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シン・ゴジラ 再び

Posted by 高見鈴虫 on 31.2016 読書・映画ねた   0 comments
という訳で、またまた性懲りもなくシン・ゴジラの話題。

実は、一週間限定の特別公開であった筈のこのシン・ゴジラ、

これがいまだに、ニューヨークでは絶賛公開中なのである。

でこの日曜日、よりによって再び、止むに止まれぬ思いから、
またまた朝一番の半額セールに誘い込まれてしまった訳だ。

という訳で、シン・ゴジラ、改めて思い知ったこと。

このシン・ゴジラ、この熱さ、その根幹は、と言えば、

まさに、怒り、であったのでは、と改めて思い知る。

なにについての怒りか。

これ、ぶっちゃけ、民主党だろう、と。



つまりは、この映画、
かの、東日本大震災、及び、あの福島原発事故の際の、
あのあまりにも情けない民主党政府の対応、
あれに対する、まさに、怒りの爆発であったのではないだろうか。

あの天下の芋役者、大杉漣の演ずるところのまったくもってどうしようもない首相こそは、
あの、管前首相、そのもの。
まあ、ヒステリックに怒鳴り散らさなかった分、この優柔不断の塊りのような無能首相の方が、
まだマシ、というおまけ付き。

あるいはそう、現政権を含めて、永田町に雁首を揃える、
あの百鬼夜行のような魑魅魍魎たる政治屋、という種族。

そのあまりの妖怪変化ぶりに、堪忍袋の緒が切れた、と、
まあそう、単純に見てそういう映画であったか、と。

だがしかし、そのかわりと言ったらなんだが、
まるで手放しの自衛隊賛美。

まあ、お話、としてはとてもおもしろかったのだが、
これが、そう、このご時世、ただでさえ世界を右傾化の波が席巻するなか、
このあまりにも純真無垢な愛国鼓舞のスローガンが、
果たしてどんな弊害を生み出すか、庵野監督だって分からなかった訳ではあるまい。

ただ・・と思わず。
そう、俺だって嫌いな訳じゃない。
嫌いな訳じゃないが、この俺が、この俺自身が、
その潮流の中に巻き込まれては、
嘗て知ったるその結末の中に引きずり込まれることだけは、
是非ともご遠慮させて頂きたい、
それだけの話しなのだが、
まあそう、それもこれも、まさにご都合主義。
いざそれが始まってしまったが最後、
もう誰にもそれから、中立を保つことはできなくなるのだ。

とそんな時、ふと、
ギュンター・グラスの名作、「ブリキの太鼓」の意味するところが、
明確に理解できたな、と思ってしまったりもした。







とそんな思いの中で、ちょっと衝撃的なものを見てしまった。

例によって、映画が終わったと同時に広がった拍手の波。

そして、かの伊福部昭の名曲に乗せて、
まるでお経のように流れ続ける出演者たちのテロップ、
それに向けて、こともあろうに直立不動で敬礼をしている御仁に遭遇したわけだ。

その初老の白人の男、思い切り泣いていた。泣きじゃくっていた。

そのあまりにも退役軍人然とした姿。

世代から言ってベトナム、あるいは、湾岸戦争、あるいは、このアフガン、そして、イラク戦争にも従軍したのか。

臆することもなく、滅多矢鱈に泣きじゃくりながら、直立不動で敬礼を続けるその姿、
まさに、この映画に潜んだ魔力に、徹底的にしてやられた、その姿を見る思いがした訳だ。

あるいはそう、一人の中国系の女性が、そのテロップに向けて、手を合わせていた。

もしかして、多分、東日本大震災で亡くなられた、その犠牲者の方々のお名前の冥福を祈るように、
一心不乱にぶつぶつと、多分、お経、のうようなものを唱えながら、手を合わせ続けている。

とした途端、明るい廊下にでた途端、いきなり、中年の白人夫妻から、十字を切られた。

明らかに泣きはらした目で、祈っているよ、と言われた。

俺達は祈っている。日本の復興を。スクラップ アンド リビルド。日本は素晴らしい国だ。

私達、日本に行ったんですよ。世界中旅行をしたけど、日本ほどに素晴らしい国は無かった。

あの地震のニュースを聞いてから、もう生きた心地がしなかった。

主人たら、俺もオペレーション・トモダチに参加するって言って聞かなかったのよ。

当然じゃないか。ジャパンは、世界の宝石だ。人類の宝だ。あの国を守ることは、人類としての義務なんだ。

そんな話を聞かされながら、ただ、なんかちょっと、食傷気味の俺。

思わず、ブリキの太鼓を打ち鳴らしながら、超音波を発したくもなったものだが、
その代わりに、ああ、わーった、わーった、ありがとう、と適当にうっちゃって、そしてトイレに。

どういう訳か、このシン・ゴジラ、前回のときもそして今回も、始まる前にやたらと腹が減って、
そして見終わった途端にやたらと小便がしたくなった。

と途端、いきなりその入口で、多分、日本の方であろう、やはり泣きはらしたと思われる目で、
しっかりと、そう、日本人にしては絶対に有り得ないことなのだが、
この俺の視線をしっかりと見据えたまま、良し、とばかりに、頷いて見せたものだ。

おれたち、日本人ですよね。それに誇りを持って、良い、ということですよね。
そんな妙な使命感、その妙に切羽詰まったような、不穏な自己陶酔を感じ取ってしまった訳だ。

ただそう、俺はこの映画、見るのはこれで三回目、なのである。

そう、こんなこと三回も続ければ、ちょっとそれなりに、醒めても見たりする訳だ。

という訳で、改めてこのシン・ゴジラ、その与えた影響、

庵野監督の思惑がどうであったにしろ、ちょっと妙な人たちに、妙な使命感を与え過ぎてしまったのでは、
と、今更ながら、妙に不穏な気持ちにならざるをえない、そんな印象を残した午後であった。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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