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FAREWELL YELLOW BRICK ROAD ~ さらばロケットマン そしてアメリカの乾いた男たちへ

Posted by 高見鈴虫 on 09.2018 ニューヨーク徒然   0 comments
それはほんの数週間前、
つまりは世界がまだ翳りゆく夏の名残りを漂わせていた頃、
朝の出勤前の一番慌ただしい時間に、
ねえ、あなた、エルトン・ジョン好き?
と聞かれた。

エルトン・ジョン?
そう、エルトン・ジョン、好き?
エルトン・ジョンが好きか嫌いか?
そう。
エルトン・ジョンを好きか嫌いかと聞かれて
聞かれて?
即答できるやつを俺は知らない。
どういう意味?
つまり、好きでも嫌いでもない。
どっちなのよ。
だから
だから?
だから
どっちでもない?
どっちでもない。ぜんぜんない。
つまり、どっちでも良いってこと?
そう、どっちでも良い。
ああそうなんだ。
あのさ
なに?
俺、忙しいんだよね。
そう?
あと5分で、うんこしてシャワー入って髭剃って歯を磨かなくちゃいけないんだよね。
だから?
だから、正直言って、エルトン・ジョンどころじゃないんだよね。
ああそうなんだ。
そうなんだよ。
判った。
で?
なにが?
なんでエルトン・ジョンなんだよ。
忙しいんでしょ?
ああ忙しいよ、見ての通り。
だったらいいのよ。
良くないだろ?
だからいいんだってば。
だからなんなんだよ、そのエルトン・ジョンってのは。
だからもういいの。ごめん、忘れて。
良くないよ、そういう言い方。
じゃあどういう言い方すれば良いのよ。
絡むなよ。
絡んでるのはそっちじゃないのよ。
だからなんだよ、朝からいきなりエルトン・ジョンだなんて。
だからもういいって言ってるでしょ。
だから、言えよ、どうしたんだよエルトン・ジョンが。
だからどうでも良いんだって。ほっといて。
ほっといてって、なんだよそれは。
早くうんちしてお風呂入って髭そって歯を磨けば?
あのなあ、なんでおまえはいつもそうやって
ばか、もう口もききたくない。







という訳で、まあ、いつもの奴である。
なんだよ、エルトン・ジョンってのはよ。俺は、忙しいんだよ、と。

で、改めて、
で、なんなんだよ、エルトン・ジョンって、
と、アパートを出る時に、ふとそんなことを呟いても見たのであったが、
そう、ここはニューヨーク・シティである。
通りに出た途端、オン!と一発出会い頭に吠えられて、
おっと、レミー、どうした、元気だったか?久しぶりだなあ、と頭を撫でていれば、
ねえねえ、あなた聞いた?あの事件。
あの事件って?
ほら、あのリバーサイド・パークのハドソン川で人が浮いてたって、
ああ、なんか、ピアアイ・カフェの脇のテラスで、ガムテープに巻かれて女が二人浮いていたって。
そうそう、それよそれ。
情報提供者求む。懸賞金2500ドル、とか。
そう、それなのよ。あれ以来、誰も彼もが犬を急き立てては、ほら探せ、ほら探せって。
普段からバカ犬バカ犬って言いながらこういう時になっていきなり警察犬の真似ごとか。
罰当たりも良いものだわよねえ、まったく。
で?犯人見つかったの?
それが、ね、ちょっと長くなるんだけさ。
あ、だったら、それ、あとでメールで送っといてよ。
じゃなかったら、うちのかみさんにでも言っといてくれないか?
そうよね、はいはい、忙しいのよね、だったらそうね、奥さんに伝えておくわよ。
ああそうしてくれ、悪いが今日は朝からちょっと会議があって、と別れた途端、
おっと、ブッチ・パパじゃねえか、元気か?仕事は見つかったのか?
仕事見つかったのかっていつの話をしてるんだよ、ってまあ、この仕事もいつまで続くか判らねえけどさ。
まあ良い、朝からやることがあるってのは良いもんだ。
で?あんたは仕事見つかったのか?
ああ、俺はな、実はもっと良い方法を見つけたんだ。っていうのもな・・
あ、悪い、俺ちょっと、今日は朝から会議があってさ。
ああ、判った。悪い悪い、仕事見つかったんだよな、おめでとうな。
だったらその、もっと良い方法っての、あとでメールで送るか、じゃなかったら
奥さんだろ?
ああ、かみさんにでも言っておいてくれ。
判った、お前と話すよりはまあ奥さんの方が話が早い。
という訳で、ふと見ればすでにぎりぎりギッチョンチョンの8時15分を疾うに過ぎて。
いやあ、参ったな、月曜の朝から遅刻かよ、
で、そう言えば、と思った途端、おい、お前、ちょっとどこ見てだよ、と。
どこ見てるって、てめえこそどこに目をつけてんだよ、
この糞野郎が、と言った途端に、おっと信号が変わりそう、
と思った矢先にいきなり行く手を遮るタクシー、
バカタレ、停車ラインはそこで、と思った途端、
いきなり突っ込んでくる自転車野郎とあわやのニヤミス。
馬鹿たれ、どこ見てるんだコラ、と言う間もないうちに、
次から次へと、
ちょっとすみません、おいそこどけ、ねえちょっとどこ見てるのよ、あたしにぶつからないでしよ。
あのなあ、だからスマフォ見ながら歩いてるあんたらが・・・
そう、つまりは朝のニューヨーク・シティ。
誰もかれも、なにもかも、なにからなにまでが知ったことじゃない、のである。

