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MY LITTLE GOD, LOVE FOREVER ~ 秋の夜長のバンド馬鹿談義

Posted by 高見鈴虫 on 04.2018 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
いきなりですが、私信にて失礼。

で、おっとっと、これはこれは・・
実況生中継のその固定カメラ映像・・!?
これ、最初から最後までの、
思いっきりの、ライブ参戦の疑似体験映像じゃないですか!?

いやはや、これ凄い、なにげに凄い、思い切り凄い!
YOUTUBEやらの良いところ撮りの編集映像、
細切れのファンカム映像とはまた違って、
この臨場感というか、同時性というか、リアリズムというか、
いやはや、ライブ参戦体験を思い切り満喫させていただきました。
ありがとうございます。凄まじく嬉しいです。

改めてこの仮想的疑似体験という奴。

実は前回のあのSSAの現地生録りの実況録音盤から、
思わず、そこに登場したスポット的助っ人ドラマーさんに生霊的憑依現象。
ふと目が覚めたら、俺自身がいきなり!ステージ、

もしもあなたが、神バンドの一員として、
ベビーメタルのステージに上げられてしまったら、
その思い切りの創作的疑似体験、と。

今更ながらに思い起こせばあのステージと言う白熱の俎板の上。
あの、ドラムセットというコックピットの中にロックインしては、
高鳴る胸を抑えながら、上がる息を飲み込みながら、
イヤモニを何度も耳に押し込んでは、
そして汗の滲んだ手で握ったスティックその感触から、
不安と勇気と、緊張と開き直りの狭間。

READY TO ROCK!?
GO! ロックンロール!

それこそはまさに、最前線に突撃をかける、
特攻兵士そのもの心境という奴なんでしょうか。

ロックンロール!
それがこの戦場を生き抜く、唯一の絶対の合言葉。

そんな我武者羅な全力疾走の中で、
ふとすれば、いつの間にかのランナーズハイ。
五感のすべてを越えて、
身体中が至福に満ちた閃光の中に包み込まれ・・

俺は、俺は、俺は、生きている。
俺はいま、生きているんだな・・

その迸るような躍動に包まれながら、
思わず自分自身を抱きしめたくなるような、
それはまさに生命の実感。
それこそがまさにDIVINE、

赤外線オーブンさながらの照明の光にジリジリと焼き尽くされながら、
うねるビートの中にすっぽりと包み込まれては、
神に愛され、その愛の中に身体中のすべてが浸されて満たされて。
あの不思議な透明感覚・・つまりは、神降ろしのエアポケット・・

そして大仕事を終えた後、
人知れず通用門の裏口から抜け出して、
誰も居ない駐車場の片隅で湿った夜風に当たりながら、
生命の源:タバコを一服。

ああ、終わったな。終わっちまったんだな。

いまだに身体中から滴り落ちる汗に濡れた髪を掻き上げながら、
長き重圧から解放されたその得も言えぬ達成感と、
そしていまだに身体を震わせているあの高揚の余韻に浸りながら、
そして人知れぬままに冷たい夜風に身を晒してはふっと溜息をひとつ。

ああ、終わった、終わっちまったんだな、
そのなんとも言えぬ寂寥感。

なんかたった一時間ちょっとの間に、
体重が半分にも減ったようは、
それはまるで今にもフラフラと風に揺れる抜け殻感覚。

今から思えばあの浮遊感こそが、
ライブの歓び、その真髄であったか、と。

ただ、そう、その至福感、
ステージの高揚感に包まれたハイパーが過ぎ去った途端、
そして一挙に押し寄せてくるフラッシュバック。

あそこで、あそこで、あそこで、
俺はなぜ、あんなミスを犯してしまったのか。
あれはいったいなんだったのか。
なぜおれはよりによってあそこで、
あんな妙なおかずを思いついてしまったのか・・
それこそが、ステージに棲む魔物、その邪悪な罠であったのか。
だとすれば、あの時に感じたあの至福感。
俺は神に愛されている、あの得も言えぬ高揚感はなんであったのか・・
もしかしたら、俺はあのステージの魔物、
その邪悪な罠の中で、
その偽りの幻影の中にすっかりと誘い込まれては、
我を忘れるほどに舞い上がっていただけの話なのか・・

ステージを前にした、不安と興奮、
その天国と地獄のアップダウンのジェットコースター、
ただ、それが一度動きを止めた途端、、
新たに押し寄せてくる、自賛と悔恨、その無間地獄。

そう、ドラマーに限らず、音楽家に限らず、
人間はそうやって、成長していくのか、と。

そこで体験する天国と地獄、その壮絶な善悪の戦い、
その振り幅の大きさこそが、
人生の価値、そのそのもの、なのかも知れず。

つまりはそう、いま、皆様のご体験されていれている、そのロス状態、
それこそが、人生の喜び、その証であるのか、と。





そう、改めて申し上げれば、
バンドマンって、その天国と地獄、
ステージの高揚と至福と恍惚感と、
そして達成感の中に押し寄せるなんとも言えぬ寂寥感、
ステージの上そのもののハイパー状態でぶっ飛ばした打ち上げが終わり、
そしてふとひとりになった時、ん?もしかして・・
そうその時になって初めて、現実というものがそれほどまでに完璧ではない、
そのギャップが、フラッシュバックが、自責の念と共に押し寄せてくるのです。

くそったれ、次は、次こそは、本当に本当の完璧なライブをやってやる、
そう、それこそがバンドマンがステージを離れられないその理由。
あるいは生きる糧、そのもの。

そうやってバンドマンは、プロフェッショナルは、仕事人は、鍛えられて行くのか、と。

なので、皆様、はい、存じてます。
前回の駄文で絶賛を繰り返したあのSSAの助っ人ドラマーさん。
実際にあの場にご参戦された方々の中には、
もしかしたら色々と心に浮かぶことはあるかも知れませんが・笑
それを敢えて口には出さず、ぐっと堪えて、男っぷりを発揮して、
次に期待してやる、その志こそが、やさしさ、というのではないでしょうか。

はい、かの安田さんの自己責任論も、
安田さん当人が言うから様になる訳であって、
それを、お茶の間で煎餅かじりながら鼻糞ほじりながら、
ばーろー、貴重な税金つかいやがって、
と、妙な上から目線で、ことの善悪を論じる、
そういう奴こそを、偽善者、っていうんだよ、糞野郎、と。
てめえは戦場どころか、ステージどころか、
喧嘩のひとつもろくしたこともねえ癖しやがってよ。
ロンパリのチワワみてえにギャンギャン騒ぐんじゃねえ、と。

いやいやいや、はい、何の話でしたっけ?
はい、そう、男の優しさ。

女の優しさが、あれこれと手取り足取り、
細かい気を使って世話を焼いてくれる母性愛、であるとすれば、
男の優しさは、すべての言いたいことをぐっと堪えては、
敢えて口には出さず、ただ一杯のビールを注ぎ注がれ、
そんな一面があることを、改めて、思い出して頂きたい、と。

嘗てのあの土壇場のスポット助っ人、
あの切羽詰まった焦燥と、あの一種投げやりなまでの突撃魂、
その結果として、時として、あるいは当然の結果としての、
あの滑った転んだの大恥ライブ。
その悪夢に未だに苛まれ続ける、その愛惜と悔恨の累積、
そのひとつひとつをまざまざと追体験しながら、
改めて、バンドマンに愛を、その広き御心を切にお願いする訳でありまして・・



とかなんとか、おちゃらけている場合ではあらない。

ってか、恥ずかしながら、存じ上げなかったのですが、
このドラムの方、松本エイジさん。

いや正直、最初に聴いたときから、ドラマー的な視点から言えば、
この人、上手い。凄く上手い。
確かに、慣れ、という問題はあったにしろ、
その所々に綺羅星のように輝く高等テクニックのつづれ織り。

そのキメどころの、ここぞという時に炸裂するそのパワー、
あるいは、そう、前回にもくどくどと申し上げた、
その曲の構成、そのツボの抑え方、とか、
いや、実はこの人、無名の新人でもなんでもなく、
ともすれば、タダモノじゃない、ってのは、
ドラマーであれば瞬時に見破った筈。

そう、この人、上手いんですよ。
凄く凄く上手い。
ってか、俺ごときが、良いの悪いの言えるような方ではあらない。
まさに、トップレベルに在られる方と存じ上げます。

で、実はちょっと興味が出て、
この方の嘗て在籍したバンド:FACT とか、
つらつらと動画を漁ってみたりしたのですが、

ぐげえ、うめええ、この人、まじで、神業ってぐらいに上手い!
で、このバンド、無茶かっけー!





そうなんです、この松本エイジさん、凄く上手いんですよ。

で、え?で、だったなぜ、と思わず、あのSSAの公演を思い返してしまう訳で。

つまりは、実力的には、青神様に引けを取らない、筈でありながら、
ただ、そう考えれば考えるほどに、だったら何故に?
と逆にSSAでの評価がキツくなってしまったりもする訳で・笑



でさ、と改めて、いやあそう、この松本さんと青山さんを比較して、
っていう意味ではないのですが、
まあしかし、プロである以上は、訳も判らない外野連中からの、
見当違いの心無い中傷に晒される、というのも仕事のうち、という訳で、

失礼は重々承知の上で、改めて青山さんの凄さ、というか、何というか。

そう、青山さんって、極端にミスの少ないひとなんだな、と。
いや、別に、松本さんのミスが多かった、という訳では勿論無くて・笑
逆に言えば、もしも松本さんのバンドに青山さんがトラとして加入されたとしたら、
やっぱり似たような結果になっている可能性もあるのでは、
という反論も踏まえた上で、
いやあ、それにしても、やっぱり、青山さんってさ、極端にミスが少ない。
それは、慣れ、という利点を計算に入れたとしても、
やっぱりね、BOHさんの言葉じゃないけどさ、
プロの条件、まずは、間違えない・笑
はい、そう、そのとおり。
BOHさんのあの言葉を聞いた時には思わず大爆笑してしまった覚えがあるのだが、
改めてこの青山さん、本当の本当に、ミスの無い人なんだよな、と。

でもさ、ほら、慣れれば慣れるほど、こなれればこなれるほど、
曲自体に定番的な流れみたいなものも掴めるだろうしさ。

で、敢えて言わせて貰えば、そう、手癖って誰にでもあるものでさ、
で、今まで、その青山さんの手癖的な意味も含めての個性、
それが、ベビーメタルの定番的スタンダードとしてここまで刷り込みがされてしまった以上、
それとちょっと違うことをやっただけで、おっ!ミスった、と早合点されてしまう、
ってのも、トラの悲しい宿命であって。

ただ俺的には、この松本さん、実力的には凄まじいものがある、
少なくとも俺なんかには及びもつかない。
で、その事実を踏まえた上で、
もっともっと曲にこなれてくれば、あるいは、
そこで、松本さんの松本さんによる松本さん的な解釈、
その松本流におけるベビーメタル楽曲、ってのも、
あっても良いのではないのかな、と思う訳で。
そう、例えば、こんな感じで・笑





ぶっちゃけ、今後のベビーメタル、
その最大のネックとなるのは、まさに神バンドのスケジュール、
という事情が予想される訳で、
いつもいつも、青山さんのスケジュールをホールドできる訳ではない、
ってな状況を考えれば、
神バンドの非常時に備えての強力な助っ人ってのが、
最重要課題となる訳でさ。
と、それを考えれば考える程、
この松本さん、俺的には大合格。

後は慣れること、つまりは場数を踏めば踏むほどに、
あの前田さんと並ぶ、ドラム神、その双璧と成りうる方、
と勝手に太鼓判を押させてしまう訳なのですが、と。

という訳で、改めて、心からの大歓迎。
いやあ、コバさん、よりによって、とてつもない助っ人を探して来ましたね、と。



と、そこまでこの松本さんを持ち上げたところで、
だとすれば、あのSSAのライブ、
もしかして松本さん御本人とすれば、
あれを痛恨の大失敗ステージと自己評価されている可能性もあるのか、と。
ただ、だとしても、だとすれば、あの後半の怒涛のような押せ押せ、
あれはやはり、それなりに調子に乗っていないと出せないビートな訳で。

で、改めて、慣れていなかった、
あるいは、松本さんご自身がまさか本調子ではなかった、
と仮定するにしても、
であれば改めて、この松本さんと青神さんの、その差とはなんなのか、と。

まあそう、もしも青神さんが逆の立場で、
いきなり、このFACTのサポートドラマーとしてタッチ交代、
で、その転がりでた先が、4万余の大観衆に犇めくSSAどころか、
もしかしてそれがあの、SONISPHERE だったりして。
そう、誰だっていきなりそんな状況に放り込まれたとすれば、
そんな状況でできること、と言えば、
力の限り思い切りやること、ぐらいしかねえだろ、と。

ただ改めてこのお送り頂いたこのSSAの現地生録りの実況疑似体験的映像、
そうだよね、確かに感じる、この違和感、というか、ギクシャク感と言うか。

改めてこの松本エイジさんを、
本来であれば青神様に引けを取らない凄腕のプロフェッショナルとお認めした上で、
では、プロフェッショナルとして、この松本さんの演奏と青神様の演奏、
その根本的な差異とは果たしてなんなのか。

それこそが、実はベビーメタルと神バンドその奇跡的な蜜月ぶり、
その秘密を解き明かす大きな鍵にも成りえないか、と。



で、そう言えば、と思い明かす自身のベビーメタル体験。
忘れもしない運命の日の、あのニューヨーク公演。
俺、実は、というかいつものように、
ステージ最前列のドラムの真ん前に陣取っては、
その一挙一動を目を皿のようにして、とそのつもりが、
実は、そう、あのベビーメタルの公演で、
ドラムを見ていたって記憶がまるで無いんだよね。

いや、覚えてるよ。今でも覚えてる、青山さんのスネアの音。

なんだけどさ、そう、不思議なことに、
俺、あのベビーメタルのライブで、実はそんな青山さんの印象が、
あんまり残っていないんだよね。

どうしてなんだろう、と、実に今でも不思議なんだけどさ。

で、実は、このSSAでの松本さんの演奏の録音を聴きながら、
ふと妙なことに気づいたんだよね。

つまりさ、青山さんのドラムって、目立たなかった、ってことじゃなくて、
ただ、そう、ただ、青山さんのドラムってさ、主張してなかったんだよね。

いや、上手だったよ。まさに神業的に上手だったし、
はっきり言って、もうこの人、これだけレベルが違うと、
俺ごときにはなんの参考にもならねえし、ってなぐらいに、
まさに雲の上的なまでに上手だったのはあるんだけどさ。

ただ、その上手さが、敢えてそのテクニックをひけらかしては激しく主張する、
その次元の上手さじゃなかったんじゃないか、と。

でそう、その神業的に上手な青神さんを前にして、
俺がいったいなにを見ていたか、と言えば、それはまさに三姫、
特にそう、あの、すぅめたる。
あの痩せこけたネコ背のお姉さん、
あの今にも折れそうなうなじに、汗の雫を光らせた、
可憐でしかし堪らないほどにセクシーなうら若き野獣。
その肉声が、本当の本当に、凄まじいまでに胸に突き刺さったんだよ、これが。

で、その俺的に言わせるところの、
その神憑りのニューヨーク公演が、
実はその後になって聴いた話では、
あれはそもそも全米公演の初日で三連戦の一日目、
すぅちゃん的には、あのぐらいはまだまだ序の口のウォーミングアップ、
その後のボストン、そして、フィラデルフィアと日を重ねるごとに、
とてつもない変貌と進化を遂げていった、ってな話を聞くに及んで、
んだそれ、いったいこいつら、まったくもってどういう人達なんだよ、と。

でさ、そのすさまじいばかりのすぅめたるという人。

そう、そうなんだよ、あのベビーメタルのライブ。
俺的には、当初の本来的な目的としては、
ベビーメタルというよりは、青山英樹というドラマーを観に行った、
って感覚が強かった筈なんだけどさ。
そう、それがすっかりと三姫にお株を奪われては、
ドラムどころじゃなかった、ってのがその真相。

なんだけど、え?といまになって思う。

そう、実はこのSSAの松本エイジさんのドラム。

実は、こう言ってはなんだが、
このSSAでの公演。
確かに凄く目立つ。
いや、耳障り、といってる訳じゃないんだけどさ、
ただね、そう、ただ、このドラムの音、よく耳に入る、
というか、所々に際立つと言うか、
そう、気になる、気になっちゃんだよね、実に。

つまりはそこに、ドラマーとしての主張がある、というか、
つまりはそこに、ドラマーは確実にドラマーとして生きた姿で実在している、
それを実感できる。
のだけれど、では何故に、青山さんの存在の印象が、あれほどまでに希薄だったのか。

それってさ、俺はいままで、それを、すぅめたるの凄さが、
青山さんの存在をぶっ千切っていたから、と勝手に判断してたのだが、
いや、それ、違うだろ、と。

そう、このSSAにおいて、松本さんのドラムが逆に目立つ、という事象を前に、
いや、それ、違う。
三姫のオーラを前に青山さんがすっかり影が薄くなっていた、そういう訳じゃないんだよ。

つまりさ、青山さんって実は、
ベビーメタルのステージにおいては、敢えて自分の存在を消していた、
あるいは、敢えてドラマーとして主張することを控えていたんじゃねえのかな、と。

と、そう言えばさ、
厨房の頃、箱バンの見習いみたいなことをやっていた時期があって、
で、その時にお店の怖い口髭のジャーマネさんから、
小僧、うるさく叩くんじゃねえぞ、と口を酸っぱくして言われてたんだよね。
うるさく叩くな?って、ドラムってもともとうるさいものだろ、と。
ただ、だったら、とばかりに力を加減しては、
それこそ菜箸で叩くように、
手加減しては柔らかく静かにおとなしくやったりすると、
てめえ、舐めてんのか、と散々に怒られる、と。
で、つくづく身の危険を感じては、
だったらどうすりゃ良いんですか、と食い下がったところ、
先輩格のベーシストのおさんから、
にいちゃん、実はそれが一番難しいんだよ、とさらりと言われた。

バンドとしてきっちり音を出しながら、
しかしながら、うるさく邪魔にならずに演奏すること、
それが、一番むずかしいんだぜ、と。

ただね、俺は知っていた、
多少煩かろうが、間違えようが、
ちょっと調子こいて派手にぶっ叩いた方が、
逆にお客のウケを取れる。

だってさ、見ろよあのトリケラトプスみてえな妙な髪型したおばはんが、
厚化粧ギンギンでロカビリーを歌う、
なんてのに比べては、
ジョン・ボーナムかコージー・パウエルかっていうこの俺のドラム、
まさにロックの真髄。
馬鹿野郎、こんな糞ステージ、
俺が丸呑みしてやらあ、と勝手に逸りたっては、
出たところ勝ちとばかりに、
うらうら、といきなりのドラムソロ、
なんてのをやっていたら、
拍手喝采で引き上げてきたカーテンの裏側で、
イキナリに肚に蹴りを食らって、
クソガキ、もう俺の前にそのツラ出すな、と。

ええ、なんで、お客さん、あんなに喜んでいたのに、
もしかして、ちょっとボーナス貰えるかも、
なんて期待してた俺的にはまるで目が点々。

クソったっれ、つまりこいつらには、
ロックの何たるかがまるで判ってねえってことだろうが、と。
あんな八代亜紀みたいな糞BBAじゃなくて、
あのボーカルがカルメン・マキだったら、
今頃俺は身体中をキスマークだらけにされて、
次の野音のスケジュールだって決まっていただろうに。

そう、あれ以来、俺は箱バンというものそのものに、
トラウマ的なまでにネガティヴは印象を持ってしまって、
つまりは、シャブ中の怖い人たちに無理やりやらされている音楽屋、
あるいは、そう、労務者としての楽器職人、
なんて妙な偏見を持ってしまったのではあるがあるが。

でもさ、そういった意味ではこの神バンド、
大手芸能プロダクションのお抱えアイドルのバックバンド。
そういう観点から言えば、この神バンドって箱バンも箱バン、
それも超絶の上にスーパーがいくつも重なる、
まさに、神業的なまでの超ウルトラ箱バン、
と言えないことも無い訳でさ。

そう、この超ウルトラ箱バンであるところの神バンド、
嘗ての駄文に綴った友人ドラマーの言葉にあるように、
個性の無いのが個性である、とばかりに、
マニュピレーターとの完璧なシンクロを醸し出す、
この神のようなバックバンド。
ただそう、この神バンド、その超がいくつも並ぶ、
ウルトラ職人集団であるその宿命からが、
時として、特に、このダークサイドの黒装束と変わってから、
その存在が、前にもましてますますと、バックバンド、
つまりは、ボーカルの引き立て役、その伴奏職人、
そんな地位に引き下げられては甘んじてしまった、
そんな印象を持っていなかった訳でもない。

というわけでこのSSA、
このいきなりの寝耳に水の代替ドラマーさんの急遽起用、
その晴天の霹靂の中にあって、
その実況録音の音源の中で松本さんのプレイ、
まさに一種掟破りなほどにまで、思い切り派手に叩きまくる、
その浮き方が、際立ち方が、目立ち方が、
ともすればかのLONDONはBRIXTONの前田さんの喧嘩タイコ、
馬鹿野郎、ロックだ、男だ、喧嘩祭りでい、
その弾け方が、荒くれ方が、逆に超新鮮にも思えた訳で。

おお、この喧嘩タイコ、
まさに、すぅめたるの向こうを張った超ガチンコモード。
その煽りに煽り続ける荒くれドラムの中に、
久しく青山さんのプレイには感じられなかった、
神バンドのバンドとしての存在感。
行け行けバンドマン!ダンサーもボーカリストも、
思い切りぶっ飛ばしてやれ!

などと、無様にもお調子こいては大喜びしていたのだが・・・

という訳で、
改めて、その後お送り頂いたこの実況映像。
この固定映像の中で、そこで改めて観客のひとりとしての視点を、
もろに思い切り疑似体験しながら、

ふと、その音源のみを聴いていた時の、
あのステージの上からのドラマー的な視点から、
突如暗転してはいきなりステージ正面からの観客目線。

つまりは、で?どうだった、俺の姿、
バッチリがっちり、ステージ、丸呑みしていたか?
と、そんな無邪気なドラマー的ハイパーに、
いきなり冷水をぶっかけられては、
それはまさに、裸の雷様状態。

え?なに?これが、観客席からの光景?

そのあまりの視点の違い、
ってことはなにか、と今更ながら、
ってことはなにか、俺のあの、生涯のすべてを賭けた大一番、
その大仕事の晴れ舞台ってのが、
実は、大間違いの勘違い・・・!?

そう、改めて、その主観的音源と、
そしてこの、超客観的傍観的映像との、そのあまりの差。

うーん、確かに、確かに、確かにそうですね。
音源においてあれほどまでに凄まじかったその荒くれ喧嘩タイコが、
この映像の中にあっては、なんだか妙に、浮わついている、
これ、このドラム、確かに、引っかりすぎ、突っかり過ぎ、
或いはともすれば、自己を主張し過ぎ、
ともすれば、自意識過剰過ぎ?・・

そう、そうなんだよ、つまりはさ、それ、普段の青神さんのプレイ、
あれが完全に刷り込みが完了してしまっている関係から、
普段と違うその所々が、まさにニットピッキング的なまでに、
ピクリ、ピクリと、気になってしまう。
つまりは、あっ!いまとちったぜ!と、そう感じてしまうのか、と。

いやでもさあ、と。
それはほら、つまりはこれまでの神バンドは青山さんのプレイであって、
この松本さんには松本さんの個性やら美学やら手癖、なんてものもあって、
なので、これはこれで違うスタイル、
そうやって鷹揚に受け止めるってのもありなんじゃねえのか?

とは、とは、とは、思いながらも・・

そうだね、確かに、ちょっと、!? と引っかかる、
そのシーンが、一度、二度、三度・・・

で改めて、なぜだ?と思う。
なぜなんだろう、なぜ普段からの青山さんの演奏って、
あれほどまでに、引っかかりがない、あるいは、そう、つまづきが、
或いはそれこそが謎のまた謎なのだが、
そのブリッジのオカズにおいて、
すぅちゃんのボーカルとのかぶりがないのか、
それが気にならないのか、と。

で改めて、この映像を追いながら、
思わず、口走ってしまう。
違う、このドラマー、やっぱり違う違う、いつもと違う、と。

でさ、改めてその違いってなんなんだよ、と。

そう、ドラムだけ聞いている分には良いんだよ。
多少の突っかかりも引っかかりも、
おっと、思わずちょっと力余っちまったぜ、で済む、
そのレベルだと思っている、その筈が・・
いざ、この会場席からステージを見下ろす固定映像の中にあっては、
そのひとつひとつのつっかかりが、妙に、気になっては鼻についてしまう。

いや、ただ、そう、それって気のせいだろ、と。
そう思って見るから、尚更そう見えてしまうだけでさ、
と思いながら、だったら、と前日の幕張のファンカム映像と見比べて見て、
うーん、そうだね、確かに、違う。
ともすれば、あ、なんか、この日の青山さん、ちょっと調子悪いな、
そんなことさえも思ってしまったりして・・

という訳で、改めてその音源と、そして、映像、その差。

ぶっちゃけ、それって、つまりは、その焦点、
つまりは、中心がどこにあるか、
端的に言って、その主役が、最重要点が、いったいどこにあるのか、と。

もしかして、青神様と、この松本エイジさん、
その違いって、まさにその点なんじゃねえのか、と。



という訳で、
今回のこの、音源的焦点と、映像的焦点、
その差。
如いては、青神様と松本エイジさん、その差とはなんなのか、と。

それってつまりは、音=演奏者と、映=観客、
あるいは、バンド馬鹿と、ドルヲタ+一般観衆、
その視点の差、そのもの。

で、改めてこの固定映像、
その観客視点的な世界から言えば、
確かにこのドラム、浮いている、逸り過ぎている、あるいは・・

そしてなにより、
ベビーメタルの第一期、そして今回のダークサイド的変貌、
それまで白装束の守護神として鎮座ましましていたあの神バンドが、
今は黒装束軍団の一員として、
ともすれば周りを固めたダンサー部隊、
その一員、つまりは、しっかりすっかり、脇役として裏方として、
収まりきってしまっているこのステージ構成の中にあって、
いまやベビーメタル、
その主役は、焦点はただひとり。

つまりは、すぅめたる。
この世紀の歌姫。
その存在が、その存在のみが、
今回のこのダークサイドの最大焦点なのだ、と。

そうなんだよ、このダークサイド、
妙な化粧が髪型が、と、そしてなによりその雨後の筍のようなダンサーたち、
そんな表層的、視覚的な部分ばかりが語られているのだろうが、
音楽的に言えば、このダークサイド、
まさに、すぅちゃんのすぅちゃんによるすぅちゃんのためのベビーメタル。

で、改めてこのSSAのライブ、
確かにロック、つまりはメタル、なんだけどさ、
なんだけど、そう、その主役は、やはりどうしてもすぅちゃんな訳で、
つまりは、お客の殆どが、すぅちゃんの姿こそがその主目的であり、
そしてなにより、その音の作りそのものが、
まさに、すぅちゃんのボーカル、その声質から声域から、
その歌的な部分、こそが主役の主役。

ともすれば、そう、ともすれば、
このすぅちゃんのボーカルが、曲を引っ張る、
その、リズムと旋律、その構成の主軸として収まっている訳で。

そして改めて、今回のこの雨後筍的なダンサー軍団、
実はこれまでの三姫の鉄壁のトライアングルとして存在した、
あの、キワモノ的且つ鋭角的な構成から、
それは、円形、あるいは球体をも思わせるほどの、その広がりと、許容性、
つまりは包容力。

そのベビーメタルという球体の中にあって、
その焦点、その核として存在するのが、
このすぅめたるのボーカル、その歌、その声。そのメッセージそのもの。

改めて、バンドの花形とは、歌:ボーカルである。
それは看板であり象徴であり、つまりは、顔、である。
ボーカリストこそがバンドの花であり主役であり、中心であるべき。

そのあまりにも定番的過ぎる古式ゆかしきスタンダード。

そんな歌バンドの中にあって、
バックバンドが目立つ、あるいは浮き上がる、
ともすれば、耳につく、という状況そのものが、
言ってみれば、禁じ手、なんだよね。

でもね、と思う。
でもさ、もしもドラムがあるいは神バンドが、
妙に後ろに下がっては、そのグルーヴそのものが落ち着いてしまったり、
或いはその存在が、まさにバックバンド、
ダン池田とニューブリードってなぐらいに、
バックバンドの伴奏屋に徹しきってしまう、
なんてことになったら、
それこそがベビーメタルではなくなってしまう、
それこそ、興ざめも興ざめになってしまう訳でさ。

つまりは、出すぎず引き過ぎずのそのバランスなのかな、
と思わないでもなかったのだが、
改めて、そう、この実況録画の中で、
先の駄文に綴った、ドラマーのドラマーによるドラマー讃歌、
それが何故に、これほどまでに皆様のど顰蹙を買いまくったのか・
そう、その理由そのものを、この固定カメラ的実況録画の中で、
もろにもろに、疑似体験。

このドラム、うるせえ、うざってえ、
俺は高い金を払って、お前を見に来たわけじゃねえんだぞ、と。

つまりは、ボーカルを、すぅちゃんの歌を、邪魔するんじゃねえ、と。

え?邪魔?すぅちゃん、このドラム、邪魔ですか?邪魔なんですか?

でもさ、でも、それがロックじゃん、それが、メタルなんじゃねえのかよ、と。

という訳で、くどくどとスマソ、である。
ただ、これ、ドラマーに取っては、とてもとても大切なこと、であったりもするんだよね。

思い切り叩きながらうるさくないドラム。
主張をしながら目立たないドラム。
目立たないながらも、名ドラマーとして、しっかりと名前を刻みつける、
それがどうすれば可能なのか。
ではそういうドラムを、いったいどうやって叩けば良いのか。

と、そう言えば、ふと思い出した光景がある。

嘗て、ローリング・ストーンズの東京ドームの公演の際、
俺の目と鼻の先を、あのチャー:竹中尚人が通り過ぎて、
思わず、うぉ、チャーだ!と、走り寄っては抱きついて、
チャーさん、俺、大大大ファンで、お願いです、サインください!
と言いそうになったのだが、
実はそう、その時、チャーが、くい、と顎をしゃくっては、
ステージ観てろよ、ストーンズなんだぞ、と。

そう、そういう光景って確かにあった。
訳あってデビュー当時のロジャー・フェデラーの試合をコートサイドで観戦した際、
ふと目をやればその客席、あの松岡修造さんが、どころか、
マッケンローからレンドルからサンプラスからが勢揃い、
で、よりによってカミさんの隣に、あのジミー・コナーズが座っていて、
で、思わず、あの、あの、あの、と声をかけようとしたその時、
ジミー・コナーズ、あの紳士な甘いマスクそのままで、
コートの試合を観よう。歴史の変わる瞬間だよ、と、
抑えた声でそう言って肩を叩かれて。

いやあ、あの時のジミー・コナーズ、
やっぱり、どうしても、凄まじく格好良い人だったのだが、
そう、あの時、そんな伝説的な巨人たちに囲まれながら、
そこで一番輝いて居たのは、やはりコートの上の主役、
つまりは、アンドレ・アガシと、ロジャー・フェデラー。

そう、なには無くても、主役はプレーヤー。

で、そう、実は、あのベビーメタルのライブの際、
青神様の姿に釘付けになる俺に、
ふと、あの青神様が、
嘗てのチャー、あるいは、ジミー・コナーズそっくりに、

正面を向きなよ、すぅめたる、凄いんだぜ。
俺のドラムなんかより、三姫を、観てやりなよ。

そう言ってる声が、聞こえたような気がしたんだよね。

でも、青神さん、
俺はあなたのドラムが好きで好きで、
で、そう言えばあなたのお父さんのことも大好きで、
今日のライブに来たのはその恩返しで。

だったら、だからこそ、ベビーメタル、
あの三姫の姿を観てやってくれよ。

この子達、本当の本当に凄いんだよ。
俺たち箱バンのバックバンドも、大ファンなんだぜ。

ほら、観てごらん、あのすぅめたる、
凄いだろ、このボーカル。
こんな娘が日本から出てきたなんて、
俺たちは、こうやっている今でも、
信じられない、本当の本当に大ファンなんだぜ。

とふと見れば、BOHさんが、小神さんが、大神さんが、
三姫たちのその姿、その一挙一動を、観ている、追っている、感じている。
そっか、この小娘たち、それほど凄いのか。

そこにあるのは、箱バンのプロ意識でも、仕事人としての鉄人ぶりでもなく、
それはまさに、ステージの主役たち、
その三姫に対する、限りない愛であり、尊敬であり、真心であり。

つまりは、俺達が大ファンのこの三姫に、
皆さんも、心の底から感激してください。
その感動を、俺達と分かち合ってください。

そう、神バンドに感じたのは、なにより、三姫に対するその尊敬であり、愛情だったんだよね。

という訳で、
改めて、ドラマーとして、あるいはバンドマンとしての原点に立ち返らねばならない。

思い切り叩きながらうるさくないドラム。
主張をしながら目立たないドラム。
目立たないながらも、名ドラマーとして、しっかりと名前を刻み込む、
それがどうすれば可能なのか。
ではそういうドラムを、いったいどうやって叩けば良いのか。

つまりは、そう、それこそが、神バンドなんだよ、と。

ベビーメタルを支え、愛し、敬い、
心の底からそのパフォーマンスに感動すること、
それこそが、バンドとしての感動の本質。

つまりはそう、主役を立てる、ということよりはむしろ、
主役を愛せ、共に歌い、ともにその感動を分かち合え、
それこそが、ドラムが、あるいはバックバンドが、ステージを壊さない、
或いは、プロフェッショナルがプロフェッショナルとして仕事を取るための、
なによりの絶対条件ではないのか、と。
つまりは月並な言い方だが、商品には手を出すな、じゃなかった、
つまりは、バックバンドは主役を立ててなんぼだろ、と。

という訳で、あのジャーマネ、
うるさく叩くんじゃねえぞ、という恫喝の代わりに、

にいちゃん、歌を、聴いてやりな、感じてやんなよ、
そう言ってくれれば良かったのであろう。
少なくともその言葉があれば、
俺はその後の人生をここまで間違うことはなかった、
少なくとも、ちょっとぐらいはまともなドラムを、
叩けていたりしたのかな、と。

ただ、と改めて思う。
ドラマーは、ドラマーであると同時に、
バンドマンであり、そして、なにより、表現者、なのである。
ひとり光の当たらないところでドカドカとうるさいだけのドラマーであったとしても、
そこにはやはり、美学があり、信念があり、個性があり、好き嫌いがあり、
スタイルがあり、プライドがあり、ちょっとした功名心だってあるに違いない。

そう、ドラマーだってパフォーマーなのだ。アーティストなのだ。
ドラマーがドラマーとしての自身を表現してなにが悪い。

そう、それこそがまさに、あの青神と前田神の一騎打ちとなった、
あのLONDONでのライブ、青デロその豪華二枚組のFORUMとBRIXTON。

ドラマー的な視点で言えば、あの二枚組、どちらが好きか、と言われれば、
迷わず、BRIXTONの前田神、と答えてしまうのはドラマーとしての宿命。
でありながら、しかし、と改めて思う。
もしもあのまま、ベビーメタルがあるいは神バンドが、前田神を太鼓神としたのならば、
果たして、今のベビーメタルの名声は勝ち得ただろうか。
或いは、改めて、これだけドラマー連中からの信望を集める前田神が、
何故にいまだにベビーメタル再降臨、その夢を果たしてはくれないのか。

それはつまりは、バンドマンのバンドマンによるバンドマンのためのドラマーである前田神と、
そして、敢えてその主張を存在感を消し去った上で、歌姫に仕えるナイト:騎士となった青神様。

どちらの美学も判る。そしてどちらの神様も無茶苦茶に格好良い。
のではあるが、敢えて、そこに怖い髭のジャーマネの顔色を伺った時、
そう、一本気な男一匹ドラム大将は、そこで敢えて、男を通してしまう、
そういう律儀さこそが、バンドマンの鑑、であったのだろうが・・

という訳で、今回の松本エイジ先生、
今後のその選択は、まさに、生き様そのものにもつながる、とてもとても大切な問題。
果たして、この松本エイジ氏が、今後どのようなドラム人生を辿られるのか。

松本エイジは、青山か、あるいは前田か!?

とそんなことを綴った時、馬鹿かお前は、んなことは、誰でもわかってるじゃえか、と。

つまりは、今やベビーメタルの花形ドラマーとして世界に名を轟かせ、
寝る暇もない超売れっ子として日本中を飛び回る、
そんな青神様の大活躍に対して、
かの前田大明神、いったいどこで、なにをなさっているのか?

その現実を見るだけで、長いものには巻かれる、
そのプロフェッショナルとしての処世術もドラマーのとして才覚のひとつ。

とは判っていながらも、そう簡単に言い切ってしまうには、
あの、前田大明神、あのドラム、あのドラムは、やはり捨てるに捨てがたい。

そして改めて、ドラマーとしての仁義を貫き通した男の中の男。
ドラマーのドラマーによるドラマーのためのドラマーでありつづけた、
あの、前田遊野という男、
このままみすみす、ドラム学校の講師、なんてところに落ち着かせるには、
あまりにもあまりにもあまりにも勿体無い!

という訳で、無理は承知とは知っていながら、
前田が、前田が、前田が、前田が、と、
いまになっても書き続けているこの長文乙。

果たして、我が愛しのバンドマンの鑑:前田大明神は、
いまどこでなにをなさっているのか・・・

とそんな心を見透かしたように、お届け頂きました、

MY LITTLE GOD~CLUB CHITTA

ぬぉおおおおお!!

いやあ、これ、小神様の追悼、と同時に、
ここにご出演の方々、まさにベビーメタルを支える裏方さんたち、
その、ブレイン:知恵袋連中の、総出演って奴なんでしょうか。

初っ端、これ、宇佐美さん!?と。
そして、んんだ、このベース!チョパーやんけえ!
須藤満さん? TSQUARE? おおおおお!!
で、宇佐美さんって実はこういう人だったんですねぇ、と今更ながら。

で、いや、申し訳ない、
このご出演者についてひとつひとつ書き綴りたいのは山々なれど、
今回はちょっと本題的テーマの為に先に飛ばしますが、

はい、ありがたくお届け頂きましたこの小神様追悼ライブ映像、
で、特筆すべきは、仮バンド!!

これ、仮バンド?これが?
いや、なんかかなり、印象と違ったというか・・

で、いや、あの特筆すべき、というかなんというか、

このドラム、誰?これ、このドラム。
上手い、凄く、上手い、ってか、強烈に、上手い。巧すぎる!!

これ、デイブ・ウェックル?ヴィニー・カリウタ?

いや、でも、このバスドラ、凄く通ってる、抜けてる、刺さってる!
で、このシンバル、凄いな、これ、ガツンと、思い切り落としてる。
これ、この人ジャズの人じゃない。ジャズだけの人じゃない!
で、なんだよこのスネア。これ、このスネアだよ。
この粒の揃い方。
つまりはその一打一打に手抜き一切なし、
思い切り本気のシングル・ストロークで!?

