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ベビーメタルと昭和歌謡 ~ もしもすぅめたるとカラオケに行くようなことになったら・・  

Posted by 高見鈴虫 on 02.2017 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
なぜか最近、気分がすぐれない。

風邪、というのではなかろう。
そう、俺はバカ、なのである。
バカである俺は、その唯一の恩恵として、
風邪を引かない、その筈なのである。

なので、そう、これは風邪ではない。
だって俺、ぜんぜん、バカのまんまだもん。
なのでそう、バカである俺が風邪を引かない以上、
これはまさか・・・

そう、言わずと知れた花粉病である。

おいおい、まだ2月だぜ、と言いながら、
改めて見渡せば、どこもかしこも花粉病の大流行である。

そんな季節外れの花粉病に意識を朦朧とさせながら、
それが理由という訳でもないのだろうが、
またまた、なんとも妙な感覚に包まれて過ごすこの不穏な春の始まり。

なんかさあ、またまた、なんだけど、
なんとなく、またまた、すぅちゃんが近くにいるような気がしてならないんだけどさ。

もしかして、またすぅちゃん、ニューヨークに来ていたりするの?
そんな情報、だれか持ってる?

あるいは、そう、これはまたまた、ベビメタ・ロス、

あの深夜のペリスコに張り付く、あの怒涛の寝不足の日々が、
今になっては恋しくて恋しくて。

そうか、此のベビメタロスの影響って奴なのであろうか。

とは言いながら、ニューヨークの末期的な雑踏を彷徨いながら、
もしもここで、いきなりすぅちゃんに出くわす、なんてことがあったら、
俺、いったい、なにをしでかしてしまうのか、
なんてことについて想像を巡らせてみたりもする、
この春一日目の不穏な午後。

で、どう?
あんただったらどうする?

もしも、見知らぬ街角で、
いきなりばったりと、すぅちゃんに出くわしちゃったりしたら・・

!!!!!!









でまあ、そう、俺とかもう大人だしさ。
そう、立派な社会人であり、常識人であるはずの、
つまりはまあ、りっぱなおさん。

なのでまあ、そう、
邪魔しちゃ悪いしさ、とか、
妙に気を使っては、

あるいは、ここニューヨークという街、
ゲイノー人だかセレブだか知らないが、ほとんど大抵の有名人にあっても、
そこはニューヨークの流儀で素通り、見て見ぬふりをして放っておいてあげる、
ってのがニューヨークの最低のエチケット、
であることはわかっているのだが・・

ただ、そう、すぅちゃんだろ?
あのすぅちゃんだしな。

そんな格好つけてしまったりしたら、
あとで、死ぬほど、後悔する、
そんな、一生ものの不覚、となる、
そんな気がしたりしなかったり。

という訳で、
そう、すぅちゃんである。
そんじょそこらのハリウッド女優のセレブリティ、
なんてのとは、訳も格も違うのである。

なのでそう、ニューヨーク・シティ、
なにが起こるか判らない街である。

備えあれば憂い無し。

もしもの時の、その傾向と対策、
覚悟だけは決めておくに越したことはない。

という訳で、この街ですぅちゃんに出くわすことがあったら・・・

俺だったら・・・

という訳で、質問です。

もしも、すぅちゃんと個人的にお話をさせて頂ける栄誉に預かった時、
あなたなら、どうしますか?

あの、いつも応援してます、としどろもどろにペコペコ頭をさげて、
で、あの、本当にもしよかったら、と、握手をしてもらって、
で、絶対内緒にしますんで、と、写真を一枚、

とかとか。

ただ、それだけで良いのか?
本当に本当に、それだけで、十分なのか?

改めて問う。

もしももしも、例えばこのニューヨークの街角で、

またいつものやつで、
道も知らないままに勝手にずんずん歩いて行ってしまった、
そんなすぅちゃんがいつのまにか道に迷ってしまった、
そんなことが起こった時・・・

俺だったら俺だったら・・・

という訳で、告白しよう。

もしも、そんなすぅちゃんと遭遇してしまったら、
俺は、一世一代の覚悟を決めて、デートに誘おうと思う。

そしてそして、そんなすぅちゃんと、行きたい場所?

決まってるだろ、それわ、カ・ラ・オ・ケ、である!

どうだ、凄いだろ!

あのカラオケボックスの中で、すぅちゃんの歌を独り占めだぞ!

どうだ、すごいアイデアだろ?

