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犬男の苦悩と猫男の憂鬱 現代社会というサファリパーク

Posted by 高見鈴虫 on 02.2017 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments
自他共に認める犬好きである俺は、
当然のことながら犬に似ている。

似ている、どころか、キャラから行動様式から、
そして当然なこととしてその見かけも含めて、
この俺という奴は悲しいぐらいにまで、なにからなにまで犬。

この俺という存在そのものが、犬、そのものを見事なまでに体現している、
出会う人々のすべてからそう言わしめる、
まさに、犬の中の犬、徹底的なまでに犬的であるところのこの俺。

正直なところ、物心もつかない筈の幼稚園の頃、
学芸会の劇で、桃太郎さんを演る、と言われた瞬間、
即座に、ハイ、はい、はーい、と元気良く手を上げては、
いの一番に、犬の役をゲットした、そんな俺、なのである。

この犬好きだけは、まさに生まれ持ってのもの。
もう今更なにがあっても、どうなっても、変えられるものではないらしい。

そんな自他共認める犬バカであるこの俺が、
我が人生最高のバディ、つまりは我が家の駄犬と見つめ合っていると、
思わずそこに血のつながり、
どころか、一種、鏡を見るような感覚を覚えたりもする。






そんな俺は犬の気持ちが判る。
犬と見つめ合っただけで、手に取るように、どころか、
それは120%の確信を込めて、
見つめ合う犬たちのその胸の内が、
彼らの脳裏に浮かぶ様々なイメージが、
くっきりはっきり、手に取るように判ってしまうところがあって、
そんなことから近所のドッグランではドッグ・ウィスパラー、
どころか、犬と人間との通訳役として、
それなりに重宝もされているのではあるのだが、
そんな自他共認める120%完璧な犬人間であるところの俺。

ドッグランに姿を見せた途端に、犬と言う犬が俺の前に勢揃い。
道を歩けば棒にあたるどころか、すれ違う犬がいちいち挨拶にやってくるし、
世界中どこに行っても、最初の出会いは必ずと言っていいぐらいに地元の犬。
その犬を介して人脈が広がっていくのである。

ああたぶん匂い。
つまりは俺の身体中に犬の匂いが染み付いているのであろうか、
あるいは、犬の散歩用のバッグのドッグ・トリートをあざとく嗅ぎつけたのか、
と、そんなこじつけをしてみるのだが、
だがしかし、早朝の雑踏の中、
ヒューゴボスのスーツにイッセー・ミヤケのコロンをふった、
どこから見てもジャパニーズ・リーマン、
下手をすれば昭和の時代の日活B級映画のすぐ死ぬ悪者役、
そんな出で立ちに変装こいては足早に駅へと向かう俺の行く手には、
なにを間違えたか次から次へと犬どもの挨拶ラッシュ。
満面に笑顔を浮かべて身体中をくねらせながら、
おはようございます、頭を撫でてください、とやってくる犬いぬイヌ。

そう、別名、犬磁石、とまでの異名を取ったこの俺。
頭の先から足の爪先まで、そのなにもかもが、
徹底的に犬の化身であるところの俺。

さぞや犬たちに囲まれて幸せな人生を送っているか、
というと、実は世の中早々と甘くはない。

まあ確かに、そう、犬的な世界の中にあって、
そこはまさに俺の独壇場。

世間ではイケメンの代名詞、と勝手に言ってしまっている、
この120%犬顔のモテモテ・ラブラブ・パピーちゃんであるところの俺。
犬好きの女の子などは、そんな俺をひと目見た途端に、
キャイ~ンと一言。
それこそ身体中の毛穴という毛穴から大量のドーパミンを撒き散らせては、
可愛い可愛い可愛いパピーちゃんとばかりに矢庭に抱きついてきてはキスの嵐。
そんなひたひたアルファー派男である筈のこの俺。
しかし、そんなモテモテの犬男である俺にも、
しかしそこには犬男には犬男なりのご苦労。
あるいはそう、
ここまで究極的なまでに犬そのものを体現してしまったが故に、
それが原因で引き起こされる様々な軋轢の数々。

完璧な犬人間としてこの世に生を受けた俺の人生、
実はそんな犬人間的な苦労が絶えないのである。









改めて、自他ともに認める犬系の犬男であるところのこの俺。

俺の存在が目に入ったとたん、
すべての人々が、おっと、こいつ、犬、と認識する、
全人類共通であるところの筋金入りの犬男。

この一見して見るからに紛れもなく、
誰もが見間違えることもないほどに、
ほとんどすべての人類に、ああ、この人は、犬系、
だって、ほら、この人、どこからどうみても完全に犬、
なにからなにまで犬にそっくりじゃない、と言わしめる、
徹底して徹底的な犬バカであるこの俺は、
そんな、問答無用な、どこからどう見ても完全に犬系、
そのあまりにもあからさまな犬系であるが故に、
ぶっちゃけ、その他の動物系の方々との間に、
得も言えぬ妙な軋轢、
時として、その初対面、第一印象どころか、
その存在を認めたその一瞬の、それだけで、
意味不明なまでに徹底的にラブラブ、
あるいは、
口も開かないうちから、
ああ、この人、ダメ、絶対、と即断されてしまう、
そんな宿命をも、背負ってしまっているようなのである。


とふと思い返せば嘗て在籍した会社。
その会社を始めて訪問した際、
受付のお姉さんからこちらへどうぞ、と通されたその奥、
看板の裏側に隠された社員たちの世界に足を踏み入れたその途端、
まさに、目を瞠るまでに、
見渡す限り徹底的なまでに、猿、さる、サルしかいないその会社。





そのデザインからレイアウトから飾られた絵から、
そしてそこに並んだ人々と、その個々の机に飾られた品々。
そのひとつひとがどれをとっても、
猿のサルによるさるの為の空間、そのもの。

そんなサル山のような社内にいきなり乱入を図った不埒な犬面に向かって、
社内一同がいきなり机の上に飛び上がっては、
全社が一丸となって、キッキッキー!
と一斉に金切り声まじりの奇声を叫び始める、
ということはさすがになかったまでも、
その社内に一歩一歩と足を進めるにつれて、
周囲からこれでもかとばかりに、
紛れもなく感じるその異様なほどの重圧感。





完璧なまでの犬男であるところの俺には、
この犬男の潜在能力のひとつである、この超絶的な嗅覚能力が備え着いている。
すれ違う人々の体調から持病から昨日食ったものから生理周期から、
その身に纏った生活臭の中に、その為人を一撃で嗅ぎ分ける、
この人間離れした、どころか、まさに犬並みに近いほどのこの嗅覚能力。

クンクンクン、匂う匂う、匂うぞ、この警戒信号。

つまりはそう、このサル山の面々の、押し隠したポーカーフェイス、
がしかし、その内面に広がる緊張、
そのストレスによって知らず知らずのうちに分泌を始めている、
あの、独特のビビリ臭が、その社内一同から、
一斉にぷんぷんぷんの立ち昇るのが手に取るように判る。

とその中に、やあやあやあ、と奥の小部屋から登場した社長さん。

その顔を見た途端、いきなり俺のこの犬面のその満面に、
思わず零れ落ちては広がる大笑顔。

このサルばかりのサル山状態であったその会社の中で、
その社長さんこそがまさに唯一の犬顔、ぶっちゃけブルドッグそっくり。

この面長鼻高に鋭い視線をした犬顔の新人と、
そして見るからに無骨な丸顔に、
間抜けな盗賊のような髭を蓄えたこの自称辣腕社長。
そんな社長と顔を合わせた途端に、
いきなり迸る犬同士の熱い血潮。
その気持ちが以心伝心をしてはすっかりテレパシー状態。

サル山の中にぽつねんと取り残されていたそのブルドッグ社長。
その短い尻尾の隠れた肥えた尻を盛んに振りながら、
さあさあさあ、早く早く私の部屋に、
さあさあさあ、こんなエテ公どもは放っておいて、
さあさあさあ、なあに、こんな奴らこれっぽっちも気にすることもないから、
さあさあさあ、こちらにこちらに、
ああ、嬉しい、とてもうれしい、
だってだって、やっとやっと、ようやく人間らしいまともな人が来てくれたから、
とばかりに手放しの大歓迎。






というわけでそんなサル山に放り込まれることになった俺。

がしかし、よりによって俺は、そんなサル山の牙城たる、
サルしかいない技術部のその最後尾。
まさに、蛇の穴、どころか、サルの巣窟に迷い込んできた子犬ちゃんそのもの。

そんな俺は当然のことながら、
なにからなにまでが、サルの猿によるさるの為の、サル的な猿的な歓迎、
つまりは、これでもかとばかりに繰り返されるその小癪な意地悪の数々。

その執拗なまでに繰り返される陰険の底をついた中傷攻勢に晒され続けながら、
だがしかし、そう、俺はやはり犬系、つまりは犬の人である。







この自他共誰もが認める徹底的なまでに犬の中の犬であるこの俺は、
そんなサルどものちょこざいな小細工など気にする気配さえ見せず、
小賢しいお猿さんどもよぉく聞け、
俺はバカでガサツで乱暴だけが取り柄の犬男、
一人二人は面倒だ、束になってかかってきやがれ、とばかりに、
ヒステリックな金切り声を上げる猿面の面々を前にしては、
不敵に耳の後ろを掻きながら大あくびを一つ。

サルのさるによる猿的な世界観に貫かれたその社会と、
犬の犬による犬的な世界による流儀に生きるこの俺との、
この越すに越えることのできない、徹底的なまでの美学のすれ違い。
その後、数年をそんなサル山の中でサルどもに囲まれて過ごしながら、
しかしそこに存在した紛れもないギャップ、
悲しくなるぐらいに宿命的なすれ違いの数々。

その後、どれだけの日々をともに過ごそうとも、
サルと犬、犬猿の仲、と言われるその溝が、
埋まることだけは決してなかった、のである。






今更ながら人間はそれぞれ違う。

そしてある種の人間は、あるいは、多分、ほとんどすべての人間は、
そこに生涯変わることのない宿命を背負っている。

そんな宿命の中で混じりあい、そして、鬩ぎ合う人間たち。

嘗ての駄文に綴ったように、俺は一種、そんな人間たちの宿命、
そのひとつの決定的な要因の中に、
「動物相」的な見解を持っていたりもする。

-> 「動物相」

自他共認めるイヌ人間であるこの俺は、
その超人的なまでにイヌに限りなく近いその優れた嗅覚を持ってして、
出会う人間たちの為人から体調から持病からその性格習慣を一撃にして察知する、
そんな宿命を背負っている人間であるのだが、

時としてそんな能力が、下手をすると、その人間の背後にあるもの、
つまりは、その人間達の抱え込んだ宿命的な要因、
ぶっちゃけ、その前世における「動物相」の影までが透けて見えてしまう、
そんな特異な潜在能力を隠し持っていたりもする。

人間、輪廻のサイクルの中で背負い込んだ様々な業を、その背中に背負って生きる。

その業の中に確実に、前世において経験した様々な動物の、その隠すに隠せぬ影が、
時として人間形成のその根源に、でんと居座っていたるもするのであるが、
俺のこの嗅覚によって一瞬のうちに見透かされるその動物相、
これまでのところ百発百中。見誤った試しはない。







各人の中に確実に存在するそんな動物相。

その民族が長く生死を共にしては互いに依存関係を保ってきた動物たち。
各民族の中にそんな動物たちの血と肉とそしてその魂を色濃く刻み込んでは、
共存、そして共生を続けてきた地球の自然界の中で、
いま、この21世紀の科学万能の世にあっても、
人間が生物である限り、その遺伝子の中に刻み込まれた民族性、
そして、その民族性の一つの要因である動物相は、混じり合い絡み合い、
そして今尚、人間たちの人格形成に、その存在自体に明確な影を落としている。

日本人であれば、まさに魚。
その一糸乱れぬ集団行動のその見事なマスゲーム的美学、
でありながら、時として思考停止的なまでに集団主義的呪縛の中で、
集団自殺をも思わせる奈落の底に突き進んでしまうその意味不明なまでの集団主義。
アメリカ人は不思議に牛に似た人々が多く、愚純且つ強情なれど、
根本的なところではやたらと人の良い、そんな輩が多いのも、
ハンバーガーからステーキから、牛に依存した生活を続けてきた為であろう。
アラブ人系の人々はその身体の中に決して消えることのできないラクダ性を宿している。
狡猾で強情で我儘で傲慢でありながら、決定的なところで思考的合理性に欠ける、あの愚かな老ラクダ。
近づく人々にゲロを吹きかけてはせせら笑い、押しても引いてもテコでも動かず、
時としてそのプライド、ならぬ、ツムジの曲がり方次第では、
その暴走の果てに、自ら砂嵐の中に迷い込んでは、路頭に迷って絶望の怒声を上げ続けることになる。
そして中国人たち。鶏のように始終騒がしく、そして豚のように意地汚くあさましいその様。
そのあまりの狭視的且つ近視的世界観を貫く、隠すに隠せないあの一種滑稽、時として残酷なまでの強欲さ。

そんな民族的な社会的性格に加えて、
そして個々の人間には、前世から滲み出たその個々が宿命的な動物相。

それは、見た目、顔の長い人が馬面、と言われ、
目の吊った人がキツネを連想させ、タレ目の人はまさにタヌキ。
ただ、そんな見た目も含めた上での、各自が背負ったその宿命的なまでの動物相。

それは性格というよりは性:さが、美学というよりは性向。

すべての判断の基準が、その動物相に準じた価値観に色濃く影を落とす、
その変えるに変えられない動物相的な宿命。

その宿命の中で、類は友を呼び、あるいは馬が合う、そりが合わない、
そのサファリパーク的社会の軋轢。

そう、人間所詮はそんなもの。
そんなものでありながら、それはまさに宿命的というほどにまで、
この動物相的な世界観、その違いには決定的なものがある、
その筈なのである。







という訳で、この動物相的な定義に基づいた、一種達観にも似た人間感を持つ俺。

そんな動物相的社会観の中で、改めて、前述した猿的会社。

自他共誰がどう見ても徹底的に犬の中の犬人間であるところの俺にとって、
例えば、俗に、犬猿の仲、とまで言われるこの猿的な人々との宿命的な軋轢。

初対面から、ああ、こいつは猿に似ている、と思ったその時点で、
その後、なにがどうあっても、結局は犬と猿、その溝が埋まることは消してない、
と確信してしまっているところがあある。

ただ、犬と猿、ともに社会的な動物である。

その社会性的な共通点を唯一の拠り所に、
互いに愛想笑いを浮かべながらそれなりの社交辞令でお茶は濁しながら、
各自が各自の利点と欠点を利用しながら、共にWIN WINの関係性を探る、
そんな協調ができない訳ではない。

そう、サル、このサル系の人々との付き合い方は判っている。

頭でっかちで小賢しく底意地が悪い代わりに計算高いこの臆病な未熟児たち。
人間の理知よりは、抑えに抑えきれないその猿のサルたるサルの本性。
つまりは、臆病で狡猾で、小賢しい割りにそのセコさからいつも大局を見誤る、
その隠すに隠せないサル性の本性の中で、
早く人間になりたーい、の妖怪人間ベム・ベラ・ベロ。
そんなサル的な人間たち。
ひと目見た時から彼らの根幹たるその究極の弱点などは一撃で見抜いている。

そう、俺のこの徹底的に犬的な見地から探るさる人間たちのその根幹、
それはまさに、劣等感、その一言に尽きる。

ぶっちゃけ、猿に似ているその劣等感から、
女にもてず、内向的で、陰気な策略家、
そんなキャラに自らどツボっているこの見るからに理系、そのもの。

そんな見るからにイケてない、地味な男子校の珍カス臭の身に染み付いたそんな輩たちを前に、
身体中から爽やかな日様の匂いを発散させたこの絵に描いたような犬系であるところの俺。

あの猿的な世界に生きるエテ公どもにとって犬的な人々とは、

やることなすこと、徹底的なまでのええ格好し。
論理的思考能力に欠け、突発的で衝動的で感情的で、
そしてなにより、まさになにかにつけて究極的なまでのフィジカル志向。
直接的行動がすべてを物語る、ぶっちゃけその消すに消せないドキュン臭。

まさに、さるの猿による猿的美学における社会観。
リア充への引け目から生涯を薄暗い地下室の底に隠遁しよう、
そのコミュ障理系的なネガティブな願望の具現化であった技術職の中にあって、
そして、お日様の匂いを全身から振りまく、
この無邪気で陽気でガサツで乱暴な犬的世界に生きる俺。

まさに犬とサル、犬猿の仲とまで言われる、そのなにもかもが対極的なまでのすれ違い。

そう、改めて、技術屋は猿、そして、営業は犬。

その職種における宿命的な適正という奴。

そして猿的な世界から見た犬的世界における犬的な人々。

あのすべてにおいてガサツで乱暴で論理性に欠け直情的且つ直線的な行動主義。

これだけの軋轢に晒されながらも、
そんなことはこれっぽちも気づかぬ風に、
気味が悪いぐらいに問答無用に馴れ馴れしく、
と同時に、そんなバカな軽薄男の恩恵というほどに、
そんな猿男たちが逆立ちしても手に入れることのできないリア充的享楽を、
なんの不思議も感じさせぬその無託な軽薄さの中で掠め取ってしまう、
鼻持ちならない単細胞なドキュン男。

そのお日様の匂い的な犬的な無邪気なリア充性こそが、
猿的な人々にとっての嫌悪の権化、その劣等感の賜物なのである。







あのバカな糞犬野郎、
まるで磁石のように片っ端から女の気を惹きつけては、
愛想が良く、お世辞もうまく、嘘も方便と口八丁手八丁、
つまりは行く先々の客先でも大人気。
運動神経が抜群で、歌って踊れて喧嘩も強く、
そんな眩しいばかりにリア充一本槍な犬的世界、
その体現であるこの俺を前に、
あの地下室のサル山に埋もれたサル型ロボットを自称した、
そんな技術屋と言われる人々にとっても、
それなりに畏敬を感じていなかった筈がなく、
そんな中、溝は溝、違いは違いとして認めた上で、互いが互いを利用し合う、
そんな歪な緊張関係であったとしても、少なくとも共存は可能である、
そんな社会経験は積んできたつもり、なのである。

そう、この動物相的なサファリパーク的な人間関係の坩堝の中にあっても、
互いが互いのその宿命的な動物相を尊重し続ける限り、
そこに一種の利益分配、互いが互いの動物相的特性を利用しての協調関係は、
十分に可能、なのである。

そして改めて、この隠すに隠しきれない犬的な人間であるとこの俺。
この自他共誰がどう見ても徹底的に犬の中の犬人間である俺の、
この疑問の余地などなにもないまでに、
徹底的なまでに犬的な世界感の中で、犬的な世界観。







ではあるのだが、
その犬的な社交性だけを頼りに、猿とも馬ともそして時としてラクダや蛇たちとも、
それなりの危うい均衡を保ち続けてきたこの犬人間。

そんな犬的社交性に満ち満ちた筈であったこの俺が、
実はここに来て、いきなり、ちょっと究極的なまでに、
ドツボの底に落ち込む難局に直面することになった。

これまで数限りない動物相的人々の中で、
それなりの協調の道を探り続けてきた俺。
猿とも馬とも、牛とも豚とも、なんとか微妙な協調の道を探り続けてきた俺が、
その動物相的な処世術の中にあって、
いま直面することになった、この一種、ミュータントとも言える特異な生物。

それはまさに、猫、それも、家猫、とも言える、
この21世紀的確家族的な未来社会の生んだ新種的生物、家猫:イエネコ。

このグローバル社会の中、あるいは21世紀的な個室的閉鎖環境の中に、
最も適正を見出されるであろう、この家猫という種族。

缶蹴りと鬼ごっこと野球とサッカーと、
不埒な悪戯と一種刹那主義的なまでの快楽主義に貫かれた、
この大時代的なナンパなリア充を貫き続けたこの究極的犬系の俺にとって、
改めて直面することになった、この、家猫という種族とのあまりにも衝撃的なギャップ。

そう、犬的人間にとって、
実はそんな、小賢しいサル系、などではなく、
実のところ、そう、同じ四足系であるところの、ネコ系の人々、
であったりもする、その事実に直面させられることになった、のである。







という訳で、ここに来て、改めて、猫、という動物について考察を巡らせてみる。

実はそう、猫、この猫という生物は、俺にとっての一種の鬼門にあたる。

世の犬属、デカイのからちっちゃいのから、幾多の犬種に分け隔てなく、
徹底的なまでの親和感で結ばれているこの犬の権化たる犬男。
下手をすれば、そんな犬属は愚か、イヌ科の動物のそのすべて。
オオカミから始まって、タヌキからイタチから、そしてもちろん我らがおキツネ様。
下手をすれば、その親戚筋の大伯父たる熊五郎、
そのすべてに対して、圧倒的な磁力を持ちうると確信するこの究極の犬男である筈の俺が、

こと、猫。

同じ食肉目、四足で尻尾があって、目と耳がふたつ鼻と口が一つづつ、
そんなお仲間である筈が、
そう思っているのはこの俺だけで、

そう、この猫、という生物には、どういう訳だが必ずと言って良いぐらいに、
痛い目を見させられる、そのような宿命にあるようなのである。

猫。

世に棲まうこの猫という猫、その殆どが、
俺の姿を目に止めた途端に、脱兎のごとく逃走を図るか、
ふーっと、身体中の毛を逆立てては矢庭に臨戦態勢。

頭など撫でようと手を差し伸べた、その途端に、
一瞬の早業で身を躍らせては掻き消える、
どころか下手をすれば、
その間抜けな手の甲に、一撃必殺の目にも止まらぬ猫パンチを以って、
強烈な縦筋を刻まれることになる。

どうも俺、この120%完璧なまでの犬男は、それが故に、
この猫族の輩たちとは宿命的な敵対関係を運命づけられているようなのである。

という訳で、ぶっちゃけ、俺は猫に好かれない。
どうしても好いて貰えない。

ただ俺的には、猫はスーパーウエルカム。

そのしなやかな体つきから謎めいた表情から見るからに柔らかそうなその毛並み。
なにからなにまで、一種、遠い憧れさえも抱かせる、そのあまりにも魅力的なクリエイチャー。

その決定的なまでの断絶の中の、絶望的なまでの片思い。

ああ、ここで、告白しない訳にはいかない。

そう、俺のどういう訳か、変えるに変えることのことのできないこの性癖。

男は犬、女は猫。






そう、こと、男のダチは徹底的なまでに犬系。
あのご機嫌な悪仲間、であった奴らは揃いも揃ってすべて判で押したように犬系な訳で、
良い意味でも悪い意味でも、犬いぬイヌ、まったくそれ、そのもの。

ただ、そう、それは男に限って。

しかしそれが、女、であると、その嗜好が180度、完全にひっくり返る。

そう、この120%徹底的に犬的であるこの俺が、
気を惹かれる女、というのが、どういう訳か、決まって、というか、
ぶっちゃけそれも、120%完璧、というぐらいまで、ネコ系、そればかり、なのである。

今更ながら、どうしてなのだろう、と思う。

そう、犬系の女は簡単だ。
俺のこの完璧なまでの犬面をひと目見た途端、
キンキラキンとその瞳を輝かせては、お尻撫でて撫でてとじゃれついてくる、
あの、馴れ馴れしくもうざっく、そして匂い立つまでに生々しい雌犬風の女たち。

あたし、むかし、悪かったよの、うふふふ、やら、
つまりはそう、嘗ての悪仲間たちの周りではしゃぎ回っていた赤い髪をした少女たち、
そしてその行く末たる、安いキャバクラのホステスでブイブイ言わせている、
なんていうタイプの女たちは、
どういうわけだか決まってこの雌犬系の人々であったりもする訳で、
つまりはそう、俺の俺による俺的な犬的世界、
ぶっちゃけ、ドキュン、と言われる人々のそのヤバくも甘い刺激的なドツボの底、
あのドキュン世界の独壇場があったところのこの犬系の面々、
その犬的な世界の中でも、徹底的なまでに犬バカを体現するこの俺という犬男は、
当然のことながら、同じ匂いのする犬女たちには徹底的にモテる。
モテる、というよりも、出会ったその瞬間、その一撃だけで、
キャイ~ン、とばかりに抱きつかれ、頭撫で撫で、鼻先にちゅっちゅとキスの雨、
なんてことが、宿命的なまでに繰り返されてきたのではあるが、

そう、俺は犬、それも、自他共認める徹底的なまでの犬男であるところのこの俺は、
その犬の特性であるところの、ハンター、つまりは、狩猟的な性格を色濃く残す、
そんな困った輩でもあったりもするのである。

そう、俺は追いかけるのが好きであるらしい。
仕事も、そして、遊びも、そして、ぶっちゃけ女の子も、
追いかける要素がないものには一切の魅力を感じない、
そんな妙な性癖があったりもするらしく。






そんな俺にとって、猫系の女。

あの存在自体がミステリアスの塊り。

見れば見るほど魅力的で、
ただ、いったいぜんたい、何を考えているかさっぱり判らない、
まさに魔性、その体現。

追えば逃げる、追うのを止めればへそを曲げる。
呼んでも来ないが、呼ばなくても勝手にじゃれついて来て、
それに気を許してうっかり手をだすと途端に引っかかれては血が滲む。

そう、そんな猫系の女たち。

好きかと聞けば、嫌いと答え、嫌いかと聞けば、バカ、と答え、
誰がバカだ、と言えば、女の気持ちが判らないと怒り始め、
なだめればなだめるほどに機嫌が悪くなり、諦めた途端に泣き始め、
まさになにからなにまでが禅問答、である訳なのだが、
その終わりなき追いかけっこ、それこそが、まさに男と女、そのサダメ、
なんてところで妙な具合に悟りを開いたつもりになっている、
そんな困った犬男であるところのこの俺。

そう、そんな犬男の俺が、どういう訳だが、猫系の女の子一本槍。

例えばいまこの場でグーグル・サーチ、
犬似の美女、なんてキーワードで検索をかけてみても、
そこに並んだ、犬面の女たち、
そのどれもこれも、名前さえも覚えていないぐらいに、
徹底的にスルーしていたりもする訳で、
だがそこに一度:ひとたび、猫似の美女、とサーチをした途端に、
おおおお、マブイのばっかり、と矢庭にお目々がギンギラギン。

という訳で、
この自他共・・ いい加減面倒くさいから省略するが、
つまりはそう、この徹底的なまでに犬男であるこの俺が、
こと、女の子、と言えば、徹底的なぐらいの猫系ばかり。

いつもいつも、勝手に追い回しては逃げられ続け、
手を出した途端に引っかかれては、苦笑いを浮かべて傷を舐めながら、
くそったれ、いつかきっと捕まえてやるぞ、ととぼとぼと夜の舗道を引き返す、
そんなことばかりを繰り返してきたこの猫好きの犬男。





くそったれ、あの犬系の女たち、
あいつもあいつもあいつもあいつも、
あんな奴らであったらこの場で電話一本、
それだけでキャンキャーンとばかりに足元に馳せ参じるては、
お腹撫でて撫でてと頼んでもいないのに大股を広げる
その筈なのに、
今日も今日とてこんなじゃじゃ馬ならぬどら猫小娘に好きなように振り回されては、
未だに滲む傷口を舐めながら、
やれやれ俺はいったいなにを考えているのか、と。

だがそう、この女、あるいは、猫、という摩訶不思議な生き物。
その謎が深まれば深まる程に、魔性の魅力が輝きを増す。

ただそう、そんな典型的な犬系男の権化である俺的には、
男は犬、そして、女は猫、それが人類の定番、
と固く思い込んでいる節があったりする訳で、
この追いかけて追いかけて追いかけては引っかかれて逃げられて、
その終わりなき繰り返しこそが、生きること、と見つけたり、
なんていう、末期的なまでに酔狂な輩、である訳なのだが、

ただ、そう、俺のこの無類の猫好き。
ただ、その猫嗜好は、それが女の子、だから通用する訳で、

果たして、猫系の男?

という奴には、実はこれまで、出会ったことがなかったような気がするのである。







実は、わたくしごとで誠に恐縮ながら、と言うかこの個人ブロク、
最初から最後までわたくしごと的な戯言ばかりであるのが前提であるわけなのだが、

そう、その俺の個人的な事情。

現在、直面することになった、この絶体絶命的な難局。

その理由というのが、まさに、この家猫:イエネコ的な世界であったりもするのである。

実は、今回あらたに足を踏み入れることになったこのプロジェクト。
そのスケールから社会的影響度から、そしてもちろんそのご予算から、
まさに申し分なし、の一大仕事、であった、筈。

これまでの俺のキャリアの総括的なまでに、
なにからなにまでがぴったしカンカン的であった筈のこの大当たりプロジェクト。

最初に関係資料に目を通した時点で、これはもう、やるしかない、と大乗り気。

これまでのしがらみの、そのせこい胸算用のすべてをかなぐり捨てては、
俺はこのプロジェクトに一生を賭ける、とまで奮起したこの一世一代のおお仕事、

であった筈が・・・

実はその仕事の紹介者であった知人、
その知人の知人であるところのプロジェクトの発起人。
その御仁と顔を合わせた時、ふと過ぎった得も言えぬ予感が過ぎったのである。

この人、いったいなにもの?