これ、これだよ、これ、このドラム。
こういうのを、本当の本当に上手いドラムっていうんだよ。

いや、別に、ベビーメタルのドラムが上手い下手って言ってる訳じゃなくて、
でもね、そう、でもね、ドラマーが本気で、ドラマーのための音楽をやろうとしたら、
つまりはそう、つまりは、こうなるんだよ、ロック世代にとしてはさ。
ってか、そう、ドラマーって、ってドラマーだけじゃないと思うけどさ、
ミュージシャンというケダモノたち、
それを野放しにしては、演りたいことを演り続けたら、
その胸の胸の奥の奥を探ってみれば、
こういう音楽を演りたい!演り続けたい、実はそういう生き物なんだよ。

これ、まさに、バンドマンの夢の夢、じゃねえか、と。

いやあ、驚いた。これ、まじで驚いた。

これ、確かに、ジャズ、と勝手に定義してしまう訳だが、
でもさ、いやでも、それがジャズだからと言って、
マイルスだコルトレーンだって方向行っちゃだめなんだよ。
或いは、ケニーGでもクリス・ボッティなんかでもまるでない。
つまりは、今のジャズ、正直言って死にきっている。
あるいはすっかり自己コピーのグッド・オールド・クラッシック、
そんな絶対安全パイの形式美の中に収まりきっちゃってる。

そこには興奮がない。そこにはポテンシャルがない。
そこにはなにより、感動がない。

で、で、で、この仮バンド、
これ、フュージョンでありながら、ただのジャズじゃない。
つまりは、BGMにはなりえない。
逃げの無いジャズ。流されてないジャズ。日和のないジャズ。
つまりはそう、ガツンと一本骨の入った、
つまりは、聞かせるジャズ。主張のあるジャズ、
つまりは戦うジャズ。
これまさに、ロックを極めた人だからできる、
ジャズの真髄、つまりは音楽の究極系、そのものじゃねえか、と。

でもね、そう、実は俺、ベビーメタルを知るまで、
十数年以上に渡って、ロックなんてこれっぽっちも聴いて無くてさ。
だって、ロックつまらなかったんだもの。
で、その代替として、ラテン、ってつまりは、ラテン・ジャズと、
そしてクーバのティンバ、つまりは、ドラム中心のサルサ。
ただ、俺が本当に求めていたのは、
演り尽くされたスタンダードではない、
つまりは、メローでもイージーでもないジャズ、
つまりは、スネアとバスドラがガツン!と入った、
無茶苦茶ファンキーで、踊り狂えるジャズ、
あるいは、なにもかもを忘れさせるほどにまで、
強烈なエアポケットに満ち満ちた、
狂気さえも感じるほどの、本当の本当のロック。

で、その回答が、まさに、ベビーメタルであった訳なんだけどさ。

で、そのベビーメタルの守護神である神バンド。
いや、でもさ、実は前作の仮バンド、ジェフ・ベック演ってたじゃない?

まあ確かに、ジェフ・ベック聴いたよ、昔。
そう、ガキの頃、聴いて聴いて聴き潰したよ。勿論。
ブローバイブローとワイヤード。
そりゃそうだよ、俺らにとってはバイブルだからね。
あのヤン・ハマーはとりあえずとして、
ナラダ・マイケル・ウォルディンから、
ビリー・コブハムから、レニー・ホワイトから、
ガッドのニューヨーク・オールスターズからにしたって、
俺達のジャズって実はジェフ・ベックから始まってんだよね。
そう、したよコピー、狂ったようにコピーしたもんだけどさ。
俺、いまでも、この場で机の上でキーボードとマウスをドラム代わりにして、
スキャッター・ブレインもレッドブーツも完コピできるって・笑
で、いまこの場であの頃の奴らに電話しては、
おい、BLUEWIND弾いてくれ、って言えば、
おお、あらよっと、と、すぐにでも弾き始める、
そう、俺たち、俺らの時代のロックのクソガキたちにとって、
ジェフ・ベックこそはバイブル。
好き嫌いのその思い入れ度は別にしても、
ひとたびロックに目覚めたクソガキたちの間で、
このジェフ・ベックを、避けて通れる奴はいなかった、
つまりはそう、ジェフ・ベックこそが証明手形。
ジェフ・ベックができるかできないか、よりは、
どこまで完コピしているか、
それこそがまさに踏み絵であった、
そんな時代が長く続いていたのであつた、と。





ただね、ただ、なんだけどさ。
だからと言ってだからこそ、
なにが悲しくていまジェフ・ベックかよ、と。
つまりは、先祖返りかよ、と。

とそんな意味で、実は前にちょっと見した仮バンド、
ジェフ・ベック演ってる見て思い切りの早合点。
あれで、ちょっと、がっかりしたって言うか、
いやあ、これだったら、ベビーメタルの方が、
やっぱりポテンシャルがあるのではないのか、
とは思ってたんだけどさ。

やっぱ、いくら楽器が上手いとは言っても、
それだけじゃ駄目なんだよね。
つまりは、バンドマンのバンドマンによるコップの中の嵐、
職人さんたちがどれだけ頑張ったとしても、
所詮はジェフ・ベックのコピーなんてところに、
落ち着いちゃったりするんだよな、と。

で、正直、やっぱ、企画力だろ、と。
つまりは、コンセプトの絵書く奴から、
曲作るやつから、アレンジ決める奴から、
そしてなにより、マニュピレーター、
そのプロフェッショナルたちの統合力だろ、
なんぞと思ってたんだけど・・・

うわあ、これ、この仮バンド、
そのガツンガツンのライブ映像、
これ、生音で見たら、
違う、これ、違う、ぜんぜん違う、
この音、このグルーヴ、このテンション、
これ、これこれ、無茶苦茶格好良い、ってか、
これまじ、バンド馬鹿の夢だろ、と。

うわ、これなら聴ける、ってか、真面目の真面目に、
この世界、凄い、ってか、そう、そうなんだよ、これなんだよ、これ。
つまりは、ポテンシャル!

ただ、馬鹿だよなあ、と思わず。
こいつら、本当のホントに、
馬鹿だよ、馬鹿すぎだよ、こんな音楽、
バンドマンのバンドマンによるバンド極道、その極地の極地。
こんなの演ってたって、一生売れねえぜ、
ってか、売れるためにはやってねんだよな、
と思いながら、

いや、これだったら、これであれば、ライブ、行ってしまう。
思わず思い入れたっぷりに、どうしても足を運んでしまう、
だって、これ、俺達の夢じゃねえか、と。

で、そんなバンドマンとしてバンドマンだけの夢を思い切りぶち撒けながら、
な?面白いだろ?
な、思い切り、面白いだろ?
この面白さ、判るよな、判ってくれるよな?
YOU KNOW WHAT I MEAN!

そう、コバさん、
バンドマンを放っておくとこうなる。
こんなことばっかり演り始める。
で、こんな世界に、思い切り浸り切る。
それが証拠のこの俺、
正直、俺は一人でスタジオに篭っては、
メトロノーム相手に、こういうことばかりやつていた・笑

そう、KEITH CARLOCKから、BRIAN BLADEから、
JOJO MAYERから、DAVE WECKLEから、
ドラマーのドラマーによるドラマーのための音楽、
そればっかり、そればっかり、そればああああっかり、
見果てぬ夢と承知で、追いかけていた、と・笑





なんで?
だって、こういう音楽が、演りたかったから!
だって、こういうドラムが、一番、
生音で聴いて格好良かったから!
それはまさに、ドラマーとしての宿命的憧憬。

でさ、この仮バンド、
このドラム、そう、この前田遊野のドラム、
その生音、まさに、ガツンガツンの生音の生音。
これ、このドラム、まじ、凄い。
ってか、ドラマーとして、本気の本気で、
いつかこういうドラムが叩きたい、
そういう気にさせる、何かがある、
つまりはそう、ポテンシャル!