これ良いよ、まじで。

ただ・・・

そう、俺がすぅちゃんの前で歌を唄う?え?・・まじで・・

それはちょっと・・・ちょっと、まじで、ヤバイかも・・笑
いや、いやいやいや、
それだけは、まじで、ヤバすぎる・
いやはやまいった、まじで、完全に墓穴を掘ったか・・

まあいいや、いい加減バカバカしくなってきた・・




という訳で、またまたしょうもないことを。。。
と、春先の妙な白日夢、
このおかしな感覚に包まれたまま、
また性懲りもなくいつもの長文、
戯言の迷宮の中を彷徨ってみたい。

はてさて、
前回の糞文の最後の最後の最後っ屁のような形で、
思わぬ本音をゲロってしまったような気もする、
そのことが、ちょっと、心の片隅にひっかかっていた。

つまりはそう、あの日本の歌謡曲、その珠玉の名曲の数々、という奴。

あれ、おまえ、パンカーじゃなかったのかよ。

そんな声がいまにも聴こえて来そうな、
いきなりのこのちゃぶ台返し的、日本歌謡賛美。

そう、なにを隠そうこの俺、
実は、隠れ昭和歌謡おたくであったりもした訳である。

ただ、アイドル、というと、あまりにも恐れ多く、奥が深すぎる。
いまや立派な社会考察の学問的分野とまでなりつつあるこのアイドル学である。
キャンディーズやら小泉今日子やらならいざしらず、
JPOP以降、まるで春の野に咲くたんぽぽ、どころか、
そこに群がるミツバチたちのように、画面一杯に乱れ咲いた、
この誰が誰だかさっぱりわからない人海戦術的大衆動員。

かつてのアイドル=スター、
フル・オーケストラをバックにステージの真ん中でたった一人、
強烈なスポットライトを浴びるその姿、まさにスター!

この近年のグループ・アイドル、
あの画面いっぱいに虫の沸いたようなあの人海戦術は、
そういう、スター像からの脱却であった訳なのだろうが、
正直言ってこの人海戦術、はっきり言って誰が誰だか判らず、
その判らないところを判る的に通ぶって蓄膿の鼻を膨らませる、
そういう輩と一緒にされたくがないばっかりに、
俺はこのアイドル文化と言うやつを徹底的にスルーすることにもなったのだが、

果たしていまここに来て、このベビーメタル。

アイドルとメタルの融合、とは言いながら、
その基本的なところでは、
あの二人の天使、あの超絶強烈たる増幅器を両脇に従えた、
リードシンガーであるところのすぅめたる、こと、中元すず香、
そのスター性=カリスマ性に依るところのグループであり、
あの、ウェンブリー・アリーナのアカツキにおける、
あの、天空からのスポットライト一本の中に立つ、あの姿、こそは、
かつて、イニシエの幽玄美、
あの、スター=アイドルの姿、そのもの。

そう、ベビーメタルはアイドル、と歌いながら、
そして、三人でひとりの、ダンス・ユニット、という建前ではあるが、
だがだが、しかししかし、
その主役が誰か、と言えば、
この昭和の亡霊的おさんてきな美意識からいけば、
スターとはまさに、リードシンガーであるすぅメタル、
彼女の存在こそがまさに、唯一絶対のダイヤモンド。

という訳で、ベビーメタル、
アイドル、と言いながら、
実はリードシンガー、すぅめたるの、
ホンマものの歌唱力が絶賛を浴び続ける中、
そして、ダンス・ユニットとは言いながらも、
やはりこのすぅメタル、
このスポットライト一本の中に浮かび上がる、
この中元すず香の存在無くしては、
ベビーメタルはベビーメタルとしてなりえない。

という訳で、このベビーメタルのアイドル性、
それはつまり、近年の新生アイドル的な集団体制、
そのアイドル・グループ性の物量作戦から一転し、
再び、かつての歌謡曲とアイドルが混同していた古き良き時代の、
あの昭和歌謡的な美学、
スポットライト一本のスタイルに、先祖返りをしたのではないか、
と思っているのだが、いかがでしょうか?

とまあ、そんな、戯言的前フリの後、
改めて、冒頭に触れた、腐れパンカーの心情吐露。

すぅメタルに、昭和歌謡を歌って欲しい、
そのあまりにも厚顔無恥な、まったくやりきれないぐらいに時代錯誤のおさん的な願望。

ったく、やっぱり、ベビメタのおさんファン、
あいつらやっぱりダメだわ、ため息をつかれている方々も多かったであろう、
このまさに、失言中の失言。

なのであるが・・・

えーい、しゃらくさい!毒食わば皿まで。
ここで改めて、その失言の穴埋め、
ならぬ、恥の上塗り、と奴を繰り広げさせて頂きたい。



改めて、パンカーであった俺は、
日本の歌謡曲など、おかしくって聞いてらんねえ、と憎まれ口を叩きながらも、
だがしかし、そう、パンカーであろうと、洋楽ファンであろうと、良いものは良い、
それを認めるぐらいの度量は、持ち合わせていたつもりである。

と同時に、パンカーでありながら、しかもドラマーでありながら、
あるいは、そんなパンクロック・ドラマーという、
世の音楽性からはもっとも遠いところに生きる音楽家、
そんな立ち位置からか、
逆に言えば、割りと無邪気にどんなジャンルの音楽でも、
節操もなく手放しに受け入れることのできた、
そんな寛容さ、というか、優柔不断さを持ち合わせることができた、
というのも怪我の功名。

という訳で、実は俺が幼き頃から、そしていまも尚、
密かに温め続けている夢の企画、というものについてお話したい。

ぶっちゃけ、歌謡曲、これを、世界に向けてリバイバルしたい、のである。



という訳で、俺の夢、なるものを語る上で、
ここにひとりの、鬼才、の名を挙げねばならない。

ただ、この人の名前を出した途端、ほとんど大抵の人々が、
げげげげげ、と絶句をなさるであろうことは必至である。

ただ、そのリスクを敢えて負いながらも、
この鬼才、まさに、昭和音楽史の徒花であった御人、

この、近田春夫、という人について、語らせて頂ければ、と思う。

パンカーでありながら、そしてロッカーでありながら、
と同時に、俄湘南爆走族でありながら、
どういう訳か、アラベスクよりも、矢沢永吉よりも、
デヴィッド・ボウイよりも、ミック・ジャガーよりも、
実は、沢田研二や、郷ひろみの方が、好き!
という妙な価値観を秘め続けていたこの俺。

その禁断的な嗜好を一挙に解放してくれたのが、
この、近田春夫先生の名盤「電撃的東京」であった。

「電撃的東京」 近田春夫&ハルヲフォン

ぶっちゃけ、昭和歌謡をヘビメタでリメイクした、というこのとんでも作品。

初盤リリースは1978年。
早すぎた、あまりにも早すぎて、この世の誰一人として、
まったく理解どころか関心さえ持ってもらえなかった、
まさに、気狂い的迷盤。

当時、文化的な意味から言えば、
歌謡曲の地位は著しく低かった。
世の大人からは、軽薄な低能児の代名詞であり、
そして、ロック野郎からは、憎むべき低俗性の象徴であった、
この歌謡曲というジャンルの音楽。

近田春夫という、見るからに男だか女だか訳の分からないこの怪人、
実は、あの、暴走族世代の象徴でもあった、紫のハイウエイの「クールス」、
あの影の仕掛け人のひとり、でもあった、まさに奇人変人怪々人であるこの近田春夫。

メタルと、歌謡曲、強いては、アイドルとの融合という、
後にベビーメタルによって世界を震撼させるこのアイデアは、
実はこの、「電撃的東京」の中に既に芽生えていたのである。

ただ、と、少年ながら、実はこのアルバムには不満タラタラであった。

つまり、歌が、下手すぎ、たのである。

そう、歌謡曲のその真髄とは、まさに、歌の巧さ、ではなかったのか。
そして、ロックの定番が、歌の下手さ、ってことかよ、近田先生、
という訳で、あれ以来、俺はこの、愛すべき昭和歌謡を、
いつかいつか、俺の手で、完全なるロックとして蘇らせたい、
そう思い続けて早・・・何年?

ただ、そう、ロック界には、歌謡曲を歌えるほどの歌唱力を持ったひとはいなかった。
と同時に、歌謡歌手がロックをやっても、それはただの真似事、
いずれにしろ、正気の沙汰とは思えない愚作にしかなりえない、
まさにそう、歌謡曲とロック、というのは、まさに越えるに越えられない、
長く深い溝に隔てられている、その筈ではあったのだが・・



しかしながら、俺はどうしても歌謡曲のひとであった。
この生涯一パンカーを自称しながら、
しかし、この、メロディライン、それだけは、
やはり、昭和歌謡の呪縛から離れきることができなかった。

と同時に、実は実は、
そんな昭和歌謡こそは、モータウンを筆頭とするアメリカン・ポップス、
当時は、マニア向けのFMか、あるいは、FENぐらいでしか聞く事のできなかった、
この洋楽という無限の宝箱からの、パクリ放題の良いところ取りの寄せ集め的パッチワーク、
でもあった訳で、
その後、あのナップスター、
世界の音楽聴き放題!的なゴールドラッシュの中で、
どこぞの未発表テイクが、
あるいは、モータウンの隠れた逸曲が、
あるいは、サルサの名曲が、果ては世界の民謡歌謡が、
どっかで聞いたことがあるとおもったら、
まさに、懐かしの昭和の歌謡曲のあの曲、そのものじゃねえか、
という、種明かしに山ほど気がついた訳で、
と同時に、俺達はそうやって、昭和歌謡を通して、
世界中からの良質なポップスのエッセンスを、
知らぬ内に、これでもか、と吸い込んで育ったと、
そういういうことなのだな。

改めて、日本の歌謡界はまさにパクリの宝庫であった。

いまからすれば、えええ~、これ、もろにもろじゃんかよ、ってなパクリを、
恥も外聞も、情け容赦もなく繰り広げていた訳で、
なのであらためて、何が悪い、と。

そう、いいじゃん、そこに日本語が乗ればさ、な訳で。
そう、にほんってもともとそういう国なんだよ。
その還元の過程、つまりは、リメイクの中にこそ妙技があるわけでさ。
と同時に、そのお手軽さこそが、歌謡曲、なのであって、
そして俺は、こと、昭和歌謡におけるそのあまりのチープさ、
世界中の珍しいものをこれでもかとかき集めては、
パッチワークのような雑食性が、
今もなお、堪らなく好きなのであった。

という訳で、そう、俺はそんな、昭和歌謡の名曲というのを、
いつかいつか、パンクで、あるいは、デスメタルで、あるいは、サルサで、
やってみたい。
と思いながら、だってさ、まさに、その持ち曲は無尽蔵。

そう、昭和歌謡こそは、まさに宝箱、宝石箱。

アレンジ一つで、パンクにもメタルにもR&Bにもサルサにもなってしまう、
まさに、変幻自在のメロディ・ラインの珠玉品なのである。

という訳で、ベビーメタル、とはさすがに言えないものの、
中元すず香さんに、この曲を歌って欲しい!そんな昭和歌謡の珠玉の名曲集。

で、そう、冒頭のあの白日夢、

もしももしも、すぅちゃんとカラオケに行く、なんてことが起こってしまった時、

果たして、どんな曲を歌ってほしいのか、

実はこのあまりにも壮大な命題について、日夜考え続けていたのである。



という訳で、いやあ、長い長い序文であった。

ここからが本題だ、

ぶっちゃけ、すぅちゃんに歌って欲しい、
強いては、すぅちゃんの歌声と共に、今一度、世界に向けて蘇らせて欲しい、
珠玉の昭和歌謡、その名曲!

それを一緒に考えて見ないかい?

で、あんたなら、どう?

そう、各自、もう、想いはそれそれ、ではあるのだろうが、
特に今回、もしかして、これ、ベビメタでの転用も可能?
ってな、
まさに、歌謡曲とロック、その禁断の壁を乗り越えた、
珠玉の歌謡ロック。

日本の歌謡界という音楽的な吹き溜まりの中で、
敢えて妖しい光を放ち続けた、ロック的な歌謡曲、
その逸品を思いつくままに並べてみたい。

どう?こんな曲、もしかして、ベビーメタルで聴いてみたくない?



で、俺的にはまずは、これ、この、一曲こそは、まさに、日本歌謡界の最高峰!





これ、あらためて、凄いでしょ?
口パクか、とも思うが、だがしかし、このバックバンド!
これ、ドラム誰?
すっごいよ、思いっきりスネアぶち込んじゃってるじゃんかよ、と。

改めていう。

郷ひろみこそが、日本の歌謡界の産んだ頂点。

俺はいまでも、そのデビュー作、男の子女の子から始まって、
少なくとも、お嫁サンバ、ぐらいまでなら、全曲、一字一句一音の誤りもなく、
まあ好き勝手に移調転調を繰り返しながらではあるが、最後まで歌い尽くせる自信がある。

そう、郷ひろみこそが、高度成長時代の日本、
その象徴であったのだ、と。

ただ、このEXOTIC JAPAN、
なんか最近リメイクされちゃったらしいね。

うーん、やはり世間の目は節穴ではない、と。





ただ・・・この歌、下手いなこれ・・・ 
だったら、すぅちゃんに歌って貰ったほうが・・・

とまあ、良い、取り敢えず気を取り直して、

郷ひろみ?
ざけんなよ。
若造のあんちゃん、まだまだ青いな、

という筋金入りの軽薄低能児的昭和の申し子からの罵声が聴こえて来そうな

そう、日本の歌謡曲の キング・オブ・キングとはまさにこの人、
此の人をおいて、他にはいない!





いやあ、すっげえ、かっちいい!

夜更けにひとりで踊り回っているわけなのだが、
そう、じゅりー、忘れてはいけない、このひとから全てが始まった!

最近のジュリーの落日の様はいろいろと噂には聞いてはいるが、
のだが、ジュリーの全盛期、
あの、危険なふたりから、恋は邪魔もの、から、
そして言わずとしれた、時の過ぎゆくままに、から、
まさにまさに、ヒット曲の綴織り。

改めていう、世界で一番格好良い歌手?

ミック・ジャガー?デヴィッド・ボウイ?

笑わせる。

それは、サワダ・ケンジだ!

とそんな時、心は思わずあのイニシエのバブルの時代に舞い戻る訳で、

そう、バブルと言えばこれ、この曲!

TOKIOが、始めて東京一は世界一、世界一の都市の栄冠を勝ち取った、その象徴だった。





いやあ、バブルだったよな。

で、改めて、バブル以降の音楽、
あの、JPOP というとんでもない逸材を排出した分、
歌謡曲はすでに、アイドルと、そして、JPOPに分離した後に、
つまりは、昭和という時代と一緒に、潰えてしまったのか、
そんな気もする今日このごろ。

ならば、という訳で、
そう、アイドルでも、JPOPでもない、日本歌謡、
その最後の徒花ともなったのか、





改めて、この杏里、

そのヒラメのような風体から、なんとなくバブリーなキャバすけ風情から、
あまり好きではなかったのだが、
歌は、というか、曲は、良かった。
正直、もったいない、と思っていた、そんな記憶があったのだが、

かの稲垣潤一先生がしっかりとリバイバル、どころか、

へえ、こんな映像を見つけてしまった・笑





くっそうやられたなあ、とは思いながら、
歌謡曲、やっぱ良いよな、と思わずおさん冥利に尽きる。




という訳で、実はさ、この妄想のきっかけは、実はシンコペーションなんだよね。

あのシンコペーション、実はこちらアメリカ版には含まれていない。

で、あの東京ドームでの一大お披露目も、
先のWOWOWの映像からはカットされていたわけで。

今更ながらあのシンコペーション、

あの、強烈なリフ、まさにロックの真髄、
でありながら、あのすぅちゃんの歌メロ、
あれこそはまさに、アイドル、というよりは、歌謡曲の珠玉、
という訳で、実はシンコペーション、
あの方法論を元に、歴史の宝箱と化した日本の歌謡曲、
その一挙大放出、というわけにはいかないのだろうか、
と思っていたのであったのだが・・・

そう、日本の歌謡曲、
実は実は、本当の本当に名曲の綴織り。
その名曲を上げていったら、本当の本当にキリがない、まじで。

ただ・・・

でもさ、

そう思うと、いまの全米TOP40じゃねえけど、
そんな昔の名曲の切り貼りだけ、

著作権の切れた年代落ちの、
あるいは、著作権とは関係のないリフだけパクった、
そんな、浅ましさの極限たる、醜悪なパッチワーク。

それこそもう、
インスピレーションからポテンシャルから、
なにもかもが終わってしまったんだな、
と、思わされることになる訳で、

そう、日本歌謡のベビーメタルへの転用?

うーん、妙なことは考えず、
歴史は歴史として眠らせておいて上げたほうが良いような・・

でまあ、そう、カラオケ、だったら良いんじゃね?って訳で、

改めて、ひめたんと、すぅちゃん、カラオケ言ったら200曲歌いまくり、とか言ってるけど、
いったい、どんな曲、歌っているのか、それが知りたい、それだけの話なんだけどさ。

悪い、またまた下らぬ妄想であった。



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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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