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I Say A Little Prayer ~ 小さな願いとその報い

Posted by 高見鈴虫 on 19.2018 犬の事情   0 comments
先月の初め、夏の始まったあたりから、犬の腹の具合が悪くなった。
それ以前から散歩中に盛んに青草を食べていることには気がついていたのだが、
よく晴れた初夏の休日のバーベキュー・パーティの後、
堰を切ったようにピーピーが始まった。

こいつまた、隠れて妙なものでも食べたに違いない。
あるいはまたいつものびっくり下痢。

我が家の犬は普段から傍若無人を絵に描いたような猛犬の鑑でありながら、
その威勢の良さとは裏腹に妙に神経が細いところがあって、
こと新しい食べ物やらもの珍しい経験をしたりすると、
その時ばかりは夢中になってはしゃいでいながら、
家に着いた途端にばたんきゅう。

そうかお前、あの喰い残しを漁りに来たレゲエのおっさんを、
いい気になって吠えまくっては追いかけ回して、なんてしていたから、
まあそう、いつものやつ、つまりは罰だろう。
まあ暫くおとなしくしていればそのうち治るだろうとたかをくくっていたのだが、
果たして日を追うごとに症状は悪化する一方。
ともすれば夜更けに鼻を鳴らして揺り起こされて、
取るものもとりあえず深夜の公園に走り込み。
あるいは散歩から帰ったばかりだというのに、
ああやっぱりダメみたい、といま来た公園に引き返し、
そんなこんなでおちおちと寝てもいられない。

そんな夜が二日三日に四日五日、
おいおい、もういい加減にしてくれよと、
眠い目をこするどころか、度重なる睡眠不足にもはや意識も朦朧。
ただそれが一週間を過ぎた頃になって、さすがに心配になり始めた。

こいつ、もしかして、悪い病気にでも罹っているじゃないのか?
でも、食欲はあるみたいなのよ。ほら、お腹へったお腹へったって。
食い過ぎで腹を壊した上に、またまた食い物をねだるとは大した奴だ、
とは言うものの、
食べた途端にピーっと出してしまうからには腹が減るのも当然なのかもしれない。

とそうこうするうちに、さすがの猛犬もいつしかげっそりとやつれたご様子。
いつになくしおらしいばかりの犬の寝顔を見つめながら、思わず漏らす深い溜息。
普段からあの傍若無人な無軌道ぶりにはほとほと手を焼かされながら、
いざ元気がなくなった途端に、飼い主さえもがすっかりと、
生きる気力を吸い取られてしまったような。

おい、大丈夫か? と眠った犬の頭を撫でながら、
おい、早く元気になってくれよ、
思わずしみじみと切ない思いがこみ上げて来たりもする。












十日目を過ぎて、ついには食欲にも陰りを来すようにもなって、
まさか、この子が食事を残すなんて。。
これはいよいよ、医者に連れて行ったほうが良いかもしれないな。

そんな事情が重なって、仕事中もいてもたっても居られず心ここにあらず。
今日だけは仕事を早目に切り上げて、
まだ日の明るいうち早々に帰り着いてみたものの、
玄関に迎えに出てこない、どころか、
覗き込めばいまだにベッドに沈み込んだまま。

おい、大丈夫か? 
お散歩、行かなくても良いのか? と頭を撫でても、
ぐったりと目を閉じたまま頭を上げる気配さえも見えない。
そんな姿を前に、ふと不吉な予感が胸を過る。
もしもこいつに、もしものことがあったら・・
そんな俄な焦燥に苛まれながら、
改めて、言葉の通じない犬と人間。
こういう時になると改めて、
言語によるコミュニケーションを持てないことへの、
心もとなさに不安が募るばかり。

おい、どうしたよ、いつものお前に戻ってくれよ。
どんなに悪さをしても良いから、どれだけ喧嘩をしても良いから、
どんな苦労をかけさせられたって、俺とお前の仲じゃないか。
ただ、お前の身にもしものことがあったりしたら、
その時には・・・

判った、明日は仕事の休みをとって、朝一番に医者に行こう。
だから、お願いだから、それまでは、なんとか持ちこたえてくれよ・・

胸の上にそっと頬を寄せながら、
微かに響く心臓の鼓動と吐息のリズム、
そのあまりにも愛しい音色に耳を澄ませながら、
ああ、神様と、思わず呟く。

ああ、神様、お願いですから、
こいつは、こいつだけは、苦しませないでやってください。
こいつの苦労はすべて俺が背負います。
こいつの痛みは、こいつの不幸は、罰も業も原罪も、
すべてこの俺が代わって担います。
だから、お願いだから、こいつの命だけは・・・

と、そんな時、ふと、犬が顔を上げた。
なんだ、どうした?

そんな俺の頬を、鼻を、顎の下をさかんに舐め上げながら、
へっへっへ、なんだか、ちょっとお腹が空いてきたみたい。
とそんな表情、気のせいか、瞳に生気が戻って来たようだ。
なんだよ、治ったのか?

思わず滲んだ涙を拭いながら、
そんな気も知らずにいきなり飛び起きた犬。
あぁあ、よく寝た、と大あくびをしながら思い切りの長い伸び。
ブルブルと身体を震わせてひょいとベッドを飛び降りる。

どうした、どこへ行く?という俺を肩越しに振り返って、
なんだよ、なにしてる?と尻尾をピンと上げては、

さあ、7時だぞ、散歩の時間じゃないのか?

ああ、神様、と思わず。
奇跡だ! 小さな願いが、聞き届けられた!



そしてその報いは、その代償は、
夜になってしっかりとやって来た。

深夜を過ぎて、む? 飛び起きたのはまさにこの俺。
なんだ、なにが起こった? と、首を傾げる間もないままに、
トイレに駆け込んだその途端、
腹の底が開けたように、溜まっていたもののすべてがピー。
五臓六腑の一切が、一挙に流れ出すように、吹き出すように。

それはそのようにして始まった。
痛みはない、違和感もない、不快でさえもない。
ただ、それは矢庭に、唐突に、突如として襲いかかって来ては、
有無を言わさず、間合いさえも与えられず、
あっと、思った時にはその瞬間、
すでに、世界の終わりの一歩手前。

ともすれば、くしゃみの拍子に、
あるいは、鳴った電話に手を伸ばしたその時に、
下手をすれば、会議中に、ほい、と話題を振られた、その直後、
おっと!ヤバイ!
思わず跳ね上がっては恐る恐ると伺うパンツの中。
そして、いやあ、危なかった危なかったと、
へいへいのていでトイレから戻った、その途端に、え?また・・!?

いやはや、さすがにこれは難儀である。
仕事に集中できないどころか、
基本生活に完全に支障きたしてはその倒壊の一瞬手前の首の皮一枚パンツ一枚。
そのあまりにも危うい絶対領域の境界線。
ただ、痛みはない。違和感も、不快感も、
下手をすれば、その予兆もきっかけもないままに、
それは突如としてやってきては、圧倒的なパワーを持って全身を衝き動かす、
まさに有無を言わさぬ絶対の支配性を以て、
俺の生活の根こそぎを完全に奪い去ってしまったわけだ。

ねえ大丈夫?
夕食の途中にトイレから戻った俺に、
ああ、大丈夫、なにも問題ない。ただ、ちょっと面倒なだけで。
ねえ、だったら、少しの間、食べないほうが良いんじゃない?
いや、と座を立ったのを良いことに、
ついでにご飯のおかわりをよそって戻った俺。
いや、大丈夫、ほら、ご覧の通り、食欲はあるんだよ。
ただ、食った途端に、ぴゅーっと出ちゃうだけで。
だから、とかみさん。
どうせ食べてもぴゅーっと出ちゃうぐらいなら、食べないほうが良いんじゃないの?って。
だって、ほら、それは一日一回うーんと気張って出すのも、
食べた途端にぴゅーっと出ちゃうのも・・
あ、やべ、まただ、ちょっとこれ、片付けないでとっといてね。

と、そんな俺の後ろを、面白がってははしゃいで飛び回っている犬。
はっはっは、と大口を開けては、トイレに座ってはため息をつく俺に、
満面の笑顔で尻尾を振り続けているこの罰当たり者。

なに?また散歩?はいはい、判った、ちょっと待っててな、とやりながら、
果たして、散歩の途中にもこの発作に襲われてしまっては、
犬と違って人間様だ、
その辺りの茂みで適当に尻をめくって、という訳にもいかないであろう。
いやはや、参ったな、犬の散歩にさえ支障をきたして始めたぞ。
ただ、まあ、そう、その時にはその時だ。
そう、この犬とこの俺は一心同体。
死ぬときは一緒だぜ、とそこまで固い絆で結ばれた俺たち、
ではありながら・・

改めて、神様、この野郎、な訳である。
あの時、図らずも思わず呟いたあの小さな願いへの、
このあまりにも馬鹿正直な、霊験あらたか、あらたか過ぎる、
あまりにもど真ん中のストレートな、その届け方。

ああ、言った、確かに言ったよ、
そう言ったのは俺の方だよ。

犬が苦しむ様を見るぐらいなら、
俺が代わったほうがずっとずっとましだ、
それは嘘偽りのない心からのお願い

ではあるのだが・・

改めて、なんだよこれ、このピーピー。
面倒くさいにも程がある。

言っとくがこの俺だ、
インドにおいても下痢ひとつしなかった、
世界中どこに行ってもなにを食ってもびくともしなかった、
そんな鉄の胃腸を誇ってきたこの俺が、
よりによって、食った途端に食ったものすべてぴゅー、
まさかそんなことになろうとは・・

改めて、これ、なんだんだよ、一体。
つまりはそう、つまりは、通常の人間生活、
その境界を遥かに越えたところからやって来た、
まさに未知なる病原菌、そのアップグレード版。

改めて夜更けのドッグラン、
着いた途端に思わず催しては、
おい、悪い、あの、ちょっと、俺、帰らなくっちゃ・・

そんな俺の控えめながらも必死の本気の切実なる声に、
へへーん、んなこと知ったことか、とばかりに、
素知らぬ顔で走り回ってははしゃぎ回る我が愛しのバカ犬殿。

おい、帰るぞ!いますぐ、今すぐだ、ヤバイんだよ俺、まじでこれ、ヤバ過ぎる。
俺はお前と違って、道端のその辺りで尻をめくるわけにはいかないんだよ。

え?なんで?と犬。大丈夫だよ、とまたあっけらかんの満面の笑顔。
大丈夫、大丈夫、誰も全然気にしないよ、だからちょっと待てって。
ピーピーが治って元気いっぱい絶好調。もう、楽しくて楽しくて・・

あのなあ、と俺。おまえ、それはねえだろう、と。
言わせて貰えば、元はと言えばそれもこれもすべてはお前。
そう、お前のせいじゃねえか。
それをなんだよ、自分ばっかり。
それでなにか、お前が良くなった途端、俺のことなんかどうでも良いと、
お前はそう言っている訳なのか?

改めて、どいつもこいつもクソッタレである。

世の中の不幸という不幸、そのすべてを、
ひとりで勝手に背負い込んでは見捨てられた、
そんな気にさせられる夜更けのドッグラン。

思わず滲む脂汗に、顔を歪め腰を屈め、太ももの内側をすり合わせながら、
おーい、馬鹿野郎、俺は帰るぞ、勝手にしろ。
お前はお前でそこで勝手に暮らせ、俺は知らねえ、知ったことじゃねえ、
そんな捨て台詞を叫んでは、すたこらさっさと家路を急ぐ俺なのであった。

改めて、親知らず子知らず、どころか、
犬知らず飼い主など知ったことかのこのご時世。
下手なことだけは言うものではない、
その無情がしみじみと骨身に沁みた、そんな夜。

で?と背後から神様の声。
だったら、どうする?また犬に戻すかい?

いやあの、と俺。
いや、あの、うーん、それ、まじで困ったな、と。
うーん、それを言われると、改めて、やっぱり、俺が被ります、
この期に及んでまたしても性懲りもなく、
思わずそんなことを言わされていしまう、
この世界一のお人好し、お犬好しの俺。

で?
で、果たして俺の一心同体、
我が身を捧げても惜しくはない、
そこまで思い込んだそんなお犬様は、
果たしてどこにいる訳かい、と。

馬鹿野郎、早く来いよ。
見りゃわかるだろ、俺ヤバイんだよ、まじで。
もう漏らしそうってか、もしかするともう、逝っちゃってるかも。
ああ、クソッタレとはこのことだ。
それもこれも元はと言えば・・

親の心子知らずは、なにも人間だけに限ったことでもない、と。

お後がよろしいようで。











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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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