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新境地に立つベビーメタル ~ 敢えて完璧に背を向けて

Posted by 高見鈴虫 on 24.2016 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
実は、ずっと思っていたこと。
またまた憶測のみが暴走するばかりで恐縮ではあるのだが、

実はさ、いつ頃からかな、ふと思っていたのが、

青山さん、ちょっと変わって来たな、と。

そう、昔、青山さん、あまり動かなかったでしょ?

ベビーメタルのあの白塗りのサポート・ドラマーが、首の振り過ぎでむち打ちになった、
なんてことがあったら、それこそお笑いだけど、

そう、青神さん、実はあまり、頭とか、振っていなかった、筈。

俺、実はさ、この頭を振るドラマーってのがどうにも好きになれなくてさ。

だって、リズムは腰で取るもので、頭とか、関係ないっしょ、って。

イヤモニが外れちゃったらどうするんだよ、なんて、そんなこと気になっちゃって、とか。

なので、はい、パンカーでありながら、頭を振ったりとか、
あるいは、スティック投げたり回したりやら、
そういう、音とは関係ない見世物的なものが、
極端に嫌いであった、この偏屈者ドラマーとしては、

そんな頭を振らない青山さんに、
そうそう、その通り、ドラマーが頭なんて振ったらおしまいっしょ、
なんていうところで、大いなる共感を感じていた、のではあるが・・








ただ、そう、確かあれ、もしかして、この夏の二期目の全米西海岸ツアー、

あのシアトルから、サンフランシスコ、そして、LA。

あの三連戦での映像を見た時に、あれ? 青山さん、頭振ってる!
てか、思いっきり振りまくっている
で、ビートが荒い。それも、なんかどうも、わざと、荒くしている、というか。

と同時に、あのあたりから、すぅちゃんが、変わった。

これまで、割りと、基本通り、というか、
どれだけ激しく踊っても、どんなに超絶な伴奏をつけられても、
しっかりきっちり、お手本通りに間違わずに音を出すこと、を最優先にしている、
そんな印象のあった、まさに、健気な歌姫、であった筈の我がすぅめたる。





それが、例の米国西海岸、強いては多分、その前のヨーロッパあたりで、
もう完全に吹っ切れてしまった、というか、

そう、声が枯れても、多少音程を外してもフラットしても、
時として声が裏返っても、しかし、実にのびのびと、そして、まさに力の限り、
そんな熱唱を繰り広げるようになったな、と。

前にも書いたけど、やっぱりほら、ベビーメタル、と言う限り、
それはやはり、ロック、だからさ。

ロックはやっぱり、ロックであらねばならない訳で、

つまりは、リサイタルではないけれど、椅子に座って片手にオペラグラス、
あるいは、ペンライトを翳して、お決まりのコーラスをつけて、
なんていう、やわな観客とは訳がちがう。

ロックのライブは、喧嘩だ祭りだ暴動だ、
あるいは、誰に気兼ねもなく思い切りドラッグができる、
なんていう輩ばっかり、のところを持ってきて、
そんな、お手本通りに上手に歌えました、なんてことをやっていても、
やはり、ロッカーな奴らは満足はしてくれない。

そう、踊らせてなんぼ、騒がせてなんぼ、暴れさせてなんぼ、のロックでしょう、と。

という訳で、すぅめたるは、筋トレに入ったのかな、と思っていた。

つまりは、声量!これを鍛えることに重点を置き始め、

その代償として、多少音がずれる、声が枯れる、時としてひっくり返るってのも、
まあ、良しとしよう、というか。

あるいはそう、まさに、ロック!ロック魂!

その熱い怒涛のようなパワーを体現し、それを倍返しにして叩き返す、
そのパワーそのものの権化と化したのではないか、と。





という訳で、すぅめたる、そして、青山さん、ともに、言ってみれば純粋培養の方々。

基本に忠実で、やることにそつがなく、演るべきことをきちっとこなせる人々。

そんなある種、優等生的な、ともすれば、サイボーグ的でさえあった人々、な筈が、

そう、あの地獄のヨーロッパ・ツアーを乗り越えたところで、一挙に吹っ切れてしまった、
その脱皮がなされたのではないか、と思っていた。
で、その集大成が、あの怒涛のLAでのライブではなかったのかな、と。

