Loading…

忌の際までラブ&ピース ~ 不滅のジョンとヨーコ魂! 

Posted by 高見鈴虫 on 02.2017 音楽ねた   0 comments
犬の事情でここアッパーウエストサイドに越してからというもの、
毎朝の日課である犬のお散歩コースに、
ダコタ・ハウス、そして、ストロベリー・フィールズがある。

ダコタ・ハウス、ストロベリー・フィールズ、
言うまでもなく、ジョン・レノン、そしてオノ・ヨーコ、
その所縁の場所、である。

今日も朝早くから巨大な観光バスが停まっては、
世界各国からの観光客が並んで笑って記念撮影。
そしてストロベリー・フィールズのイマジンの広場では、
今日も今日とて、ストリート・ミュージシャンたちが、
相も変わらずいにしえのビートルズのナンバーを、
これでもかとばかりにがなり続けている

そんな観光客たちに、いちいち犬の散歩を足止めを食っては、
ったく、ジョン・レノン、死んで尚、つくづく人騒がせなことだ、
と舌打ちを繰り返しながら、そんな関係から、日々、
ジョン・レノンと、そしてオノ・ヨーコについて、考えさせられることが多い。

そう、ニューヨークという街。
いまだに、ジョン・レノンの象徴的な街として、
世界中の人々に愛され続けている、
そんな一面も確かにある。

そしてかくなる俺自身も、このニューヨークという街にたどり着く、
そのきっかけの中に、ジョンとヨーコの街:ニューヨーク、
その思いがあったことは否めない

改めて言うまでもなく、俺の人生において、
このジョン・レノンという人は、とてもとても大切な人である。

これまでにも、このジョン・レノンに関してはこの糞ブログの中でも、
幾つかの駄文を書き綴ってきた覚えもある。

少年時代、そして青春時代を通して、
この、ジョン・レノンという人物が、俺の、そして俺の幾多の友人たちの、
人生の局面の、そのすべてに何らかの影響を及ぼして来た、
そんな思いがある。

改めて言う。
俺にとって、ジョン・レノンは、ヒーローというよりは、心の友、
あるいは、言うなれば、父、であった。

ジョン・レノンの伝えようとしていたことを、
すべて理解したなどと言うつもりは毛頭ないが、
彼の訴え続けてきた、あの過激なまでの平和主義、
あの張り裂けるような心の歌は、
いまも心の奥底に絶え間なく燃え続けている。

ただ、そんな少年の頃のヒーローが、歳とともに色褪せ、
あるいは、その仮面の真相を引き剥がすことが、
ともすればある種の、大人への登竜門とも成りうる、
そんな複雑な思いが、ない訳ではない。

ジョン・レノン、
果たしてこの人物はいったい、なんであったのか。
その訴えの意味する真意とは、
そして、あの不慮の死、その真相とはいったいなんだったのか。

甘く切ない少年期のヒーロー、
その思い出であるべき筈のこのジョンレノンという人物について、
ここに来て、毎朝の犬の散歩のたびに、
ふと思い出しては考えに耽る、
そんなことになってしまったというのも、
この放蕩の果ての業とでもいうべきものなのだろうか。

そう、俺はいまになっても尚、
ジョン・レノンについて考え続けている。
そして、俺と同じようにジョン・レノンを心の支えにしていた、
幾多の友のことを思い出しながら。

という訳で、ジョン・レノン、である。
言わずと知れた、ビートルズの中心人物であり
世界で最も名前の知られたロック・ミュージシャン、その象徴。

愛と平和の、ロックンロール・ヒーロー。
筋金入りの平和主義者であり、
戦う非暴力主義者であったこのジョン・レノンと言う人。
少年期の影響があまりにも大きかったこともあって、
俺はいまでも、そしていまだからこそ、
このジョン・レノンという人について、
再考に再考を重ねざるを得ない、
つまりは、人生で最も大切な偶像、その一人なのである。

そして改めて呟く。
ジョン・レノン、この人物、いったい、なんだったのであろうか?










改めて言うまでもなく、俺にとって、
そして俺の最も辛かったあの時期を共に過ごした友たちにとって、
ジョン・レノンは、とてもとても大切な、心の支えであった。

このジョン・レノンという人物、
ビートルズという、商業音楽界で最も成功したグループの立役者であり、
そして今なお、世界中に熱い信奉者を抱える、まさに伝説のポップスター、
その巨人の中の巨人である。

以前にも駄文を綴ったように、俺にとって、ビートルズとは、
まさにジョンレノンのバンドであった。

ご多分に漏れず崩壊家庭の出身で、
不幸な少年期から、そしてロックという音楽に活路を見出しては、
そしてキャバーンクラブ時代からのバンド戦国時代における、
あの数限りない武勇伝。
そして、ポール・マッカートニーという天才とタッグを組み、
遂には世界中を魅了し尽くした、まさに、ロックの神様である。

そしてこのビートルズの残した偉大なる功績。
人種を越え、世代を越え、時空を越え、
音楽というもので全世界の人々を一つにしたその奇跡。

いまでも覚えている。
ネパールとインドとの国境の峠道で、
バスが路肩に嵌って動けなくなった時、
世界各国からの乗客たちが一斉に力をあわせて、
1-2-3、で、バスを押して行ったのであるが、
その時、なんとなく、誰かが歌いだしたその旋律。

それは、どこかで聞いた誰もが知っているあのメロディー、
それは、ビートルズの、ヘイ・ジュードであった。





英語の歌詞は判らない。
判らないながら、あの終奏のリフレイン、
らーらーらー、らららっらー、らららっらー、ヘイジュー!

インド人がネパール人がイギリス人が、
日本人がアメリカ人がカナダ人がオーストラリア人が、
ドイツ人がフランス人がイタリア人がスペイン人が、
そんな世界各国からの旅行者たちが、
あの旋律を繰り返し繰り返し際限なく繰り返しては、
そうやって峠のてっぺんまでの坂道を、
らーらーらー、らららーらー、らららーらー、ヘイジュー!
と、バスを押して行ったのである。

そう、ビートルズこそが、世界をひとつにしたのである。
世界中どこに言っても、ビートルズの曲、
その一曲ぐらいは、誰でも口ずさめる筈だ。

世界津々浦々、下手をすれば、サハラ砂漠のベルベル族、
あるいは、ヒマラヤ山中のチベット族、サバンナのマサイ族も、
アンデスのマヤ族も、北極のエスキモーたちも、
ロシアから中国から、きっと北朝鮮の人々だって、
このビートルズ、一曲ぐらいは、そのメロディを口ずさめる筈である。

そう、ビートルズとはそういうバンドであった。
そしてこのビートルズ、解散して半世紀近くが流れても尚、
世界中の人々から愛され続ける、そんな奇跡のバンド、なのである。

そして、毎朝の犬の散歩において、
ダコタ・ハウスから、そして、ストロベリー・フィールズのイマジンの前、
今日も朝いちばんから、生ギターの一団が、
ビートルズのメロディーをが鳴り続けている。

ただ、と、そんなストリート・ミュージシャンの前でちょっと足を止める。

おい、どうでも良いが、その曲、ポール・マッカートニーの曲じゃねえのか?

