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地獄でなぜ悪い ~ 平成末世の読書案内

Posted by 高見鈴虫 on 25.2018 読書・映画ねた   0 comments
このベビーメタルのロス期の間に、暇に任せて古本漁り。箸にも棒にもかからない、つまりはなにがどうあっても糞の役にも立ちそうもないものばかりを読み漁っている。

根っからのテレビ嫌いである俺にとって、読書こそは唯一絶対の娯楽。
場所を選ばず時を選ばず、少なくとも小一時間、あるいは三日から一週間はどっぷりとその妄想的世界に迷い込むことができる、まさに安上がりこの上ないコスパ最高の原初的娯楽なのである。

ただそんな暇つぶしを目的とした俺の読書癖。
当然のことながら、なにひとつとしてなんの節操もない。或いは敢えてそこに節操やら目的やらを求めない。つまりはその看板やら後ろ盾やら縦書から横書から古今東西右左。主義主張に囚われず、立ち位置に捉われず、それが活字である限りはとりあえず読み初めてみる、つまりは乱読の極み。
気が向いた時にブックオフに立ち寄っては、目についたバーゲン本を大人買い。
床に山積みにしたその上からなんの脈略も節操もなく読み捨てていくのであるが、
まあぶっちゃけた話、その大抵の本は、数ページを捲った時点で読む価値無しと秒殺刑。
時間の無駄、どころか、馬鹿な頭がますます馬鹿になる毒ガス扱い。
そんな糞本はえんがちょとばかりに腹立ちまぎれにズタ袋に叩き込んで、次回のブックオフ来訪時に小銭と交換して貰うことになるのだが。

そう、この時代、早々と最後まで読み切るに値する本には出会えるものではない。
それも、ブックオフのバーゲン本限定、となると尚更である。
改めて、ブックオフに行く度にそこに山積みにされた膨大な本を眺めては、いったいどこの誰がどんな目的で誰に向けてこんな本を著したのか、皆目まったく見当もつかない、
あるいはその下心、ステマが誘導が勧誘が洗脳が詐欺が無理強いが、そんな腐ったカラクリが丸見えの筒抜け、そんな毒本の山々ヤマ。
どれひとつとってみてもまったくなにひとつの興味も惹かないどころか、ともすれば人類の知性の底を見極めてしまったかのような、そんな絶望的な気分にも陥ってしまったりもするのだが。
しかしながらこの悲しき読書癖、
無駄は無駄と承知したうえで、まるで砂浜で金属探知機を転がす宝探しマニアのように、
あるいは、下手をすれば目をつむったまま、
どれにしようかな、天の神様の言うとおり、なんて調子で選び抜いたその駄本の数々。

まあそう、たかが暇つぶしじゃねえか。
糞のような連ドラ、あるいは、YOUTUBEの屑動画を漁るよりはなんぼかマシ、その程度に過ぎない、その以上でも以下でもあるべきではない。
ただそんな宝探し的な古本漁りの中からも、時としてちょっとした収穫というものも極稀ながら存在する。

とまあそんな具合で、この冬、またまた暇つぶしの娯楽として読み捨てた数々の本。
その中から、ちょっと、心に引っかかったものをいくつか。





「絶歌 ~ 元少年A」

言わずと知れた、かの神戸連続児童殺傷事件の主役であるところの、
酒鬼薔薇聖斗氏の著作である訳なのだが、
まあ、殺人犯が手記を出版して印税を稼ぐ、という行為の是非は別にしても、
少なくとも山ほど買い漁った屑本の中からは珍しくも、つらつらとするうちにいつの間にやら読了まで誘い込まれてしまった、

