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転がる石のボブ・ディラン ~ 敢えて変り続けることこそが唯一生存の道

Posted by 高見鈴虫 on 16.2018 音楽ねた   0 comments
あ、そう言えば、と今更ながらの後出しジャンケンではあるが、
実はさ、こないだ、ボブ・ディランを観たんだよね。

実は近所の駅前のスーパーマーケット、
そのブロードウエイを挟んだ向こう側に、
ライブハウスというか小劇場があって、
ビーコン・シアターというのがその名前なのだが、
キャパで言うところの三千ぐらい、
普段から懐メロ的なクラッシックな大御所、
オールマン・ブラザーズやらスティーリー・ダンやら、
モータウン大全やら、ウッドストック・リバイバルやら、
まあそう、つまりはそんな感じの生きる化石たち。
妻が買い物をしている間、犬と待ちぼうけを食わされながら、
時間つぶしにその公演スケジュールなんてのを、
観るともなしに見ながら、
うへえ、こんな人達まだ生きてたんだね、と、
そんなところで驚かされることも多かったのだが。

とそんな中に、ちょっと前に、
かの、ノーベル賞を受賞しただなんだで、
妙な脚光を浴びることになった、
フォーク界・ロック界の大御所の中の大御所である、
ボブ・ディラン&HIS BAND
なんてひとの名前を見つけては、
ちょっと真面目に驚愕ぶっこいたり、したのではあった。

人混みの中から両手に買い物袋をぶら下げた妻を見つけては、
まるで戦地からの帰還兵を迎えるように大ハシャギの我が犬を尻目に、

なあ、知ってたか?そこでボブ・ディラン演るんだってさ。
ボブ・ディラン?この間、ノーベル賞もらった?
そうそう、そのノーベル賞のボブ・ディラン。
行きたいの?
行きたいのって言われても、ボブ・ディランだぜ。
観てみようよ、ボブ・ディラン。いかにももう先が長くなさそうだし、観れるうちに観ておくに越したことはないんじゃない?
そういう言い方ってのもなんだとは思うけど。
好きじゃないの?
ボブ・ディランが好きか嫌いかと言われて・・
ねえ、もうそうやってもったいぶるのやめてくれない?
わかった。好きだよ、ってか、ボブ・ディランが嫌いだと言い切れる人って、
この世にそれほど多くない、と思う。
つまりは?
つまりは、伝説というか大御所というか、
ぶっちゃけ、この人がすべてを初めた、というか、
そんなボブ・ディランに誘発されて音楽を初めた人たちを、
俺達が真似して音楽を初めた、と。
つまりはその、大いなる言い出しっぺ、というか。
ローリング・ストーンズよりも偉い人?
ローリング・ストーンズのお兄さんみたいな人。
へえ。そりゃ凄いお爺さんなんだね。さっすがノーベル賞っていうか。
ノーベル賞がどれほど偉いのかは知ったこっちゃないけどさ。

という訳で、ボブ・ディランであった。
このボブ・ディランを好きか嫌いかと言われて、
好きだ嫌いだ言えるほどに、
俺がボブ・ディランについて良く知っているというつもりもないのだがだが、

風に吹かれてやら、時代は変わるやら、
ミスター・タンブリンマンから、ライク・ア・ローリング・ストーンからと、
上げ始めるとキリがないほどのスタンダード・ナンバーの数々。

で、俺的には、
なによりに、HARD RAIN、
1976年のローリング・サンダー・レヴュー・ツアー、
その曰く付きのライブ・アルバム、
これのギターが、実はあのミック・ロンソン!なんてこともあって、
その粗雑な録音のスナッピーの全然きいてないパキパキのスネアの音、
それが妙に気に入っては、ある時期よく聴いていた記憶がある。






で、まあ、それになにより、
ボブ・ディランと来ればそれは勿論、THE BANDな訳で、
とその辺りを綴り始めるともうキリがなくなってしまうのだが、
そうだね、ボブ・ディラン、好きか嫌いか、どころか、
あの、ストーンズが、ジミ・ヘンドリックスが、
ニール・ヤングが、ジョン・レノンが、ルー・リードが、イギー・ポップが、
そしてあのガンズが、メタリカが、ニルヴァナが、
そんな伝説的大先生たちがこぞって、
最も影響を受けたアーティストの筆頭として持ち上げてきた、
このボブ・ディランという人。

そう、ボブ・ディランを好きだ嫌いだと言えるやつなど、
この世にいる訳もなく。

という訳で、ボブ・ディランであった。
まさに、フォークの、ロックの、そしてパンクの、
親玉の中の親玉、そんな神的なまでの存在、
つまりは、創造主、であったらしい、のではあるが・・

でまあ、そう、お歳だしさ。
ノーベル賞も取ったし、
そして、なにより家から5分、ご近所だしさ、
なんていう安易な理由から、
ベビーメタルのオーストラリア公演の直前の、
11月末のサンクスギビングの連休の狭間、
ちょっと買い物ついでにサンダルをつっかけてってなノリで、
出かけて見たわけだ。









でまあ、そう、ボブ・ディラン、な訳だ。
俺ごときが、良いの悪いの、言えるような存在ではないらしい。
ただ、言わせて貰えば今更ながらのボブ・ディラン、なのである。
そのあまりにも長いキャリア、その膨大なコレクション、
そのあまりある影響力を考えれば考える程に、
その焦点が、視点が、論点が、
なにもかもがその畏敬に負けては曖昧になって来てしまう。

先の、ボヘミアン・ラプソディ、ではないが、
そんなあまりにも影響の大きかった偉人たちを語るには、
俺の筆力はあまりにもか弱過ぎる。

という訳で、初心に帰り、
極々主観的個人的な印象論、
果たしてこのボブ・ディラン、その公演が、
面白かったか、どうだったか、と聞かれれば、
正直なところで、面白い面白くない、というよりはむしろ、
良く、判らなかった、というのが正直なところ。

まずなにより、ボブ・ディランのライブ、
その中心となり主題となるのはメッセージ、
つまりは、歌われる歌詞、そのものである。

その歌詞の聞き取りが、俺自身、かなり不安である、
というところに加え、
その観客達の殆どが、見るからに筋金入りのディラン・フリークスたち。

ウッドストック、どころか、フラワー・チルドレンどころか、
それはまさに、ビートニック世代。
つまりは、ウィリアム・バロウズから、ジャック・ケルアックから、アレン・ギンズバーグから、
そこまで時代を遡られると、それは最早すっかりと古典の域。
つまりはあまりにもその世代的なギャップが凄まじすぎて、
ともすればそれは、教科書に載ったシェークスピアやらモーツアルトやらと大差がない、
そんな感じにまで思えてしまうほどに、
その存在自体があまりにも遠い、遠い、遠すぎる、と。

と、そんな、今に生きる歴史の生き証人たち、その集い。
どこぞから発掘されたピーター・ポール・アンド・マリーの化石、
のような人々に囲まれては、ステージにたったボブ・ディラン。
当年取って77歳。
だがその姿は、あのトレードマークとなった鳥の巣頭にサングラス、
つまりはアイコンそのもの。
ただ、あの見慣れたステージ姿、
フォーク・ギターにハーモニカ、というスタイルとは違い、
そのステージ全般を通じて、ずっとずっとステージ右端のピアノの前。

で、そんなボブ・ディランが、ようやく立った!それだけで、
おお、立った、立った、立ち上がったぞ、と、
神の奇跡を見るように、場内から拍手喝采。

おいおい、立ち上がるだけでこれだけ拍手を稼げるってのも凄いものだな、
と控えめな皮肉など呟いてみたくもなったのだが。

という訳で、このボブ・ディランのステージ。
嘗てのあのTHE BAND、
その、ロビー・ロバートソンを彷彿とさせる、
長身イケメンのチャーリー・セクストン率いる彼のバンドに乗せて、
次から次へと、
その伝説的スタンダードのつづれ織り。
嬉し懐かしの生きる化石たちが、
場内全員で声を枯らして大合唱、
かというと・・・
実は全然、まったく、そんなことはなく・・・

あの独特なしゃがれ声ばかりが朗々と響き渡る中、
なによりそのアレンジが、その歌い振りが、
そしてそのお馴染みである筈の決まり文句さえも、
その専売特許のトレードマークのすべてが、
徹底的なばかりに改竄され、弄り回され、組み替えられ、
つまりはその元歌が、いったいどの曲だったのか、
なにが、なんだか、さつぱり、判らない。

え?なに、この曲、いったい、さっきから、
この人は、誰の、何という曲を、演奏しているのか?

という訳で、
嘗てあれだけ耳に馴染んでいた筈のスタンダード・ナンバー、
フォークを、ロックを、あるいは音楽そのものを、
ちょっとでも齧った覚えがあるならば誰でも知っている筈の、
そのあまりにも有名な定番曲。

風に吹かれてやら、時代は変わるやら、
ライク・ア・ローリング・ストーンからが、
いつまで経っても始まらない、のだったらいざしらず、

え?なに、いまの?今の曲が、あの曲、だったの?

この、大いなる肩透かし。

ボブ・ディランのレパートリーの中で唯一知っているあの一節、

ノー・ダイレクション・ホーム、
ライク・ア・ローリング・ストーン!

あれだけでも、一緒に歌うことができれば本望、
生涯の最後の最後に、それだけを楽しみにしては、
遠路はるばる霊柩車に乗って馳せ参じた、
そんな感じの無邪気なビートニックなヒッピー老人たちが、
このボブ・ディランのあまりのも変わりようの凄まじさを前に、
思わず、目を見開いて口をあんぐりを開けたまま、

はあ?これが、これが、あの、ボブ・ディランの名曲?
と、鳩が豆鉄砲を食らったように、呆気に取られるばかり。





そんなこんなで2時間近く、
アンコールが終わって、場内が明るくなってから、
え?まさか、いまの、いまの曲が、風に吹かれて、だったの?
だったら、オール・アロング・ザ・ウォッチタワーは?
ノック・オン・ザ・ヘヴンス・ドアは、DON'T THINK TWICEは?
えええ、まさか・・・
と、まったく、そんな感じ。

とまあ、そんな感じで、正直なところ、
近年のポール・マッカートニーではないが、
客席にマイクを差し出すばかりで、あとはすべて、
観客全員で大合唱カラオケ的な和気あいあいの歌声ステージ、
なんてものを期待していた人々にとっては、
そのあまりに絶望的なまでの肩透かし、
まさにこれ、まったく、もって、と苦笑いに次ぐ苦笑い。

つまりは?
つまりは、これこそが、ボブ・ディラン、と。
つまりは、そう、時代は変わる、
あるいは、ライク・ア・ローリング・ストーン、

ぶっちゃけ、変化に変化を続けること、こそが、ボブ・ディランなので、ありなむ、と。



という訳で、正直なところ、金返せ、ではないが、
まさに、最初から最後まで、
ただただ唖然呆然のままに終止した、このボブ・ディラン。
で、改めて、そこに来ていた嘗てのビートニックたちと、
肩を竦めながらの無駄話。

はいはい、つまりは、これが、ボブ・ディラン。
は?つまりは、観客の期待を裏切り続けることが、ボブ・ディラン?
確かに、それも、ボブ・ディラン。
観客と、声を合わせて謳わないことも?
そう、それも、ボブ・ディラン。
つまりは、変化し続けることこそが、ボブ・ディラン?
そう、それも、ボブ・ディラン。
そのすべてが、すべて、ボブ・ディラン、と。
さっぱり訳が判りまセブン。
そう、それこそが、ボブ・ディラン。
絶対に判らせないこと、こそが、ボブ・ディラン。
なんか変なの。
はい、それも、ボブ・ディラン。
バカバカしい。
それも、然り。
つまりは、そう、そのすべてが、ボブ・ディラン、なんだよ。

尚も納得のいかない風なかみさんに、
まるで、聞き分けのない孫娘を見るような優しい目をした、
その一見してアレン・ギンズバーグもどきの爺さん。

もし興味があるなら、
I AM NOT THERE という映画がある。

ボブ・ディランの映画?
いや、違う、いや、そう、いや、違う、いや、そう。
あれぞまさに、ボブ・ディランの映画。
つまりは?
つまりはそう、ボブ・ディランにあって、ボブ・ディランに非ず、
そんなボブ・ディランのエイリアス:仮面を追った、
ボブ・ディランの、ような人々の、ボブ・ディランの映画。
またまた訳が判らない。
まあそう、つまりは、なにもかもが、ボブ・ディラン、なんだよ。







という訳で、そんなボブ・ディランの禅問答的半生、その謎解き映画:アイム・ノット・ゼア。

ボブ・ディランの半生を、六人の俳優たちが、
ボブ・ディランとは違う別名で演じる、ボブ・ディランとう人、その偶像。

ぶっちゃけ、生きるライク・ア・ローリング・ストーン、
時代は変わる、とばかり、変化を、変身を、豹変を、繰り返してきた、
このボブ・ディランという多重人格的な半生の転々を、
それぞれの役者が、別々の時代の、別々の名前の、別のプロットで、
何の脈絡も無く演じ綴る、その、極印象的な逸話のモザイク、寄せ集め。

まあそう、これを、よくよく見て行けば、
そこに、ひとつのテーマ、その骨組みが判ってくるのであろうが、
正直なところ、そう、俺はそうやって、
ボブ・ディランという複雑怪奇な思考迷路の中に誘い込まれては、
最後の最後に至ったところが、
はあ?これっていったいなんすかね?
つまりは、あの、唖然呆然のライブ・ステージ、
あそこに至る、という、その解答を、
すでにこの身を以て体験してしまっている訳で。

という訳で、冒頭の
ボブ・ディランとはいったい、何者であるのか、
その答えは、ただの食えない爺さん?
いや、そう、その答えは、つまりは、これ、だろ、と。








数日後、犬の散歩から帰ったかみさんが、
ねえ、ボブ・ディランってさ、とんだ食わせものだったらしいわよ、
と、犬の足を拭きながら、そんな暴言をさりげなくも呟いた。

アイリーンに、ボブ・ディランに行ったのよってメールしたら、
さっきドッグランにいる時に電話が来てね。
おお、アイリーン婆さん、久しぶりだな、まだ生きていたのか。
ほら、昔、あの80歳の誕生パーティの時にさ、
ジョーン・バエズと一緒に写っていた写真があったじゃない?
ああ、そう、言えば、ジョーン・バエズとツアーを回ってたこともある、とかなんとか。
そう、それでね、ボブ・ディランのことも知ってるかと思って、
ちょっと、メールしてみたの。
そしたらね、スカンバック、だって。
スカンバック?ボブ・ディランが?
そう、彼はピンプのスカンバックよ、って。
相変わらず口の悪い婆さんだな。
→ 二十歳の頃 ~ 枯れ木も鶏ガラもシャンパンの泡に揺れ

ねえ、スーズ・ロトロって人、知ってる?
すず、と言えば、つまりは、すずめたること中元すず香か、高なんちゃら鈴虫か、と。
そのスーズ・ロトロって人、もう死んじゃったらしいんだけど、
ボブ・ディランの一番有名なジャケット写真に一緒に写っていた人なんだって。

ああ、と思わず。
そう、あの子、あの金髪のおねえさん、
あれこそが、あれこそが、あれこそが、
まさに、宿命のおんな!
今だから言える、俺達の、ロックへの目覚め。
つまりは、音楽をやっていれば、こんな夢のような金髪の美少女と、
腕を組んで歩ける、それこそが、世界のロック少年たち、
燦然と輝く希望の☆だった、それだけは、誰にとっても異存はないであろう。
そうか、あの人もスズって名前だったんだな。
俺はつくづくこのスズって名前と縁があるらしい・・





アイリーンの話ではね、
ボブ・ディランって、もともとすごく田舎の人で、
ニューヨークに着いた頃から、
その南部訛りが酷くて酷くて、
つまりは、まったくパッとしないただのかっぺのお兄さんだったんだって。

で、そんなボブ・ディランが、このスーズ・ロトロって人と出会って、
彼女から、すべてを学んだって。

あの金髪のねえちゃんからすべてを学んだ?

その当時、グリニッジ・ビレッジのアイドルだったスーズ・ロトロ、
その人脈をたどっては、
それこそ当時のニューヨークのセレブリティたち、
ビートニック的な考えも、前衛アバンギャルドも、
プロテスト・ソング的な思想も、
すべてがすべて、この金髪のガールフレンド、
スーズ・ロトロからのお導きの受け売り。
彼女の人脈を通じてかき集めた今どきの流行り、
その宣伝広告塔に過ぎなかったんだって。

で、その後、ジョーン・バエズに乗り換えて、
時代はいまやベトナム反戦が真っ盛り。
それにあざとく便乗しては、
で、ジョーンの歌を一緒に歌いながら
いつのまにかそれを、自分の持ち歌にして録音しちゃって、
やれ、反体制だ、戦争反対だ、とやっていたのが、
ふと、熱が冷めた途端に、
今度はファッション・モデルとくっついて。

ボブ・ディランとファッション・モデル?
そう、ボブ・ディランって、もともとそういう人なんだって。
女から女へ、それを乗り継いぐばかりのスケコマシ君。

まるでピカソだな。
そうそう、わたしもそう思ったの。
つまりは、知り合う女性をモチーフにしていたのかなって。

ただ、とは言っても、
あの、声質。あの歌い節。
あの、ボブ・ディランの声質だけは、なにがあっても不滅の無敵、だろ。

そう、つまりはピカソなのよ。
次々と乗り換える女性たち、
それをモチーフとして変身を続けながら、
そのカリスマ性と、歌という技術を使っては、
時代の先駆者、代弁者、つまりはその広告塔、
つまりは、ちょっと捻ったスター像を演じ続けた、と。

ボブ・ディラン自身が、エイリアス:仮面、だったんだな。
そう、私達はその仮面に騙されていただけなのよって。
アイリーンはね、イリュージョンって言ってた。
すべては、イリュージョン、なんだって。
まあ、いかにもアイリーンらしいご意見だが。
あのひと、ジョン・レノンのことも、
F**KIN BEAST:クソ野獣野郎、
って言ってたしな。
ピカソの原画に、こんなものただのラクガキって、
鼻からピーナッツ飛ばしてたものな。

表向きだけでは、歴史の教科書にかいてあることばかりでは、
判らないことって多いのよね。
まあそう、ロック史なんて、そもそもわたしの知ったことじゃないけどさ。




という訳で、そんな時代の生き証人たる、
ニューヨークの魔女たちからの歯に衣着せぬ真実の証言。
クソだ、スケコマシだ、と鼻で嗤われながらも、
だがしかし、改めてボブ・ディランである。

引っ掛けた女たちのエッセンスをまるで吸血鬼のように吸い取りながらも、
だがしかし、デビューからすでに半世紀、
50年間、という長きに渡って、
生き馬の目を抜く芸能界において、未だにその存在を、
まさに、いぶし銀のように輝かせながらいまだに一線の最前線、
そのステージに、かろうじてではあるが、立ち続ける、
この、フォーク界、そして、ロック界の、偉人、というよりは、
それはまさに、創造主。

