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BABYMETAL 東京ドーム ~ 恋から愛へのベビーメタル

Posted by 高見鈴虫 on 16.2016 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
子供の頃に読んだ 「ドリトル先生」 の中に、
こんなエピソードがあった。

犬がご飯を食べなくなってしまって、と呼ばれたドリトル先生。
さっそく犬の話を聞いてみれば、
ふむふむ、わかったわかった、そういうことか。

大好きなお嬢さんがサマーキャンプに出掛けてしまい、
もう、寂しくて寂しくて、ご飯が喉を通らない。。

話を聞いた飼い主がさっそく娘に連絡をしたところ、
サマーキャンプから一も二もなく飛んで帰ってきたお嬢さん。
その途端にすっかり元気になってしまって大はしゃぎの犬。

事情を聞いた学校の先生から特別な許可を貰い、
一緒にサマーキャンプに連れて行って貰えることになって、
めでたしめでたし。。。

とても良く出来たお話、ではあるのだが、
ただ、当時、周囲にいた犬たちを見る限り、
どうにもこの犬という動物が、
それほどまでにセンシティブな生き物にも思えず、

子供ながらに、この話、ちょっと眉唾っぽいな、
と思っていたのであるが・・・

そんな出来過ぎた眉唾な話、であった筈が、
実は我が家の駄犬、

いま現実にこの目の前で、似たような話が、
それも、そんなドリトル先生のエピソードなんかより、
なおさらに輪をかけたような形で、

毎日毎日、これでもか、と繰り返されている、のである。





かみさんが里帰りをした翌日から、
犬がご飯を食べなくなった。

普段なら、それがなにであっても一瞬のうちに、
ものの十秒ですべてを食べ尽くしてしまう、
そんな輩が、まさか、飯を食べないなんて・・

試しにチーズを入れたり、バターを溶かしたり、
といろいろやってみたのだが、
どうも、そういう問題ではなさそうである。

三日目に入っていよいよ、医者に連れていくべきか、
と思い始めていた時、いきなりかみさんから電話があった。

元気?
ああ、そっちは?
ブー君は元気?
ああ、それが・・・

と言いかけた時には、
突如、尻からジェット噴射でもしているかのように、
とてつもない勢いで家中を走り回り始めたかと思えば、
いきなり、テーブルを飛び越え、椅子を蹴散らし、
ソファーの背を飛び越えて、背後から飛び蹴り。
そのままもんどり打って膝の上に飛び込んで来て、
顔中舐められながら滴るヨダレで窒息寸前、
まさか電話どころではない。

なんだ、元気なんじゃないの、とかみさん。
まあ、そう、元気になったようで・・良かった、というか・・

という訳で、ふと見ればご飯は空っぽ。
もっと、よこせ、なにかよこせ、と、
すっかりいつもの調子が戻っている。

つまりは、そういうことか。

という訳で、我が家の駄犬様、
万事がこんな感じである。

かみさんが里帰りしてからというもの、
犬はいつも、ドアの前で寝ている。

何度言っても、ふと気が付くと姿が見えず、
そんな時には決まって、ドアの前で頑張っているのである。

仕方なしに玄関の大掃除の後、
玄関マットを犬用のクッションに変え、
水からおもちゃからをそちらに移動。
いまや我が家は玄関を入るとそこは犬小屋、となっている。

という訳で、意地らしいものである。

そんな話、もう並べあげたらきりがな。

散歩に出れば家の前、
つまりは、かみさんが空港行きのリムジンに乗り込んだ
その場所に頑張っては梃子でも動かず。

黒塗りのインフィニティが通りかかる度に、
さあ、来た、帰ってきたぞ、と大騒ぎ。
待って待って待ち続けて、ようやく、勘違いか、と気づいた途端、
まるでその笑顔が、いまにも罅が入っては割れて砕けそうな、
悲しい悲しい泣き笑いのままで、わなないているのである。
がっくりと肩を落としたまま、ふらつくような足取りで、
その表情のあまりの豹変ぶりが、
見ていてもちょっと堪らないものがある。

普段の買い物に行くスーパーから、ペットショップから、
郵便局から、テニスコートから、オペラハウスから、
かつてかみさんと向かった場所、
犬にこっちだこっちだ、と引っ張って行かれると、
必ずそんな場所にたどり着き、
さあ、動かないぞ、ここで待つ、死ぬまで待つ、
と頑張っていながら、
待って待って待ち続けて、やっぱり来ない、
と判ると、まさに身体中をボロ雑巾のように引きずりながら、
とぼとぼと、家路を辿ることになる。

この間などは、かみさんの友達のアパートの前で頑張り始めては、
押しても引いても願として動かず。
やれやれ、こんな姿を見られたら、それこそ、
かみさんの居ない間にその友人のところに夜這いをかけに来た、
立派なストーカー野郎、そのものではないか。

まったくもって、この犬の意地らしさ、困ったものである。

そう、犬とは本来、そういう動物、なのである。

その頭の中は、胸のうちは、その身体のすべてが、飼い主への愛、それだけ。

今にも千切れそうなぐらいにしっぽを振りながら、
まるで火花が散りそうな熱い視線で見つめながら、
その胸のうちは、もう、飼い主への愛、
その愛が、愛が、愛が、一杯のぱいぱいのぎゅうぎゅう詰め。

普段は、人呼んでピンボール・ぶっち、
運動神経抜群の、街一番の俊足の、ハンサムボーイ。
いつもその白く長いしっぽを、
竹槍に旗でも立てるように、ピンとお立てて、
俺様に敵うやつはいない、さあ、どけどけ、そこをどけ、と、
ドヤ顔でのし歩く、喧嘩自慢のぶっち切り野郎。

そんな我家の猛犬が、ひとたびかみさんがいなくなった途端に、
まるで空気の抜けた風船のように、しゅーんとして、寝てばかりである。

ああ、やれやれ、と普段からの猛犬仲間。
だから言わんこっちゃない。

言ったでしょ? 犬はね、愛しすぎてはいけないのよ。
愛すれば愛するほどに互いに依存して、
犬も飼い主も、相手がいないと、ご飯も食べれなくなっちゃう、
そういうものなのよ。

そうならないために、犬とは距離を置くの。
愛は諸刃の剣なのよ。
愛しすぎてはいけない、愛すれば愛するほどに、
互いに不幸になる。
愛っていうのはね、実はそういうものなの。

愛は、いつも、犠牲を強いるの。
その犠牲の大きさこそが、愛の大きさ、でもあるのよ。

そしてそのことを、犬は、良く知っているの。

そう、俺にだって判っている。
愛とは、犠牲の、同義語なのだ。
愛すれば愛するほどに、愛はより素晴らしく、
がしかし、そんな愛が膨らめば膨らむほどに、
愛に虐げられた、そのほかすべてのものが、
徹底的に色あせながらも、しっかりと代価を求めてくるのである。

という訳で、いまや、恋人どころか子供どころか、
親友どころか戦友どころか、
まさに一心同体、まるで鏡のようになってしまった、
この犬。我が家の駄犬。

こいつがやってきてから八年間、
いまだに外泊、どころか、他人に散歩を頼んだ事さえない。
どこに行くにも一緒で、この犬を置いて行くのが辛くて、
バケーションどころか、外食に出ることさえ憚られるほど、
まさに、我が家の中心、アイドルというよりは、まさに御本尊、生き神様である。

そして犬は、そんな愛を、そっくりそのまま返そうとする。

俺の前では世界最高のバディとして、
そしてかみさんの前では世界最高の恋人として。
その愛が深ければ深いほど、
時として見当違いなところで大暴走、
なんてことになったりもするが、
それもこれも、全て、その愛の深さ、ゆえ、なのである。

そんな犬とばかり一緒にいると、
ふと人間社会に立ち戻った時、
そこに蠢く様々な人々、つまりは人間という種の動物が、
なんとも、見るに耐えない醜悪な生物、
強欲で利己的で、冷酷で残酷で、
小賢しくも悪意に溢れた、地球上で一番タチの悪い生物。
そんなことを思えば思うほどに、俄な嫌世感を覚えてしまう、今日この頃。

どうせならこんな犬たちとずっと一緒に入れる仕事、
つまりは、ドッグウォークにでもなろうか、
とは日頃から秘かに考えていることではあるのだが、
その夢の天職に辿り着けるまで、
とりあえずは資金作り。
浮世の世知辛さの中で揉まれ揉まれては、
デスクトップに移り行く、犬の写真だけを救いに、
耐え忍んで過ごす日々なのである。

という訳で、以上、俺の止むに止まれぬ事情、
つまりは、犬の事情、という奴である。

そう、笑いたければ笑ってくれ。
ただ、俺にとってのこの駄犬、
もはや、俺自身の命をつなぎとめる、
唯一の、たったひとつの、絆、なのである。

すぅちゃんが、生涯最後の恋、であるとすれば、
我が家の駄犬は、唯一絶対の愛、

そう、つまりは、恋と、そして、愛の差。

恋は燃えに燃えて、燃え尽きれば消え去ってしまうもの。
愛は、犠牲を以って成り立つ、永続的なもの。

恋が、思うに思って思い続けるものであれば、
愛は、抱きしめて、そのぬくもりが、身体中に染み渡ってくるもの。

至福が刹那であればあるほどに、輝くように、
幸せは、努力と犠牲のもとになりたつ、継続、なのだ。

ベビーメタルが短命に見える、いつか消え去りそうな気がする、
とそんな印象を受けるのは、
つまりは、彼女たちが、恋に恋する年頃、だから、
つまりは、ベビーメタルに恋をしているから、なのである。

そしてすぅちゃんは、それを、愛、に昇華させようと、いまあがいている。

ただ、直線的な恋と違い、
愛は、複相、
時として、犠牲、あるいは、憎しみと、表裏一体であったりもする。

すぅちゃんがこれからの成長の中で、ベビーメタルになにを見出して行くのか、
そして、恋が、愛に昇華する過程を、その山を、どうやって乗り越えていくのか、
ベビーメタルの今後は、まさに、そこにかかっている、と思っている。



という訳で、
皆さん、本当にありがとうございます。

俺のしたことなんて、こんな糞ブログにあることないこと、
書き殴っては吐き捨ててきただけだというのに、
これほどまでのお心添えを頂くなど、
まさに、拙者、果報者でござる、と、涙がにじむ思いでごじゃります。

しかしながら、拙者、以上のような次第から、
犬は、俺の犬だけは、その信頼を裏切る訳にはいかない。

たかが四日五日、とは言うが、
その四日五日、俺の犬がいったいどうやって過ごしているか、
なんてこと考えてしまったら、
多分、罪の意識ばかりが募る、そんな旅になってしまう、とも思う。

そしてその、たかが四日五日の間に、
もしもなにかが起こってしまったとしたら、
それこそ、悔やんでも悔やみきれない、そんな一生ものの悔恨になってしまうとも思う。

俺はそんなことに、すぅちゃんを、巻き込みたくないのです。

まあそう、そんなことをやっているから、ここ八年間、
嘗ては休日ごとにカリブの島を巡り、テニスだバンドだフリーコンサートだ、
出張だ飲み会だ愛人一号二号三号だ、と、
家にいることなどほとんど無かったこの俺が、
いまや、バケーション、どころか、片時も犬のそばを離れることができない。
つまりは、籠の鳥。ニューヨークの虜、犬の下僕、と化しているんだけどさ。

という訳で、犬の事情で、
この世で一番大切なものを、諦めざるを得ない。
まさにそんな苦渋の決断を、
下さざるを得ない、と。。。

まさに、バカ。
犬バカ、というよりは、そう、ただのバカ。世界一のバカ。
ただ俺は、そんな、不器用な男なんですよ、まったく。

だが、たぶん、すぅちゃんはそれを、判ってくれる、と思う。

だってそんなやつだから、ベビーメタルがこれほど好きになったのだ。

つまりは愛。愛に生きる者のベビーメタル。

なので、再会は、来年のニューヨークに持ち越しだ。

そう思って、思わず見返す、ソニスフィア。

そのすぅちゃんの、あまりにも晴々しい、
まさに、目が潰れそうなほどの、麗しさ。

ああ、逢いたい、すぅちゃんに逢いたい・・
この姿を、もう一度、もう一度だけ、ひと目だけでも・・

とそう思えば思うほどに、
思わず、涙が、涙が、本まものの涙が、
感動とは別の、愛惜の涙が、こぼれ落ちては止まらない・・・ 

ああ、すぅちゃんに逢いたい、逢いたいんだよ。。。


野郎ども、改めて言うぞ。

すぅめたる、中元すず香、
これほどまでに美しい人は、
この世には、存在しない。

この神々しさ、その眼差し、その表情、
まさに魂が迸るがごときその歌声。
この、凛とし伸びるその細い首。
そして、あの、信じられないぐらいに小さな顔。

こんな綺麗な人、まさに、奇跡だ、魔物だ、女神、そのものだ。

前にもちょっと書いたと思うが、
綺麗な人ってのは、どれだけ遠くから見ても、綺麗、と判る。瞬時でそれが、閃く。

時としてその姿が遠ければ遠いほど、
その美しさの、本当の美しさが、
眩しいほどに際立ったりもする。

ジュリア・ロバートを、遠い丘の向こうから見ても、綺麗だ、と思ったように、
六十歳を過ぎた、メリル・ストリープが、
セレブの大群衆の中に囲まれながら、
その姿が遠ければ遠いほどに、
まさに溢れ出るような銀幕のオーラの輝きが、
目に焼き付くようであったり。

そう、美しさとは、
そのパーツであり、造形であり、
輪郭であり、プロポーションではあるけれど、
本当の本当の美しさとは、
まさにその人の人格、生まれ持った気品、
あるいはそう、まさに、オーラ。
その全てを包む、オーラ。
つまりは、美に包まれた魂、そのもの。

そのオーラが、距離をおけば置くほどに、際立って輝きを増す、
それこそが、美の奇跡、なんだよ。

そんな人、いないだろ?見たこと、ないだろ。

この中元すず香がそうなんだよ。
本当の、本まものの、まさに、美の塊り、なんだよ。

そんな逸材が、日本から出たってことからして凄いんだが、
そんなクレオパトラか、モナリザか、っていう、人類史上まれにみるような美女と、
同じ時代を生きている、というこの奇跡。

あああ、くっっそ、と言いながら、
そう言ってみれば、うちの犬も実はそのひとり。

まあそう、雑種なんだが、雑種であるからこそ、
まさに世界で、たったひとつの、偶然の作りたもうた芸術品。

そう、こんな美しい犬、世界にはひとりとはいないんだぜ、と。

そしてこの世界でただひとつの宝石は、俺だけのもの、である分、俺がいなくては、生きてはいけない。

という訳で、皆の衆、今回だけは、すぅちゃんはお任せした。

あああ、くそお、と今でも、指が震え、涙がこみ上げてくるが、

ああ、すぅちゃんに会いたい、あの姿を、ひと目だけでも、と嗚咽を噛み殺しながら、

ああ、くそ、なんで犬なんて飼っちゃったんだろ、とは思いながら、

ああ、だったら、なんでベビーメタルなんか好きになっちゃんだろう、とも思いながら、

そう、これが恋、というものなんだよ。

ただ、そう、愛は、しかし、犠牲を、強いる。

恋が、情熱と性欲の赴くままに、
ただ走って走って、思う存分に突っ走っては、
いつか燃え尽きてしまうもの、であるのに対し、
愛は、そこに、知恵、が必要になる。
つまりは、永続、を目指した時に、そこに、思考、が必要となってくる。

そう、犠牲のない愛など、愛ではないのだよ。
恋は感じるもの、愛は作り上げるもの。

と言う訳で、この世で一番大切なものを諦めてでも、
犬の散歩にいかねばいけない俺。

これを、宿命、と言わずして、なんといおう。。

という訳で、まさに、断腸の思い出はあるが、
諦める以外、なさそうである。

涙が、こぼれる。。

すぅちゃん、逢いたかった。。。
恋の熱情の中で全てを捨てて燃え尽きたかった。

がしかし、愛は重い。時として、重すぎる。
そんな俺を、犬が見ている。そう見ているのだ。

判った。散歩の時間、だよな。
そう言った途端に、飛び込んで来る犬。
この愛、熱すぎる、重すぎる。。

という訳で、改めて、ありがとうございます。

そして、これに懲りず、なんだよ、こいつ、結局へたれじゃねえか、
とまあそのとおりなのですが、
ヘタレはへたれとして、今後共、よろしくお願いします。

で、最後に勝手なお願いですが、すぅに一言、愛していると、伝えてください。

あなたの口からで結構です。思い切り、叫んでください。

すぅちゃん、あなたを愛している!と。





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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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