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パンクロックよ永遠に! 映画:GIMME DANGER ~ イギー・ポップ&THE STOOGESを観る

Posted by 高見鈴虫 on 07.2017 読書・映画ねた   0 comments
るせえんだよ、放っといてくれ、
そう、俺はパンカー、なんだよ。
ブサヨだントウヨだアイドル・ファンだ?
んなクソどものことなんざ知ったことじゃねえ。

そう、俺はパンカー、なのである。

パンカー、つまりはパンクロッカー、
この世のすべてに中指を突き立てる、
まさに、世界最低の鼻つまみ者、
まったくもってどうしようもないぐらいに
まったくもって救いようのない、
このパンカーという種族。

そう、それでこそパンカー、
だからこそパンカー、なんだよ。

パンカーは、バカで貧乏で、
野蛮で不潔で、助平で自堕落で、
やることなすことハチャメチャの無茶苦茶、
享楽主義の刹那主義のSM変態糞野郎。
世界中の権威と言う権威に、手鼻を飛ばしてはせせら笑い、
そのフケだらけの頭の中にあることと言えば、
セックス・ドラッグス・ロックンロール、
明けても暮れてもそればかり。

そう、パンカーとはつまりはそういうもん。

そして、だからこそ、パンカーは格好良い。
そんな支離滅裂な逆説的イメージが、
その美学が、美意識が、屁理屈が、
いったいどこからやって来たのか。

セックス・ピストルズが、
クラッシュが、ジャムが、ダムドが、

ドールズが、ジョニー・サンダースが、
ラモーンズが、ブラック・フラッグが、
レッチリが、ストテンが、ガンズが、ニルヴァナが体現した、
ルードで、ナスティな、そんなロックの美学。
乱暴者のろくでなしのスラム街のドブネズミ達の、
そのチンピラ性ばかりの発展系であるところの、
この、パンク・ロック、というふざけた奴ら。

そんなろくでなしパンク・ロッカーたちの持つ美学、
徹底した無産者であり、徹底した反権威主義であり続ける、
その、歪んだ美意識のすべてが、
まさにこの男、イギー・ポップから、始まっていたのである。

という訳で、イギー・ポップとSTOOGES。
そう、パンク・ロックのゴッドファーザー、
あるいは、パンクロックがここから始まった、そう断言できる、
この史上最低のパンク野郎ども。
そう、すべての間違いは、ここから始まっていたのだ。
(ライブの詳細はこちら->IGGY&THE STOOGES

という訳で、イギー・ポップである。
知る人ぞ知る、オリジナル・パンク・ロッカー、その権化。
そう、このイギー・ポップと、そしてSTOOGESの軌跡。
よりよってあのジム・ジャームッシュが、
今更になってドキュメンタリー映画、なんてのを撮った、
その話は聞いていた。勿論、知ってはいたさ。








いや、だがよ、悪い、観ていなかった。
そう観ていなかった、いや正直なところ、観れなかったって言うか・笑

あのよ、改めて言わせて貰えばよ、
時代はいまやベビーメタル、そんなご時世なんだぜ。
今更パンクなんてものを見てどうするってんだよ、とか、
まあ、憎まれ口叩いてもしょうがねえのは判ってはいるが、
なにを今更イギー・ポップだよ、とか、
思わないでもなく・・・

いや、ははは、まあな。そう、気になってはいたよ、確かにね。
ただ、そう、俺もこんな状態だしさ。
この歳こいてまさに正真正銘のパンクな失業者、
洒落にもクソにもならねえ、ルーザーの中のルーザー、
まったくもってそのもの、の状況な訳でよ。
こんなざまでイギー・ポップなんざ観ちまった日には、
いきなりの先祖返りをかましては、
構うことはねえ、こんな人生、何もかもひと思いに、ぶん投げてやれ、
たちまちそんな糞度胸が据わってしまう、
それも判りきったことじゃねえか。

ただ、判ってるって。
そう、観ない訳にはいかねえよな。
観れば見るだけ辛くなるばかりだろうが
ただ、そう、確かに観ない訳には、いかねえよ
だって、イギー・ポップだぜ
そう、STOOGESだよ。
いったい今更そんな奴ら、誰が観るってんだよ、
こんな俺たちが、観てやらなかったらさ。






という訳で、この映画、ギミー・デンジャー
イギー・ポップとSTOOGESのドキュメンタリー。
その最初から最後まで、まさに、愚行に継ぐ愚行、
徒労に継ぐ徒労、不毛に継ぐ不毛、迂遠に継ぐ迂遠。
無意味で無価値で無益で、
なににとっても糞の欠片の価値にもならない、
まさに、無産に始まり無産に終わる非生産性の極致。

まさにこれ、終始一貫して、
バカのバカによるバカの為のバカ騒ぎ。
つまりはそうそれ以上でも以下でもなく、
と同時に、
それ以上でも以下でもあらねばならない
その必要がどこにあんだよ、とばかりに、
思い切り開き直っては自暴自棄の底の底。

でありながら、
そう、とどのつまり、パンカーとはそんなものだ。
だからこそ、ロック、なんだぜ。

そんなパンクの中のパンク、ロックの中のロック、
そんな、滅びの美学の粋を体現した、
この、イギー・ポップ、そして、STOOGESという奴ら。

あのなあ、今更んなもの体現してどうなるんだよ、
とは思いながら、
ああ、判ってる、判ってるよ。
それこそが、パンクだったんだよな。

そう、俺たちはパンカーだったのだ。
何からなにまでハチャメチャで、
ありとあらゆるものに手鼻をかんでは中指一本二本三本。
やることなすこと、徹底的に自棄っぱちでデタラメで、
何から何まで行き当たりばったりで、
出たとこ勝負の火事場の馬鹿力。
そう、そんな俺達、つまりはパンカー。
その姿、狂犬病の野良犬、そのもの。
そんな俺達がこの世で一番COOL:カッコイイと思っていた、
その男が、イギー・ポップ、そして、STOOGES。

俺たちの憧れていた、
その意味不明なぐらいの無茶苦茶さの、
そのなにもかもが、まさにこの男、
イギー・ポップとSTOOGES、
奴らの美学、あるいは生き方、そのものだったのだ。

そして改めて言える。
この映画、ギミーデンジャーに在るイギー・ポップとSTOOGES、
今になっても、そして、多分、今だからこそ、
イギー・ポップ、そして、STOOGES、
その惚れ惚れとするばかりの無軌道ぶり。
そんな姿、そのひとつひとつが、
悲しいことに、問答無用なまでに、COOL!格好良い!





という訳で、この失業中の巷、
明日をも知れぬ身空のその自暴自棄の底の底で、
改めて見つめるこの青春時代のヒーローたち。

工場都市・デトロイト近郊の貧民街から始まった、
この糞ガキの糞ガキによる糞ガキの為の糞バンド、
イギー・ポップとSTOOGES、
その誕生からそして無様な空中分解までの、
問わず語りの思い出巡り。
その道のりのすべてが、トラブルに継ぐトラブル、
セックスとドラッグスと、バイオレンスと
貧困と麻薬中毒と、欲求不満と自暴自棄、
ありとあらゆるものに反抗の牙を剥きながら、
アナーキズムの底の底を這いずり回る、
それはまさに、ドブの底の底を行く地獄巡り、ともなる訳で、
事実、この映画の中、いまや好々爺としてかつての思い出を語る、
その登場人物の殆どが、映画の公開を待つこともなく、
既にこの世の人ではない。
そう、それこそがロック、それでこそパンク、だからこそCOOL、
とは言うものの、
そして最後の最後に残ってしまった、このイギー・ポップ。

今となっては、メンバーの殆どが、
そして、NICOが、ルー・リードが、
そして、デヴィッド・ボウイさえも去ってしまった、
この殺伐とした世界にたった一人。

そしてこのパンクのゴッドファーザー、
あるいは、魔王であるところのイギー・ポップ。
金メッキの塗られた、なんちゃって王座に一人、
あの時のことあの頃のことを語り尽くす、
問わず語りの地獄めぐり。

そして、この世界一のろくでなしに憧れて続けた、
俺たち、ジャパニーズ・パンカー。
そんな俺の無様な青春を、無益な人生を飾ってきた、
あのまったくもってどうしようもなかった、
新宿のSTOOGESたち

そして、我らがゴッドファーザーが、
その思いのすべてを語り終えた時、
そして全てが終わった。
終曲のテロップに流れる、今は亡きロックンロールの殉教者、
そのあまりにもそうそうたるメンバーたち。

そしていま、すべてを語り終えたイギー・ポップ、
齢にして70歳。
いったい彼は、どこでなにをしているのだろう・・

そう、そう言えば、つい先日、
よりによって、CNN、なんていう糞チャンネルの、
よりによって、世界お料理紀行、なんていうクソ番組、
その中の、よりによって、マイアミ、なんていうおちゃっぴーな街の紹介の中に、
あろうことか、この、イギー・ポップ、
パンクのゴッドファーザーが登場したのである。





今となっては世界に聞こえたセレブリティ・シェフ、
でありながら、嘗て、ロックの中のロック小僧として、
夜の街を荒らし回っていたこの無法者シェフ・アンソニー・ボーダイン、
そんな二人が、
南国の陽射しに溢れたダイナーのテーブルで、
昔懐かしきロック談義に耽る姿。
これが、あの、アンソニー・ボーデイン?
そして、これが、あの、イギー・ポップ?

そう、時は流れた、のである。
橋の下を多くの水が流れ、
そしていつしか、時代は、そして人間は、
変わっていったのである。

という訳で、イギー・ポップ、
パンクのゴッドファーザー、
いまは南国マイアミに暮らしながら、
朝一番に誰もいないビーチにひとり。
昇る朝日に照らされては、ヨガをやるのが日課だそうだ。
イギー・ポップがビーチでヨガ?
笑わせるにも程があるぜ、
とは思いながらも、
そう、そう言えば俺も、
朝一番に犬を連れてはセントラル・パーク、
緑の芝生の上で犬にボールを投げながら、
もしかしてこんな姿を、
あの頃のあいつらに、見られた日には堪ったものじゃねえな、
とは常々思いながらも、

そしてイギー・ポップが、そしてジョニー・ロットンが、
そしてキース・リチャーズが、そしてミック・ジャガーが、
そんなロック・ヒーローたちに憧れた、
嘗ての俺たち、あの新宿の裏通りの、
クズの中のクズを自称した俺達が、
いま人知れず、自分だけの人生を歩み始めている。

そしてイギーポップ、そして、STOOGES、
あの憧れのパンク・ロックヒーローたちの、
そのあまりにも遠い遠い遠すぎる姿に、
思わずおも思わず、むしゃぶりつきたいほどの、愛しさを覚えた、
そんな夜であった。

という訳で、なんの因果か、
この歳になってまたまた失業の身空。
まったくもって、あの、イギー・ポップとSTOOGES、
ルーザーの、NO FUNの、LUST FOR LIFEの、
その姿、そ・の・も・の。
いったいなんだってこんなことになっちまったんだ、とは思いながら、
そして改めて見つめるこのパンクロックの権化たち。
そうだよな、そう、こんなものに憧れてしまったのが運の尽き。
最初から最後まで、俺はまさに、このイギー・ポップ、
この世界一の鼻つまみ野郎、まったくもってそのままの人生、
それを宿命付けられた、まさに、業、あるいは、罰、のようなものなのか、と。
と、そう思った時、
そう言えば・・
そう、ついについに万策尽きては
バンド極道の足を洗ってカタギに鞍替え、
なんてことを考えていた時、
で、カタギの世界、
いったい今更、どの面を下げてなにをすれば良いのかと、
世知辛き渡世の隅の隅でただただ途方に暮れまくっていた、そんな時、
そう言えば、と思い当たったのが、
まさにこの、STOOGES。

