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ベビーメタルと過ごした一年 ~ 人類はベビーメタルにどんな夢を託すのか

Posted by 高見鈴虫 on 02.2017 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments

そろそろ、ベビーメタルという存在を知って一年になろうとしている。

あの全米のお茶の間にいきなり転がりだしたこのあまりに鮮烈な姿。

THE LATE SHOW with Stephen Colbert
-> BABYMETAL 正直ぶっ飛んだ!





ベビーメタルの、このTHE LATE SHOWにおけるあまりにも衝撃的な映像。

僅か四分間にも満たないこの空前絶後の一撃によって、
魂のすべて、人生そのものを、完全に丸々、見事に持って行かれた、
そんな一年であった、まさにこのベビーメタル狂騒曲。

改めてこの一年、寝ても冷めてもベビーメタル、それ一色、そればかり。
以来、夜も寝ずに書き綴り続けてきたこの糞ブログであったのだが、
ここに来て、その弊害が、あるいは、恩恵なのか、
ベビーメタルの夢からふと目覚めた時、
その目の前に広がっていた、あまりにも無残な残骸的世界。

この一年、世に例えなにがあろうと、この身になにが起ころうとも
問答無用に心に満ち満ちたこのベビーメタル的充足感。

そう、俺的には、ベビーメタルが居てくれれたらそれでいい、
ベビーメタル以外になにが必要か、とばかりに、
そんな浮世の社会生活、
オフィスモンキーと、パラノイア的家猫連中に翻弄されるこの社会生活も、
手鼻一つで吹き飛ばしてはせせら笑い。

まったく可愛そうな奴らだ。
このお猿さんも、どら猫ちゃんも、
無我夢中になってがっついて、、というよりはむしろ、
火事場泥棒よろしく、この沈没寸前の巨船の底から、
あるものないものを掠め取ろうと断末魔。

そのあまりにも見苦しい様。
思わず肩をすくめてはこれ以上無い辟易の苦笑いを浮かべては、
そのあまりにも見失った人々の見失った狂騒曲。

ただな、そう、俺は知っている、
そんな断末魔のパニック発作の中で、
闇雲に逃げ惑うばかりの憐れな子ネズミどもが、
一度:ひとたび、このベビーメタルの御ん姿。
あの、強烈な洗礼を浴びた途端、
すべてがすべて、一瞬のうちに吹き飛んでは、
空っぽになった身体の真ん中に、
ほんのりと宿る恋という名の小さな灯火:ともしび。

その可憐な炎、
遠い昔に忘れ去っていたはずの、あの甘く酸っぱい恋の思い出が、
日を追うごとに燃え広がっては立ち上り、
そしてみるみると、その身体の芯を、そして魂そのものを、
赤い業火の中に焼き尽くしていく。

そう、俺はベビーメタルを知って生き返ったのである。

ベビーメタル、このあまりにも強烈なラブラブ光線の前に、
この老いた古き躯が一撃で吹き飛ばされ、焼き付くされ、
燃え粕ひとつ残らぬ、一塵の灰となって消えた肉体のその向こう、
その魂の真髄。その心のコアの、最も大切な何かが、
その珠玉の一粒だけが、ベビーメタルの輝きを照らして、
凛として輝いている様を知ったのである。


という訳で、いまだ煩悩の業火の中を、
火事場泥棒宜しく無様な争奪戦を繰り返す地獄の餓鬼たち。

そう、あんたたちのその苦悩は、葛藤は、その
結局はすべて、無駄。
使いもしない、持っていてもなんの特にもならない、
そんな瓦礫をかき集めるだけかき集めては、
ゴミに埋まった小屋敷に埋もれて窒息寸前の、
その程度のものに過ぎないんだぜ。

目覚めよ、人類。ベビーメタルと共に!

