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世界がゴキブリに覆われる日 ~ どうか俺の悪夢を消し去ってくれ

Posted by 高見鈴虫 on 14.2016 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments
あ、で、そう、実は、言いたかったのは、
悪ふざけ王・トランプ氏の運命やいかに、
なんて、そんなことぢゃあない。
ってか、まじ、知ったことではない。

だったらなにが言いたかったのか、とは誰も聞いてくれないので・・

くどいな。確かに。

なので、面倒くせえ、トランプ当選祝いだ、
この際なので、暴言の限り、とやらを繰り広げてみたい。

ただこれは俺のスタイルではない。

俺はストーンズ・フリークなのである。
なので、痩せても枯れても、じゃない、
太っても、頭が禿げても、
やはりどうしても、軟派の不良、
つまり、女の子に嫌われるようなことからは、
本能的に身を遠ざける、
そういう習性を持っている人なのである。

なので、以下に綴ることは、かみさんには内緒、
あるいは、誰にも内緒、である。

最初で最後の心情吐露的妄想の暴露、そう願いたい。



思い起こせば、数週間前のこと、
まだ世界が少なくとも理性の存在を信じていた、
そんな時代、つまりは、2016年10月の末、

いつものように犬の散歩にセントラルパークに行った際、
どういう訳かまたうちのバカ犬王子さま、
またまた理由も言わずに、こっちだこっちだ、
とお散歩ルートの無理強いを始め、
そしてたどり着いたのが、なんと、五番街。

つまりはそう、
ユニクロにあるガラス張りのエレベーターに乗りたい、
とまあそういうことなのだが、

その五番街のユニクロに向かう途中、
いきなりの通行止めの大混乱ってのに巻き込まれた。

ほら、お前、言わんこっちゃない、と我が犬を恨々めしく睨みつけながら、
そう言いながらも、
田舎者の観光客にみすみす我が犬の足を踏んづけられてはたまらない。

という訳で、この巨大な犬を胸の中に抱え上げては、
その重さにうめき声を上げつつ、
てめえら、この百姓、どきやがれ、とやっていた訳なのだが、

で、この五番街の大混乱のその原因、ってのが、

言わずとしれたトランプ・タワー、な訳である。

改めて、このトランプ・タワー、
五番街の中心にある、この金持ち専用の白亜、というよりは、金歯ギラギラの黄金の塔。

その前に、アンチ・トランプ、そして、トランプ・サポーターの大群衆が、
大通りを遮断しては、罵声を浴びせ合う、とうい最悪の状態が
連日に渡って繰り広げられていた訳で、
おいおいおい、と思わず大苦笑。

因みに俺には嘗て、この金歯ギラギラのトランプ・タワーに住む友人がいて、
ともにテニスをする度に、このトランプ・タワーでダラダラしていた、そんな経験があって、
つまりはこの金持ちだけのサンクチュリアであるトランプ・タワーの窓から、
いったい外界のゴミどもがどう見えるのか、それを疑似体験していた。

とまあそんな経験もあって、
改めてこの、トランプ・タワーの前の大混乱、
その取り澄ました住人たちに対して、心の底から、ざまあみろ、と。

なにもかもが、てめえらが自分で蒔いた種なんだからな、などという、
最低最悪の悪態をつきながらも、
その茶番的な大騒ぎを鼻で笑っていた訳である。

そう、あの当時、俺はそれを予感はしていたものの、
まさかあの暴言王が、本当の本当に、アメリカの大統領になる、など、
やはりどうしても信じられなかった訳だ。

そんなことになったら、それこそ本当に世界の終わりではないか。

その楽観が、全ての間違いであったのだが・・



とまあそんな訳で、俺は俺なりに俺の流儀、
つまりは、世の中で何が起きようが、俺は俺の道を行く、
ぶっちゃけ、混乱整備のおまわりの制止を無視して、
そのデモ隊の人混みの真っ只中を、
てめえら、頭が高い!
ブッチ様のお通りだ!
ぶん殴られたくなかったら、あるいは、噛みつかれなかったら、
さっさとその道を避けやがれ、
と問答無用の強行突破にでたわけだが、

とそんな中、そのデモ隊の最前列に、え? なんと以外な集団。

なんと、トランプ・タワーのその真ん前に陣取った、
トランプ・サポーターののぼり旗のその中心に、
以外や以外、赤い旗・・・

この五番街、あるいは、トランプ・タワー、という象徴から、
似ても似つかない、どころか、世界中でこれほどまでに遠い存在もない、
ってな、その妙な集団、
ぶっちゃけ、赤い五性劫旗の東洋人 なんてものが、目に飛び込んで来たわけだ。

そのプラカードにははっきりと、CHENISE FOR TRUMP とある。

人民虫国が、トランプをサポート? まさか・・・・

ああ多分、と思った。

そう、台湾系の人々には、実は共和党支持者が多い。
つまり、狂産虫国への布石として、共和党の米軍系ロビーストを焚き付けて、
とやっていた訳だからなのだが、
つまりはそう、その台湾系の人々、とは思いながら、
しかし、そうであれば、
そんな台湾系の人々がよりによって赤い旗を掲げることはまずありえない。

で、聞いてみた。

あんたら、いったい何者?

英語の判らぬ虫国人たちが、ひたすらにバカのひとつ覚え、

虫国はトランプを支持する、と繰り返している。

狂産主義の人民虫国が、共和党のトランプを支持する?ありえねえ・・・

その光景こそは、まさに、この21世紀の不条理の象徴であった。

という訳で、そうこうするうちに現代のゲシュタポであるNYPDの機動部隊が投入されては、
てめえら、うだうだ訳の判らねえこと言ってるとぶっ放すぞ!
この史上最強のヤクザもの軍団の登場により、一瞬のうちに政治思想もイデオロギーも沈黙。

という訳で、その混乱に乗じて、そら、逃げろ、とばかりに五番街を斜めに横断、ならぬ大縦断。

ユニクロの店内に逃げ込んでは改めて、なんだよあの、虫国人たち、とその衝撃に思わず苦笑い。

まったくもってこの虫国人、なにからなにまで訳がわからねえな、と。



という訳で、虫国人である。

なにかにつけてファナティックな人海戦術を拠り所にするこの遅れてきた大消費軍団。
その金にものを言わせては、ニューヨーク中の不動産物件を、キャッシュで買い叩く、
なんてことを続けていた訳で、
事実、俺達が住むアッパーウエストサイドにおいても、
空き物件の一般公開:オープン・ハウス、なんてのがある度に、
いきなり、両手にドュアン・リード:ニューヨークの街角のどこにでも目にするドラッグ・ストア・チェーン、
の大袋に札束を詰め込んだ虫国人たちが押し寄せては、
ドアが開いた途端に、アイ・バイ、アイ・バイ: 俺買う、俺買う、と言ってはその札束をぶちまける、
そんな一時期の地上げ屋めいたことが、実際に行われていたのである。

そう、このニューヨークの末期的な狂乱地価、
その原因となったのが、まさにこのチャイニーズ・マネーの流入である。

ニューヨーク中のありとあらゆる不動産物件を買い叩くこのチャイニーズ・マネー。

いやあもう、この街中がチャイニーズに買い取られてしまいそうだ、
なんてことをイタリア人の友人に言ったところ、

あら、それはヨーロッパだってそうよ、と。

ローマからフィレンツェからトスカーナから、
イタリアの高級物件を片っ端からチャイニーズ・マネーが買い占めている、らしい。

ロンドンでもパリでも、イタリアでもスペインでもそうよ。

チャイニーズ・マネーが世界中の地価を高騰させては、お金持ちはウハウハ。
その煽りを食った一般庶民は、物価の高騰に目を白黒させては青色吐息。

ただ、金に美醜がないように、金にイデオロギーも関係ない。
例えそれが、ごま油と八角の匂いの染み込んだ汚れきった札束であろうが、
金は金、と割り切ってしまうのが、この21世紀の原理。

つまり・・・

つまりそう、世界はまさに、チャイニーズに買い取られつつある、ということ。
そして、行政者たち、あるいは、経済界は、それに懸念を示すどころか、
それを率先して、ある意味では、扇動しながら、依存を続けている、と。

やばいな、と思わず呟く。
もちろん、と誰もが返す。
ただ、やばい、やばい、と思いながら、
目の前に札束を積まれた途端、そんな懸念も吹き飛んでしまう訳でさ。

虫国人に文句を言っているのは、その恩恵に預かれない貧乏人ばかり。
金持ち達は、口ではなんとでも言いながら、実際にはそんな虫国人を騙してすかして、
泡銭を稼ぐことに躍起になっている。

それを、虫国人は高笑いを響かせては、煽り続けている、と。

つまり、と思わず。

そう、メディアに騙されちゃだめ。
この世の中、正論が正論としてまかり通ったことなんて一度もなかったでしょ?
口ではなんと言おうと、その胸のうちでなにを思おうと、
実際には、虫国、なのよ。
騙されたと思って、虫国に賭けなさい。

金持ちの連中はみんなそう言ってるわ。



改めて繰り返すが、
俺が初めて見た外国、というのが、
実はまさにこの虫国であった。

別に虫国に行きたかった訳ではない。

本当に行きたかったのは、もちろんニューヨーク、
あるいはロンドン、そして、我がイニシエの初恋の人の待つイタリア、
であった訳で、
なにが悲しくて虫国なんてところに行かなくてはいけないのか。

ただそう、当時、世間のバブル景気を尻目に、
爪に火を灯すような極貧生活に身をやつすバンドマン暮らしを続けていた俺が、
なんと、海外旅行、なんてものに行ける、
しかも、物価の安い彼の地では、なにを食っても食い放題、ってぐらいに飯が食える、
そう聞いては一も二もなく飛びついたこの決死隊のアルバイト。

当時、自由旅行解禁直後であった虫国。
そこに足を踏み入れた旅行者たちが、
帰路の手段を閉ざされて幽閉の危機にある中、
それを救出すべき決死隊として派遣された、
まさに神風添乗員の役どころであった。

先陣として派遣された虫国語を専攻する大学生が、
一も二もなく撃退されては瀕死の果てに帰国することになり、
問題は言語にあらず。まさに、パワーと順応性なり。
その作戦転換から、この日本で最も虫国の現状に適応した人材、
としてこの俺に白羽の矢があったのである。

とにかくすごいんだ、と帰国した虫国語野郎がいった。
まさに怒涛のような大混乱で、どこもかしこも・・ああ、思い出したくもない。

という訳で、右も左もどころか、虫国語など一言も判らぬまま、
いきなりこの虫国という怒涛の大陸に叩き込まれた俺。

そこはまさに、この世の地獄と言ったら閻魔様に怒られそうな、
まさに、これほどのこ汚い混乱というのがこの世にあるのか、
というぐらいの末期的な状態。

駅前の広場、見渡す限りを埋め尽くした難民もどきのホームレスの群れ。
通りを歩けば、たちどころに、まるでハエのように絡みついてくる物乞いの子供たち。
四方八方から飛んでくる手鼻、痰唾、そして火の着いた吸い殻。
砂埃が煙幕のように立ち上る街頭、
歩道を占拠する屋台と物売りたち、天秤棒を担いた老婆、
排気ガスを吹き上げるポンコツの車が、信号などあってないものと人混みの真ん中につっこみ、
その合間を、自転車とそして群衆がみっしりと埋め尽くしては犇めき合う。
バスに乗れば、走り続けるドアから蹴り落とされ、引きずり降ろされ、
道端を埋めたゴミを避ければいきなり自転車がぶつかり、
倒れた人のその真上を車がなんの躊躇もなく通り過ぎ、
この世の終わりとばかりに、憎悪の塊りのような鬼の形相で、
人々が怒鳴りあい、罵り合い、掴み合い、時として、公然と殴り合う。

そんな悪夢のような雑踏の中、呆然と立ち尽くす日本からの人々。

地獄だ、と人々は言った。
なんだよ、朝日新聞の言っていたことと、ぜんぜん違うじゃないか・・・

ただ、そう、俺はこういう状況に慣れていた。

そう、俺は、パンクロッカーだったのである。

その末期的な雑踏こそは、新宿ロフトにおけるパンクロックのギグ、その再現でもあった訳だ。

おもしれえ、と俺は思った。

そこはまさにパンクロック。つまりは不良天国。

この場所では、なんでもありだ、と勝手に自己判断し、
やられたことはきっちり倍返し、のモットーを盾に、
問答無用の現地化を敢行。

つまり、手鼻には手鼻を。痰唾には痰唾を。

押されれば押し返し、蹴られれば蹴り返し、
怒鳴られれば怒鳴り返し、どつかれればどつき返し、
自転車に跳ねられればそれを追いかけて引きずり降ろして、
そしてその自転車を強奪するに至った。

という訳で、虫国はまさにパンクだった。

その見渡す限りのケイオス。

戦後というよりは、いまだに、街中が爆撃直後、というような、瓦礫の山。
止めどもなく押し寄せてくる避難民のような大群衆。

俺はそんな地獄の底で、まさに水を得た魚のようにはしゃぎまわり、
そして時として、混乱期の激動にあった虫国の人たちの、
そのなけなしの善意を鼻で嘲笑いながら踏みにじる、
そんな蛮行に及んでいたのだった。



だがしかし、さすがのパンクロッカーと言えども人の子であった。

正直なところ、虫国から帰って後、
俺は悪夢に苛まれていた。

あの怒涛の中で、老いた両親を、
そして、友の、あるいは恋人の、
その姿を探してはもみくちゃにされながら、
その末期的な混乱の中で、
断末魔の叫びを上げながら途方に暮れている、
そんな夢である。

あるいはそう、あの親の仇のような罵声を浴びせかけて来た、
あの憎悪に満ち満ちた表情。
その憎悪の根源がいったいどこにあるのか、
その謎について考え続けてもいた。

こうして虫国への旅は俺の中でトラウマと化した。

そのトラウマの癒えぬうちから、再び虫国へと舞い戻る形となり、
よりによってその際には、俺は会社側の帰国要請をぶっちし、
そのまま虫国奥地への旅へと出発してしまったのだが・・

そう、俺はこの胸に抱えたトラウマの処理に困りきっていた。
そのトラウマを解消すべく、
つまりは、人間に共通する筈の人権、あるいは平等、
あるいは、良心という最後の砦、
虫国大陸にその片鱗を探すべく旅にでたのだが、
当初の悪い予想通り、その旅は、いまも悪夢にうなされるほど、
最低最悪の経験となっては、
トラウマの上に新たなトラウマを重ねる結果になった。

正直なところ、その後いろいろな土地を旅したが、
この当時の虫国ほど、人間という存在の、
その生命、というものの、そのあまりの希薄さを
思い知らされたことはなかった。

いかなる理由においても、人間が人間をここまで苛む、
その事実が信じられなかった。
人間がここまで、野獣でさえ目をそむけるほどに、
限りなくあさましく、限りなく醜く、限りなく憎み合う、
その必然性がどうあっても理解できなかった。

その後、俺は、さまざまなソースから、
戦後の虫国で起こったこと、
大躍進政策の失敗から、
そして、文化大革命。
鉄のカーテンに閉ざされたその内側で、
いったいなにが起こっていたのか、
その片鱗を知るに至った。

人が人を食らうという、この世で最もおぞましい地獄。
あるいはそう、隣人が隣人をなぶり殺しにし、
家族が家族同志で殺し合い、食らい合う。

その地獄絵図を演出したもう沢山。
悪魔、どころか、偉大なる魔王の如く、
その地獄の様を見つめ続けたこの二十世紀最大の傑人。

そのあまりに凄まじいばかりの狂気を前に、
抗うどころか、ひれ伏したくなるほどの、
その徹底的なまでの怪人ぶり。

果たしてこのもう沢山という人は、
そして彼を公私に渡って支え続けた臭怨来という人は、
いったいなんであったのか。

虫国という国を旅行して抱え込んだトラウマ、
そのトラウマの傷を癒やす為に、
俺は虫国史を追い続け、そして追えば追うほどに、
人間というこの生物の、その心の闇に引きずり込まれることにもなった。

そしてそう、あの俺の見た虫国。
そこで暮らす人々こそは、この人間という生物の底の底、
その地獄の沙汰を生き抜いた、まさに勝者、であった訳だ。

あの人間の常識を逸脱した憎悪の塊の様は、
つまりはそれが理由であったのか。




そしてあれから、どれだけの日が流れたのだろう。

バブルに浮かれ騒いだ時代の後に、
東西の壁が崩れ、憎きソビエトが倒壊し、
そして天安門事件の姿が世界を席巻し、
その後、冷戦の終結から日も浅い中、
世界は再び、第一期イラク戦争へと突入、
それを契機に日本のバブルがはじけ飛び、
そしていつしか西側の文明はすっかりと、
消費、という原動力が飽和状態に達するに至った。

もう誰もなにも求めてはいなかった。
人々は贅沢にも、喧伝にも、成長にも、
もはや夢を抱いてはいなかった。

あれだけ踊るに踊らされた後、
そしてやってきたこの夢の後の焼け野原。

そう、日本は太平洋戦争の敗戦の後、
再びこの、バブルの崩壊という出来レースにひっかかり、
改めて、焼け跡の風景に叩き込まれることになったのだ。

俺がよく言う、二度の敗戦、とはまさにこの事を示す。

このバブルの崩壊を俺は敗戦、と定義している。
そう意味で、日本は二度戦争に負けたのである。

そしてその傷跡から、いまだに立ち直ることができないでいる。

そんな中、あの虫国こそが、失速した資本主義の唯一の希望となり得た。

もう誰になにも買わなくなってしまった西側社会。

しかし、ものを作り続け売り続けない限り、資本主義は機能しないのである。

虫国というこのあまりにも遅れた社会。
そこに、資本主義の概念を教え込み、そして消費をさせるため、
新たなカモを求めて、世界中のヤマ師たちが虫国に殺到した。

虫国は資本主義の洗礼、その百年以上にも渡る蓄積を、その毒を、
僅か数年の間に一挙に叩き込まれることになった。

虫国が世界の工場と化し、
その内部で行われている恐怖政治、その全てに目を瞑りながら、
資本主義は虫国を担ぎ上げ、おだてあげ、騙し尽し利用しつくし、
そしていつしか、この虫国という国に依存までするようになっていたのである。

国内にまさに煮えたぎるマグマのような矛盾と、不条理と、
そして、憎悪と劣等感に裏打ちされた、
資本主義へのいたいけな憧れを抱え込んだ、
このあまりにも遅れてきた半文明人たち。

この虫国人たちこそはまさに二十一世紀の徒花。
その後進性をこれでもかと嘲笑いながらも、
そんな虫国なしには資本主義が立ち行かない、
そんな歪んだ相互依存関係がついこの間までの現実であった筈だ。

しかしながら、虫国はこの西側の資本主義というものを、
黙って受け入れた訳ではない。
狂産主義が建前の虫国にとって、
この資本主義は表向きは敵にあたる訳で、
よって虫国は、この資本主義に対抗するために、
その弱点を研究しつくし、利用するべきところを利用し尽くす、
それを建前とする、そんなあざといダブル・スタンダードを持ち続けている。

つまりは、いつでもちゃぶ台返しの自爆を匂わせては、
不条理な強硬策を無理強いする、
そんな交渉術を連発し始める訳である。

改めていう。
虫国の中にあるのは、その歴史に対する根源的な憎悪である。

あの悪意に満ちた大陸。
その姿をいまもありありと思い浮かべることのできる俺にとって、
その後の虫国という国の歩んだ道のりの中には、しかし、
あの、人が人を喰らい、家族同士が殺し合う、
そんな地獄の中を生き抜いた、生き抜かざるを得なかった、
そんな人間としての極限の地獄を見たしたたかさが垣間見えるのである。

あの虫国の姿が、
そしてあそこまでの地獄を見ながら、しかしいまなお生き続ける、
このゴキブリのような生命力、
それを知れば知る程、このなりふりを構わずに生き抜く、
その生命力の源こそが、この国の狂気の源泉なのだ。

この国はなんでもやる。
あれほどの地獄を見た人々である。
恥も外聞も、見栄も衒いもなく、
欲しいものをがむしゃらに奪い去っては、
そこになんの理性も心情も、憐憫さえも残さぬままに貪り喰らい、
嘆き悲しむ人々に、手鼻の一つもぶつけては、
猿のように前歯を剥き出しては、
憎しみの限りを尽したあの三白眼で、メイヨーと吐き捨てるであろう。

あの人々に日本人の相互依存の村社会的な共存性はみじんもない。
なにからなにまで、徹底的に日本の馴れ合い的な親近性からはすれ違う人々である。

真心、に代表される心情の慈しみ、彼らはそれを、弱さ、と定義するに違いない。

忘れてはいけない。
彼らは隣人同志で食らい合い、家族同士で殺し合ってきた、
その地獄の沙汰を生き延びた人々の末裔なのだ。
彼らの根本は憎悪と闘争である。
そこには相互依存も懐柔という定義もない。

そんな歴史は少なくとも日本には無かった。
日本人にはそんな状況で生き延びてきた経験がなにひとつとしてないのである。
つまり、まともに喧嘩をしても勝てる相手ではない、ということなのだ。

