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N S M=日本 すっげえ、まじで、その新たな神降ろしの瞬間

Posted by 高見鈴虫 on 20.2016 音楽ねた   0 comments
N S M = 日本 すっげえ、まじで、

なんてこと言っておちゃらけていたら、
ちょっと、まじ、本ちゃんで凄えの、送って貰っちゃった。

この映像、ちょっと俺ひとりで抱え込むには、あまりにも恐れ多い。

あるいは、全てのミュージシャン、その、予備軍、
と同時に、その愛好家、信奉者の方々に見て頂きたい。

ので、えいやあ、と、共有させて頂くことにした。

二階堂和美 という方のパフォーマンスであるらしい。

この赤裸々なファンカム映像の中に、
音楽のパワー=凄み、と、そして、
ミュージシャンとしての、至福の瞬間、
それを克明に記録した、ドラマを見みました。







まあ、ベビーメタル以外は音楽じゃねえ、
という、ベビメタ・メイトに共通する極度の狭視状態に落ちいっている方々、
改めて、ジャンルの好き嫌い、やら、声質の、あるいは、顔の、造形の、
なんていうちゃちな表層ねたは、上げれば上げるほど切りがない。

ただ、こと、音楽、あるいは、そこに本物、が加われば尚更なこと、
ジャンルを問わず、その外面を問わず、その規模を問わず、
ことの本質を見極める目、には変わりはない筈。

その、音楽、あるいは、パフォーマンスの原初的本質を、
先のMADの、
そして、この映像の中に、共有させて頂ければ嬉しい。

改めて、この二階堂和美さん、という方。

まさに、おんな一人、ギター一本、米国武者修行、という奴なのだろうか。

改めて、物凄い度胸である。

そう、異国の地で、日本語を解せぬ観衆を前に、
たった一人、バーの三角ステージで生ギターひとつ。

このアウェイ感、半端ではない。

思わずそこに、あのソニスフィアでのすぅめたるの、
あの、孤立無援の姿を見るようでもある。

そして、ご存知、すぅめたるの食らわせた、
あの、前代未聞の大逆転劇。

そしてこの、二階堂和美さんが繰り広げた、
痛快なまでの倍返しj、そのドラマ。

音楽の凄み、あるいは、ミュージシャンの度量の、
その土壇場の姿。

これこそが、音楽の持つパワー、その真髄。

そして、それが成功し得た時、ミュージシャンは、
そして、それを同時体験した観客たちは、
ともに、感動を共有する、のである。

それこそが、ライブの素晴らしさ、その珠玉の瞬間である。

このラストシーン、二階堂和美さんの浮かべたこの会心の笑顔。

音楽というパワーを身につけた、人間の強さ、そして、素晴らしさ、
その、究極の表情を見る思いである。

ミュージシャンは美しい、ライブは、かっこよい! 
音楽は、MUSICは、素晴らしい!

いやあ、大変貴重な映像をいただきました。
ありがとうございます。



改めて、この、アウェイにおけるステージ。

観客がまるでステージに感心を払っていない、
あるいは、露骨に嘲りを匂わせた蔑視、
ともすれば、敵意を持ってステージの睨めつけている、
そんな劣悪な状況において、
そんな観客を掌握せしめる、

これを、俺達の言葉で、ぶっ飛ばす、と言う。

さあ、思い切りぶっ飛ばしてやるぜ

この啖呵こそが、まさに、ミュージシャンの正念場、
あるいは、土壇場の勝負どころである。

そう、全てのミュージシャンのアマチュア時代は、
全てのステージがこのアウェイでの戦いである。

俺自身、はこれまでどれほど、
そんな絶体絶命のアウェイの戦い続けてきただろうか。

勝ったこともある。負けたこともある。

この東洋人のクソ野郎と、いまにもビール瓶を投げつけそうな、
そんな脅迫的な面構えで囲まれながら、一曲が終わった途端に大歓声、
お調子者がステージに駆け上がりそうになり、
女たちがTシャツの裾をまくり上げてフラッシュ!

そんなことも、あったかなかったか。

改めて、この二階堂和美さんの、この珠玉の時のその記録。

イニシエのバンドマン時代の、
あの、抱腹絶倒のアウェイの戦いの日々を、
その興奮を、思い出させて頂いた。



という訳で、蛇足ながら、
この、ミュージシャンの土壇場における、神降ろしの瞬間。
嘗て、俺はその神憑り的な瞬間を幾度も目にしてきた。

真夏のテキサスの野外ステージにおける、パコ・デ・ルシア
酔っぱらいがだみ声を張り上げては、爆音を響かせるハーレーが走り回り、
パトカーのサイレンと、そして、犇めき合った観客たちが、
いまにも殴り合い、あるいは暴動を巻き起こしかねない、
そんな最低最悪の状況において、
一度、ギター一本を手にしたパコ・デ・ルシアが、
たったの一言も発することもないままに、
その一音、を、指先で爪弾いただけで、
あたりを埋め尽くしていた修羅のような騒動が、
一瞬のうちに凍りついたのである。

動きを封じられた人々の間に風が流れ、世界の色が変わっていた。

そんな神がかりの一撃。
映像において、最も有名なのは、
チェット・ベイカーの、LETS GET LOST であろう。
それまで社交辞令の挨拶や、嬌声に沸き返っていたパーティ客が、
チェット・ベイカーの歌声に吸い込まれては、身体中がめろめろに溶け出してしまう、
そんな魔術のような瞬間が赤裸々に記録されている。

セントラルパークの野外ステージにおいて、
ジョン・マクラフリンがステージに姿を現しただけで、
場内の空気が、まるで世界が色眼鏡を外したかのように、
まったく違う色に塗り替えられては、木々のざわめきから、
通りの向こうを走る抜けるタクシーのクラクションから、
空の彼方を飛ぶ飛行機のジェット音からが、
全て、音楽の中に、絡め取られ、溶け込んでしまう、
そんなとてつもない瞬間を目にしたこともある。

深夜にまでずれ込んだ野外パーティのそのステージで、
ブラッフォード・マルサリスと、ジェフ・テイン・ワッツのとてつもないグルーヴの中で、
男も女も、どころか、老人から子供までがステージに押し寄せて踊り狂う、
そんな凄まじい集団憑依にも似た情景も目にしてきた。

そしてそう、その絶体絶命の土壇場から、
会心の一大逆転劇、
その最もたるものは、まさに、
BABYMETALのソニスフィア、あの三十分の奇跡、であろう。



BABYMETAL - Sonisphere Festival 2014 by J-Shock


この超絶なほどの大逆転劇、
この衝撃が世界を駆け巡り、その感動が世界を満たし、
ベビーメタルの運命が、
と同時に、日本の音楽界そのものが、
強いては、世界のロック、あるいは、音楽、
その全てが、このたかだか三十分のドラマの中に、
見事に覆った、のである。

音楽って凄い。芸術って凄い。

そこには、怒声や、あるいは、暴力や、あるいは、権力の無理強いや、
脅しや恫喝や、媚びや諂いや、
そんなものの一切を跳ね飛ばし、洗い流してしまう、
なによりも、強く、なによりも確かな、パワー、
その真髄が存在する、そう、信じている。



という訳で、世界中のミュージシャンの方々、

そのジャンルは違えど、スタイルも、場所も、規模も違えども、

そこに音楽がある限り、それを求め、それを信じる気持ちがある限り、

音楽の神様は、必ず降りて来てくれる。

そう信じよう。それを信じて、戦い続けよう。

音楽の神様は、俺達の味方だ。そして、俺達は、そんな神様の、一部、なのだ。

神は内在する、のである。
そして俺達は、その内在する神を、共有する、の DEATH


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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