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ポップスの聖人:矢野顕子 ~ 正真正銘の天才の姿に絶句と喝采を繰り返す

Posted by 高見鈴虫 on 11.2017 音楽ねた   0 comments
いやいやいや、そう、そう言えば、
と、後出しジャンケンになって非常に恐縮なのですが、
実は先日、ちょっと凄いアーティストを
ご拝見させて頂いちゃったのでござる。

そのアーティスト、名前は、矢野顕子。

まあそう、矢野顕子、知らない人はいないであろう。

ヤノアキコ?ああ、あの、ラーメン食べたいの?

そう、そのラーメン食べたいの矢野顕子さん。

また例によって友人の知人の、という関係から、
呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃん、
とイーストビレッジのジャズバー。
仕事帰りのスーツ姿のまま、
また例によって、
実は実は、音楽とは縁も縁りもない、
なんて方々に囲まれながらも、
果たしてこの矢野顕子さん、
まさにミュージシャンの為のミュージシャン、
その思い切りに手加減無しの音楽極道、その権現でありながら、
回りを囲んだ音楽とは縁も所縁もないさままざままな人達も、
押し並べてすっかりと魅了し尽くす、
そんな魔法のようなステージ。

その溢れんばかりの洒落ごころの中で、
思わず、絶句が大爆笑に、
その大爆笑が、ついには大喝采に昇華する、
そんな、珠玉の体験をさせて頂いた。

改めてこの、矢野顕子さん。

凄い。

まじで、この人、噂には聞いていたが、
確かに、そして、そのすべての噂を凌駕して、凄かった。

なにがそれほどまでに凄かったのか、その謎を、
これまでずっとずっと考え続けていた、のではあるが、
答えなど出るわけもない、
ただ、俺は全身全霊を持って断言できる。
矢野顕子こそは、正真正銘の天才である、と。







という訳で、呼ばれて飛び出て、矢野顕子さん、観てきました。

いや、例に寄って、実は俺、矢野顕子さん、
観たことなかった、どころか、まともに聞いたことがなかった。

ただ、もちろん、その噂だけは、噂ばかりは、
これでもか、というぐらいにお伺いしてはいたのだが。

という訳で、その生きる伝説・矢野顕子さんのステージ。

その編成は、生ピと、エレベと、ドラム、という、
なんともシンプルなジャズ・トリオ。

ただ、そう、そこが矢野顕子である。
そしてベーシスト、知る人ぞ知るの、
あの、あのあの、ウィル・リー大先生。
そしてドラムが、あのSTUFFにおいて、
つまりはスティーヴ・ガッドと共演をした、
あの、クリス・パーカー。

そんなジャズ界の最高峰たちを引き連れながらの、
この矢野顕子さんのステージ、
さぞかし、まさに、ひろみ・うえはら張りの、
バリバリ、こってこての、ジャズのジャズによるジャズの、
なんてことを思いきや・・

思わず、え!?

この矢野顕子のステージ。
ジャズ、では、ない。
いや、ジャズでさえ、ない、というか、
ジャズである必要もない、
というのが本当のところ、なのでは。

つまりそう、矢野顕子、
この人はジャズというものに、
コンプレックスがない。
そんなジャズ、というものに、
こだわりさえも、持っていない、
のではなかろうか。

ジャズにコンプレックスのないミュージシャン、
これは実は凄いこと、である。
つまりは、ぶっちゃけた話、
その演奏技術として、ジャズというジャンルを、
自身の実力が、完全に凌駕している、
その確固たる自信に貫かれている人、なのである。

それはスタンダードに対する反逆、
というよりはむしろ、その昇華、
あるいは、端から、ジャズ、
あるいは、スタンダードな方法論に対して、
え?なぜそんなものが必要なの?
の、まさに、純真無垢な疑問から始まっているのである。

そんな矢野顕子が、ジャズでもなくクラッシックでもなく、
そんなジャンルの枠をすべて、きゃははと笑い飛ばして、
そして、彼女は、ポップスを、奏でた。

そう、矢野顕子こそは、ポップスの聖人、なのである。

クラッシックでもジャズでも、
ロックでもフォークでも、
あるいは、歌謡曲でもなく
ただ、そのすべての、良い所を、ちゃらっとまとめ上げてしまう、
それができる、才人の中の才人。





矢野顕子、当年とって、62歳、
でありながら、その歌声はいまだに、
まるで天使のように澄みきり、
時として、小悪魔的なまでに妖艶、
そして、ちゃめっけと洒落っ気をこれでもかとぶち撒けながら、
しかしその根本は、音楽に目覚めた幼児が、
きゃははは、このおもちゃ、すっごく面白い、
そんな純真さ、なのである。

凄いな、この人は、
自分自身に対して、まったく嘘をついていない。
その必要もないほどまでに
徹底的に自分自身に自信を持っているのである。

そして特筆すべきは、矢野顕子の奏でる、そのピアノである。

その一見して散漫な調べ、
その流れるような、風にそよぎ、水に流れるような、
その軽やか、かつ、詩的な旋律。

これは、まるで、あの、ハービー・ハンコックのようではないか。

そう、俺がこれまで観てきたなかで、
別格的に、最高級なまでの神降ろしを成し得た人。

ギターにパコ・デ・ルシアがあるとすれば、
ジャズピアノにおいては、この人以上はない、と確信させられた、
あのジャズピの魔神・ハービー・ハンコック。

気まぐれにおいたとしか思えないその一音だけで、
その場所の空気そのものを、完全に塗り替えてしまう、
その、まさに、神憑りの一音。

そしてこの矢野顕子、
まさに、その神憑りの一音の綴れ織り。

すげええ、凄いな矢野顕子・・・





と、思わず絶句をしながら、
だがしかし、ふと気が向いてしまう筈のドラム、

そう、実はこのドラム。
言いたくはないが、あるいは、実に実に信じられないこと、
ではあるのだが、このクリス・パーカーのドラム、

まさに、これまで観たどんなドラマーよりも、
ド下手も、ド下手、まったくもっての糞ドラム、である。

なんで、なんで、この曲に、
よりによってそんなブチギレ八分のハイハット。
そして、人差し指をスティックに固く巻きつけたかのような、
その柔軟性のかけらもない、硬い硬いスネアの音。

こんなギクシャクとしたドラムを叩いてしまっては、
この、夏の山々の風の調べのような、
矢野顕子の神業的ピアノが、すべて、台無し、ではないか。

それはまさに、謎、であった。

なぜ、矢野顕子が、このドラマーを使っているのか。
あるいは、
なぜ、クリス・パーカーともあろうものが、
こんなドラムを叩いているのか。

とそんな時、ふと、気がついた。
このドラム、どこかで、聞いたことが、ある。

あれえ、これ、もしかして、
あの、YMOの、高橋幸宏、の、あのドラムスタイル、
そのパロディ?





あああ、そうかあ、と思わず、
それに気づいた途端に大爆笑である。

そっか、そうか、そういうこと、なのか。

矢野顕子は、敢えて、ジャズにはしたくなかった
のである。
矢野顕子にとっては、ジャズなど、
あるいは、ハービー・ハンコックなど、
あるいは、世に並み居る技巧派のピアニスト達、
あるいはその技法や、方法論、や、定番的スタンダードなど、
糞、ではないだろうが、まあそう、それほどまでに、
憧れる対象、でさえもなかったのだ。

そしてこの矢野顕子女子、
その目指したものとは、
クラッシックでもジャズでもなく、
まさに、ポップス、そう、ポップス、なのだ。

では、ポップスとはなんぞや、
その答えを、彼女はいまだに、追い続けている、のである。

その姿、まさに、ポップスの修験者、或いは聖人。

そっか、矢野さん、そういうことだったのですね。

と、その謎が解けた途端、
あの、坂本龍一は果たして、
この矢野顕子に、いったいなにを見たのか、
その理由が、くっきりはっきりと見えてきた。

という訳で、いきなりの爆弾発言である。

坂本龍一は、ことピアノに関しては、
あるいは、ボーカルも含めたその相対的な表現力として、
この矢野顕子に、打ちのめされた、
つまりは、頭が上がらなかった、のであろう。

それほどまでに、矢野顕子さん、
実に実に実に、その演奏技術、
あるいはそれさえも超越した、
まさに、その音楽極道、その魔神ぶり、聖人ぶり。

この人こそを、ポップスの聖人、と奉りたい。

という訳で、この矢野さんのステージ、

はしゃぎすぎ、というまでに嬉しそうだった、
あの、ウィル・リー御大。
並み居る世界のベーシストの中でも、
五本の指に入るであろう
この超売れっ子の名ベーシストが、
あれほどまでにこの矢野顕子に心酔する姿。

つまりは、ウィル・リーも判っている。
矢野顕子、これほどまでの天才は、
世界津々浦々を探しても、早々とざらに居るものじゃない!

そして、そんな矢野顕子の姿、

そのすべての法則を打ち破る、というよりは、
まるで、簡単に、すっと、スルーしてしまった、
その無邪気さ、その純真さ、その自由奔放さ。

そう、音楽は、方法論ではない。
技巧でもなければ、商業的売名行為でも、
あるいは、エンターテイメントでさえもない。

音楽でなにを表現したいのか、それこそが、
音楽家の究極的な目的なのだから。

この矢野顕子さんのあまりに自由奔放な、
傍若無人とも言えるほどにまでに独創的且つ必然性に導かれた、
その類まれな表現力。

その心意気に、すっげええ、と思わず、大喝采してしまった。

その姿、まさに、アーティストの鏡。

そして、この矢野顕子という存在に、
いったいどれだけのアーティストたちが、
無限の勇気を得てきたのだろうか。

そんな日本人アーティストたちにとって、
この矢野顕子こそが、まさに、母、であったのだろう。
そして、そんな日本のアーティストたちは、
矢野顕子によって生み出され、開放され、そして解き放たれたのだ。

そう、矢野顕子の凄さって、まさに、これだったんだな。

ポップスの聖人・矢野顕子、素晴らしい姿を見せて頂いた。
まさに感無量のステージであった。





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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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