前述した「動物相」的な世界観。

すべての人間は、その中に前世的な動物的影を宿す。
そしてその美学から価値から判断基準からが、
個々の動物観的な行動様式に根ざしている、その筈。

なのだが、実はこの仕事の紹介者であった知人の知人の紹介の人。

その御仁と顔を合わせた時にふと過ぎった得も言えぬ予感のその正体というのが、
この人には動物相、その輪廻における動物の影が見えない、
あるいはそこに、これまで出会ったこともない、一種の異型的な新種の姿を見たのである。

いや、しかし、そんな筈があるものか。
人間が人間である以上、守護霊背後霊地縛霊そして水子の霊と共に、
この運命的なまでの動物相、必ず必ず必要であるはず。

では果たして、この知人の知人の紹介の人。
いったい、なにもの?






その紹介者。
見た限り、これ以上無く人当たりの良い御仁である。

その快活な素振りから、表情の明るさから、
そしてなにより、その威風堂々とした態度。

その為人を見る限り、これはまさに犬系。
それも見事なほどに筋金入りの犬的美学に貫かれたひと。

ただそこに、どういう訳か、犬の特性である様々な様相が見えてこない。

そう、そういうタイプの人間もいるにはいる。

それはまさに、ヒト科ヒト属。

つまりは、前世においてもヒト、であった、そのヒト的動物性を色濃く宿した輩。

そうか、こいつはヒト系の人であったのか。

そう、良い意味でも悪い意味でも、このヒト科ヒト属こそが、霊長類の頂点にある、
森羅万象全世全能的な霊長類の主である。

猿の知恵と犬の躍動と、そして、牛の愚純と豚の浅ましさを併せ持った、
そしてその動物相的な性癖を、時と場合によって次々と変幻自在に操る、
まさにそう、俗に言う、ポピュラリスト、という奴。

その見るからに大公的な余裕に満ち溢れた表情の中に、
俺のこの隠すに隠せない犬的な性向を瞬時に見て取っては、
はいはいはいとおやつを翳して頭を撫でて、と猛獣使いを演じながら、
その見て取れぬ表情の中に、一種不可解な謎を秘めた、その複雑怪奇な人格とやらに、
一種底知れぬ不安を感じていなかった、と言えば嘘になる。

ただそう、俺は犬、そして、猟犬の血筋に貫かれた、生まれながらのハンターである。

その優れた嗅覚と、そして、抑えるに抑えきれない躍動性を以って、
先をも知れぬ薮の底に向けて突進を繰り返す、そんなバカ犬の血が騒ぐ、
そんな輩である。

そんなバカ犬の血が、目の前の御仁の持つ、この一種不可思議な無機性の中に、
おもしれえ、と思ってしまった、というのが真相であろう。








そう、俺の中の犬、その犬性の中において、
時として陥ることになる、このあまりにも馬鹿げた罠。

罠を罠と知って、みすみすとその罠の渦中に、自ら率先して踊り込んでしまう、
そんなバカ犬的性向に、これまでどれほど手痛い仕打ちを受けてきたことか。

俺というバカ犬は、道を避ける、ということをしない。

前から来る、見るからにタチの悪そうな集団、
素知らぬ顔をしながらも、その中央を、思い切り顎を上げて突っ切って見せる、
そんな悪戯心を性癖的に抱えたバカ犬一代男。

気に入らない奴には矢庭に吠え掛かり、前を行く邪魔者には、
その脇をすり抜ける、なんていうちょこざいな芸当など思いもせず、
おい、どけ、とその後ろから突き飛ばしては、
ばかやろう、気をつけろ、と舌打ちを響かせる、
そんな宿命を抱えたこの馬鹿犬のバカ犬的バカ犬性。






そんなバカ犬的無鉄砲さの中、意気揚々と顎を上げては満面に笑みを讃え、
さあ、次なる獲物、がっぽり稼いでやろうじゃねえか。

さあこちらへどうぞ、と通されたその会議室。
前述の、ヒト科ヒト属のポピュラリストの仕切るその顔見せ会議。

そこに並んだ面々。

この痩せ細った体系も、つるんとした柔肌も、
その見るからに無難且つ繊細なファッションセンス。
会議中は黙して語らず、まさに、借りてきた猫、そのもの、でありながら、
その陰気に伏せたその表情の、その視線で周囲を伺いながら、
あまりにも直線的且つ

それはまさにしなやかなハンター。
それも、この世で最も狡猾で、執拗で、敏速な野獣。
でありながら、俺のこの犬的な嗅覚が、
そこに見るある種の異形成。

そのあまりにの線の細さ。そのあまりの繊細さ。
そのあまりの弱々しさ。

つまりこいつら、猫男?
それも、なめ猫に象徴される、満月の晩に裏の空き地で秘密の大集会、
あの、摩訶不思議な社会性を持ちえたどら猫たちではない。

つまりは、家に生まれ家に育ちそしてたった一人、
その白い個室の中で充足足り得る、
つまりは、家猫:イエネコ、と言われる種族。

そこには野獣性の人かけらもなく、
ペットとして生まれペットとして育てられた、
その純粋培養された筋金入りのペットたち。

彼らのその紛れもない猫性の中に見たのは、
その飼主であるところの、母親、
その気まぐれな絶対君主であるところの母親の、
そのあまりにも濃厚な影であった。






という訳で、一世一代の大仕事と喜び勇んだ末のこの大いなる肩透かし。

猿、あるいは、牛、あるいは、ラクダ、だったらいざ知らず、
この猫男たち。

それも、密室の中でペットとして純粋培養されたイエネコという畏敬の種。

その行動はまさに、そう、あの恋して止まなかったネコ娘たちの行動様式そのもの。

呼んでも来ない。呼ばないのに勝手に互いにじゃれついては、
手を出した途端に途端に脱走を図るか、
あるいは、そう、そんな迂闊に差し出された手に、魂心の猫パンチを繰り出す、
その瞬間を虎視眈々と待ち続けている、そんな不穏さに満ち満ちている。
そんな気まぐれな、おしゃれでスマートな家猫たち。
そんな狡猾なペットたちは、
しかしこの俺、まさに犬の中の犬である俺には、
なにがあっても、決して近づいてこない、視線さえも合わせない。

彼らは拘束にストレスを感じない。
彼らは恫喝に屈しない代わりに、
何も言わなければなにひとつとしてなにもしない。
あるいは、自分の興味のあること以外、なにひとつとしてなにもしようとはしない。
そしてじっとじっと、ただ空虚なままに、
なにかをひっそりと、そして虎視眈々と待ち続けるのである。






改めて、この犬の中の犬である俺。

あるいはそう、この俺の中の犬性こそは、
昭和という時代、あの我武者羅なまでの高度成長時代の忘れ形見。

そんな俺の中に、今尚刻み込まれている、
こまったステレオタイプ的な、時代遅れのセクハラ的な思い込み。

男は、犬。
そして、女は、猫。

確かにそう、昭和の時代はそうであった筈。

頭脳よりは体力勝負のガテン系の男たちはまさに猟犬、あるいは、闘犬そのもの。
そして辿り着いたオフィスにはそんな浮世の風など露とも知らぬどころか、
そんな浮世のすべてであるところの摩訶不思議にも涼しい顔をした猫系女の子たち。
そのあまりの眩しさに思わず鼻の下を伸ばしては、ちぎれるぐらいに尻尾を振りまくり。

男はどこまでも強く荒々しく、愚順で直情的で直線的な行動主義。
そして女はどこまでも、妖しく狡猾で、しなやかで謎めいた野獣、その化身。

そう、昭和の流儀、あるいは、その根底を支えた男と女のその美学。

あの我武者羅な高度成長を支えたのが、
この猟犬、あるいは闘犬であるべき男と、
そんな男たちが血眼になって追い続けては逃げられ続ける、
この女という魔性。

その滑稽なほどの葛藤、その終わりなき追いかけっここそが、
あの狂気とも思える昭和の狂騒の、その原動力であったのである。

そしていま、この成長を諦めた世代。
欲望の飽和と、行く先を見失った喪失感の中で、
すべての人々が道を見失っては路頭に迷い、
そしてその虚無に満たされた胸の内を吹きすさぶ寂淋感。

目的を、つまりは獲物を失った男たちは、
そのあまりにも漠然とした白い個室、その迷宮の中で居場所を失い、
そして、いつしか、牙を抜かれ爪を剥がされ。

そんな低成長時代、つまりは、欲望の飽和した茫漠の中、
アイデンティティの崩壊と、目的の喪失の時代に、
新たな適応性を見出されたのが、まさにこの家猫、という畏敬の種であったのか。







今更ながらながら、近年のこのパラダイムシフト。

躍進や成長、つまりは、行動を必要としない、この目的を見失った社会の中で、
孤独に強く、感情に希薄で、強くも激しくもない代わりに、柔軟性と逃走に優れた、
この、家猫という種族。

どういう訳か、あるいはまさにそれは必然的なものとして、
その白い牢獄たる簡素で涼やかなオフィスで完璧なペットとして充足することのできる、
この家猫系の男たち。

俗に言う、草食系、あるいは、ゆとり、という時代の生んだ徒花。

そのあまりにも意味不明な行動様式から始まり、
昭和の時代を貫いたあの、猟犬のどら猫たちの追跡のサンバ、
そんなステレオタイプ的美意識の、見事に裏をかく、

この、草食系と言われる猫系の男たちと、
そして、肉食系、と言われる犬系の女たち。

その見事なほどの性倒錯的逆転を体現したおかしな人々が、
いきなり大量発生してしまったのかどうなのか。







という訳で、この猫系の男たち。
男はおしなべて猟犬、あるいは闘犬であるべし、と躾けられた、
この名実ともに犬系男子である俺的には、
まさに、謎めいて、どころか、ただの宇宙人、
あるいは、出来損ない、としか思えない、この摩訶不思議な性的倒錯者たち。

なんだこの、浮世離れしたポヤポヤした面の男たちは、と絶句を繰り返しながらも、

そう、俺は犬。まさに、犬の中の犬である俺。

そんなこましゃくれた家猫など、一瞬の好きに飛びかかっては食いついて、
そのしなやかな身体をボロ雑巾のように振り回しては、
好き勝手におもちゃにしてしまえば良いだけの話。

そう単純に割り切っていたその俺に、
いきなり吐き出されたこの運命の言葉。

前述した、ヒト科ヒト属。
この、ある時はイヌ、ある時は牛、ある時は猿であり、豚であり、ラクダであるところの、
典型的なポピュラリストであるところのこのヒト、という動物相の御仁。

という訳で、のご挨拶の席で言い放たれたこの運命の言葉、

え?なんだって?

この人達、つまりは、どいつもこいつも、摩訶不思議な宇宙人面した、
軟弱系絵に描いたような草食男子の権化、その典型たる家猫たちが、
よりによって、俺の部下でも、パートナーでも、兵隊でもなく、
つまりは、上司、つまりは・・・ 
この猫人間達が、お客様、イコール、神様、なのか?








改めて、この猫系男子たち。

俺の雇い主、つまりはステークホルダーたる、今回のこのプロジェクトの主、
ぶっちゃけ、スポンサーであるところのお客様は神様です、の方々。

このおしなべて、判で押したような家猫男たち。
成長無き大企業という限りなく官僚化したこの巨大集団の中で、
妙なところで完璧な適正を見出されたこの新しき異系たち。

ただ腐っても猫系である以上、やることはあのメス猫たちと一緒。

つまりは、追えば怯えて逃げまくり、距離を置けばツムジを曲げて文句を並べ、
呼んでも来ないが、呼ばないと苦情になって返ってくる。
なにからなにまで徹底的にすれ違う、そんな悪循環ばかりの日々。

こいつら、もしかしてパラノイア?とまで勘ぐってしまう、
そんな意味不明な家猫系の男たち。

どうして、どうしてなんだ、どうしてこの会社には、猫男ばかり、
猫しかいない、そんな会社があって良いものなのか。

という訳で、そんな猫屋敷に迷い込んでしまった犬男。
なにからなにまでがから周りにから周りを繰り返している訳で、
この日々の徒労感、まさに半端ではない。

まあこんな一流企業にお努めなのだから、バカではないのだろうが、
そう、このキャラ、この、見事なほどの猫男ぶり。

その警戒心の塊りのような怯えた目つきから、
なにからなにまで、逆さま言葉を繰り返すへその曲がり方から、
その見るからに社交性やらコミュニケーション能力の欠如した、
徹底的に合理性と論理性を無視した気分次第のご要求の数々。

いやはや、まさに、間違った場所に足を踏み入れてしまった、
その冷や汗ばかりに塗れきったこの七転八倒の日々。






そして改めて思い知った、この21世紀。
グローバリゼいしょん。
インターネットを通じて、いきなり世界が、地球が、一挙につながってしまった、
この、あまりにも漠然した仁義なき砂漠。

その中にあって、白い密室、その個室の中に充足、つまりは世界を見る、
この家猫というミュータント。

四十を過ぎて未だに、その姿のそこかしこに、
ペットとして育てられた、その飼主たる母親の畏敬をこれでもかと纏わりつかせた、
このしなやかで上品で、そして徹底的なまでに意味不明な家猫的な中年男たち。

そんな猫男たちの中にあって、この犬男。
がしかし、この現代社会。

成長も目的も見失ったグローバリゼイションという砂漠の中にあって、
牙も爪も抜かれたこの迷い犬こそは、
まさに、捕らえられた子ネズミ、そのもの。

小突き回され、弄ばれ、決死の脱走を図るたびに、
あとちょっと、のところで、尻尾の先を捕らえられては、
ほらよ、とその残酷なリングの中央に投げ返される、
そうやって、死ぬまで弄ばれるだけ弄ばれるばかりの、
この幼気な老犬、ならぬ、そう、囚われの子ネズミ、そのもの。

おいおい、である。
まさしく、おいおいおい。

その絶望的なため息の果てに仰ぎ見る、
この、白壁に囲まれた、シンプルでおしゃれで涼やかな、
このオフィス、という牢獄。

家猫、ならぬ、化け猫と化した、この弱々しくも残忍なペットたちに囲まれて、
俺は今日も今日とて、生かさず殺さず、
好き放題に弄ばれ、痛ぶられるばかり。

窮鼠猫を噛む、その瞬間が果たして起こりうるのだろうか、
その絶望的な葛藤の中で、この現代社会、
グローバリゼイションという砂漠のど真ん中で、
目的を見失ったまま、白い密室の中で絶望的な葛藤を続けるばかり。

そんな憐れな囚われの小ネズミ、
その唯一の脱出の機会となるべきものは、

まさにこの密室、つまりは、白い壁そのものが倒壊を告げるその瞬間。

家を失った家猫が路頭に迷う、その瞬間こそが、最後に残された唯一のチャンスと、
そう思わざるを得ない、そんな幻想が心を過る時、

いま世界を覆うこの不穏な終末願望の、その根源が、透けて見える、
そういう気もしているのである。










とまあ、この不毛な犬猫論。
結果的にただの愚痴になってしまったこの駄文の山。

これで終わってしまってはさすがにちょっとつまらない。

という訳で、

最後の最後に、我らがベビーメタル、
あの三姫を、改めてこの、動物相的な見地から省みてみれば・・・

改めて言うまでもなく、
すぅちゃん、はもう、徹底的なぐらいにまで猫系。

あの、まさに、黒豹を思わせる強烈な視線から、
そして、噂に聞いたあの摩訶不思議な行動様式から、
すべてがすべて、猫、ねこ、ネコ。

そして、そんなすぅちゃんを遥かにぶっちぎりるぐらいにまで、
完璧なまでに猫系であるところのユイちゃん。

でありながら、最愛ちゃんにはどういう訳か触手が動かないのは、
あの最愛ちゃんだけが、三姫の中で唯一の犬系に他ならず。

そしてそう、そんな三姫を、血眼になって追い回す俺たち、メイト、こそが、
まさに、猟犬、あるいは、闘犬、として育てられた、昭和の犬たち、
その典型的なまでの、バカ犬ぶり。

ステージという高台の上、
その高嶺の極みにあって、
これでもか、とそのしなやかな身を躍らせる化け猫、
ならぬ、黒豹の如き姫様:すぅめたる、と、
その妹分、可愛いさ一杯のキティーちゃん、つまりは、ユイめたる、

そして、そんなどら猫姫たちを、固い固いガードで守り続ける、
番犬、ならぬ、ラブラブ・ハッピーなマスコット・パピー。

ベビーメタルにおける動物相。

唯一絶対たる、孤高の黒豹すぅめたると、
その忠実なるクローンであるところのユイメタル。

そして、そんな姫君に怒涛のような狂騒を繰り広げる駄犬の群れ、
そんな駄犬たちの象徴的な守り神に君臨する最愛メタル。

すぅは天を仰ぎ、ユイはそんあすぅを見つめ続け、
そして、最愛は、外界の犬どもの象徴的な存在。

ベビーメタルのこの妙な三角関係も、
その唯一絶対たる多様性の現れなのであろう。

という訳で、この駄犬の中の駄犬であるところの120%の犬人間。
俺の中にあるこの止むに止まれぬ犬性こそが、
120%完璧なまでの猫性の権化たるすぅめたるに魅了し尽くされる、
その理由。

すぅめたるは、メギツネに非ず。黒豹なり。

つまるところ、すべての男は犬、そして、女は、猫。

そしていま、ベビーメタルを支えるこの忠実な下僕たち。

砂煙の立ち昇る駄犬たちの狂騒の上、
高嶺のステージに咲く唯一絶対の黒豹の化身たるすぅめたる。
この永遠の片思いの構図の中に、
遥か昭和を支えた、男は犬、女は猫、
その象徴的な縮図を見る思いがするのである。








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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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