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死生観にまつわる映画について、とか

Posted by 高見鈴虫 on 11.2017 読書・映画ねた   0 comments
はいはい、そう、実にね、そのとおり。
確かにサリーの件からちょっとパワーダウン著しくてさ。
毎夜毎夜、意気揚々とサリーのアパートへと向かおうとする我が家のバカ犬にも、
哀愁を誘う、どころか、ほとほと愛想が付きては、もう諦めモード。
そんなこんなが続く中で、ちょっとした死生観、なんてものの間をふ~らふら、としていなのだが。

で、そんな中、ちょっと気になった映画、なんてものをご紹介申し上げてみたり。

まずは前述した、ARRIVAL 邦題はメッセージ、というのでしょうか。





これは、そう、まさに、がーんと来ましたね。はい。
ただ、我が家の愚妻、これ、どれだけ勧めても、途中で寝てしまう、のだそうで。

だって、と。

だってさ、これ訳判らない。で、この娘のお父さんは誰なの?
娘が死んだあとになってお父さんが出てきて、
で?娘の死んだ後に知り合ったお父さんとの子供が死んだ娘?
まったく訳判らない、と繰り返すばかり、
だから、この宇宙人が、
この宇宙人って、この、イカのお化けみたいなの?
そう、このイカのお化けが、時空を越えて、世代を越えて。
だから、なんでこのイカのお化けが、ベビーメタルになっちゃうわけ?

まあ良い、そう、観ていない方は、
是非とも、見てみて欲しい。
あるいは、観たけどよく判らなかった、
そんな方であれば、もう一度観てくれ。

さすがに史上最高とまでは行かないが、
一見、あるいは、多見の価値のある映画なんて、
最近そうそうとあるものではない。

と、そんな時空を越え世代を越え、なんてことを考えていたところ、
ふと、観ることになったこの作品。

原題は、Le tout nouveau testament
で、英語題はそのまま、BRAND NEW TESTAMENT 
で、邦題は、なぜか、「神様メール」。






という訳でこの、神様メール、っての?
これさ、直訳して、最新約聖書、でも良かったんじゃないの?とも思うのだが、
はい、なんか日本では話題になったそうなのですが、
実はここアメリカでは、完全にスルー。
つまりは、そう、こってこてのジーザス・フリークスたちには、
この作品、ちょっと、衝撃が大きすぎたのか、よく判らなかったのか。

まさにこの映画、これまで抱えてきたすべての謎が、
なあんだ、そうだったのか~と、一瞬のうちに解けてしまう、
そんな魔法のような素敵な映画。

そう、終わりの知れないプロジェクトに、予算も予定もあるものか、
嘗ての旧友にそうほざいた、その答えが、この映画において、
まさに、ものの見事に解明されているわけで。

思わず、良くやった、よく出来ました、と拍手喝采。

観ていない方、あるいは、途中で寝ちゃった方、
この映画、まさに、必見!
この映画を観た人と観ていない人、
まさにその死生観、あるいは、人生そのものが、まったく違うものになる筈。

で、ちょっと興味が出て、この監督さん、
そのほかの作品、なんてのを漁ってみては、
見つけ出したのが、2009年作のこれ。

「ミスター・ノーバディ」





これ最初から、まったく訳が判らない、とは思いながらも、
観ていくうちにあれよあれよ、その複雑怪奇な糸がみるみると、
解れては紬はじめ結び初め。
で、最後の最後になって、ん?え?あ、そう、そういうこと?と。

そう、そんな洒落っ気たっぷりの死生観映画・笑

一種、ちょっとした最高傑作の仲間入り、とさせて頂ければ。

で、この死生観映画シリーズ、
遂にはこの、大迷作において結実を観る、と。

はい、言わずと知れた、バタフライ・エフェクト





ええ、この映画、もう10年以上前になるのか。
確かに、色合いがかなり古めかしくは感じるのであるが。

はい、この映画こそ、この死生観、あるいは、時空を越え世代を越え、
そのストーリーを、上手くまとめた作品もなかったよな、と。

で、DVDを借りて改めて見直したこのバタフライ・エフェクト。
で、その結末が、あり?前に観たのと、違う、全然、違う・・・!

そう、現在DVDで、ディレクターズ・カット版ってのが出ていて、
その衝撃、まさに、掟破り。

これぞ、まさに、なし崩しの死、という奴か、と。

で、結論、はい、過去にとらわれるな、悔やむな、呪うな、振り返るな。

いずれしろ、どっちに転んでも、ろくなことにはなりゃしねえんだからさ、と。

このニヒリズム、まさに、ロック世代の最後っ屁、という気がしないでもない。

という訳で、そう、改めて、
最近もう、映画の二時間、これをじっと我慢して最後まで観るってのが、
どうにもこうにもいたたまれなくて。
ついつい手元のスマフォなんてのを覗き込んでは、いつの間にかすっかり、集中力が削がれてしまう。

つまりはそう、映画っていう表現形態。
スマフォのなかった時代の、古き良き遺産、なんだよな、と。

で、そう言えばさ、俺のIPHONE、その酷使の果てに、ついにバッテリーが行かれて、
どれだけチャージしても、それが例え100%になっても、いきなりバチンと黒化けしてしまう。

で、近所のアップル・ストアに連絡をして、朝の犬の散歩にドロップオフしては、バッテリーの交換作業、
なんてのをしてもらったのだが、その修理が終わるまでの1時間。

まるで、なにか、世の中から取り残されたような、得も言えぬ不安感、というか、なんというか。
ただ、そう、このポケットのIPHONE、その重量から開放された途端、
なんとなく、ふっと、目の覚めるような開放感に包まれた、と。

そっか、つまりはそういうことなんだよな。
この時代、その精神的な支柱となっているのは、
実は、この、IPHONEの呪縛であったのか、と。

という訳で、そう、たまにはこのIPHONEの無いところ、
つまりは、インターネットもEMAILも無いところに、自分を落とし込んでみる、
そんな時間も、実はとてもとても大切なんだな、と思った次第。

という訳で、なんの話だったっけ?
あ、そうそう、映画、だったよな。

で、最後の最後に、ちょっと気に入ったこの映画。

原題:CAPTAIN FANTASTIC
で、邦題が、なぜか、「はじまりへの旅」





またまた、この、ブサヨク野郎が、と罵倒を受けそうだが、
はい、ヴィゴ・モーテンセン、大ファンでございます。

たださ、俺、前にカナダをうろついていた時に知り合った女の子が、
まさにこの、アドベンチャー・ファミリーの慣れ果てってやつで、
16歳まで、山奥のヒッピー家族と山小屋で暮らした後、
外界に降りてきた後のその人生はまさに旅から旅へ。
その旅の中で、安宿代から、食事代から、酒代葉っぱ代、
そのすべてを「身体」で払ってしまう、そんな生活を送りながら、
まるで、これっぽっちの悪びれもなく、荒みもなく。
そんな彼女が、ピロートークに語ってくれた、あの大自然の中での暮らし、
そして、外界に降りた後に出会った、人間というこの摩訶不思議ないきもの、
その観察日記。

ねえねえ、人間ってさ、本当の本当に、おかしな生き物だよね。

そうやってクスクス笑う彼女の、その売女、とはまるで思えない純真そのものの笑顔。

いやはや、不思議な子だったよな、とは思いながら、
そんな若き日の思い出をつらつらと思い出しながらも、
このミスター・ファンタスティック。
果たして、文明とはなんぞや、社会とは、人間とは、
なんてことを、さらっと、トイレに流すように、水に流せたりもする、
そんな素敵な作品であったな、と。

と、そんなことを書き連ねていたところ、
日本に里帰り中のかみさんからメッセージ。

部屋を片付けませんか?とある。

確かに、この失業状態が長く続けば、まさにホームレス。
そしてこの部屋にあるもの、そのすべてをいったいどうするつもりなのか。

いま、父の遺品の整理をしています。
その思い出の品々をすべて、捨てるつもりなのだそうだ。

人間、どう生きたとしても、行き着き先は所詮は灰。

金に、あるいは、物に、どれだけこだわったとしても、
そう、そんなものを、棺桶、どころか、骨壷の中にだって持ち込めやしない。

もう、物を捨てませんか?
読まない本も、聴かなくなったCDも。

確かにそう、たしかにそうであるのだが。

そう、断捨離、という奴か。たしかにな、確かにそういう時期かもしれない。

まあそう、そうそうと悲観しなくても、そのうち、この本棚のすべての叡智が、
そして、このCDラックのすべての楽曲が、
すべて、この片手のIPHONEの中に収まってしまうかもしれない。
そんな時代も、たしかに、待ち受けているような気もするではないか。

過去に拘るな、後ろを振り返るな。

そう、行き着く先は、所詮は、灰なのだから。

そんなことを思っている、今日このごろである。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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