そう、バンドが空中分解した後、
リード・ギタリストであった、ジェームス・ウィリアムスンが、
なんといきなり、コンピューター技術屋に転身こいた、
なんて話を聞き知った俺。

そっか、STOOGESから、電脳屋か。
これぞパンクの神様のお導き。
あのSTOOGESにもできるのであれば、
俺にできないこともなかろうが。
そう、現在のこの苦境を招いた、
俺の人生の第二の大間違いは、
実にそうやって始まっていた、のである。

という訳でまったくもって、
パンクに始まりパンクに終わった、
この、イギー・ポップとSTOOGES、
それに彩られた俺の人生。

まったくもってどうしようもない、というよりは、
どうしようもある筈もなく、あるべきでもない、
そう、つまりは、ルーザーに始まりルーザーに終わる、
そんな人生こそが、俺には一番の似合いなのだ、
そんな事実を、これでもかと叩きつけられた、
この映画:ギミーデンジャー。
まさに、パンクの中のパンク、その軌跡を辿った、
ロック地獄めぐりのドキュメンタリー。

改めて、イギー・ポップ、スーパー・クールに格好良い。
そして改めて、パンクス・ノット・デッド。
ここまで来たら、忌の際まで、ロックンロール、
ここまで来たら、怖いものなんざなにもねえ、
とまでに心底肝が据わった、
そんな気もする、先祖返りの夜であつた。







とまあ、そう、ここで終わってしまっては、
まさにこれ、中年失業者の自殺宣言、
とも成りうる訳で、
さすがにちょっと、あまりにも座りが悪い。

というわけで、またまた最後の最後になって、
俺らしいちゃぶ台返しとやらを、食わわせてみたい。

実はさ、俺、イギー・ポップに会ったことあるんだよね。

それも、レコード会社の会議室やら、ライブハウスの楽屋やら、
そんなところでは勿論無くて・・・

嘗ての前回の、その前のか?
そう、あの、失業中の巷。
いつものようにリンカーン・センターの図書館、
周りをホームレスたちに囲まれては、
眠気覚ましにパンク・ロックを聞き続けながら、
資格取得の為の試験勉強を続けていたそんな時、
一心不乱に参考書を読み耽りながら、
ふと、にわかに漂った強烈な異臭。

そう、この図書館、人生という時間を
ただ無益に食いつぶすだけのホームレスたち
つまりは言うなれば究極のパンカー、
であるところのこのレゲエおやじたち。
平日の図書館が、そんな奴らの仮眠室にされてしまっている関係から、
そんなホームレスたちの纏う強烈な異臭、
それには既に慣れっこになっていた、そんな俺であったのだが、
そのにわかに漂った、あまりにも強烈な、
ひときわ鼻腔を刺激したこの強烈な異臭。
いったいどこのホームレス野郎だ。
こいつ、この異臭の持ち主、
完全に完全に、人間の道を踏み外しちまった、
まさに、人というよりは野獣に近い、
そんな究極的外道ホームレスに違いない。
と、その異臭の主であるところの、
図書館の閲覧用の平机の正面に向かい合った、
その無頼な老人ホームレスの姿に見るともなく目をやれば・・

こいつ、どこかで、見たことがある。
それも遠い遠い昔、これ以上ないほどまでに、
この男の姿ばかりを、見つめ続けたことが、ある、
そんな記憶が、たしかに、ある。

果たしてこの人だれだったっけか、
と首をかしげていた時に、
その老人ホームレスと、ふと目が合った。

油まみれの長い金髪。
ジャンキー特有の、顔中に刻まれたその深い深い皺。

そしてなにより、そのあまりにも強烈な視線。

なんだこの臭えジャンキー・ホームレス爺い。
いい年こいてふざけた格好しやがって、
と心の底から辟易しながらも、
そう、その風体、観れば観るほど、
どういう訳だか憎めない。
それどころか、
どうしてなんだろう、
それはまるで、電車の中で目の前に
ガキの頃の悪仲間が
あの頃とまったく同じ格好の
そのまんまの姿で座っていた
そんなあまりにもバツの悪い、
でありながらも
これはなにがあったとしても、
どうしても見過ごすことのできない、
そんな切羽詰まった念に駆られては、
その目の前の老人ホームレス、
身体中から異臭を立ち上らせた
この見るも悍ましきジャンキー老人と、
ひっしと見つめ合う、その視線と視線。

このジャンキー・ホームレス爺い。
そのあまりにも無礼な直線的な視線。
その露骨なまでの視線に射すくめられては、
まるで両の瞳の中に誘い込まれるように、
思わず迂闊な会釈をしてしまうと、
その老人ホームレス、
いきなり顔中くしゃくしゃにしたまま、
まるで蕩けそうな笑顔で、
やあ、どうも、という風に、
とぼけた会釈を返してくれた、のである。

よお、爺さん、と思わず。
あんた、こんなところで何してやがるんだよ。
まあ俺も他人のこと言えた義理でもねえけどさ。
で、爺さん、その本、
居眠りを誤魔化すための隠れ蓑にしては、
なんとなく勿体ぶっていやがるじゃねえか。

と顎をしゃくれば、

ああ、これか?と、表紙を立てて見せてくれたのが、
古い古いブロードウェイ劇の戯曲、そのハードコピー。

ああ、あんた、演劇の人なんだね、
と勝手に納得しながらも、

このホームレス爺い、
図書館に巣食う乞食の分際でありながら
よりによって古典の戯曲を読み耽るなんざ、
なかなか格好良いじゃねえか、
と思わずウインク。

とすればホームレス老人、
へっへっへ、してやったりと言う風に
茶目っ気たっぷりの照れ笑いを浮かべては、
じゃな、と軽く顎をしゃくって立ち上がったその姿。

とたんに、身体中からむっと漂うその異臭。
ああ、とそのときになって気が付いた。
この異臭、この匂い、この野獣の芳香、
つまりはそう、あの時の俺たち、
何日も風呂に入らず汗みどろ、
ヤニとアルコールと珍カスと、
そして、ありとあらゆる不純物、その集体積、
つまりはあの、ライブハウスという魔窟。
あの、都市のどん詰まりの地下室の底、
そこに巣食っていた、あの、パンク・ロッカー達。
あの、ロックンロールの自殺者達とばかりに、
若い生命のすべてを賭けて自滅への道をひた走る、
あの悲しいばかりに刹那的な青春の藻屑たち。
あの地下室に満ちていたゲトーの匂い、
そのものであったのだ。

ふと振り返る、その老人ホームレスの後ろ姿。
顔だけ見れば、巨漢の大男、と思いきや、
立ち上がってみればそれほど背も高くなく、
ただ、なによりもその存在感。
後ろ姿でありながらも、
そこに漂う圧力が半端ではない。

今更ながら、こやつ、いったい、なにもの?

それはまるで、道端ですれ違った家族の姿を見過ごしたような、
まさにそんな、不思議な気分。
家族? 家族って、いったい・・
と、そんな時、ふと机上に置かれたラップトップ。
懐かしのロックンロールが流れ続ける、
その、自動再生のYOUTUBEの画面に、
ふと浮かんだその姿・・

イギー・ポップ&THE STOOGES ・・・

おい!と思わず。

おい、おい、おい、おい!

この男、このイギー・ポップ、
まさに、あの、あの、あの、
さっきの、あの、ジャンキーのホームレス爺い、
そのひと、じゃねえかよ!

この驚愕、
これぞまさに、
例によって暴飲泥酔こいた二日酔いの朝、
ふと目を覚ましたらその隣りに、
いきなり、中元すず香が寝ていた、
そんな状況をも上回る、あまりにあまりの青天の霹靂・・

おい、おい、おい、俺、
いきなり、ふと目を上げたらそこにジーザス・クライスト、
つまりは、俺の神様
あの、イギー・ポップと、ご対面しちまったぜ・・・

で、その時、俺がなにをしたか、だって?
思わず弾かれたように椅子を立っては、
その後姿に追いすがって、
イギー、イギー、俺はあんたが好きだった、とばかりに、
握手を求め、サインを求め、武者ぶりついてキスの嵐、
なんて、ははは、そう、そんなことはねえよ。
そう、俺たち、パンカーだしさ。
そう、痩せても枯れてもロックンロールの自殺者。
つまりは徹底的な反権威主義者。

という訳でこの腐れパンクス崩れ、
腐れパンクは腐れパンクとしてそのプライドのすべてをかけて、
俺は再び、なにごともなかったかのように、
手元に広げた参考書のページに目を戻しては、
そして、ふっと、笑ったものだ。

イギー・ポップ。
このクソッタレのくそパンク野郎。
あんたのお陰で、俺がいったい、
どれほどまでに無様な葛藤を強いられて来たのか、
その愛憎の、
積もり積もった恨み辛みのすべてを飲み下しては、
思わず、イギー、その姿、
まったくもって、イギー・ポップ、そのもの。
ああ、俺は、あんたが、好きだった。
そして、これからも、ずっとずっとあんたが、好きだ。
柄にもなくそんな言葉を、迂闊にも呟きそうになっては、
思わず、うっとばかりに危うく噛み殺した、
そう、俺達は痩せても枯れても、パンクス、なんだからよ、と。

というわけで、あのなんとも拍子抜けした運命の出会い。

俺はそれを、神様からの贈り物、
であると同時に、この長きに渡った悪戦苦闘、
この、愚行に愚行を、徒労に徒労を重ね続けた、
この七転八倒のパンク地獄めぐりの人生に対する、
フェアウェル・レター、つまりは、絶縁状と、理解した。

そう、すべて終わったのだ。

つまりはイギーポップの夢が、いまここに、終わったのである、と。






というわけで、この映画:ギミーデンジャー、
あの図書館で出くわしたイギーポップの姿、
あの、異臭を漂わせたジャンキー・ホームレス爺、
まったくそのままの姿、そのままの表情で、
まさにあの図書館の平机を挟んでは見つめ合いながら、

実は、あの時はよ、と話しかける、その好々爺の姿そのもの、であった。

そしてすべての夢から覚めた秋の夜。

パンクロックというひとつの美学、
そして、その儚い夢の中に消えていった、
すべてのろくでなしロッカーたちよ、

イギー・ポップは、生き続ける。
いまも、そして、これからも、そして永遠に・・

そして俺は、この瞼に焼き付いた、
そしていまだに、身体中の、その血と骨のすべてに染み込んだ、
ロックンロール、そして、パンクロック、
この滅びの美学のすべてを抱え込んだまま、
棺桶まで、持っていくつもりである。

ロックンロール・フォーエヴァー、
そして、パンクス・ノット・デッド。
忌の際まで、俺は、腐れパンク、そのひとりとして、
これ以上無く、ジタバタと足掻き続けてやるぜ、
イギー・ポップ、この史上最悪の腐れパンク野郎、
その呪われた悪態のすべてを背負って・・

そして我が愛しきパンクロックの殉教者たちよ、RIP 
もう戯言は聞き飽きた、頼むから安らかに眠ってくれ。








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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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