という訳で、すぅめたるは、まあ皆さんご承知の通り、
なんだけど、敢えて俺的には、青山さんのこの変貌を考えているみるに、

そう、青山さん、多分わざと、なんだが、パワープレイを始めている。

ただ、パワーと言ったからと言って、間違えてはいけない。
ドラムを力いっぱい叩いたらそれがパワーな音になるか、
というと実はそんなものじゃない。

あるいはその逆。

力を込めて叩いても、あるいは、力を込めれば込めるほど、
逆に音は濁る。引っ込む。そして音色が荒れる。

それがロックであろうが、メタルであろうが、
なにはなくとも楽器職人。
楽器を愛するものとしては、この荒れた音色ってだけは、絶対に許せなかった筈。

では、青山さん流のこのパワープレイ、それはいったいなにか、と。



実はさ、そう、ずっと思っていたんだけど、

上手なドラマー、その神業の域に達したひとって、
どういうわけか、スティックが長く見える、んだよね。

かの、ドラム界最高の偉人、エルヴィン・ジョーンズ大御大。
そして、デイヴ・ウェックルから、
あるいはキワモノ的にはシンディー・ブラックマン、
日本で言えば、かの、外山明さん、そんなドラムの偉人たち、
なにはなくとも、うへえ、スティックが、凄く長く見える。

つまりはもしかして、上手い人って、実は特注の長いスティック使ってるのかな、とか。

で、後に、そんなドラムの偉人の全てを凌駕する、
超絶的なドラムの巨人 そう、あのBONBON。
言わずと知れた、って誰も知らねえか・笑
そう、CUBAの巨星、パピー・イ・ロス・ケ・ソンソンってバンドにいるひとで・笑

実はこのパピー・イ・ロス・ケ・ソンソンってのは、あのLOS VANVANの兄弟バンド。
あのCUBAドラム界の偉人の中の偉人である、チョンギート。
まさに、ソンゴの神様というか、ソンゴのドラムスタイル自体を確立したひとである訳なんだけど、
このBONBONのは、そのチョンギートに育てられたひとなんだよね。





で、このBONBON、最初に見た時から、なんか、やたらとスティックが長く見える!

で、GIGが終わった後に、ねえねえ、そのスティック見せて、とおねだりしたら、
え?同じだ!
そう、俺が使っているのを、まったく変わらないただのドラム・スティック。

BONBONのプレイ、まさに、ステックがしなるではなく、実はその逆。
まさに2つの白い棒、というよりは、杖が、
まるで、スティックそのものが独立して、遊離しているかのよな、
まさに、そんな、手品でも見ているようなそのステックの動き。

でその後、なんだかんだで勝手にご親交を深めさせて頂きながら、
つまりは、スティックの持ち方そのものが違ったんだよね、実に。

大きな音を出そうとして、スティックを強く握れば握るほどにドラムの音が鈍る。
それはまあ当然のこと、
スティックはなるべく軽く持って、
指とスティックの接点を極力減らしては、
手のひらの筒の中でステックを転がす、踊らせる、
それによって、ステックそのものが共鳴して鳴り響く、という状態になる。
ステックは叩くものではなく、鳴らすもの、
ステックは、ドラムを叩く道具ではなく、楽器そのもの、なのである、
ってのが、まあ、よく言われる定説的極意ではあるんだけど、
ただロックにおいてそれをやると・・・
最悪の場合ステックを落とす。あるいは飛ばす・笑






BONBON自身も確かにステックを飛ばすことがよくあるそうで、
で、どうしてる?と聞いてみれば、あ?気にしないよ、と笑

ただね、こっちはやっぱロックだしさ。
ロックでステック落としたら、ちょっとあまりに格好悪い。

そう、ロックってさ、まずなによりも、格好良くて初めて、の音楽形態な訳で、
そうなんだよ、ロックがロックであるためには、
まずは、格好良くなくてはいけない、訳なんだよね。

そう言った意味でも、テクニックに走ったロッカーが、
おしなべて人気がなくなるのもそういう理由かと。

頭なんて振らなくたって音は出せる。
あるいは、頭なんて振ったら音が乱れる、
強いては、頭を振るような芋ドラマーと思われたくない、
なんてさ、そういうドラマーとしてのこだわり、つくづくロックじゃねえよな、と。

でそう、実は、基本に忠実な、歩くドラム教則本のようであったあの青山さんが、
いきなりそのこだわりをかなぐり捨てて、これみよがしに頭を振り始めた、その頃から、

えっ!?と思った。

スティックが浮いてる!踊ってる、そして、凄く長く見える!

