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秋の夜長のちょっと重たげな話

Posted by 高見鈴虫 on 30.2016 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments
ニューヨークに着いた当時からお世話になった、
大先輩であり大恩人であるところの大御仁。
その方がついに齢七十七の喜寿を迎え、
めでたくご引退のご英断。
退職後はハワイ。
日本に最も近いアメリカ。
窓一面、見渡す限り太平洋の大海原の広がる丘の上の邸宅。
これからは日々ゴルフ三昧。
まあそのうち、釣りでも覚えるさ。
まさに、人生最高の「上がり」を達成したその直後、
引っ越しを終えて一息ついた途端に、
いきなり、癌、を宣告された、と聞いた。

まったくついてないわよ。
ニューヨークだったらどこの病院だって、タクシー乗ってすぐだったのにさ。
こんな人里離れたところに住んじゃったもんだから、
病院行くのもヘリコプターなのよ。
まるで遭難者か、あるいは、大統領待遇ってところよね。

皮肉交じりにそうおっしゃるご婦人のため息を聞きながら、
山あり谷あり、七転八倒のご苦労の末に、ようやく辿り着いた別天地、
そこで、いきなり、というのは、ちょっとあまりにも皮肉過ぎると言える。

ただそう、人間ね、引退なんて、するもんじゃないのよ。
この地上には、天国なんてものはないの。
生きているうちに、休もうなんて、それこそ神様に怒られてしまう。
人間はね、息のある限り、働いて働いて働き尽くして、
涅槃の際まで働きつくして、初めて天国にいける、そういう宿命なのよ。






とまあそんなニュースを聞いたその矢先、
日本の里からの連絡。
年老いた母が、滑って転んで手首を折って。
そうやってかみさんがとんぼがえりをした途端、
まったく信じられないほどについてないことが、
それこそおちょくられているかのように押し寄せてくる訳で、
改めて、俺の守護神はまさにあの古女房、
あれがいてくれたおかげて、大した病気もせずに、
ここまで悪態をつきながらもやってこれたのだろう、と思い知る訳で、
そう、最も大切なものは、実は一番身近にあって、
そして、その大切さに普段はちっとも気づかない、
まさにそういうものなのだ。

失ってみないと、人間はその価値に気づくことはできないのである。
そして失った時には、すでに、取り戻すことができなくなっていることさえもありうる。

それこそが人間の業なのだ。
そして人間は、業を重ねて生きるものなのである。



とまあそんな折り、いきなり住んでいるアパートから通知が届いた。

普段から、アパートの前、犬のおしっこから酔っぱらいの粗相から、
毎朝一番からせっせとお掃除をしてくれていた黒人の青年。
ゴミ出しから、廊下の掃除から、下仕事のいっさいを引き受けていた、
ダニエル、という名前だったと思うのだが、
彼がいきなり、亡くなられた。

この黒人の青年。
普段のあの陽気さと、そして甘いスマイル。
一人暮らしの女性宅から、
ねえ、天井のライトが切れてしまって、取り替えに来てくれない?
なんて誘いにほいほい顔を出しては、
やけにすっきりした顔で再登場、なんてことをしていた、
まあ、いなせなあんちゃんであったわけだが、
あの極楽とんぼのあんちゃん、
数日の無断欠勤の後、訪ねた母親によって、
自室のベッドで冷たくなっているのが発見されたらしい。

27歳であったそうだ。
27歳か。

多分、ODか、とは誰もが思うことながら、
それほどドラッグが好きそうなタイプにも思えず、
そういえば休憩時間にはいつも近所の公園でバスケットをしていたものなのに、
そんなダニエルが、OD?まさか・・・

あれほど人生を満喫しているかのように思われた極楽とんぼが、
まさかこうあっさりと逝ってしまうとは。
悲しみ、というよりも、ちょっとずるい、という気がしないでもない。



がまあ、そう、俺も早々と呑気なことは言ってられない。
次の仕事がまだ決まっていないし、
そしてそう、この犬、この犬の面倒をみないといけないのだ。

そんな折、公園への道すがらで、いきなり金髪美女に声をかけられた。

あれまあ、アニーさん。

アニーさんは、ブッチの兄弟である、チャンプの飼い主さん。
俺がブッチを貰い受けた、ちょうどその日のその午後に、
チャンプを引き受けた、その人である。

当時住んでいたマレーヒル地区、
グランドセントラル駅も近く、繁華街にも歩いて行ける、
まさに人間様にとっては最高の場所であったのだが、
その分、犬事情があまりにも悪く、
散歩の途中で酔払いに蹴られそうになったり、
あるいは車に轢かれそうになったり。
そんなことが重なった事情から、
こうしてやむにやまれず、
ドッグ天国のアッパーウエストに引っ越して来たのだが、
ここアッパーウエスト地区、
引っ越してきた早々から、そこかしこで、
あら、チャンプ、ちょっとみないうちにずいぶん大きくなったわね、
なんて声をかけられることが多く、
ふと、調べてみれば案の定、
ブッチの兄弟がここアッパーウエストに住んでいることが判明。
さっそく連絡を取っては親善会が始まったもので、
それ以降、ちょくちょくと連絡を取り合っては、
やれ、風邪をひいた、下痢だ、妙なものを食べた、と、
事あるごとにメールのやりとり。

お互いに同じ親から生まれているだけあって、
やることなすこと、まさにそっくり。

ただ、生まれた時からアルファーの塊りであったブッチと、
そして、そんなブッチに踏みつけられてはろくにおっぱいも飲めずに育ったチャンプ。

なにかにつけて親分顔の、見るからに健康の塊りの鬼金棒大将であったブッチに比べ、
チャンプはその身体も一回りも二回りも小さく、子供のころから病弱で、
医者から処方された薬膳食を食べて来た、ちょっとナイーブな男の子。

近所のドッグランにおいても、大型犬用の柵の中で、我が物顔で遊び回るブッチと、
そして、小型犬用のベンチの上で、
アニーさんの膝の上を決して離れることのなかった甘えん坊のちャンプ。

この子ね、私のピアノに合わせて歌を歌うのよ。
オペラが好きでね、私の鼻歌にコーラスをつけてくれるの。

あれまあ、うちのブッチはもう、朝から晩までおいかけっことプロレスとボール遊びばっかりだよ。

そんなアニーさんが、今日はどういう訳か、チャンプを連れずに一人で公園をご散策中。

あれまあ、犬を連れていないと本当にだれだか判らないね、なんて話から、

実はね、とちょっと衝撃的な話を聞いた。

チャンプが、骨髄癌に罹り、入院の末に、左の後ろ足を切断したとのこと。

癌?チャンプが?

そう、早期発見できたから良かったけど、一時はかなり危ない状態で、
足を切ってから後はずっとキモセラピーを続けている。
癌なんて思ってもみなかったんで、保険にも入ってなかったんだけど、
まあ、この子の命には代えられないから、
もしかしたら車、あるいは、家を売ることになるかもしれない、
なんてちょっと、洒落にならない話である。



というわけでそう、言いたかったことと言えば、
終わりが見えない、というか、どう終わらせてよいかも知れず、
あるいはそう、先人の金言ではないが、
人間、死ぬまであくせく働き続ける、
そういうサダメ、のようなのである。

というわけで、理想の老後を思う度に、
ちょっと気になっていた映画がある。

世界最速のインディアン





死ぬまで夢を追いかけ続けた、ネバーギブアップの老人の話である。

というわけで、どうせ死ぬまであくせくするのであれば、
どうせなら、好きなことで思い切りあくせくしたいものだ。

果たして俺のいまの暮らし、死ぬに値すること、なのであろうか。

人間、生きているうちに、やりたいこと、全てやっても、
それでも時間が足りないぐらい、人間の一生って、あっという間なのよ。

つまらない仕事なんて、やっている暇はない筈よ。

せっかく生まれてきたんだからさ、好きなことをやりなさい。
好きなことだけ思い切りやってやってやり尽くして、

それが神様に対する、せめてもの恩返しなのよ。

というわけで、俺の唯一の望みは、

犬と一緒にいたい、それだけだったりする。

慎ましやかな望みもあったものだな、と自分でも思っている。



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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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