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幸せって実はお金で買える、そう実感した秋の夕暮れ

Posted by 高見鈴虫 on 08.2016 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments
金曜日の夜、同僚の一人から、
ちょっと、ビールでも飲んでいきませんか、と誘われた。

普段であったら、いや、あの、
実は、事情があって帰らなくてはならなくて・・
と、やんわりと、断っている、その筈が、

ああ、もちろん、と二つ返事でにっこり。

ああだったら、他のチームの人たちも呼びましょう。
ご紹介しますよ、みな良い奴らです。
ここで顔を繋いでおけば、これからも絶対に力になってくれる筈です。

あるいはそう、
六時を過ぎて、さあそろそろ引き上げようか、と思った矢先、
あのこれ、ちょっと目を通しておいてください、
と資料の山を渡される。

はあ、でも、この資料、持ち出し禁止なのでは?

もちろん、と返される。

だから、そう、明日までに。午後の会議までに一通り・・・

そんな時、普段であれば、いきなりブチ切れ、はさすがにないにしても、
いや、あの、と思わず絶句。

こいつ、人の気も知らないで・・・

だがしかし、俺はハイ、とひとこと。
わかりました。今晩中に目を通して、会議までに要点をまとめておきましょう。
助かります、と満面の笑み。
いや、これから人と会わねばならなくてね、弱っていたんですよ。
そうして頂けると非常に助かります。恩にきます。

お安い御用ですよ、と俺はにっこりと笑う。
このぐらいの資料なら二時間もかからずに目を通せる筈だ。
このぐらいのことで恩を売れるなら、安い買い物である。

という訳でいまさらながら、この心の余裕、な訳である。

そう、俺はそんなさまざまなものに、いつもにっこりと微笑んで、お安い御用、を繰り返している。

失業からその後、現場仕事の強烈な洗礼の後に転がり込んできたこの仕事。
世間の世知辛さが身に沁みて、ついに心をいれかえたのか、というと、実はそんなことではない。

そう、この仕事が決まってから、遂に、ドッグ・ウォーカーを雇い入れたのである。




ことの起こりは、火曜日の夜。

新しい仕事も早々に切り上げて飛んで帰った夜。

前日のなれない現場作業のアルバイトで身体中がガタガタのところを持ってきて、
そしていきなり始まったこの新しい職場。

ただ、そう、仕事が見つかったのは本当に嬉しいのだが、
もしかしてこの仕事、まともにやっていたら、犬はいったいどうなってしまうのであろうか・・

とそんな時、かみさんの友人から電話がかかってきたのである。

そのご婦人。
もちろんその方も超がつくぐらいのドッグ・ラヴァーで、
よく一緒に散歩をしていた、かみさんのお散歩友達。

で、事情も聞かないうちから、
ああ、そう言ったことであるのならお安い御用。
でしたらうちの犬と一緒にお散歩してあげますよ、と。

その一言、まさにその一言に、いきなり膝が砕けて泣き崩れそうなほどに、
まさに天の恵み、神の御慈悲、そのもの。

え、まさか、まさかまさかまさか、と絶句する俺を前に、
あら、いいのよ、と、いかにも軽いお言葉。

ほら、うちのもお友達とお散歩できるほうが嬉しいに決まっているし、
ぜんぜん問題ないわよ。

という訳で、夕方近く、そのご婦人にうちの犬を連れ出してもらっては、
とりあえずおしっこだけでも、とお散歩を引き受けて頂いた訳で、
このいかにも何気なくもさりげないご行為が、
果たしてどれだけ、俺の心の重圧を取り除いてくれたのであろうか。

そう、嘗ての職場に置いて、あの苦渋を噛み殺した奥歯の間から、
胃液がこぼれ落ちるほどのあのストレス。

あのストレスの元凶こそは、まさにこの犬。
早く帰って犬を散歩に連れ出さねば、その重圧であったことに間違いはない。

正直なところ、嵩む仕事を投げ打って、あるいは、事もあろうに長引く会議をそのままブッチして、
そんなことも一度や二度ではなかった。

馬鹿野郎、やってられねえよ。

その舌打ちが、その投げやりが、実はすべて、この犬への重圧、その賜物であったのだ。

という訳で、いきなりのドッグ・ウォーカーさんである。

このドッグ・ウォーカーさん、この方が、30分でも15分でも、おしっこだけでも済ませて頂ける、
たったそれだけで、たったそれだけ、それだけだけで、俺の心はまさに、一陣の風が吹き込むように、
晴れ渡ってしまったのである。

そうか、心の余裕って、実はそんな親切、あるいはそう、お礼として包むことになるであろう、そのお金。

そう、シングル・マザーの切羽詰まった心労のほとんどは、
実は周囲のちょっとした好意、あるいは、お金で、解決してしまったりもするのである。

そうか、幸せって、実はお金で買えたりもするんだよな・・

という訳で、ドッグ・ウォーカー、まさに、様様、さまさまさま、とさまがいくつついてもつけきれないぐらいに、
まさに、俺の人生が、これほどまでにドラマティックな展開を迎えようとは、思ってもみなかった訳だ。

仕事の早く終わった夕暮れ時、思わずダウンタウンの駅を降りては、
夕飯の買い物、あるいは、もしかしたら、このままちょっと映画でも、
あるいは、もしかしたら、イニシエのジャズ・バーなんてところに、顔なんて出してみたりして・・

これぞまさに人間の暮らし、まさに、そう、人生を取り戻した、その瞬間なのである。

そうか、シングル・ダディ、その心労って、実はこんなに簡単に解決できてしまえるものだったんだな。

改めて、幸せ、とは言わないが、少なくとも、心の安静は、お金で買える。

そんなことを実感する、ドッグ・ウォーカー様さまサマ、なのであった。





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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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