虫国狂産党という第一党が虫国に君臨を続ける限り、
虫国人はその地獄の記憶から逃れるすべはない。

そして彼らは、必ずやそれを、近隣国に押し付けてくる筈である。

我々の体験した地獄をお前らにも味あわせてやる。

そのおぞましい悪意の記憶を、俺は拭い去ることができないのである。



この複雑怪奇な二十一世紀。

敵の敵は味方、が二十世紀の原理であったとすれば、
二十一世紀は、敵も味方もない、グローバリゼーションという下克上である。

その修羅の無法地帯の中で、
地獄の沙汰を生き抜いたゴキブリ精神をモットーとする虫国人は、
まさに独壇場である。

民主主義という建前にも、人権という轍も、
博愛主義という最後の拠り所さえ、メイヨーの一言で切り捨てる、
地獄の餓鬼、のような人々である。

どんな理屈も説得も、彼らの前にはなんの意味もなさない。
食うか食われるか、それだけが彼らの行動原理の全てである。

そしてそんな虫国人は、民主主義という概念を尊重するどころか、
彼らにとってそれは、敵、なのである。

つまりは、米軍という占領軍に、父親的な像を夢見ては、
自ら率先して騙され続けた、
戦後民主主義の甘い幻影に骨抜きにされてきた日本人にとって、
この虫国という国の一種の野蛮とも言える生命力は、
まさに、理解不能な、脅威そのものである。

そしていま、そんな狂気の暴走マシーンが、
その憎悪の吐き出し口を、世界に向け始めたのである。

世界がそんな虫国を心の底から疎んじ始めている。

そこには、嫌悪、そして、侮蔑、そして、恐れ、がある。

動物的な本能に生きる虫国人は、そんな西側の国々の恐れを、敏感に感じとっている。

そしていま、同じような動物的本能に貫かれた覇権主義をモットーにしてきた、
アメリカという超大国、その拘束を解かれようとしている虫国。

ドナルド・トランプという、虫国人でさえあざ笑うほどに民度の低い男が大統領に選ばれた、
そこに、アメリカという国の明らかな弱体、を見た筈である。

虫国という野獣がこの機を逃すはずがない。

日本の本当の危機が、いま刻一刻と迫っている、それが俺の私感なのである。



という訳で、
その胸になにがあっても、虫国に賭けなさい、

富豪連中からそんなふざけた助言を耳元で囁かれながら、
俺は改めて、

虫国という国が覇権を握った国々の、その底なしの絶望を感じざるを得ない。

嘗てのヒッピー仲間の一人が、最近になって再び、アジアの国々を回って帰ってきた際、
ひとこと、暗い、と呟いた。

暗かったよ。

暗い?

そう、暗い。アジアがすっかりと暗くなっていた。

暗いというのは?

いや、ただたんに、暗かった、それだけなんだけどね。

つまり?虫国の影?

まあ端的に言ってそうだな。どの国も、表面上はなんと言っていたとしても、
その懐的には、すっかり虫国からの融資に骨抜きにされている。
その大嫌いな奴らに飯を恵んでもらっている、その後ろめたさが、
アジアの国の隅々にまで広がっている。

そう、世界を虫国というゴキブリの大群が食い荒らし、
どこを見てもゴキブリだらけ。
噛んだり刺したり、そんな危害を加えることがないことは知っているのだが、
この見渡す限りのゴキブリの様、
どう考えても気持ちのよいものでもない。
ただ、それをどうやって駆除するのか、誰もその解決策が掴めないまま、
ゴキブリたちが見る見ると床を壁を天井を這い回っては埋め尽くしていく。



という訳で、そう、トランプの暴言にやられた訳ではないのだろうが、
普段からの俺の持論、ヤケクソ気味のグローバリゼーション賛美、
あるいは、投げやりとも言える博愛主義も、
既に、心底嫌気が刺し始めた。

本音で語ってしまえば、俺は虫国という国が、死ぬほど嫌いである。

これは憎しみ、やら、嫌悪、やらとは違う次元である。

強いて言えば、ゴキブリ、に対する感情ににている。

俺はそう思っていたからこそ、虫国脅威論を唱える人々が不思議でならなかった。

ゴキブリを相手に、脅しをかけたり説得を試みてもなんになるっていうのだ。

ただそんなゴキブリのような人々が、一度、虫国狂産党の轍を抜けると、
あら不思議、いつのまにかすっかりと真人間、
それも、日本人そっくりの、慈悲と真心に満ちた、有効的な人々に成り代わってしまう、
という事実も知っているつもりだ。

そう、あの虫国史の拭い去れぬトラウマである、大躍進も文化大革命も、
虫国狂産党という狂気の演出した悪夢に過ぎなかった。
つまりは、諸悪の根源が、この虫国狂産党という組織、そのものなのだ。

それから開放された時、虫国人は初めて人間として生まれ変わることができる、
俺は実はそう信じているのである。

という訳で、そんなゴキブリのような悪夢に拘束された人々に、
なんの正論も、説得も無駄、である。

ただ、悪戯にその巣窟を叩くと、それこそ、何万何億という死に物狂いのゴキブリが、
一挙に海を渡って日本に雪崩込んでくることにもなりうる。

生かさず殺さず密閉し幽閉しながら、気長に躾けを続けながら、
世代交代を待つ以外に、方法はない。

つまりは虫国大陸そのものが、人民という病原体を抱えた壮大な病床なのである。

賭けても良い、あの国はいずれは自滅することになる。

いまこの時にも、国中をこれまで資本主義を蝕んできた負の遺産の全てが、
一挙にぶち巻かれている筈である。

つまりは肥満、つまりはエイズ、つまりは格差、そして、ドラッグ、である。

そしてあの末期的なまでの社会矛盾、その有無を言わさぬほどの不条理、
その全てにおいて、肥満とエイズとドラッグがこれでもかと蝕んで行くはずである。
その中で、経済格差と社会不正義に業を似やした人々がテロを連発。
このまま行けばいずれにしろ人民虫国という組織はお終いの筈である。

虫国狂産党はその断末魔を、どうやって切り抜けるか。

そう思った時、その唯一の解決策は、他国への侵略、以外にありえない。

つまり虫国は、今後、アメリカ、あるいは、ローマ帝国の陥ったのとまったく同じ、
覇権主義というどツボの中を突き進んでいく筈である。

そしてそのあまりにもあからさまな狂気から、いかにして逃げ回るのか、

それこそが、日本という国の死活問題なのである。

その断末魔の覇権主義の中にある虫国という国を、
まともな国家として見ることからして間違いなのである。

つまりは、彼らのちゃちな恫喝に乗ってはいけない。
それこそがキチガイに刃物を振り回させる、口実を与えることにもなりうる。

憲法改正も、靖国問題も、戦争責任のすべてが、そしてあの尖閣諸島問題も、
実はこの、断末魔の覇権主義への、口実を導き出すブラフに成りうる。

アメリカという拘束の弱まりつつあるいま、虫国の覇権主義者にとって、
今後、ベトナム、カンボジアから始まり、タイからミャンマーからネパールからそしてフィリピン、
あるいは、アフリカ諸国、そして、南米。
その全てが、大中華帝国というイニシエの覇権主義の標的に入っている訳で、
そんな中、日本という国はまさに目の上のたんこぶ。

迂闊に手を出せばどんなしっぺ返しが来ないとも限らず、
がしかし、欲しくて欲しくてたまらない、まさに宝の箱、である。

そんな野獣の舌なめずりを前に、日本はしかし、決して視線を合わせること無く、
その悪魔が病魔に朽ち果てるまで、待ち続ける以外に方法はない。

短絡的な解決策は禁物である。
それこそが、奴らの思う壺である。

一夜にして、徹底的且つ完璧な核武装を実現する、
そんな夢のようなことがない限り、
日本の命運は、世界との連携を深め、あるいは、その依存性を再確認させることで、
日本のハイテク産業を武器としたバーターの取引を中心に、
日本の世界での位置をアピールし続ける、それ以外にはない。

日本の技術無くしては世界は成り立たない、
そこまでになって初めて日本の存在が確保されるのである。
改めて、これは死活問題である。
憲法改正なんていうちゃちなドメスティックなところで、
堂々巡りを続けているべきではないのである。
あるいは、日本はすごい、などという、
オカマが鏡に見惚れるような、くさったナルシズムの中に浸りきってる場合でもない。

日本人の命運は、日本人の頭脳にかかっている。
それを国策として掲げるべきである。

ただそう、それをやるには、あまりにも時間がない。



正直なところ、トランプが勝って以来、
日本中がゴキブリだらけにされる、
その悪夢が今日も俺を苛んでいる。

どうかご賢明な諸氏、俺の悪夢を取り去ってくれ。

曖昧な、日本はまだまだ大丈夫ですよ、なんていう、お茶にごしではない。
それこそ、自分勝手な楽観的論に陶酔しては国中を破滅させた、
あのバカな軍国頭たちの二の舞いである。

あの腐り切った断末魔のゴキブリ大国の汚染からどうやって身を守るのか。

ぶっちゃけ、あのゴキブリの大群が一挙に日本に雪崩込んだ時、
日本はいったいどうやってそれを防ぐのか、
その現実的かつ具体的なアイデアをお伺いしたい、
そう切に願う訳である。



改めて、基地の街で育ち、そしていまこうして米国に暮らし、
米国人のメンタリティをちょっとは肌で感じられる立場から言わせて頂ければ、

日本に駐留する米国軍、その目的は、
日本を守る為、などでは、まるでない。まあ当然な話。

つまり、米軍は、米国の利益の為にそこに居座っているのであって、
日本を守る、というよりは、日本にある米国の資産を守る、というのがその目的の主たるところ。

なので、シン・ゴジラではないが、もしも日本の存続と米国の利益が相反した場合、
米軍は迷わず、日本を捨てて米国の利益を選択する。

まあそう、それも言うまでもなく当然の話。

という訳で、ぶっちゃけ、虫国と米国が、日本の頭を越えて勝手に握手をされてしまった場合、
日本は丸腰、となってしまう訳なのだが、それが誰でも理解しているだろう、と。

では日本をどうやって守るのか?

そうなってくると、憲法改正だ、議会だ、なんてものは、はっきりいってぜんぜんどうでもよくなる。

強いて言えば、あべしゅしょーの対面など、誰が気にするであろうか。

誰にも知られないうちに一夜にして核武装を成し遂げる、などということができるはずもなく、

だが、いまそう、こうしている時にも、あのゴキブリの大群のような人民軍がどこぞの国境を超える、
なんてことが、まさに、いま、目前にしているわけじゃないのか?

今後、トランプなんていう大馬鹿ものが大統領になってしまった以上、
米国は混乱を極める。そして確実に弱体化する。

米国という障壁を無くした虫国がどこまで正気を保っていられるのか、

正直なところ、俺はそれを、思い切り悲観的に考えている。

いまは御託や言い訳や、根拠のない楽観を並べている場合ではない。

気分はもうシン・ゴジラ、という状態にあってようやくバランスが取れる、
そんな状態にあるのではないのかな。

という訳で、思い浮かぶのは田中角栄である。

キッシンジャーの暗躍から、いきなり米中の首脳会談を実現されてしまった日本が、
その存続を賭け、首相自らが捨て身で敵の懐の中に飛び込んだ、その快挙である。

ありとあらゆる虫国向けのチャンネルを使い、
それは民死ん党だ、狂産党だ、あるいは、創蚊楽会だ、に限らず、
とりあえずは、右から左から、民間から役人から研究者から、
下手をすればあの宇宙人・鳩山を捨て石に使ってでも、
日本人の上から下までを総動員して、
虫国側、そして世界各国との交渉を開始するべきである。

アメリカはもう頼れない。その事実がなにを意味するのか。

これまで、ジャパンハンドラーの言いなりであった性話会の人々が、
米軍の存在しない極東の情勢の中で、どうやって立ち振る舞うのか、
日本人がその頭脳の全てを振り絞って、考え抜くべきである。
彼らが行動に移してからでは遅い。

右だ左だ、上だ下だ、など、そんな子供じみたことにこだわっている場合ではない。

いま日本は完全な丸腰にされようとしている。

それが、海の向こうから見た日本の姿である。

改めて、賢明なる諸氏、
俺の納得いく論法で、悪夢を取り去ってくれ。

心からお願いしたい。

という訳で、第一問、

虫国にとって、日本という場所は、それほどまでに魅力的な国であるのだろうか?
それはなぜ?
それを手に入れる為に、虫国はいったい、どんな手を使ってくるのだろうか。
武力ではないはず、というのが俺の考えである。
せっかくの宝の箱も壊れてしまってはもともこもない。
だったらどうやって?

対虫国政策の専門家の方々はどんなシュミレーションを練ってきたのだろうか。

日本のメディアがその問題を上げないのが、なによりも不気味である。

いったいどうなっているのだろう・・・

という訳で、いやはや、パニクってるな。

恥ずかしい限りである。

全てが馬鹿げた妄想であったと望むばかりである。





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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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