で?で、えっとえっと、なんだっけ?
と、思った瞬間、やば、せっかく作ってもらった弁当、冷蔵庫の脇のテーブルに忘れてきたぞ、
と気づいた時には既に、
ハドソン川の土左衛門娘も、もっと良い儲け話も、
ましてや、朝からまたあの不愉快な会話の発端となった・・
えっとえっと、なんだったっけ?
そう、全ては既に、過去の話、なのであった。







という訳で、相も変わらぬニューヨーク・シティ。
ついこの間、USオープンが終わった、と思った矢先、
やれ国連総会だ、日本の台風だ、
殺人事件だ、拳銃乱射だ、株が上がった下がった、
そして次から次へと繰り出されるトランプの暴言ラッシュの狭間、
で、いつの間にか襲ってきたハローウィン・パーティの嵐が過ぎた、
その途端にニューヨーク・シティ・マラソンで街中が滅茶苦茶。
で、俺的にはその間に、大仕事小仕事糞仕事の山山山。
バーベキュー大会から、友人のギグから、犬の誕生パーティから、
そしてなにより、ベビーメタルのダークサイド・ツアー、
なんてものまで挟まって、
次から次へと目の回るように、あれやこれや、とやって来ては去っていく、
それはまるで猛スピードで回る回転寿司の様。

というわけで、えっとえっと、なんだったけかな?
そんなものが重なるだけ重なっては
ふとするうちに一日が一週間が一ヶ月が、
そして夏が秋があっという間に過ぎ去り、
そしていつしか枯れ葉舞い散る晩秋の夜更け、
いやあ、全く今日も今日とて大変な目にあったぜ、
とくたびれ果てて扉を開いた途端、
やあやあ、お帰りお帰りと飛び出して来る犬の背後から、
んんん?なんだなんだこれ、この気色悪い音楽・・

ただこれ、この声、この旋律、このメロディ、
確かに、どこかで、聴いたような、聴いたことがあるような。
そう、これ、確かに、聴き覚えがある。
確かに記憶にはあるのだが、
それがいったい誰の曲なのか、いつ頃の曲なのか、
さっぱり、まったく、見当がつかない。

嘗てイントロあてクイズにおいて無敗の王者を誇ったこの俺でさえ、
まだまだ知らない曲がこの世にあったとは驚きだ。
だったらそうと、内ポケットから取り出す現代の神器。
眼の前に翳したIPHONE向けて、
出てこいシャザーム、はいはいさぁ、と出て来るはずが・・
おいおい、このIPHONE6
いまや7だ8だXSだMAXだという時代にあっては既にすっかり骨董品。
アプリの立ち上がりがいちいち遅い遅い日に日に増々遅くなるばかり。
で、思わず待ちきれずに、
おい、なんだよこの、気色の悪い音楽は、
と迂闊な声をかけてしまったが早いか、
ほっといてよ、いいでしょ、なんでも。
私はね、忙しいのよ、と。
忙しい?忙しいのは良いんだけど、
で、なんだよ、この気色の悪い・・
だから、だからほっといて、って言ってるの。
なんてったって40曲よ、40曲も覚えなくっちゃいけないんだから。
40曲を、覚える?お前まさか、サポバンの仕事でも初めたのか?
行くのよ、エルトン・ジョンに。さよならライブなんだって。
エルトン・ジョンに、おまえが?
ほら、この前に紹介した不動産屋のジョナサン君、
前に彼から連絡があって、会社からチケットが回って来たんだけどって。
ご主人も行くなら二枚どうぞって言われたんだけどさ。
だから聞いたでしょ?エルトン・ジョン好きかって。
エルトン・ジョンが好きかと言われて、好きだ嫌いだ即答できる奴を・・
だから、そう、そうなんでしょ?だったらいいじゃない。
お前は好きなのか?エルトン・ジョン。
知らないわよ。だからこうして勉強してるんじゃないの。
いつ?
今週の金曜日だったの、さっきジョナサンから電話があって、すっかり忘れてて。

と、ふとそんな時、聴こえて来た曲。
これ、ロケットマン・・ 





ロケットマンかあ、懐かしいなあ・・
好きじゃないんでしょ?エルトン・ジョン。
好きではないが、この曲は良く聴いたよな。
ロケット・マン?
そう、良く聴いてた。ってか、そう言えば出張の度に、これを歌ってたな。
出張?
そう、前によく出張に出てたろ?年柄年中。
あの頃は一年の半分以上、出張だったものね。
でさ、飛行機に乗る時、こっちのやつてみんなこれ歌ってんだよな。
ロケットマンを?
そう、フライトがディレイして足止め食らうだろ?
で、ゲートのところでみんな憮然呆然としながら搭乗案内を待ってたりするとさ、
誰かが必ずこの曲歌いだしてさ。
へえ。
で、俺も歌詞覚えちゃってさ。
前にUP IN THE AIRって映画あったろ?
ジョージ・クルーニーの。
そう、リストラ屋の話。
あれ、あの映画、あなた妙に気に入ってたよね。
ああ、あれさ、極悪非道の首斬り屋、
全米津々浦々を周りながら、
ニヤけた顔して、今週限りであなたは解雇されます。
ただ、悲観するには及びません。
要はポジティブ・シンキング、
残されたオプションから最善の方法を選びましょう。
そうやって、ある事ない事嘘ばかり並べて、
善良な市民の細やかな幸せを、
せせら嗤いながら靴の底で踏みにじり、
そうやって資本主義社会の根底を腐らせていく、
血も涙もないブラック企業の提灯持ちの、
なんて感じで取られてたけど、
でもさ、あれ、俺的にはちょっと違うんだよ。
つまりはそんなしょうもない仕事、
って言ったら、仕事なんて得てしてみんなしょうも無いものなんだけどさ、
でそんな不毛な仕事を続ける現代企業戦士たちの根本的な孤独、
あの映画のテーマはつまりはそこにあったんだよ。







ヒューゴ・ボスのダークスーツに
とってつけたようなハリウッド・スマイル。
見るからに鮮やかにスマートに、
つまりは思いっきり投げやりに、
仕事から仕事へと肩越しに放り投げては、
疾風のようにずらかって。
車を降りたとたんにポーンと空に舞い上がって。
そうやって空港と飛行機とレンタカー、
見ず知らずの職場とホテルのバーとひとりの部屋。
毎日毎日その繰り返し。
そしてひと仕事が終わって、つかの間の達成感を風に飛ばしては、
そして再び、空の上。

そんな人生を生きているアメリカの出張族たち。

その思い切りドライで、思い切りクールで、
思い切り気楽で、思い切り投げやりで、
そんな現代アメリカのビジネス最前線の仕事人間たちのさ・・

そうよね、そう言えばあんた、
ああまた出張だ出張だって口では文句ばかり言いながら、
なんだかんだ言って楽しそうだったよね、実は。






まあね、出張出張が続けば続くほど、確かに心底うんざりはしてたんだけどさ。
でも、いざ出てしまうとまあ嫌なことばかり、という訳でもなくてさ。
一流ホテルとは言わないまでもそれなりのホテルに泊まってさ、
ディナーは毎日ステーキで。
レンタカーはムスタングで思い切りフリーウエイぶっ飛ばして。
たまにアップグレードしてファーストクラスでシャンパン飲んでさ。
それも全部経費だしね。
そう、出張している間、わりと気分だけはリッチなんだよ。
なんだけどさ、なんだけど、乾くんだよな。
なんか、服から肌から髪から、カサカサに乾ききってさ。
どんどん身体が軽くなる分、気持ちもすっかりと乾ききって。
なんかね、もう地上に棲む人々の、
喜怒哀楽やら侘び寂びやらささやかななんちゃらやら、
そんな情緒的な感情的な、
ジトジトどろどろぐちゃぐちゃした人間臭さが、
思い切りどうでも良くなって来てさ。
あんたらそんなメロンの皺みたいなところに一生しがみついて、
なにが楽しいやら知らないがまあせいぜい宜しくやってなよ、
なんて感じでさ。

で、ふと気づけば空港の搭乗口。
雷雨にぶつかって遅延となったフライトの案内を待ちながら、
暗い滑走路に滲む航空灯と、
ガラスに打ち付ける雨と遠い空に光る雷雲を呑気な顔して眺めながら。
旅慣れない奴らが妙に追い詰められた顔で右往左往をしている、そんな姿を横目に、
素知らぬ顔でのほほんとシートに身体を伸ばしては、
妙にお気楽な風情で天井を眺めている、
そんな海千山千のビジネス戦士たち。

そんな風にしてUP IN THE AIRして暮らす奴らが、
とぼけた顔していつ飛ぶとも知れぬフライトを待ちながら、
ふとさ、誰かが歌い始めるんだよ、鼻歌でさ。このロケットマン。







改めてさ、エルトン・ジョンって、いい曲ばっかりだよね。
ああ、優しいんだよな。
ただエルトン・ジョンだしさ。
そもそもがロックンロール、基本的に明るいんだよ。
メソメソしてないんだよな。
で、そう、だから、俺達も明るく歌うんだよ、思い切り冗談ぽくしてさ。
イェーイ、地球が恋しい、妻が恋しいぜって。
こんなことやってたらそのうちある日いきなりプッツンと燃え尽きるんだろうが、
でもまあ、たぶんずっとずっと先のことだろ、ってさ。

ロケットマンかあ。
そうよね、あなた、ほんと、出張ばっかり行ってたよね。
そう、今だから言えるけど、わりと好きだったんだよ、出張。
出張って言っても、基本的に旅だしな。
仕事だから旅行ではないんだけど、
それが旅である以上はまあ色々あるわけでさ。
そして、ロケットマン歌いながら全米津々浦々。
って言ってもアメリカだからな。
どこへ行っても同じような風景で同じような奴らで、
街も空港も飛行機もレンタカーも、食うものもホテルの部屋も、
目に入るものはみんなみんなアメリカン・スタンダード。
そのうち自分がどこの街にいて、
これからどこに向かってるのかさえもさっぱり判らない、
ってかそれすらもどうでも良くなって来てさ。

自意識がどんどん希薄になってくって、
そんなこと言っても判んねえだろうけど。

またひとりになって悪いことばっかりやってるのかと思ったけど。

基本的に凄く気楽で、でも凄く投げやりなんだよ。
そう、アメリカってさ、そういう国でさ、
で、そんなアメリカ中をずっとずっと飛び回ってるロケットマン。
いやあ、アメリカだよな、とか思ってたけどさ。

で、そんなアメリカにさ、どういう訳だかエルトン・ジョン
この人、根っからのイギリス人の筈なのに、
妙に会うんだよな、アメリカの田舎の、あの風景にさ。









と言う訳でロケットマンだった。
妻にも同僚たちにも、そんなことは一言だって漏らさなかったが、
俺は出張に行く度に朝までトップレスバーをはしごして過ごして、
踊り子にチップを渡しては、ガンズだモートリー・クルーだ、
メタリカだメガデスだSTPだオジーだジューダスだとやりながら、
そして朝になって身体中にまだ安い香水の匂いを残したまま
素知らぬ顔で客先を周り、そそくさと仕事を終わらせては、
ホテルの最上階の一番見晴らしの良い部屋、
なんてところで、使わない方のベッドの上にカバンとネクタイを放り投げては、
テレビのスイッチを入れる間もなく、
さあ、飯にでも出るか、と決まったようにステーキを食い、
帰り道をわざと道を間違えては、
自棄っぱちにフリーウエイをぶっ飛ばして過ごして。