でさ、ぶっちゃけた話、
この元少年Aさん
その劇場型自意識妄想暴走犯のそのあまりのチンケさもさることながら、
今更ながら、音楽の趣味、悪いな、と。
こんな重度中二病患者にとっては、
それこそパンクロッカーかアバンギャルド系のアーティストが独断場。
或いはそれぐらいしか、
この世に生きる場を見つける事は難しい筈、
とも思うのだが、
うーん、そのテーマ曲がよりによって砂の惑星かよ。
正直あんまりぐっと来ねえなぁ、と。
自意識過剰サイコぶりっ子の唯一の駆け込み寺である筈のアーティスト路線も、
ちょっとこの趣味を見る限りかなり無理っぽいな、と苦笑い。





でさ、今更ながらこの告白本、
一番書かねばならなかったこと、がまったく書かれていないんだよねえ。
というのも、まあ事情を考えれば当然な話で、
つまりは、それが書けないことを誰よりも判っていながら、
何故にこんな中途半端な糞本を発表しては、
愚順なマスゴミ諸君、さあゲームの再開です、とばかりに、
またまた自身の臭い尻尾を世間様に晒す必要があったのか、と。

ただ、このどこまでも自意識過剰の劇場型サイコぶりっこ、
いずれにしろその一生は「ゲーム」の名の通りに、この世で最低のいたちごっこ。
銀蝿のように纏わりつく偏執狂ども。
自称正義の出歯亀マニアどもを相手に、
低俗且つ醜悪の極みのような泥仕合の中に終始することになるのは必至。
それならそうと思い切りケツをまくっては、
かの佐川君ではないが自身の体験に基づく変態猟奇SM専門のAV作家、
その心に秘めた母子相姦から熟女趣味から獣姦趣向から、
そんな自身の変態性向をただの恥辱と割り切っては思い切りなまでに自嘲しつつ、
あるいは正真正銘の精神異常者として思う存分にサイコ願望を暴走させては、
この世でもっとも悲惨な死に様を劇場的にブロードキャストするぐらいしか、
行きつくところはないようにも思うのだがどうであろうか、と。

いずれにしろこの酒鬼薔薇聖斗的な自意識妄想暴走的劇場型サイコぶりっこ、
その甘い囁きに誘い込まれては似たようなモドキ連中をこれでもかと大量生産しているのも、
ぶっちゃけ、この酒鬼薔薇聖斗氏が当初に指摘したように、
牢獄のような教室で十把一からげの集団思考を強要するばかりの、
戦後教育の末期的な怠慢の弊害、あるいは意図したところなのだろうが、
ただそんな壊れたロボットたちを、
臭いものに蓋をするように引きこもりのゲーマーとして密封してはお払い箱。
そのポリバケツの底に放置されたまま腐敗に腐敗を極めていた毒ガスどもが、
インターネットという下水管を通じて世界中に撒き散らされては、
どこぞの匿名掲示板を腐った呪詛で埋め尽くすことになった。
アヴェだ寅吉だに象徴されるこの末期的な低能ねとうにょ時代の根源とは、
つまりはそうして時代に廃棄処理されては怨霊化したいじめられっ子たちの呪いの集積。
リアル社会からえんがちょ封印された亡霊たちが、
インターネットという井戸の底からワラワラと這い出ては世の全てを汚濁まみれに罵倒し尽くす、
それはまさに百鬼夜行の地獄絵図か、なんてことを常々思ってはいたのだが。

だがしかし、
俺的はもうそんなことはまったくもってどうでも良いことではあるのだが、
実は、この酒鬼薔薇聖斗の「絶歌」、
そして、先日のあの村上春樹の「騎士団長殺し」
偶然に選び取ったこの二冊には、
ちょっと意外な共通点があることにふと気がついた。

それ、ぶっちゃけ、映像記憶能力 という奴。

実は以前からこの酒鬼薔薇氏を、ひょっとしてサヴァンの化のある人なのではないのかな、
などと思っていたのだが、本著によれば本人もそれを「自称天才的」に自覚していたようで、
WIKIによればかの三島由紀夫も、谷崎潤一郎も、山下清も、
そんでなになに、あの、花村萬月氏もこの映像記憶の人であったのか、と。





