Loading…

中村天平と中元すず香 ~ 世界に示すべき日本美の真髄とはなにか!?

Posted by 高見鈴虫 on 17.2018 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
おお、ブルーノな、
まあ、確かに、才能はあるんだろう、とは思うのだが、
で、確かに、あの筋金入りのR&B魂、
まさか嫌いである筈もない、
のではあるのだ、がだがだが・・





まあそう、これかっちーよな、
まったくもって、凄い、ウルトラかっちー、
それは認める、認めない訳にはいかない、
のではある、が・・

なんでだろ、なんでかな、あんまり惹かないだよね、妙なところで。

でまあ、そう、マーケットとして、
古き良きR&Bの総結集、
つまりは、ちょっとJBでちょっとプリンスで、
ちょっとMJで、ちょっとサム・アンド・デイヴで、ちょっとウィルソン・ピケットで、
とまあそういう、美味しいところ鳥の切り貼りの介、である訳で、
で、なにはなくとも俺的には、
そのバックバンドのあまりの見事さ、完璧さ、
ではありながら、
うーん、どうしてなのかな、と。

でさ、そう、やっぱり、時代じゃねえのかな、って。

ぶっちゃけ、今の時代、
音楽に託されたテーマとはなにか、と言えば、
それはもう、セックス アンド マネー、
そればっかり、そればっかり、そればっかり!

それ以外には、なにも、なにひとつとして、なにもテーマない。
どいつもこいつもあいつもそいつも
どんなジャンルのどんなアーティストも、
歌っていることは、と言えば、
セックス アンド マネー
ただただただ それだけって言うか・・

馬鹿の一つ覚えというよりは、
もうそれ以外にはなにひとつとしてなにも残されていない、
つまりは、ただひたすらにこれだけ。

セックス アンド マネー!
セックス アンド マネー!!
セックス アンド マネー!!!

つまりは、もう、そんなもの以外には、
なにひとつとしてなにも、
言いたいことが、その主張が、
夢が希望が欲望が、
コミュニケーションのネタが、
なくなってしまったのかな、と。

たださ、人間結局、
詰まる所はセックス アンド マネー、
それ以外にいったい、
大切なものって、なにがあるってんだよ、

なんて嘯かれるのは分かってるんだけど、

それってさ、結局の話、

欲望の充足、と言うよりはその枯渇。
目的の達成、というよりはその消失。
自己への満足、と言うよりは自我の喪失。
人間愛の讃歌というよりはその使い捨て的飽食。
テクノロジーの進歩というよりはその羅列的暴走。
金で買えないものなど何もない、と言いながら、
敢えて買いたいものも特にこれと言ってない、
そんな宙ぶらりんにも曖昧あやふやな空虚感。

と、そう思った時、
現代という時代に潜むそのあまりの欠落、
つまりは、セックス アンド マネー以外に、
何一つとして何もかも失ってしまった、
まさにどん詰まりというまでの煮詰まり。
想像力の枯渇の様をまざまざと見せつけられている
そんな気さえしてくるんだよね、実に。

で、
俺達にとって大切だったもの、
それって、なんだったったったったけ、
と思った時、
俺達が嘗て、何にあれほど熱狂したのか、
そしてそんな熱狂の中に、
俺達は何を、託していたのか?

なんてちょっと不思議な気さえして来るんだけど、

そう、嘗ての音楽を支えていた、
その一番大切な共感、その想い。

その失われてしまった象徴的テーマ。

例えば、反骨、なんてものでは無かったのか、と。

では、その反骨を、絵に描いたような人、

そう、言わずと知れた、我が永遠のビッグ・ボスであるところのJBこと、ジェームス・ブラウン!

つまりはブルーノのそのルーツでありネタ元であり、その大いなるお手本であったところの、
元祖R&Bの王者、ファンクの帝王、
ゴッドファーザー・オブ・ソウルミュージック!





いやはや、このジェームス・ブラウン、

この人は、この人だけは、まったくもっていまだに足を向けて眠れないのであるが、
でまあ、その人となり、その神話の仮面に隠されたかのJB御大が、
実はいったいどんな人であったのか、なんていうことも、
その実際にツアーを廻ったバックバンドの面々から、
まさに爆笑に次ぐ爆笑ってなぐらいに聞かされていはいながら、
だがしかし、だからこそ、生きる反骨!

