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ベビーメタルのマジックハンド ~ すぅめたるの右手の魔力について

Posted by 高見鈴虫 on 15.2017 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
あのさ、いきなりだが、俺は左の人、なのである。

それはいま流行りの、取ってつけたような、右だ左だ、
なんていう知恵足らず的な話ではぜんぜんなく、
つまりは、そう、俺は物理的に、左側の人、なのである。

そう、俺は左側の人
それはつまりは、人と並んで歩く時の、その立ち位置、の話、である。

どういう訳だか、いつの頃からか、俺は決まって左側である。

その立ち位置がしっくり行かない場合、
その対人との関係も、いつしかぎくしゃくとしたものにならざるを得ない。

今更ながら、なぜ、俺は左側の人であるのか。

ものの本によれば、男は右側を、女は左側を、
なんていう定則があるらしい。

つまりは男は利き手である右手をいつもフリーにすることによって、
攻撃能力、あるいは、自身の支配性を保つ、その本能、とかという、
取ってつけたような説明がなされているようだが、
改めて、馬鹿か、と言わせて頂く。

ではかく言う俺が、何故に左の人になりえたのか?

つまりはその右手、そのいちばん大切な右手を持って、
隣人と繋がっていたい、その現れ。

あるいはたぶん、物心ついてから、
いつも、ドラムの機材を肩に下げていたから、
なのではあるまいか。

あるいはこのバックパック全盛の時代、
そのストラップを左側にかけて利き手の右手をフリーにする、
それは当然のことで、そして荷物を背負った側に、
わざわざ相方を歩かせることもない、それも当然のこと。

と、そんな事情から、俺はいつも左側、
ともすれば左側を歩いていないと、どうも世の中がしっくりこない。
下手に右側に立たれたりすれば、
背後を取られたゴルゴ13ではないが、
その妙なアンバランスさの中で、ともすれば隣りの並歩者に、
いきなりの回し蹴り、ではないが、
ついついイライラしては、
おまえ、邪魔だからあっちに行ってろ、となってしまう訳で、
そう、それはなにより、俺が筋金入りの左側の人、であるからに他ならない。



という訳で、長年連れ添ったかみさんは、
そんな俺の困った性癖を熟知していて、
いついかなる時にも、右側、その鉄則は、なにがあっても変わらない。

テレビの前のソファの位置から、寝るポジションから、
そしてなにより、犬を真ん中に挟んでのお散歩のときにも、
俺が左でかみさんが右、その鉄則は決して破られることがない。

のではあるが、
ただ、と、ふと思い起こすまたまた困った性癖。

嘗てドラマーであった俺は、いついかなる時にも、
左手の鍛錬を忘れなかった人である。
ともすれば、左手でも何不自由なく箸が使える、
その特性から、
両手に箸を持っては、交互におかずを摘まむ、
そんなカニのようなこともできる男なのである。

そう言えばテニスにおいても、バックハンドの矯正の為に、
必ず左打ちの練習をするものなのだが、
下手をすれば、スライスなどは左手で打った方が上手く行く、
ともすれば両手ラケット、なんていう、
そんな曲芸めいたことさえもできたかできなかったか、の人である。

つまりそう、俺はいつ何時においても、右利き、と思わせては、
実は左手が中心の人、であったのだ。

最近になっては、犬のボール投げの有効利用を考えては、
左手でボールを投げる、ことを命題としていたことから、
いつの間にか、左手でも十分に長い球が投げられる、
その鍛錬を積み続けていいたのではあるが、
という訳で、もしも俺と喧嘩になった人、
俺のパンチは、必ず左から来る、そのことを忘れない方が良い。

とそんなことを思いながら、
そう、俺が右手で君の手を握ったからと言って、
俺の左手が君を守れないなんて、そんなことはないんだよ、
なんてことには誰も気がついてくれなかった訳なのだが、
そう、俺は右利きでありながら、先天的な左手使い、であったらしい。



と、そんな右か左か、なんてことを考えながら、
ふとそう言えば、と、我が愛しの姫君の姿が目に浮かぶ。

そう言えば、すぅちゃんって、必ず、左手でマイクを持っていたよね。

そう、すぅちゃんは、左手マイクの人、なのであるらしいのである。

ものの文献によれば、
左手でマイクを持った方が、無駄な力が入らずに調子が良い、
と書かれてあるが、でもさ、それを言ったらミック・ジャガー、
あるいは、世界中のほとんどのロック歌手は、
右手でマイクを持っていた、その筈である。

ではなぜ、すぅめたるはわざわざ利き手と逆のほうでマイクを持つのか。

とそう考えた時、改めて注目する、すぅめたるの右手、なのである。

改めて、目は口ほどに物を言う、
それと同じように、その右手も、口に勝るとも劣らない、
内なる人格、その大切な体現である。

そしてこのすぅめたるの右手である。

その細く長い指先と、そして、広げた手のひらの、
その親指と、そして、見事に反り返った手のひら。

そこに込められた思い、あるいは、気合、そのすべてを、
見事なほどにこの右手が表現しているのである。

もしお気づきではない方がいらっしゃれば、
改めて、このすぅめたるの右手、その動きにご注目を頂きたい。

その広げた手のひらの、その中央に、一直線の亀裂まで入りそうなぐらいに、
まさに、魂のすべてが込められたような、そのあまりにも美しい右手の形状。

それはまさに、テニス選手が、ボールを打つ前から、
そのフォームにおけるラケットを持たぬ左手、それを見るだけで、
その選手の力量があからさまなほどに見抜けてしまう、
あの定則を思い出さないわけにはいかない。

そう、テニス選手は、右手で握ったラケットで思い切りボールをひっぱたいている、
と思いきや、実はその神経は、左手に集中しているのである。
遊んでいる筈の左手、そこにすべての気合を集中させることにより、
ラケットを掴んだ右手との間のバランスを保ち、
身体の軸を中心にしては、振り子の原理を利用して強烈なヒットを産み出す、
その技法に酷似している。

そう、一流のテニスプレイヤーの姿を見てほしい、
その左手は、必ず、上を向いてはこれ以上なく、反り返っている、その筈なのである。

そして改めて、我らが姫君、このすぅめたるの凄みは、
その左手によって掲げられたマイク、ではなく、
実はその空いた右手。
このすぅめたるのマジックハンド、
この右手こそは、すぅめたるの思いのすべての込められた、
物を言わぬ人格の、またひとつの大いなる象徴なのである。

あの気合のすべてを込めた右手、その手のひらのあまりの美しさが、
強いてはあのしなやかな腕の、その長さをこれでもかと強調することにもなって、
そう、すぅめたる、まさに頭のてっぺんから爪の先、指の先まで、
まさに、美の化身、そのもの。

その真理に気づいて以来、すぅめたるの右手、その魔法の動きに、
最早、魔力さえ感じさせられる、そんなことを思う日々なのである。

という訳で、この右か左か、なんてことはさておいて、
このすぅめたるの右手、その意味するもの、
もう少し掘り下げてみたいな、と思っているのだが、
賢明な御諸氏、なにかお気づきの点はござらぬか?



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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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