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「窓辺のポトス」

Posted by 高見鈴虫 on 10.2018 今日の格言   0 comments


窓辺のポトスが、俺ってなんの為に生きているんだろうと、考えていたりしたら、
ちょっと気が滅入る。
が、窓辺のポトスのようにしか生きられない人々が、
窓辺のポトスのように無心のままに一生を終えられるのか、と言うと、
実はそれほどまでに潔くもなりきれず。、
ただ、窓辺のポトスぐらいの価値しかなくなってしまった人間が、
今更俺の人生ってなんだったのだろうと思い悩む姿は、
見ていてこれ以上気の滅入るものもないに違いない。

では救いとはなにかと、考えるに、

もしも、飼っている犬猫が、
私ってなんのために生まれてきたのかと日夜悩んでいたりしたら、とかとも思うが、
そう思わない、思わせないところにこそ犬猫の存在意義がある。
日頃からは嗚呼犬猫のように生きたいものだとは常々思いながらも、
そうはできないのが人間の業という奴で、
つまりは、愚痴愚痴と思い悩むことこそが、人間の特権と、考えたい。

人間とは考える葦である。

葦か。そうか、ポトスでは無かったんだね。

という訳で、窓辺の葦として生きようではないか、
それを新しいテーマとしよう。




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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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