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諸行無常のワールドカップ ~ サムライ・ブルーの男の花道!

Posted by 高見鈴虫 on 30.2018 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments
ベビーメタルのワールド・ツアーも無事に終わり、
ようやくと魂の安息が訪れたか、と思いきや、
相も変わらずの不眠不休の日々。

その理由、言わずと知れたワールドカップである。

おいおいおい、ベビーメタルからいきなりサッカーの話?
この糞ブログ、節操がねえにも程があるな、
とはまあ、確かにその通り。
ここまでどいつもこいつもなに見てもどこみても、
なにからなにまでがワールドカップ、
たまには気晴らしにサッカー以外の話はねえのかよ、
あ、そうだ、あのベビーメタル、
ニューヨークなんざじゃサッカーなど見ているやつなどいねえだろ、
あのおさんであれば、世間の熱狂もどこ吹く風、
ひとり思い切りとっぱずれては、
やれユイの進退がどうの、最愛の化粧がどうのと、
そんな他愛もない独り言を続けているに違いねえ。

とそんなことをご期待されていたであろう諸氏、
残念でした、なのである。
拙者はこう見えても熱狂的サッカーファン、
とは言えないまでも、
一応のなんちゃっ的ではあるが、これでも元は筋金入りのサッカー小僧。
確かに、普段からは、Jリーグどころか、
MSL:ここ米国のサッカーリーグも、プレミアリーグも、
リーガ・エスパニョーラも、セリエAもほとんど見ることのない、
そんな不義理を続けている俺にとっては、
しかし、だからこそ、このワールドカップこそが、四年に一度のサッカー天国。
この四年間の空白を埋めるかのように、
心の底から徹底的なまでに身も心もサッカーだけに浸り切る、
その神聖なるサッカー道楽の時間なのである。

さすがにラテン系のアフォどものように、
朝からキッチンのテレビの前に釘付け、
下手をすればいつのまにかばっくれて近所のスポーツバーで昼間から飲んだくれ、
下手をすれば、いつの間にか勝手に休暇をとってはワールドカップ巡礼へと旅立ち、
とさすがにそこまではしないものの、
日々、FOXだ、FS1だで、録り溜めた実況放送を、
家に帰ってから観戦するのがなによりの楽しみ、
そんな日々を送っているのである。

がしかし、である。
日々情け容赦ないクソ仕事に追い立てられながら、
深夜も近くなってへいへいのていでたどり着く峠の我が家。
スーツを脱ぐのも、ネクタイを緩めるのも、靴を脱ぐことさえももどかしく、
玄関のドアを開けたと同時にテレビの前にかっ飛んでは、
さあああ、来たぞ来たぞ、我が人生の至上の時!

これが楽しみで、これだけが楽しみで、
朝からニュースも見ず、新聞も読まず、誰一人とも口を聞かず、
つまりはその「結果」が判ってしまうことから必死の思いで逃げ回り続けては、
見ない見ない、聞かない聞かない、うるせえ黙ってろ、
誰一人として俺に話しかけるんじゃねえ、とばかりに、
見ざる聞かざるの、木偶地蔵を貫き通して来た一日の総決算。

そう、すべてはこの録画を前にしたワクワクどきどきの為、なのである。

がしかし、とは言うものの、一日三試合のサッカー三昧、
さすがにハーフタイムのCMだけはちょちょっと早回しにするにしても、
45+45の90分を三試合、まるまる見ていればそれだけで270分、
つまりは4時間半。
夜12時過ぎから見始めたとしても、連日連夜、真夜中、どころか、
下手をすれば明日の明け方までサッカー録画観戦、となる訳で、
さすがにこれが一週間二週間と続くと、それはまさに苦行にも近い。

がしかし、されどワールドカップ、だからワールドカップ、やっぱりワールドカップ、
なにもかもがワールドクラスの大祭典。

改めて、ワールドカップを見ずして男を名乗るなかれ。

日々、不眠不休で観続けるこのワールドカップ、
赤く腫らした目をこすっては足元をふらつかせながら、
ばーろー、ワールドカップを観ずして男といえるか、
えーい、てやんでぇ、このまま死んだってかまうものか、
だって、俺っち、男の子なんだも~ん、と、