そう、このイマジンの広場に集うストリート・ミュージシャンたち、
どういう訳か、いつ何時でも、その歌っているレパートリーは、
ポール・マッカートニーのもの、ばかり、である。

とそんな一団をやり過ごしては、やっぱりな、と苦笑い。

やっぱりそう、普通一般の人々にとっては、
ビートルズはやっぱり、ポール・マッカートニー。
あるいは、ジョンもポールも一緒くた、なのであろう。

そう、ビートルズの全曲、そのコピーライトはすべてレノン&マッカートニー。
実はほとんどの曲が、作詞も作曲も、同一人物が作ることが多かった、
と聞いてはいたのだが、改めて、ビートルズをここまでメジャーにしたのは、
まさに、このポール・マッカートニーという、現代のモーツアルト、
その卓越した作曲センスによるものが大きい。

ただ、と改めて言わせていただく。

ただ、そんな類稀な才能を持ったポール・マッカートニーが、
しかし、ビートルズが解散後、ポール・マッカートニー&ウイングスとして、
まさに、数限りない名曲を作り続けていたのであるが、
改めてお伺いしたい、
ビートルズ解散後の、ポール・マッカートニーとしての偉業、
そのうちの何曲を、思い出すことができるだろうか?





改めて誤解を恐れずに言わせて頂ければ、
確かに、ビートルズをここまでメジャーにしたのはポール・マッカートニーの業績であろう。
ただ、果たしてポール・マッカートニーがポール・マッカートニーとして、
ビートルズのリーダーであったと仮定した場合、
つまりは、ポール・マッカートニー&ウィングスが、
このビートルズの名曲をリリースしていたとしたら、
果たして、そのバンドは、ここまで、地球上の津々浦々で愛される、
そんなバンドに成長したであろうか。

そして改めて、このビートルズというバンドの特異性を考えるに、
これまでの音楽史にも数限りなく存在したそんなヒットメイカーたち。
ビーチボーイズが、セルジオ・メンデスが、ポール・サイモンが、
そんな奇跡のように大ヒット曲その名曲を、
次から次へと発表しつづけた偉人たちが、
しかし、このビートルズという存在の及ぼした世界規模の影響の前には、
それはただの、ヒットメイカーに過ぎず、
つまりは、愛されるべきポップスター、それ以上でも以下でもなかった筈なのだ。

では改めて、このビートルズというグループの特異性とはなんだったのか。

そしてこのビートルズが、その他、星の数ほど存在する、
類まれなポップスターたちとの間にある、超えるに越えれない格差、
その格差が、いったいどこにあるのか。

そう考える時、ビートルズの特異性とは、
つまりはこのジョン・レノンという男、その存在に至るのである。









改めて、ビートルズというバンドを、ポップスターであった、ということ対し、
ほとんど大抵のファンたちが、え?と首をかしげるに違いない。

ビートルズは確かに数限りない名曲を発表したが、
だがしかし、ポップスターではなかったのではないのか。

つまりその違和感の中には、
ビートルズはヒットメイカーの流行歌手とは、
一段も二段も格が違う、という想いがあるからなのではないか。

では、そのビートルズの格の違いとはなんなのだろうか?

という訳で、ここにきて、またまた独断と偏見のゴリ押しをさせていただく。

ポール・マッカートニーがどれだけ偉大であったとしても、
ポール・マッカートニーひとりでは、
所詮はビーチボーイズ、あるいは、セルジオ・メンデスと同レベルの、
浮世のポップスターとして、解散とともに忘れられていた筈である。

では改めて、ビートルズをビートルズたらしめた、
その「格の違い」とはなんだったのか。

そして、その格の違う原動力であったジョン・レノンという存在が、
その目指したものが、いったいなんであったのか。








改めて、俺達の愛するジョン・レノンは、
ほとんど大抵のビートルズ・ファンが思い描く、
愛と平和のメッセンジャー、としてのジョン・レノンでは、ない。

俺達の愛したジョン・レノンとは、
父を知らず母を知らず、
グレにグレたその中で出会ったロックンロール、
それだけを心の糧に、
ジョービジネスの修羅の階段を駆け上がった、
立身出世の人物。
そしてなによりもこのジョン・レノンというひと、
そのうちに秘めた恐ろしいまでの闘争心。
世間が、警察が、ヤクザ者達からさえ、
徹底的に恐れられたその喧嘩屋風情。

改めてこのジョン・レノンという偉人の別の側面。
当時からゴロツキバンドとして名を馳せたローリング・ストーンズの連中から、
ビートルズ、あの鼻の曲がった野郎には気をつけろ、と名指しされていたジョン・レノン。
後に親交を深めたローリング・ストーンズ、
そのお抱えであった裏街道の用心棒たちからも、
あの、ジョン・レノンという男にだけは、どうやっても太刀打ちできない、と言わしめた、
そんな極悪非道のヤクザでさえもが尻尾を巻く、コワモテの中のコワモテ。

このジョン・レノン、その喧嘩三昧の人生の中で、
そして後には、世界のキリスト教を敵に回し、
そして遂には、アメリカという国家を相手に大喧嘩をしかけ。

そう、ジョン・レノンというひとは、その一生に渡って、喧嘩喧嘩喧嘩、の繰り返し。

そんな喧嘩上等のチンピラ・ロックンローラー風情が、
しかし、いまは世界の偉人として祀り上げられる、
その理由とはいったいなんなのか?