あのジェームス・ブラウンが歯向かい続けた、
そして戦って戦って戦い抜いてきた、
その、敵というのがいったいなんであったのか、
その修羅の戦いそのものこそが、
ジェームス・ブラウン、
その魅力の真髄ではなかったのか、と。

あるいはプリンス、
あのプリンスが、いったいなにと戦い、
そして戦って戦って戦い抜いた、
その先に待ち受けていた、
あのあまりにもあっけない落とし穴、
その、あまりの喪失が、いまになっても、あるいは時を経れば経るほどに、
胸の底のその底の底を締め付け続ける、
そんなプリンスが象徴したものが、
いったいなんであったのか、





それを思えば思うほどに、果たしてこのブルーノ、
いったい彼は、なにを象徴し得るのだろうか、
なんてことを考えた時、

ブルーノの象徴し得るもの?
うーん、なんか、なにもない。
ってか、もうそんなもの
誰も音楽に求めてはいないのでは?

そう、そこなんだよ、そこ!

それこそが、この時代、
現代という社会におけるアーティストのあり方、
つまりは、
セックス アンド マネー以外には、
何一つとして、何の夢も希望も欲望も、
その象徴たる姿さえも失ってしまった時代における、
音楽、あるいは芸術、
或いは文化そのもの、
如いては人間そのものの落日の様を、
眼前に突きつけられる、
そんな気がしてならないんだよね、と。

と言うわけで、
最早職人というまでの無敵のヒットメイカーであるところのブルーノ。

まあ確かに上手いんだけどさ。
まあ確かに、格好良いんだけどさ。
確かに凄くキャッチーで聴きやすくて踊り易くて、つまりはものの見事な売れ線であるのはわかるんだけどさ。
なんだけど、
そんなブルーノが、
JBを気取れば気取るほどに、
プリンスを気取れば気取るほどに、
その象徴的な欠落、
つまりは、セックス アンド マネー、それ以外には、
なにひとつとしてなにも主張すべきことがない、
そんな現代という飽和的時代の、
その哀しさ、侘しさ、あるいは、陳腐さ、ばかりが、
あからさまになってしまう、
そんな気がしてならない訳だ、と。

いや 悪い
また面倒くさいこと言ってるよな。
それは解る、それは解るんだが・・

と言う訳で、
そのささやかなお詫びという訳で、
御礼参り、と言ったらなんなんだが、
こんなへそ曲がりの偏屈親父が
それでもちょっと、ほお、と思ったアーティスト、

今更なながら、ではありながら、
ちょっと、ご紹介仕りたい。

その名も、中村天平って、ご存知?




という訳で、
いきなりでなんなんだが、この中村天平、という人、

俺的には、これ、ちょっと、ベビーメタルと、通じるものがねえか、
と思っているのだがだがだが、いかがであろうか。







いや、実は、悪い、俺も、この中村天平、ほとんど知らない。
相変わらず、脇が甘くて恐縮なのだが、
なんか知ってたら教えてたもれ、と。

で、この中村天平という人、
もしかして、やっぱりもう既に日本ではあるいは世界では、
相当に有名な人であるのか、
その筈であるべき、とは思うのだが。

いや実はさ、この動画、
俺が嘗て、宿命的なまで思い入れてきた、
相棒の中の相棒、戦友に中の戦友、盟友の中の盟友。
いまも不幸にも人生を通じての腐れ縁の続く、
俺に言わせるところの、
正真正銘の天才ベーシストであった筈の、
あのくそったれの偏屈親父からの新年のご挨拶。

いやあ、最近の俺、ベビーメタル以外に興味なくてよ、

と送ったその返答に、

ああ、ベビーメタルな、
だったらこれ、と送られてきたのが、
なにを隠そう、この、中村天平であった、と。

ベビーメタルに、何故に、この中村天平か!?

ったくこいつ、相変わらず、
オツムの回路が完全にスパゲティ、
何考えてるか、さつぱりわかりまセブン。

とは思いながらも、

いやしかし、このピアノ、
確かに、なにか、ぐっとくる、
あるいは、心の底を、そのまま鷲掴みにしては離さない、そんな魔力をひしひしと感じるではないか。

これって確かに、
あの中元すず香、あの音圧を、
思わせるなにかがあるんじゃね?と。

という訳で、このスピードだろ、と。
という訳で、このテンションだろ、と。
という訳で、このグルーヴだろ、と。
という訳で、なによりも、この感情移入だろ、と。

で、敢えて言いたい。

世界一の偏屈親父からの謎に満ちたメッセージ、その謎解き。

中元すず香と、中村天平、その共通点、

つまりは、本物、
あるいは、本気、ということなんじゃね、と。





で、悪い、凄く悪いのだが、
先のブルーノと比較して、
この中村天平、
そして、なにより、我らが中元すず香、

その間にあるもの、そしてないもの、
ってなことを考えながら、

やっぱり、それ、
つまるところの日本人性なんじゃねかな、と。

で、その、中村天平と中元すず香、
そのふたりの持つ共通項としての日本人性。

つまりは、スピード、あるいは、テンション、あるいは感情移入、

その全てを、ひっくるめた上で、やっぱりその、本気度、というか、

ぶっちゃけた話、それはエンターテイメントでも、ショービジネスでもなく、

そういうものを、まがい物、と一刀両断にしてしまう、そのあまりのストイシズム。

つまりは、その、本気さ、その生真面目さ、何よりもその気合い!
その、あまりにも遊びの余地のないギリギリの精神性こそが、
日本人の求めるそのアーティスト性、その真髄なんじゃねえか、と。





という訳で、
ニセモノをニセモノとして、
見世物を見世物としてショーとして崇める、
そんなアメリカのショービジネスの美学と、

全てに全て、血の滲むような本気さを求める日本の芸の極意、

それはまさに、ハリウッド版のガッジーラと日本のシン・ゴジラ、

或いは、例えは悪いが、
米国のポルノと、日本のAVの美学、
女優が本気で逝くことを、プロフェッショナリズムに欠ける、と見る米国のエロティシズムと、
本気の本気で本気に逝くことを強要される日本のAVの美学、
その違い。

その双方にそれなりのスタイルの美学があるとは思いながら、

やはり、そう、俺達は日本人、
日本人の美学、その興奮どころ、というか、肝と言うか、
その、泣き所のそのツボっていうのが、
やはりやはりどうしても、ブルーノよりは、
中村天平であり、そして、中元すず香なんじゃねえか、と。

つまりはその一期一会、
その、一瞬の中に永遠を創出する、
その真剣勝負の気合こそが、
日本の美学、そのものなんだよ、と。

ただ、そう、AV女優がいつもいつも本気で逝ってる訳でもあるまいし、
シャブもうち続けている内にいつのまにかそのテンションにも飽きが来る。

果たしてその延び初めてしまうテンションを、
どうやって巻き続けることができるのか、保ち続けることができるのか、
ぶっちゃけた話、そのテンションを支え続けるものこそが、戦い、なのであって、
その戦いの中にこそ、フレッシュさがある、と。

つまりは、言いたくはないが、いまのアメリカ、
すでに敵を見失ってしまったんだよね。
何もかもが、二番煎じ、三番煎じ、
つまりは、そこにチャレンジ精神やら、パイオニア精神やら、
あるいは、反骨、あるいは、戦い、
ともすれば、ポテンシャルそのものが見えなくなってしまた、と。

という訳で、我らが中元すず香、あるいは、この中村天平、
そのモチベーションが、あるいは、戦いのコアがどこにあるのか、
と言えば、つまりはそう、世界、なんじゃないのかな、と。

そう、世界征服、あるいは、世界において認められること、

日本はそれを、まだ、果たしてはいない。

世界征服の夢こそが、日本のアーティストたちから、
まだまだモチベーションを失わせない、その戦いの、コア、なんだよ。

という訳で、黒人が黒人として、世界に認められる、ブラック・パワー。
黒人の人権運動、その修羅の戦いを、
音楽というものを武器にして、
戦って戦って戦い続けた、ジェームス・ブラウン、

そして、日本人が日本人として、世界をぶっ飛ばす、
その果てなき戦いを続ける、この中村天平と、そして中元すず香。

そのジャンルは問わず、その方法論は問わず、

そのパフォーマンスのコアとなるものは、戦い、なんだよね、つまるところ。

という訳で、我が永遠のビッグ・ボスであるところジェームス・ブラウン、
そして唯一絶対の天才の中の天才であり続けたプリンス、
その黒き侍たちの在りし日の姿を思いながら、
そしていま、
日本人が日本人として、日本の美学を持って世界に戦いを挑む、
その、果てしなき戦いにこそ、真のドラマが待ち受けている、
それこそが、この時代に残された、唯一絶対、最高のダイナミズムなんじゃねえのか、と。

という訳で、ブルーノ、確かに格好良い、
ぶっちゃけ、いまの世界で、この人こそが無敵のナンバーワン、
ではあるのだが、
果たして、ブルーノは、この先、いったいなにと戦い続けるのか、
その戦いを支えるモチベーションの核とはなんであるのか、
と、それを考えた時、うーん、と思わず苦笑い。

つまりはまあ、それが時代、という奴なんだろうが。

という訳で、悪い、俺はまだまだ中元すず香だ、
そして、中村天平だ、あるいは、矢野顕子だ、
つまりはそう、日本人の美学、
つまりは、その核となるところの、ストイシズム。

遊びの無い、あるいは、それの許さない、
そのあまりにも余裕に欠けたギリギリの辛辣さの中、
一瞬の刹那に永遠を見る、その美学を、忘れる訳にはいかない、と。

そう、日本人が求めるのは、
良い意味でも悪い意味でも、
その芸の真剣さであって、
アメリカの美学とは、まさしく、ショー、つまりは見事な見世物、なんだよね。

で、どちらが良いのか悪いのか、は別として、

時代、というものを、切り開く、
その切実さ、そのパワーこそが、
俺たちに熱狂を与えるもの、
つまりはそれ、つまるところ、戦い、なんじゃね、と。

戦いの中にこそ、憂いがある。
そしてその「憂い」こそが、
日本の美学の、真髄なのだから、と。

悪い、またしょうもないところに転げ落ちたみたいだ。

という訳で、
ははは、ぶっちゃけ、中元すず香には誰も敵わねえよ。
それだけは確かだ。

ただそう、この中村天平にも見るように、
いま世界に挑む日本人アーティストたち、
この卓越した存在、その真髄が、果たしてどこにあるのか、
それこそが、日本のアーティストたちが、
いままさに目の前にしている、
ひとつの大きな世界への「鍵」
なんじゃねえのかな、と。

ではではでは、
中村天平 そして 中元すず香によって示された、
その鍵ってのが一体なんなのか。

スピード、テンション、そして感情移入。

ただそれは、方法論であって象徴ではない。

ではではでは、

一体全体、我らが日本人アーティストが、
いま世界を目指す時、いったい何を、象徴とするべきなのか?

俺はそれを、敢えてブルーノの向こうを張って、
つまりはアメリカのショービジネスの美学の
そのまったく逆を打つ、
日本人の日本人による日本の本当の美学、
それこそが、日本人アーティスト達の切り札である、と考えたい。

では、この中村天平 そして 中元すず香の体現しえた、
日本人の日本人による日本美の真髄とはなにか?

それは、愛と、魂、じゃねえのか?

それは突き詰めて言えば、
音楽の復活、人間性の復興、
如いては魂の開眼、
つまりは、ルネッサンス、なんだよ。

そう、俺たち日本人に、まだ世界と勝負できる何かが残されているとすれば、

それは思いやりであり、まごころであり、
テンションであり、気合いであり、
つまりは、愛と魂、それ以外になにがある?

そう、
日本人のアーティストが求めなくてはならないのは、
ブルーノじゃない。或いはアメリカではない。
巨大資本を背景に、
リップシンクも皿回しもテクのうち、
当て振り上等で歌い踊る
豪華絢爛な見世物ショー、
そんなものでは無いはずだ。

それに相対する、中村天平、
そして我らが中元すず香。

いまにも血の飛び散るような
鬼気迫るほどのテンションのなかで、
気合と愛と魂と情念と、
その裸一貫の人間性だけで勝負する、
その赤裸々なまでの真剣さ。

そう、それこそが、日本人が世界に勝負をかけられる、唯一絶対の武器なのだ、と。

それは嘗て綴ったあのクソ駄文、
ベビーメタルと、和楽器バンドとの、間にあるもの、であるはずなんだけどね。

→ ベビーメタルよりも和楽器バンド? ~ ジャパン・パワーに見る日本の美の真髄とは

という訳で、まあそう、
ご存知のように俺はそういう人だ。
世界一の偏屈親父、それ以上でも以下でもない。
そういう人であるからして、
やはりどうしても、
中村天平が好きだ。
中元すず香が好きで好きで堪らない。
そして何より、
おれは日本人であることに、
その文化の神髄に、未だ誇りを失ってはいない。

どれだけアメリカに暮らそうとも
それだけは、決してぶれない、揺るぎない。

このブルーノの超絶ステージ、
そして、中村天平の、神憑りの演奏を見ながら、

やはりつまるところ、
世界を征するのは中元すず香だろ、と、
そんなことを思って止まない、
筋金入りの、スー・メタル・メイト、
なのであつた、と。





いや、毎度ながら、訳の判らない文章で、すまそである。
もうちょっと、煮詰めてから書くべきだったのだが、
取り急ぎ、お礼かたがた、ってことで。

ではでは。何は無くとも達者に暮らしてくらはい。

敬具






  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム