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BABYMETALのPDCA ~ すぅめたるは一日にして成らず

Posted by 高見鈴虫 on 04.2017 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
いや、はい、そうそうそう、
そうです、そうです、これですよね。はい。

知っていました、もちろん、
これ、言わずと知れた、2013年のジャム・プロジェクト。





過去の、LENGENDに関する駄文、

2013年6月に行われた、LENGEND 1999 ユイ最愛の生誕祭から、
そして、同年の12月のあの、LEGENED 1997 すぅメタル生誕祭、
->「BABYMETALの伝説 : LEGEND 1999 & 1997 APOCALYPSE その一 ~ 懺悔」

このふたつの公演の、そのあまりのクオリティの差の中で、
この半年の間に、いったいなにが起こったのか、
ベビーメタルの命運を左右した、その激動の半年間の軌跡、

実際にその時代をご経験された、いまとなってはまさに、歴史の生き証人、
そんな方から、いやはや、いま思い出すだけでも、まさに全身に冷や汗が滲む、
あの2013年、そのひとつひとつのライブが、まさにカミソリの上を全速力で走り抜けるような、
そんな、ギリギリぎっちょんちょんの、凄まじいばかりの勝負時であったと言われる2013年。

サマーソニック、から、LOUD PARK から、
アンチ・ベビーメタルの筵旗を振り回すヘイターと言われた方々、

曰く、
アイドルの看板をさらすベビーメタルなんて糞ジャリどもに、
メタルなどと名乗らせてなるものか!

そんな人々との壮絶なまでの泥仕合が行われていたと聞く、
その怒涛の2013年において、
このJAMプロジェクトでのすぅメタルの公演こそは、
そんなヘイターの減らず口を一挙に封じ込めるに至った、
記念碑的なライブではなかったのか、と。






と同時に、さくら学院の卒業から始まって、
この三姫たちの今後の展開、その進路決定、
つまりは、ベビーメタルの運営そのものが岐路に立たされていた、
そんな中での、すぅメタルの単独公演という意味もあって、
このジャム・プロジェクト、当時を知る方々にとっては、
まさにまさに、重い重い意味を持つ公演であった、と。

その後、翌年2014年、あの武道館での赤黒公演、
->BABYMETAL武道館ライブ ~ 神々の狂気の祭典  副題:スーメタルのその真相に迫る
まさに神憑りとしか言いようのない、
空前絶後の一大公演を皮切りに、
怒涛のような世界武者修行

ロックの本場の中の本場である、LONDON公演の大成功から始まり、
-> BABYMETAL 2014 LONDON ~  ベビーメタルのライブは格闘技か!?

そして、あの、いまや世界音楽史上の伝説とまでなった、
ソニスフィアでの奇跡、
-> BABYMETAL 2014年ソニスフィア ~ ベビーメタルを知ってから、俺は泣いてばかりいる

そう、まさにその通り、

取ってつけたようなアイドル・ユニットが、
さくら学院の派生として行われたような一種、学芸会的な発表会的リサイタルから、
正真正銘のロック・バンドとしての見事な変貌を遂げながら、
強いては世界を席巻して行くことになる、そのベビーメタルの軌跡の中、
そう、それは言うなれば、歌謡曲的な和風ベースから、
世界のロック界を相手にできるクオリティを確立するまでの、壮絶な戦いであった、と。

で改めて、この歌謡曲的な世界と、そして、ロック史上を震撼させた、
ベビーメタルの特異性について考えを巡らせる時、
改めて、歌謡曲とはなにか、そして、ロックとはなにか、
嘗ては、その越えるに越えられない深く長い溝、であった筈のこのギャップを、
果たして我らがベビーメタルは、何故にこれほどまでに見事に超越することができたのか、
この不穏な春の嵐の中、そんな原初的な命題に思索を巡らせていたのではあったのだがががが。

と同時に改めて、この2013年JAMプロジェクトにおけるすぅメタルの公演、
当時、若干15歳であった筈のこのすぅメタルこと、中元すず香嬢、
その成長の軌跡を通じて、果たしてこのすぅメタルが、
何故にこの奇跡の美声・この、魔力的なまでに美しい歌唱力を身につけるに至ったのか、
その秘密の根源的な部分を改めて回想を巡らせているのである。



2013年当時を知る方々にとっては、
そして長い長い時が流れた、
そしてベビーメタル。

日本音楽史上の頂点であろう、あの東京ドームでの公演から、
そして、世界ロック界の帝王たち、大御所も大御所、
RHCPから、そしてあろうことか、メタリカ、そして、ガンザン・ローゼズ、
嘗て、ヘイターと言われた人々にとっては、まさに天上の神々であった筈の、
この大御所の中の大御所、そんな人々から、手放しの絶賛、どころか、
我らはベビーメタルのファンである、尊敬している、ずっと一緒にいたい、
それが無理なら、せめて、一緒に写真を撮らせて頂いても、OK?

なんてことになってしまった今となっては、
嘗てのヘイターの方々、もう、赤っ恥も良いところ、な訳で、
まがい物?、ももクロのコピー?
嘗て不用意に吐かれたそんな失言が、
この時となっては、まさに致命傷にまでなる、
そんな可哀想なヘイター、
あるいは、おめんめ節穴的な自称大批評家の方々、
ひとこと、RIPという言葉で、潔く逝って頂きましょう、と。

はい、このとてつもない倍返し。

一度吐かれた失言を、引っ込めるに引っ込められなくなってしまった、
そんな可哀想な大先生様たちが、
この期に及んで詫びを入れることもできずにオタオタと御託を並べる間に、
そんなこと知った事かとばかりに、
怒涛の勢いで続くベビーメタルの快進撃。

もう既に、日本なんてところでドヤ顔を晒していたそんなおかめミジンコたちが、
批評どころか、足元にさえ近づけない、そんな存在になりつつあるベビーメタル。

ではあるのだが、

改めて、そんなヘイターの方々。

つまりは、ロックという音楽をこよなく愛してきた方々、
つまりは、嘗ての俺、のような方々。
-> アンチ・ベビメタに送る R.I.P ~ ロックよ安らかに眠れ  副題:キース・リチャーズがBABYMETALを見たら

今更ながら、ピーター・バラカン、も、そして、近田春夫も、
当然のことながら、馬鹿ではない、
どころか、双方共に、とてつもない知性と才能を誇った、
才人の中の才人、であった筈の人々。