で、改めてこの前田遊野というドラマー。
こいつは本物だ。
正真正銘のドラム馬鹿。
ドラム馬鹿一代の、ドラム気狂い。

で、あれば、とふと気になって巻き戻し。

えええ、あれ?
おいおいおいおい、
これもしかして、この仮バンド、誰もイヤモニしてないの?

えええ? クリックなし?クリックなしで、これ、やってるの?
どひいいいい!!!

基地外だよ、気狂い・笑
こだわり過ぎ、そう、バンドマンのバンドマンによりバンドマンのこだわり、
その真骨頂。
バーロー、イヤモニなんかして、ミュージックができるかい!

思わず笑った、思わず大笑い。

改めて、この仮バンド、
馬鹿野郎だよな、馬鹿、大馬鹿、凄まじい馬鹿。最高級の大馬鹿。
つまりは、バンド馬鹿。ドラム馬鹿。
つまりは、最高の最高!!

前田さん、まじ、ニューヨーク来ないのかな。
ブラジルに、マリにナイジェリアに、そしてキューバに、
男一匹ドラム馬鹿として、世界喧嘩武者修行。

いやあ、この人、本物だよ、まじで、この前田遊野こそが、本物。

なんか、アフガンのムジャヒディーンたちがついに露助を追い出した時、
あるいは、サパティスタがついにメキシコ政府を土下座させた時、
まじめのまじめに、参りました、と思ったけどさ。

そう、今回の仮バンド、そう言った意味でも、
いやはや、参りました、まじで、本気で、参りまくりました。

人間、好きなことを演り続けること、
流行り廃りとか、売れ線とか、銭とかスポンサーとか、
そういうことよりもまずは、信じたことを演り続けること。
それこそが、本物の力、なんだよね。

音楽って凄いな、まじで、本当にそう思う。

前田さん、まじで、拍手、まじで涙出た、まじで、感動した。

いやあ、正直、その後のトリ、大村さんバンド、
青神様のその水も漏らさぬようなプレーが、
しかし、いや、御免、ただ、今回だけは、言ってしまう。

俺は前田さんのドラムの方が好きだ。
なによりそこには、主張がある、こだわりがある、信念がある。
つまりは、なんというか、
バンドマンのバンドマン、その正直さ、というか、
つまりは、そう、本物。
ただただ、ひたすらに、本物に拘った、その結果だろ、と。

ベビーメタルにおける前田さんのツーバスの、
あのカミソリのような切れ味、あのスネアの突き抜け方、
あの両のシンバルを叩き落とすような、あの強烈な落とし込み。

あのスピード感、あのドライブ感、あの、大蛇ののたうつような骨太のビート。

あれが前田だ。あれこそが前田だ。

そしてこの仮バンド。
この馬鹿まるだしの正真正銘のジャズの真髄。
そこに見るこの情け容赦ないドラム馬鹿ぶり。

これ観たら、すべてのミュージシャンが、
思い切り肚の底から苦笑いしては、
この人を応援したい、心の底からそう思うと思う。

で、ちょっと思ったのが、青山さん、
くそ、やられたな、と思っていただろうな、と。

で、思った。

ベビーメタル、
すぅちゃんをボーカリストとしての、歌極道、とするなら、
前田さんはまさに、同じ意味で、
ドラム極道を極めようと心に決めたんじゃないのかな。

つまり?前田さんがベビーメタルに再降臨しないのは、
もしかして、前田さんのその頑固一徹な拘りが理由なの?

ただ、そう、ただ、と思う。

いつかすぅちゃんが、仮バンドにゲスト出演。
この超難解な怒涛のジャズのビートに乗せて、
流れるように浮かぶようにそして踊るように、
即興で、楽器としての歌声を響かせる、
そんな日が来ることを、待ち望むばかり。

という訳で、いやあ、バンド馬鹿のバンド馬鹿による、
バンド馬鹿のためだけの、浪花節的バンド談義、
長々とすみません。

ただ、いやあ、これ、まじで驚いた。
強烈過ぎましたってか、つまりはそういうことだったんですか?
それを俺に気づかせる為に、ということだったんでしょうか。

YOLO : YOU ONLY LIVE ONCE 人生は一度きり。

好きなことを好きなだけ演り続けるだけでもかつかつ。
くだらねえ愚痴言ってる時間なんて、これっぽっちも無い筈なのにね。

いやあ、この仮バンドの姿、
改めて、ちょっと本気で目が覚めました。

残された人生、その最初の一日に向けて、
果たして、俺はなにをするために生まれてきたのか、
改めて考える勇気が湧きました。

一生のすべてが、徒労に始まり徒労に終わる人生もある。
ただ、だからと言って、その人生に価値がなかった、なんて、
誰にも言えるものじゃあない。

でありながら、改めて、損を損と承知の上で、
我が我である、それを貫き通そうとするもの、
つまりは、本物、つまりは、本物の馬鹿、
そんな人間に、やはり心から憧れてしまうのは、
昔も今も変わったことではなく。

バランスだ?しゃらくせえ。
やるだけやる、それ以外にねえだろう、と。

改めて、前田という馬鹿。BOHという馬鹿。大神という馬鹿が揃って、
そんな馬鹿どもに対して、馬鹿が馬鹿として馬鹿を貫くこと、
その尊さを教えた、藤岡幹大の大バンド馬鹿野郎に、
心からの、愛と尊敬と込めて、LOVE FOREVERと伝えたい。

ばかやろう、たった一度の人生だ、馬鹿、貫き通してやろうじゃねえか、
藤岡さんの生き様が、そんな馬鹿どもに、思い切りの勇気を与えた、
つまりはそういうことなんですね。

ご安心ください、馬鹿、貫きますよ。
例えこれから、なにをやるにしても。

藤岡さんの為にも、神バンドのためにも、
そして、なにより、ベビーメタルの為にも。
この馬鹿、この馬鹿だけは、
一生、棺桶に入るまで、貫き通してやろうと、決心を固めました。
改めて、この妙な辞世の句を、細やかなるお礼とさせて頂いて、
この支離滅裂なドラム談義、
これにてひとまず、脱肛、じゃなかった、脱稿とさせて頂きます。

重ね重ね、ありがとうございました。

今後共末永く宜しくお願いいたします。ぺこり。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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