そしてひと仕事が終わり、
スーツケースに仕事の資料から着替えからを叩き込んでは空港に向かい、
数日間を慣れ親しんだ車を返してはチェックインを済ませ、
そしてあのこれ以上無い殺風景な搭乗口。

生あくびをしながら昨夜一緒に騒いだ女に、
ありがと、また会おうね、と、心にもないメールをちゃちゃっと送った後、
搭乗の案内に煽られては殺気立って押し合いへし合いする奴らに肩をすくめては、
スチュワーデスのおねえさんから意味ありげなウインクなんて送られて、
そしてふと気がつけば空の上。

次の街に着いたらまたレンターカーをピックしてホテルに向かってチェックインして、
飯でも食うか、と部屋を出てからは、そして朝まで車をぶっ飛ばしながら、
そして目の前に広がるこれ以上なく殺伐としたフリーウエイの風景。

そしてまたひと仕事が終わり、
ちょっとしたお祝いにホテルのバーでバーテンを相手に乾杯をし、
じゃな、お休み、と言ったところでそのまま部屋に帰る気にはどうしてもなれず、
そしてふらりと夜の更けたロビーを横切っては、
指の先にひっかけた車のキーをくるくるとやりながら、
ドアボーイの兄ちゃんとトップレスバーの踊り子たちの品定め、
なんて話をしてはゲラゲラと笑い。

そして再び乗り込んだ車というコックピット。
茫漠と広がる暗い駐車場と、そしてフリーウエイを流れる赤いテールランプ。

そして今日も一人だった。ずっとずっと一人だった。
一人で飯を食い、一人で車を走らせ、一人で酒を飲み、そして一人で眠り、
そして明日はどこへ向うのか。
街から街へのUP IN THE AIR。

俺はそんな暮らしを、いったいどれだけ繰り返して来たのだろう。








そしてロケットマンであった。
観光客の寄り付かないバード・シット・リトルタウン、
地図の上に落ちた鳥の糞にも足りない名も知られない町々、
そんな地方の産業都市へと向うフライトの搭乗口。
その仮面のようなハリウッド・スマイルもよくよく見てみれば、
朝に剃った髭が伸び始めては、シワシワになったワイシャツと、
ヒューゴ・ボスとは名ばかりの着たきりスズメのよじれたネクタイ、
そんな中年男たちが空虚な笑いを浮かべては、
互いのくたびれた顔を見合わせながら、

で、あんたはどこから。
ニューヨーク、だったかな。
で、次はどこへ?
カンサスシティからダラス。ヒューストンから、アトランタ、で、その後、どこだったっけかな。
俺は生まれはシアトルで育ったのはオクラホマ・シティ。
大学はアイオワでいまの勤め先はシリコンバレー。
これからシカゴからデトロイトからクリーブランドからピッツバーグとコンベンションを回って。
いったいどのくらいそんな旅を続けてるんだ?
さあな、忘れちまったよそんなこと。去年のサンクスギビングはナッシュビルに居た。
クリスマスはボストンで、ニューイヤーはラスベガスだった。
街中のトップレス嬢を集めてパーティをやるはずが、
カジノで大負けしては、街道沿いのモーテルでビールを啜ってた。
で、この先、いつまでそんな暮らしを続けるんだ?
さあな、そんなこと、誰にも判らないさ。

そしてふと黙り込んだ空白の中に、
どこかで聞いたその旋律が流れてくる。

She packed my bags last night pre-flight
Zero hour nine AM
And I’m gonna be high as a kite by then


♫ 昨日の晩、妻が荷造りをしてくれた。
午前9時のフライト、
そして僕は、凧のように空高く舞い上がる ♫


I miss the earth so much, I miss my wife
It’s lonely out in space
On such a timeless flight


♫ 地球が恋しい、そして妻が恋しい、
宇宙にたったひとりの、永遠の旅・・・ ♫


なあ、と隣の中年男がぼそりとつぶやく。
あんた、結婚してるのか?
ああ、不幸にもね、と俺は誰にともなくウィンクをしては、
そうか、と男が呟く。
俺は、離婚、したんだ。
子供は?
との問いに奴は答えず、ふっと長い長い溜息をつく。
そして、深夜近くの搭乗ゲートに並んで座った男たちが、
密やかな鼻歌の声を合わせるのである。

Oh no no no, I’m a rocket man
Rocket man
Burning out his fuse up here alone


あぁ、僕はロケットマン
孤独の中でいつかヒューズが燃え尽きる・・

そう、男たちは孤独だった。
それはまさに根無し草のタンブル・ウィード、
つまりはここアメリカの乾ききった大陸を、
日々凧のように風船のように大空を飛び回る
そんな男たちが、唯一、心の底から望んでいたことと言えば、
妻に会いたい、そのことだけであった筈なのだだ。

I MISS THE EARTH 地球が恋しい、
AND I MISS MY WIFE、そして妻に会いたい、

ビジネス戦士として全米津々浦々をUP IN THE AIRして暮らす男たち、
そのリッチで気楽な乾いた男たちが、
誰一人、決して口出すことはなかった言葉。

I MISS MY WIFE、妻に会いたい SO MUCH・・

搭乗案内のアナウンスにニューヨークと聞く度に、
そのまま仕事を放り投げてはあのフライトに乗って帰ってしまいたい、
何度そんな衝動を覚えたことか。
I MISS MY WIFE、妻に会いたい
ひと目、ひと目だけでも良いんだけどさ。

ただ、電話をかけても話すこともなく、
その途切れた会話にまた侘しさを募らせるばかり。
言葉なんかじゃない、
ただ、慣れしたしんだ肌にちょっと触れるだけ、
手を繋ぐだけでも、俺が望むのは、たったそれだけの事なのに・・

その身を引き絞るような切なさを、遣る瀬無さを、
不毛を殺伐を枯渇を喪失を、
しかし男たちは人知れず奥歯で噛み潰しては、
そのクールなニヒルな仮面、
いまや乾ききってはサメのようなまでの仏頂面をふと緩めては、
そして呟くように、ロケットマン、と口ずさむのである。

なあに、燃え尽きるのはまだまだ先の話さ・・

ポケットから取り出した、ホテルのミニバーからくすねてきたミニボトル。
あんたも飲むか?と差し出されたジム・ビーム。
ありがとうよ、と一気に口に含んでは、
だったらお返し、と俺もジャケットの内ポケットから取り出すゴードンのドライ・ジン。

そして男たちは再び流れ始めた搭乗案内のアナウンスを聞くともなく聞きながら、
さぁてと、と重たい身体を引きずるように、
あんたはあっち、俺はこっち、
じゃな、良い旅を、と右と左とに歩き初め。

そして、ふと気がつけばまたひとり
そしていつものUP IN THE AIR:空の上。

男たちは、決して口に出すことのないその想いのすべてを込めては、
NO NO NO I AM A ROCKETMAN
そしてカラ元気のすべてを絞り出すように、
I THINK ITS GONNA BE A LONG LONG TIME
なあに、くたばるのはまだまだずっと先の話さ、と、
掠れた声で口ずさむのであったとさ、と。








という訳で、ミスター・ロケットマン:エルトン・ジョンであった。
当年とって71歳、そのファイナル・ツアーであるらしい。

その半世紀にも渡るキャリアの中で、レコードの総売上が三億枚以上。
ビルボードのトップテンにランクインした曲だけでも40曲を下らない。
トップテンに40曲?今更ながらおいおいおい。
つまりは、その代表曲だけでもすべて演奏したとしたら、
そのライブの演奏時間はいったい何時間になると言うのだ。

と、そして犬を押し付けられては放ったらかされた金曜の夜。
改めて、妻がいまその目で見、その耳で聴いているであろうエルトン・ジョン、
そのベストヒットなるものを、聴くともなくYOUTUBEでたどりながら、
いやはや、そのベスト盤、30曲、50曲、100曲でも足りない、
まさにそう、これこの曲もエルトン・ジョンだったのか、
映画の主題歌から、アニメの挿入歌から、誰とのドュエットから、カバー曲から、
次から次へと飛び出す目から鱗のヒット曲、その終わり無きつづれ織り。







11時を過ぎても未だ帰らぬ老妻の帰宅を待つともなく待ちながら、
まさかあいつ、このエルトン・ジョンの恋の魔術に堕ちては、
あの歳こいてあの金髪青年の不動産エージェントなんかと、
ひと目も憚らず恥も外聞もなくしては、熟女パワー炸裂の恋のランデブー!?

いやいや、まさかまさか、とは思いながらも、
まあしかし、今更ながらこんな歳だしな、
そんなガス抜きも、言ってみれば若返りの秘薬。
時にはそんなことも、必要なのかもしれないな、
などと妙な諦念的な達観をきめながらも、

そう思えば思うほどに、このエルトン・ジョン、
聴けば聴くほどに妙な予感がみるみると膨らんでは、
思わず衝動的にも、
おい、いつになったら帰ってくるんだ、もう寝るぜ、
そんなメッセージを送ってしまおうか、ええい、構うことはねえ、
と思い切ったその時に、
おっ!とばかりに飛び起きた犬が脱兎のごとく玄関口に走っては、
いああ、凄かったよ、エルトン・ジョン、と息を弾ませる妻の声。

ええ、3時間?
71歳の老人アーティストが、三時間もステージに出ずっぱり?
おいおい、ベビーメタルなんて、たったの一時間だって言うのに。

もう凄いのよ、エルトン・ジョン。
演る曲演る曲、その全てがミリオンセラーのオンパレードでしょ?
観客の全員が全員、全部の曲を片っ端から声合わせて大合唱。
知ってる曲、全曲歌い終わるまで帰るわけにはいかない、みたいな。
いやあ、予習の甲斐があったよ。一応サビぐらいは一緒に歌えたからね。

そうなんだ、エルトン・ジョン、さすがというか、なんというか。







もうこれで見納め聴き納めだからね。
でもね、そう、エルトン・ジョンだしさ。
めそめそした雰囲気なんて全然なくてさ。
そう、さすがエルトン・ジョン、というか。

エルトン・ジョン、つまりは、最後の最後まで、ロケットマンであった、と。

という訳で、エルトン・ジョンであった。
FAREWELL YELLOW BRICK ROAD
不用意な一言が災いしては、遂にその勇姿を目にするチャンスを逃しはしたが、
エルトン・ジョン、
いまでも、そらで歌える

その名曲の数々が、いつしか大西洋を飛び越えては、
ここ全米のビジネス戦士たち、なんて人々の間に、
妙な勇気を与え続けたこのロケットマンが、
ついについに、地上への帰還を果たす、という訳なのか。

そしてあのUP IN THE AIRの途中ですれ違って来たタンブル・ウィードたちが、
世界のどこかで、このニュースを耳にしていることだろう。

そうか、ロケットマン、ついに地球にご帰還か・・

さらばエルトン・ジョン。
今更になっても、好きでも嫌いでもないこの思い切りどうでも良かった稀代のヒットメイカー、
ただ、この才人の作り出した名曲の数々が、
妙なところで妙な男たちに、今になっても歌い継がれているであろう、
その事実を知る俺にとっては、
エルトン・ジョン、やさしい歌をありがとうな、
くれぐれも、ご帰還の途端にヒューズが飛んだ、
そんなことにならないことを祈るばかりだ。

ああ、疲れた疲れた、と化粧も落とさぬうちにベッドに転がった老妻の背中に、
おい、どうでも良いけど歯ぐらい磨いたらどうだ?
と、しけた声をかけながら、
ふとさり気なくも伸ばした手を、思い切り邪険に払われて。

なにするのよ、やめてよ。
なんだよ、けち。

あの長い長い旅路の果てに、
そして帰り着いた先が、この光景なのか、と。

ああクソ、出張でもなんでも良い、
ロケットマン、あの乾いた投げやりの中に、
もう一度身をおいて見たい、そんな罰当たりなことを、
ふと思ったりもする秋の夜更け、でありもうした、と。









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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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