そして、オノヨーコという人物がいる。

ビートルズ解散の原因とされた、
ビートルズ・ファンの間ではある意味で悪名高き、
と同時に、多分、世界で最も有名な日本人であるところの、
このオノヨーコという人物。

実はここアッパーウエストサイドでの犬の散歩の途中、
このオノヨーコというひとを、ちょくちょくと見かけることがあった。
あの、痩せこけた小さな老婦人。
最近ではいつも隣りのヘルパーさんに腕を抱えられた、
あの、小さな小さなおばあさんの姿。

おはようございます、と声をかける度に、
ああ、おはようございます、と丁寧に腰を折って会釈を返してくれた、
その見るからに品の良い富豪婦人。

あのおばあさん誰?知り合い?

え?知らなかったのか?あのひとだよ、オノヨーコ。

ええ、あのひとがオノヨーコ?

そう、あのひとがオノヨーコ。

ビートルズを解散させた張本人であり、
そして、ジョン・レノンの妻であり、母であり、
そして世界で一番有名な日本人であろう、
そのオノヨーコ。

親の愛を知らずに育った、
崩壊家庭出身のこのジョン・レノンという人、
その足取りを、成長の過程を辿る上で、
そして最後に辿り着いたこのオノヨーコというひとが、
この天涯孤独の大巨人にとって、
いったいなんであったのか、
それこそが、ジョンレノンという人物の謎を解く、
その鍵となるのである。







実は正直なところ、それはまあビートルズ・ファンのご多分にもれず、
俺はこのオノヨーコという人物に、あまり良い印象を持っていなかった。

ビートルズを解散させた重宝人。
あのおばけのような顔をした魔女のようなおばけのような・・

ジョン・レノンがなぜ、あんなパッとしない女を、
終生の伴侶に選んだのか、その理由がまったく判らない。

ただ、改めてこのジョン・レノンの軌跡を辿りながら、
ジョンとヨーコの宿命的な出会い、
そこに初めて、ジョン・レノンの人生にとって、
最も大きな転機が訪れるのである。

果たしてジョン・レノンにとって、オノヨーコとはなんだったのか。

そしてジョンは、このオノヨーコという人物の中に、
いったいなにを見つけ、なにを求め、なにを得たのであろうか。








ここアッパーウエストサイドの古くからの住人の中には、
生前からのジョン・レノン、その生きた姿を、
克明に記憶している人々がいまも多く暮らしている。

俺がジョン・レノンへの思いを熱く語る度に、
そんな人々は、一種微妙な表情のまま、
まあ確かにね、と困惑した笑顔を浮かべるばかり。

実はね、あの、ジョン・レノンというひと、
そうやって語られる素顔のジョン・レノンは、
ここアッパーウエストサイドの隣近所の人々にとっても、
ちょっとした、問題児、であったらしい。

とにかく態度がでかいのよ。
なにをするにも横暴で、
もう見るからに暴力性の塊りというか。

ただそんな逸話を聞かされる度に、
俺は、してやったりと笑いながら、
そう、それこそがジョン・レノンではないか、
と膝を打つ。

決まっているさ、ジョン・レノン、
まさに無法者のロックンローラー、そのもの。
暴力性こそがロックの真髄なんだからな。

ただ、と人々が顔を見合わせる。

あのひとの場合、それが尋常じゃなかったのよ。まさに軌道を逸して・・

つまりはそう、このジョン・レノンというひと、
いまもその象徴的な広場に、花束を添えられる、
愛と平和のメッセンジャー、その象徴、でありながら、
その生前の姿、聴けば聴くほど、まさに無法者の鑑。

ただそう、そんな無法者のロックンローラーであったジョン・レノンが、
世界の偉人として深く人々の胸に刻まれたその虚像こそが、
愛と平和の使徒としての顔であり、
そんな人々にとって、ジョンレノンが無法者のロックンローラー風情であったことなど、
どう考えても信じられないこと、であるに違いない。

そう、現在の偉人としてのジョン・レノンは、
愛と平和、その伝道師としてのジョンレノンであり、
リバプールのゴロツキであり、
ご近所から鼻つまみであった乱暴者、
あるいは、世界中を相手に喧嘩をしかけた無法者の姿は、
いっさい削り取られている。

ただ、と俺は確信を込めて言う。
そのどちらがジョン・レノンであったかと言えば、
俺にとってのジョン・レノン、まさに、
不良の中の不良、ロッカーの中のロッカー。

そう、あの、ドキュメンタリー・フィルムの中にも刻まれているではないか。

オノヨーコに対して、うるせえ、メス犬、黙ってろ!

そんな暴言三昧のジョン・レノンに、
ああ、やれやれ、男ってのはほんとにこれだから、と、
苦笑いを浮かべてやり過ごすオノヨーコの姿。

いまであれば、立派なDV親父として新聞沙汰にもなるであろう、
そんなジョンとヨーコの隠れたエピソードの数々。

ただそう、俺には判る。
ロッカーなんて大抵がそんなものであるし、
或いは、日本の男って、昔はみんなそんなだったのだ。

そう、オノヨーコ、紛れもなく日本の女、であった。
そしてジョンレノンは、このオノヨーコの、極日本的な妻の姿、
暴君たる夫に、なにがあっても、はいはい、と付き従いながらも、
その内実ではがっちりとそんな男たちの気持ちを掌握しては、
それを表沙汰にして騒ぎ立てることもなしに、
それはまるで魔法のように、
そんな困った暴君を意のままに操っていく、
そのまさに、魔女性とも言えるほどに巧妙な人心掌握術。

そう、オノヨーコが東洋の魔女扱いをされる時、
俺はそんな、日本の女たちの中にあった一種狡猾なまでのしたたかさ、
それを思わないわけにはいかないのだ。

ジョンレノンという、稀代稀なワガママ男、その暴力性の塊り、
田舎街のゴロツキ風情の傍若無人なロックスターを、
思いのままに操って来たのは、まさにこのオノヨーコの、
日本女性としてのしたたかさであったのだ。

がしかし、果たしてそれだけ、であろうか。

そう、ジョンが言う通り、ジョンレノンというこの稀代の暴君が、
オノヨーコに会って初めて心の平穏を得た。

と同時に、そんな喧嘩屋一代で生きてきた、
そんな孤児院上がりのロックンローラーが、
このオノヨーコという人物に見出したもうひとつの世界。

それこそが、あの60年代という時代を吹き荒れていたフラワームーブメント、
その平和運動への、水先案内人、ではなかったのだろうか。







60年代、という時代。
ベトナム反戦運動と、パリの5月革命と、プラハの春と、
そして鉄のカーテンの向こうでは、毛沢東の文化大革命。
そんな世界中で吹き荒れた若者たちのムーブメントの嵐。

日本での学生運動から、そしてニューヨーク郊外で行われたウッドストック。

そう、そんな60年代の逸話を、あの時代の主役であった人々から、
いまだに様々な形で伺うことが多いのではあるが、

果たして、このビートルズというバンドが、
他のポップスターたちと一線を画することになったのは、
まさに、この60年代に燃え盛っていたムーブメント、
その密接なかかわり合い、
あるいはともすれば、その象徴的存在に祭り上げられていった、
その中にあったと言い切れる。

ヒッピー、そして、フラワー・ムーブメント、
その、愛と平和のベトナム反戦運動の中で、
ビートルズは実に巧みにそんな激動の波に乗った、のである。

LSDによるドラッグでのトリップを歌い、
ジャケットを飾るサイケデリックな極彩色のイメージから、
そしてジョージ・ハリスンに導かれてのインドへの旅。

そしてあの時代、アメリカとソビエト、
その二大国の冷戦構造の中に蹂躙されるままだった人々が、
新たな可能性を目指して、
敢えて社会からの脱却を目指した、
その大きな社会運動。

その中におけるロックという音楽。
確かに、ファッションとして、
或いは、その先導者として、
その流行の喧伝者として、
このロックという音楽が、
その運動の中で大きな役割を担ったのは否めない。

ただ、しかし、それはただ、流行に乗っているだけ、の話であり、
そこで一体何が論議され、なにが焦点とされているのか、
その方向性が曖昧なままに、
人々は髪を伸ばし服を脱ぎ去り、
そして、闇雲に自由を連呼しながらも、
しかしその運動自体は内ゲバ的な細胞分裂を繰り返すばかりで、
そこに何一つとして一貫した方向性を見出すことができなかった。

その混乱期の中で、そして人々はある意味での理由付け、
そのリーダーを欲していたのである。

そしてこのジョンレノンである。

世界一のポップスターであり、そしてロック界随一の大金持ち。
新しい音楽、サイケデリック・アート、
そのファッションの覇者であり、
文化そのものの牽引者であった、
そんな未曾有のポップスター、
そのアイコンであったビートルズ。

ただ、その社会的意味という面においては、
襟にかかるまで伸ばした髪で大人たちの反感と戦い、
麻薬不法所持の容疑で追いかけられては、
レコードの売上金を毟り取る税金制度に苦言を並べたり、
あるいはちょっとした失言から世界中の基教から総スカンを食ったり、
と、実はその程度であった筈のロックスターの反社会的行動というものが、
このジョンレノンの存在を前に、一挙に、大きな政治的なムーブメント、
その牽引者としての変革を見い出す。

このビートルズ、その、ジョンレノンの掲げた、ラブ&ピースというテーマ。

それこそがその後、ビートルズと他の流行歌手たちとの間に一線を画すことになった、
その、大きな違い、であったのである。

では果たして、ジョンレノンはこのラブ&ピースという唯一絶対のコンセプトを、
いったいどこから見つけ出して来たのであろうか?

あるいは、たかが流行歌手に過ぎなかったロックスターが、
政治を語り、文化を語り、後には、国家政策としての、
ベトナム戦争反対の運動の旗印となっていく、その過程。

そんな、平和運動=ロック、そのコンセプトが、
いったいどこからやってきたのか。

当時のビートルズが瀕していた解散の危機、
ブライアン・エプスタインという鎹を失い、
ますます政治運動に傾向していくジョン・レノンと、
そして、ジョージ・ハリスンは魂の解脱を求めて印度へと旅立ち、
そしてポール・マッカートニーは、
まるで縋るように、聖母マリアなキリスト教の中に、
その救いを求めていく。





その危機的状況の中で、ポール・マッカートニーが度々に渡って、
オノヨーコに対する苦言を並べていたときく。

このレット・イット・ビーに謳われた、ジョンへの想い。
成すがままに、とは歌いながら、そこにあるのは、
少年期から共に育った唯一無二の親友であり兄貴であった、
ジョン・レノンへの、愛惜と追慕、
手の届かないところへと旅立とうとする
最愛の兄弟への、涙ながらの嘆願であろう。

だがしかし、この世紀の名曲を最後に、
ビートルズは遂に解散という苦渋の結末を迎えることになる。

そして改めて、このジョン・レノン、
盟友であったポール・マッカートニーの涙の訴えを無下にしてまで、
そんなジョンレノンをここまで政治に傾倒させ、
ついにはドル箱のスーパーバンドであった筈のビートルズを解散させ、
その後はニューヨークに渡っては、
ベトナム反戦運動の一大アイコンとなった、
この稀代稀な喧嘩屋ロックンローラーのジョンレノン。

その決断を促し、そしてそんなジョン・レノンを支え続けたのが、
紛れもなく、この、オノヨーコ、という存在だったのである。







という訳で、改めて、このビートルズ、
あるいは、ジョン・レノンの目指したそのポップ・ミュージックの新しいあり方。

ロックという音楽が、時代の流行歌だけにとどまらず、
ファッションから、芸術から、文化から、
そして、政治、つまりは社会体制そのものを象徴し、
そこに主張を叫ぶ、
そんな位置づけのされる表現手段と姿を変えたのも、
元はと言えば、このビートルズ、
つまりは、ジョンレノンの存在だったのではないだろうか。

そしてそんな新たなるポップスターのイメージを作り出した、
その影の立役者が、まさにこのオノヨーコ、
という存在だったのではないのだろうか。

映画「いちご白書」に描かれた、コロンビア大学における学生運動、
そこでテーマ曲と謳われた、平和を我らに ~ GIVE PEACE A CHANCE

そして、ベトナム反戦運動の象徴となり得た、
ハッピークリスマス・戦争は終わった。

そしてそう、今なお世界中において、
ラブ&ピース、その人類愛と平和の賛歌として謳われ続けるイマジン。





ただ、そのすべてが、
どうも、俺の愛した、あの無法者のロックヒーロー、
喧嘩上等のロックンロールスターであったジョンレノンとは、
微妙なズレを感じるのである。

と同時に、ロックという音楽が、ここまで政治と密接しては、
下手をすれば、政治的なプロパガンダ、
その喧伝用を目的とされる状態が、
なんとなくも、胡散臭く、
或いは、愛だ平和だ、なんていう、いかにも女の子向けのメッセージが、
なんともこそばゆくも嘘くさく思えてきてしまう、

そう、ロック、たかがロックじゃねえか、と言い捨てたローリング・ストーンズ、
そこにこそ、ロックの真髄がある訳で、
愛だ、平和だ?知ったことじゃねえ、
俺達は嵐の中から産まれたジャンピング・ジャック・フラッシュだ、
その開き直りにこそ、不良の不良による不良のためのロックという音楽に、
これほどのまでの愛着を感じ続けた、その理由となるのである。

だが改めて、ローリング・ストーンズは、
ミック・ジャガーは、キース・リチャーズは、
偉大なるロックンローラーではあったが、
しかし、社会的なまでの偉人にはなり得なかった、
つまりは、ジョンレノンという人物には、
逆立ちしても太刀打ちができなかった、のである。

では改めてきく、このジョンレノンという男は、
いったい、なんであったのか?






一時期から、俺はこの愛と平和のラブ&ピースから、
いつしか、ローリング・ストーンズ的な世界、
つまりは、暴力と悪徳を啓蒙する、一種のダークサイド的な部分に、
より大きな魅力、というよりは、リアルな世界、を感じるようになり、
そして、改めて、ジョンレノンというひとの主張し続けた、
あの、ラブ&ピースという物にも、
あるいは、ロックという音楽が、社会、あるいは政治なんてものと、
それほどまでにコミットする必要があるのか、
そんな諸々なことに、一種の疎ましさを感じていたりもしたのだ。

たかがロック、たかが音楽じゃねえか。
そんなものに、主義主張など、くっつける必要がどこにあるんだよ。

だがしかし、もしもジョン・レノンという人が、
そんな人、その程度の人であったら、果たしてこの世の中は、
いったいどうなっていたであろうか?

あるいはそう、このジョンレノンという人の叫び続けた、
あの一種攻撃的なまでの平和主義への願いと、
そして、首尾一貫して貫き続けた、非暴力への拘り。

その何もかもが、
あの無法者ロックンローラーのジョンレノンのイメージとは大きなブレを感じながら、
だがしかし、ジョンレノンという人が果たして実際にどんな人であったのか、
それは別としても、
ジョンレノンという人が残したその功績は、
まさに計り知れないものがある、それだけは事実、なのである。

そして、あの1980年の12月、
狂信的なファンを自称するものからの凶弾に倒れたあの運命の時。

果たしてあのジョンレノン暗殺が、いったいなんであったのか、
誰一人としてその明確な理由は思い浮かばない。

その後、嵐のように巻き起こった、ジョンレノン暗殺の真相、
その陰謀説。

エフ・ビー・アイが、シー・アイ・エーが、あるいは、ケー・ジー・ビーが、
そんなありとあらゆる陰謀説の中に世界中が翻弄されながら、

だがあのニュースを聞いた時、
俺達は一種、狐に包まれたような気もしたものだ。

あのベトナム戦争の最中だったらいざ知らず、
この時代、果たしてなぜ、ジョンレノンが暗殺されねばならないのか。

そう、当時、ダブル・ファンタジーを録音したばかりのジョンレノン。
ただあのダブル・ファンタジーという作品には、
それほどまでに、政治色、あるいは、反体制色というのは、
謳われていはいない。

むしろそこには、父としての円熟と、そして深い深い家族愛。
それがクローズアップされた、まさに愛と平和の昇華版、であった筈だ。

そんなマイホーム・パパのジョンレノンが、
何故に今更、暗殺などされねばならなかったのか?






このインターネットの時代、
世界中の人々の間をまさに嵐のように吹き荒れる
フェイクニュースと、もっともらしい陰謀説の数々。
そんないかがわしい陰謀論の中で、
ともすれば、いかにも安易なペテンに、
自らが率先して騙されていく、
そんなギミックが当然のようにまかり通る、
この反知性と魔女狩りの時代。

そんな夏の夜のやぶ蚊のようなフェイクニュース的な陰謀説の中にあって、
俺自身、このジョン・レノンという存在、あるいは、オノヨーコという人物、
その謎について、考えれば考えるほど、調べれば調べるほどに、
疑心暗鬼の罠の中に落ち込んでいく、そんな葛藤を繰り返してきた。

嘗てコロンビア大学の大学院に通っていた友人のひとりから、
こんなエピソードを聞いたことがある。

学校の友人を招いてホームパーティを開いた際、
アジアからアフリカから南米からユーラシア大陸、
世界各国からの選りすぐりのエリート学生たちの前で、
いったいどんなBGMを流すべきか、
そんな思いから、全世界の言葉でもあるビートルズ、
これが一番間違いがないだろう、という判断であったのだが、
そのパーティの最中、いきなりロシア人の一団から、
大きな不満の声が上がったという。

この曲は、この曲だけは、やめて貰えないか?

その曲こそは、ジョン・レノンの歌う、世界平和の讃歌、イマジン。

この世界には、天国も地獄もなく、国境も人種もなく、人間はみな平等で、

え?この曲のなにがそれほどまでに・・

そしてロシア人たちが重い口を開いた。

実はあのソビエトの時代、学校で、集会で、
事あるごとにこの曲を歌わされては、
あの、クソッタレのポリトルーク:政治指導員たちが言ったものさ。

聴け、偉大なるソビエトの思想が世界を席巻している。

どうだ、西側で最も人気のあるビートルズが、我らへの讃歌を歌っているのだ。

イマジンが、ソビエトの讃歌?なんのこっちゃ!

つまりはそう、この無神論やら、国境はなし、やら、
愛やら平和やら、自由やら、解放やら、
この曲に謳われるすべてのことが、あの気難しいソビエト当局の、
大のお気に入りだった、ってことなんだよ。

つまりはそう、こんな曲を唄ってる奴は、きっとクレムリンのスパイ、
まったく余計なことをしやがってってさ、
俺はいまでもこの曲を聞くと、あの頃のことを思い出して胃袋がひっくり返る思いがする。

イマジンが、ジョン・レノンが、ソビエトのスパイ?
まさか・・・

そして、泥酔をしたロシア人たちが歌いだした。

いまぞ戦いの時、
全世界の飢えた人民たちよ、理想を持って立ち上がれ、
インターナショナルの旗の元に、やれ続かん!






とそんな時、俺の脳裏にふと、おぼろげな映像が浮かんだのである。

確かそう、そんな光景を、俺も見たことがあったような。

そう、俺が日本を離れる直前、日本中が不動産バブルに沸き返っていたあの時代、
1989年、ベルリンの壁が崩れ、天安門広場での事件に、世界中がひっくり返っていたあの時代。

NHKスペシャルで放映されたドキュメンタリー。
ジョンの死後10年を経たオノ・ヨーコが、改めてモスクワを訪れ、
時のロシア政府の高官に、平和のメッセージを届ける、そんな内容であったような。

とそんな中、泥酔してインターナショナルをがなったロシア人たちの言葉、

イマジンはソビエト政府の喧伝曲で、イマジンの作者はソビエトのスパイだ。

つまり、あのベトナム反戦運動が、そしてフラワームーブメントが、
すべて露助の差し金であったと、そういうことにもなっちゃう訳?

それは一種、衝撃であった。
世界中のどんなアフォな陰謀論者でさえも、
腹を抱えて笑い出すであろう、
そんな最低最悪の疑心暗鬼。

ただ・・そう、あのドキュメンタリーに描かれた、モスクワを訪問するオノ・ヨーコの姿。

そして、確か、ロシアの若者たちのコンサートで謳われていた、イマジン・・・・

まさか、ジョン・レノンって、露助の回しものだったの?

いや、と俺はかぶりを振る。
そんなはずがない。まさか俺のジョン・レノンが、あのロックンロール・ヒーローが、
まさか、露助の差し金であったなんて。

とした時、まさか、と再び閃く疑惑。
まさか、オノ・ヨーコが?

そう、このオノ・ヨーコという人物。
まさに、謎に包まれたその半生、そして、その出処。

オノ・ヨーコって、実はかの旧安田財閥のお嬢様で、
戦前の財務省の金融庁の大蔵省の、その軍部の裏金作りの、
つまりは、なに?このオノ・ヨーコって人、
まさか、まさかの、目ン玉協会?

でほら、オノ・ヨーコってさ、最初に結婚した旦那ってのが、
自称・前衛芸術家、ってことなんだけど、
この人がまさにガッチガチのマルクス・レーニン主義者で・・

ってことはなにかよ、
オノ・ヨーコはどこぞの目ン玉軍団の回し者で、
で、ジョン・レノンを騙してすかして利用して、
で、ほとぼりが醒めてきた頃になって、御用済みのお払い箱。

ってことは、ジョン・レノンを暗殺した黒幕って、
エフ・ビー・アイの復讐でも、シー・アイ・エーの軍産複合体の、
あるいは、ケイ・ジー・ビーの口封じ、でもなく、
つまりは、あの、世界の陰謀論者の専売特許、目ン玉協会?
で、その手引をしたのが、まさかまさかの、オノ・ヨーコ?

つまりはなにか、あの、DVオヤジから、
ビッチだ糞だと怒鳴られ続けたその腹いせに・・・??

まさか、だろ・・

ただ、改めて浮かぶあのオノ・ヨーコの不気味な姿。
あの、東洋の魔女の謎の微笑みには、まさかそんなからくりがあったのか・・

ただ、そう思った時、そんな妄想が膨らめが膨らむほどに、
あの実際に見た、オノ・ヨーコの姿、
あの、痩せこけた老貴婦人の姿。

どうも、おはようございます、と、
気さくにお辞儀をなさった、あの姿。

絶対に絶対に、噛み合わない、噛み合わなすぎる。

そう、俺はこう見えても経験論者、である。
自分の目で見なくては信じない。
その代わり、自分の目で見た、会った人々が、
果たして何者であるのか、そのオーラだけは、
一瞬のうちに見抜く、感じ取る、その自信を信じで、
これまでここまで騙されまくって、と同時に、
辛くも生き延びてこれた、その筈、なのである。

そう、俺の目で見たオノ・ヨーコ、あの姿。
この人には、なにひとつとして、
悪意がない、怯えがない、嘘がない、
そこには後ろめたい物をなにひとつとして隠していない、
つまりこの人は信じられる、そう確信した、
その筈だったではないか。







そう、毎朝の犬の散歩の道すがら、
俺は見上げるダコタ・ハウスのあの窓を、
そして、今日も喧騒に包まれたストロベリー・フィールズ、
いつ何時でも花の途絶えることのない、
あの、イマジンの広場。

そんな人々の間を抜けながら、
ジョン・レノン、そして、オノ・ヨーコ、
果たして、何者であったのか、
そしてあのメッセージの、その真意とはなんだったのか、
そんなことを、つらつらと考えに考え続けて・・

とそんな時である。
先のかみさんの不在の際、
ねえ、わたしが帰るまでの間に、あの、ゴミの山、
どうにかしておいてよね、とまたいつものご苦言を承るに辺り、
この突然の失業中の巷、
今度という今度はちょっとこの女王様、
そのご機嫌を損ねてしまうと後がないかも、
という弱冠の焦りなどというものを感じながら、
そう言えばそう、この本棚に犇めいた古本と古CDと、
そしてあろうことか、日本から持ちんだままのVHSビデオの山。
VHSビデオ?この時代、そんなものをどうやって再生するってんだよ。
そう、この時代の産物:VHSビデオなんてのを前にして、
この俺のあまりの物持ちの良さに改めて辟易しながら、
えーい、ままよ、みんな捨てちまえ、とゴミ袋に叩き込みながら、
ふと、目についた妙なレーベル、NHKスペシャル特集。
これ、このVHSビデオ、
つまりはあの時、俺が先にアメリカに旅立ち、
その後、片付けがてら日本に残したかみさんが、
取り敢えず箱に詰めて持ってきてみた、という、
あの、そう、三倍速で録画したであろうそのNHKスペシャル。
こんなもの、アメリカに持ってきていたのか?・・
四半世紀に渡って、本棚の奥底に埋まり続けた、
そのVHSビデオ。
そのレーベルには、かみさんらしい几帳面な筆跡で、
天安門事件、ベルリンの壁崩壊、
そして・・
ラブ・アンド・ピースは永遠に~ジョンとヨーコ、その時代~

えええええ!
なんだこれ!?

で、思わず電話した犬の散歩仲間の老婦人。

あのさあ、もしかして、VHSビデオデッキ、
お持ちであったりとか、しましたよね?