そっか、と思わず。
青山さんも、遂に、鉄人、を越え、神人の域に達したのか。





で、改めてこれ、ドラム技術的に言えば、いわゆるひとつのモーラー奏法。

つまり、どれだけ楽して音をだすか、ってか・笑。
身体を鞭として蔦として、
指よりは手首よりは、むしろ、肘と肩を連動させては、
しならせて揺動させて音を奏でる、その極意。

あの超絶忙しいベビーメタルの楽曲を、
来る日も来る日も連チャンでプレーさせられたその末に、
ついについに、モーラー奏法でメタルを奏でる、
そんな神人の域に達してしまったか青神様。
まさに神域、それこそが、聖域だろうと。

で、実はもう一つ。

青山さんのこの一年、
ライブを重ねるごとにモーションが大きくなった、のもあるのだが、
そのグルーヴが、太くなった、というよりも、広くなっていった。

あの超絶凄まじいベビーメタルの音数、
あれをひとつひとつ拾いまくって残さずこぼさず落とさず、
たったひとつの間違えさえも許さない、
それを執念のように固守し続けるこの青神様の姿勢に、
まさに、プロの中のプロ、その鉄のようなプライドを感じていたものなのだが、
と同時に、時として、律儀に音を拾おうとするがあまり、ビートが軽くなる、
あるいは、忙しなくなる。

まあそれがそれで、あのベビーメタルの、
一種切羽詰まったあのぎりぎりなまでの緊張状態を醸し出してもいたのだが、
2016年のこの怒涛のようなベビーメタル・ムーブメント、
そしてあの東京ドームを頂点に、青神さまはもしかしてドラマーとして、
一種の悟りの境地に至ったののではないだろうか、と。



とそんな時に思い浮かんだのが、
嘗て、ジョン・ライリーご師匠から賜ったこの極意。

こんなジャズ界の生神様と、面と向かって話せる機会などまたとないだろうと、
意を決してお尋ね申し上げた、まさに、ドラマーとして一番お尋ねしたかったこと。

ステージの上で、モニターが悪くて自分の音が聞こえないことが多いのだが、
そんな時、いったいどうすれば良いでしょうか?
自分の音が聞こえないのでは、いくら良いプレーをしようにも、方法がないではないですか。

とそんな愚問をあのカミソリのような研ぎ澄まされた表情を穏やかにほころばせながら、

師曰く、ステージの上で自分の音など聞こうと思っちゃダメさ。

思わず、えっ? であった。

なんだって?ステージの上で、自分の音を聞かない?

ああ、聞かないな。あるいは、聞かないように心がけている。
と同時に、聞こうとしていること自体に問題が有るわけでさ。

ステージの上でモニターを聴くな?
先生、恐れながら、言っている意味が、まったく判りまセブン。





あの修験者、というよりは、武士、というよりは、
まさに、孤高の蘭学者を思わせる一種東洋的とも思える知的な風貌、
その全身から抑えるに抑えきれない強靭な意志を感じさせる、
凄みに満ちたインテリな表情のまま、
師ジョン・ライリーはこう宣もうた。

確かにね、昔も俺はそうだったよ。
モニターが聞こえない、なんてときにはイライラしてね。
構成がうろ覚えのときなんかは、さすがに青くなったりしたものさ。
だが、最近ではそのまったく逆なんだよ。
ステージの上で、俺は敢えて自分の音を聴かない。
聞きたい、という欲求をむしろ抑えようとしている。
確かに、ステージの上で自身の音が聞こえないのは不安ではある。
ただ、その不安の原因について考えた時、
俺は、ステージの上で自分の音を聴く、という行為そのものの、
その愚かさに気がついたんだよ。
いいかい、俺達はドラマーなんだぜ。
で、俺達は何のためにプレーをしているんだい?
そして俺達は、音楽という行為を通じて、いったいなにを表現しようとしているのか?

そう思った時にね、俺は自身の魂がこの身体を離れるのを感じたんだよ。

俺の魂は、ステージの上を離れて、
そして目の前の客席のその一番うしろの席に座って、
ステージの上でドラムを叩く俺と、そして、他のメンバーたちを、
観客のひとりとして眺めていたんだよ。

俺は演奏者でありながら、と同時に観衆だった。
ドラマーであると同時に、コンダクターだった。
パフォーマーであると同時に、その一番熱心なオーディエンスだった。

とそんな時に、なんかちょっと、ドラムの音がうるさいな、と思ったんだよ。

少なくともこの音楽で、俺はこれほどまでにドラムにガンガン前に出てほしくはない、ってね。

で、少しずつ音を落としていったんだ。

もっとピアノの音が良く聞きたい、そう思って、ライド・シンバルの打点の場所を変えて、
もっとベースの音が聴きたい、そう思って、敢えてバスドラの音を後ろに持ってきた。

そうこうするうちにね、自分でも惚れ惚れするぐらいの良いバランスになった。





その時に思ったのさ。ドラムなんてそんなものだろう、って。
ドラマーがドラマーの為にドラマーの音楽を奏でる?
BSだよ。
少なくとも俺はそんな音楽はあまり聴きたいとは思わない。

そう、音楽の良し悪しは、
演奏者のテクニックや、音数や、音のボリュームなんてものじゃない。
あるいはドラムでさえない。
つまりは、ミュージシャンの自己満足でなんかないはずなんだ。
そう、音楽はまさにアンサンブルなんだよ。
その音楽という表現手段を使って、いったいどんな世界を描けるのか。

俺にとっては音楽というのは、絵を描くことに似ているんだ。
今夜、このステージというカンバスの上に、俺と、仲間と、そして観客たちで、
いったいどんな絵が書けるのだろう。
そう思った時にすべてが吹っ切れた。
ドラマーがドラマーである必要さえもないと思えるぐらいまで、
俺はドラムという楽器に対して、謙虚になったんだ。

この間もビル・スチュワートに言われたんだよ。

なんか、最近、地味ですねってさ。

そう、確かに俺のドラムは地味になったのかもしれない。
ただ、ドラマーが地味であったとしても、いったいなにが悪い?
その分、ギターが、ベースが、ピアノが、
生き生きと浮き立ってくるのならそれに越したことはないじゃないか。

ドラマーを目指す君たちにはとても悪いんだが、そう、最近の俺はそう思っているんだ。

ミュージシャンがテクニックをひけらかす必要などなにもない。
そんな音楽は、俺は好きじゃないってね、そう思ってる。

ただね、そう思った時、ドラムという楽器がとても愛しくなった。

そして、もっともっとドラムを叩いていたいって、本心からそう思えるようになったんだ。

人を驚かせるような特別なテクニックの練習をするよりは、
そう、俺はドラムの練習の時によく歌を歌ってるんだ。
俺が唄う歌の、その伴奏を俺自身がやっている、まさにそんな感じなんだよ。






という訳で、我らが青神様である。

ふと思っていたのが、青神さまはこのジョン・ライリー師匠の境地、
ドラマーとして敢えてドラマーを目指さず。
自分勝手な自己陶酔の中で、自らの音に没頭するよりはむしろ、
そんな自分自身を達観しては、
バンド自体のアンサンブルの中で自身の立ち位置を図る。

そう、青山さんは、自分のドラムのプレーに自己陶酔しては、
他のメンバーの全てを煽り立て追い立て押しつぶしては勝手にぶっちぎる、
そういうプレーをするような人ではなかった。
それはもう、鋼鉄のようなプロ根性、そのプライドとして、
敢えて主役を立てることを最優先させては、
自身はサポートに徹したプレイを続ける、
そういうタイプの人であった筈だ。

敢えて自分自身を抑えてでも、
バンド自体を包むようにアンサンブルのバランスを図り、
そしていざとなった時には、ここぞとばかりの超絶プレイを披露する、
そんな燻し銀のようなプレイ。まさにサポートドラマーの鑑。

そう、青山さんは、ここまで世界中の絶賛を浴びながらも、
しかし、我が我がの虚栄の道を爆走することなく、
ドラマーのドラマーによるドラマーの為の、
そういうプレイスタイルを敢えて抑えていた筈なのである。

そんな青神さんが、いま、逆にドラマーとして逆を打ち始めている。
つまりは、わざと、荒いプレイを始めている。

これはつまりは、まさに一皮向けた逆説的境地。

もっと広い意味で、ベビーメタルというバンドを、
あるいは、音楽そのものを捉え始めているのではないだろうか、
あるいはそう、それを捉えた上で、敢えて、わざと、暴走しているのではないか。

そしてその結果が、もしかすると、
テクニックとそして譜面重視のその優等生的なプロフェッショナルなスタイルから、
時としてあまりにも荒々しい、
まさに、肉を切らせて骨を立つ、
あの図太くも深く広いパワープレイの中に現れているのはないだろうか。

青神さまは、そして、我らがすぅめたるは、
これまでの優等生的な、ミュージシャンとしてのお手本的な
清く正しく美しくそつのないプレイスタイルを敢えて脱ぎ捨て、
ベビーメタル、あるいは、神バンド、そのひとり、として、
あるいはまさに、ロッカー、ロックを象徴する、より大きな存在に脱皮を続けている。

これこそはまさに、絶対完璧主義のベビーメタルの新たな新境地。

嘗てローリング・ストーンズが、その会場をクラブからスタジアムへと移行する過程で、
敢えてこじんまりとまとまったテクニック的なところから抜け出し、
わざと崩す。
ビートを、そして、チューニングを、わざと崩してはブレを、揺れを創造し、
そこになお一層のグルーヴ、あるいは狂気を、
つまりは、ステージに神を呼び下ろそうとした、
あの壮絶なる実験の過程、
まさにロックが、ブードゥーの神と一体化したあの超絶なグルーヴ、
ベビーメタルはその境地に向けて、また新たな脱皮を始めた、
ということなのであろうか。

荒いベビーメタル、
あるいは、暴走する神バンド、
まさにまさに、大歓迎!である。

これはまさに、ミュージシャン、というよりは、むしろパフォーマーとして、
アイドル、あるいは、サポート・ミュージシャンとしてよりはむしろロッカーとして、
それはつまりは、音楽家として、といよりはむしろ、
人間的な意味での、大いなる成長であろう。

そう、ベビーメタルは、三姫はもちろんのこと、神バンドの方々も、
このベビーメタルという前代未聞のムーブメントの中で、
とてつもない勢いで、成長を続けているのである。







いやはや、ごめんなさい、これは全て仮説、ただの思いこみである。
ただ、そう、俺は実は、そんな仮説を立てて青山さんの映像を追いながら、
果たしてその、青山さんのドラムに感じた一種のひっかかり、というよりは新鮮さ、
うへえ、あの青神さんが、まさにぶっちぎっちゃってるぜ!
その暴走の理由がなんであるのか、確かめてみたいとおもっている。

という訳で、ベビーメタルという、日本の音楽史上、
どころか、世界の音楽そのものを塗り替えようとするこの巨大台風。
その成長の過程の中で、いったい青山さん自身がなにを考え、どう変わっていくのか。

このクリスマスの連休を使って、この類まれな天才ドラマーのその軌跡を思う存分辿ってみたい、と思っている。

まずはそう、この2016年の集大成。

言わずと知れた、LIVE AT WEMBLEY。
今年の四月二日、世界ツアーのそのコケラ落としとしてロンドンで行われた公演。

そこから、全米ネット THE LATE SHOW でのあの超絶な神降ろしの瞬間。
それから5月、あのニューヨーク・プレイ・ステーションを皮切りに、米国、そしてヨーロッパ。
あの、地獄のような熱気に焼かれたドイツの公演から、
ベンジーのディスり事件の直後の、あの嵐の中でのダウンロードの奇跡。





真夏の三大ロック・フェスのその全てで超絶的な熱狂を巻き起こし、
そして、天王山たる東京ドーム、まさに世界の頂点を極めたあの夜。

この僅か半年足らずの中における、まさに怒涛のようなドラマに次ぐドラマの中で、
ベビーメタルは、そして、神バンド、
そして、我らが青神様は、いったいどんな変貌を遂げて行ったのだろうか。

ただそう、今となっては押しも押されもせぬ、
世界的なスーパースターの地位を獲得したベビーメタル。
かくなれば、逆にちょっと意地悪な目線、
つまりは、この青神さま、レッチリのチャド、なんていうカスではなく、

まさに、DAVE WECKLE あるいは、VINNIE COLAIUTA
あるいは、STEVE GADDから、
もしや、ELVIN JONES から TONY WILLIAMSから、




そんなドラム界の聖人たちと比べて、
果たして我らが青神様はどこまで食い込めるのか、
そんなところをちょっと掘り下げてみたいな、
なんてことを思っていたりするこのクリぼっち、なのである。

世界の頂点へ突っ走れ BABYMETAL !
その道がどれだけ険しくても、
目指すは正真正銘、チーム・ベビーメタル、
そのメンバー全員揃っての、世界征服 DEATH!




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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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