その強烈なラブラブ・パワーの前に、
燃えつくされ、萌えつくされ、
そして、何もかもを吹き飛ばされては焼き尽くされた末に、
最後に残った、魂の一滴。

それこそが、あなたの最も大切だったもの。
それ以外には、なにも要らないはずの、
あなたの存在のコア、そのもの。

解脱せよ、人類。
ベビーメタルの中に、心のコアを見つけ出すのだ。



そんな達観の元に、鼻で笑っていた筈の、
このリアル社会における七転八倒の茶番劇。

どいつもこいつも、ご苦労さんとばかりの、
このニューヨーク無責任野郎。

だってさ、ベビーメタルを聴いて見ろよ。
あの三姫の輝きの中にあっては、
この世にあるものなど、すべて瓦礫、すべてが残骸。

改めてこの地獄の業火のその根源、
つまりは燃料となるものとは、

つまりは、金。
あるいは、欲、と見間違えたただの見栄、
あるいはそう、そんなことにさえも気づけ無い、
ただの断末魔のパニック発作的な恐慌状態。

その苦悩も葛藤もそして欲望も、あのベビーメタルの映像を前に、
すべてがすべて、まるで金魚鉢から覗いた世界。

ベビーメタルの流れる世界のこの一種絶対的なまでの至福感の中、
問答無用なまでに勝手に幸せいっぱいとすべてをスルーしてしまう、
まったく自分でも不思議なぐらいのこの清涼感、そのあまりの現実感のなさ。

目の前の現実と、そして耳の奥から脳髄に響き渡るベビーメタル、
そのあまりの隔絶の中にある、この一種グロテスクな程の不均衡。
そのあまりのバランスの悪さに、一種不気味なほどの確信を込めて、
この先の破滅、その予感を感じ取ってはいたのであるが・・・

そんな訳で、ここに来て、一挙に、それも青天の霹靂とばかりに、
一瞬のうちに巻き込まれた、まさに茶番の中の茶番的なスラップ・スティック。

かみさんの言うところ、
ベビーメタルなんぞにうつつを抜かしているからこのザマだ、

というところの、
はいはい、そろそろまたまた、ニュー・アドベンチャー、という奴で・笑


まあそう、ものは考えよう。
人生色々あった方が面白いじゃない?
毎日毎日、地蔵のように同じところで同じように座っているだけ、
そんな人生も人生ならば、
-> 鼻くそで描いた絵
七転八倒、七転び八起き。
飛んで落ちて沈んで浮かんで、
そんな破茶目茶奇々怪々の冒険活劇の方が、
ずっとずっと面白いはず、そうじゃないのか?

そう、なにを失うわけでもないし、
なにを失ったからといって、それですべてが終わる訳でもない。

人生にとって必要なものは、この一粒の鼻くそ、ならぬ真珠の玉。
ベビーメタルに気付かされた、この魂の一滴、
それだけで十分、そのはずじゃなかったのか?

という訳で、

このいきなり突き落とされた絶体絶命のどツボの底。
でありながら、
どうしたわけか、このあまりの能天気。

だってさ、と思わず。

正直言って俺、この周りにあるもの、
古本の山から、CDライブラリーから、
家具から小物から思い出の品々も、
そのすべてを失ったからと言って、
別になにも、
ため息のひとつもつけば、それで諦めてしまえる、
それぐらいのものに過ぎない、
正直そう思っても居るわけで。

そう、俺にとって必要なもの、
この犬と、かみさんと、そしてベビーメタル。

それ以外になにが必要だ?

という訳で、この断末魔の中、
周囲からここぞとばかりにお悔やみを言われながら、
妙にご機嫌でへらへらと笑いを浮かべてばかり居る俺。

まあそう、どうにかなるさ。

そう言えば、東京ドームのデロリアン、
あれ、まだ届かないのかな?

なんてことばかりに気をやりながら、
今日も今日とて、薄ら笑いを浮かべながら、
せっせと自分史の改竄に余念のない日々。

ただ、改めて見渡したこの限りなく不愉快な現実社会。

つまりは、ベビーメタルのいない世界。
地獄の業火を逃げ惑いながら、
行く先を失ったまま、闇雲な葛藤を続けるこの無益な悶着の日々。

グローバリゼイションという、人種の坩堝はおろか、
いまやサファリパークと化したこの怒涛の仮想的茶番劇の中で、
世界はいったい、どこに向かっているのか。

そして改めて、ベビーメタル。

あの遥か高嶺のステージの上から、
怒涛の断末魔に荒れ狂う餓鬼の群れのような人々を見下ろしながら、
その暗黒の宙に浮かぶ唯一絶対の閃光のトライアングル。
その凛として冴え渡る鮮烈精錬なるベビーメタルの姿に
この汚濁の底の人類は、
いったいどんな夢を、希望を、そして救いの道を、
託すことになるのか・・・・












という訳で、改めて、このベビーメタルのいない世界。
今更ながら、まったくどうしようもない世の中だよな。

ただそう、信じられないことに、
実は我らがベビーメタルも、
そんな世の中のひとうの構成要素。

歌は世に連れ、世は歌に連れ、と言いながら、
このあまりに醜悪な世界と、
それに真っ向から戦いを挑む、
このベビーメタルという鮮烈な存在。

いまや、アイドルというよりは、
一種、救世主的な存在にさえ思えてくる、
ベビーメタルという象徴的な存在の中に、
いったいこの迷える餓鬼の群れは、
どんな象徴を見ているのだろう。

ベビーメタル、
その清らかな閃光のトライアングル。
その凛と冴え渡った存在の中に、
人々は、この世の掃き溜めに舞い降りた一羽の鶴、
瓦礫の山に射した、一条の光、
そんなものを感じているのではないのだろうか。

ただそう、その刹那的なまでの純潔への渇望は、
時として、思わぬ方向に、群衆を導いていく、
そんな狡猾な罠も、俺達は嘗て見知っていたはずである。

その甘く妖しく、そして抗いきれぬほどに鮮烈な、純潔への願望。

そしてあの一種刹那的なまでに鮮烈なベビーメタルの姿の中に、

ともすれば、例えばファシズムの嵐の中に輝いた純潔の美学。
あの純真無垢を具現化した、
ヒトラー・ユーゲントたちの、
あの恐れるものもない、
目に眩しいばかりの晴れ晴れしい笑顔。

あるいはベビーメタル、
あの、神々しいばかりに圧倒的なパワーを前に、
思わずそこに太古日本の美の体現、
天照大神神のご降臨の姿を垣間見る、
そのあまりにも壮大な夢物語。
その幽玄の美への誘い。

あるいは、この汚濁的世界の底の底、
いま世界を席巻する自国主義、
その、あまりにも危険なエスノセントリックな狂騒の中で、
それと真っ向から立ち向かう、
超絶カワイイの完璧ラブラブ・パワー。
全人種全人類が、うろ覚えの日本語で声を合わせては我を忘れて踊り狂う、
そんなベビーメタルのステージに、
全人類をその愛で満たす唯一絶対のTHE ONE。
国境も宗教も人種も越えて、
カワイイの前に御託は無用、
その問答無用全世界共通の美のパワーを前に、
人類平和共存の見果てぬ夢を託す、
このベビーメタルにその象徴的な姿を見る、

そんな人々もいる筈である。

そして果たして、
このベビーメタルという存在に、
人類はどんな夢を託して行くことになるのか。

そんな由無し事に妄想を駆け巡らせながら、
改めてこの一年、俺自身、このベビーメタルの中に、
いったいなにを見ていたのか。

それを極個人的な見解の中で、半端な自己総括なんてものをくれてみれば、

そこには多分、それはもしかしたら、
かみさんからご指摘頂いた通り、
この目の前の現実からの逃避力。

つまりは、この殺伐罰バツ、
砂を噛むばかりの日々の中で、
思わず誘い込まれた仮想現実。
ベビーメタル的ラブラブ・カワイイ的世界と、
その対極にあたるところの、
この目の前の、
糞おもしろくもない汚濁と不愉快の塊りのような現実社会、
つまりは、銭と見栄と、そして、得も言えぬ不安感の中でのパニック発作、
走り続けることを辞めた時点ですべてが一挙に瓦礫と化す、
そんな悪夢に追われ続けるばかりの、
この資本主義社会というシステムそのものに対する根源的な恐怖。

その末期的な恐怖に包まれた悪夢の未来世界の中において、
唯一絶対の逃避力であったところのベビーメタル。

あのベビーメタルの姿に、どれだけ流れた知れぬ涙のその理由。

そしてこのベビーメタルを包む、熱狂と、偏愛と、そして、そこに託す夢、その真理とは。

ぶっちゃけそれって、達成感、なんだよね、つまるところ。

つまりはそう、現代社会において、最も渇望されるものとは、
つまりは、ベビーメタルが体現し続けた、あの得も言えぬ甘い甘い熱狂、
その根本にあるものは、
破滅でも、終末願望でも、
宗教でも、オカルトでも、SMでもなく、
ごくごく、人間として当たり前田に健康的な、
達成感というカタルシス、
それを共有する、ちょっとこそばゆい親和性、
ではなかったのか、と。

そしていま改めてこの一年、
そんなベビーメタルへの熱狂の中に至った反面教師的な意味で、

果たして人類は、なぜ、これほどまでに、
達成感という至福から、
そしてそれを共有する、親和感、という
ごく当たり前である筈の感情から、
なぜこうまでも徹底的に隔絶されてしまったのであろうか。

そしていま、
この全世界を覆う不穏なファシズムの潮流の中で、
そのあまりにも安易な、そして安易であるがゆえにあまりにも危険な、
政治的熱狂というカタルシス。

プライドを見失ってしまった人間たちは、
その惨めな現状を忘れさせてくれる、ありとあらゆる肯定的な材料に、
一も二もなく飛びつく、その愚かな罠に自ら率先して誘い込まれていく。
それがいかに、安っぽい、それがいかに短絡的な、
それがいかに、危険なものであったとしても、
現実というその惨めな焦燥感から逃れる為に、
プライドを失ってしまった人々は、そのありとあらゆる誘惑に、
自ら率先して騙されようとするのである。

そして中流層にまで蔓延を始めたドラッグ、
そしてすっかり商業的売り物と化してしまったセックス、
そして、なにもかもが茶番的残骸と化したロックンロール。

その夢も希望もない瓦礫の山の中に、
改めて、息を吹きかえした、ファシズムという甘い誘惑。

敢えて言うまでもない、
ブレキジット、そして寅ンプショック、
そして、誤解を恐れずに言わせて頂ければ、
近年のこの日本におけるネトネト旋風。

そんな下流志向的な世の中にあって、
まるで滝壺に落ちることを自ら望むように、
怒涛のように世界そのものが、
一つの大きな自堕落的反知性の激流の中に飲み込まれようとしている。

そしていま、改めてそんな現実の中に、
まるで救世主のように出現したベビーメタルという閃光。

その一切の社会性、そして、現実味を拭い去った仮想現実的なおキツネ様的な世界が、
この先、いったいどんな展開を、
そして、そんな救世主的な存在にまで祀り上げられてしまった、
このカワイイ・ラブラブパワーの女の子たちを、
この邪悪な時代の潮流は、
いったいどんな方向に、押し流して行くのだろうか。

そんな思いを通わせながら、
思いつくまでにベビーメタルへの愛を綴り続けたこの一年間。

すぅメタルはヤクザの親分だ、から始まって、
八岐大蛇の化身、
あるいは、ファシズムのアイドル、
あるいは、天照大神の生まれ変わり、

その甘い幻想の、その全てを託しながら、
改めて問いただした俺自身。

そうか、ベビーメタルに求めていたもの、
つまりは、俺自身が一番渇望していたものとは、
つまりは、達成感、そして、その達成を共感できる、
あの一種壮絶なほどに感動的な親和感。

そしてその、達成感と、そして親和感こそが、
つまりは俺、そしてこの現代社会、
そこからすっぽりと欠落していたもの、
そのものではなかったのか。

そう思った時、
あれから一年の歳月の中で、
この我と我が身を顧みながら、
一種そこに、ちょっとした殺伐を見た、
そんな思いがしたのである。



という訳で、いやはや、
まあ、身から出た錆とは言うものの、
改めてこの渡る世間の荒波、
その波間をあっぷあっぷと泳ぎ渡る、
そのあまりの面倒臭さ。

とまあ、実はそんな理由があって、
このところ、ちょっと、ベビーメタルから離れていた。

まあそう、いきなり現実に水をぶっかけられた、
ということか、
あるいは、もしかして、来たる全米ツアーを前に、
ちょっと浮気な一休み。

正直なところ、ここに来てようやく、
この一年間を徹底的に呪縛され続けた、
ベビーメタルのあの強烈な磁力から解放された、
そんな気もしていたのは事実である。

そして改めて舞い戻ってみたベビーメタルのいない世界。

久々に聴いたローリング・ストーンズ。
そのあまりの、スカスカ感。
そのあまりの、ド下手ぶりに、思わず大笑い。
そして、そのあまりの未完成さの中に、
この雁字搦めの管理社会における、
一種爽快なほどの解放感、
一抹の救いを感じていた、
それこそがストーンズの魅力であったことに、
唐突に気がついた。

そしてジャズ。
嘗ては、生活の中の四六時中、
まるで空気のように流れていたあのジャズという音楽。
改めて、このジャズという音楽のその目的とはなんなのか。
それはつまりは、雰囲気。
つまりは、匂い、あるいは実態のないエーテルのようなもの、
それに過ぎなかったのではないのか、
と思いついた。

そして実は、嘗て綴ったあのユーミンの系譜、という駄文。
-> 春よ来い、春の恋 ~ ユーミンの蓄膿児童唱歌の系譜に、中元すず香の根源を探る

あの糞駄文の後半部分で行き着いた、MY LITTLE LOVER。

どういう訳かあれ以来、どうういう訳かかの、MY LITTLE LOVERが聴きたくてならず、
思わず、AMAZON、そして、EBAY なんてものを覗いてみたら、
なんとなんと、このマイラバが、ここアメリカのアマゾンに、思いもよらぬ破格値で大安売り。

改めてこのグローバリゼイションの妙技に舌を撒くことになったのだが、
このベビーメタルのいない世界。

その隙間にするりと入り込んで来た
この俄かなマイラバのマイブーム。

EVERGREENのその衝撃的なデビューから、
ビートルズで言わせるところのリボルバー的な革新作・PRESENTSを経て、
NEW ADVENTUREという壮大な恋の物語の末に辿り着いた、
TOPICS という、金字塔。

AKKOの、というよりは、
敢えて言わせて頂ければ、
小林武史というこの不出世のポップスの鬼神、
その美学の集大成ともなった、
このマイラバというイニシエのポップバンド。

その軌跡の中に、改めて、ベビーメタルの歌姫、すぅめたるとの共通点である、少女の純情という美学に想いを馳せながら
それと同時に、マイラバ、そしてAKKOと小林武史の至った、その一種辛辣なまでに壮絶な物語を辿りながら、
音楽というものに生涯を捧げた人々の、
この魂の張り裂けんばかりの珠玉の名作たち。
今となっては廃価版コーナーにおいても誰からも見向きもされなくなった、
その珠玉の名曲の中に、時流というものの残酷さを感じながらも、
それと同時に、
流れる時の中で、しかし今もって輝きを失わない、
この音楽というものの根源的なパワーに、
ひたすらに感じ入るばかり、なのである。



これまで、良い意味でも悪い意味でも鎖国状態にあった日本の音楽界。
その閉ざされたガラパゴスの中で熟成に熟成を重ねた珠玉の名作たち。

嘗ての、坂本九の「上を向いて歩こう」から、
そして、サディスティック・ミカ・バンドが、
そして、バウワウが、そして、ラウドネスが、
そして、YMOが、そして坂本龍一が、
そして、マイラバが、そして、ピチカート・ファイヴが、

世界の音楽界のその片鱗に、
ちょっと毛色の変わった清涼感を齎した、
そんな出来事があったかなかったか。

そしていま、このインターネットという新たなる潮流に乗って飛び出した、
アイドル、と、そして、スラッシュ・メタルの奇妙な融合たる、
ベビーメタルという徒花。

このベビーメタルが、今まで通り、東洋のガラパゴスからの、
ちょっと毛色の違った清涼剤として終わってしまうのか、
あるいは、
世界人類の夢を乗せて、世界征服、とまでは行かなくても、
そこに一種、日本というガラパゴス的な物珍しさ、
その鎖国密室的なキャビン・フィーバー的な美学を超越した、
全人類共有の、アイドルという象徴に成りうるのか。

東京ドームという、ガラパゴス大国の頂点を経て、
いま、世界を相手に、本気で本気の勝負を挑むベビーメタル。
この珠玉の三姫たち。

果たして世界の人々は、このベビーメタルにいったいどんな夢を見るのか。
どんな夢を託し、そしてそこに、いったい何を見つけることになるのか。

そして改めて、俺の心からの、この反面教師的な戯言を綴らせて頂ければ、

ベビーメタルのその魅力、その、真理とは、
実は、演奏力でも、見かけの可愛さでも、ファッションでも、技術でも、ない。

俺がベビーメタルに託した、その夢は、達成感、
そこから導き出される親和感なのである。

ひとつひとつのステージにおいて、
ベビーメタルが必ず体現してくれた一つの美学。

達成感。
それを共有する壮大な親和感の中で、
人々はそこに明らかな、プライドを感じたのである。

と言う訳で、相変わらずの老婆心ながら、
ベビーメタル、姫君たち、
長いツアーの中で、ともすると、
音楽に対する情熱、
あるいは、その理由を見失う、
そんなこともあるかもしれない。

ただ、忘れて欲しくない。

俺はベビーメタルに、達成感、
その、すべての人類、すべての社会に共通する、
ひとつの、そして、そこに明らかに、
ベビーメタルを愛することのプライド、
その夢を託していたこと、
改めて、申し上げる次第である。

そのすべてのステージにおいて、
必ずひとつひとつの達成感を成し遂げる、
その難しさ、
その、あまりにも途方もない挑戦の中で、

いや、ベビーメタルであれば、
そして、すぅめたる、ユイめたる、最愛めたるであれば、
それができる。

彼女たちであるから、それが可能なのだ、
それは彼女達にしかできないのだ、
そう思わせてくれる何かが、
このベビーメタルには明らかに存在するのである。

それこそが、ベビーメタルに託す夢、
そのプライドのすべてなのだ。

ベビーメタル、達成して欲しい。
達成し続けて欲しい。

その至る先が、いったいどんな世界であったとしても、
人類はベビーメタルの姿に、失ってしまった夢、
つまりは、その人々のその一つ一つの心の中に、
燃えるに燃え尽きることができずに、
いまなお燻り続ける、
この達成感、というカタルシス。
このプライドというたった一粒の魂の滴。

それを共有するがために、
ベビーメタルに夢を託しているのである。

日々の不毛と、その茶番的なまでの葛藤の中で、
唯一絶対の夢を託せる、
このベビーメタルという存在。

この春先から始まる長いツアーの中で、
彼女たちのその行く末の、
その最も辛辣且つ、最も尊い、
つまり、音楽というものの意味、
ステージに立ち続けることの意味が、
いま試されようとしているのである。

ただそう、それがいったい世界中のどの街であったとしても、
その群衆が、いったい、何人であっても、
そしてそこに集った人々が、
ベビーメタルの姿にいったい何を求めていたとしても、
ステージにおける、最初で最後の美学とは、

達成感、その親和性、そのプライドを体現し、
そして、共有すること、

これをおいて、他にはない。

すべての音楽が失速した理由は、
まさにこの達成感の欠如である。

新しい発見が、いつしかテクニックとなり、それはやがて惰性に代わり、
新しい試みが、いつしかコピーとなり、それが自己コピーと成り果て、
そして人々は、そんな達成感の記憶、それのみを追想するばかりの、
愚順の坩堝の中で辟易し尽しているこの現代社会。

その中で人類が見失ったもの、
魂 つまりは プライドなのだ。

その末期的な嫌世感の中で、
自ら破滅を破滅と知った終末の中に、
怒涛のように流され始めたこの21世紀という魔窟。

ベビーメタルという存在は、
そんな危険な潮流の中、
その潮流の根本ともなった
つまりは、惰性、という罪悪、そのものに、
斬新なアイデアと、
そして、本気の本気という魂を持って、
果敢なる戦いを挑もうとしているいま、
そしてベビーメタル、
そのひとつひとつのステージに、
達成感、親和性を、
その全ての人々に
プライドの尊さを体現できる、
世界で唯一のバンドであるところのこの奇跡の三姫。

その達成力というモチベーションだけは、
なにがあっても忘れて欲しくはない。

そして改めて、冒頭に上げたあの衝撃の映像、
THE LATE SHOW with Stephen Colbert

そこに俺たちは、そして、全米の人々はなにを見たのか。

そのステジオ収録に集まった、
見も知らぬ人々の前、
たった四分間にも満たぬそのドラマを終えた三姫の、その姿。

そこにこそ、全米の人々が見失ってしまった一つのカタルシス、

達成感。

この地球上の津々浦々に生息する人類の中にあって、
必ず存在する、達成感というカタルシス。
ベビーメタルが世界に体現できるのは、
まさに、この達成感の共有、
つまりはプライドの共有という奇跡なのである。

ベビーメタルが、その清き美しい、
人類の根源的な美学を以って、
この荒みに荒みきった現代という社会の汚濁を、
席巻、あるいは石鹸、つまりは、洗い流してくれること、
その壮大な夢を託さずにはいられない。

改めてベビーメタル、
この一年間、本当にありがとう。

そしてそんな夢を託したベビーメタル。

世界の汚濁を石鹸する、その壮大な挑戦はまだ、始まったばかり、なのである。

ベビーメタル、俺は人類を、諦めない。
君たちが居てくれる限り。





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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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