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悪い、久々に日本語で文章書いたら、思ったとおり無茶苦茶になった

Posted by 高見鈴虫 on 08.2018 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
実は最近になってまた、妙なドグマの底を這いずっていた。

ぶっちゃけた話、ここニューヨークにおけるプロフェッショナル・ミュージシャン、
あらゆるジャンルの、音楽という音楽、その酸いも甘いも噛み分けて来た、
筋金入りの糞ミュージシャンの藻屑たちとの間で、
世界最高のリズムセクションを誇るのは誰なのか、
なんて話から、そりゃやっぱり、エルヴィン・ジョーンズでしょ、から始まって、
ジョー・モレロからトニー・ウィリアムスからバディ・リッチからガッドから
ストーンズからレッド・ゼッペリンからロキシー・ミュージックから、
フランク・ザッパからパンテラからラッシュからACDCからストテンから初期のガンズから、
オールマン・ブラザーズからダブル・トラブルからTHE BANDからカルロス・サンタナから、、
そしてJAMES BROWN&JB’Sからパーラメンツからアース・ウィンド・アンド・ファイアーから、
果ては、セルメンからロス・バンバンからフェラ・クティから
とまあいろいろいろ、考えうる限りの名演という名演を並べ上げた末に、
やっぱり、音楽史上、最高最上のリズムセクション、
カールトン・バレットとアストン・ファミリーマン・バレットのバレット・ブラザーズ、
言うまでもない、ボブ・マーリィ・アンド・ザ・ウェイラーズの、
必殺のワン・ドロップ、これを置いて他にはない、と相成った・笑





という訳で、今更ながらここに来て、
俄にレゲエ・ブームの熱狂が再燃する我が家において、
YOUTUBEで発掘する山のようなボブ・マーリィ存命時の海賊版の数々。

このドラム、このベース、まさに、一糸乱れぬ、というよりは、
まさにこれ、語りかけるような、蠢くようなのたうつような、
トーキング、というよりは、有機的なまでのリズムの立ち方、踊り方、謳い方。

でさ、改めてこのレゲエのリズム、
その核となるのは、実にベースのライン、なんだよね。
で、その完璧なまでにダウナーでグルーヴィなベースのラインに、
ワン・ドロップで落とし込む、そのバスドラとリムショの溜めの凄まじさ、
と実はそこばかり気になっていたのだが、
いや、実はそれ、違う、と。

実はレゲエはダウナーの音楽に非ず。
このワン・ドロップの切れ味、そのビートを支えるのは、
実は、ハイハット。
このハイハットのレガートを、跳ね上げるだけ跳ね上げて、
そのアッパーの突き上げがあって初めて、
あの、ズドンというばかりのバスドラのワンドロップが効いてくる。

で、改めて、このカールトン・バレットのドラム、
ライブにおけるそのハイハットの切れ味、
その凄まじさと言ったらまさにカミソリのようで、
ああ、そうか、つまりはそういうことか、と。

レゲエにおいて、実はちょっとした脇役となりがちのギター、
実はあのギターのカッティングが、このハイハットとの間で絶妙のシンクロを醸し出し、
そしてベースのうねり、その隙間を鍵盤の裏音がみっしりと埋めていく。

そう、このレゲエという、一種スカスカのリズム。
でありながら、すべての音を、全ての楽器が、まさに絡み合って支え合って埋め会って、
初めてあの凄まじいばかりのグルーヴが生まれてくるのだ、と。

で改めて、ジョン・ボーナムのリズムが実はバディ・リッチのジャズテクと86に支えられていた、
その秘技に気づいた時と同じように、
このウェイラーズのカールトン・バレットのプレイ、
その極意が実は、音には拾われていないスネアのシャドウ、
そしてなにより、その裏打ちのハイハットのレガートにあった、というこの事実。

そのキレッキレのドラムがあって初めて、
あの、波長の長いベースのリフが、
そしてなによりあのボーカル、あの伸び伸びとしたどこまでの広がる大海原のような歌声が、
最高最強の威力を発揮することにもなる得る、と。

という訳で、嘗てのジャズ浸りの日々から一転、
クーバのサルサに目覚めた途端、いままで聴いていたフリー・ジャズのリズムが、
なんとも、曖昧でちゃらんぽらんでスカスカに聴こえて来た、というあの魔術的な開眼と似て、
一度このウェイラーズの秘技に触れてしまったが最後、
スライ&ロビーの名声は愚か、ロックがブルースがそしてサルサが、
どうしても、どことなく、微妙にズレて聴こえてしまう、そんな宿命を背負い込むことにも相成った。

という訳で、そんな筋金入りのレゲエの達人たちを連中に、
おさん、目を覚ませ、この時代、世界一はなんと言ってもベビーメタル、
と力説に力説を繰り返して来たこの俺が、ふとすればすっかりミイラ取りのミイラ。

いまになって、ベビーメタルと1970年代のボブ・マーリィと比べて、
我らがベビーメタル、いったいどこまで対抗しうるか、と思った時、
正直なところ、ちょっと背筋に冷たいものが走った。









改めて、このいきなり嵌まり込んだこのバレット地獄のドグマの中から、
救いを求めるようにヒロシマから、SSAから、ウェンブリーから、
そして先の、ROCK AM RINGのテイクなんてのを聴いてみるのだが、
バレット・ブラザーズのその、あまりにも神業的なまでのプレーに耳の慣れてしまった身にあって、
果てさて、このベビーメタル、あるいは、メタルというジャンルそのものに、
果たしてどれほどまでの価値を見いだせるのか、
正直ちょっと、曖昧な気分になってきたりもする今日このごろなのである。

で、改めてベビーメタルという人々、
その思い入れのすべてを敢えて削ぎ落としては、
ニューヨーカー的なプロフェッショナル的な、
そんなニートでミーンな視点に立って改めての再評価を重ねれば重ねるほどに、
このベビーメタル、こやつらがその後、長く音楽史上にその名を刻み込むための、
その可能性がどこにあるのか、と言えば、

それはつまりは、ボブ・マーリィだ、ゼッペリンだ、ストーンズだ、ビートルズだ、
そんな歴史的な大御所と対抗し得る最終兵器といえるのは、
ぶっちゃけ、すぅめたる、中元すず香の歌唱力、
あるいはその、あまりにもずば抜けたその声質にしかないだろう、と確信を深める訳で。

で改めて見直す、このベビーメタルの映像、
その中にある、中元すず香こと、すぅめたるのそのあまりの美しさ、麗しさ、可愛らしさ。

いやそう、またいつも聴かれる、てめえ、この偏向ドルオタ野郎が、の罵声を覚悟の上で、
ベビーメタルの魅力、その最もたるものって、やっぱり、なんと言っても、
すぅめたる、その人格に秘めた、人類美の真髄、あるいは、可憐さ、麗しさ、そのカワイイの極意、
そのすべてが滲み出ては透けて見えるような、その声質にしかない筈なんだよ、つまるところ。








で、そう思えば思うほど、現在のベビーメタルの運営方針。

ぶっちゃけ、あまりにもあまりにも、もったいぶり杉、ってか、ぶっちゃけ、露出度少なすぎ。

いや、なにも、あのAKBやらなにやらのように田2の奴隷、
秒刻みでテレビ局を回ってCMでヘビロテの奴隷使役ってのでもないんだけど、

そのベビーメタルの魅力の資質の可能性の、
そのすべてを駆使した上での、ファッションのバリエーションから、
そしてなにより、中元すず香の歌声を駆使しての、音楽的な多様性を含めた実験的開放。

俺、実は、ヒロシマのライブを聴きながらも、
やっぱりあの、ディストーション、あれはあれでやはり、名曲の中の名曲と疑わない訳で、
ダークサイド的なスピンオフとは判っていながら、
あの、ディストーションで展開した、ダンスアレンジのメタル、ってよりはその逆、
つまりは、メタルアレンジのダンス曲って方向性、絶対の絶対に行ける!と確信してるんだよね。

つまりは、HEAVY DUTYなリフを全開にしたゴリゴリなまでのリフレイン、
ぶっちゃけたところの鬼才・TAKESHI UEDA の路線、なんだけどさ。







ベビーメタルの謳ったメタルとアイドルの融合が、
実は、スラッシュメタルとキレキレ・ダンスの融合であったように、
ダンスフロアにおいてメタルのケイオスを創出する次世代サウンド、
その天空に高らかに響き渡る天使の歌声、まさにこの路線こそが、
21世紀のアンダーグラウン・ミュージック、その究極ではあるまいか、と。

ただね、そう、そういう決めつけ方が実は、中元すず香という世紀の逸材を前にしては、
実に実に勿体無い気もする訳で。

この独善的路線における封印モードを一挙に解禁にしては、
失敗を恐れず、あるいは、失敗を前提として、
もっともっと、不完全ながらも、斬新なアイデアに溢れた実験作品を、
次から次へと乱発してはそのRAWなソースごとリスナー側に投げ与え、
その中から、自然発生的な進化の過程に委ねていく、
そういうやり方も、ありなんじゃねえのかな、と。

改めて、この大切な時期、
待ちに待った、ブラック・ベビーメタルのご卒業の後、
本来であれば今頃は、世界中をツアーツアーで飛び回っている、
そのイケイケ絶好調であるべきその時に、このあまりにも長きに渡る沈黙。
心身共に脂の乗り切っている筈の中元すず香という逸材を、
ひと夏丸々に渡って封印せしめるというのは、
正直言って、中元すず香という世紀の逸材の、飼い殺しにも等しく、
ぶっちゃけそれって、宝の持ち腐れ以外の何者でもない。

そんなメイトたちの焦燥をあざ笑うかのようなコバメタルの独善に、
ちょっと本気で苛立ちが募っている、というのが正直なところ。

幸か不幸か、世界中にこれだけ熱狂的なシンパを勝ち得ているベビーメタルである。
そのオタクな完璧主義の中で、ひとりですべてを丸抱えにしては、
この大切な時期を丸潰しにしてしまう愚を避ける意味でも、
そろそろ本格的な意味での、グローバルな視点に立った世界展開、
検討していただいても良くないか、と思っている次第。

オオサカ・ナオミじゃないが、世界のすべてからちゃっかりしっかり良いところどり、
それこそがこの21世紀の正しいあり方なのでありなむ、と思っているのであるが、
いかがであろうか。

いや、悪い、久々に日本語で文章書いたら、思ったとおりむちゃくちゃになった・笑

すまそ、である。



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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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