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ベビーメタル・サマソニ大阪 ~ これでも食らえ!のベビーメタル。この珠玉の選曲こそは、まさに「大阪食い倒れ」という奴か

Posted by 高見鈴虫 on 19.2017 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
西暦2017年8月19日・大阪JAPAN。

紅に染まる夕日の中、遂に姿を現した、
この未知なる巨大生物。

赤く燃える地平線に残った最後の光が吸い込まれていく中、
煌々と輝くスポットライトの中に、忽然と浮かび上がる、その魔性の本体。
そしてあろうことか、巨大スクリーンに映し出されたその表情、
あまりにも美しく、まさに、妖艶と言えるほどに、
凄味さえも漂わせたその息を飲むまでの美貌の戦士。

おどろおどろしくも地鳴り、
あるいは天を轟かす雷鳴のように鳴り響くBMDの序奏の中、
突如、天地を切り裂く稲妻のごときブレイクから、
いきなり始まるあの壮絶なる錐揉み状態。

その未曾有の天変地異の中、
その巨大パワーの中央に鎮座まします、三姫の姿。
その姿、まさに、神の化身そのもの。

これぞまさに、昨年、一夜にして東京そのものを、
完膚なきまでに破壊し尽くした、あのシン・ゴジラ。
その再来を思わせる程に、
このシン・ゴジラという存在を、
ベビーメタル、中元すず香に重ね合わせてしまった、
そんな人々も多かったのではないか。

そう、このサマソニ大阪におけるシン・ゴジラ、
ならぬ、ベビーメタルのステージ。
その姿に、まさに、怒れる地球意志の化身、
あの、未知の大怪獣の姿、そのもの。
地球を丸ごとに破壊せしめるパワーを秘めたこの神の化身、
その存在から何からが、徹底的に予測不能、理解不能。
彼女はいったい何者であるのか。
その目的はなんなのか?
この神の再来を前に、ある者は逃げ惑い、
またあるものは、気の触れたような歓喜に打ち震えながら、
そんな断末魔の混沌を、
時として恍惚とするほどに神々しい笑顔さえも浮かべて見守る、
このあまりに美しい女神たちの姿。
この世のものとは到底思えないほどにまでの美しい造形と、
そして、魔が宿ったとしか思えない程の、
その魔術的なまでに壮絶な歌声。

これぞまさに、魔の化身、あるいは、神々の使者。

その存在そのものに魔性が、
あるいは、神の意志の宿る、
そう、ベビーメタル。
この燃え上がるステージに居でる三姫たちは、
人間に非ず。
その姿、まさに、神の化身なり。
その魔性の全てが、このサマソニ大阪のステージ、
これでもかと展開された、その様を克明なまでにご報告頂戴した。



という訳で、サマソニ大阪。
お送りいただきました数々のコメント。
そしてその証言を裏付ける、リンク情報及び、
ペリス子の映像というよりは音源ですね、を追いながら、
夏のニューヨークの、この雲ひとつない晴天に恵まれた土曜日を、
これ以上ないほどに幸せな気分で過ごせました。

なによりも、この選曲。
厳選に厳選を重ねられたであろうこの珠玉の八曲。
また例によって、長いだ短いだ、と訳の判らない御託を並べる御仁、
なんてのはまあ軽くスルーして、
改めて、あの灼熱の中で、
MCも休憩もなにもない、まさにゴリゴリの、
豪速球一本槍のこのノンストップ・ステージ。
その珠玉の選曲の全てが、
ベビーメタルのレパートリーの中でも、
一際激しく、一際に押せ押せの、
まさに、そんなパワー+パワー、
元気の塊りのような、
メガトン・パンチの応酬に次ぐ応酬。

これまさに、美味しいところのてんこ盛り。
天丼に鰻丼に親子丼に鮭いくら丼に、
その全てをいっぺんに凝縮させたような、
まさにこれぞ、ベビーメタル、その全て。

これでも食らえ!とばかりに叩きつけた、
ベビーメタル・パワーのその真髄の真髄。

これぞまさに、大阪食い倒れ的選曲だったのでは!

暮れなずむ夕陽の中から、次第に輝きを増すそのスポットライトの中に、
幻想的に浮かび上がったその世紀のスーパースターの姿。
これぞこれぞこれぞ、ベビーメタル。

その魔性、あるいは、狂気さえも秘めた壮絶な錐揉みパワー、
その一大モッシュピットの上に燦然と鎮座するこの神々しき三姫の姿。
ベビーメタルの神憑り現象、そのすべての魅力が、
このサマソニ大阪のステージに余すところなく発揮されていたのでは、と思う。



これまでにもたびたびに渡って申し上げ、
ほとんど自己コピーとなりつつもあるのだが、
改めて野外コンサートの魅力の中に、
その空間そのものあるいは環境そのものの中に、
音楽が完全に溶け込み、
そしてあろうことか、その見渡す世界、その全ての中心として、
その音楽が鎮座まします、
つまりはこの世界あるいは宇宙というものを、音楽そのものが絡め取ってしまい、
しいてはその音楽そのものが、宇宙の中心として存在し得る、
そんな奇跡のような瞬間を、
稀に稀に、垣間見ることがある。

嘗て触れた、インド音楽の巨匠達のコンサート。
休むことのない街の雑踏、
車のクラクションが、木々のざわめきが、
人々の喋り声が、子供の叫び声が、赤ん坊の泣き声が、
そして時として小競り合いにつかみ合う怒声から罵声から、
犬の吠え声から、救急車のサイレンから、
そんな、世にあるその営みの醸し出す雑音という雑音のそのすべてが、
音楽、その、音色と旋律の中に、一瞬のうちに絡み取られては、
そんな雑音のすべてが、
音楽の中のとてもよくできた効果音のように聞こえてしてきてしまう、
そんな、まさに奇跡、音楽の魔に包まれたようなその状況。

その究極の形であったのが、
あの真夏のテキサス州で垣間見た、パコ・デ・ルシアの姿。
午後の灼熱の中で炙られ煮詰められた、
今にも暴動寸前であった酔っ払いたちの喧騒の中で、
一度その音楽の魔王の爪弾くギターの音が響き渡った途端、
まさに空気に亀裂が入ったかのように、凄まじい衝撃が人々の体を貫いた、
その瞬間をまざまざと見せつけられたことがある。

そう音楽にはそういう魅力、あるいは魔力がある。

そしてこのベビーメタルである。
改めてご参加された方々にお伺いしたい。
汝はそこに、神を、観たか?

確か去年のフジロックでは、ベビーメタルのステージの始まる直前、
真夏の灼熱の中でうだりまくってはいまにも卒倒寸前であった人々の頭上から、
いきなり恵みの雨が降り注いだ、という。

そしてこの大阪サマソニ。
この夕暮れの中に登場したベビーメタル。
その姿に、もしかして、そんな魔性、
あるいは、魔術的なまでの吸引力を、
感じた方はいらっしゃらなかったのか。

嘗て、あのすぅメタルの姿を、
ヤマタノオロチの再来、とご表現された方がいた。
そしていま、改めてこの、すぅメタルの姿を、
シン・ゴジラに例える方々を前にして、
まさにこのベビーメタル、
ゴジラあるいはヤマタノオロチ、
まさに怒れる自然神その象徴として、
或いはその化身として、
このベビーメタル中元すず香の中に、
その神々の意志が宿り、その存在が憑依しは、
そしてそれがすぅメタルの存在を通して、
世界を一瞬のうちに破壊し、そして再生せしめる、
まさにそれこそがベビーメタル、
その神秘性、あるいはその凄みの根源。

今回、コンサートの最中に、ユイメタルのイヤモニが脱落し、
なんてエピソードをお伺いした。

おい、なんだよ、それ、責任者出てこい!
なんていう、そんな短絡的な罵声が並ぶ中、
いや、それ、違うだろ、と敢えて、反論を並べさせて頂ければ、

そう、このイヤモニ脱落のエピソードにあるものは、
事前の想定、そのすべてをぶっ飛ばすほどにまで、
このユイメタルの神懸ったダンスが、あまりにも激しかった、
つまりはこれも、今回のこのサマソニ大阪のベビーメタル、
そのステージがいかに凄まじいものであったのか、
それを裏付ける、何よりの証拠であろう。

そんな突発的なアクシデントの中で、
すぅメタルがイヤモニを拾い、その状況を見てとった最愛メタルが、
すかさずに、片腕ダンスにてユイメタルの動作にシンクロをしかけた、
このささやかなトラブル対処法の中に、
まさにそれでこそベビーメタルの本領発揮、
その以心伝心のチームワーク、
ステージの上で互いのオーラが完全にシンクロしている、
これもまた、ベビーメタルの伝説を彩る、
そんなエピソードのひとつに数えられることになるであろう。

そう、今回のこのエピソードに限らず、
ベビーメタルがやれは何が何でも、
例えそれがどんな些細なことであってさえ、
簡単に伝説化してしまう。

そのあの東京ドームの最後の最後、
あのご挨拶の途中の、すってんころりんにしたところで、
今ではメイト達の間では、愛すべきエピソードとして、
末々まで語り継がれていくのではないか。

そんなベビーメタルを支える唯一のものとは何か。
その真理とは何か。

そう、元気であること、そして、底抜けに明るいことである。

元気があって明るければ、大抵のことはキャハハハと笑って済んでしまう、
あるいは、済ますことができる、
つまりはそうそれこそが、モッシュピットの美学、なのである。

モッシュピット、あの怒涛のドサクサの中にあって、
ある時は足を踏み踏まれ、
ある時は押され押し返し、
あるいは、下手をすると、肘が当たり、膝が当たり、
ともすれば、思わず突き上げた拳が、
ふと顔を出した不貞な輩の鼻柱をへし折ってしまう、
なんてことがあったりなかったりするのであろうが、
だが、そう、そこはモッシュピットである。
幸せを前提とした中では、そこで起こることはすべてが、
キャハハハと笑って済んでしまう、
そんな幸せなドサクサの中こそが、このモッシュピットの美学、そのもの。

そしてそのモッシュピットの美学、
キャハハハのハッピー・パワーこそが、
まさにベビーメタルのステージその魅力の真髄。

そこには、責任者出てこい、の、減点法的論法や、
責任追及会議の吊し上げの視点は、まったく、これっぽっちもない。

そう、ベビーメタルの美学とは、まさに、幸せであることを前提としている。
そしてその幸せの源泉、あるいは、その結果が、
起きてしまったこと、その良いものも悪いものも、
その雑音のすべてを、すべて絡め取ってしまう、
その、圧倒的なまでの、ハッピー・パワー、なのである。

それこそが、ベビーメタルのパワーの真髄なのだ。

イヤモニが落ちた?滑ったころんだ?
だからなんだ、というのだ。
器材トラブルが、突如の嵐が、暑いだ寒いだ、
あるいは、そんな不慮の雑音にいちいち文句を点けていく、
そんな世の不機嫌なネガティヴなバイブレーション、

だがしかし、
ベビーメタルはそんなトラブルになに臆することも恐れることもなく、
そのすべてを吹き飛ばし、
時としてあろうことか、それを倍返しにしては新たな伝説を築く、
その奇跡の源泉こそが、この問答無用のラブラブ・パワー、
そう、それこそが、ベビーメタル、そのパワーの真髄。

失敗を恐れず、あるいは突発的な事故そのものを、
伝説に転化してしまう、このあまりにも凄まじい元気パワー。
そう、ベビーメタル、なのだ。

そして今回のこの、サマソニ大阪のステージ、
次々といただく、その現場レポート、そのコメントの中に、

ベビーメタルは神に愛されている、
その真実を再び、確信するに至った、
まさにそう、ベビーメタルこそは神の化身。
世界に愛と希望をもたらすために世に使わされた、女神、なのである。

という訳で、ベビーメタル、本日は遂に、東京湾上陸、である。

その怪物ぶり、その神懸りパワーそのすべてで、
一夜にして東京を破壊し尽くし、そして、新たなる再生が成される、
その、奇跡を、確信するのである。



という訳で、ああ、やっぱり?やっぱり、フー・ファイターズ、舞台袖で見とれてたんだよな。
判る判る、だってさ、ニルヴァーナのあの盛衰を間近にしてきた、
あの、デイヴ・グロール、だぜ。
カート・コバーンに宿っていた、あの、破壊的なまでの怪物的カリスマ性、
それを、我らがベビーメタルに見出さない訳がない!

つまりは、このデイヴ・グロール、まさに、土下座してまで、
ベビーメタルとの共演を望む筈、と思っている。

そう、それは、まさに、レッチリと一緒。

ベビーメタルにあこがれて、というよりは、
そう、自分自身が、ベビーメタルに成りたい、
そう渇望しているから、なんだよ。

汝、ベビーメタルに憧れるなかれ。
ベビーメタルに、成る、成りきる、ことこそが、
このベビーメタル・パワーの真理なのだ。

という訳で、サマソニ東京ご参戦の方々。

RU READY!

そこに神の実存の姿を、これでもか、と瞳に焼き付けてきてくれ!

ご報告、お待ち申し上げ候!


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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