とかなんとか言っていたら、
え?今週に入ってから、それが四試合?
そうか、予選リーグ三試合目は、一日四試合になるんだったよな。
ってことは、6時間・・ これから帰って、6時間もサッカー見ることになるのか?
ってことは、寝るのはったい何時?下手すれば、朝までに見切れるのかよ、と。

こんなことをやっていたら、まじで死ぬかもな、などと、
ちょっと真剣に我が身の生命維持に不安を感じ始めたところ、
なぬ? ウィンブルドン?なんだそれ、と、
ええ、ことしもウィンブルドン、やるわけ?
それも、ワールドカップと同時期に同時刻に?・・・
まったくもって、馬鹿野郎、である。
馬鹿野郎とは言いながら、そう、男の子である、そして筋金入りのテニサーである以上は、
ワールドカップも、そして、ウィンブルドンも、そこで試合が行われている限り、
見ない訳にはいかない、のである、

これは最早、苦行どころか、地獄の責め苦、ほとんど拷問にも近い。

これぞまさにワールドカップ地獄な日々を、
生命すれすれまでに、大満喫を続けていたのである。




という訳で、2018年ワールドカップ、
いや、あの、ぶっちゃけた話、実のところ、
今回のワールドカップほどに、ちょっと気の惹かない大会もなかった。

言わずと知れた日本チーム、大会目前になってからの監督解任劇。

正直な話、俺はこの花岡じった、ならぬハリルホジッチとかいう輩が、いったいどんな人で、
で、なにを理由になにが悲しくて、
いきなり本番を目前にして突如のくびちょんぱ、
なんていう醜態を晒すことになったのか、
その理由がまったくもってまったくわけが判らなかったのではあるが、
まあそう、なにはともあれ、そんなことをやっているチームが、
世界の檜舞台でろくな結果など残せるはずがないではないか、
というのはほとんど全ての方々の共通認識ではなかったのだろうか。

で、なに?西野?ってのことは、
日本チームは再び、ジャッピーの繭の中、
日本の日本による日本以外ではまったく通用しない、
自画自賛の日本ドメスティックの檻の中で、
哀れなほどに醜悪なキャビン・フィーバーのドグマの底。
そんなヒッキー連中が、いきなり世界の舞台に転げ落ちては、
またまた生き恥の国辱の醜態の限りを尽くして無残にも潰え去るのであろう、
ってのがまあ、そう、大方の見方、であったのではなかったのか。

で?で?で?で、いったい、この期に及んで、
日本はいったいなにをしようとしている訳か、とちょちょちょっと覗いてみれば、

なぬ?ホンダ?ナガトモ?オカザキ?ハセベ?
で、で、で、ええ、カワシマって、おいおい、こいつらいったいいくつになるんだよ、と。
これじゃあ、もしかして、よりによってウン年前のあの南アフリカ大会の大醜態と、同じメンツなんじゃねえのかよ、と。

なんだよ、日本チーム、ハリルなんちゃらの新体制の元、
これまでの屈辱の集積であったその呪いの轍を、一刀両断にしては、心機一転の再スタート、なんてことを期待していなかった訳でもないのだが・・

つまりはこの目前になってからの監督交代劇ってのは、
つまりはこの老醜たちの既得権益確保の為の、ぶっちゃけ老醜クーデーター、
それが真相、という訳だったのかよ、と。

なんていう、まあ、そう、訳も分からぬままに、
うろ覚えの知識で勝手に自己判断を下しては、
思わずひとこと、ダメだこりゃ、と。





でさ、あの、ぶっちゃけ、俺が過去のワールドカップにおいて、
日本チームを徹底的にボロカスに言ってきたその理由ってのが、
なにより、あの、試合前からの前評判のそのあさましさ。

やるからには優勝を狙いますだ、
史上最強だ、なんちゃらの悲劇だ、奇跡だ、と、
そのまさに、Jに始まりJだけに終始する、
なんともおためごかしの自画自賛、
ぶっちゃけ、その協賛となったCMスポンサーとのずぶずぶの広告宣伝費の、
という、まあそう、例によっての、アレ、である。
そんな、JのJによるJだけの中でのコップの中の戯言の嵐が、
いざ、本番を迎えた途端に、へなへな、どころか、なんだよこの薄らみっともない虚弱児童たちは、と。

つまりはそう、何かにつけて日本は世界を知らなすぎる。
或いはその現実から敢えて目を背け過ぎる、逃げ過ぎる。
その過酷な現実を前にいつもいつも追われるダチョウの如く足元の穴に頭だけ突っ込んでは、
見ない見ない、都合の悪いことは何も見ない信じない。
そんな耳触りが良いだけの大本営発表の、誇大喧伝の、自画自賛の、つまりは嘘八百。

あのなあ、控え選手の練習台にされて、それでさえも、ボロカスにやられ切る、
そんなチームが、どの面下げて、ワールドカップの優勝、なんてことを、
一言でも口に出せる筈があるのかよ、と。

で、そんな身の程知らずのビッグマウス、その象徴とされた、かのホンダ大明神。

サムライ・ブルーが聞いて呆れる。
トルシエだか、ジーコだか、オシムだか、
ザックだか、アギーレだか、ハリルホジッチ、だか、
そんな山師どもの木偶人形をどれだけ並べてみても、
こんなボケカスに大口叩かせては、
八百長試合の前評判バブルを煽るぐらいが関の山。

蓋を開けた途端に、これじゃあなあ、と、誰もが苦笑いの失笑ばかり。

まあそう、嘗ての日本のロックの海外遠征もそうであったのと同じように、
我が日本国、ひと度海外という場に出た途端、
その前評判の煽りが華々しければ華々しいほど、
いざ世界の中に放り込まれた日本人の姿、
それはまさに、風に舞うホタルの灯りのように、
それはまさに、風前の灯火以外の何者でもなく・・

という訳で、なんだお、なんだお、なんだお、
あの惨敗に次ぐ惨敗、恥辱に次ぐ恥辱の後に、
ここに来てようやくようやく、心機一転の再スタート、
そんな糞どもの狂騒からようやく解き放たれては、
本当の本当に、まじめに世界のサッカーに挑める、
そんなチームに育っていた、その筈じゃなかったのかよ、と。

という訳で、大会を目前としていきなりの先祖返り?

ええ、またなの? また、また、また、あのホンダの大口乙、
やるからには優勝を狙います、そんな、ボケカスの戯言に、
二度も三度も騙されたふりをしなくてはいけない、
つまりは日本ってのはもう、嘘を嘘と知りつつ騙され続けるしか何もできない、そういう悲しき運命にあると、
つまりはもう、日本なんて、おしまい、ってことなんだよな、
なんてことさえも、思って見なかった訳ではない、
この、最低最悪の前評判であった訳なのだが・・





というわけで、今回のこの2018年ワールドカップ、
開催地がロシア、ってことからして思い切り気に入らなかった訳なのだが、
それに加えて、我らが日本チーム、
よりによって、その初戦がコロンビア!?

つまりは前回のブラジル大会、
あの忘れもしない第三戦、
優勝を狙う筈のチームが、控え選手の練習台にされては、
挙げ句の果にキーパーまでを変えられて、
それでも結果は、1-4の糞ボロ負け。

あのなあ、と開いた口が塞がらないどころか、
怒りに我を忘れて机をひっくり返し、
あるいは、悔し涙に拳を握りしめて壁を殴り、どころか、
思わず、ああ、俺、日本人やーめた、まじでアメリカ国籍取ろう、と、
本気の本気でそんな決断を促した、
ぶっちゃけ、あれほどの屈辱的な光景はこの世には絶対にありえないとまで確信させた、
よりによって、あのコロンビアとの因縁試合?

