Loading…

深夜食堂 その後 ~ 長い旅路の果てに

Posted by 高見鈴虫 on 04.2017 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments
数ヶ月ぶりにニューヨークに帰り着いた妻を出迎えた。
元気だった?とはにかみながら笑う妻の身体が、
一回りもふた回りも小さく見えた。

家に着くなり、いきなり飛び出てくる筈の犬、
いまのうちにダウンジャケットは脱いでおいたほうがいいぜ、
何をされるか判ったものじゃない、
などと言いながら、
いざドアを開けてみれば
あれ、犬の姿がない。。

恐る恐る覗き込んだ暗い部屋の中、
ソファにうっぷしたままの我が駄犬。
その顔、
このところのいつもの顔。
まるで表情を失った、見るからに不貞腐れた、その顔。
そんな顔が、かみさんの姿を見た途端、一瞬に凍りついた。

ん? 僕は・・・、夢を見ているのかな?

まさに、そう、そんなかんじ。

この瞬間の夢を、何度も繰り返しては裏切られてきたであろうこの数ヶ月間。

ブー君、とかみさんの声を聞いた途端、弾かれたように飛び上がる犬。

ふと俺の顔を見る。

おい、なんだこれは?
これは、夢なのか現か、、なのか。。

ブー君、とかみさんが再び名前を呼ぶ。
差し出した手を恐る恐る匂いを嗅いで、
じっと見つめるその瞳。
その途端、全てが一瞬で弾け飛んだ。

飛びかかり抱きつき顔中を舐め回しては、
部屋中を走り回り、そして俺の背中に向けていきなりの飛び蹴り。
こんなことをやっていたらいつ床で滑って転んで、
かみさんの帰国早々に病院送りなんてことにもなりかねない。

と言う訳で、長い長い旅の末、荷物も解かぬうちから、
そのまま犬の散歩である。

二人の間、先頭を切っては、
尻尾の先をピンと天に向けておっ立てては、
見るからに意気揚々、そのもの。

なんだ、元気そうじゃないの。

近頃、ブー君が本格的に鬱病で、
なんて書いたものだから、しかし思った通り、
帰ってきた途端に、この豹変、この激変ぶり。

いつもの川沿いの公園を回り、
家に着いた途端にさあごはんだごはんだと大騒ぎ。

なんか最近、ご飯も食べずに、が聞いて呆れる。

一瞬で平らげたご飯、満面の笑顔。
そして、振り返ったその瞳に、幾万の星がキンキラリンである。

こいつのこんな顔を見るのは、本当の本当に久しぶりだな。

そして唐突に気がついた。

かみさんの不在中、一番辛かったこと。
朝の五時に起きて、やら、
食事洗濯掃除から、やら、
口ではそんなことばかり挙げ連ねていながら、
何が辛かったかって、まさしくこの犬の表情。
笑顔の消え失せた犬の顔を見るのが、どれだけ辛かったことか。

そしていま、この長い長いトンネルを抜けて、いきなり弾け散る犬の笑顔。

ただいま、とかみさんが呟く。
ブーくん、逢いたかったよ。

その言葉を聞いた途端、
全てが砕け散り、崩れ落ち、溶け出しては流れ出してしまった。

疲れた、とかみさん。
ああ、疲れた、と俺。

そのままベットに倒れ込んで、
一瞬の後には、二人同時に、気を失っていたのであった。

そして、ふと眼を覚ました夜更け。
口をぽっかりと開けたままぐっすりと眠り続けるかみさんの寝顔。
そして二人の間に無理矢理に割り込んだ犬。

窓を叩く冬の木枯らし、
どこからか吹き込んでくる隙間風に、
頭から毛布を被って過ごしていたこの寝室が、
いつの間にか、汗ばむほどに。

人の温もりって、本当に暖かい、心底それを思い知った冬の夜。











目が覚めると7時過ぎ、
しまった、と飛び起きた部屋の中、
まったくのもぬけの殻。

おい、ブー、と犬の名前を呼ぶが、
呼ばぬうちから判っている。
そう、全ての気配の消え失せた、
このがらんどうの空気。

そうか、と寝ぼけた頭で思い描く。
そうか、俺はようやく、朝の犬の散歩から解放された、ということなのか。

その幸せを噛み締めながら、枕の中に再び顔を埋めるこの二度寝の快感。

まさに、夢にまで観たこの瞬間、ではありながら、
なんだろう、この空虚感。

このすべての気配の失せた、静まり返った朝。
それはもしかすると、
犬も、そしてかみさんも失ってしまった
たったひとりの世界。

そうか、俺はついに、この世にたったひとりになってしまったんだな。

そんな甘い夢の入り口を漂いながら、
ふと、思う、そんな夢のような朝の風景。

ああ神様、
お願いだから、このままもう一度寝かせてください。
そしてそして、二度と目が醒めないように、
このまま静かに眠らせてください、

そう繰り返しながら生きることになるだろう、
たったひとりの世界。

もしもそうなってしまったら、
俺は果たして、この世になんの未練を残すだろうか。

そしてたったひとり、
誰もいない部屋でシャワーを浴び、
誰もいない部屋でスーツに着替え、
誰もいない部屋の誰もいない鏡の前で深い深い溜息を付き、
そして彷徨いでる朝の風景。

それはまるで、亡霊気分。
それはまるで、風船気分。
それはまるで、風のような塵のような。

このままふっと姿をくらましても、
誰にも気付かれないであろう、そんな風来坊気分、
あるいは、迷い子、というべきなのか。





男ってのはつくづく、この世にあってもなくてもよい存在、
そんなことを思い知った、ひとり身の朝、
そんな気分になれたのも、
まさにかみさんが帰ってきてくれたおかげ、
ってのも、まったく皮肉な話ではあるのだが。

という訳で、旅の終わり、という奴か。

改めて、
旅をしている人にとっても、
そして、その帰りを待つ人にとっても、
それは確かに、旅、なので、あつた。



  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム