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MY LITTLE GOD:藤岡幹大追悼盤 その感想雑感 ~ バンドマンの絆。この友情は一生変わることはない!

Posted by 高見鈴虫 on 29.2018 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
ありがとうございます。
小神様の追悼コンサート、
無事に終わったんですね。
すぅはユイは最愛は来ていたのだろうか、
そんな一抹の願いを込めながらも、
涙を流しながらギターを弾く大神様の姿、
そしてステージ最後に熱き抱擁を交わした三人の神バンドたち、
そんなニュースを前に、
御進呈頂きましたMY LITTLE GOD
ありがたくありがたく心より堪能させて頂いております。

そこに見る神バンドの方々の素顔の姿。、
まさに、元気溌剌、幸せいっぱいのご機嫌パワー炸裂!

普段からのベビーメタルにおけるあの神バンドとしての、
白塗りにバスローブにイヤモニ付き、
最初から最後までガチガチにマニュピレートされた、
あの超絶テンションのステージ。
そこにある、究極の楽器職人としての役柄的な姿とはまた違い、
このMY LITTLE GODにおけるステージ、
これぞ、バンドマンのバンドマンによるバンドマンの為の、ロック!
そのパワーの炸裂!

で、改めて言わせて頂ければ、
このMY LITTLE GOD、なによりもなによりも、
この、バンドマンの為の、というのが、まさに味噌、となる訳で・笑







いやあ、実は実は、
最初にこの MY LITTLE GODの映像を観た時、
小神様の追悼としての想いばかりが強く、
そのあまりにも無邪気な笑顔、その溌剌としたご様子を前に、
思わず、ああ、逝ってしまっただな、と、
その哀愁ばかりが先に立ってしまったのですが、
実はそれと、同時にちょっとした違和感、
なんてものを感じていたのも確か、なのです。

違和感?この超絶ご機嫌なライブ映像に、
いったいなんの違和感を感じるというのか?

そのこの妙な違和感、
つまりは、白塗りを拭い去り、
普段あのてるてる坊主の白衣装から一変して、
普段着、あるいは、本来の姿に戻ったロッカー・ルック。
まさに、素顔と言えばまったく素顔、
そのあまりにもありのままの姿。

普段からベビーメタルのあのステージに見慣れた身としては、
しかも最近は、かの「広島」の映像ばかりに浸っていた関係からか、
この、MY LITTLE GODにおけるあまりにも和気藹々としたステージ、
つまりは普段から見慣れたベビーメタルの、
あの神憑り的な姿とは、一種、異質な物、とも取れたのでございます。

そう、そこはなによりも、ライブハウス、という空間。
ベビーメタルのあの武道館やらウエンブリー・アリーナやら、
東京ドームやら、広島グリーンアリーナやらに比べ、
この、MY LITTLE GODにおけるステージ。
なんともこじんまりとした、まさにそのライブハウスという密室。
つまりはこのライブハウスという空間こそが、
ロック・バンドの独壇場ともなる訳なのですが、

改めてこのライブハウス、
嘗て俺自身もあれほどまでに愛したまさに心のふるさと。
→ ライブハウスというあの空間
ライブが終わった後にもなんとも去り難く、
搬出を終えてからもなんだかんだとだらだらと、
蛻の空になったステージをウロウロしながら、
ついさっきまでのあの熱情がまるで嘘のように、
なんだよ機材がなくなるとこんなにもあっけらかんとしたものなのだな、
などとそのステージの真ん中に椅子などを持ち出しては、
片手にジャックダニエル、そして天井のライトなんてのを眺めながら、
思わず、ここが、俺たちの人生の全てなのだな、などと、
妙にしんみりと感じ入ってしまったりもした、
そう、あのライブハウスというあまりにも愛すべき空間。

そう、ロッカーがロッカーである以上、
このライブハウスこそが独壇場、
であると同時に、
ああ、これを言って良いのか悪いのか、
ロックがただのロックである以上、
余程のことが無い限りは、このライブハウスという場所から、
巣立つことはできない、抜け出すことができない。

と同時に、このライブハウスという空間があまりにも心地よいばかりに、
ついついどうしても、この場所に居着いてしまう、帰り着いてしまう、
そう、ライブハウスとはまさにそういう場所、
全てのバンドマンたちの、心のふるさとでもある、と。

という訳で、このMY LITTLE GODのステージ。
まさに、最初から最後まで、徹底的にライブハウス、
つまりはこれこそが、ロック、
俺たちがあれだけ愛してきた、ロックというもの、そのもの。

普段からのあのベビーメタルの、
白塗りイヤモニ的な超絶テンション仕事から開放されては、
そのふるさととも言うべき古巣に帰り着いて、
思わず、ただいま!の一言。
そして神バンドの面々が、その魂の故郷でみせる、
あまりにも溌剌としたその素顔。
そして鳴り響くのはあまりにもロック、あまりにもライブハウスのあの音。
レベルを完全にぶっちぎったドラムの轟音と、
ボーカルのシャウトと、そして、まさにギター、
これぞ、ギター・ロックの真髄、その本領発揮。

そう、改めて、ロックってさ、ギターの音楽なんだよ。
ぶっちゃけ、エレキ・ギターがあって、初めて、ロック足り得るんだよ、と。

という訳で、このMY LITTLE GOD、
まさに、原理主義的なまでにロック、つまりは、ギター、ギターの塊り!
そして、この、大村さんと、そして、藤岡さん、
ベビーメタルを支える神バンド、その看板男たちの、
問答無用、というよりは、まさに、夫婦茶碗、あるいは、そう、兄弟仁義的なまでに、
和気藹々の、ギターバトル。
その響き渡るギターの音色。
伸び伸びと、心置きなく、心ゆくままに、
思い切り、なんの躊躇もないままに、
弾いて弾いて弾きまくる!
まさに、ギター天国!
これぞまさに、ライブハウス・ロック!その真骨頂!

で、先に上げた あのベビーメタルのステージとの間の、
その妙な「違和感」とはなにか。

つまりはそう、この和気藹々さ、なんだよね、ぶっちゃけ。

という訳で、普段からのベビーメタルのステージ。
それは、キツネの神が舞い降りた、その化身、
というその大前提から、
つまりはベビーメタルの神バンドは、人間にあって人間にあらず。
なんて感じで、そう、まさに人間業とは思えない、
とてつもない神業的なプレーをご披露されている訳ですが、

それに対するこのMY LITTLE GODのステージ、

そこにあるものとは、まさに、そう、人間。
人間としての神バンドそのその生の姿、素の姿。

という訳で、人間様に成り下がった、というよりは、成り上がった神バンドの面々。
まさに、人間臭さ、その塊り。
普段のベビーメタルのステージでは絶対にご法度であるMC、
ステージの右と左から漫談的なまでの掛け合いに次ぐ掛け合い。
その、ちょっと間延びさえして思える、
その、あまりにも内輪の内輪による内輪ネタのおしゃべり。
そのあまりに屈託のない姿、まさに、ああ、帰ってきたな、この場所に。
そう、それこそがロックだったんだよ。
つまりはそう、その内輪性、その仲間性、その家族性。

でさ、そう言えばそう、
俺もベビーメタルを初めて観た際、
それらしきことを綴っていた、そんな覚えもあってさ。

曰く ~ もうちょっと、神バンドの方々と、三人娘との絡みが欲しかった、
~ せめてメンバーの名前紹介ぐらいしてあげて、とかなんとか。
→ ベビメタ行ったぜ!!! ~ BABYMETAL NEWYORK PLAYSTATION THEATER 観戦直後記
つまりは、俺が初見のベビーメタルにおいて感じたちょっとした違和感とは、
ベビーメタルのステージ、
最初から最後までの一種のレビューとまで思えるほどの、
徹底的な作り込み感。
MCどころか、合いの手の声援を入れることさえも憚られるほどの、
その徹底した完成度、どの完璧主義。
その一種、冷たささえも感じられ完成度こそが、
嘗てのライブハウス的な、和気藹々とした内輪的な親密な空気との、
決定的な相違、であったりもしたんだけどさ。

そして今、このMY LITTLE GODを前にして、
普段からのベビーメタルのあのキメキメの、
なにからなにまでがマニュピレーター的な演出が定番化した後となっては、
逆にこの、MY LITTLE GODの全編にあふれる、
このライブハウス的和気藹々さが、妙な違和感として感じられる、というのも、
つまりはベビーメタルがいったいなにを変えたのか、
その本質が垣間見えるという気がしてくるのである。

でさ、そう、改めて言わせて貰えば、
ベビーメタル、CALL AND RESPONSE、
少なすぎるよね・笑

舞台の袖から、ねえ、すぅちゃん、今日は何食べたの?やら、
ねえねえ、その衣装、昨日も一緒だけどいつ洗濯してるの?やら、
ユイちゃん、大好き!結婚して!やらやら、
最愛ちゃん、その汗拭いたタオル、こっちに投げて!やらやらやら、

そう、普段からのライブハウスという空間において炸裂する、
あの、予想外の、時として間の抜けた、時としてライブそのものをひっくり返すような、
そんな観客参加型の、馴れなれの親和性が、
ベビーメタルには、一切、ない。

MC無し、アンコール無し、ステージに手を伸ばしてのハイタッチも無し。

本日は来てくれてありがとう、的な当たり前の挨拶も、
メンバーの紹介も今日の天気の話題も一切無く、
説明も、照れも、言い訳も、馴れ合いも、
つまりは、友好的なアピールも無く、
最初から最後まで、徹底的且つ極一方的な作り込み感のままだけに、
つまりは観客との間に、情緒的なつながりを一切廃したままに、
最後までやり通せる、押し切れる、その力量。

と同時に、そのコミュニケーションの薄さこそが、
なんか今日は短かった、やら、
んだよ、俺が来るといつもアカツキやんねえじゃん、やら、
ユイちゃん、なんか腰が痛そうだけど大丈夫なのかな、やら、

そういう、妙な憶測やら、場違いな陰口やらを産んでしまう原因ともなる訳で。

ねえねえ、すぅちゃん、お願い、ちょっとだけでも良いからアカツキ歌って、やら、
ユイちゃん、まじ、ユイちゃん、キャホー!やら、
最愛ちゃん、こっちむいて、俺だよ、俺、ねえ、こっち向いて、やら、

そういう、ともすれば場末の寄席なんてのとも共有するような、
その庶民性というか親和性というか親近感というか家族性というか、
その手のファンサービスは一切ないままに、
あそこまで、観客を完膚なきまでにノックアウトできる、
それこそが、ベビーメタルの凄さ。
で、そこまで徹底的な完璧主義でありながら、
ここまで、観客達に超絶的なほどの親密感を与えうるその奇跡。

でさ、改めて、ベビーメタルってさ、
そもそも、こんな場末の寄席、じゃなかった、
そう、ライブハウスという空間には、とてもじゃないが収まりきらない、
そんなスケールを持ったユニットであったことに、
今更ながら気付かされる訳でさ。

つまりはそう、その企画力、であって、
そして、その企画に基づいたストーリー性と構成力、
そしてなにより、その楽曲の作り込み、
マニュピレーターと完全に融合した上での、
イヤモニ必携の、総合芸術。
その全てにおいて、なにからなにまでが段違い平行棒であった、と。

で、そんな総合芸術的なベビーメタルにおける、
そのサウンド面の現場担当者、
つまりは、楽器職人であるところの神バンド。

普段からのあの水も漏らさぬほどの、
完璧の完璧のそのまた完璧なまでの演奏技術。
ではありながら、
いや、実はさ、正直な話、
そう、あのイヤモニ、あるいは、マニュピレーター入、という状況、
演ってる人たち、まじで、大変だろうな、とは思っていた・笑

で、そう、このイヤモニ、って奴なんだけどさ。

俺とかはもう、初めた頃には既に、シーケンサー、やら、シンセやらという、
エレクトリックな様々なディバイスが必携アイテムになっていた関係から、
必然的に、クリック、業界用語で言うところの、ドンカマ、というのが当たり前、
になっていて、このクリックと合わせられるかどうか、なんてところが、
まずはロープ、つまりは、プロへの初めの一歩、であった訳なんだけど、
そう、ドンカマかぶっちゃうとさ、クリックにばかり集中することになって、
他の音に対する集中がどうしても削がれる。
つまりはそこに、偶発性やら、ハプニング性、
あるいはわざと走ったりタメたりもたったり、という表現力が排除されてしまう訳でさ。

で、それが進化して、イヤモニ、という、クリックにプラスして、
そこからモニターの音を返す、という形の大会場向けに進化をしていった訳なんだけど、
ただね、実は、いまになっても、
ステージでクリックを使うか使わないか、これに、拘る人たちは沢山いる。

つまりは、俺は、絶対に走ったりもたったりはしない、
その自信を前提として、なんでそんなものが必要なの?というタイプから、
あるいは、走ったりもたったり、するからこそロックなんじゃねえか?
なんていう、極論的なロック至上主義なんていうものまであって、
で、実はそんな俺が、筋金入りのクリック派。
練習では必ずクリック、そして、どんな小さなステージでも、
それが許されるのであれば、クリックは必携、と考えていた、
まあそう、だからこそ、あの程度で終わってしまった、というのもあるのだが・笑

ただね、そう、俺も嘗ては、
ステージでドンカマを被る、という行為そのものにはかなりの抵抗があって、
で、それに加えて、シーケンサー、つまりは、走ったりもたったり、どころか、
トチリやら、構成忘れた、やら、そういうことが、一切許されない、
まさに、どれだけ機械に合わせられるか、こそが勝負。
そのあまりの息詰まり、そのあまりのプレッシャー、そのあまりのぎこちなさ。
と同時に、
ちょっと閃いたオカズやら、あるいは、瞬発的な構成の変更、
下手をすれば、ちょっと調子いいからソロ二倍とってくれや、
なんていう、いうなればライブハウスの専売特許みたいなダイナミズムが、
このエレクトリックなディバイスの登場で、一切が排除されてしまった、
ってことなんだけどさ。

という訳で、はい、長々とどうも。
ベビーメタルが、イヤモニ必携、つまりはすべてがすべてプログラミング済。
まあ良い意味でも悪い意味でも、
ベビーメタルはつまりはそういうバンド、その超絶の進化系、という奴なんだが、
だからこそ、あそこまで素晴らしいパフォーマンスができる、ということでもあるのだが、

と同時に、兼ねてからのロック馬鹿たちの間には、
その、マニュピレーター性、つまりは、イヤモニ必携のロック・バンドという形態そのものに、
いまだに、拒絶反応、あるいは、まがい物感を拭い去れない、
そんな頑固な、ロック至上主義者がいることも確かなんだよね。

で、ほら、俺みたいな、クリック至上主義者から、
なんで?だって、クリック合ったほうが、なにかと楽じゃね?
なんていう本音の本音を晒してしまうと、
だってさ、そんなものしちゃったら、面白くねえじゃん、の一言。
そう、クリックしちゃうとさ、面白くねえんだよ、いろんな意味で。

つまりはそう、それこそがロック。
走った、もたった、なにが悪い。
良いじゃねえかそんなこと、と。
走りたかったら走れば良いし、
もたりたかったら、もたればいいんだから。

だってさ、ライブで、お互いの音が聴けなかった、
いったい、なにで楽しめる?
だってさ、ライブってやっぱり、一緒にやって楽しい、
それが、なによりも、一番大切なものじゃねえのか?

クリックだ?走った?もたった?
関係ねえよそんなこと。
良いんだよ、俺達が楽しめればさ。
それが一番大切なこと、なんだからさ。

という訳で、
実はこのMY LITTLE GODで一番驚いたこと。

このステージ上の神バンドのメンツ、
誰もクリックを、使っていない、イヤモニをしていない!

それで、この演奏ができる、ということからして凄いのだが、
それこそがまさに、神バンドであるからできること、でもあるのだが、
なにより、あの、マニュピレーター、
つまりはイヤモニに合わせて完璧に楽器を操ること、
その技術力で世界をぶっ飛ばしてきた筈のこの神バンドの面々が、
このMY LITTLE GOD、
白塗りもバスローブも脱ぎ去り、
そしてなにより、あの邪魔くさいイヤモニを取っ払っては、
まさに、そのお耳の穴がまんまるの丸晒し状態で、
さああ、ロックだ、思い切り楽しもうぜ!
その姿、まさに水を得た魚、そのもの、と。

でさ、俺、ステージにおいては、絶対クリック派、とは言いながらも、
後半になって、ステージが加熱に加熱を繰り返してきて初めて、
さあ、クリック、外すぜ!それを合図するときの快感、というか。
そのときになって初めて、バンドのメンツの顔つきがガラリと変わる。
つまりはそう、もう、なんでもありだ、と。
もう、ここまで来たら、走ろうがもたろうが、
あるいは、演奏のテクニックが上手だろうが下手だろうが、
そんなことは、関係ない。
つまりはロック、そう、ここから本当のロックが始まるぜ、と。
その後半の、盛り上げの真髄こそが、まさにこのクリックからの解放でもあったんだけどさ。

という訳で、このイヤモニを外した神バンドの方々。
まさにもう、解放も開放、まさに、その全てが大開放の大解禁状態。

で、そんな神バンドの面々。
なによりも、その姿、溌剌爛漫の、ご機嫌パワーの炸裂。

その姿に、まさに、ライブハウス・ロックの真髄を見る訳なんだけど、
では改めて、ライブハウス・ロックの真髄ってなに?

それはね、ステージの上のミュージシャンたちが、
一番幸せであること・笑

つまりは、バンドマンの、バンドマンによる、バンドマンのためのロック、
ぶっちゃけそれ、演ってる当人たちが、一番楽しめるための、
そのためのステージ、なんだよね、ライブハウスってさ。

ステージの面々が、俺達は楽しい、すごく気持ち良い!
それを、思い切りアピールすることによって、
そのカタルシスと観客がシンクロしていく、
その過程こそが、ライブハウス・ロックの真髄なんだよ。

そのステージと客席との親和性。

悪い、俺達が一番楽しんじゃってるよね。
でも、俺たちすげえ楽しい。もの凄くご機嫌、すっげえ気持ち良い。
ああ、生きていてよかった、これほどの幸せは世の中にねえ。

そう、観客がライブハウスに求めるものとは、その陶酔性なんだよね。

その壮絶なまでの親和感。
そう、それこそがライブハウス・ロック。
そんなライブハウス・ロックに支えられてきた、
だからこそロックという音楽がここまでにも、
世代を越え時空をも越えて愛され続けたその理由ともなる訳でさ。

という訳で、このライブハウスという空間。
ぶっちゃけ、神バンドの面々は、サポート・ミュージシャンとして、
数々の有名無名アーティストのその裏方、あるいは、屋台骨として、
大小様々なステージを渡り歩きながら、
だがしかし、その帰り着く場所、
ただいま、帰ってきたよ、と言える場所は、
やはりこのライブハウスであったのだな、と。

ただね、このライブハウスというあまりにも心地よい空間、
しかしながら、やはりそのあまりにもコアなアングラ性こそが、
ライブハウスの親和感の全てなのであって、
そんなアングラなコアに浸りきれば浸り切るほどに、
商業的な成功はあまり望めない、
あるいは、そのアングラ性にこそ趣きをおいては、
そんな商業的な成功には敢えて背を向ける、
ということにも、ミュージシャンのミュージシャン性の現れであって、
ぶっちゃけ、俺はなにがあっても、ライブハウスを捨てない、
その心意気が、逆にメジャー性、
つまりは、商業的な成功の妨げにもなる、という皮肉な事実。

という訳で、夢の過ぎ去った後、
男一生の夢が、このライブハウスという煤けた場所で終わってしまうのか、
そんな妙な空虚感、あるいは、徒労感も、
ライブハウスという場所にはつきものの、つまりは、コア性の現れ、
ではあるんだけどさ。

そしていまになって、
ベビーメタルのあのあまりにも目に眩い成功を前にして、
一生を安アパートとちびたバイトに費やしながら、
こんな小さなハコの中でのカタルシスだけを拠り所に、
敢えて修羅の道を歩み続けるこのミュージシャンという種族に対し、
通常の人間たち、あるいはそう、かのドルオタと言われる方々も、
思わず、失笑を浮かべてしまうに違いない、と。

なんだこいつら、こんなチビた場所で、自己満足のマスターベーション。
内輪の客を相手に漫談がてらにやかましい音楽をぶちまけてはひとりでご満悦。
結局はミュージシャンなんて、それだけ、それぐらいの連中じゃねえか、と。

そんな方々に、最低最悪の言い訳として、敢えて申し上げたい。

上等です、と。
俺たちライブハウスのロッカーたち、
その最大の目的とはなにか、
つまりは、自分たちが楽しいこと。

ステージで演奏している、その当人たちが、一番楽しいこと。
一番楽しい楽曲を、一番楽しんで演奏できる、
その、ミュージシャンのミュージシャンによるミュージシャンの馬鹿騒ぎ、
それこそが、このライブハウスの一番のポイント。

そう、ライブハウスってそういう場所なんですよね。
ライブハウスの主役は、なによりもそのステージの上のパフォーマー。
そいつらが、一番楽しんでいる、ただそれだけ、ただそれだけ、とは言いながら、
それが、やたらと、そして、一番おもしろい。

ただそれは、自らがステージに上った者にしか判らない。

どれだけ評論家ぶっては、プールサイドからいらぬ薀蓄を並べたとしても、
ステージの上がどれだけ至福の空間であるのか、
その土壇場において、パフォーマーたちがどれほどの快楽を得ているのか、
それを判らない人には、ミュージシャンの気持ちは、
一生なにも判ったりはしない、と。

という訳で、改めてこのMY LITTLE GOD、
この映像、その目的とは、
普段からのあの仕事としての神バンドとは姿を異にして、
まさに、素顔に戻ったロッカーたちが、
イヤモニを捨て、クリックを捨て、マニュピレーターを捨て、
予定調和の一切をぶち壊したその上で、
まさにロック、ロックの醍醐味そのもの。
その土壇場の快楽の中で、まさに水を得た魚のように、
自分たちの自分たちによる自分たちが一番楽しめる音楽、
それを、自分たちが好きなように、ぶちまける、
そのミュージシャン冥利、そのすべて。
それにこそ、目的があった、という訳で。

という訳で、このMY LITTLE GOD、
どうです?このあまりにも嬉しそうな表情。そのあまりにも溌剌とした姿。
ライブハウスにおける最大の喜び、
つまりは、ステージの上のミュージシャンが、
世界で一番幸せであること、
そのライブハウス・ロックの魅力、その真髄が、
このMY LITTLE GODに、凝縮されているんだぜ、と。

そして小神様を失った今、
神バンドの連中の脳裏に残るのは、まさにこの、
ライブハウスというふるさとに戻った藤岡幹大先生の、
あまりにも溌剌とした姿。
そのあまりにも幸せそうな笑顔。
それこそが小神様の最も輝いていたお姿であったのだろう、と。




という訳で、このお送り頂いたこのMY LITTLE GODの映像、
ただぼーっとして観ているだけでは、なんとなく、
ああ、こいつら本当に楽しそうだな、と思いながらも、
何度か見直しているその内に、
実はこのDVD、編集するがわにも、
ちょっとした意図があったのでは、と、またまた妙な勘ぐりが浮かび初めてさ。

例えば、その初っ端の映像。

2014年9月6日、SHIBUYA REX。

ベビーメタル史的に言えば、この時期はちょうど、前半からのワールドツアーから凱旋公演。
あのFORUMでのライブから、そしてあの伝説のソニスフィアから、
そしてレディ・ガガとの全米ツアーから帰国した大神様が、
後に始まる新たなるワールド・ツアーへのその狭間。
身内モード藹々の仲間達に向けて、
イェイ、帰ってきたぜ!の大パーティであったのか、と。
と同時に、ここでゲストの藤岡幹大さんを、とご登場するかわいい大先生。

この、左に藤岡、右の大村、という、ベビーメタルの鉄壁のコンビ、でありながら、

もしかして、ふと、ちょっとしたことを思いついた。

2014年、この時期において、もしかして、この小神・大神のコンビって、
ベビーメタルでは合わせてなかったんじゃないのか?と。

(→ 訂正です! ご指摘ありがとうございます。その通り!
藤岡さんと大村さんのベビーメタルでの共演は、あの2013 ラウドパーク が最初ですね。
ベビーメタルの命運を決めた伝説のラウドパーク公演には、実にそんなエピソードも隠されていた訳ですね。 
 → 百戦錬磨のベビーメタル、そのベスト・パフォーマンス ~ ベビーメタル開眼、その決定的な瞬間とは!


そう、武道館から、そして、FORUMから、ソニスフィアから、
そのメインのギタリストは実はLEDA神で、
LEDA神を中心にして、大神様、そして、小神様が、
代わり番こに代役を勤めていた、というのが真相であった筈。

で、大神様が思わず漏らすこの言葉。

この並び、いいよなぁ、なんか、(小神様がみんなに)教えてるみたいに見えて・・

そう、小神様、身長こそは小さいなれどその存在こそはまさに「先生」。

という訳でいきなり弾け散るこのライブハウス・ロック。
で、この小神様のその音色、その抜け方が、す、す、凄まじい、と。

俺はドラマーだったんで、ギターのテクニック的な良し悪し、
というのははっきり言ってド素人と変わらない、
なれど、いや、この小神様、凄いよな、やっぱり。

ベビーメタルの楽曲においても、すぅメタルとバトンタッチする、
あのリードギター、あの伸び伸びとした激しくも美しき音色、
あの音、あの音色こそは、すぅめたるとの双璧たり得た、
まさにベビーメタル・サウンドの看板であった、と。

思わず、凄いなあ・・と、ステージの全員が絶句。
上手いな、と、笑いが漏れてしまうぐらいに、
はいこの、小神様、まさに、別格・・・。

で、次なる映像が・・ 2017年12月26日・・

つまりは、これ、ついこの間?

12月2日3日のあの壮絶な広島の公演を終えた神バンドの面々が、
久々に顔を合わせての乱痴気騒ぎ、と、そんなところだろうか。

あ、で、小神様とは関係ないながらも、
これ、上からという珍しい画像。

で、ちょっと驚いたのが、青神様の、その手首の柔らかさ。
これさ、手首完全に返っちゃってるよね。
で、スパン、スパン、と心地よいばかりに打ち込むスネア。

ああ、ぶっちゃけ、これ、俺から言わせるところ、外人奏法。

実はこの手首の返り、こそが、
日本人ドラマーと、ここ米国で拝見するドラマーたち、
そのあまりにも大きな差、であったりするのをご存知だろうか。

で、俺の記憶が正しければ、嘗ての青神様も、
つまりは、ベビーメタルとともに世界ツアーに出ては、
あの修羅のアウェイステージを連戦するまでは、
ここまで、手首を返してなかった筈。

そう、実はこう言っては恐縮ではあるのだが、
LONDONの二枚のDVDにおける、
FORUMの青神様と、BRIXTONの前田神、
そのフォームの差。

肘から腕全体を撓らせて鞭のようにスネアを打ち込む前田神に対して、
青神様は、より的確に確実に、強いて言えば、大人しいドラムを叩いていた、その筈。

で、そんな青神様のプレイに劇的な変化が訪れるのが、
東京ドームを終えた後、レッチリとのUKツアーのあたりからでなかったのか、と。





でさ、釈迦に説法とはこのことで、誠に誠に失礼ながら、
実はこのレッチリとのUKツアー。

俺がこれまであれだけ、ド下手ドラマーの筆頭として嘲笑っていたチャドメタル。
それとの共演のステージにおいて、実は、え?と思っていたことがあってさ。





これ、この、O2アリーナでの抱腹絶倒の大共演ではあったのだが、
その同じドラム、で、多分あのセッティングの時間の短さを考えると、
ドラムのセットも、椅子を変えただけ、スネアも、ペダルも、
そして多分、マイクのレベルも同じであった、その筈。

その筈ながら、このチャド・メタル。

ああ、判る、確かに下手だよ、ド下手だよ、一生懸命練習はしたらしいが、
まあそう、我らが青神様に比べては、たかが知れてる、とは思いながら、

これ、そう、この音、この音、なんだよ、このドラムの音色。

このボリュームのあまりの違い。
つまりは、上手い下手、それ以前に、そのダイナミックさに、
正直なところついさっきまでの青神さまのプレイとは実は格段の差があった、と。

ただそう、それはつまりは、かの、ドラゴン・フォース、
あるいは、あの前田神とも同じで、
つまりはベビーメタルの主役はこの三姫。
この三姫、そして、マニュピレーターに完全シンクロ、
という意味では、やはり、青神様の選択こそが正解、
とは重々承知しながらも、
ただ、この、チャドメタルとのあまりの音色の違い。

それが果たして、どこから来るものなのか、と。

そしてなにより、自身がさっきまで叩いていたドラム、
それがいまにも、物理的に倒壊してしまいそうなほどの、
この現代のケイブマンの奏でるまさに原始人奏法。
そのあまりの荒々しさ、と同時に、
そこにある、あまりにも歴然とした音の抜け、その違い。

ぶっちゃけ、手首、どころか、
肘から腕から肩まで、鞭を撓らせるどころか、
大蛇が畝るようなそのあまりのダイナミックさ。

で、もしかすると前田神は、嘗てのブルーマン・グループ、
なんてのとの付き合いの中で、この外人奏法の妙技を、
既に肌で見知っていたのかもしれないな、と。

という訳で、それからの青神様の挑戦。

ダイナミックでありながら、重すぎず裏過ぎず、
もたることなく、疾走感をかもし出しながら、
そしてなによりも三姫を邪魔せずに、上手に上手に踊らせながら、
しかしドラマーとしてのダイナミズムを追求する、

そう、青神様はその中で、手首を返すことでのアジャスト、
その中での、絶妙のタメのタイミングを掴んでいったのではなかろうか、と。

そしてなにより、この手首を返す、ことにより、
一拍一拍が、実に歯切れよく、スパンと入る。決まる。音が抜ける。

この一拍の極意、それこそが青神奏法の一つ打ちの極意と。



あのさ、実はこの MY LITTLE GODにおける、
小神様の素顔のプレーを改めて拝見しながら、
前々からベビーメタルでも思っていたこと。

小神さんのギター、
その魅力のなによりは、音が綺麗。

そのあまりにも美しい音色、
で、そんな音が、すごく抜ける。抜けきる。
まさに、すぅメタルのあの美声と、双璧を成しうる、と。

その小神様のギターの凄味、
つまりはそれ、フィンガリングの極意であり、
あの魔術的なまでにお見事なトレモロ、
そしてなによりもピッキングの正確さ、思い切りの良さ。

そう、この音色の美しさこそは、
まさに、先に上げた青神様の一つうち極意と共通するもの。

つまりは、基礎。
その音を奏でる、という基礎の中の基礎を、
とてもとても大切にしている、その結果ではないのか、と。

でさ、それに気がついた時、ああ、つまりはあれか、と思ったこと。

あのさ、俺、すぅめたるを初めて観た時、
ぶっちゃけ、あの、LATESHOWでの映像を初めて観た時、

この人は、プロフェッショナルだ! と一撃で確信した、
その理由ってのが、
実はその、口の開け方、だったんだよね。





このすぅメタルの、口の開け方。

これまで俺が観てきた、あらゆるロック・ボーカリストと比べても、
これほどまでに、口を、はっきりと、大きく開ける人、
というのは見たことが無かった。

これってなにか、歌手、というよりは、演劇の人。

屋上の上に並んで、あ・い・う・え・な・の・な・の と繰り返していた、
あの演劇部の方々。

で、聞いてみた、それ、いったいなに?と。

つまりは、発生、と同時に、発音の練習である、と。

舞台において、その声を的確に響かせるために、
と同時に、そのセリフを、確実に、発音するために。

あ、い、う、え、お、その発音における口の開きを、身体に刻み込む、と。

で、実は当時から俺は、英語の発音矯正なんてのの特訓を受けていて、





で、ぶっちゃけ、俺達の英語がなぜ通じないか、
その理由というのが、この基本発音における、口の開け方、
これが、不十分である、と指摘された訳でさ。

そう、日本人は、そのテレパシー的な相互理解の凄まじさから、
言葉を、明確には話さない。
話さないことに粋を見出す、なんてところがあって、
強いては、標準語圏内に生まれついてから、
物心ついてからずっと、あのさあ、だってそうじゃん、と繰り返してきた訳で、
地方の方言から標準語への発音矯正の経験の無かった俺としては、
このはじめての外国語におけるこの発音というものへの理解、
ぶっちゃけ、口の開き方、その認識が、甘すぎた。

で、本人はいつもの日本語のようにまるで同じように、
流れるようにべらべらと英語を喋ってるそのつもりながら、
その口の開け方、舌の置き方、が不明瞭であったがために、
単語のひとつひとつを、明確に発声することができていなかった、と。

という訳で、
夜な夜な、犬の散歩のたびに、発声法の先生方に囲まれては、
い・え・あ・お・う、い・え・あ・お・う、とやらされていた訳なのだが、
で、そんな関係から、

このすぅめたるのその大きな口の開き方を見た時、
あああ、この人、発音矯正、発声トレーニング、
ばっちりとやっている人だ、と一撃で気がついた訳だ。

確かに、この、あ・い・う・え・な・の・な・の、
それをはっきりしっかりと発音する方法は、
ともすれば、不良が定番のロックなんて音楽においては、
ダサい、と思われる要因かもしれない。
おいおい、演劇部じゃねえんだぜ、
なんていう、勘違いの罵声さえ上がる筈の、
この、発声矯正。

ただ、そう、これ、すごくすごく大切なことでさ、
ぶっちゃけ、これのできてない人、
なにを歌っても、なにを言っても、
声が届かない、セリフが、歌詞が、聞き取れない!

で、すぅめたるを、一撃でプロ、と見極めさせた、
この、明らかなる発声トレーニングの成果、
つまりは基礎の基礎をみっちりとトレーニングされている、
その証、な訳で、

で、それとまったく同じことが、
実は青神様が、その御父上から直伝された、一つ打ちの極意、
その、一音一音、的確に打ち込む、そのフォーム、
その基本の基本のそのまた基本に、実に実に忠実に、
あるいは、たぶん、そこに、帰り着いた、その結果ではないのか、と。

で、それとまったく同じことを、
俺はなにより、この小神様にも見た訳でさ。

一音一音の、その音色の的確さ、そして、その美しさ。

と同時に、あのユイちゃんの専売特許となる、キレキレ・ダンス、
あのキレキレのキレキレなるところは、
ひとつひとつのキメ、それがブレないこと、
そして、そのキメからキメへの移動が、
実にすばやく敏速にそしてなめらかに行えること、
つまりはそれ、ダンスの極意にも直結するわけでさ。

奇しくも、ベビーメタル、
その、すぅめたるから、青神様から、そして小神様、
そして、ゆいから最愛に至るまで、
実は実は、この、一音、あるいは、キメ、
その基本の基本を、みっちりしっかり、鍛え抜かれた人、
あるいは、紆余曲折の後に、その極意に辿り着いた人々。

ベビーメタルの凄味とは、つまりはそんなところにも現れているのでは、
と、思った次第。

と同時に、ああ、いまからそんなことに気づいてもあまりにも遅かった。

この、一音一音を、しっかりはっきりくっきりと刻むこと、刻めること、
それこそが、プロと、アマチュアの、あまりにも大きな違い、であったのだ、と。

と、そんな意味からも、
改めて、このMY LITTLE GOD、
その本領発揮となるこの小神様の姿、
素晴らしい、実に実に素晴らしい。

で、そんな小神様、そして、神バンドの面々の、
素顔の生演奏、その生搾りの姿を見ながら、
そのまるで七色の変化球のような華麗なるテクニックの中から、
何故に敢えて、ベビーメタルにおいて、あの奏法を確立したのか。

それこそが、まさに、ベビーメタルというユニットに対する選択であった、と。

で改めて、この小神様、青神様、そして、BOH様と並び、
すぅめたる、その凄味を、その才能を、その魅力を、
まさに、夫婦茶碗という程に、理解し尽くしていた、
あまりにも大きな理解者であり、貢献者であった、
その事実に今更ながらの絶句を繰り返すばかり、と。



という訳で、改めて、このMY LITTLE GOD、
特筆すべきは、2016年1月9日、

大村神、そして、この小神様、
いまや鉄壁の神バンドのフロントマンとして、
水も漏らさぬ超絶なギターデュオとなったこのお二人。

そしてまるで女の子のようにカワユイ小神様と、
まるで、魔神と化した素顔のBOH様、
これぞ夫婦茶碗、とでも言える掛け合い。、
まさに、以心伝心の壮絶なシンクロ。

でさ、何故にこの映像を、特筆としたか。

これ、この2016年1月9日映像、
前半を、前田神、
そして、あろうことか、後半に、ドラムが、青神神にスイッチ。

この二人、今や日本の音楽界のTOPに立つドラム神、
その、壮絶なドラムバトル、ともなる訳で。

で、その勝敗は、というと・・・
ははは、まあ、それは、ご個人の趣味であろう、と。
少なくともこの二人、甲乙つけがたい、どころか、
はい、二人が二人してふたりともに、まさに、神の境地にあられる、
世界最高クラスの偉人であることに間違いはなし。

ただ、そのMCの中で、ふと、大神様のこぼしたこの言葉、
いやあ、うちのバンド、後半に行けば行くほど、遅くなる。

つまりは、そのビートが、グルーヴ志向になっていく、
という訳で、その理由というのも、
もしかすると、この前田神、
この人のもつ、強烈なまでの裏乗りのグルーヴ、
このあまりにも日本人離れした超絶のグルーヴが、
ともすると、ベビーメタルに象徴される、
あの、ポップでキッチュで、そして錐揉み的なまでの疾走感、
その妨げになってしまったのでは、と思う訳で。

と同時に、この大村バンドに押し寄せてきた、
ベビーメタル・メイトの方々、
その求める物とは、まさに、ベビーメタルのあのビート、
壮絶なまでのスピード感に溢れたあのスラッシュ・ビートになる訳で、
そう言った意味からも、やはりあのベビーメタルのビート、
つまりは青神様のあの、絶妙に軽いあのポップなスピード感、
それこそがより新しいビートとして、需要を獲得していったのでは、
なんてことを思わないでもなく。

で、この2016年1月9日の映像の後、
青神様とそして当神バンドの面々は、
ベビーメタルとともに、全米、そして、ヨーロッパツアーと転戦し、
そしてなにより、あの、東京ドームの大ステージを踏んで行く訳で、
そして、先に述べた、あの、レッチリとのUKツアー、
ガンズ、そして、メタリカとの、ガチンコバトル、
その中でこの神バンドの面々はいったいなにを見たのか、
なにを学んでいったのであろうか、と。

でさ、ドラマーとしてなにより超絶羨ましかったのは、
あの、ハリウッドにおけるヴィニー・ポールとの共演。
しかも、あの、ヴィニー・ポールからその上座を奪える、
ぶっちゃけ、あのヴィニー・ポールを、前座にしてのプレイ、
そんなもの経験できたのは、まさに、ベビーメタルであったからこそ。

いやあ、羨ましい、まじで、うらやまし過ぎる。

ただ、そう、俺的には実は、その好みとしては、
やはり、前田神の活躍も思い切りご期待している訳で。

で、小神様の逝ってしまった仮バンド、
果たしてどんな展開があるのか、と思った時、
できれば、できるのであれば、
あの、一種、クロスオーバー系の、ジャズっぽい音づくりよりはむしろ、
悪夢のロンドに代表される、あの複雑怪奇な超絶変拍子メタル、
あの、進化系的な路線を目指してもらえればな、
なんてことをご期待申し上げているのであるが、いかがであろうか。

で、前田神、
裏乗りの骨太のグルーヴを持ちながら、
スラッシュ・ビートであのカミソリのようなツーバスの切れ味を併せ持つ、
まさにドラマーとしては、垂涎の超絶グルーヴ男である訳で、
その持ち味を十分に生かして、踊れるメタルバンド、
そんなリーダーバンドを作って欲しい、
あるいはそう、これが思い切りの本音なのですが、
前田神の姿を、このニューヨークで観たい、
思い切り、観たい、凄く観たい!
あの超絶グルーヴに、思い切り包まれたい、
そんなことを切に切にお望み申し上げる次第にでございます。





という訳で、このMY LITTLE GOD、
全編に溢れたこの思わずニマニマしてしまうほどの、
和気藹々のライブハウスロック。
その、あまりにもあまりにも、昔懐かしきロック魂に浸り込みながら、
で、実は、この映像の終わったその直後に、
どういう風の吹き回しか、
いきなり、ベビーメタルのFOXまつり、その、白キツネまつりの映像、
なんてのが、流れてしまって・・

で、ぶっちゃけ、そのあまりの緊張感の差、
それと同時に、ぶっちゃけ、そのあまりのクオリティの差、
というか、なんというか。

つまりはそう、それはイヤモニのあるなし、から、
ステージセットから、つまりは作り込み度、ということなんだが、
まあそう、そういった意味で、ベビーメタルは確かに、
最初から最後まで、あまりにもキメキメに作られたショー。
そこにはMCもなく、笑いもなく、談笑も、冗談もなく、
その超絶なテンションの中で、ただただ、突っ走るだけ突っ走る、
まさに、完璧の完璧、その完璧がいくつ並んでも足らないぐらいのクオリティ。

つまりはそう、世界をぶっ飛ばすにはここまでやれねばならない、
ということなのではあるが・・

敢えて言えばこのMY LITTLE GOD
その双璧を成す、というよりは、見事なほどのスピンオフ。

つまりは、神バンドの人間として、そしてミュージシャンとして、
なによりもライブハウス・ロッカーとしての面目躍如。

ベビーメタルでの白塗りの姿とはまた違って、
この、MY LITTLE GODにおける小神様、
まさに気のおけないギターの聖人としての生の姿、
あまりにも愛らしい、あまりにも、愛おしい、
まさに、ロックの聖人、そして殉教者としての姿。

そのあまりにも大きな存在に改めて、涙ながらに
その偉業に心からの敬意を捧げるものでありなむ、と。

でさ、俺、小神様の、アコースティックギターのプレイって、
まだ見たこと無いんだよね。

ベビーメタルのステージで、すぅメタルと小神様が、
アコギに合わせて歌う、UNFINISHEDバージョン、
実は実は、すごく愉しみにしていたんだけどさ・・

で、その望みが、え?まさか、というところでいきなりのご登場。
ただ、そのドュオの相手が、まさかまさか、
スゥメタルのカワイさを、何杯も上回る、
まさに超絶カワユイ スーパーコラボ。

さあ、そのお相手となるのは、それだけは見てのお楽しみ、と。

という訳で、MY LITTLE GOD、
まさに、見どころ満載。

バンドヲタでなくても、あるいはベビーメタル・メイトでなくとも、
その炸裂する超絶なロック魂、これぞまさに、日本のロックの頂点。

で、最後の最後にお伝えしたい、この MY LITTLE GOD その本当の愉しみ方、

それこそは、神バンドと共演、

つまりは、ギターから、ベースから、そしてドラム!からを持ち出しては、
神バンドの面々とともに、ギターから、ベースから、そshちえドラム!からで、
勝手に、ご共演申し上げる、つまりは、視聴者参加型のVR。

物置の奥で埃を被っていたフェンダー・ストラトキャスターに、
錆びついたまま最後に弦を変えたのはいつのことだったのか、
あれ、トレモロアームどこだったっけかな、なんてことをしながら、
そして手に持ったギター、そのフィット感の、あまりの心地よさ、と同時に妙な違和感。
そう言えば俺、こればっかり、だったよな、あの頃・・

そんなイニシエのバンドヲタ、でなかったとしても、
そう、この時代、ギターヒーローでなくても、
ロックにはもう一つ、忘れてはならない愉しみ方があった、その筈。

エアギター!

そう、エアギター!
そしてエアベース、そして、まさかまさかのエアドラム。

そう、思い出しましたか?
嘗て、少年の頃、俺たち、エアーエアーエアー、
ストーンズで、パープルで、ツェッペリンで、
このエアーを、どれだけ繰り返してきたことか。

そう、ロックってさ、なにより、ロックをしているやつ、
つまりは、なんらかの形で楽器に携わっている奴、
あるいはエアーであっても、そこに参加したい!
その、観客参加型の、一体化イベントだったんだよ。

世界で一番幸せそうなステージの面々に同化シンクロしては、
思わず、エアギター、をともに奏でる、
それこそが、ロックの本当の本当の愉しみ方だった、
その筈。

でさ、そう言えば、ベビーメタルを観ながら、
エアー、することって、なかったよな。

俺が、この簾頭の中年太りが、
まさか赤いスカートで、歌い踊る、うーん、それはちょっと、我ながら・・

ベビーメタル、そのあまりの完璧さから、
逆に言えば、そんな、観客参加のエアーの機会を、
奪い去ってしまったのかな、という気がしないでもなく。

という訳で、はい、このMY LITTLE GOD、
まさに、エアー満載、ユニゾン満載で、心からロック本来の愉しみ方、
その醍醐味を、ご満喫頂けるはず。

という訳で、MY LITTLE GOD、
ベビーメタルとはまた別な形で、
色々いろいろと、思い切りお楽しみ頂けると思います。




という訳で、いやあ、実は見たかった。
これ、この、MY LITTLE GOD、凄く見たかった。

で、実は、告白させて貰えば、
この MY LITTLE GOD を観てから、
何故にか、ちょっと、鬱、であったりもした。

で、その理由ってのがさ・・・

俺、改めて、いま、友達いねえな、と。

いや、友達はいる、ってか、知人なら沢山いる。居すぎるほどに居る。

なんだけど、そう、俺が、心の底から、ダチ、と言える、そんな奴。

俺は仕事とプライベートを分けたい、
いや、バンドを続ける為に、それを分けざるを得なかった、
あるいは、分けねばやっていけなかった、妙なところで足元を攫われるからね。

でそう、普段の社会生活においては、
俺がどんな人か、その一切は、決して、表に出したりはしない、そのつもり。
結果として、さらけ出してしまっているのかもはしれないが、
ただそう、バンドをやっていなかった奴、
あるいは、自身から一度も、ステージに昇ったことがない、
登ろうと思ったこともない人達、
つまりは、人生において一度もなにかの目標に向かって燃焼をした経験のない人たちってさ、
いったいどんなところで、どんなコンプレックスを抱えているのか、
その業の深さってさ、計り知れないものがある理由でさ。

なのでそう、俺は社会生活の中において、
誰一人にも、このブログに書かれているようなことは一切話さない。
その反動が、この長文になって吐き出されている訳でもあるのだが。

でさ、そう、改めてこの MY LITTLE GOD 観ながら思ったんだよね。

人生で一番大切なものって、やっぱり、友達じゃねえのかな、って。

そして、全てのバンドマンたちの宿命ではあるのだろうが、

バンドを離れたところには、そんな友達、つまりは魂の友は、
どうしても、どうしても、見つけ出すことができない訳だ。

そう、嘗ての駄文にも綴った、バンドマンたちへのレクイエム
→ 挽歌 ~ 敗れ去ったおっさん達へ

バンドマンたち、ともにステージに上がった仲間、
悪友というよりは戦友、あるいは盟友。
あの土壇場を、ともに戦い、ともに笑い、ともに肩を抱き合ったあのくそったれたち。

そんなもの、バンド以外に見つけ出そうなんて、土台無理な話なのだ。

そう、俺がバンドを辞めて失ったもの、
その一番大きなものとは、この、全てを認めあえる、友達、という存在だったんだよな、と。

そしていま、このMY LITTLE GODの映像、
その和気藹々としながら、鬼気迫るほどの超絶なギターバトルの中で、
バンドマンたちのその友情の厚さを、その絆の強さを、
改めて、涙にくれながら、感じ入っていた訳だ、と。

という訳で、そんな意味からも、
世の全ての敗れ去った者たち、
そして、友達なんて生まれてこのかたひとりもできたことのない、
そんな、2ちゃんねるなドルオタであっても、
あるいは、あるからこそ、
この MY LITTLE GOD 
そこに、人生でいちばん大切なもの、友達、というものの大切さ、
その素晴らしさを、見つけ出すことができる、その筈。

それこそが、この MY LITTLE GOD 
その、本当の意味、その目的であったのだ、と今更ながらに気付かされて、
その途端に、またまた、涙でぐしょぐしょ、と。

小神さん、貴方は本当の本当に、友達に愛された人だった。
そしてその友情は、一生、変わることはない。

この MY LITTLE GODが、それを証明している。

ギターの聖人・藤岡幹大よ、永遠に!

その言葉を改めて胸に刻みながら、
次なるベビーメタルの展開に、思いを馳せる、そんな春の夜なのであります。



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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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