ただ、と思う。
ただ、コロンビアだろ?と。

そう、つまりは気合が、才能が、技量が、土壌そのものが、あまりにも違い過ぎるのである。

言っちゃなんだが、南米には、中米には、もう、なにひとつとしてなにもない。
夢も希望も、金も名誉も、愛も平和も、どころか挙げ句の果てに水さえもない。
あるものと言えば、麻薬とギャングと、金髪に染めた入れパイの安い娼婦:プータ、
それ以外になにひとつとしてなにもないこの中南米という土地において、
サッカーというものがいったい、どれだけ大切なものであるのか。
嘗ての旅の中で、その異様な程のサッカー熱、
サッカー以外にはなにひとつとしてなにもない、
そんな人々の様を目の当たりにしてきた俺としては、
所詮、Jリーグなんてものにどれだけ銭金を注ぎ込もうが、所詮は張り子の虎のでっち上げ人形。結果はたかが知れている、と。

つまりはそう、日本ってやっぱり野球の国。
クラスの中の、運動神経に自信のある奴は、
問答無用に野球部に入る、それが王道的伝統の常識であった訳で。

つまりは、サッカーなんてやってる奴らは、
野球部に入ることもできなかった落ちこぼれの残り滓。
挙げ句の果てには、

こんなJリーグの選手たちなんて、
プロ野球の二軍選手に、ちょいちょいと基礎トレーニングを施すだけで、
一瞬のうちに蹴散らされてしまうであろう、
そのぐらいにまで、先天的な基礎体力、その運動能力に、余りにも差があり過ぎる、と。

それがなによりの現実であることは、スポーツ選手であれば誰もが気がついていたことであろう、と。

で、そんな出がらし落ちこぼれ集団である日本選手が、
世界中のそのスポーツエリートの頂点の中の頂点であるところのワールドカップで、
いったいどの面を下げて、優勝を狙う、なんて戯言が吐ける訳か、と。

という訳で、今回の日本代表チーム、
その前評判から、そしてまるでダメを押すような監督解任劇から、
こりゃもう、戦う前から完全に終わっている、そう確信していた今回のワールドカップ。

で、初戦のコロンビア。
あのお調子者のコロンビア人のことだ、
日本など舐めるに舐めきっては、はなから酔っ払ってラリラリぱっぱ、
下手をすれば前の晩から、ロシア娘を囲っては朝まで酒池肉林の乱痴気騒ぎ、
その末期的二日酔いのそのままであったとしても、
なあに、日本なんて奴らを相手にするならこれぐらいがちょうどよいのさ、
と黄色い太陽に目を細めながら、いまにもピッチにゲロを吐き散らしそう。
でありながら、いざ蓋を開けてみれば、そんな二日酔いの二軍相手にしても徹底的なフルボッコ、
下手をすれば、20-0 ぐらいの天文学的点数差で、
恥の上塗りの、歴史的なまでの大醜態を晒すことになるのでは、
なんてことに、戦々恐々としていた、ってのが本当のところなのだが。





という訳で、そんな確信的なまでに悲観的であった大方の予想が、
まさかこれほどまでの大番狂わせを目の当たりにするとは、
正直な所、日本の中の誰一人として、あるいは世界の誰一人として、
ぶっちゃけ、もしかして選手から監督自身から、
つまりはこの惑星に生存するすべての生物、その誰一人としても、予想だにしていなかったのではあるまいか。

20-0の予想だったが、なんとなんと、120-0 だったよ、
まあ負けは負け、大した違いはないけどさ、ぐらいの予想違いはあったとしても、
まさか、あの日本が、二軍相手にキーパーまで変えられたあの大口サムライの糞日本が、
あのコロンビアのバリバリの本気メンバー達を相手に、まさかまさか未曾有の快勝を決めることになるなんて・・・

そしてなにより、最も驚いたことに、
この日本代表チーム、なにもかもが、いままでとは違う。
ぶっちゃけ、そこに、ある種の風格、つまりは落ち着き、強いて言えば「余裕」が見られたのである。

そう、これまでの日本チーム、なにが情けなかったかと言っても、
なによりもあの、浮足立った姿。
迷子の子供のようにちょこまかと意味もなく震えてばかりで、
できることと言えば後方での無駄なパス回しばかり。
誰も前に出ず、誰も走らず、誰ひとりとして誰も、自分から得点を取りに出ようとはしない、
つまりはそこに、闘争心も、積極性の欠片さえも見えない。
つまりはこの人達、そもそもサッカーというスポーツに、徹底的に向いていない。
これだったら、コロンビアの二軍どころか、ブラジルのユースチームどころか、
下手すれば、なでしこジャパンにさえも惨敗をきっするのではないか、
そんな姿が定番であった筈の我らがサムライ・ブルーが、
なんとなんと、このワールドカップの第一戦、
その、土壇場の晴れ姿において、
威風堂々の、天晴なほどの荒武者ぶり、なのである。

つまりはこれこそが、経験、というものなのか。
つまりはそれが、これまで世紀の大恥辱の底を嫌と言うほどのたうち続けながら、
不屈の根性だけを頼りに七転び八起きを続けて来た、
その、苦難の、苦渋の、試練の、重いコンダーラ。
つまりは、裸一貫単身で海外リーグに乗り込んでは、
たった一人で世界というものと戦い続けた、そのなによりの成果ではなかったのか。

化けたな、と思った。
こいつら、ホントの本気で、たった一人で世界と戦って来たんだな。

そして香川であった。そして長友であった。そして長谷部であった。
つまりは、そのおっさんたちであった。
そして最後の最後に登場した、あの大口ビックマウスの本田大明神が、
よりによって、あの、目の覚めるようなアシスト、
それに合わせた大迫のあの奇跡のようなヘディングシュート。
九州男児、ここにあり!!!

これ以上ない、これ以上はあり得ない。
あの、いまにもおしっこをチビリそうだったサムライ・ブルーが、
まさかまさか、世界の大舞台でこんな華麗なプレーを決めるとは。

これまでの、罵倒の、悪態の、怨念の、愛憎のすべてを込めた罵詈雑言の、
そのすべてが、この一発に、一瞬のうちにかき消えては、
本田・・ やった、ついに、やりやがった、
そんな段平オヤジの呟きが、
思わず、こぼれ落ちては啜り泣き。

本田よ、おめえというやつぁ、本気の本気で、この修羅の道で、男である事を、貫き通して来たんだな。

そしてセネガル戦のあの同点シュート。
本田の人生のすべてが、この瞬間の為にあった、
そう、確信させるまでの、その姿、まさに、ヒーローそのもの。
このオトコにしかできない、そう、本田は、サムライ・ブルーは、そして日本人のすべてが、
なによりもこの瞬間を、待ち続けていたのだ。





そしてふと思った。

このワールドカップ、直前の監督の解任劇から、
そしてこの西野ジャパン、その究極の目的とは、もしかして、

本田圭佑の、男の花道、ではなかったのか。

なんだかんだと言いながら、サムライ・ブルー、
その象徴であり、ヒーローであり、紛れもないリーダーであったのは、
まさにこの本田圭佑という男であった筈なのだ。

その長年に渡るあまりにも大きな存在に対して、
感謝を、その尊敬を、その愛憎のすべてを込めて、
本田圭佑に男の花道を咲かせてやりたい、
それこそが、日本のサッカーのその真意ではなかったのか。

つまり、本田は、この大会に命をかけている。

その気概が、その気合が、その執念が、その気魂が、
日本選手のすべてに憑りうつっていたのではないのか。

そしてそれは、本田に限らず、
川島が、長友が、乾が、長谷部が、岡崎が、
そしてもしかして香川も、あるいは大迫も、
もしかしたら、これが、最後のワールドカップになるかもしれない、
チーム全員がその決死の覚悟を固めての、死ぬに良き日の男の花道。その土壇場の大舞台。

これはこれは、であった。
正直なところ、このワールドカップという世界一の祭典で、
我が日本代表チームが、これほどまでに格好良い姿で世界中の度肝を抜くことになるとは、
まさかまさか、思いもよらなかった。

それはまさに、16歳の少女が、地平線まで埋め尽くした蛮族たちを相手に、
かかってこいや、と絶叫を響かせた、あのソニスフィアの奇跡、そのものではないか。

本田、男だな、あんたという人は、本当の本当に、骨の髄から、男だったんだな。
その姿に、思わず、目からウロコが、ぼろぼろと、落ちて落ちて、止まらないぜ、と。

良いものを見せてもらった。ちょっと本気の本気で、感動した。

そして俺はひとつの大きなことを胸に刻んだ。

例え、その心のうちにどれだけの確信があったとしても、
下手なこと、つまりは、ネガティブなことは、絶対に口にするべきではない。

その言葉は、その呪われた悪意は、
いつの日にか、必ず、倍返しを持って、己の身に返ってくる。

或いはそう、この本田のように、
その罵詈雑言の悪態と罵倒を糧にしては、
いつの日にか鬼神となって還り立つ、
そんな男こそが、本当の男、といえるものなのだ。

改めて心からの一言、

本田さん、ごめんなさい!

俺はこの言葉を、一生、忘れないであろう。



という訳で、いま巷の話題のあの第三戦。

あのパス回しの是非を巡っての、またまたの罵詈雑言の雨あられ、な訳なのだが、

あのなあ、と思わず。

お前ら、全員が、ついさっき、本田さん、ごめんなさい、
川島さん、参りました、と、そう言わされた、ばかりじゃねえのかよ、と。

つまりはこのメディアの方々。
なにからなにまでがコップの中の嵐。
世界がどうあろうが、日本がどうあろうが、
取り敢えずは、同業者、あるいは、社内のライバルとの、
出し抜き合い、足の引っ張り合いこそがその世界観の全て、と。
そういうものすごく狭い了見の中でしのぎを削る、
あまりにも狭視的な方々でおありになられるようで、
その吐き出される悪意の戯言の全てが、心の底からのご辟易を感じ得ない、
まさにそう、ぶちゃけ、その金玉が小さすぎる方々なのであろうなあ、と。

確かに俺もあのパス回しを見た時には、
てめえ、西野、いったい、なに考えてるんだよ、と、
思わず、罵倒を通り越して、壁に亀裂が入るほどの絶叫を響かせていた俺なのだが、

つまりはそう、この恥も外聞もないパス回し、
これこそが、日本チームの成長の証なのでは、と思ったのである。

世界の檜舞台で、あれができるところまで、
日本チームというのは精神的にも成長した、ということのである。

その真意は、セネガルの監督であるアリュー・シセの談話にも現れている。

我々はフェアプレーのポイントに負けた。我々はルールを学ばねばならないのだ。
その教訓が今後のための、もっとも貴重な財産になるであろう。

そう、それなんだよ、と思わず膝をうつ。
こいつ、判っているな、と思わず唸る。

ルールを知ること、それこそが、大人になるための最初の関門。
これまで我武者羅に世界の壁に挑んできた者たちが、
究極的にぶち当たる、その一番の障壁が、このルールという奴なんだよね、実のところ。

我々は、ルールを学ばねばならない。
そのルールが、是か非かは別として、
それが例え、どれだけ理不尽な、どれだけ滑稽な、どれだけ空虚なものであったとしても、
世界にはルールというものがある。
そのルールに則らない限りは、いつまでたっても田舎の野蛮人に過ぎず。
そんな田舎侍風情ではできたところで根性主義の風まかせの神頼み、
つまるところがバンザイ突撃で自滅犬死にぐらいのものなのだ。

そしてフェアプレーという概念。
確かにあのパス回し、スポーツマン・シップに欠ける、と言ったらそうなのかもしれない。
ただ、日本がこれまでの大会で学んできたこと。
つまりは、それこそが、これまでいやというほど煮え湯を飲まされてきた、
世界のルールの壁、という奴であったのだろう。

という訳で、このおっさんチームであるところの西野ジャパン、
その経験だけは筋金入り。
改めて、世界中からの罵倒を覚悟しながら、
あの決断を下した西野監督という人は、とてつもなく肝が太い。
そしてそれを実行した選手たちにこそ、
日本チームの底力、その決意の硬さを垣間見る思いである。

世界になにを言われようが知ったことか。
いまさら他人の目の中で踊り躍らせる、そんなつもりは更々ねえんだよ。
俺はただ、俺の為に、俺の戦場を、戦う。戦い切る。

それこそが、世界にたった一人で戦いを挑んだものにしか判らない、
その究極の極意になのだから。

という訳で、この日本のパス回しの醜態、
その真意を理解できないひよこたち。

お前ら、いつまでたっても、ガキなんだな、と。

ただ、そう、あの罵倒覚悟の上でのパス回し、
罵倒を覚悟していた以上、日本はあの行為によって、掛け金を跳ね上げたのである。

つまりは世界の戦場で本気の戦いを挑んでいる人々は、
あの日本チームの、恥も外聞もない、なりふり構わない姿に、何より覚悟の強さを見た筈なのだ。

こいつらは本気の本気でこの戦いに命をかけている。

つまりは、これまで果たされなかった決勝Tを勝ち抜くことに、
その選手生命そのものを賭けてくる。
その決死の覚悟を、まざまざと見せつけられたのだ。

そして西野ジャパンに改めて言いたい。

ここまでやっちまったからには、どんな方法を使っても、決勝Tを勝ち抜いてほしい。

そう、勝てば良いのだ。
勝つことこそが、勝負の究極の目的なのだから。

がんばれ日本! がんばれ、サムライ・ブルー!

男の花道、魂のすべてを燃えあがらせて、思う存分に狂い咲いてくれ。





実は、この日本選手たちの表情を追いながら、
ふと、新選組の姿を重ねていた。

こいつら、本当の本気で、サムライの面構えをしていやがる。

百姓の倅を集めた町道場出身者の寄せ集めであった新選組が、
だからこそ、武士道の真意にこだわりつつけては、
ついにはその一生を武士としての美学に捧げ切ったように、

野球至上主義のスポーツエリートから落ちこぼれた、
この出がらしの頭でっかちの虚弱児童たちが、
いつしか世界における戦いの本質を見極めては、
そこにひとつの真理、
俺が俺である以上、俺は俺なりに俺にしかできないやり方で、
俺の戦いを戦うのみ、戦い切るのみ。
つまりは、個人主義の真髄、
世界にたった一人で立ち向かった者にしか、
その中で個の尊厳を戦い抜いたものにしか、
チームプレイの真意は理解することができない。
サムライ・ブルーは、これまでの紆余曲折の果てに、
ついにその真髄に至ったのだ。

このサムライ・ブルーは、まさに、世界を相手にたった一人で立ち向かった者たちの、
その集合体。つまりは筋金入りの荒武者軍団。

そんなサムライ・ブルーたちと、メディアとの軋轢、そのギャップが、
この、個を理解した真の戦士たちと、
そんなものには思いもよらぬまま、相も変わらず腐ったカニバケツの底で詰り合う泥蟹どもとの、
その悲劇的なまでのすれ違い、つまりは、人間の器そのものの違いにある。
ぶっちゃけ、それこそが、現代日本の抱えた、その茶番的なまでの大間違いの本質なんだけどね。

と言う訳で、改めて、このサムライ・ブルーの荒武者たち、
海外において孤軍奮闘の底の底で、いまにも憤死寸前の俺にとっては、
サムライ・ブルーのその雄姿、
その魂の燃焼の様に、思わず、深い深い感銘を覚えない訳にはいかない。

このちびの痩せっぽちの虚弱児童の頭でっかちのクソ野郎共、
てめえら、思い切り格好いいぜ。
その姿、まさに、日本人!

所詮俺たちは日本人、だからこそ、日本人なんだよ、この野郎、思い知ったか!

行け、サムライ・ブルー、がんばれ日本!

男の花道、思い切り咲かせてくれ!



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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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