ああ、はいはい、と軽く答えるこの時空を越えた老婦人。

ありますよ、動くかどうか判らないけど。
ほら、最近は映画とかみんなYOUTUBEで・・・・

という訳で、雨の中、ちゃりんこでかっ飛んだミッドタウンのコンドミニアム。

その年代物のVHSビデオ・プレーヤーに映し出された、
この四半世紀に渡って封印されてきた、ジョンとヨーコの真実。

オノ・ヨーコ、当時、56歳、
まさに、矍鑠として、元気いっぱいのその姿。
そしてジョン・レノンの姿、そのあまりにも飾らない、
まさに、アッパーウエストサイドの住人から伝え聞いて居た、
態度の馬鹿でかい、何であっても誰に対しても、
決して物怖じする姿を見せなかった、
あの史上最強のロックンロール・スターが、
愛と平和と、そして、音楽を越えた社会運動の中に邁進する、
そのあまりにも溌剌とした理想主義者の姿。

そこに映し出されたジョンとヨーコ、
ニューヨークに渡ってからのその軌跡。
グリニッジ・ヴィレッジのアパートで、
進歩主義の政治運動達と集っては、
ベトナム反戦、そして、世界平和のための運動方針について、
日夜激論を戦わせながら・・・
そして、愛と平和の公開ベッドイン、
そしてセントラルパークでの一大フリーコンサート、
ジョン・シンクレア救済運動から、ブラック・パンサー党首のボビー・シールから、
それはまさに、錚々たる面子、
つまりは当時のヤバイ連中のオンパレード。
で、極めつけが、当時のエフ・ビー・アイの資料に克明に刻まれた、
国家犯罪人としてのジョン・レノンとオノ・ヨーコの記録。

だがそこに描かれていた真相は、
まさに、あの激動の時代、
理想に燃え、愛と平和を信じ、
ユートピア創造という、無謀とも言える夢に向けて邁進する、
世界一幸せなカップルの姿。
その誰をも恐れぬ行動主義と、
恥も外聞も、あるいは、現実主義を言い訳にした敗北主義も、
そのすべてに、中指と、そして人差し指、ピース!を突き立てた、
そのあまりにも強烈な理想主義ぶり。
世界一の大馬鹿者、でありながら、
馬鹿だからこそ見た、そのあまりにも壮大な夢。

争いのない世界を作ろう。
世界を、愛と平和で包もう。
この世に不可能なことなんてなにもない。

そんなジョンとヨーコにとって、
エフ・ビー・アイもシー・アイ・エーも軍産複合体も、
あるいは、ケー・ジー・ビーも、あるいはそう、あの目ン玉協会も、

すべてがすべて、人の子、つまりは、みな平等。

そんな諸々の、善も悪も、西も東も、右も左も、上も下も、
そのすべてがすべて、この地球という、宇宙という、
そのユニバースの住人なのだ。

そのあまりにも大きな視点。
その夢想的なまでに、壮大な理想。

国境も人種も宗教も、地獄も天国も、
紛争も、憎悪も、悲しみもない、
あるいはそれらすべてをひっくるめて、
俺たち、しょせんは、同じ人間じゃねえか、
そこまでの愛で、力いっぱい、胸いっぱい、
世界いっぱいの愛で包んでしまう、
そのあまりにも壮大な愛、その愛の概念。

そうだったのだ。
このジョンとヨーコにとっては、
世に言われる陰謀論、そのすべてが、まさに絵空事。
そんなことさえも、愛で包んでしまえ、

そんな思いが、このNHKスペシャル、
ラヴ・アンド・ピースは永遠に、の中に、
これでもか、と託されていたのである。

それはまさに、目からウロコ、であった。

ジョン・レノンがソビエトのスパイ?
オノ・ヨーコが目ン玉協会の回し者?
違う違う違う、すべて違う!

世界中の陰謀論という陰謀論が、
つくづく、徹底的に、バカバカしくなった。

ジョンとヨーコ、この人達は、
そんなチンケな物差しでは測れない、
言ってしまえば政治なんてものさえ眼中にない、
大きな大きな、
それこそ地球すべてを包むほどに大きな、
そんなとてつもなく巨大な夢を見た、
そんな肝っ玉の大人物の大人物。

そう、ジョン・レノン、
態度ばかりがやたらでかくて、
そう、それも真実ではない。

その人間として、その理想が、夢が、
そのすべてにおいて常人の思いもせぬほどにまで、
大きな大きな、とてつもなく大きな人、であったのだ。

そして、そんなジョン・レノンが、
ヨーコとの間に追い続けたその壮大な夢、
その夢の大きさこそが、
実は政治だ思想だなんて事でもなく、
それはもっともっと根源的なもの。

つまりはジョンの不幸な生い立ちに於ける、
あまりにも巨大な欠落、その裏返しだったのだ。

そう、ジョン・レノンという人は、
親に捨てられ天涯孤独、
世間のすべてを憎み尽くした末に、
そして出会ったオノ・ヨーコ、
生まれて初めて、
その胸の内のすべてを吐露した魂の友。
そして空虚を埋め合わせるべく、
世界を愛で満たす、
その壮大な夢の実現の中に、
自己の浄化を、魂の救いを見出そうとした、
そういう訳ではなかったのか。
そう、嘗ての俺達が、そんなジョン・レノンの中に、救いを見い出そうとしたように・・

(こちら、こんなページを見つけました。
特別編 : ラヴ・アンド・ピースは永遠に ~ レノンとヨーコ その時代
勝手引用ごめんなさい!)


一緒にビデオ鑑賞に付き合わされた、
老婦人が泣いていた。

そう、わたしも驚いたのよ、
初めてオノ・ヨーコさんに会った時。
世間で言われているような人と、
ぜんぜんまったく違ったのよ。
本当に品の良い方で、
本当の本当に腰の低い、とても良い人で。
あんなジョン・レノンなんていうヒッピー男に騙されちゃったが為に、
この方、本当に御苦労なさったんだろうなって。
ただあの方、前衛芸術とかですっぽんぽんになっちゃったりとかしたでしょ?
それをお父さんが見て、それはそれはお怒りになられて、ほとんど親子断絶、勘当状態だったって言うしね。

そんな天涯孤独の二人が出会って結ばれて、
会うに会えないご家族への想いから、
世界を家族にって、
そんな事を思ったのかもしれないわね。

そして改めて、俺の中ですべての糸が繋がった。
すべての謎が、光りを得て像を結び、
そしてひとつの形、
あのセントラルパークの入り口で出くわした、
あの、痩せこけた、老貴婦人の姿に見事に重なった。

そう、ジョン・レノンこそはオノ・ヨーコ、
オノ・ヨーコこそは、ジョン・レノンだったのだ。
ビートルズが、レノン・アンド・マッカートニーであったように、
ジョン・レノンは、つまりは、ジョンとヨーコ、
ふたりはひとりの一心同体とは言わないが、
ただジョン・レノンのあの偉大なる虚像、
そのすべてが、実は、ヨーコとの共同制作、
孤独な二人の愛が育てた、見事な結晶だったのだろう。







あまりの衝撃の中で放心状態のまま、
ねえ、そう言えば、と老婦人。

ねえ、あのさ、ファミリーヒストリーって知ってる?
NHKでやってる、ご先祖さまを突き止めましょうっていう番組。

え?家系図辿り?知らないな、そんな趣味ないし。

ほら、コリアンの人って、そういう家系図大切にしてるじゃない?
でも、日本人って・・

まあね、そう、戦争で焼け野原になっちまったし。

それがね、そう、残ってるのよ、すごくいろいろなものが。

で、そのファミリーヒストリーがどうしたの?

え?知らなかったの?オノ・ヨーコのファミリーヒストリー。

オノ・ヨーコって、確か、旧安田財閥の、

そう、そうなんだけどさ、ねえ、これ、VHSもう良いでしょ?
だったら、ほら、これ、インターネットに繋ぎ直して。

という訳で、いきなり、画面いっぱいに呼ばれて飛び出たYOUTUBE。

えっとえっとえっと、と待つことしばし、その後に、

あ、これだ、これ、ほら、ちょっと長いけど。

オノ・ヨーコの家系図?

そう、小野家と安田家、そのご先祖様と。

ああ、ショーン・レノン!

そう、オノ・ヨーコとショーン・レノンが、親子で、家系図の旅。

という訳で、長きに渡って謎の中の謎、
そのオノ・ヨーコ陰謀説のその根拠になっていた、
その、あまりにも華麗なる小野一族、その全貌。

つまりは、そういうこと、だったのか・・・








嘗て訪れたヒマラヤ山中の隠れ里、
チベット人たちの難民キャンプの昼下がり、
それはまさに宇宙の漆黒を透かして見たかのような紺碧の空から降り注ぐ、
あの太陽、世のすべてを包み込む淡いクリーム色の陽だまりの中で、
生まれたばかりの子犬たちを膝の上に抱えながら、
そしてこれ以上ないほどの安息に包まれていたあの時、
麗しのビートルズ、あの旋律を口ずさんでいた。





ジャイ・グル・デイヴァ・オーム 
なっしんぐごな・ちぇんじ・まい・わーるど

国境も人種も宗教も、地獄も天国も、
紛争も、憎悪も、悲しみもない、
あるいはそれらすべてをひっくるめて、
俺たち、しょせんは、同じ生き物じゃねえか、

そう、俺達は地球の子、宇宙の子、神:マザーネイチャーの子
そしてこの地球上の、生きとし生けるもの、そのすべてが神の一部。

そう、この曲こそが、
ポール・マッカートニーの、LET IT BE マリア様、お救いを、に対する、
ジョンからの回答だったのだろう。

そしてジョン・レノンは戦い続けた。
ありとあらゆるものに、そのあまりにも壮大な理想を武器にして。

そしてあの神の祝福に包まれたヒマラヤの山里から外界に降りて以来、
俺は、見上げる空が、いつ見てもどんよりと曇っている、
そんな気がしてならないのだ。

そしていま、この見渡すばかりに濁りきった空、
その空に覆われたこの現世の修羅の光景。

果たしてジョン・レノンが、この世界を見た時、
いったい、なにを思うのであろうか、そう考えれば考える程に、
あのまぶたに浮かぶジョン・レノンの姿。

ジョン、帰ってきてくれ、お願いだから、帰ってきてくれ!

そう泣き叫んではしがみつきたくもなる、
そんな恐慌状態にも似た、末期的な絶望を感じたりもする。

ただそう、俺たちはもう既に大人なのだ。
つまりはそう、この眼の前の修羅、その現実に対して、
幾ばくかなりとも、責任も感じていなくてはならない、
そんな年齢なのだ。

幼き頃にジョン・レノンに感じた、あの、すがりつきたく程の想い、
俺達はいま、目の前の子供達に、感じてもらわなくてはならない、
そんな立場、なのである。

改めて聞く。
友よ、この世の中、この修羅の巷を、ジョン・レノンに、
そして、子どもたちに、胸を張って示すことができるのか?
え?どうなんだ?





ならば、俺達はいま、いったい、何をすれば良いのか、
そんな途方に暮れる命題の中で、
そして、改めて、あのジョンの、そして、ヨーコの言葉を思い出す。

War is over, if you want it ~ 戦争は終わる。あなたが望めば

そう、まずは手始めに、それを、望むことから、初めてみようじゃないか。

そしていま、このフェイク・ニュースとマッチポンプの出来レース、
偽りの危機感の中でまた金金金、
死の商人たちの罵声が響き渡る中、
俺たちに出来ることといえば、
そう、望むこと、それ以外にはない、
そこから始めるべきなのだ。

そして改めて、オノ・ヨーコの姿を思う。

愛と平和、そして、徹底的な非暴力。
右も左も、西も東も、上も下も、すべて包み込んだ上での、
徹底的なまでの絶対の愛。
それを望む以外、望み続ける以外に、
この地獄巡りから抜け出す方法はないのだ。

それこそが、ジョンとヨーコが、
その命を賭して、訴え続けた、
唯一絶対の真理だろう。

俺は、少年時代からの、
あの心の友であり、兄であり、そして父であった、
このジョン・レノンという唯一の偶像と、
そしてそんなジョン・レノンを慕い続けた、
幾多の友たちへの想いを胸に、
改めてこの時代、
愛と平和に包まれた地上の楽園、その夢を、理想を、
願い続けなくては、と思っている。

ジョン・レノン、本当の本当に帰ってきて欲しい。
あなたさえ居てくれれば、この修羅の悪夢が、
一瞬のうちに掻き消える、
そんな奇跡を巻き起こしてくれそうな、
そんな気がしてならないのだが、
そう、それが果たせないのであれば、
ジョンとヨーコ、
その愛の結晶であったその願いを、
俺達がマインド・ゲリラとして、
万感の思いを持って引き継ぐ、
その覚悟こそが、あの魂の師への、
せめてもの恩返しになる筈なのだ。


War is over, if you want it ~ 戦争は終わる。あなたが望めば



望まなくては、なにも始まらないのだ。
望むことこそが、戦いなのだ。

戦い続けよう、その壮大な理想を武器に、

忌の際までラブ&ピース、
このジョンとヨーコ魂、
死んでも貫き続けてやろうじゃねえか。






  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム