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「ベビーメタルと鉄人28号 ~ SU-METALという怪物を操るのは誰なのか?」

Posted by 高見鈴虫 on 14.2018 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments

おことわり: 以下、実は今年の初め、
かのYahoo!ニュースにも掲載された、
SU-METALこと中元すず香嬢の独占インタビューに宛てて、
認められたものである。

ご存知のように、ちょうど時期を同じくして、
我らが小神様こと藤岡幹大氏の突如の訃報の中で、
ついついと出しそびれてしまっていた、のではあるが、

四九日も過ぎたいま、春からの世界ツアーを前にして、
改めて故人の遺志を酌む意味でも、
我がSU-METALと、
そしてチーム・ベビーメタルの方々への熱きエールとして、
時期外れになったこの細やかな駄文を、
改めて載せさせて頂く、失礼をお許し願えればと思う。

では、いざ、行かん、
今年の1月に向けてのタイムトラベル、
3-2-1-0!発射!でござる。





「ベビーメタルと鉄人28号 ~ SU-METALという怪物を操るのは誰なのか?」

実は先の広島の奇跡を目の当たりにするまで、
俺は時としてベビーメタルという存在を、
かの「鉄人28号」と擬えて捉えているところがあった。

鉄人28号、その意味するところに関しては、
嘗ての駄文にも綴った覚えがあるのだが、

→ 鉄人28号って割りとすげえ

改めてこの鉄人28号である。
そもそもは敗戦濃厚であった大日本帝国が起死回生の最後の望みをかけて秘密裏に作り上げた最終兵器。
それが現代に蘇っては、と言うのがその設定、
であったらしい。

だがしかし、この鉄人28号というドラマ、
実はその物語の肝となるところは、
この鉄人28号というスーパーヒーローの大活躍にあるのではなく、
この鉄人を操るための操縦機、つまりは「リモコン」を巡って、
各国スパイたちが繰り広げるリモコン争奪戦の話、なのである。

そう、無敵のスーパーパワーである鉄人28号自身は、
ロボットであるからして、そこには主義も主張もなにもない。
それはまさに、絶対的な意味でのパワーの象徴、ではあるものの、
果たしてそのリモコンがいったいどんな人々の手に渡るのか、
それによって、鉄人28号は、正義の味方にも、
或いは、悪の化身、とも成りうる、のである。

という訳で、この鉄人28号、
言ってみれば地上最強の木偶の坊。
自意識を持たず、判断力を持たず、
リモコンを操作する人間の意の儘に、
善と悪の間を右往左往するスーパーパワー。

果たしてそのリモコンを手中に収めて、
世界を征服するのは誰なのか。

穿った見方をすれば、
この鉄人28号という象徴を、
あるものは核兵器、あるものは天皇、あるものは「AI」
そしてあるものは軍隊という機構そのもの、
そしてまたあるものは、
それを、人気アイドル、に擬えてみたりもしたのでああある。









改めてこの鉄人28号の象徴するもの。
意志を持たず、色を持たず、
操縦者の意のままに動くスーパーパワー。

ある時は善玉を助ける正義のヒーローとして、
そして事によれば、世界征服を企む悪の秘密結社の、
その、究極の破壊兵器と化してしまうその危うさ。

そしてアイドル、である。
その唯一絶対のスーパーパワーであるところの可愛さを武器に、
ある時は、可憐な少女、そしてまたある時は、不穏な小悪魔、
ある時には淑女であり、またある時は娼婦であり。
操縦者、つまりは企画者、
あるいは企業スポンサーのイメージするヒロイン像を次々と演じては、
大衆を魅了し尽くすテレビの国の絶対兵器である。

ただ、この鉄人、あるいは、アイドルに共通するもの。
それはまさに、象徴であり、入れ物であり、神輿であり、
つまりはリモコンという権力を握る者たちの、
体の良い操り人形に過ぎないのである。

という訳で、我らがベビーメタルである。

メタルを知らなかった幼気な少女達が、
操縦者、つまりはコバメタルという卓越した企画者に導かれては、
アイドルとメタル、その奇跡的な融合による核分裂的なまでの破壊力を基に、
唯一絶対の武器である、その可憐さと歌唱力を武器しては、
いまやまさに世界を征服せしめんと企む現代のスーパーパワーである。

だがしかし、そんなベビーメタルの絶対パワーを前にして、
今尚、まことしやかに囁かれるそのニセモノ説。

ベビーメタル、つまりはメタルとそしてアイドル、
アイドルである限り、彼女たちがお人形であることに変わりは無く、
ひとたびそのリモコンが、コバメタルの手を離れた途端、
その存在はあっという間に、無に帰してしまうに違いない。

そう、ベビーメタルが、アイドルである限り、
彼女たちのパフォーマンスがどれだけ素晴らしくても、
そこに意志が、テーマが、必然の裏付けがない以上、
彼女たちは、偶像に過ぎないのである、と。

ベビーメタルのこれまでの活動の歴史を知るものにとって、
これはまさに、天地を揺るがす程の、失礼極まりない、
暴言の中の暴言である筈だ。

ベビーメタルと鉄人28号、
あるいは、アイドルとメタル、
意志を持たず、色を持たず、主義を持たず、主張を持たず、
デザイナーの、プランナーの、あるいは、クリエイターたちの意のままに、
その才能を遺憾無く発揮しては輝き続けるスーパーパワー。

ってことはなにかい、ベビーメタルはしかし、
卓越したパフォーマーであり、歌い手であり、踊り子ではありはしても、
しかし、そのベビーメタルのベビーメタルたる核、
つまりはそのアイデア、そこに至る必然性の裏打ちは持ちえない、
つまりは、素材であり、道具であり、
つまりはアイドル:偶像としてのマリオネット。

ただそう、だからこそのチーム・ベビーメタル、ではないのか?
そこには棲み分けがあり、役割分担があり、
その与えられた仕事を完遂するための、
なによりも、プロフェッショナリズム、つまりは職人意識がある。

ただ、そんなベビーメタルを思いながら、
ふと、嘗て読んだ、星新一のショートショートを思いだしたりもする。

貧しき惑星に降り立った天才科学者が、
その遅れた文明を発展させるべく、
自らの開発したロボットを駆使しては大活躍をするのだが、
そしてようやく文明の恩恵を手にした原住民たちが、
感謝の印に、と作り上げた銅像。
その銅像があろうことが、天才科学者ではなく、
ロボット自身であった、と。

しかしながら、そんな失礼な駄文を綴るこの俺が、
であったら、あんたはもしかして、
スゥメタルの代わりにコバメタルの、
そのTシャツを、フィギュアを、コスチュームを、
身に纏っては罷り通りたい、
そういうことを言ってるわけか、と。

いや、だから、と俺は言う。

ベビーメタルこそはコバメタルの作り上げた芸術品、
その創造であり、幻想であり、そして象徴なのだ。

つまりは、ベビーメタルこそが、
コバメタルのその分身、そのもの、
あるいは、コバメタルの夢見た美少女像、
その究極の理想像、その具現化なのだ、と。

そう、ベビーメタルの美学とはまさにそれだ。

あの可憐を絵に描いたような優等生ぶり。
礼儀正しく、慎ましくお淑やかで快活で、
いつも素直で明るい元気な頑張り屋さん。
そんな絵に描いたような美少女たちが、
ひとたびステージに昇った途端、
その壮絶な重低音の嵐の中に、かかって来いやぁの仁王立ち。
まさに身体中から放射能ビームを放つシン・ゴジラ的なまでの、
未曽有の超絶パフォーマンスを展開する、
その意外性、その相乗効果。

ベビーメタルの魅力の真髄は、
その豹変にある。ギャップにある。
そのパワーの真髄は、憑依であり神憑りであり、
あるいはそう、それはつまりは魔性の姿。

ベビーメタルとは、天使か悪魔か、

その眩い白光に目を凝らしては、
そこに透けて見える、その操縦者たるコバメタル、
その真の意志を探っては、
今日も人々がその想像力の限りを尽くしては、
ベビーメタルは、天使か、悪魔か、
その謎解きに躍起になっている、のである。

とまあ、そう、これまでのところは、
それが、良い意味でも悪い意味でも、
ベビーメタル、その美学であったかと思う。

結成から今日まで、
僅か12歳に過ぎなかったSU-METALが、
さくら学院のスピンオフ、重音部の派生として参加したベビーメタル。
その後のラウドパークでの開眼から先、
武道館を経てソニスフィアを経て、
そしてウェンブリーから、遂には東京ドームに至る、
このあまりにも華々しき修羅の道のり。

そんなベビーメタルが、
遂にここまで来ました!の勝利宣言の後、
五大キツネ祭りから、巨大キツネ祭りにおいては、
音楽史上の最高域にまで達する完成に至った2017年。

そしていま、すぅめたるは二十歳の生誕祭を終え、
そして、来たるこの春、あのユイが、あの最愛が、
武道館の頃にはまさに宙に浮かんでは突如として消えたりもする、そんな無邪気な天使たちにしか見えなかった、
あのなんとも可愛らしいあどけない少女たちが、
この春には晴れて高校を卒業する、
そんな季節を迎えようとしているのだ。

いつしかベビーメタル、
もはや日本においては向かうところ敵は無し。
今後は、その夢の最終目的であるところの、
世界制覇、その野望に向けての本格稼働を前にして、

果たしてこのベビーメタル、

皮肉なことにも、
夢の天下統一を成し遂げたいまになって、
二十歳を越えて、十八を越えて、
今もなお、ベビーを名乗る、
その根源的な矛盾に直面を初めている、
そんな時期なのではないのか、と思ったりもする訳だ。



そう、あのSU-METALが、いまはもう二十歳。
そして、有ろう事か、あのユイが、最愛が、
いまはもう、高校を卒業目前、なのである。

これまで、ベビーの名のもとに、
可憐で可愛く、ひたむきで純真で、
その、素直さという宝石が、
キラキラと瞬いては目に焼き付くようだったあの姿が、

いまになって、そして今後はますますと日を追って、

ねえねえ、あのひとたち、ベビー、とか言ってあんな格好してるけど、
実はもう、XX歳、なんだって~。

そんな中傷に晒される日も、そう遠くはない、
それこそが、ベビーメタルがベビーを名乗った時点で、
つまりはその誕生の瞬間のその時から、
宿命的にセットされた、時限爆弾、でもあった訳だ。

そう、ベビーメタルは、ベビーにあってベビーにあらず。
だってもう、二十歳と十八、もう立派なオトナじゃないか。

では、改めて聞こう。

子供と、大人、
ベイビーと、ガールと、レイディと、
お嬢ちゃまから美少女、
小悪魔から美女を経て美魔女に至る、
女性形態の進化系、
その狭間であるところの子供と大人、
その違いとはなんなのか?
あるいは敢えて言えば、
ベビーメタルのベビーはなにを指してのベビーなのか、
ベビーは何を以て、ベビー足り得るのか。

それはつまりは、意志、の存在なのではあるまいか。

意志、つまりは、思考力と判断力と、
そしてなによりも、善悪を好き嫌いの嗜好的な見地から、
社会性を含めた上での常識的判断。
つまりはそこには、責任の所在の認識が、必要になってくるのである。

意志を持ったベビー、
主義と主張、主観と客観、あるいは、イデアとメタファー、
それは、花か蝶か、あるいは、パフェかサンデーか、天丼かざる蕎麦か、
そんな嗜好的な判断とは違って、
そこにはなにより、知性と、経験と、
そしてなにより、そこに哲学、が求められるのである。

友達と恋人の境を越えてしまったふたりがもう後戻りができないように、
子供と大人の狭間を抜けつつあるベビーメタルは、
しかしもう、ベビーには戻れない、ベビーを名乗れない、
そんな存在に差し掛かっているのである。

ベビーを名乗れなくなったベビーメタル。
或いは、確固たる意志に貫かれたベビー像。

それはつまりは、アイドルという偶像性からの脱却を意味するものでもあり、
強いては、これまでのベビーメタルの定義となっていた、
「FOXGODの教えに導かれた」 というベビーメタル創世記。
そのコンセプトの大前提の大前提が、
いま、にわかに、揺るぎ始めていることを意味するのである。

つまりはこれまでのベビーメタルが、
その創造主であるところのコバメタル、
その究極の理想像を体現しては、
可憐な優等生と、怒涛のロックスター、
そのギャップの意外性と相乗効果を演出しながらも、
だがしかし、その根底にあったものは、
つまりはアイドル像、その美学。

クリエイターの素材として、道具として、人形として、
その意のままに操縦される絶対的なスーパーパワー、

その素直な純真なベビーさ、こそが、
彼女たちがこれまでこれだけ手放しで愛されてきたその大きな要因であり、

それと同時に、

これまでのベビーメタルを支えてきたその可憐な美少女の純潔性そのものが、
今後のベビーメタルの成長、その足かせと成りうる、その根源的な矛盾が、
いまやベビーメタルの生命線、その存亡の鍵を握る障壁として、
眼の前に立ちはだかっている、のである。

という訳で、コバメタル殿、
これまで、天才クリエイター、
あるいは、FOXGODの化身として君臨したその真の絶対神、
だがしかし、あの可憐な美少女も、
いまや、二十歳の立派な美女、
そしてあの、天使たちでさえ、高校を卒業して、
この春から晴れての社会人として羽ばたく季節を迎えているのだ。

コバメタルよ、
そして、そんなベビーメタルを支えてきた全てのおさんメイトたちよ、
そろそろ、年貢の納め時でござる。

可愛い子には旅をさせろ、つまりは、これまで引率の先生、
チーム・ベビーメタルの護送船団の中で育まれてきた、
一種、純粋培養的アンドロイド的なまでに、
絶対的な箱入り娘であった少女たちが、
初めて、自意識、レゾンデートルに目覚める時、なのでござる。

では改めて、自意識とは果たしてなんぞや。
それこそが、ベビーと、アダルト、その大いなる違いでもあるのだが、
そう、いまベビーメタルが直面しているその大いなるテーマ:自意識。

ベビーメタル、すぅ、ユイ、最愛、その一人ひとりが、
自身の言葉を以って、自身を、そしてベビーメタルを、そしてコバメタルを語る、
そんな時期に、差し掛かっている、と考えるのである。

つまりはそう、あの絶対パワーの象徴であった鉄人28号が、
初めて、そのリモコンに左右されることなく、
自身の道を、その未来を、自由意志によって切り開いていく、
そのマニュフェストが、必要とされている時期なのではないのだろうか。

ベビーメタルのマニュフェストとは、
つまりは、ベビーメタルの大人宣言。

私達はもう、ベビーでも、アイドルでもない。
一つの意志、つまりは、確固たる自意識を持った、
ひとりの大人、つまりは、個人なのだ、と。

そう、俺はあの広島の後、二十歳を迎えたすぅメタルが、
その人生の、そしてキャリアの、頂点を極めたいまのなって、
しかし敢えて、ベビーメタルを名乗り続けることの、
その矛盾をどう打破していくのか、その展望を待ち望みながら、

それはつまりは、
ベビーメタルが自身の言葉を持って己を語る、
そのベビーメタル・マニュフェスト。

それがいったい、どういった形でなされるのか、
そしてそのマニュフェストこそが、

今後のベビーメタル、強いては、彼女たちの命運と伴に、
そんな彼女たちの運命共同体として陰から支えたチーム・ベビーメタル、
そして、そんなベビーメタルに生命を誓った、世界各国の筋金入りのメイト達、
そのすべてのベビーメタラーな方々の、その命運を結する、
その宣言になる筈、なのである。



という訳で、ベビーメタル・マニュフェスト、
つまりは、ベビーメタルの大人宣言。

ベビーメタルが、ベビーとしてではなく、
確固とした意志を持ったひとりの人間として、
自身の言葉で自身を語る、つまりはアイドル脱却宣言。

それがいったい、どんな形でなされるのか、
なされるべきなのか。

そう思えば思うほどに、
だがしかし、そこに秘めたありとあらゆるリスク、

そう、そこで使われる表現形態は、まさしく言葉、である。

これまでSU-METALが最大の武器としてきた「歌」
その抽象性の中から、存在の核を鷲掴みにできる歌とは違い、
この言葉というもの。
音楽に比べて、それは具象的で直接的で解りやすく、人族にとって最も安易な表現手段。
と同時に、そこに秘められたあまりにも大きな罠、その数々。

ひとたび、そんな言葉の罠にハマったが最後、
そんな言葉の魔術を操ることに長けた海千山千の口先亡者たちの手にかかっては、
真実は一瞬のうちに虚実にすり替えられ、
語った言葉のその言葉尻を意地悪くも執拗に拡大解釈されては、
その内容は、いつの間にか、思っても見なかった奇形の仔として転がりでては、
見る見るうちに勝手な成長を遂げては一人歩きを初めてしまう、

そしてそんな言葉の罠に堕ちたが途端、
下手をすればベビーメタルは、
一瞬のうちに転覆を図られては、砂上の楼閣と化してしまう、
そんなとてつもないリスクが、つきまとってくるのである。

ただ、そんな言葉のリスクを考えれば考えるほどに、
その巧妙な罠を避けようとすればするほどに、
なにを語るべきか、よりは、なにを語ってはいけないか、
なにを語りたいか、よりは、なにを語られたくないか、
そんな無様な減点法の中に雁字搦めにされていくばかり。

だがしかし、だからと言って、

スタッフの手によって周到に用意された台本を読みあげるばかりでは、
その言葉には魂は宿らない、つまりは、聞くものの読むものの、心を打つことができない。
そればかりか、そんな空虚な言葉を重ねれば重ねる程に、
やはりベビーメタルは、アイドルの木偶の坊。
鉄人28号、あるいは、サイボーグ・ロボットであるかのように、
自分ひとりではなにひとつとして何の言葉も発することのできない、
つまりは、歌うだけの歌姫に過ぎず、踊るだけの踊り子に過ぎず、
良い歳こいてベビーにしがみつく以外にはない、
事務所の言いなりの、操り人形の、年増のアイドルに過ぎない・・
そんな論評が積れば積もるほど、
特に海外のファンたちには、それは一種、
あの、性奴隷と同一視されるKPOPの売女たちや、
あるいは下手をすれば、あの北腸腺応援団、
そんな「アジアの空っぽ少女たち」を見る目と重なっていく、
そんな悲劇的かつ壊滅的なイメージダウンの状況さえ、
思い描いてしまうのである。

そう、改めて、ベビーメタルのマニュフェスト、
これはあまりにも大きな、そしてリスキーな、賭けである。

それに失敗した時の、
そのあまりのダメージの大きさを考えれば考えるほどに
改めて、そんなリスクを犯してまで、
ベビーメタルはわざわざ、自由意志のマニュフェストなど、
わざわざする意味があるのだろうか、
そんな弱気な風に包まれていくばかり。

ベビーメタルのマニュフェスト、
これは大きな、そして、執拗な罠である。
それこそが、あの糞マスゴミどもの格好の獲物であろうし、
そしてなによりベビーメタルは、
そんな浅はかなリップサービスなどしなくても、
その歌声だけで、そのパフォーマンスだけで、
言葉ではいくつ重ねても伝えられない、
その真髄のコアの部分までも、
根こそぎに表現することができる筈じゃないか。

それこそがベビーメタル、
それこそが、SU-METALの、ユイの最愛の、
その魅力の真髄だった筈ではないのか。

だがそう、だからこそ、
この二十歳を越えてのベビーメタル、そのリスクなのである。

自由意志の無いものに、自己を主張できないものに、
自由主義世界の人々は、真の魅力を見出してはくれまい。

つまりはそれは、あのKPOP売女、
あるいは、あの北腸腺応援団。

言われるままに言われたことを
なんの疑問も持たずにこなし続けるその没個性、
その美しくも空虚な脳みそすっからかんのマスゲーム、
それを以って、東洋の美、日本の美、と誤解されてしまう、
その危険を孕んだ今日なのである。

では改めて、ベビーメタルは、SU-METALは、
そのマニュフェストにおいて、いったいなにを語るべきなのか。

それと同時に、果たして俺たちは、
SU-METALから、ユイ最愛から、
そして、そのクリエーターであるコバメタルから、
どんな言葉を以って、どんな話を聞かせて欲しいのか、



という訳で、また例によって、ト書きばかりが長くなったが、

果たしてその運命の時、
まさに、ベビーメタルの今後の命運を左右することにもなる、
ベビーメタルのマニュフェスト。
その大人宣言を到来を、必要性をひしひしと感じながら、それはまさに、目隠しをされたまま地雷原を行く心境を以って、このオフ期の不穏な沈黙を、息を殺して過ごしていたのではあるが。

それがなんとしたことか、
あのギターの聖人・藤岡幹大氏の訃報の衝撃に、
思わず魂抜けの唖然呆然、目の前真っ暗の井戸の底に突き落とされた、
その失意のどん底の底の底の中にあって、
それは、あまりにもあっけらかんとさり気なくも、
朝の会議の途中に暇つぶしに斜め読みをする、
あの、Yahoo!ニュース なんていう、
一種あまりにも惰性的通俗的な弛緩した日常風景、
そのB層C層D層さんたち御用達の、
いまや諸悪の根源ともなりつつあるゴシップニュースまとめメディアの筆頭、
そんなYahoo!ニュース、なんてところに、
あろうことか、そんな糞馬鹿共の吹き溜まり中に、
ベビーメタルのボーカリスト独占インタビュー、なんてものが、
目に飛び込んできたのである。

いやはや、その衝撃たるや、
全体会議の席の正面にいきなりうちのかみさんが座っていた、やら、
あるいはそう、泥酔の果てに担ぎ込まれた見知らぬベッド、
ふと目を覚ませば、その隣りに、マツコデラックスが寝ていた、
そんな状況さえも彷彿とさせる、
それはまさに、青天の霹靂、であった訳だ。




と言う訳で、藤岡幹大氏の悲報の中、
突如として転がり落ちたこのSU-METAL独占インタビューである。

「メタルを知らなかった12歳の少女が世界を揺らすまで――ベビメタのボーカル、20歳の決意」


中元すず香と、スゥメタルは違う。
中元すず香、その本人は、勉強もできない、運動もできない、
歌う以外にはなんの取り柄のない凡庸な女の子。

それが、スゥメタルという象徴に変身を遂げることによって、
自信と勇気を勝ち取ることができた。

家に着いて改めて目を通してみた、
このあまりにもあっけらかんと転がりでた、
ベビーメタルのマニュフェスト、その待望の運命的宣言。

隣りのIPADで同じ記事を読んでいたらしい我が愚妻が、

へえ、といきなり妙な溜息を漏らした。

へえ、凄いね、この子。

凄い?この記事が? と改めて愚妻を振り返る俺。

お前、まったくもって、頭が良いのは記憶力だけで、
それも、どうでも良い十年も二十年も前のことを、
まるで昨日あったことみたいにいつまでもいつまでもほじくり返す、
そんなことばっかりやっていやがる癖に、
こと、文章の読解力、その行間にあるところのリード・マイ・リップス、
その真意を読み解く、みたいなところに関しては、
まったくもってからっきしの・・

とかなんとか、思わずうっかり口の端から零れ落ちそうになっては、

おまえ、いったいどこを読んでるんだよ。
だから中元すず香本人は凄くもなんともない。
スゥメタルという幻想を演技して、それに成りきっているだけ。
つまりは、ベビーメタルは、事務所のでっち上げたアイドルとしての虚像で、
わたくし中元すず香とは縁もゆかりも無い・・・

違うわよ、とかみさん。

わたしが凄いって言ったのは、
そういうことを、インタビューの最初に話せるってこと。
考えても見てよ、普通言わないでしょ、そんなこと。
私は勉強も運動もできないダメな子で、なんてさ。

まあそう、SU-METALを離れた中元すず香が、
ダメダメの塊りのポンコツ少女だったってのはいまに始まったことじゃなくてさ。
まあそう、ファンの間では誰もが知ってる有名な話。
でもまあ、そういうことを他人様の前でもあっけらかんと言ってしまう、
その正直さが、中元すず香の魅力でもあるんだけどね。

ああ、やれやれ、と肩を竦める我が愚妻。

あんたってさ、偉そうなことばかり言いながら、
実はほんとうに、なんにも判ってないわよね。

インタビューの最初に、たぶん初対面であろう人の前で、
そういう事が、自分の口から言える、
そのことこそが、この子の本当の強さ、なんじゃないの?

私は嘘は言いいません。
嘘を言わされたくないから、
最初に自分から言わせて頂きます。
わたくし中元すず香と、
そしてベビーメタルのスゥメタルは違います。
それを混同してはいけません。

完璧な出だしだと思う。
最初にそう言われてしまっては、
もうどこにもつけ入る隙はない訳だしね。

頭いいわ、この娘。
さすがね、ベビーメタルがあそこまでになった理由も判るってものじゃない。

そうかな、俺は逆に、ロックスターらしく、
もうちょっと、嘘八百のはったりかましても良かったような。

ねえ、ロッカーってさ、それだからダメだったんじゃない?
世の中を斜に構えた偉そうな顔して嘘で嘘を固めて、
結局はそのはったりの中に自分自身が絡め取られては、
自分自身を雁字搦めにしていくばかりって。
そんなおバカさんばかりだったじゃない?

で、スゥメタルはバカじゃないと。

だから、スゥメタルじゃないのよ。
あなた判って無いわね。
このインタビューに答えてるのは、SU-METALじゃないの。
中元すず香、なのよ。
中元すず香として、スゥメタルを客観的なキャラクターとして分離したうえで、
ではあのスゥメタルはいったいなんだったのか、
それを中元すず香の口を通して、正直に語ってる訳じゃないの。
凄いんじゃない、このインタビュー。

たださ、とまたまた訳知り顔の俺。
つまりは、いちど突っ張った以上はひっこみがつかない、
つまりは不屈のロックスター魂のその悪しき典型。

実はさ、これまでのすぅちゃんのインタビュー、
なんか、決められた台本読んでるようなのばっかりでさ、
正直ちょっと、興ざめというか、
なんか、歌に比べて、あんまり伝わってこないな、
とか、思ってたんだけどさ。

でまあ、このインタビューも、そう言ってみればその通り。
また多分、こばさんあたりが夜通しかけて作文の宿題。
当たり障りのなくも、意地の悪いブービートラップを巧妙に避けながら、
そんな優等生的な台本朗読、って感じに思えてならないんだけどよ。

違うと思う、と愚妻が言った。

わたしは違うと思う。

だって、これ、このインタビュー、
二十歳の記念だった訳でしょ。
あなたの言う、マニュフェスト、そのものじゃない。

つまりは?

わたしこれ、中元すず香の、本当のホント。
正直なインタビューだと思う。

つまりは、中元すず香は、
その作られたスゥメタルという象徴と自分を、
しっかりと切り離した上で、
これからも大切に大切に育てて行きます、と、
そういうことなのよ。

つまりは、中元すず香は、スゥメタルやら、ベビーメタルやら、
あるいは、ロックビジネスやら、ショービジネスやら、
そういうものとは、別の場所に生きる、ただ普通の女の子。
勉強もダメで、運動もダメで、なんの取り柄もなかった女の子が、
スゥメタルという仮面を演じることによって、
初めて、自信と勇気を得ることができた。

そしてそのSU-METALという仮面を通して見てきた世界を、
中元すず香として正直に語った。
つまりは、SU-METALはSU-METALであって、
中元すず香ではない。
それは役、であって、本人はしっかりと別にいますよ。
私は、自分を見失っていはいませんよ、って、
つまりはそういうことでしょ?
凄いわよこれ、こんなことを言うロックスターって、見たこと無いじゃない。

ただ、だからさ、ロックってほら、もっとリアルなもので、生き様であって、

それがみんな嘘ばっかりだったって、あなたいつもそう言ってたじゃない。
ステージの猿芝居と、自分自身の生活を一緒くたにしちゃったひとたち、
可愛そうだよなって。
人生そのものに商札つけられちまうなんて地獄だぜって。
あんたいつもそう言ってたじゃない。
つまりはこの中元すず香さん、
そんなお馬鹿さんたちの二の舞は踏みませんよと、
そう言ってるのよ。
凄いことよ。凄いことだと思う。

ねえ、で、あなた、なにか思い当たるところない?

え?なにが?

ほら、前に話してた、ジョン・ライリーってジャズ・ドラマーの人の話。

ああ、ステージの上で自分の音を聴かないって奴だろ?

そう、自分はステージにいる自分を、観客席の一番うしろから見てるって。

それってさ、言ってみれば幽体離脱だよな。
下手すれば分裂症の末期症状っていうかさ。

実は、それこそがステージの極意なんじゃない?
ステージの上で、そこまで自分自身を客観視することができる。
それって凄いことよ。
それをこの中元すず香さんは、早々に気づいていたのよ。

でもさ、という俺に、ねえ、黙ってて、とかみさんが押し止める。

いま読んでいるだから、ちょっと黙ってて。

そしてふっと、長く溜息をついたかみさん。

ははは、凄いね、と一言。

やっぱり、凄いのかな、すぅちゃん。

だから、これはSU-METALじゃないんだって。
なんど言えば判るのよ。
スゥメタルは仮面。
ベビーメタルとしての役作り、なのよ。
ただそれを操縦しているのが、
実はコバメタルでも、チーム・ベビーメタルでもなくて、
実は中元すず香、その人だったって、
この記事はそういうことでしょ?

つまりベビーメタルは鉄人28号じゃなかった、と。

違うわよ。その逆。
SU-METALは鉄人28号。
でもそれを操縦してるのが、中元すず香、その人、
つまりはそういうこと。

でね、そう、自信なんだよね、つまりは。

自信?

そう、中元すず香の自信。

この初っ端の、私はなにもできない子でした、と言えるのも自信。
SU-METALを通して、自信や挑戦する勇気を貰ったって。

でさ、あんたたちみたいな単細胞の男たちには判らないだろうけどさ、
良いことは全部自分の手柄、悪いことは全部他人のせいにしてふんぞり返ってる、
そんな馬鹿な男と違ってさ、
女の子が自信を口にすることって、実は凄く凄く、凄いことなのよ。

女ってさ、私もそうだけど、いつも自信がないの。
その自信のなさの中で、あっちへふらふらこっちへフラフラ、
それを繰り返してる自分が、不安でしょうがない、
実はそういう生き物なの。

そしてなにより、中元すず香さんは、
このSU-METALという仮面を通して、
自信を勝ち得た、と。
つまりは、女が、自分の力で、自信を勝ち取った、その勝利宣言。
それってさ、実は本当に凄いことなのよ。

自分の力でなにかを勝ち得た、そんな達成感を持てる人、
世の中にそれほどいるものじゃないと思う。

そう、自信なのよ、自信。
その自信こそが、女が、実はとてもとても欲していたもの。
でも、誰一人としてそれに挑戦できなかったことでもあるのよ。
女は与えられたものをありがたがる生き物。
天の授かりものを産み育てて、愛で上げることこそが幸せです、とかさ、
ずっとずっと言われて育ってきてる訳でしょ?

私はこれを、自分の手で勝ち取りました、
そして自信を持ちました、だってさ。

凄いな、本当に凄いと思う。
ちょっと、感動したかも知れない。

でもさ、そんなことを言っちゃうとさ、
逆にバカな女たちから、妙な嫉妬を買ったりとかしないかな。

まさか、絶対にそんなことはないと思う。
妙な嫉妬を買うのはね、
自分と同じような後ろめたさのある人なのよ。
つまりは、自分の力で勝ち取ったものでもないくせに、
それをさも自分の手柄みたいに妙に自慢したりするから、
バカよねあの子って、そう言っているだけの話。
この子は、この中元すず香さんは、
その自信を、自分自身の力で勝ち取ったのよ。
そんな子、居ないわよ。まさに金メダリストそのもの。

そうそう、俺さ、ベビーメタルの感動って、
ロック歌手ってよりは、
オリンピックの金メダリストとかに似てるのかなって、
そう思うことがよくある。

自分自身の力で勝ち取った栄冠。
まさに、金メダルって奴でしょ。その通りなんじゃない?
中元すず香は、パフォーマーじゃなくて、オリンピック選手なのよ。

そう言えばさ、
長野オリンピックのスピードスケートで金メダルを取った清水宏保がさ、
レースの時になにを思ってました?って聴かれて、
自分で自分の実況中継してたって言ってたんだよね。
自分はテレビのアナウンサーになって、
自分自身を実況中継しながら、
その感動のドラマに、自分自身を当てはめていったって。

清水、凄い、清水、凄い、
凄い追い上げです、ものすごい追い上げです、
清水宏保、格好良い、世界一格好良い、
輝いています、輝いています、清水宏保
さああ、最後の直線に入った、
清水、行きます、清水、行きます、奇跡の追い上げです、
清水、凄い、清水、凄い、清水、凄い、
清水は凄い、本当に凄い!
この奇跡の追い上げ、清水宏保
この姿こそが、日本の誇りです、
この姿こそが、英雄の鑑です!
やったああ、金メダル!でたぁぁ、一等賞です!
清水宏保、奇跡の金メダル!!!
良くできました!!

そのひと、離婚したよね、と妻。
浮気して、高垣麗子に愛想つかされて。

まあまあ、そういうこともあるけどさ。
でも、そう、自分自身の実況中継、
これって、わりとありかなって、俺は思ってたんだよね。

それこそまさに、中元すず香の言うSU-METALじゃないの。
中元すず香は、スゥメタルを演技しながら、その姿に同化するよりも、
スゥメタルを実況中継しながら、その仮面を操縦しながら、
ついには金メダルを獲得したのよ。

イメージトレーニングだよな。

そうかもね。凄くイメージトレーニングを繰り返している人なんだろうね。

やっぱりこの人、パフォーマーってよりも、アスリートに近い。

それは運動選手とか、歌手、とかってよりも、
ひとつの方法論なんじゃないの?
つまりは、自分という資産を、どうやって運用するか、その操縦方法。

自らを客観視しては、
人生という劇場で自分という主役をどう輝かせるか、
あなたは自分自身というステージの、
演出家であり主役なのです、とかさ。
なんかどこかの胡散臭い能力開発セミナーとかのキャッチコピーみたいだけさ。

でも、確かにSU-METALという存在自体が創造されたアイコン。
そしてそのスゥメタルというアイコンを、
中元すず香が、コバメタルが、そしてチーム・ベビーメタルの人々が、
一緒に育て上げる、それこそが、ベビーメタル、
うん、確かにそういう気もするな。

つまりはSU-METALは鉄人28号ではありながら、
そのリモコンは、しっかりと、中元すず香自身が握っていると。

凄いわよね、完璧だと思う。

こういう記事、もっともっと読みたいな。
たぶんね、中元すず香がSU-METALの演出家のひとりとして、
チーム・ベビーメタルと一緒に、スゥメタルの運営方法を考える、
そんなことを続けていたんじゃないのかな。

中元すず香自身が、
SU-METALの操縦者であり演出家としてそのオーナーとして、
責任を以って、SU-METALという偶像を運営する。
それをチーム・ベビーメタルが共同制作者としてサポートする。

この人達って、ベビーでもなんでもないわよ。
大人、なのよ。
ほら、ベビーメタルはどんな甘えも許さないって、
あなたそんなこと言ってたじゃない。自分のことは棚に上げてさ。

そうよ、ベビーメタルって子供の頃から、凄く大人だったのよ。

ベビーとか、レディとか、いくつになったとか、そんなことじゃなくて、
甘えないこと、それこそが、子供と大人の違いなのよ。そうじゃない?

でさ、言わせてもらえば、甘ったれてもらっちゃ困るんだよね。
この間も、ああ、疲れれた、腹減ったって、ご飯食べたらすぐ寝ちゃって、
夜中過ぎてから、ブーくんの散歩、わたしが行ったのよ。
そういうことのひとつひとつが、甘え、甘え、甘え、あなたは、甘え、甘えの、甘えで・・・



いやあ、失敬失敬、
またまた妙なところに話が向かいかけて、
そう、まずは犬の散歩だ、で、靴下をそんなところには脱がないで、
で、自分で食べた皿ぐらいは自分で洗うんだったよな、はいはい。

とまあ、そんなことを続けながら、
改めて、我が愚妻ののたもうた、
この、中元すず香と、SU-METALの分離説。

中元すず香と、SU-METALは違う。
中元すず香は、なにをやらせても間の抜けたポンコツの女の子。
でも、それがひとたびSU-METALという仮面を被ると、
一躍、スーパーヒーローに変身しては・・

と、ふとそんなことに思い当たることがある。

そう、あの、白塗りの神バンドと、そして、白塗りの客たち。

自分自身を、仮面、あるいは、
白塗りという手段によって分離し、独立させた上での、
真の意味での解放、と同時に、そんな自分自身を客観視するその手法という奴。

そうか、神バンドだけではなく、あの中元すず香自身が、
SU-METALというユニフォームを着ては、
ポニーテールに髪を結わえたその途端、
自分自身を完全に分離して独立させ、
そこに、理想とする偶像を作り上げて行く、
つまりはそういう人であったんだね、と。

まあそう、これはある種の人々にとっては、
もしかしたらちょっとした、興ざめ、でもあるのかも知れないが、

改めて、このインタビューを読んで思ったこと。

SU-METALも格好良いけど、
俺ははやっぱり、中元すず香が好きだ。

勉強もダメ、運動もダメ、そんなダメダメの女の子、
靴の紐も結べず、自転車にも乗れず、
マンガだって、どっちから読んだら良いのか判らない。
そんなダメダメのポンコツの塊りの中元すず香が、
そんな自分自身を忘れずにいてくれること。

それこそが、俺達がこのSU-METAL、
そして、その操縦者である、中元すず香を、
ここまで愛すことのできる、その理由なのではないのか、と。

SU-METALも素敵だが、
俺はやっぱり、そんな中元すず香。
そんな素顔の、中元すず香が堪らなく好きなのだ。

改めて、このマニュフェストを前に、
敢えてダメダメである自分自身を守り続ける、拘り続ける、
そんな中元すず香の姿に、
限りない愛情と、そして尊敬を感じ得たのである。



という訳で、
で、改めて、
ベビーメタルの、そのSU-METALの魅力とはなにか。

それこそは、このステージの上で、
操縦者であり演出家であるところの中元すず香が、
SU-METALという仮面と、同一化するその瞬間。

中元すず香と、SU-METAL、
その二面性からの同一化、
その仮面と本体が、離反と融合を繰り返しながら、
ついには、その二体が、一つに重なり合うその瞬間。

ベビーメタルのすてーじにおける、あの神憑りの瞬間が、
実は、この仮面と実態の、同一化、
それによって巻き起こされていた、としたどうだろう。

仮面としての、偶像としての、SU-METALに、
実態としての中元すず香の魂の宿るその瞬間こそが、
まさに、開眼、というその状態。

そう、ベビーメタルは、そしてSU-METALは、
その、開眼の瞬間を、あのステージの上で、現出せしめていたのである、と。

それこそが、ベビーメタルの神憑り、
その真相なのではあるまいか。

中元すず香とSU-METAL、
ダメダメな少女が、SU-METALという偶像を経て、
そして遂にはそれと同一化することによって巻き起こる、
あの神憑り的な開眼の瞬間。
ベビーメタルは、そのステージの一曲一曲の中で、
この、分離と融合、離反から同一化、
つまりは、偶像に魂の宿る開眼の瞬間を創出してきた。

ベビーメタルの奏でる、その一曲一曲が、
あれほどまでにドラマティックであるその理由、
その真相なのではあるまいか。

そしていま、改めて思い起こす、あの広島公演の奇跡。

鬼気迫るほどの迫真のステージの中にあって、
そのクライマックスであった、
止まない雨、そして、THE ONE。

そう、俺はあの劣悪なファンカム映像の中、
それでもなお、あれほどまでに神々しい姿。

あれこそは、広島時代の中元すず香、
歌うこと以外なにもできなかった、
ダメダメずくめのポンコツ少女が、
SU-METALという仮面を通じて世界を行脚し、
勇気と、そして、自信を勝ち取った、
そのあまりにも輝かしい勝利宣言。

そしてあの、止まない雨、そして THEONEで見せた、
これまでのSU-METALにはあり得なかった、
あの、まさに、菩薩、あるいは、女神の降臨を思わせる表情。

あれは、SU-METALではなかった。

あれこそが、中元すず香が、中元すず香として、
中元すず香自身をさらけ出した、まさに、その完璧なまでの同一化、
あるいはそう、誤解を恐れずに言えば、

あの瞬間を以って初めて、
中元すず香は、その理想像であったSU-METALを、
ついについに、手中に収めた、つまりは、追い抜き、そして凌駕したのである。

中元すず香の、SU-METALに対する勝利宣言。
もう私は、逃げも隠れもしない、中元すず香、そのひとだ。
中元すず香が、中元すず香を以って、中元すず香を歌う。
その自信がついた。ついに私は、私自身に勝った。

そして改めて言おう。
中元すず香と、SU-METALは違う、
そういう中元すず香嬢に、敢えて言いたい。

いや、違う。
SU-METALこそが、中元すず香、そのひとなのである、と。

SU-METALは無敵のスーパーヒーローでも、
木偶の坊の鉄人28号でもない。

ある時はポンコツで、ある時は無敵の歌姫、
そのすべてが、中元すず香であると同時に、SU-METALなのだ。

そしていま、中元すず香とSU-METAL、
その偶像と実像の完全なる融合の瞬間を前に、
俺は思わず、中元すず香、その名前が、
なによりも愛おしい、そう感じては涙を流すのであろう。

SU-METALこそが、中元すず香なのだ。

すぅちゃん、あなたはそれを、自分自身の力で、
ついに、ついに、勝ち取ったんだよ。



これまで、ベビーメタルを語る上で、

プライドだとか、日本人の誇り、だとか、
あるいは、東洋の美の真髄とか、
そんな歯の浮いたような喧伝を煽ってきたような気もするが、

改めて、我が愚妻の言葉を鵜呑みにするのであれば、

中元すず香が体現してきた、その感動の本質とは、

つまりは、自信、なのではあるまいか。

その 自信、というものを勝ち取ることの、難しさ、そして尊さ。

そして何より、そんなSU-METALこと、中元すず香の姿に涙する、
世代を超え、人種を超え、時空をも超えた、
世界津々浦々のベビーメタル・フリークスたち。

俺たちがベビーメタルに見たその感動の本質とは、

中元すず香の勝ち得た、その自信というものの、輝きだったんだよ。

それは、自慢でも、高慢でも、虚栄でも、虚勢でもなく、

それは、もっともっと、シンプルで、
しかし、誰もが欲していながら、
誰も手に入れることのできる筈なのに
なかなかそれに手が届かない、
手を伸ばそうとさえもしない、
そんな細やかな、細やかな、ごく個人的なもの。

ダメダメだった私が、ついに、自信を手に入れた。

二十歳のインタビューにおいて、そう語った中元すず香。

あの記事に載せられた、
あまりにもコテコテのメタル・クイーンの写真とは対照的に、
その記事で語らていた言葉は、
あのダメダメでポンコツの、
そして、いまにも蕩けそうに優しい表情をした中元すず香、
あのはにかみ勝ちな、照れ性の、オシャマで不器用な女の子、
あの、中元すず香の本来の姿が、いまにも目の前に浮かんでくる、
そんな気がしてならなかったのである。

という訳で、ベビーメタルのマニュフェスト、と言うには、あまりにも、嘘八百のハッタリに欠ける、そんな内容ではあったものの、
しかしそこに語られた中元すず香の真実の声、

それこそが、実は、自信 の裏付け。
そしてこの、確固たる自信というものを、
心の底から渇望する世の女性達、

化粧という仮面をまとった時には、
世界一の美女を気取る高慢なビッチ、
あるいは、魔性を秘めた小悪魔風情でありながら、
一度その化粧を拭い去った途端、
突如として襲ってきた不安感の中で、
あっちへふらふらこっちへフラフラ、
そんな彷徨を繰り返す女性心理の不思議。

ただ、そんな女性たちに対して、

この中元すず香の、素顔の告白、

ダメダメだった私が、SU-METALを通じて、
勇気と自信を勝ち取りました、

その魂の声が、彼女たちの胸をどこまで奮わせたのだろうか。

あの蕩けそうな笑顔ではにかんで笑いながら、
インタビューでそう答えたであろう、中元すず香の姿を想い描きながら、

この人の強さ、その真髄。
修羅場を抜けてきましたから、その言葉の重み、
そのひとつひとつが、揺るぎなき自信に貫かれていた、
その衝撃に、思わず、打ちのめされた気がしたのである。

やられたな、と思った。
またやられたな、ベビーメタルに。

そのあまりに完璧なまでの完敗に、
思わず、嬉し涙が、とめどなく流れ続けるのであった。



という訳で、最後の最後になったが、
またまた蛇足、その恥の上塗り、といったところで、
我が愚妻との会話、
このバカ夫婦の囀る、間違えだらけの大ボケ戯言を加えさせて頂く。

ベビーメタルってさ、結局つまるところ、さくら学院なんじゃない?

さくら学院?なんだよそれ。

つまりさ、ベビーメタルの女の子たちにとって、
ベビーメタルってやっぱり、さくら学院の沿線上にあるものなのよ。

でもさ、さくら学院でやってたことといまのベビーメタル、全然違うんじゃないのか?
さくら学院こそが、アイドル養成所な訳だろ?
で、ベビーメタルはこれから、
そのアイドル路線から脱却を図らなくちゃいけない訳でさ。

あなたはいつもそうだよね。
神バンドのテクニックがどうだ、
ドラムがどうだ、ベースがどうだ、ギターがどうだ、
そんなことばかり言ってたけど、
ベビーメタルってさ、さくら学院のものなのよ。
で、さくら学院っていうぐらいからさ、
それは商業活動っていうよりも、教育の一貫、なのよ。

そしてコバメタルとか、MIKIKO先生とか、
そしてチーム・ベビーメタルの人たちとか、
もともとは、さくら学院の先生だった人たちが、
すぅちゃんがあの学校の生徒だった頃とまったくおんなじ気持ちで、
あの味噌っ歯の女のこたちを、
大切に大切に大切に、育て上げて来たのよ。

こばメタルは先生ってより、
モップ持った用務員のおっさんってところだと思うがな。
ただそんなさくら学院の人々の愛の結晶が、ベビーメタルだったと。

良い子に育ちなさいって、幸せになりなさいって、
みんなみんなが、そうやって、大切に大切に、
さくら学院の生徒たちのひとりひとりを育ててきたのよ。
ベビーメタルってさ、
すぅちゃんとか、ユイちゃんとか最愛ちゃんにとっては、
やっぱりベビーメタルはそんなさくら学院の延長だったのよ。
でさ、あの子達があんなに頑張ったのも、
さくら学院の先生たちへの感謝の気持ち、
そして後輩たちへの責任、
先輩としてそのお手本を見せなくっちゃって、
実はそういうところで頑張って来たんじゃないのかって、
私はそう見ていた。

でね、ベビーメタルってさ、
あんたの良く言う、日本の誇りとか、プライドとか、
実はそんなのじゃぜんぜんなくてさ、

さくら学院なのよ。

敢えて言えば、ベビーメタルは、さくら学院の伝道師なのよ。
さくら学院の教えを、世界に広める、その愛の使徒なの。

そう思えば、わたしは別に、
ベビーメタルはいくつになってもベビーメタルで良いと思う。
なにがいけないの?
ベビーメタルが、ベビーの概念を変えるのよ。
ベビーメタルが、メタルの概念を変えたみたいにさ。
押し通すべきよ。
ベビーメタル、自信とプライドを以って、
さくら学院精神を、世界に広めていくべきなのよ。

つまりは今更になってまたアイドルに先祖返りという奴なのか?

あなたも言ってたでしょ?
ベビーメタルは、アイドルである必要もメタルである必要もないのよ。
中元すず香は中元すず香のやりたいように中元すず香の歌を歌えば良いし、
ユイちゃんも最愛ちゃんも、自分の信じる道を、
自分にしかできない道を、ひたすらに進むべきなのよ。
それこそが、さくら学院の教えだったんじゃない?

自分を愛しなさい。自分を愛するのと同じように、他者を愛しなさいって。

それってまったく、あんたの好きだったパンクとか、メタルとかの、
真逆も真逆だけどさ。

でもだからベビーメタルなのよ。
それを見失わない限り、
ベビーメタルはアイドルでもメタルでもどうでも良いのよ。

そう言いきれる自信がついたって、
すぅちゃんだってそう言ってるんじゃない?

そのこころの中にさくら学院がある限り、
ベビーメタルは不滅です、って。

あの、少なくともこのインタビューに、そんなこと一言も書いてないけど。

だから、あなたはさくら学院を見てないからなにも判らないのよ。

ベビーメタルはさくら学院、それだけは間違いない。

で、そのさくら学院が宝塚に通じる、と。

これからは女の子だろうな。
ベビーメタル、女の子のファンでいっぱいになると思うよ。



という訳で、うーん、まいどまいどのことではあるが、
我妻のいうことは、はっきり言って、いつもいつも、さっぱり訳が判らない。
これでもかなり意訳に意訳を重ねては
なんとか人間の言葉に近づけたつもりなのだが。

まあそう、それが女の視点、って奴なのだろうが、

まあだとすれば、男の子の俺には知ったことでもねえし、
敢えて、言い返すつもりも、深読みするつもりもないのではあるが。

まあそう、俺的には、
俺がベビーメタルを聴いていても、邪魔されなければ、それはそれで、なんでも良いんだけどね。

という訳で、またまた妙な終わり方になったが、
まあそう、そういうことであるらしい、と。

改めて、ギターの聖人・藤岡幹大氏のご冥福をお祈りしながら、
ベビーメタルは永遠に不滅だ。

そして、いつの日か、世界征服の野望を達成するその日まで、
死ぬ気で応援つかまつる、その決意が、ますますと強靭に鍛え上げれて行く、
そんな気もする極寒のニューヨーク。

改めて、中元すず香、惚れ直したぜ!

あなたほど、素敵な人はいない。

SU-METALよりも、なによりも、俺は、中元すず香が好きだ。

そのままでいてくれ、そして、変わり続けてくれ。
終わり無き挑戦を続けてくれ。

ラーズのドラムだけは頂けないが、
あるいはそう、レッド・ホット・チリペッパーが、
ギミチョコを一生懸命練習していた?
へん、それであの程度かよ、
と思ったか、思わなかったかは別として、
まあ良いさ、そんなこと、
ロックだ、メタルだ、アイドルだ、なんて、
ベビーメタルを前にしたら、たったちっぽけな、
チンケなことに過ぎない。

そう、なにがあってもベビーメタルだ。
ベビーメタルはベビーメタル、
ベビーメタルの信じる道を、ただただ突き進めばよい。

そしてなにがあっても、俺はあなたの下僕です。

中元すず香よ、永遠に!

ささやかながら、世界最高のベビーメタル・マニュフェストに対する、
心からの、お礼とさせて頂きます。

ぺこり





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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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