正直なところ、あの生音至上主義者のピーター・バラカン、
嘗てのローリング・ストーンズ
あるいは、スモール・フェイセスのライブを目の当たりにしては、

無茶苦茶ヘタクソながら、死ぬほど格好良かった、
ロックってやっぱり、こうあるべきだと、思った、

そう、このひとには判っている、このひとこそがロックの何たるかを判っていた、
そう信じた、俺たちパンク野郎にとっては、まさに生き神様のような方であった訳である。

と同時に前述した近田春夫御大。
あの鬼才の中の鬼才、あれほどまでに才気に溢れたポップスの魔神のような方が、
まさかまさか、何故にベビーメタルの才能を見抜けなかったのか。

俺にとってみれば、まあそう、それはいまとなっては、
既に日本中は愚か、世界中からのお墨付き的評価を確立した、
このご時世の中では、
そんな大先生たちの嘗ての失言を挙げ連ねては罵声を浴びせる、
なんてことよりはむしろ、
何故にかの才人たちが、ベビーメタルを認められないのか、
その理由について考える方が、今後のベビーメタルのためにとっても、
ずっとずっと貴重なのではないのか、そんな余裕さえも生まれて来ている訳である。

そして改めて聞きたい、汝、何故にベビーメタルを認めざるや。



で、実は、
先日、当地における古いロック仲間と飲んだ際、

ベビーメタル?ああ、知ってるよ、あの、ロブ・ハルフォードと共演した日本のアイドルだろ?
->BABYMETAL 抱腹絶倒2016 AP アワード ~ ポニーテールのチアリーダーとハードコア大魔王

動画見たけど、あれは、酷かったよな、と一言。

トータリー・BS? あの、ベビーメタルが?

いやあ、俺的にはすっげええ面白かったけどな、と耳を疑う俺に、

ああ、あのボーカルは酷かったよ。気が狂いそうになった。

NUTS? なんと、なんと、なんと・・・

そんなお言葉をあなたの口から聞いたわたしこそが、気が狂いそう・・・

実はこの古いロック仲間。
仲間というにはおこごましい、まさに当地米国においては知るひとぞ知る、
ここだけの話、かの、JBやら、MJやら、DBから、JCから、
そんな、ロック界、どころか、世界エンターテイメント界の伝説的な偉人の方々と、
実際に同じステージに立たれていた、そんな業界の大御所も大御所。

えええ、だって、あなたこそ、ロックの、メタルの、生き証人。
そして、ジャパン・カルチャーの、偉大なる理解者、
その筈ではなかったのか。

いや、まあ、お前がそういうなら改めて聞いてみるけどさ、
でもまあ、俺的には、あの、ロブ・ハルフォードのギグだけで、もう勘弁、だよな。

ああ、やっぱり、そうか、と思わず。
多分、それ、音域じゃね?と。

つまりこの大御所大先生。俺のダチ、というだけあって、つまりはコクジン。

日本人、そしてアジア人が高音域の民族であるように、
黒人層はまさにその対極、つまりは、低音域の人々。

そんな低音の中の低音野郎にとっては、ベビーメタルの高音は、まさに殺人超音波、と。

そう、確かにそう、俺にも似た経験がある。

嘗ての日本出張の際、
至る所でミンミンゼミのように鳴り響いていた、あの、AKBなんちゃら。

あの、いたたまれないぐらいに忙しない前乗りのテクノビートに、
テープを倍速にしているとしか思えない、あの金属的なまでのキンキン声。
あれこそはまさに、殺人超音波。
思わず耳栓をせずにはいまにも気の狂いそうなほどにまでの、
超絶的拷問であった訳なのだが、

そっか、やはり黒人な方々には、さしものベビーメタルも、そう聴こえてしまうのだな。

という訳でこのハクション大魔王、ならぬ、大御所大先生。

このままにしておくにはあまりにもしゃらくさい、とばかりに、
いや、ごめんなさい、ちょっとした掟破り、ではありながら、
先日、ちゃっかりこんとダウンロードさせて頂いた、
あのWEMBLEYの秘蔵音源、
あれをば、ちょっくらと、シェア、させた頂いた訳なのだが。

その途端に帰って来た、WTF! の三文字。

それに続く、WT・・BASS! だそうで・・・笑

まさに、一丁上がり。

そう、俺だってそうだった。
俺は、まさに、んだ、このスネアわっ!であった訳で、

そんな頃の俺にとって、あの三姫は、あの目障りなジャリ、に過ぎなかった、
そんな頃もあったかなかったか。

ただ、そう、今となってはそんな成功の方程式が見えてしまっている分、
そんな、不用意な失言も余裕でかわせるようにはなってはいる、のではあるが、

確かにそう、あの高音である。

俺があの、AKBに感じた殺人超音波的な高音域。

そして、改めて、このベビーメタル、

もしももしも、俺が最初にベビーメタルを知った、そのきっかけが、
前述した、あの、THE LATE SHOW における、
全米TVネットでの神降ろしテイク、ではなく、
-> BABYMETAL 正直ぶっ飛んだ!

もしももしも、その最初の出会いが、
この、ロブ・ハルフォードとの、ペイン・キラーであったとしたら、
果たして俺は、このベビーメタルのライブに足を運んだだろうか。



という訳で、いや、そう、お気づきの方はお気づきであろう。

このなにを言いたいのか判らない長ったらしい糞駄文、

つまりは、煙幕、ではないが、そう、これからちょっと、
世間の脊髄反射的な狂信的ファンの方々にとっては、
ちょっとちょっと、聞き捨てならねえ、
そういう暴言を吐こうとする、その厄介払い的目潰し攻撃、
であるのだが、

もうそろそろ、良い頃だろう。

いや、その前に、ちょっと、日本アカデミー賞における、シン・ゴジラの話題、
あるいは
前回に引き続き、昔なつかしの、昭和歌謡大全集の思い出の綴織り、
なんてのはどうでしょう、

と言いながら、

さて、いきなりですが、今夜の本題です。

ぶっちゃけ、本気の本気でぶっちゃけ、

もしも俺が、ベビーメタルのことなど、これっぽっちも知りもしないままに、
この、ロブ・ハルフォードとの共演、
あるいは、そう、先にお送り頂いた、JAMプロジェクトでの音源、

あれを聞いて、
果たして、ベビーメタルのライブに足を運ぶ気になったか、ならなかったか、

改めて言わせて頂く。

答えは、否、である。

それわナニユエか。

俺が低音のひとだから?
俺がパンかーで、そして、実は、黒人音楽バンザイの、ソウル・トレインなアフォであるから?

そう、それもある、とは思うが、
ぶっちゃけ、このJAM、プロジェクトの音源を聞きながら、
実は前々から思っていた、すぅメタルに時たま感じる、その違和感。
そのギャップに、改めて気付かされた、というところなのである。

ちゅう訳で、改めて、この2013年のジャム・プロジェクト、
すぅメタル、僅か15歳の時の音源、

これを例にとって、ちょっとした本音的な持論を展開させて貰えれば、と思っていた。




改めてこのジャム・プロでの公演、
すぅめたるは若干15歳、

それが業界の鉄人的海千を相手に、まさに一步も引いていない。

そしてなによりも、この声量である。

まさかまさか、15歳の少女にしてみれば、なんとも奇跡とも言える、
驚異的な声量である。

ただ、どうした訳だろう、
これほどまでにベビーメタルの魅力にノックアウトされている筈のこの俺が、
どういう訳か、ひとたび、そんなベビーメタルな方々が、
強いては、神バンドの方々の、
ベビーメタルを離れての独立的なプレーを前にしても、
ベビーメタルのその本ちゃん公演ほどまでには、
心を動かされないのである。

そのなんとも言えぬ、違和感、それがいったい、なんであるのか。

と同時に、前述した、あの、ロブ・ハルフォードとの共演、
あるいは、あのロンドンでのハッピーバスデー、
RHCPのメンバーから、
絶賛どころか、飛び入り共演の末に、バースデーケーキ、
なんてものまでプレゼントされた、あの劇的なまでの瞬間。
> HAPPY BIRTHDAY SU-METAL ! ~ そのバースデイ・ケーキの意味するもの

ベビーメタルの名声が、まさに、世界に轟いた、それを世界中が認知した、
その劇的なエポックであった訳、なのだが、

だがだがだが、
だがしかし、

前述した、俺のダチ、大御所大先生の言葉ではないが、
ああ、あれは、トータリー・BS で、DRIVING ME NUTSだったぜ、
そう言わしめたその理由。
それが実はなんとなく、このチャドとの共演テイクのペイン・キラーの上でも、
なんとなく判らないでもないな、そんな気がしていたのも事実なのである。

つまりはそう、このJAM プロジェクト にも感じた、一つの違和感。

そのすぅメタルの声が、いつもと、違う。

なんとなく、浮ついていて、
フラットしている訳、ではないのだが、
どういう訳かその声が、高く高く、甲高く、
ともすれば、耳障りなぐらいにまで、浮ついて聴こえるのである。

ただ、今更ながら、その驚異的な声量である。

このひと、まさに、15歳の時から、恐ろしいぐらいにとてつもない声量をしている訳で、

彼女が若干15歳の少女である、そいいう予備知識があってのことならば、
そういった意味では確かにすごいね、ということにもなるのではあるが、

だからと言って、この凄まじいばかりの声量で、思い切り、というぐらいにまで歌い上げるその声、
ともすれば、歌声、というよりは、嬌声、
ぶっちゃけ、子供の立てる、あのヒステリックなまでの、
悲鳴にも近い嬌声をも思い浮かべてしまうのである。



改めて、すぅめたる、その驚異的な歌唱力、その原動力となるのは、
まさにこの、声量ではなかろうか。

あれだけの激しいダンスの中でも、吐息一つ乱れさせることのないその超人的な肺活量、
それと同時に、喉、というよりは、顔面そのものを共鳴させる、脅威の鼻腔共鳴の唱法。
それが相成って、あのとてつもないパワーが生まれる訳、ではあるのだが、

だがだがだが、

時として、その恐ろしいまでのパワーが、
下手をすれば、まさに、史上最強のスーパー・エンジンを積み込んだ自殺バイク、
どころか、まさに、単車に火星探索機用のロケット・エンジンを搭載したようなもので、
下手をすれば、スタートと同時に一挙にウィリー、
天高く跳ね上げた前輪を泳がせながら、
ケツを振り続ける後輪から白煙を立ち上らせては、
一瞬のうちに地平線の彼方へと消え去る、
まさに、超ウルトラ・モンスター・バイク化してしまう訳で、
下手をすればそのまま宙返り、の曲芸スタント。
まさに、サーカス曲芸的な神業パフォーマンス、
ではあるのだが、
そう、曲芸とレースは、違う。





そして、改めて、このジャム・プロジェクト、
あるいは、先の、世界の大御所との公演はまさに、この、曲芸、にあたる。
そして、ベビーメタルのステージこそは、まさに、本ちゃんのレースにあたるのだろうが、
果たして、このベビーメタルの看板歌手である、すぅメタルである。

その恐ろしいまでの肺活量、つまりは、あの子鹿のような身体に、
超ド級のエンジンを搭載したスーパー・モンスター・マシン。
そのパワーが一挙に炸裂する時、ときとしてそれは美声、どころか、
ともすれば、宙返り、的な、ウルトラ・曲芸にもなってしまう訳で、
そして当然のことながら、曲芸とレースは違う。
つまりは、レースにおいて車体をウィリーさせてしまうと、
勝負には勝てない、のである。



実は、これまた、ベビーメタルの長い長いメイトである大御仁から、
それとなく、さりげなく、ちょっと心に引っかかるコメントを頂いた覚えがある。

曰く、ベビーメタル、実はその初演は、テンテンテン、で、ある、と。

つまりは、あの、KARATE の初披露された、横浜アリーナ、
あるいは、シンコペーションの初お目見えとなった、白味噌公演、

全観衆が感動の雨嵐、と思いきや、
これまで幾百の公演を目にして来た、そんな筋金入り、どころか、仙人にもなろかの、
そんな超絶的ベビーメタル・メイトの大先生にとっては、
うーん、やはり、初演のクオリティは、い・ま・い・ち、だな、と。

かのKARATEに至っては、これ、この先どうするつもりなのやら、と、
正直、冷や汗をかいた、というぐらいにまで、
ちょっと、信じがたいほどの、手厳しいご感想を頂いた覚えがあったかなかったか。

ベビーメタルを知ってまだ一年足らずの、そんなひよっこメイトの俺としては、
そんな大大先輩からの辛辣なお言葉、思わず、絶句を繰り返してしまう訳だが、

だがだが、ご承知のように、そう、この KARATE、
今となっては、全世界を感涙に咽ばせる、まさに、ベビーメタルの看板曲である。

あの、名曲のKARATEが、初演時には、聞けたものでは無かった?信じられない・・・




という訳で、そろそろ、核心に迫りたい。

改めて言う。すぅめたるは、天才ではない。

なにを差して天才と言うか、というのもあるのだが、

少なくとも、はい、と渡された譜面、

或いは、そのカラオケで唄う歌、そのすべてを大御所のオリジナルたち、
その偉大なる先人たちのすべてを、一瞬で一蹴してしまう、
そんなタイプの、天才、では、果たして決して、ない。

そう、大先輩メイトのお言葉を信じるならば、
ベビーメタル、さしものすぅめたるであっても、初演は、わりと、え?と思わせる、
そういう公演を披露している、らしく、

また同時に、

あの、ロブ・ハルフォードとの共演、
あるいは、レッチリのチャドとの共演におけるペイン・キラー、

そして、このジャム・プロジェクトにゲスト出演した際の、
この奇跡の歌声、

それらすべての公演が、普段からのベビーメタルにおける、
すぅめたるの歌声の、そのクオリティに達しているのか、
そう考えた時、改めて、それを、違和感、として感じてしまう訳なのだ。

だがしかし、かと言って、それは、すぅめたるを卑下しているわけでも、
ましてや今更ながらのアンチ派の口車に乗って寝返った、
という訳でもまるでない。

改めて言わせて頂ければ、それこそはつまりは、
普段からのベビーメタルにおけるすぅめたるのクオリティが、
あまりにも高すぎる、その証明なのである。



そう、改めて言えば、すぅちゃんは天才ではない。

或いは、天才とはそんなものではない、というべきなのか、
あるいは、天才ではあるが、神ではない、というべきか。

いや、確かにすぅめたる、
この美声にこの声量、
それに加えてこの美貌と、
そしてなにより、この手足首の長さ。
すべてがすべて規格外。
まさに、スターになるために天が贈り申された、
まさに、歌の女神、その化身である。

でありながら、そんな正真正銘の天才ではあったとしても、
渡された譜面のすべて、書見一発でそのまま完璧、
すべての歌をそのまんまに、あのクオリティで歌いこなす、
という訳ではどうやらなさそう、なのである。

それが果たして、なにを意味しているのか。

そこにこそ、このすぅめたるの、本当の天才性が隠されているのである。

改めて言おう。

ローマは一日にしてならず、

そして、

ベビーメタルはカラオケに非ず。

ベビーメタルがあの脅威的クオリティを現出する、その理由とはなんなのか。

奇しくも、前回のあの戯言、

すぅメタルとカラオケを、なんていう大失言が、

下手をすれば、すぅメタルが、
ベビーメタルと、そして、ひめたんと出かけるカラオケ・ボックス、
それを混合しているような、そんな印象まで与えかねない、
まさに一世一代の大失言であった、
その事の重要さに気づいたのは、
不幸にもあの糞駄文をアップロードしてしまった、その後に怒濤のように押し寄せてきた、
抱腹絶倒の、あるある大行進、
僕はおいらはあたしは拙者は、
この曲をリクエスト仕る!
そんな熱い熱い魂の雄叫びを、
お寄せいただいた後であったのだ。

だがしかし、
ローマは一日してならぬように、
すぅメタルだって書見一発でベビーメタルたり得た訳ではなく、
つまりは、ベビーメタルはカラオケに非ず、なのである。

このジャム・プロジェクト、
そして、ロブ・ハルフォードやチャドとの共演、
そして、大先輩から頂いたあの貴重な肉声、
初演は酷かった・・
その貴重なご証言を元に、改めて考え得る、
その回答はただひとつ、である。

ベビーメタルのすぅメタルのその驚異的なまでのクオリティのその秘密とは、

それこそは、PDCA プラン・ドゥ・チェック・アクト、

その無限地獄のような、クオリティ・コントロール、
業界用語で言えば、KAIZEN 

その一言にあるのではないだろうか。






という訳で、いやはや、長い長い糞駄文の羅列であった。

ここまで来て、ようやく、表題に辿り着くことが出来た、

つまりは、ベビーメタルのクオリティ・コントロール、である。

改めて言えば、

書見一発で、すべてがすべて、完璧なまでに歌いこなせる、

まあそう、すぅメタルであれば、
歌いこなすことぐらいはお手の物であろう。

と同時に、あまりにも歌いこなし過ぎては、思わずそのモンスター・エンジンをフルスロット、
まさに、曲芸と言えるほどまでに、
とてつもない声量でもってすべてをぶっ飛ばす、
どころか、
思わず、カラオケ・ボックそのものを震撼、
テーブルのグラスどころか、
モニターのディスプレイから、
ドアの窓ガラスまでの、粉々に砕け散らせる、
そんなことさえもが、お手の物、
なのではないだろうか。

いやはや、そんなすぅめたるとカラオケに行きたい、などと、良くも良くも言えたものである。
はい、では、おさん、あなたの番ですよ、
とマイクを渡される頃には、
鼓膜が破けて、頭蓋骨に皹が入り、どころか、
眼球そのものがぶらんぶらんの
タヌキのなんちゃら状態
なんてのになっていたかもしれない。
まさにそれほどまでの破壊力を秘めているであろう、この天才少女・すぅめたるの歌声。

と同時に、このジャム・プロジェクト、そして、嘗ての大御所との共演におけるペイン・キラー、
そして、初演は、のその理由というのが、まさに、この、モンスター・バイクの大暴走、ならぬ、
曲芸ウィリー状態、
その、大肺活量が、抑えを失っては天上どころか一挙に雲の上まで飛び抜けてしまう、
そのあまりのスーパー・パワーによるものなのである。

では改めて、そんなモンスター・エンジンを搭載したこのすぅメタル、
果たして、この、曲芸的な共演ステージと、
そして、本ちゃんベビーメタルにおける、
その差、とはいったい何なのか。

それこそが、実にツキナミな言い方ではあるのだが、

ぶっちゃけ、歌い込み、
という奴なのではないのだろうか。








改めて言おう。

すぅメタルの特異性、その驚異的な声量と、
そして、その夢のような美声的声質、
ではあるのだが、
果たして、それこそがすぅメタルのあの奇跡の歌声の、
その真髄なのであろうか?

改めてその命題を考える上で、
これまで綴ってきたジャム・プロ、
そして、共演ステージ、
そして、初演でのクオリティ、
その間にあるものとは、まさしく、表現力!

そう、そうなのだ、すぅメタルの奇跡の歌声、その最もたるものとは、
マイクレベルを一挙に跳ね飛ばすその声量でも、
或いは幼な子の泣き声と酷似されるとされる、
その周波数、だけでもない。

それを土台とした上で、すぅメタルのあの歌声、
人種を問わず、言語を問わず、聴くものすべての人々に、
思わず涙をちょちょぎれさせるその奇跡の歌声の秘密とは、
まさしくこの、凄まじいばかりの表現力、なのである。

では改めて、この奇跡の表現力というものを、
すぅメタルは天性のものとして神から与えられたものであるのか。

答えは、否、である、と断言できる。

天才とは、天から才を与えられたものだけ、とは限らない。
天から授かっただけ、の才であれば、
本人はそれを、才と自覚することもなく、
故にそこに、差異は見出すが、しかしそこに魂、
あるいは、喜びを見出すか、というと、それは著しく疑問である。

それが世にいう取ってつけたような天才少女と、
そして、この正真正銘の天才少女、中元すず香との根本的な違い、なのである。

すぅメタルこと、中元すず香は、
その鍛え上げられた肺活量、そして、夢のような美声、
その恩恵を十分過ぎる程に自覚しながら、
そこに、魂を込める、ことの、重大さ、その難しさを心の底から思い知っている筈である。

そう、音符をなぞっただけでは、音にはなるが、しかし、音楽にはなりえないのである。

それこそが、まさに、あの一種耳障りな矯正的高音と、
そして、人々を感涙に咽ばせる、あのベビーメタルの超絶的クオリティの差、なのだ。

すぅメタルは、常人には想像さえできない程の、
徹底的な反復、それを以って、
あの奇跡のクオリティを勝ち得た筈なのである。

それは、与えられたもの、ではない。
それは確実に、すぅめたること、中元すず香が、
本人の自覚を持って、努力によって、自主的に獲得したもの、なのだ。

音楽にかぎらず、技術の習得にとって最も大切なのは、
まさに、限りない反復と、そして、イマジネーション、
反復に反復を繰り返しながら、その脳中で、反芻に反芻を繰り返し、
新たなアイデアを元に、改良に改良を重ね、その結果を冷静に分析し、
新たなる挑戦を繰り返しては、その成功と、失敗の原因を考え続ける。

そんな無限地獄のような努力の積み重ね。

真の天才とは、その無限地獄的な鍛錬を、苦に思わない、ということなのだ。

それを人々は、素直な資質、と言うかもしれない
あるいは、それを、情熱、と呼ぶひとも居るかもしれない。

ただ、これだけは事実だ。

すぅメタルは、その限りないKAIZENのプロセス、
まさに無限地獄のような、練習の日々を、
これっぽっちも、苦痛とは、感じていないのである。

それこそが、ベビーメタルの歌が、あれほどまで、壮絶なまでのクオリティを誇りながら、
しかしそこに、悲壮感、あるいは、暗さの片鱗さえもない、
あの、一種、あっけらかん、としたまでの、あの驚異的な明るさ、
そのポジティブさの理由。

そう、すぅメタルは、そして、ユイメタル、そして、最愛メタルは、
その超絶的な、練習に練習を重ねる、
常人からすれば、基地外じみているとしか思えない猛特訓に次ぐ猛特訓の日々に、
これっぽっちの悲劇性も、嫌悪感も、苦痛は愚か、疑問さえも、抱いてはいないのである。

そして、改めて、ベビーメタルのクオリティ・コントロール、
あの、驚異的なまでの感動を生む、そのすぅメタルの歌声のその秘密とは何なのか。

それはまさに、歌い込み、である。

その歌詞の、一字一句の、解らない漢字はちゃんと辞書で引き、
その文例を調べ、その意味するところの、
その背景から、書き順からその単語の使われた、
その作詞家の意思そのものを、
創作者当人さえもが気付かないところまで、
徹底的に読み下し、読み砕き、読み解くに読み解いて、
そしてその音符のひとつひとつ
スタッカートからスラーからフォルテからメゾフォルテから、
ピアニシモからクレッシェンドからデクレッシェンドから
そのひとつひとつを徹底的に解明しては歌い込みとイメージトレーニング。

声のバランスを加減し、強く弱く、その肺活量の加減から、喉の震わせ方から、
姿勢から顔の向きから、マイクの位置から、
そのすべてを、徹底的なまでに改良を繰り返し・・

こうして書いているだけでも気の遠くなるような、
その終わりなき改善のプロセス、その無限地獄のKAIZENサイクル。

その限りなき反復の中で、切磋琢磨を繰り返しては
鍛えに鍛えあげ続けたあの魂の歌声。

それこそがまさに、すぅめたるの姿に、日本刀、を思わせるという、
あの、日本の美、そのものを体現する、とまで言わしめた、
凛として冴え渡る 鋼鉄色、どころか、発光するダイヤモンドをも思わせる、
まさに、ヘビーメタル、重金の美学、そのもの。

すぅメタルを賛称するそのすべてが、
まさに、極限までに鍛えに鍛え抜かれた、
その究極的なまでの鍛錬の賜物にあるのではないだろうか。

と同時に、俺はここに改めて、
嘗て綴った駄文のその、致命的誤りについて触れねばならない。

日本の美とはいったいなんであったのか、
それは、まさに、洗練である、と定義した、
その浅はかさ。
ー> そして少女は海を越えた BABYMETAL LIVE AT WEMBLEY ~ ベビーメタルが世界のBABYMETALになった時

日本の美の真髄とは、
洗練を洗練たるに至らせた、その過程。
修練であり、鍛錬であり、精錬であり、
その弛まぬ、強いて言えば、
無限地獄のような、
まさに、改善に次ぐ改善、
その弛まぬ反復、
つまりは、クオリティ・コントロール:品質管理、
その妥協を許さない、PDCA 
鍛錬その繰り返しの中の無限。
ものの憐れ、の無常観の中で、
敢えて、その一瞬に永遠を刻み込もうとした、
その刹那的なまでの永続性にあるのだ、と。

ぶっちゃけそれは、
米国流の合理的な使い捨て、とは対極を成す、
まさに、反復、その無限なまでの永続性の中で、
一瞬の中に永遠を見る、
その時空の枠そのものを飛び越えた、
その限りない鍛錬、その賜物にあった筈、
なのであああある。

鋼鉄の塊りを、焼いては叩き、叩いては焼き、
その不純物という不純物を、すべて叩き出しては、
鍛錬に鍛錬を重ね、
その一種、単純な作業の気の遠くなるような積み重ね中から、
永遠を現出しようとした、
つまりは、そこに魂を刻み込んだ、
まさに、日本刀の美学、
つまりは、日本の美、そのシンボル。

すぅメタルはその工程をそっくりそのまま、
歌の中に、再現したのではないだろうか。



そんな時、ふと、また性懲りもなく、
またイニシエの記憶が舞い戻ってくる。

曽てローリングストーンズのツアーフィルムの中で、
キース・リチャーズが片時も離さずに持ち歩いていたラジオカセット。

キースリチャーズはそのツアー中、
当時レコーディングの最中であったブラウンシュガーを、
いついかなる時にも徹底的に聴きまくっていた。

グラスでぶっ飛び、コケインでぶっ飛び、アシッドでぶっ飛び、ヘロインでぶっ飛び、
金髪とやって、赤毛とやって、ブルーネットとやって、
黒人とやって、ラティナとやって、アジア人とやって、
太ったのから、痩せたのから、巨乳から、モデル体型から、
そしてあの街、そしてこの街、その行く先々の街々の、その移りゆく風景と、
そして辿り着く新たなホテルの部屋で、
そしてまた新たな女たちと、そしてまた新たなドラッグで徹底的にぶっ飛びながら、
しかしその傍らには、いつもいつも、片時さえも放さずに、
あの、ブラウン・シュガーが流れ続けているのである。

その病的なまでの反復、
同じ曲ばかりを朝から晩まで、何日も何日も何日も、
聴きに聞きすぎて、耳が馬鹿になり、
飽々もいい加減に峠を越えに超え続け、
時として吐き気を催して気が狂いそうになるほどまでに、
それほどまでに聴きに聞き続けながら、
そしてキース・リチャーズは、
その過程の中で、鼻につき始めた音、
耐えきれなくなってきた音を、
次から次へと、削っていく、のである。

一見、キャッチーなブラスの音が無慈悲にも消され、
超絶で合ったはずの見事なギターソロが消され、
絶妙で合ったはずのコーラスが消され、
そうやって、聴きに聞き続ける過程の中で、
削りに削り続けた末に、
決定的なまでに必然に導かれた、ビートのコアな部分だけになるまで、
削りに削り落とした末に、
あろうことかローリング・ストーンズは、
あの、徹底的なまでにチャランポランにさえ聴こえながら、
しかしながら40年間、聴きに聴き続けても、いまだに飽きるどころか、
ますます燻し銀の輝きを増すような、そんなとんでもない曲を作り上げ、
そしてそんな超絶的な迷曲は、
世界中の極道者たちに無限の勇気を与え続けた。
その珠玉のチンピラ賛歌は、
俗世のすべてを捨て去って寺に篭ろうと決意した日本一の無法者の目を覚まさせ、
そして、あろうことか、
アフガンの戦乱地域に迷い込んだ憐れなヒッピー旅行者の、
その命の最後の拠り所にさえまでなった、
そんなことがあったかなかったか。
-> カイバル・ロッジのブラウン・シュガー

この、ローリング・ストーンズのブラウン・シュガー
まさに、不良少年、その無法者のカラ元気の全てを詰め込んだような、
判る人には判る、判らないひとには一生判らない、
そんな不思議な不思議な出来損ない的な迷曲、
そう、ブラウン・シュガーとはまさに、そうやって、
つまりは、鍛えに鍛え上げ、叩いて叩いて、不純物の全てを叩き出した末に、
妖しいまでにどす黒く燻し銀のような光沢をたたえたまさに魔性の妖刀、
ブラウン・シュガーとは実に、そうやって出来上がった曲なのでああある。










という訳で、蛇足に蛇足を重ねる長蛇文、

最後に、またまたちょっとした小話、である。

嘗て、グループ・サウンズ時代に人気を二分にした、
ジュリーこと、沢田研二と、
そして、前述の、日本一の無法者たる、ショーケンこと、萩原健一。

その後、沢田はジュリーとして、歌謡曲、
つまりお茶の主役として、スター街道を爆進しながら、
いつしか、お茶の間的、芸能界的な俗世に塗れきる中、

萩原はその後、心機一転、役者としての活路を見出しながら、
と同時に、嘗ての仲間たち、あのグループ・サウンズ時代の盟友たちとの間で、
ロック、という音楽に拘りに拘り続けてきた。

そして紆余曲折の後、度重なるトラブルを繰り返しながらも、
萩原は役者としての名声と同時に、石間秀機、速水清司らを中心に、
日本ロック史上、最高にして最高峰・DONJUAN ROCK’N’ROLL BAND
まさに、日本の中でこれほどまでのロックが存在して良いものか、
そのクオリティの凄まじさ、と同時に、そこに刻み込まれた、
まさに、燻し銀のような、鋼鉄のロック魂、
萩原健一のそのあまりにも無軌道な生き様と相成って、
日本中のチンピラ少年たちに無限の勇気を与え続けた、
まさに、ロックの中のロック、その魔王。





そんな萩原健一は、そのあまりにもロックな生き様を貫き通した末に、
ついについに、司法の塀の向こうに連れ去られることになったのだが、

残された DONJUAN ROCK’N’ROLL BAND、
身から出た錆とは言いながら、主人を失い明日をも知れぬ身となっては、
また再び、さすらいのチンピラバンドマン、浮世の風に流される日々に舞い戻るか
そんな折り、信じられないオファーが舞い込んだ、と聞く。

バンドを丸々に雇いたい。
ギャラは、日本有数の芸能プロダクションが保証する。

その雇い主こそは、沢田研二。

嘗てのグループ・サウンズ時代の盟友であり、
その後、お茶の間向け芸能界の中で、キング・オブ・キング、
歌謡界の帝王とまで言われ続けた、いまや日本を代表するスターの中のスター。

あの沢田がいまさらなにを、と思いながら、
しかし、そこには沢田研二には沢田研二の意地があったのである。

芸能界という浮世に神輿を担がれては浮かれ騒がされながら、
銀幕のスタートして持て囃される中、嘗ての盟友を失い、
孤独の深淵を彷徨いながら、
音楽に対する情熱と、そして忘れ去れぬ夢、
日本で本当の本当のロックを演るんだ、
その忘れるに忘れられぬ夢を、実現してみたい。
吉田建を始めとするあのエキゾチックスをバックに従え、
ギンギラギンの歌謡ロックでお茶の間の度肝を抜き続けた
そんな沢田研二が、最後の最後の拠り所として、
求めに求め続けていた本物のロックバンド、
あの生涯のライバルであるところの、
萩原健一の作り上げた、日本最高峰のロック、
DONJUAN ROCK’N’ROLL BAND、
その名声と財力にものを言わせ、そのバンドごと引っこ抜こうとした、
そんな話があった、と聞く。

いつもの調子でやってください。
沢田はバンドのメンバーにそう伝えたそうだ。
つまりは、萩原健一とやっているそのままで、やって欲しい、と。

それはもしかすると、銀幕のスター・沢田研二の慢心であったのかもしれない。
あるいは、そんなお茶の間的芸能界の歌謡曲スター、
そんな自分を恥じ続けた、男・沢田研二のプライドの全てをかけた挑戦であったのかもしれない。

そしてその結果、としては、
ツイン・ドラムの醸し出す、壮絶にも重厚なロックサウンド、
あのオールマン・ブラザーズさえも凌ぐと言われたド迫力、
そのあまりにもとてつもない破壊力を誇ったこのスーパー・バンド、





萩健がなにゆえにあれほどまでに、音楽の常識の全てに逆を打つような、
はちゃめちゃなまでに無茶苦茶なボーカルスタイル、
ロックというよりは浪曲、歌というよりは怒声に近い、
歌謡曲的な芸能界では、嘲笑の対象にしかならないであろう、
そのあまりにも糞味噌なまでのボーカル・スタイルが、

そして、あろうことか、メンバーの頭のうえに靴を乗せる、
泥酔状態のままテレビカメラに額をぶつける、
挙句の果てにラリラリにらりってスタジオ・ライブ、
そんなご法度の中のご法度を繰り返してきた、
この日本一のアウトローの中のアウトロー、

ひとたび、沢田研二が、
その生涯のライバルであった萩原健一のバンドを背負ったとき、
始めて、そして、一瞬の内に、その謎の全てが熔解したのであった。

曲も半ばで、バンドのメンバーが演奏をやめた。

サワダ、やめとけ。

なんや、どないしたんや、

バンドを振り返る沢田研二に、メンバーがいかにも言いにくそうにぼそりと呟いた。

ボーカルが、声が、聞こえない。

沢田研二のあの美声、お茶の間を魅了し、そして震わせ続けた、
あの、日本一の大スターのその歌声が、
果たして、萩原健一の作り上げた日本最強のロックバンドを前にしては、
その美声が、ちっとも浮いてこない、映えてこない、響いてこない、どころか、
正直言って、聴こえさえしない・・・・

サワダ、やめとけ、とメンバーは繰り返したという。

それ以上やったら、お前はもう歌謡曲は歌えなくなる。

声を枯らして、だみ声を張り上げる、そんな歌謡曲スターを、お茶の間は求めてはいない。

それでも沢田研二は、歌うことを止めなかったという。
心苦しくも、演奏をやめたままでいるバンドの連中を前に、
アカペラで、思い切りの大声で、ローリング・ストーンズを歌い続けた、という。

そして沢田研二は、ジュリーに戻った。
お茶の間のアイドルとして、銀幕のスターを続けながら、
しかし、ロックという言葉は、二度と口にしなかった、と聞く。

そう、歌謡曲とロックは、違う。
違いすぎて、比較さえできないほどに、
歌謡曲とロック、その間には、越すに越せない、
深く、険しい、谷底が横たわっている、それが業界の常識であった、
その筈であった。



そしていま、この21世紀、
歌謡界、ならぬ、アイドル界の中に、
まるで彗星のように出現した天才少女、

その驚異的な声量と、夢のような美声を武器に、
アイドルと、ロック、どころか、
そんなロックの中でも、重さの中の重さ、爆音の中の爆音を売りにする、
そんなとてつもないロックの進化系、そんなメタルというジャンルとの融合を謳った、
そのあまりにも型破りなダンス・ユニット。

嘗ての歌謡界の帝王が、脆くも敗れ去った、
その禁断の融合を、
まさかまさか、この15歳の少女が、まるで奇跡のように、成し遂げてしまった、
そのあまりの霹靂。

そしていま、少女は海を越えた。

そしていま、その天才の中の天才の少女は、
あろうことか、そんなすべてのロック野郎たちの憧れの的でもあった、
世界のロック界へと、敢然として殴り込み、
思い切りのガチンコの勝負を挑もうとしているのである。

嘗て、天使の美声、ロックというよりはメタルというよりは、
まさに、賛美歌を思わせる清廉さの中で、
その透き通った美声を奇跡のように響かせては、
武道館の、そして、東京ドームを震撼させて来たこの天才少女が、
いままさに、世界のロック、
沢田研二が、そして、萩原健一が、
そして、あの矢沢永吉さえもが、挑んで挑んで、挑みきって、
そして敗れ去った、あの、本場、と言われる、まさにロック大国・アメリカ。

これまでの歴戦の中、嘗てのあの賛美歌の美声が、
いつしか、声を裏返してまで、叫びに叫び続ける、
そんなボーカルスタイルへと変貌を遂げつつあるいま、

すぅメタルは、その絶え間ない切磋琢磨の中で、
果たして、どんな方法論を持って、この歌謡曲とそして、ロック、
それも、ロックの本場の中の本場、
内田裕也が、沢田研二が、萩原健一が、
アナーキーが、ブルーハーツが、BOØWYが、
目標にし続けた、ロンドン、そしてアメリカの、本場の中の本場のロック。

RHCPが、ガンズが、メタリカが、
強いては、あのローリング・ストーンズが待ち構える、
あの、アメリカの巨大過ぎるロックの土壇場。

いま、歌謡曲、という轍を抜け出し、
そして同時に、その日本歌謡界、
そこで培われてきた、アイドル的唱法の究極を極めた上で、
そしてこの不出世の天才少女の、新たな挑戦が始まろうとしている。

そしてその少女の持つ、その天性の才、

その天使の美声と、その肺活量に支えられた脅威の声量、
とそして、忘れてはならない、
まさに、日本の美の真髄であるところのクオリティ・コントロール、
強いては、その辛辣なまでに、反復から反復を繰り返し、
鍛えに鍛え上げ、精錬に精錬を重ねる中で、
完璧なまでに完璧を追い求める、その求道性。
まさに、その魂の全てを歌に凝縮させた、その日本の美の究極形。

その天才少女の秘めた、唯一絶対の武器こそはまさに、
精錬に精錬を重ねる中で、研ぎ澄ますに研ぎ澄まされた、
日本刀をも体現する、極限のプロフェッショナル魂である。

一瞬の刹那の中に永遠を観る、
無常観の狭間に永続を刻み込む、
そんなベビーメタルの永遠のPDCAの求道性の中で、
果たして、この全米進出の過程において、
少女たちはいったいどんな変貌を遂げていくのか。

日本中の音楽界の、
そしていまや既に、瓦礫と化した世界の音楽界の、
その期待の全てを担って、少女たちは見果てぬ戦いに突き進んでいく。



という訳で、
改めて、そんな現代の救済者に対し、
カラオケをご一緒に、などと、無駄な軽口を叩いてしまったこと、
重々お詫び申し上げながら、

改めて、
ベビーメタルはカラオケに非ず、

カラオケでの中元すず香嬢と、
そして、ベビーメタルでのすぅメタル、
そこにはまさに、雲泥というにはあまりある、
大きな大きな違いがあるのですよ、と、
まあそれが言いたかっただけ、なのですが。

で改めて、カラオケでも良いから、すぅちゃんの歌を、
なんて言ってしまったこと、今更ながら、心から後悔。

クロッキー帳にラフスケッチから始まったその構想が、
キャンバスの上で、芸術として、作品となるまで、
芸術家は、その過程を、見せたりはしない。

試作品と完成品、
そこには、アーティストにしか判らないかもしれないが、
完成品として公にするまでのその鍛錬の様は、
アーティストであればあるほど、
ひと目には晒したくはないもの。

そう、カラオケこそがラフスケッチ、あるいは試作品、
そして、ベビーメタルのステージこそは、その完成形、と。

そのすべてが、絶え間ないPDCA、
KAIZENに次ぐKAIZENの切磋琢磨の中で作り上げられていくのです。

そんなアーティストとしてのプライドを、
もしかした著しく傷つけることになってしまったやもしれぬ、
前回のあの超糞駄文における大失言、
改めて、心の底からお詫び申し上げまする。

ごめんね、すぅちゃん、おじさんちょっと間違えちっち。

許してちょんまげ DEATH。



いまや、ベビーメタル、
ヘイターたちの戯言のすべてを蹴散らして倍返し。
その二乗三乗、留まることなし。

アイドル、あるいは、メタルは言うに及ばず、
昭和歌謡の、そして、ロックは愚か、
世界のエンターテイメント、そのすべての常識を覆す、
ベビーメタルの、そして、すぅめたること、中元すず香嬢。

愛と夢と、少女の純潔と、キラキラ・ラブラブ・パワーを以って、
世界征服へと爆進する、その勇姿に、
このなにからなにまでろくでもねえことばかりの21世紀。
その迷える子羊的人類の命運そのものを、
託さないわけにはいかない、そんな気がする今日このごろ。

という訳で、東京ドームのデロ発売まで一ヶ月を切りました。

それに続く、レッチリとの全米ツアー、
残念ながらニューヨークは含まれていませんが、
このツアーの間に、もしやもしや、単独公演、なんてのを、
企画されているのでしょうか・・

そう言えば、RHCPとのツアーに奔走することになる4月、
その後、実はメタリカが、5月から全米ツアーに出発するわけで、
まさかまさか、レッチリの次は、そのままメタリカとのツアーに出発?

そんなことがあるのかないのか・・

で、改めて、無理は承知で、お願い、なのですが、

れっちり、そして、メタリカ、の使用している、
あの、バック・ステージそのものから天井までに至る、
あの、巨大モニターというよりはまさに城壁のような、
あの超巨大モニター、

あれに、ベビーメタルの三姫が大映にして貰える、なんて、
そんなことって、やっぱ、無理なんすかね?

ベビーメタルの成功は、レッチリの成功にもなる訳で、
あのレッチリの全英ツアーが、未曾有の大収益を上げた、
なんてニュースも、こう言っちゃなんですが、
ベビーメタルの功績も、少なからずある筈、なんですよね。

なので、お願い、チャド・メタル、そして、フリー・メタルに、アンソニー・メタル、
お願いだから、あの巨大モニター、使わせて!

ついでに、ベビーメタルの時間、1時間に増やして!

或いは、CMIYCでも、ロンドでも、ペイン・キラーでもなんでも良いから、
メンバー全員と共演できる曲、しっかり、練習しておかんかい、と。

そう、ここまで来たら、運命共同体じゃないですか。

ベビーメタルの幸せはレッチリの幸せ。
そして行く行くは、ベビーメタルの幸せが、世界人類の幸せ、ともなる訳で、

はい、今のうちにベビーメタルに恩を売っといて損はないっすよ、旦那。
あんたらだって、そのぐらい判ってるんでしょ?
もうベビーメタルしかいないんですよ。
この人達に、すべての命運を任せるしかないんですよ、この人類。

そしてこのベビーメタル、いまだにティーン・エイジャーなんすよ。

ひとたびこの人達が天下を取ったら、その時代が悠に10年20年続くことになる。
その可能性はまさに無限大っすよ。

賭けても良い。

ベビーメタル、このアメリカでは、メタル、というよりは、まさに新境地。

コスプレ・マニアの、ジャパニメ・ファンたちを筆頭に、
ベビーメタル・アニメに誘発された、子どもたち、その付き添いになる親御さんたち、
少年少女から、レズビアンの団体から、そして、全米のニートでキッチュなIT関連の洒落者たち。

そんな人々が、レッチリやら、そして多分、メタリカやらのライブに、一挙に押し寄せることになる、と。

メタルも、パンクも、そして、老若男女、そのすべてが、ラブラブ・ハッピーで歌い踊る、
このとんでもない可能性を秘めたスーパー・メタル・アイドル。

たぶん、アニメの公開と同時に、全米の各社から、TVCMに向けての依頼が殺到するであろうし、
ギミチョコが、そして、KARATEが、そして、座椀からRORから、
強いては、いきなりの先祖返りの、ドキモから、メギツネから、ヘドバンから、
下手すれば君とアニメが、ぐらいまで、
次から次へと、CMソングに起用されてはシングル化。

アメリカ中が、そして、カナダが、そして、中南米全域が、
ベビーメタル旋風の中に席巻されていく、
そんなとてつもないことが、遅くとも来年どころか、たぶん、この夏過ぎ辺り頃には、
まさに、実現化していく、そう確信する今日このごろ。

これは夢ではないですよ。

まさに、時は満ちた。

という感じで、はい、題名にも上げた、ベビーメタルの品質KAIZEN、

どうっすか、全米トヨタ、ベビーメタルの可愛いパワーの源は、
その終わりなきKAIZENプロセス、信頼と洗練のジャパン・パワー、
これに乗らない手はないっすよ、旦那。

という訳で、相も変わらず、脈絡のない駄文の蓄積、失礼仕りました。

次からはもうちょっと後先考えてから書き始めることにします・笑



という訳で、そして最後の最後に、思い切りのちゃぶ台返し、

ベビーメタルにカバーして欲しい曲、

もしかして、この曲かも知れず。

コバさん、因みに、おれ、この曲なら、この場ででも、完コピ、いけます!














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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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