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忌の際の映画三昧 ~ 観ずに死ねるか日本映画の大迷作選集 

Posted by 高見鈴虫 on 21.2018 読書・映画ねた   0 comments

嘗て、四十を半ばにして急逝した友人から、
棺桶に持っていく十冊の本、
なんて話をされた記憶がある。

俺の人生の中、
これまで読み尽くしてきた幾多の本の中から、
果たしてどの十冊を、黄泉の旅路の友とするのか。

それは自身の銅像に刻む、座右の銘、とも言えるもので、
→ 朝の犬の散歩の最中に、自分の銅像は自分で建てろ、と天啓が下った
果たしてこの人生において、俺はいったいなにを学んで来たのか、
つまりはいうなれば俺の人生の集大成、
強いて言えば、人生の成果、そのもの、ともなり得ると。

という訳で、先日の虹色のタツノオトシゴの降臨からこの方、
→ 虹色のタツノオトシゴ ~ 死神に出会ってしまった金曜日の午後 
それとなくなんとなく、ちょっとした終末感とともに生きている訳なのだが、
で?そうそう、棺桶に入れてもらう十冊だったよな。

まあそう、ガルシア・マルケスの「百年の孤独」から、
トニー・サンチェスの「アップ・アンド・ダウン・ウィズ・ザ・ローリング・ストーンズ」から、
河口慧海の「チベット旅行記」
そそそクラテスかプラトンか、
かかかカミュにセリーヌにブルガーコフか、
ヘミングウェイからチャンドラーから、
梶井基次郎から坂口安吾から金子光晴から、
三島由紀夫から川端康成から安部公房から、
開高健から中上健次からダブル村上から、
池波正太郎なんてそれだけでダンボール一箱分もある訳で、
そのあまりに支離滅裂な乱読コレクションの中から十冊選ぶだけでも至難の業。
どうせならこの古本もろとも焼き場の薪がわりにしてくれた方が手っ取り早い。

という訳で、俺の愛した本ども、挙げ連ねればキリが無い、なさ過ぎる。

ただこの選ばれた十冊が、
俺のこのしょうもない人生の集大成、であるとすれば、
俺は敢えてそんな大作家の大名著、
なんてのはどうでも良いから、
どうせ棺桶に放りこんでくれるのであれば、
いま読みかけの本、
これ最後まで読み終わるまでは、の心残り。
ともすれば、三途の川の、渡船を待つ間の時間つぶし、
ってな感じで、そう、そんな程度で、良くねえか?と。

という訳で、棺桶にいれてもらう十冊、
それがたったいまこの瞬間であるとするならば、

町田町蔵 ならぬ、町田康の、権現の踊り子、
関川夏央の、司馬遼太郎の「かたち」
子母沢寛の、新選組始末記
バルガス・リョサの、緑の家、

これ全て、名著か迷著か、面白いかどうかもまだよく判らない、
ただたんに、買ったばかりで机の角に積み上げたまま、
まだ読んでいないからと、ただそれだけの理由。

で、そう言えば、
村上春樹の、世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランドも、
なんとなく読み返し中であったり、
そう言えばそう、オルハン・パムクの「私の名は紅」も、
こないだ本屋まで探しに行ったが見つからなかった、
つまりは全てがすべて、現在進行形。

で、それを言ったら、
かねてから読みたい読みたい、と思いながらも、
幸運にもその機会に恵まれずに、読まずに済んだ必読の書。
つまりはそう、言わずと知れた、ギボンのローマ帝国衰亡史。

もしもこの先、刑務所に入る、なんてことがあった暁には、
この本を読めばいいさ。五年十年など、あっという間に過ぎてしまうから。

なんて感じで、よくそんな例えに使われて来た、
名著の中の名著、でありながら、
幸か不幸か、この本を読み切る栄誉に預かった方、
というのも早々とざらに居るもんじゃない、と。

