Loading…

この世の楽園のこの世の地獄 そのいち 「アメリカというすっぱい葡萄」

Posted by 高見鈴虫 on 22.2017 旅の言葉   0 comments

昔むかしその昔、やむにやまれぬ事情、
と言うよりは、まあ今から思えば当然の結末として、落ち込んだドツボの底。
日本という立憲君主制全体主義国家、
そのいかにも島国的閉鎖的キャビン・フィーバー的な
公家的体育会的イジメ体質に雁字搦めにされた管理地獄、
とは言いながら、
まあいま:現代と比較すればあの時代のそれなど、
まるで子供の遊びのようなものだった、
というのはいまになって気付かされる訳なのだが、
あれからのそれから、当時から地獄と言われた、
その地獄性ばかりが遥かに特化してしまった感のある我が麗しの母国。
いまから思えばあの時代でさえまさに楽園、というべきものでもあったのだろうが、
あの時代において既にそれは立派な地獄と思えた、
その窒息密告的島国国家。
そんな中で、無理やりにでも我武者羅にでも自由奔放、
すればするほどに、
言った言わないから始まって、誰だ誰のから始まって、
口のきき方が態度が目付きが育ちが血統が、
竹林の珍頃の、上の下の大問の。
つまりはまあ、仕切る器もねえ野郎を捕まえて
お前は俺を仕切る器じゃねえと言ってしまう、
そんな天真爛漫な青臭さの成せる技。
この世の軋轢が実はその天真爛漫さを起因としていた、
ことさえにも気づけなかったこの俺が、
ふと知り合うことになったその男。




なんの因果か迷い込むことになった、
あの窒息密告的島国的管理地獄的なその中でも、
あそこは・・ちょっと、
まさにその純日本式、と言わしめた、
公家的体育会的イジメ体質的管理を
むしろ売り物にさえしていたそのカイシャ。
そんな場所において、ふと知り合うことになったこの男。

非常階段でヤニタイムを共にしてから、
妙に気が合う馬が合うと勝手に兄弟仁義させて頂いたこの大兄さん。
よくよく聞いてみれば、親も兄弟もなく、
年少生まれの特少育ち。前科云犯の自称殺人狂。
あの野郎がいけ好かねえ。あの馬鹿がこんなこと言いやがった。
ああこの場所はなにか間違っている。なにかがなにか完全に間違っている。
くそったれ全員〆殺してやりてえ。みんなまとめてブチのめしてえ。
そんな幼気な愚痴をならべる俺を、
その大兄はまるでじゃれつく子犬を眺めるように目を細めながら、
お前を見てるとつくづく娑婆はええのおと思わされる、と。
つまり?
つまりというかなんというか、まあ娑婆はええのぉ、と。
ぶっちゃけ?
ぶっちゃけ、俺の暮らしてきたあの場所において、だったら、
お前は生きては出れなかっただろうな、と。
生きては出れなかった?
リンチ食らって密殺されるか、あるいは、
あるいは?
それを生き抜けたとしても、生き抜くために生き抜こうとすればするほど、刑を重ねてはぐるぐる巡り。
おやおや、と思わずため息。
なあもう一本吸っていくか?と差し出された三本目。
時間いいんすか?
知ったことじゃねえよ、
とそんな時ばかりは無敵の不敵を匂わせるその前科云犯の殺人狂。
吸えるうちに吸っとかなくっちゃな。
ヤニとオンナ、娑婆の恩恵と言えばそのぐらいのものだしな。
そう笑う大兄に、思わず漏らす本音の本音の青臭き戯言。
でもさ、ここは娑婆。で、あんたのいうのは・・・
つまり豚箱の中だけの流儀ってことか?
甘いな、しょーねん、つくづく甘いな。
確かにここは娑婆。なんだが、だったら娑婆と豚箱、
なにが違うかと言われると、はっきりと言えないところがある。
確かに出てきた時には思ったさ。
やっぱり娑婆はええのお。
ただ、こうしてこの娑婆でまっとうを気取れば気取るほど、
娑婆と豚箱、あまり変わらない気がしてならねえ。
つまり何が言いてえんわけなのですか、と。
ああ言いたかったのはお前は娑婆でしか暮せねえってことで。
だから娑婆にいるじゃないの、ああ空気が美味いと。
だから、だから、この場所は実は娑婆じゃねえんだよ。
あるいは、娑婆というのはお前の思っているような真っ当な場所じゃねえってことでさ。
つまり、娑婆も豚箱も変わりはねえ、と。
その力学は、その暗黙のルールは、娑婆も豚箱も、
大した変わりはねえってことでよ。
つまりはこのカイシャはつまりは豚箱と・・
この会社もあの会社も大した違いはねえと思うが。
つまり?
つまり・・そこまで言わせるのかよ。

タバコを吸うたびのそんな謎めいた会話が、
俺にとっては唯一絶対の憩いのひととき。
まあ本でも読んでおとなしく暮らすんだな。
本?本ならいつでも読んでるぜ。
ほら、と差し出されたその文庫本。
イソップ寓話集?へえあんたも本なんて読むのかよ。
言われたんだよ、塀の中で。
つまり、豚箱で知り合った人。
そうそう。 娑婆に出たら毎日イソップを読めってさ。
イソップ寓話?
ウサギとカメ、カラスと水差し、アリとキリギリス。
動物は好きだぜ。ガキの頃から犬を飼ってたんだ。
そうそう、俺も犬が飼いたくてな。娑婆に出たら犬を飼いたいって、そう言ったら、言われたんだよ、その人に。
娑婆に出たらイソップを読め、ってさ。
で、読んでる?
ああ、読んでる。
いまなに読んでるの?
ああ、これ、すっぱい葡萄・・

そのイソップの大兄。
今から思えばつくづく優しい人であった。
ねえ知ってるかい君の親しくしてるあのひと、
実は前科云犯の殺人狂で・・
そんなことを耳元でさんざん囀かれたが、
あんな場所であったからこそ、
あの人は、少なくともあんなだった俺にとっては、
とてもとても優しい人であったのだ。
そう思えば思うほど、それ以外の人々が、
地獄で腐肉を漁る餓鬼に思えてならない、
そう、あの場所、そして、
娑婆も豚箱も変わりはないと言わしめた、
あの憲君主制全体主義国家。

なあ、おまえ、アメリカに行かねえか?
アメリカ?
ああ、アメリカ、行ってみたかったな。
なぜアメリカ? 俺、嫌いなんだよ、アメリカ。基地の生まれだしさ。
塀の中でよく話したんだよ。ああ、次に生まれ変わったらアメリカに行きてねえな、って。
そのイソップの人と?
ああ、アメリカ、アメリカ、ってさ。
行けばいいじゃねえか、アメリカなんて、飛行機乗ったらすぐにでも行ける。
はは、どこまでおめでたい野郎なんだよ。
入れないんだよ、アメリカ。前科者はさ。

アメリカか。

多分、とその前科者は言った。
たぶん、お前はアメリカに行った方がいい。
入る前に、前科者にされて、あの蟻地獄の中で密殺される前に。
できるだけ早く、アメリカに、行ったほうが良い。
俺みたいになる前に・・

その謎のお告げを胸に秘めながら、
しかし俺の向かった先は、何故かタイ、そしてインディア。
この天真爛漫な青臭さの、娑婆に生まれて良かった、
そのすべての自由奔放、限りなく発散できる、
そんな場所を求めに求めては、
その抱腹絶倒・七転八倒の後に、
たどり着いたのが、何故かここアメリカ。

この場所を、楽園と呼ぶのはあまりにもグロテスク、
でありながらも、
ただ、幸か不幸か、
そう言えばこの場所に四半世紀を暮らして、
イソップ寓話を読まねばならない、そう思ったことは一度もない。

アメリカ、この場所は楽園どころか、
やはり豚箱に限りなく近い場所、ではあったのかもしれないが、
少なくとも、すべての楽園にすっぱい葡萄と舌打ちを返す、
そんな意地悪な常識人たちに蟻地獄に突き落とされ続けるよりは、
ほんのすこしはマシであったのかもしれない、
そう思えることだけでも、良しとしよう、そう思うべきなのか。

そんな場所からいまやその地獄性ばかりの中にはまりこんだ感のある、
あの麗しの母国を思いながら、
すっぱい葡萄、と笑った、あの魂の友の行く末に、
ふと思いを馳せてみる。

当時、アメリカはビザなしでは入国できなかったのであるが、
その後、ビザ解禁を経て、夢のアメリカに足を踏み入れることはあったのだろうか。
あるいはそこは、永遠のすっぱい葡萄、そのままだったのであろうか。

いつかここニューヨークのカフェのテーブルで、
そんな大兄と、若かったよな、俺たち、と笑い会える、
そんな日が来ることを、俺はまだ信じている。

という訳で、

娑婆でしか暮せねえ奴。
蟻地獄の縁でいまにも足を滑らせそうなやつ。
つまり、あの頃の俺のような奴ら、
周りの奴らが馬鹿に思えてならねえ、
その苛立ち半分に悪さを繰り返す、
そんなどうしようもなく思い上がったクズの中のクズ。
そんな俺達のような輩は、
出れる内に出ておいたほうが、身のため、かもしれないぜ。

老婆心ながら、俺の出会った中でもっとも心優しき男からの、
最も心にしみた提言を、共有させて頂ければと思った次第。





  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム