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Mercy Mercy Me 〜 SOULが身に染みるニューヨークの夏 

Posted by 高見鈴虫 on 20.2018 ニューヨーク徒然   0 comments
日曜日、セントラルパークのカフェで遅い昼飯に出たところ、
隣のテーブルで囀っていた観光客家族の子供が、
よりによってうちの犬に石を投げやがった。
親に言っても、知らんふりでおしゃべりに夢中。
で、放っておいたらそのガキ、
よりによってまた石を投げて来た。
堪らず子供にやめろ、と言ったら、
親から、うちの子供になにするんだ、と睨んで来る。
あのなあ、てめえのガキが石投げたから、
と言ってる最中に、
その子供がまた石投げて、
外れた石が他の客のテーブルを直撃。
その時ばかりは親も愛想笑い振りまいては、
すみませーん、とかやっていたが、
すぐにまたおしゃべりに夢中。
で、放っておかれたガキ。
またまた良い気になって、
よりによって今度は小枝を振り回しては、
犬の背中を叩こうとする。
その時ばかりはうちの犬も反撃態勢。
さすがに犬を止めたはしたが、
ちょっとぐらい脅かしてやったほうが
子供のためにはよかったのでは、
などと思ってしまった。








いずれにしろ、親が悪い、というには、
あのガキ、ちょっと、邪悪過ぎ。
あるいは、ガキが悪い、というには、
あの親、あまりにも馬鹿すぎ。

結局頼んだばかりのオーダーをキャンセルしては、
そそくさと店を出ることになった。

あの家族の不幸は俺の不幸でもなんでもない、
あの甘やかされたガキがこの先どんなことになろうとも、
俺には知ったことでもなんでもあらない、
だから放っておくに越したことはない、

とは思いながら、

そういうその場しのぎの投げやりが無関心が、
つもりつもってこういう世の中を作ってしまった、
その罰を誰が被るのか、といえば、
つまりは社会全体、
つまりはあなた自身、俺たち自身、なのである。

そう、あんたのまわりにもいるだろ?
図体ばかりでかくて、
あるいはその外面ばかりを取り繕いながら、
一皮向けばわがまま放題の子供のまんま。
つまりは、あの、寅んぷさんから、え〜び〜い〜さんから、
親から一度も、イタズラを窘められた経験のない、
つまりは、そう、躾のできていない低能児が、
すっかりそのまま大人になったその姿。
叱られる、窘められるのも愛の一部だと知らずに育った者は、
叱られる、嗜められる事に、敵意の感情しか持ち得ない、
つまりはこの世の余りの低次元な問答の
その理由が全てはそれ。
愛を知らず、躾のされなかった我儘なガキが、
良い歳こいてその忠告のすべてを逆恨みしてはあっちの人こっちの人。
つまりはソレもこれも
そんな事なかれ主義のその場しのぎの無関心、

その何よりの表れ、その末路たる、
つまりは社会の徒花なのです、
とは思いながら、
見渡す限りそんな奴らばかりのこの世の中、
いったい俺になにができる、と薄く笑っては
肩を竦めてやり過ごすのが関の山。

だとすれば、
一思いに警察でも呼んでやったら良かったかな、
なんてことを思いながら、

そう言えば俺もガキの頃は、
知らないババアにいきなり頭を叩かれたり、
あるいは、ほっぺたをつねられながら、
ごめんなさい、と言いなさい、
もうやりませんと、言いなさい、
なんてことを、繰り返されていたのではあったのだが・・・

そう、すべては身から出た錆、
そう思ってしまうに越した事はない。
観光客なんて奴らが屯している場所にいた俺達が悪かった。
そう、ニューヨーカーはニューヨーカー、
そんな地元民しか知らない秘密の隠れ家があった筈なのだ。

という訳で、人知れず木立の中の密やかなカフェのテーブルに落ち着いては、
普段からの顔見知りのウエイトレスと、
いやはや、ひどい目にあったよ、と苦笑い。

とそんなウエイトレスさんにじゃれついてははしゃぎ回っているこの犬。
そう言えばふと思い出した。
そう言えばこいつも子犬のころ、
つまりは生後三ヶ月から3歳までのあいだ、
やることなすこと無茶苦茶の極悪非道。
わざと困らせようとしているとしか思えない、
暴虐非道の限りであったっけ。

つまりはそう、子供とは、本来そういうものなのだ。

子供にとって最も大切な仕事は、
元気に育つこと、なのである。

ただその中に、
親を、社会を、思い切り困らせるという課題も、
確実に含まれている。
子供は、親を、社会を、そんな大人たちを、
困らせれば困らせるほどに元気で育つのである。

つまりは、子供のイタズラは社会の必要悪。

そしてなにより、もしもこの犬が子犬であったりしたら、
あの子供はそもそも、そんな子犬に石など投げたりしない筈。

つまりはそう、俺達が大人であったから、それが原因。
で、大人として、その役割としては、
そんな子供に、無茶苦茶不条理な迷惑をかけられること、
それを謹んで被らせて頂くこと、それも大切な役割、という訳で。

くそったれ、あのガキ、とその内心では思い切りブチ切れながら、
ここに来てようやく、届いたコーヒーを啜りながら、
やれやれ、と肩を竦めてやり過ごせる、そんな余裕も取り戻して来た。

ガキに、犬に、腹を立ててはいけない、
それが、大人の、唯一絶対の指名なのである。

とそんな気持ちに馴れた時、
あらためて、こんな優しいメロディが聞こえてきたりもする、
このニューヨークという街の不思議な演出。

夏だな、SOULが身にしみる季節だ。






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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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