そっか、俺はこの人生において、
ローマ帝国衰亡史を、遂に一度も、読みきれなかった、
あるいは、読まずに済んだ、ということなんだな。

という訳で、そろそろ本題でごじゃる。

文學界の、ローマ帝国衰亡史と並び称される、
その映画版。

つまりは、名作の中の名作、と言われながら、
よほどのことがない限り、この大作の中の大作、
早々と、観れる、観きれるものじゃない、
あの噂に聞こえた幻の大傑作。

その名も、「人間の条件」





という訳で、この「人間の条件」

日本映画史上珠玉の名作、
誰がなんと言っても、
その最高の中の最高傑作、と言われながらも、
ほとんど大抵の人々は、この映画を最後まで観ることができない。
見るに堪えない、耐えきれない。

そのあまりにも重厚なテーマから、
そして、鬼気迫る、というよりはまさに、狂気一歩手前、あるいはそのもの、
とまで言われたその究極の熱演。
そしてなにより、なんと言ってもその上映時間、
全編の合計が、なんとなんと、9時間31分!

トルストイもドストエフスキーも、
果てはマルセル・プルーストさえもぶっ飛ぶ、
この超絶なまでの、超超超、の、長大作。

とまあ、そんな謳い文句ばかりを聞かされては、
凄いぜ、凄いぜ、本当の本当に、凄いぜ、あの長さ。

嘗ての酔狂な文化人たちは、この映画の全編、9時間31分を、
大晦日の夜からオールナイトのぶっ通しで、看破する、
それこそを、一種の勲章とさえしていたものであったのだ、と。

という訳で、この超超超長大作の「人間の条件」、

読書家における、ローマ帝国衰亡史、
あるいは、車マニアにおける、ニューヨーク~キーウエスト大縦断、
そしてなにより、映画狂における、その勲章であるところの、
この、人間の条件。

この冥土の土産にちょっくら、早めにご鑑賞の覚悟を決めたとしても、もはや罰は当たるまい。

という訳で、ははは、観たぜ、観た、観きったぜ、人間の条件。

ええええ?どこでどうやって見つけたのそんな古い映画、
なんてことを説明するのバカバカしい。
つまりは、ニューヨーク市立図書館。

この大名作、日本だけに留まらず、
世界映画史上に燦然と輝く名作の中の名作。
つまりはしっかりちゃっかり、
ニューヨーク市立図書館に、その全巻のDVDセットが、
まさかまさかの揃い踏みみみという奴でさ。



という訳でなんてこともなくあっさりちゃっかりタダで手にはいったこの「人間の条件」
流石にオールナイト、というわけにはいかなかったが、
はい、しっかり観たぜ、見切ったぜ、この珠玉の超超超長大作。

で、感想?

まあこんなところでネタバレされるよりは、
観てみろよ、なかなか面白いぜ、
とか言うと、まじで洒落にならない。

改めてこの時代、余程のことで無い限り、
映画上映時間の二時間弱でさえ、一気に観るのは難しい。
何よりそれに値するような二時間の拘束時間見合う作品、
なかなかな、なかかなかかに、お目にかかれるものではあらない。

そんな俺がどうしたのだろう、
この人間の条件、全編の9時間31分、
一日三時間以上を三日間ぶっ通し。
ただこの映画、毎夜毎夜まさに拷問にも近い白黒画面、
ではありながら、口では拷問とは言いながらも、
どうしたのかやめられないと止まらないの9時間31分。
下手をすればそのままぶっ通しで朝まで見てしまいそうなところを、
いやいや、いかんいかん、続きは明日、その明日、
とやりながら、もはや仕事も手につかぬほどに、
ああああ、早く帰って人間の条件が観たい!
一日中がそればかり。

家に着いた途端、着替えもせずにテレビの前、
さあああああ観るぞ、人間の条件!と始まる訳で、
この三日間、まさに熱病にやられるように、完全に持って行かれた訳だ。

で、その人間の条件、いったい何の映画なの?

まあぶっちゃけ、それ、戦争中の知識人の苦労話と言おうか、
ぶっちゃけ、端的に言って、
「左翼地獄巡り」という奴ではないのだろうか、と。

人道主義の理想を貫くインテリの男が、
その信じる理想を貫けば貫くほどに修羅の底に引きずり込まれていく、
その壮絶も壮絶、筆舌に尽くしがたい程の地獄に次ぐ地獄絵図。

例えなにがあってもどんな状況であろうと、
正義を貫くことの、その尊さ、
と同時に、
いやあ、言っちゃなんだけどさ、
このおっさん、ちょっとあまりにも不器用すぎ、バカ正直過ぎ。
で、改めて、左翼ってさ、
いつの時代にも苦労ばかりするひと、
それが判っていながら敢えて修羅の道を歩む、
それってまるで、マゾ?というぐらいで、
まあ好きでやってるんなら良いけどさ、
はっきり言って、もうちょっと、見るに耐えない、見てらんない。

思わず、こいつ、馬鹿だねえ、と。
呆れて物も言えねえ、と、
苦笑いを通りこして腹さえもたって来たり。

で、そう、そういう意味では、

思い切り左翼の嫌いな今風なんちゃって右翼かぶれの糞ガキたちにも、
このえーかっこしーの糞左翼の馬鹿野郎が、
これでもか、とばかりに喰らい喰らい続けるイジメの嵐。
けっ、良いざまだぜ、この左翼野郎が、
テメエのようないけ好かねえインテリ野郎は、
こうしてこうしてこうして、イジメてイジメていじめ抜いて、
そう、そんなサディステイックな願望を、
この映画において思い切り満足させることができる、
この人間の条件、
見たかを変えれば、まさに、イジメというイジメの極限的集大成。

Mの左翼も、Sの右翼も、思い切りその夢を託せる、
右だ左だ、を問わず、この人間の条件を守るための地獄巡り、
堂々9時間31分、これでもか、と堪能することができるぜ、と。

でさ、この映画、話始めればキリがない訳だが、
まあ、バックグラウンドというか、予備知識的なところは、
かの、町山智浩御大の「映画塾」にも詳しい訳なのだが、
-> 町山智浩の映画塾!「人間の條件」一挙放送編」<予習編>
この映画の関係者のそのほとんどが、実際に戦争を体験し、
あるいは、この映画の舞台のなる、満州からの、実際の引揚者、
であったりもした訳で、
その思い入れの凄まじさ、というか、
情念と言おうか執念と言おうか怨念と言おうか、
まさにこれ、これこそが、戦争の真実、というところなのだろうが、
かの、サウルの息子、ではないが、
→ 眠れぬ夜を貴方にも ~ サウルの息子 を観てしまった。
あの戦争そのものを、これでもか、というぐらいにまで、
完全の完全に、疑似体験、できるぜ、と。

という訳で、かの安倍先生はこの映画をご覧になられたのであろうか?
あるいは、そのお取り巻きであるところの提灯持ち太鼓持ち、
あのおべっか使いの腰巾着利権亡者の方々も、
果たしてあの戦争が、実はこんなだった、というのを知ってた上で、
あの戯言をお吐きになられているのであろうか、と。

とまあ、そんなことを思いながら、

であれば、その逆に、右翼地獄巡り、と言えば、なんになるのか、

などとつらつらと考えた時、

それはもちろん、日本映画史上のもうひとつの巨塔であるところの、
言わずと知れた、「日本のいちばん長い日」





この作品、最近になって、リメークされたという記憶があるのだが、
この作品を、なぜ、どんな理由で、なにが描きたくて、
ぶっちゃけ、誰が金を出して、わざわざリメークなどする意味があったのか、
と、なぞなぞなぞだらけながら、

まあそう、あのリメーク版はリメーク版で、カラーの絵が綺麗だったね、
ぐらいの印象しか無いのではあるが、

まあそう、前作は前作、
岡本喜八は岡本喜八で、
そしてなにより、三船は三船で、
まさに凄まじいものがある、

それは誰もが判っていながら、

そして、新作は新作、
役所広司は役所広司のキャラがあり、
そういうハンサムで優しい軍人さんってのも、
もしかしていたのかな。

あるいは、こんな涼しげな人達ばかりだったら、
戦争もそれほど辛くはなかったのか、
と同時に、こんな理知的な人ばかりであったら、
あんな無様な負け戦にはならなかっただろう、
とも思える訳で、
つまりはまあ、そう、あの時代のすべてのドサクサを、
アニメチックなまでに綺麗な思い出にすり替えたかった、
それだけなのかな、とも思えては、
その、あさはかさが、あさましさが、
ちょっと、寒々しくも哀しくも思えた訳ではあるのだが。

だがそう、この「日本のいちばん長い日」、
新旧ともども、その白黒版、そして、カラー版、ともに、
まったく、別の、作品、とすれば、まあ楽しめないこともないかもな、
とも思うのではあるが、
では改めてどちらがお好き?と聞かれれば、
それはもう、言うまでもなく、この白黒版、
つまりは、岡本喜八の会心の、そして、渾身の一作。
この白黒版であることに、異論の余地はないであろう、と。

という訳で、先の左翼版地獄巡りの筆頭を、人間の条件、とするならば、
右翼版の地獄巡りは、まさしくこの、「日本のいちばん長い日」にさし上げたい。

とまあそんなことを思いながら、

改めて、もう良い、と。

もう良い、戦争は、もう良い。
この映画だけで、十分。
この左翼版、右翼版、ともどもに、
こんなこと、もう二度と、誰も、自らが経験したいとは思わないだろう。

と同時に、この大時代的なまでにノスタルジックな、
白黒映画に刻まれた戦争の真実、その記録、
その過去の歴史を辿りながら、
その中に描かれる地獄絵図的な世界が、
ともすれば、未来の予言、と思えてならない、
つまりは、この設定、その舞台、そのテーマそのものが、
なんとなんと、実に新しい、というか下手すれば現実そのもの。
時代を一回りして、まさにこの嘗ての記憶こそが、、
未来世界そのものの予言の書、とさえも思えてくる訳でさ。

という訳で、戦場で死なない方法とはひとつしかない。

それは、決して戦わないこと。
いつでもどこでもどんな手を使っても、
徹底的に逃げ回ること、
それを置いて、他にはない。

で、で、で、

あの戦争から生き残った人たち?

で、いまになって、
あの戦争を、思い切り、テクニカル・カラーのハイビジョンで、
清く正しく美しく、リメイクしたい、なんて人たちが、
何故にあの戦争で生き残ったのか、子孫を残せたのか?

ははは、決まってるだろ、
人にやらせて、自分は決して戦わなかったから、
それをおいて、他には、あらない、と。

という訳で、実際にあの戦争を生き抜いた人々が、
いったいなにを思っていたのか、
それこそが、この大迷作、あまりにも凄まじい魂の叫び。

「ゆきゆきて、神軍」




あの地獄の戦場で、
部下たちを次々と人身御供にしては自分ひとりで生き残った、
あの卑怯千万な上官たちのひとりひとりを、
平和な戦後社会のご家庭に訪ね歩いては、
死んだ戦友たちの思いを込めて、
その戦後ボケした無様な面を、
ぶん殴ってぶん殴ってぶん殴りまくる、
つまりは戦場の狂気をそのままを戦後に持ち込んだ、
まさに、狂人の中の狂人、そのあまりの凶行。

ただ俺的には、この人が気持ちが一番判る、
ぶっちゃけ、この人こそが、戦争の真実、そのもの、だろ、と。

ただ、ただ、ただ、
戦後の日本人たちが、ただただ、戦争への追根と怨念と、
悲嘆と愁傷と、そんな負け犬根性のどツボの底で、
あの憎き進駐軍の豚どもにしてやられていたか、
というと、実はそんなことはまるでなく、

そう、この映画を観ずして、戦後は語れない。
あるいは、ここから、日本の戦後が、その奇跡の再生がはじまった、
その記念すべき逸品。

堪能してくれ、日本の元気の、その底力!

その名も、ダイナマイト・どんどん!




この作品、俺的には、日本映画の、
最高傑作の中の一つ、と勝手に言い切る、
まさに、俺の俺による俺的な、ウルトラ超どあたり映画。

馬鹿野郎、大人しいばかりが日本人じゃねえ、
菅原文太を観ずして、日本人を語るなかれってんだ!





という訳で、またまた無様な脱線をこいたが、
そう、そう言えば俺、もうそろそろ、お迎えが近いかも、
なんてところから、観ずに死ねるか、
そのまだ見ぬ名作を探していたんだったよな、はいはい。

という訳で、実は実は、この作品だけは、
観ずして逝くのはどうしても心残り、と思い続けた、
名作の中の大名作ってのがあってさ。
これまで、どれだけ探しても見つからなかったこの逸品が、
実は最近になって、これぞ、最期の餞、というやつなのか、
いきなり、ばっちり、かの動画サイトで、発掘つかまつった、
この恐ろしいばかりの幸運。

という訳で、敢えて言わせて貰えば、
先にあげた「人間の条件」を「日本のいちばん長い日」を、
歴史物、というよりは、未来の預言書、

とするならば、

我らの時代、戦後と言われた、
あの夢か現か幻か、のようなあやふやな時代、
その中における真実の修羅とはいったいなんであったのか、
その真相をがっつりと描いたこの大名作。

俺的には、日本映画史上、
あの、人間の~、あるいは、日本の~ と並んで、
珠玉の大名作と崇め奉りたい、まさに戦後日本の集大成。

その名も、「桐島、部活やめるってよ」





これ、観たかったんだよ、公開時からずっとずっと。
凄く凄く観たかったんだが、
見れなかった、どこにもなかった、
アメリカではどこでもやって無かったし、
DVDさえ売ってなかったし、
で、津々浦々の動画サイトでも
どれだけ探してもどうしても見つからなかった、
のではあるが、ああ、これこそが最期の餞、というやつか、
観たぜ観たぜ、遂に観たぜ。観きったぜ!

で、感想?

これ、傑作だろ、大傑作。

俺的には、あの「愛のむきだし」と並ぶ、
→ 「愛のむきだし」という映画を見た
戦後日本の、二大巨編、と言い切りたい。

で、忘れずに言っておきたいのだが、
この、「桐島、部活やめるってよ」 

作品そのものも、そのカメラから、演出から、脚本から、
そしてなによりその出演者のひとりひとりから、
なにひとつとして、まさに完璧、でありながら、
改めて、申し上げたいのは、
その解説であるところの、かの町山智浩氏、

前述の、町山智浩の映画塾における、
この、「桐島、部活やめるってよ」の解説、
この解説だけで、思わず涙がにじむほどの、
まさに、映画解説の中の、最高傑作!
→ 町山智浩の映画塾!「桐島、部活やめるってよ」<予習編>
映画本編とともに、
ここまで楽しませてくれる映画解説、というのも、
ざらにあるものではない。
是非とも、本編ともども、合わせてご覧頂きたい、と思う次第。



という訳で、棺桶に持ち込みたい珠玉の名作、

それが、ゆきゆきて神軍に、愛のむきだしに、桐島に、
そして、ダイナマイト・どんどん・・・

我ながら、つくづく、しょうもない人生だったな、と思う訳なのだが、

恥のついでにもう一発、

俺から言わせるところの、日本映画史上、珠玉の逸品、ならぬ徒花。

鈴木清順 「ツィゴイネルワイゼン」





この徹底的な訳の判らなさ、
でありながら、この魔術的なまでの吸引力、
これぞ鈴木清順、これぞ、その美学の究極であろう、と。

ああ、まだまだ、忘れられね名作、たくさんある、たくさん、あり過ぎる。

で、多分、まだ観ていない名作、山のようにあるはず。

そしてこれからも、この先、いくらでも、そんな名作が、次から次へと、
生み出されていく筈、なのだ。

そう思えば思うほど、
つくづくと、
ああ、死にたくねえなあ、と。
本当の本当に、死にたくねえなあ、と。

なんだかんだ言いながら、
生きてるってだけでも、なんだかんだと、
いろいろと、面白いこと、たくさんたくさんある筈、なんだよ。
なんて、今更ながら、ちょっとした再発見。

ああ、祭囃子が聞こえる・・・
明日は冬の終わりの、あんこう鍋大会、にてござる。








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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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