当によくやってくれた。
敗れたといえ、アッパレ。まさに、あなたは、日本は愚か、
全アジア人の、全テニス・ファンの、誇りだ。

敗者に慰めはいらない。そう判っていながら、この錦織にだけは、
心からのありがとう、の言葉をかけてあげたい。
そう、錦織圭こそはそれに値する。
どんな金メダルよりも、トロフィーよりも、
錦織圭のその姿。

走って走って走り尽くして、打って打って打ち返して、
その、一種凄惨とも言えるほどの、気力体力の限界をすべてさらけ出した、
そのプレーそのものが、テニスという過酷なスポーツ、その美学の全てなのだ。

それを俺たちは、尊厳、と呼ぶ。

錦織圭の姿こそは、まさに、テニスの尊厳、その象徴なのだ。

という訳で、錦織圭。

ああ、決勝の大一番で、あの憎きジョコビッチを叩きのめす、
そんな夢を見なかった訳ではないが、
いやはや、そんなものを見せられた日には、
俺はもう、人生の全てを使い尽くした気にもなっていただろう。

なので、その甘い夢は来年へと持ち越しだ。

ただ、錦織圭。

もはや、ジョコビッチも、そして、アンディ・マレイも、完全な射程距離内である。
もうすでに、彼らの首根っこは完全に抑えている事実を、世界中の人々が確信をした筈だ。

この先、何年もの間、USOPENのたびに、云千ドルの大枚を、その「決勝戦」にはたくことになるのか。

そんな嬉しい悲鳴を上げながら、見果てぬ夢のその最終章、

USOPEN、世界のテニスの頂点の中の頂点に、日の丸のはためくその日まで、

錦織圭の戦いは続く。俺達の、世界中のテニスファンの、その戦いは続くのだ。

頑張れ、錦織圭。勇者の中の勇者。
まさに、テニスの尊厳、その姿。
そんな君が、覇者の中の覇者、となる、その日まで、戦いは続く。

にーしーこーり~ GO! GO! LET'S GO!
にーしーこーり~ GO! GO! LET'S GO!
にーしーこーり~ GO! GO! LET'S GO!



  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム