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オリンピックと中元すず香 感動の本質とは、勇気、と見たり

Posted by 高見鈴虫 on 18.2018 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
このところ、明けても暮れてもオリンピックである。
ここ米国においてはオリンピックはそれほどまでに話題にはならないながらも、
米国一の巨大ネットワークであるNBCのプライムタイム放映を中心に、
そのサブシダリーであるNBCSNにおいてはほぼ24時間ぶっ通しで、
米国選手たちの活躍を中心とした放送が続けられている。

普段からはテレビなどほとんど観ない暮らしをしていながらも、
この時ばかりは昼夜を問わずテレビに齧りつき、
日本頑張れ!世界の晴れ舞台に日の丸を!
近所迷惑も顧みず絶叫を響かせている。
多人種国家である米国においては、ともすれば疎んじられることの多いこの母国愛。
と同時に近年のグローバルなご時世においては、
最早ノスタルジックなまでにすっかりと時代遅れとなった感のあるこの愛国心という奴ではあるのだが、そう、オリンピックなんだぜ、と。
オリンピックぐらい思い切り素直に日本人をやらせて貰ってもいいじゃねえか。
こんな時ぐらいしか、自国愛、なんてものを、
ここまで思い切り大っぴらに振り回せる機会もないではないか。
そう、国家なんて、それぐらいのもの。
国、なんて、国家なんて、オリンピックを思い切り楽しむ為の一種の飾りに過ぎない、
それ以上でも以下でもあるべきではないのだから。
なんてことを思いつつも、
今更ながらオリンピック。
それぞれの旗印を背負った選手たちの決死の活躍の中で、
思わず、その潜在意識に秘めた好き嫌い、
このグローバル社会において、普段からは絶対の禁句の禁句である筈の、
この好き嫌いが、思わず、本音混じりに炸裂を繰り返しては、
くそったれ、なにがどうあっても、あの赤い旗にだけは勝たせたくねえ!
なんてことを、思わず、ポロリと、叫んでしまっては、やばいやばい。

という訳で、そう、オリンピックである。
熱烈なまでに、そして、悲しいぐらいにまで、
俺って、やっぱり、日本人。
何年異国に暮らしていても、例え日々をどんな人々に囲まれていようとも、
俺って、やっぱり、どうしても、日本人なんだよな、
そのあまりにも濃過ぎる、まさに宿命的なまでの土着性をこれでもかと思い知らされながらも、
一種遣る瀬無いまでの哀愁を込めながら、
日本、頑張れ! その魂の叫びを、押しとどめることが、できないのである。






という訳で、言わずと知れたオリンピックである。
開催前は、やれああだこうだ、様々な事情から、なんてことで、
その開催が危ぶまれ、とかなんとか言われ続けながらも、
一度それが始まってしまえば、完全に持っていかれてしまう、というのも毎度のこと。

今更ながら言わせて貰えば、
オリンピックのその主役となるのは
言わずと知れた世界各国からのアスリートたちである。
何を勘違いしたのか、
どこぞの田舎政治家の人気取りのダシ、などでは断じてあらない。
そんなしょーもない外野のアフォどもが、
ボクは行く行かないと駄々をこねようが、
そんなことは知った事ではあらないのである。
このつくづくどうしようもない汚濁の極み。
世界中のありとあらゆる催しにこ汚い嘴を突っ込んでんでくるこの利権亡者たちの脂ぎった醜態に、
思わず辟易を通り越して憐れみさえも感じてしまうのではあるが、
しかしながら、そんな外野たちの醜態がどれほど見苦しくても、
或いはそれが醜悪であればあるほどに、
しかしその主役であるところのアスリートたち、
その国旗がどんな絵柄をしていようとも、
彼らは美しい、例えようもなく、文句なしに、美しい、のである。

ただ、当初からの一番の懸念であった国家紛争ネタ、
というよりはまあコップの中の嵐の出来レース。
北の南の、なんていう、またしょーもない利権屋連中の脂ぎった囀りの中、
つまりはそうの、最もしょーもない世の汚濁、その極み、であったところの開会式。

ただ、そこに登場した悪の帝国からの姫君。
世の嫌悪と憎悪と侮蔑と嘲笑と、そんな毒を一身に浴びながら、
舐めたらいかんぜよ、とばかりに顎をつき上げたあの凛とした表情、
その醒めきった微笑みの中から、全身から火花が弾け散るような気迫。
その姿、ともすれば、あの絶世の歌姫、すぅメタルの姿さえも思わせる程に、
いやはや、敵ながらあっぱれ、ではないが、あの姿、正直言って、惚れ惚れとした。
幸か不幸か、この平昌オリンピックほどに、
政治的な醜聞に晒された大会も無かったのであろうが、
その象徴となった、あの悪の姫君の姿に、
その思惑が計略がいったいどんなものであったとしても、
北であろうが南であろうが、なぁに、たかが人間じゃねえか。
そのパーツの形状の、色やら大きさやらがちょっと違うだけで、
目耳二つに口鼻ひとつ。糞も垂れれば屁もひって、
大事なところにはしっかり毛も生えている、
そんなたかが人間に過ぎない訳で。
ただ、そんなたかが人間だからこそ、時としてその存在が、例えようもなく美しい。
そう、人間なんだからさ。地球という一つの惑星に棲まう同居人、なのだから、
そんな夢さえも信じたくもなってくる。

ただ、そう、だからこそ、であるのだが、
だからこそ、このオリンピックにはそれなりの意味がある。
そのスポンサーたちの思惑が策略が胸算用の下心がいったいどんなものであったとしても、
同種の、同族の、同郷の、同国の、
そんな共同体の人々の思いを担った旗印を背負って立つその姿に、
それなりにちょっとしたヒロイズムを感じてしまうとしても、それほど罪なことではあるまい。

という訳で、眠たい話は良いんだよ。
そうオリンピックだ、四の五の言わずに思い切り、
このノスタルジックなまでの自国愛、思う存分に炸裂させてやろうじゃねえか、と。



で、そう、餓鬼の頃からこと運動神経に関しては
ちょっとした自負が無かった訳ではない俺っちでありながら、
実はこのウィンタースポーツに関しては、からっきし、の人であったりもする。
つまりは、子供の時に家が貧乏で、親にスキーに連れて行って貰えなかった、
あるいは、学生時代はバイトとバンドで青色吐息、
坊ちゃん嬢ちゃんの大学サークル、サーフ・アンド・スノーのバブル祭り、
純白のゲレンデで咲き乱れる恋の花で恋人がサンタクロス、
なんて世界とも、ちっとも縁のなかった俺にとって、
この歳になっても、ボーゲンがやっと。
嫌だ嫌だと言いながら引きずり出されたスケートリンクでは、
思わず隣りの美少女にしがみついては抱き合ったまま微動だにできず、
なんてことを繰り返している訳で、
悲しい話、この冬季オリンピック、その種目のひとつとして、
なにひとつとしてなんの知識も経験もない、のである。

ただ、改めてこの冬季オリンピック、
出場選手のそのひとりひとりが素直に、美しい、と感じるのは、
つまりはそう、そこにあるのは色白の方々、
ぶっちゃけ、黒人がほとんどいない、のである。
いや、だからと言って、黒人がみな汚い、と言っている訳では勿論無い。多分。
だがしかし、そう、この冬季オリンピックの特性としては、
言ってみれば、不幸にも世の黒人種に象徴される、
つまりは、貧困の影がない。
ぶっちゃけ、この出場選手たち、
生まれながらの雪国育ちで、というお土地柄もあるのだろうが、
俺的に言わせて貰えば、つまりは、親が金持ちだった名家の方々。
貴族の出身の、名前の後ろに、セカンド、やら、サードやら、
伯爵やら、大公やら、そんなものがずらずらと並ぶ、
そんな人々ばかり、なんていう、ちょっとした穿った劣等感さえも感じながら、
だがしかし、この輝くばかりに色白の方々、正直な話、美しい、美し過ぎる。
なんてことを思ってしまいながら、
ぶっちゃけた話、かのトランプの大暴言ではないが、
世のグローバリゼイションにおける根本的な違和感、
ぶっちゃけ、白人は白人、黒人は黒人、そうやって分離してしまったほうが、
双方に、誰に気兼ねすることもなく、幸せに暮らせるのじゃないかな、
なんてことを思いつつも、
だからこそ、白人は白人の、黒人は黒人の、
そして、東洋人は東洋人の、自身の持つ美学、というものを、
大切にすること、それが一番貴重なものなんだぜ、と思わざるを得ず。

という訳で、日本頑張れの愛国心の火の玉と化したこの俄オリンピック乙。
それこそ目の潰れそうなまでに美形揃いのこの白い恋人たちの中にあって、
それでも敢えて、東洋の美を世界に誇れるアスリートたちの姿。
強いてはその、日本人選手たちの中に、あのすぅめたるの美を体現できる、
そんな美しき戦士たちの姿を探してしまうことにもなるのだが。



という訳で、今回の平昌オリンピックで輝いていた方々、
その筆頭に、まずはなによりも、金与正嬢、じゃなかった、
そう、まずはこの人、高梨沙羅、を上げたい。

前回のソチ・オリンピックにおいては、
期待の、そして、美貌の天才少女、として
持ち上げるに持ち上げられ過ぎた、
そんな存在であった筈のこの高梨沙羅嬢。
そんなメディアの狂騒に押しつぶされるように、
前大会においては不遇の結果に終わってしまった、
そんな記憶があったのだが、
その復活戦であるところの今大会。
ソチでの惨敗の悪夢に苛まれてきた四年間の中、
これほどまでの執念を刻み込んだ姿に、
思わず手負いの野獣を見る思いであったのだが、
世紀の一瞬を前にしたジャンプ台、
NBCの放送中も、画面いっぱいに大写しになったその表情の中に、
すべての迷いを吹っ切った、その冴え渡るまでに醒めきった視線、
それこそはまさに燃え上がるような意志力。
その姿に、これは勝ったな、その勝利を確信させる、
とてつもない美に満ちていたと思う。
そんな確信のその通りに、見事なジャンプを終えてのガッツポーズ。
思わず、涙が滲んだ。

そんな高梨沙羅、
その雪辱戦に圧倒的なまでの落とし前を果たしたいま、
果たして、この四年間の屈辱、
それと同時に、前回のソチにおいて、金メダルを当然視されていた中での惨敗、
その失敗の、迷いの、その原因が何であったのか、
そして高梨沙羅は、いったいなにと、戦い続けていたのか。

という訳で、今更ながらにちょっくらとググってみたその途端、
んだよこの、糞くだらない中傷の山は・・・

車が、化粧が、メディアへの高慢な態度が・・

という訳で、その迷いの正体、
つまりは、世界と闘う日本人アスリートたちを阻み続ける、
その迷いの、つまりは、闇の正体、が、つまりはこれだろ、と。

メディア、だよ、メディア。

誰がこういった、ネット上ではこんな声が・・
なんていう、HE SAID SHE SAID 、
つまりは、誰とは言いませんが実はどこぞのWEBで炎上中の、
なんていう匿名性を前提とした上での印象操作のでっち上げ、
ぶっちゃけそれ、ただの悪口、陰口、じゃねえか、と。

そんな知恵足らずのメディアの狂騒とはまったく関わりのない暮らしを送る俺にとって、
アスリートに求められるものは、まずは結果、
結果さえ出せれば、その尾ひれになにがつこうが、知ったことではあらない。

そしてこの高梨沙羅が、ついのそのどす黒き迷いを振り切ったその姿。

このメダルは、私だけのものではない。

その言葉の意味するもの、
この一種凡庸な、優等生過ぎるコメントの中に、
だがしかし、この四年間の悪夢の中での七転八倒を、見守り、そして護り続けた仲間たち。
世界を覆った怨霊たちの囀りに迷い続けた高梨沙羅が、時としてその迷いの底へと引きずり込まれようとした時、そんな彼女を支え、引き止め、抱きしめて来たのは、外でもない彼女のライバルであり敵であるはずの、共に戦う仲間たちであったのだ。
そしてついのその除霊を終えた高梨沙羅。
その輝ける勇姿に、心からの賛美を送りながら、
そして四年後の北京に向けて、
そしてなにより、後に続く後輩たちへのメッセージとして、
その四年間の苦闘、その教訓を、
そして何より、彼女を苛み続けたその怨霊の正体を、思う存分にぶちまけてしまっても、誰にも文句など言わせないであろう。

悪霊退散!メディア退散!いじめダメ絶対!

その悪霊に打ち勝った時、
日本人は再びその真の美、
本来の清く正しく美しい姿を
取り戻すことができるはずだ。



という訳で、小平奈緒である。
苦節、と言う意味においては、
この人までに、苦節、の似合うひともいないであろう。
所属:相澤病院?なんだそりゃ?

そう、つまりこの人には、大手のスポンサーがついていない、のである。

NBCの放送で紹介されたその写真から言っても、
そして31歳という年齢においても、
スポンサーにおけるCM価値を見出されなかった、
ということになるのであろうが、
改めてその姿、身長165CM、体重60KGの華奢な体型。
オランダ人、そしてドイツ人、あるいは北欧系、という、
あの蛮族の象徴のような巨漢揃いのゲルマン民族たち、
その独壇場であるスピードスケート界において、
この小平奈緒の姿、まさに虚弱児童そのもの。
辺りを囲んだ居並ぶ猛者たちの、
まるで丸太のような巨大な太腿に隆々と盛り上がる筋肉。
まるで人間と言うとよりはサイボーグ戦士のような金髪の巨漢たちの中にあって、
小平の身体はまさに小枝のようにあまりのもか細く貧弱にも見える。
でありながら、NBCの解説者によれば、
この小平奈緒こそは理想像。世界最強のアスリートである、という。
まずはそのバランス、そして、スケート刃の角度、と説明を続けながら、
すべてにおいて、理論的に、そして科学的に、スケートというスポーツを研究し尽くした、
まさに知力の集積、スポーツ学の真髄、であるらしい。

小平こそが女王に値する。彼女が金メダルを取らないのはおかしい、
プロフェッショナルたちの口からそこまで断言されたこの小平という選手。

1500Mで入賞を、1000Mで銀、そして本命の500Mで金を、
その当初の目標を、ものの見事に実現した今大会。

ただそこに見えるのは、良くある希望的観測、
あるいは、メディアの煽動に乗せられた軽口などではまるでなく、
つまりは自身の能力、そして対抗する選手たち、
その現実を冷徹に分析した上での、確信であった筈。

柔能く剛を制す!
体型で、あるいは筋力で勝てない以上は、
知力、つまりは科学的理論に基づいた冷徹な分析力で勝つ。

そこには安易な希望的観測や、慢心や、
あるいは、訳も判らず根性ばかりを無理強いする、
おまじないじみた精神論の付け入る余地などなにもない。

己の弱点、その現実を現実として冷徹に受け止め、
それを分析し理解した上で、すべてを武器として逆利用する、
過酷な戦いに勝ち抜く意志は、その知性によって支えられるものなのだ。

という訳で、NBCの解説者の受け売りではないが、
苦節の人・小平奈緒、まさに、素晴らしい選手である。

NBCでの放映中、滑走中の小平奈緒の表情が大写しになった。
その表情、目を見張る、というよりは、まさに吸い込まれるほどの美しさ。
オー・ジーズ、ああ神様、と思わず呟いた解説者。

世界の人々は、その小平の表情に、スポーツに生命を賭けた、
その意志の力、その真髄を観たのである。

そして何より、地元の期待のすべてを背負って敗れ去った女王、
泣きじゃくるライバルの肩を抱くその姿。
互いの国旗を背中に纏いながら、
しかし戦いの中にすべてを燃やし尽くしたお互いを湛え合うその姿に、
スポーツに国境は無い。
あるいは、日々、己の限界に挑み続ける戦士たちにとって、
国家の威信だ、名誉だ利権だ、なんてことは、
全くどうでも良い取るに足らないものなのだ。

戦いを終えたこの二人のアスリート、
互いに抱きしめ合うその姿こそは、
世の陰謀論者たちの全てに冷水をぶっかける、
圧倒的なまでの美しさを誇っていたかと思う。

コップの中の嵐のでっち上げのキャビン・フィーバーの中で、
互いの憎悪に油を注いでは利権を漁る亡者たちの悪魔の饗宴の中にあって、
それぞれの国旗を背中に抱きしめ合うこの二人の戦士たち、
その姿に世界の人々がまさに息を飲み、そして感動に打ちのめされた。

世界がどうあろうが、私は私の戦いを戦い続ける、
その姿勢こそが人類の尊さなのだ。
美に国境はない。人種を、そして国境を越えてこその美しさ、なのだ。

小平奈緒のその姿は、まさに象徴的なものとして、
世界人々に感動を焼き付けたであろう。

日本はまた素晴らしい逸材を生み出した。
そしてその小平奈緒の姿に、日本人が世界で戦うことの本質、
その極意をみせしめた、
小平奈緒こそは、世界と戦う日本人、
その象徴的な存在なのである。



でさあ、はい、そう、最後に、言わずと知れた羽生結弦、である。

いやさあ、なんだよこいつ、なのであった。

んだよこれ、この女の子のような身体付き。
こいつ、絶対に、賭けても良いけど、芸だぜ。

でさ、なんでこういう、どうしようもないタイプ、
つまりは、少女漫画から飛び出てきたような、
と同時に、少年漫画にはぜったいに登場しない、
つまりは、女のこの女の子による女の子の美意識、
それをぬけぬけと象徴してしまうような、
そんな優男に、今日も今日とて、女たちは簡単に騙され続ける。

ぶっちゃけた話、女と男の、その美意識のあまりの違い。

女はなぜ、女のような男が好きなのか。

つまりはそれこそが、人類の歴史が始まって以来、
綿々と続けられるこのすったもんだのそのひとつの根源でもあるのだろうが、

という訳で、このあまりにも少女漫画チックな羽生結弦の姿、
思い切り見苦しいまでの嫉妬と羨望と偏見のすべてを込めて、
俺はこいつが、嫌いだ、と、ずっとずっと言い続けてきた訳なのだが・・・

でさ、この羽生結弦なんだが、
実は知人の一人に米紙のスポーツ記者が居て、
で、この羽生結弦の姿を、会場において、
上から下から、何度となく見つめ続けてきた、ということなのだが、

羽生結弦、凄いぜ、と。

つまりは、美しい、そうなのである。

その存在が、まさにその存在自体が、例えようもなく美しい、と。

舞台の袖、つまりはカメラマン席からその姿に肉薄しながら、
あるいは、会場の天井、つまりはその表情などなにも見えないところから傍観しながらも、
この羽生結弦という人、
氷上にその姿が現れた途端、そこにいる全ての人々、
リンクの上のライバルたちは当然のこと、
その関係者から、間の抜けた観客から、会場整理のアルバイトから、
そしてメディア関係者の一人残らずが、
思わず息を飲んでは凍りつく、
そんな、超絶的なオーラに包まれている人、であるらしい。

プリンス:王子様、というよりは、エンジェル:天使というよりは、
羽生結弦こそは、神だな。

その存在自体が、まさに、神。それを確信させる圧倒的なオーラに包まれている、と。

とそんな羽生結弦という存在。
当然のことながら、我が家の愚妻も我を忘れて見入っているばかりのその姿。

なにを小癪な、と思う。
この腐れオカマやろうが、と悪態を付きたいのは山々、であるのだが、
そう、オリンピックである。
このオカマ王子たる羽生結弦こそが、
日本きっての期待の星、である。

ただ、氷上の絶対神であるところの羽生結弦が、
しかし今大会においては、少なくともその下馬評においては、
悪雲が立ち込めていた、と聞く。

多分、ファンのほとんどが、その胸に抱いたぷーさんのすべてを、
失意とともに会場の席に置き捨てていくに違いない・・

誰も居なくなった会場席にひっそりと佇む物言わぬ黄色いプーさんたち。
そして無人のスケートリンクの真ん中に、ひとりがっくりと打ちのめされる絶対神の姿・・

とそんな訳で、一日目のショートプログラム、
まあなにがあっても心を乱さぬように、とは思いながらも、
その華麗なジャンプが決まるたびに、思わず飛び上がっては大喝采。

凄いなこいつ、このオカマ野郎、とんでもない糞度胸をしてやがる。

言ったろ、羽生結弦こそは神の申し子なんだよ。
つまりは、スケートの神様たちの大のお気に入り、
あるいはその生き神なんだよ。
この人以上のスケーターはいない。
つまりはスケートの美学、そのものの、その体現者なんだよ。

だがしかし、とこの俄愛国心に駆られたペシミスト、
二日目のフリー・プログラム、果たしてその負傷中の右足が保ってくれるだろうか・・

そう思えば思うほどに、それはまるで居ても立ってもいられず、
ここに来て思わず神頼み。
スケートの神様、八百万の神様、ジーザスもブッダもマホメットも、
お願いですからこの我らがプリンスをお守りください・・

これまで数限りない修羅場を過ごしてきた自負のある俺である。
絶体絶命のピンチから奇跡の生還を遂げたことも一度や二度でもない。
そしてなにより、近年のこのベビーメタル狂い。
世界各地から実況放送されるペリス子の海賊動画にかじり付きながら、
神様、お願いですから、我らの中元すず香、
この人類の最後の希望を、お護りください・・・
そんな祈りを続けることにも慣れて来た、そんな歴戦勇者であったこの俺が、

いやはや、この羽生結弦のフリー・プログラム、
お恥ずかしい話、見ていられなかった。
思わず目を伏せては両手で顔を覆っては堅く堅く目を瞑り、
神様、お願い、お願いですから、羽生結弦をお護りください!

とそんな中、ふと隣りの愚妻に目をやれば、
なんだよ、わりと冷静じゃねえか。

ええ?だって、こんなテレビで観てる私達が、
なにを思おうが、現実が変わったりなんてする訳ないしさ、
とまあ、そう、つくづく夢のない女である。
お前は、神も仏も幽霊も信じない、
つまり人間の願いが、その魂が、海を越え山を越え、
そんなことは、現実には一切ありえない、と、つまりはそういうことな訳か・・

とは言いながら、おっとおお!

なに?転んだ?転んだのか?
いや、大丈夫、まだまだ大丈夫、
本当に?本当に大丈夫?
うるさいわねえ、そんなこと言ってないで自分で見てみなって。
だって、だって、もう僕、怖くて怖くて、見ていられない・・
あんたさあ、普段から大口ばっかり叩いてるけど、いざとなったらからっきし度胸無し。
そのネガティブさ、ほんとどうにかした方がいいよ。
あのなあ、俺はつまりは、この俺にできることならなんでもやるが、
ただ、この羽生結弦、俺にできることなどこうやって祈り続けるだけだろうが。
あのねえ、つまりはそのネガティブなオーラが・・・ おっとおお!ほら見ろ、あんたが変なこと言うからよ。
おおおおお、大丈夫だ、良しよし、行ける行けるがんばれ!
でさ、あんたそのネガティブなオーラがねえ、
おおおおおお!行ったあ!最後まで行った行った、すごいすごい!
おおお凄い凄い、やったあ、これは決まりだね。これはもう絶対に金メダル!
これ以上はない、これぞまさに、
あんた、全然見てもいなかったくせになんでそんなこと言えるのよ。
だって観ろよ、あのプーさんの雨あられ・・
凄かったねえ。
ああ、凄い、本当に凄いなあ、さっすが羽生結弦。
馬鹿、何ってんのよ、見てられなかった癖して。
つまりは俺の祈りが通じたってことだろうが。
バカバカしい。あんたがなにを思おうが、
羽生結弦は絶対に金メダル、そんなこと誰でも判ってたことじゃない。

という訳で、んだよこいつ、このいけ好かないオカマ野郎。
まるで少女漫画から飛び出てきたような、
まるで世の浅はかな女たちのタワケた夢をそっくりそのまま実現しては、
そんな恥ずかしい少女漫画キャラに成りきって成りきって成り切りきった、
つまりは、男の世界の片隅にもおけねえような、この腐れオカマ野郎が・・

だがしかし、この羽生結弦
そのあまりにも少女ちっくにも可憐過ぎるお姿からは想像もつかないほどに、
その糞度胸、その精神力、その魂の、その意志の、その底力。
こいつ、その存在自体、なにもかもが、とてつもない・・

誰がオカマよ。
あ?
ねえ、誰がオカマだって?
見た目が美しい男の子はそれだけで根性なしのヘタレのクズ野郎、なわけ?
いや、あの、まあ、そうじゃない人もいるにはいる、みたいで・・
なにが、神様お願い、よ、目も開けられないで、おしっこ漏らしそうだった癖して。
いや、だからさ、だって、こんなヘタレのオカマ野郎がさ・・
男はね、見た目じゃないのよ。
なに言ってだよ、お前だってこいつの見た目が好きな訳だろ?
もしもこいつが毛むくじゃらのブサ男だったらお前そこまで応援したのかよ。
うるさいわねえ、黙っててよ、ああ、ハビエル、あっちゃっちゃちゃ。
宇野も、確かに元気は良いんだが、羽生の後ではちょっと頭でかすぎだな。
しょーま君、頑張れ!
なにおまえ、宇野が勝っても良い訳?
あのねえ、黙ってて。そんなの関係ないんだって。
羽生結弦もハビエルもしょーま君も、みんなみんな頑張ってって。
節操ねえな。
あんたどこまで馬鹿なのよ。
ああ、やっぱり羽生かあ。宇野には悪いが、段違いだな。オーラが違う、違い過ぎる。
うっし、金銀!羽生も宇野もハビエルも良くやった。

という訳で、うーん、そうか、そういうことも、あるのか、と。
羽生結弦、
まあそう、例外の中の例外として、確かにそう、認めないわけにはいかない。

という訳で、完敗であった、じゃなかった、そう、羽生結弦の圧勝であった。

これ以上はありえません、と絶叫する解説者。

確かにこれ以上ない、この羽生結弦こそが、男子フィギュア・スケートという、
俺にとってはまったくもって訳の判らない美学の、その集積、その体現である、と。

いやでもさ、と思わず。
でもさあ、こんな少女漫画から飛び出して来たような、
ひ弱のなよなよの腐れオカマ野郎がさああ、
まさかまさか、とは思いながらも、
そう、この例外中の例外を粛々として受け止める為には、
かのスポーツ記者の言葉を借りる以外に方法はない。

そっか、この人、羽生結弦って、やっぱり神様だったんだな。

なんかそれってさ、ベビーメタル。
こんなアイドル出身の小娘たちに、ロックなんてできる筈がない、
なんて、そんなこと言ってる人たち、そのもの、なんじゃない?

つまりは偏見って奴?

天は二物を与えずっていうのは嘘よ。
二物も三物も、それこそ全てを持ってる人っていうのも居るのよ。
ただそういう人たちって、信じてるんじゃない?
自分が神様にどれだけ愛されているか、
それをどこまで信じられるかが、天才の証、なんじゃないの?
おお、それこそが中元すず香の真髄そのもの。
お前、もしかして、俺に隠れて俺の糞ブログ、読んだりしてる訳?
なにが、読まないわよそんなもの。どうせくだらない愚痴ばっかりなんでしょ?
いや、最近そうじゃないんだよね、実は、そう、あのベビーメタルを知ってから・・

羽生結弦ってさ、やっぱり信じてるのよ。
その信じるものを証明する為に、努力を続けてるのよ。
それが強さなのよ。それのない人は、結局なによやっても駄目なのよ。
つまりネガティブ・・
そう、ネガティブこそが敵なのよ。
ネガティブと戦い続けることこそが、天才の証なのよ。



とまあ、まったくもって耳の痛い話、ではあるのだが、

とそう言えば、

そう、昭和の人である俺にとって、
冬季オリンピックと言えばまさに、ジャンプ、である。
あの日の丸飛行隊、
笠屋が、金野が、青地が、金銀銅を独占した世紀の偉業。
幼き目に焼き付いたあの勇姿、一生忘れられないに違いない。

という訳で、夢よもう一度、と期待を託した葛西紀明、
ではあったのだが。
確かにそう、状況が良くなかった。
未曾有の寒波の中で暴風が吹き荒れるジャンプ台、
歴戦の猛者が恐怖さえも感じる、
そんな悪状況の下で、

こんな中で競技を続けるなんて無謀も良いところだ。
この執行部、いったいなにを考えていやがるんだ。

そう、あの場における全ての選手がそう思っていたに違いない。

ただ、そう、そのネガティブさの中に、葛西の敗因があったに違いない。

もしも葛西が、あの高梨沙羅や、あるいは小平奈緒や、
そして右足の激痛をひた隠し続けた羽生結弦のように、
なにがなんでも勝利をもぎ取ってやる、
その意志に揺るぎがなかったとしたら、

この悪状況、突風の吹き荒れる極寒そのものを、
逆に利用する為に、知力を絞っては、魂と研ぎ澄ましていた筈なのである。

状況に文句を言うこと自体が、負けの始まりなのだ。
ネガティブをネガティブとして認め、あるいはそれを口に出してしまう、
その時点で、勝負は終わっているのである。

いやはや、誰にとっても耳の痛い話である。

そして、すべての敗れ去った戦士たち、
その全てが、いや、あれには実は訳があってさ・・

そんな不満や愚痴や怨念が、渦巻いている筈。
そしてそうでもしなければ、収まりが付かない、
その追恨に苛まれている筈である。

ただそう、我が愚妻の言葉を借りるまでもなく、
そして、あの高梨沙羅や、あるいは小平奈緒や、
そして羽生結弦の偉業を上げるまでもなく、
どんな状況においても、勝者は確実に存在するのである。
その悪状況、突風の吹き荒れる極寒に晒され、
執行部の無能を呪いながら、
しかし、その悪条件のすべてを受け入れ、
あるいはそれを逆に利用しては勝利をもぎ取る勝者たち。
それを、時の運、と片付けた時点で、
その悔恨のすべてが、ただの負け犬と遠吠えと変わってしまうのである。

そして、そんな痛恨に苛まれながら、
そんなやりどころのない怒りがWEB上に満ち満ちては、
下手をすれば、混ぜ返しの呪詛、あるいは恫喝なんてものに転げ落ちる、
そんな無様が、今日も世界中で吹き荒れているに違いない。

ただ、そう、そんなWEB亡者たちの怨念に心からの共感を感じながらも、
だがしかし、そうではない人も確実に存在する、というこの事実、
その、そうでもない事実こそが、勝者と敗者、
あるいは、天才と凡才の、その決定的な違い、なのであろう。

一世一代の大勝負の直前に、
未曾有のトラブルに見舞われたすぅメタルが、
渦巻くそのネガティブ、その弱気と愚痴と言い訳の全てを跳ね飛ばして、
あろうことかそれを倍返しにしてきた、その事実。

そしてこの高梨沙羅が小平奈緒が、そして羽生結弦が、
日本人の底力を世界中に知らしめたこの圧倒的なまでの勇姿。

そこに改めて天才の本質が、運や資質も含めた上で、
己の天運を信じる、信じ切る、その無謀なまでの意志力、
それに貫かれていることを認めない訳にはいかない。

全ての悪条件を冷徹に分析する頭脳と、
その悪条件を逆に利用する戦略と、
そして、己の天命を信じ切る意志力、

勝者と敗者を分けるものとは、つまりはそれなのではないだろうか。

ぶっちゃけた話、愚痴を漏らしただけで終わりなのだ、と。

まあそう、愚痴を言えるだけまだ余裕があった、という事なのだろうが、
その余裕が、つまりは知恵が経験が円熟が逆ばかりを打つこの黄桜の季節。

若き戦士たちの勇姿に、己の恥を恥として冷徹に受け止める、
その勇気を学ばねば、と思った次第。



という訳で、連日連夜のオリンピック・フィーヴァーの日々、
次から次へと登場するアスリートたちの勇姿に打たれながら、
改めて、ベビーメタルって、すぅめたるって、
ロック歌手、あるいは、パフォーマーというよりは、
このオリンピック・アスリートに近いものがあるな、と思っていた。

つまりは、スポーツと歌、その表現形態は違いながらも、
その姿に共通するものと言えば、
まさに天才の資質であるところの意志力、ではなかろうか。

或いはそう、例は悪いが、あの悪の帝国からの姫君、
あの周囲のすべてを敵に囲まれた絶体絶命のアウェイの中にあって、
たったひとり、舐めたらいかんぜよ、と立ち向かう捨て身の姿。

人種を越え国境を越え宗教もイデオロギーも越え、
人が人になにかを与えるというその本質とは、
つまりは意志力。
感動の本質とは、つまりはその、意志の力、その魂の姿、
ぶっちゃけた話、「勇気」 なのだろう。

そして改めて、そんな勇者たちの足を引っ張る、
あるいは、そんな神憑りのオーラを剥ぎ落とすものとは、
ネガティブ。

つまりは、愚痴や言い訳や、不満や混ぜ返しや
そんなネガティブを、一言でも口に出した途端、
その全ての勇気が、オーラが、一瞬のうちに掻き消えてしまう、
つまりは、神が去ってしまう、という状況なのだろう。

日々、愚痴と言い訳と不満を垂れ流しながら、
そうでもしなくっちゃやってられねえ、と自分自身を慰めながら、
だがしかし、その姿勢そのものが、負けの本質なのだ。
と同時に、愚痴と言い訳と不満を垂れ流しながらも、
それでも、とりあえずは進み続ける、走り続ける、戦い続ける、
そう、継続こそが最も大切なもの、なのである。

天才でも金メダリストでも、神童でも英雄でもない、
つまりは、普通な意味で言うただの敗者、であるほとんどすべての人類たち。
とりあえずは、いまこの状況を生き抜くためには、

愚痴や言い訳や不満をちょっとの間だけでも取りやめて、
まずは顎を上げ、姿勢を正し、そしてそう、あのすぅめたるの姿をイメージしながら、
舐めたらいかんぜよ、その孤立無援の中での捨て身の糞度胸、
その勇気を、もう一度だけ、思いだして見なくては、と思った次第。

そして改めて、世を覆い尽くしたこの悪雲、
ひょっとこワールドに蠢くヤミクロたちの饗宴の中から、
リトル・ピープルたちの囁く二重メタファーの罠に陥らない為には、

世界がどうあろうが、私は私の戦いを戦い続ける、

各自がそう肚をくくる以外に方法はない。

その勇気を、俺達はいま
高梨沙羅に、小平奈緒に、羽生結弦に、
そして、中元すず香に、見出しているのである。

感動の本質とは、勇気、と見たり。

オリンピックのアスリートたちの勇姿に、
今日も中元すず香の姿を、重ね合わせる俺なのである。







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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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