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アメリカにおける情熱と誠実はすべて日曜日の午後で燃え尽きているのである

Posted by 高見鈴虫 on 17.2006 アメリカ爺時事   0 comments   0 trackback
やっぱね、
異文化、って、理解するのなかなか難しい。
ガイドブックとかいくら読んだって、
判らないところは判らない。

けど、しばらくぶらぶらしてるうちに、
なにかのきっかけでそのコアみたいな部分が、
ぐわっとばかりに流れ込んできて、
で、あらあらあら、とまるで雪崩現象、と言った勢いで、
みるみると謎が解けて行く、みたいな、
そんな経験ってあるでしょ?

例えばほら、
インドの雑踏をもまれもまれて歩きながら、
なにからなにまで、不条理不条理不条理の連続、でしょ?
なんで道の真中に牛がいるんだよ。なんでこじきばかりなんだ。
なんでこんなところにうんこが落ちてるんだ。
なんでこのくそ猿は俺に石を投げてくるんだ。
なんでみんな嘘ばかりつくんだ。なんでカレーばっかりなんだ。
なんで目に付くもの全てがことごとく腐ってて臭くて汚くて、
なんだこれは、まるで地獄だって。
正気の人間なら必ずそう思う筈。

でもそれが、例えば、ある日の夕暮れ、
軽くジョイントをきめて、
で、そう言えば、あのあの甘い紅茶が飲みたいな、
ついでに川のあたりまで行って見ようか、
なんて、ふと通りに足を踏み出した途端、
あれあれあれあれ、っと。
いきなり全ての謎がみるみる溶け初めて、
ああ、この電信柱からこの緑の扉からこの赤い粉から、
このお香の匂いからこのシタールの音色からこの空から川の流れから、
ああそういう訳か、判った判った、と。
なんだよ、と。
この街はガンジャを喫わなければ何一つとして理解できなかったって
そういう訳なんだね、と。

或いは日本。

このなにもかもがゴミゴミと密集した脈絡の無い
なにからなにまで拾ってきては取ってつけたような、
統一性も美意識も主張も哲学も、
なにからなにまでなにひとつとして取り付くしまもない、
つまりはゲロのでそうなぐらいにやりきれない町並み、
これは一体全体なんなんだよ、と。
とほとんどの外人はみんな思ってると思うのだが、
満員電車で一時間、
死に物狂いで押しつぶされながら辿り付いた会社では
日がな一日、見猿聞か猿言わ猿で石に徹しきって過ごした
残業明けの10時過ぎ、
裏通りの居酒屋でいい加減、安い焼酎ばかりをがぶ飲みして、
あああああ、こんな人生、もうどうにでもなれ、と啖呵をひと吼え。
ふらつく足で街に踏み出した途端、
いきなり、ふっと風が吹いて、
ワイシャツの下にべったりとかいた汗がすっと冷えてゆく時、
なあんだ、そうか、と。
みんな、これ、これだこれだ、この気分だったんだね、と。
そのひと吹きの風のなかに、
たちどころにその文化のコアみたいなものを理解できる、という訳。
なんだ、この赤提灯も、テレビのダイバクショーも、青い顔したケロヨンも、ホームで寝るおっさんも、泣きじゃくるおねえさんも、ゲロだらけの学生も、
ああそうか、みんなみんなそういう訳だったのか、と。

つまりはそういうこと。

まあ確かに、
よっぱらってホームにゲロ吐いたからって日本は判らないし、
ガンジャがきまったとたんに
インドが全て理解できたつもりになっても困るけど、
でもなんとなく、
そんな理解できた、という気持ち、
あるいは、気づいたような気にさせてくれるきっかけ、
すなわち、好きになった、という感覚。

そんなものが訪れることがまあ旅の喜びでもある訳で。

ってな訳で、おっと前置きが長くなったね。

ここはアメリカ。そうアメリカだよ。

なんだよ、この見渡す限り、徹底的に間の抜けた風景は。
みんなデブばかりで、うすのろでぼんくらでのーたりんで、
誰一人として誰も仕事なんかしないで、
貧乏でほら吹きでいい加減で、どうしよもねえぐーたら野郎と。
そう、アメリカに3ヶ月も居れば骨身にしみてそう思うだろ。

どうしてそうなのかって?なんでアメリカ人ってどいつもこいつもって?
俺にはわかるよ。教えてやるよ。

実は、
ほとんど大抵のアメリカは、
毎週の日曜日の、その一日、厳密にはその午後だけで、
一週間分の情熱から誠実から希望から愛から夢から、
つまりは生きる上での活力のほとんど全てを、
日曜の午後、その半日の間に、
一瞬のうちに燃やし尽くしてしまうのである。

で、はいはい、
そのアメリカ人は、日曜日の午後、いったいどこへ行くか、
教会?
で、ゴスペルでも歌う、って?

馬鹿いっちゃいけない。

答えはフットボールである。
こっちではNFL、日本ではアメフト、と言う。

アメリカのほとんどのまともな成人男子は、
日曜は朝からトランク一杯にビールのケースを積み込み、
チップス、サルサ、に、山のようなファストフード、
ハンバーガーにフライにバッファローウィングに
フライドチキンにナッチョスとピザ、をテレビの前に山と積み上げて、
顔を青く塗る奴、ユニフォームを着る奴、ヘルメット、プロテクター
Dとフェンスのついたて、なんでもありである。
という訳で、
待ちに待った午後一時、第一試合のキックオフ。
この日ばかりはどんなに騒ごうがポリスがやってくることはない。
フットボールの試合で大騒ぎするのは、
この国では由緒正しき健全な社会的行為なのであって、
つまりはポリスも今ごろその体勢、ということだ。

という訳でほったらかされた女たちは、
いったいなにをしてるかと言うと、
やはり思った通りだ、
いきなりの買い物、で、そのあと、
ほったらかされたもの同士集まってレストラン、
女ばかりのテーブルで暴飲暴食。
昼間から酒飲んではあからさまな猥談にはしゃぎまわっては
買ったばかりの服を正札つけたままファッションショー。
ビールだらけケチャップだらけでも気にすること無い。
いいのよ、来週返せば、と。
で、午後の一日を顔中をしわだらけにしてげらげらと笑って過ごす、と。
なに心配はいらない。
男はみんなテレビの前、だれも女のことなんか気にしちゃいない。
化粧さえしない女もいる。
パジャマでメイシーズに来たってだれも気にしやしないって。

そうこうするうちに4時。第二試合の開始。
そのころにはほとんど腹一杯、ビール飲み過ぎ、タバコ吸いすぎ。
誰かが持ち出したハッパに嵌ってジミヘンがんがん。
挙句に昼間から蝋燭とか立てちゃって、
テレビのフットボールはまるで未来世界、
そうかと思うとでろでろに酔っ払ったまま
外の通りでキャッチボールとか始めちゃって、
大暴投の末にガラスは割る、車はぶつけるの大騒ぎ。

という訳で日曜の夜。
妙に静まり返った夕食の食卓。
メニューはもちろん昼間の残り。
冷えたピザと固まったバーガーとべちゃべちゃのチキン。
でもなぜかみんな満足げ。

テレビではサンデーナイトフットボール。
だれもが見るともなしにテレビを見てる。
あ、っちぇ、インターセプト。
なにいまの。反則じゃないの。
いや、いいんだよ、ファンブルだから。
でもボール取ったでしょ。
だから、ひざついてないから、ファンブルなんだよ。
ちっとも判らないわ。

判ってもらわなくても結構。否、判ってもらっては困る。

という訳でアメリカ。

あああああああああああ、明日からまた仕事だよ、と。
思い切り腐りまくって、ああ、もう死んでしまいたい、
と誰もが思う月曜の朝、

いや、まてよ、と思い返す。

そうだ、今日の夜、マンデーナイト・フットボールで、
ピッツバーグ・スティーラーズとインディアナポリス・コルツの一騎打ち。
おおおおお、ビッグベンとペイトンかあ、これはこれは、早く帰らねば、と。

アメリカ人に自殺を思いとどまらせる第一の理由は、
という問いに、まじめな顔して、
マンデーナイト・フットボール、と答えていたおっさん、
あんたの気持ちが痛いほど判る今日この頃。

ああ、ジェッツがまた負けたぜ・・・
死んでしまおうか・・あるいは、今週末まで待ってみようか・・



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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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