でまあ、ぶっちゃけこの映像記憶という特殊能力。
実は俺のごく親しい輩もこの映像記憶技術の人であったらしく、
常々からその記憶力の凄まじさには一種気味の悪ささえも感じていたのだが、
本の内容丸暗記、どころかページの端に残った沁みやいたずら書きまで克明に暗記している、なんてことが度重なっては、
だがしかし、よくよく聞いてみればその内容に関してはそれ程迄に理解が深い訳でも何でもない。
そのページの絵柄を映像的な記録として留めているだけで、
その活字に綴られた意味やらテーマやら味わいやらにはこれといって興味を示さなかったりもするのである。
とまあそんな事情から、果たしてこの映像記憶者の思考回路の謎を解き明かすべく、
同種の能力を持っているであろう人々をそれとなくもチェックしていたのだが、
そんな関係からこの酒鬼薔薇氏にも、もしかするとこの輩も、なんて感じでそれなりにちょっと気になってはいた、とそんな次第。

で、改めてこの、映像記憶、という能力。
で、ほら、これ、言わずと知れた、
AIの、GPUの、ディープラーニングの、なんている現代の魔法とも結びつく訳で、
実はこれ、なにげに、キャッチーな選択であったりもして、
この映像記憶というキーワード、ともすれば、妙なお告げ的なまでに、
不気味な必然性なんてものさえも感じていたりもした。

ただ、改めて世のAIブーム、
またまた良くも知らずにくだらない妄言で恐縮なのではあるが、
先日のあのNHKの糞番組 
「AIに聞いてみた どうすんのよ!?ニッポン」
ではないが、
このAIなんてものを、さも全能的なブラックボックス、なんて感じでおどろおどろしく捉えれば捉える程に、
人類はろくなところに行き着かない、というのが見え見えってな気がして、
その人類の陥ろうとしているチンケな罠が、
ともすればこの、酒鬼薔薇聖斗の迷い込んだ「暗い森」にもつながるドグマの底、
そんな気がしてならないのだが如何であろうか、と。





と、まあそんなこんなで、この「絶歌」
正直なところ、読み始めた途端にとてつもないほどの鬱状態
思わずすっかりとその「暗い森」の中に迷い込んでしまいそうにもなったのだが、

とそんな中、ふと、手に取った次の本。

「阿片王~満州の夜と霧」 佐野眞一

今更ではあるのだが、旧満州帝国における関東軍の闇資金が、
麻薬(阿片)売買によって賄われていて、
で、その生き残りの残党たちが戦後の日本復興の黒幕的立役者。
かのあべしんぞー先生のご祖父あられるところのミスター昭和の妖怪:岸信介翁から、
その実弟であるところのブルドックソース・佐藤栄作から、
電通から始まるメディア関連、果ては右翼から左翼から財界、宗教界に至るまで、
ぶっちゃけ、現代日本の津々浦々、隅から隅まで、
そのほとんどすべてがこの満州関東軍軍閥の残党、あるいはその一派の腰巾着。
上海だ満州だでブイブイ言わせていたドヤ顔のドラッグディーラーたち、
その黒い人脈が戦後日本の闇の底で網の目のように繋がっているんだぜ、
なんてことは、まあ余程の馬鹿でない限りは先刻ご承知。




ただ、その闇薬屋人脈の中でも、とびっきりの大物の中の大物、
ぶっちゃけその中枢であったところの里見甫という人物に関しては、
そのあまりのヤバさ故にか、すっかりと闇のベールに包またままであった筈なのだが。

でさ、まあ、そう、今更なんだけど、
この旧軍部のやらかした大乱痴気阿片パーティー、
それが良いの悪いの、なんていう道義的なことを並べるのも野暮。
ただ、ぶっちゃけた話、この乱痴気ドラマの舞台とされてしまった戦時中の中国の、
そのあまりの荒廃ぶり退廃ぶり。
犬と中国人は入るべからず、と書かれた外国人特区の塀の外には、
骸骨のように痩せこけた阿片中毒者が亡者のように蠢き、
道端に累々と転がった行き倒れの死骸が、腐るままに干からびるままに放られる中、
塀一つ隔てた上海租界の中では、金銀財宝で着飾った戦争成金達が夜毎のダンスパーティーに集っては、
この世の華とばかりに享楽の円舞に踊り狂う。
魔都・上海。
いやはや、そのドス黒さ、グロテスクさ、
格好良い、格好良いにも程がある、と。
本作にも触れられていたが金子光晴の「ドクロ杯」にも描かれていたこの上海という街の底知れぬ光と闇、
その魅力こそは都市の魔性のすべて。

で、そんな魔都・上海の、まさに、魔王であったところの、甘粕正彦と、そしてこの、里見甫。

あべだ、あそーだ、せこーだ、なんていう、
チンケな小悪党どもに翻弄される現代日本の姿がつくづく情けなくも物悲しいくなるほどに、
この戦争中のどさくさの闇に暗躍したその悪党たちのスケールのでかいことでかいこと。

という訳で、その闇将軍たる甘粕正彦の辞世の句であるところの、

「身ぐるみ脱いで すってんてん」

その大博打の種銭が、天皇の威信でも日本国家でもなく、
ぶっちゃけた話、310万の人命だったってことさえ、
このあまりの能天気な大ボラを前にはすべてがバカバカしくなって来るではないか。

自由だ、民権だ、愛だ、平和だ、なんてことが、
つくづくダサく時代遅れに思えて来るこのご時世、
どうせ巻き込まれる地獄であれば、
その修羅の巷、徹底的に先頭をつっ走ってしまうってのも面白いんじゃねえのか、
なんてことさえも思わせてくれるこの破滅の美学。
ファシズムこそが、麻薬、であるのだな、と思い知った次第。

という訳で、俄な終末感の中、満州の大平原を馬賊の一員として両手拳銃、
地平線に沈む夕日の中に高らかに響き渡るベビーメタルのロード・オブ・レジスタンス、
オーオーオー! なんて風景を連想しながら、
どうせならこの麻薬的ファシズムの気運に悪乗りしては、その修羅の巷を思い切り楽しんでやろうか、
あるいは全てを諦め切っては放り投げて放浪の詩人、
老博徒として再びアジアの汚濁の底を這いずるように、
またまた性懲りもなく、金子光晴の世界に誘い込まれてみたくもなる。

という訳で、言わずと知れた 「ドクロ杯」 である。

「みすみすろくな結果にはならないとわかっていても強行しなければならないなりゆきもあり、
またなんの足しにもならないことに憂身をやつすのが生甲斐である人生にもときには遭遇する・・」

金子光晴という世紀の大不良が費やした七年間の逃避行、
その記憶が、関東大震災から始まる、というこの妙。
そしてこの平成末世。
東日本大震災からこのかた、地割れの底からワラワラと這い出して来た妖怪変化たち。
原発利権から兵器産業から、メディア統制から憲法改定から、
それはまるで嘗て封印された筈の近代日本の汚濁、
戦後の闇に巣食ってきたこの怨霊たちが、原発騒ぎに燻り出されては毒食らわば皿までとばかりに悪魔の饗宴に狂騒する百鬼夜行。
そして今、そんな戦争亡者たちの呪われた高笑いに引き摺られるように、破滅の坂を転がり落ちるばかりのこの末世の中で、
嘗てその地獄図を垣間見た詩人の記憶が、狐火のように見え隠れしてはフラッシュバックを繰り返す、
そんな気がしてならない今日このごろ。

地獄とはそのまま、天国のことなのだ。

そんな底なしのニヒリズムの中にどっぷりと浸ってしまえば、
この修羅の巷も、早々と捨てたものでもないじゃないか、
そんな詩人のほくそ笑みが浮かんで来そうな極寒のニューヨークなのである。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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