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夏時間に変わる夜 ~ 真夜中のドラッグストアの怪

Posted by 高見鈴虫 on 12.2018 大人の語る怖い話   0 comments
久々びさびさに、大人の語る怖い話。
ひょんなことから妙なネタに遭遇し申した、
その小話をばお裾分けにてござる。

それは先だっての土曜の夜、
深夜を過ぎた頃になって、突如として歯が痛くなってきた。
やれやれついてないぜ。
仕方なしにまたオーバーを着込んでは、犬を連れて駅前のドラッグストアまで、
痛み止めの薬を買いに出かけたのだが、
未だ残雪に凍てついた晩冬の街の、
深夜も過ぎて閑散とした店内には人影も疎ら。
汚れ切ったホームレスと、陰気な酔っ払いと、
不眠症の失業者と、見るからに危うげな家出少女と、
そして売れ残った年増の娼婦に、
そのポン引きも兼ねたドラッグディーラー。

深夜のドラッグストア、
そこは行き場を無くしては影を失った、
都市の残骸達の吹き溜り。







カウンターの陰に隠れては、手元のスマフォを拝み続けるレジの男に、
で、薬屋は、と聞けば、
顔も上げずに、二階だと答える。
ただ、我が家の犬はエスカレーターには乗れず、
であれば店の奥にある業務用のエレベーターを使えと言う。
それはどこだ?と聞いてもいつまでたっても返事がない。
聞き返すのも馬鹿ばかしく、
とりあえずはと商品棚の迷路の中に歩を進めるのだが、
改めてこの深夜のドラッグストア、
生の気配の消え失せた広大なフロアに、
無言の商品ばかりの並ぶ消費文明の末期的な迷宮、或いは墓場。
天井高くで白々と流れる時代遅れのヒット曲が
やけに侘しくも寒々として遠くに響くばかり。
その物陰に突如として姿を現わす、
虚ろな白闇の中に漂う夜の亡者たち。
どこかに狂気を秘めたその視線の狭間を、
さりげなくも息を殺してはすり抜けて
そしてようやく探しあてた裏口近く、
ポリバケツの並んだゴミ捨て場の奥の、
これ以上なく汚れきった業務用のエレベーター。

ボタンを押してしばらく待たされては、
壊れているのかと諦めた頃になって音もなく開いた扉。
むっと漂う悪臭に満ちた鋼鉄の箱には、
長年に渡って都市の汚濁の染み付いた、その凄まじくも陰鬱な密室。
たじろいでは嫌がる犬を急き立てては、
さっさと動け、と閉じるのボタンを苛々と押し続けていたところ、
ふと気づけばその背後、
煤けて黒ずんだエレベーターの奥の奥の片隅に、
全身にボロ切れを纏ったような、
骸骨のように痩せこけたざんばら頭の老人が一人、
ぼーっと影のように立っていたのである。

思わずギョッとしては飛び退いたものの、
既に閉まりかけた扉は止める事も出来ず。
ゴトゴトと不器用に動き始めたその薄暗い密室の中、
壊れた電球がチカチカと虚ろに瞬く薄明かりに、
ふと見ればその老人、
生きているのか死んでいるのか、
或いはそのどちらでも無いのか、
影に沈んだその姿、
まるで絵に描いたように亡霊そのもの。
そのあまりに異様な風情に、
露骨に怯えあがっては猛る犬をあやしながら、
ああくそ、このろくでもねえポンコツのエレベーター、早く着かねえか、と断末魔の焦燥に駆られながらも、
ふと脳裏に浮かんだ最悪のシナリオ。
ああお願いだ、頼むからやめてくれ、
その悪い予感通りに、
その老人、何やら恨めしげな目つきで喉の奥から唸り声を上げては、
ジリジリと、こちらに向けてにじり寄ってきたのである。

思わず全身に鳥肌を走らせては、
てめえこのバケモノ、何しやがる!
とは虚勢ばかりで、
いまにも悲鳴を上げては飛び上がりそうになっていたのだが、
途端に火のついたように吼えたてる犬を必死で抑えながらも、
老人はガラガラガラと嗄れ声を同じ文句を繰り返す。

なんだって?だからなんだよ、
ガタガタ言いやがるとぶっ殺すぞ、
と改めて聞けば、

ふらりと突き出したその痩せた腕の手首の辺りを指差しながら、

もうすぐ時間が変わるぜ、
このクソ寒いなかで、夏時間だとよ。

とそんなことを言っては喉の底を引っ掻くように
ヒッヒッヒと笑い続けている。

何だよこのジジイとは思いながらも、

そうか、今夜から夏時間が始まるのか。

ようやく開いた扉の間、
途端に無我夢中で飛び出した犬を追いながら、
ふと、ありがとよ、と振り返れば予想通り、
再び閉まりかけた扉の奥に、
その老人の姿は既に消えて失くなっていたのでああある。

そっか、あの幽霊、夏時間に変わる事を教えてくれたのか。
親切な幽霊もあったものである。

とふと見れば、時計は一足飛んで既に午前二時を差していたのであった。




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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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