その仮面の、幻影の、その本性が果たしてなんだったかは別として、
あの、鳥の巣頭に、痩せた身体をした、
見るからに頭の良さそうな顔をした反抗者。

ボブ・ディランの漂わせていたあの知性が、反骨が、鼻っ柱が、
あの生意気さが、繊細さが、渋さが、鋭さが、甘さが、
そしてあの、いかにも母性本能をくすぐる非力さが、
フォークの、そしてロックの、あるいは、パンクのアイコン。
あのボブ・ディランの姿、
そのスタイルこそが、世界中の跳ねっ返りの青二才たちに、
これ以上無い、勇気を与えたことは確かなのだ。

そして、ふと、思い出したイニシエの少年時代。

家出と放浪と補導を繰り返して居たあのトラブル・キッズ時代、
擦り切れたマジソンバッグを背中に担いでは、
夜更けの街をがむしゃらに疾走する時、
ふと胸のうちに、いつも、ボブ・ディランのあの無骨なメロディが流れてきた、
そのことを、ふと、思い出したのである。

ねえ、タンバリンのおっさん、
歌ってくれよ。
俺はまだ眠くないし、行く場所だってありゃしねえ。
ねえ、タンバリンのおっさん、歌ってくれよ、
また一緒にジャカジャカやらかそうじゃねえか。





家にも学校にも居場所が見つけられなかった、
そんな反抗的な青二才の糞ガキだった俺にとって、
すべてにおいて自暴自棄のド壺の底、
これ以上なく打ちひしがれては人生を擲つ、
その旅立ちにおいて、
そしてふと、このボブ・ディランの歌が流れ初めた途端、
それはまるで胸の中に風が吹き込んだような得も言えぬ清涼感、
不思議なほどの解放感を、覚えたものなのだ。

そしてチャリンコのハンドルを両手放しにしては、
両腕を大きく広げ、
馬鹿野郎、どうにでもなれ、
時代は変わるんだ、
一生、転がり続けてやる、
そんなことを、思ったりもしていたものなのだ。

そしてボブ・ディランは、
そうやって一生を、旅をして暮らしているのだな。

この、スケコマシの吟遊詩人。
ボブ・ディラン、77歳、

ノーベル賞なんていう、茶番的なおまけまで押し付けられてしまったが、
転がり続けるライク・ア・ローリング・ストーン、
その跳ねっ返りの青二才ぶり、その憎まれ口だけはいまだに健在。
一生、このままだぜ、このまま、ずっとずっと、死ぬまで、転がり続けてやる、
そんな啖呵を、聞かされたような気がする。

そう、それこそが、ボブ・ディラン、なのである。





という訳で、またまた激しい蛇足になるが、
例によっての、蛇足の蛇足の上塗りである。

何故に、ボブ・ディランが、
その他ほとんどのアーティストたちのように、
化石化し、歴史的遺物としては、
ロック史のホール・オブ・フェイムの博物館の中に、
封印されては陳列されるばかり、
なんてことになることもなく、
これまで、半世紀:50年以上に渡って、
現役の第一線の座を、保ち続けることができたのだろうか。

つまりは、変化し続けたから、なのではないだろうか、と。

ボブ・ディランのその変化と転身、変身というよりは豹変の数々。

そのたびに観客を煙に撒き、唖然呆然の肩透かし、
途端にブーイングを浴び、
石からビール瓶からを投げつけられ、
ユダ:裏切り者、と罵られながら、
それでも、変化を、そして、裏切りを、やめなかった、
その理由とはなんなのか?

化石として陳列されることもなく、
場内一斉のカラオケ合唱に落ち着くこともなく、
いまだに、アレンジにアレンジを重ねては、
唖然呆然とする観客達を前に、
自身の歌、その替え歌を、朗々と響かせ続ける、
この食えない爺い、この世界一の偏屈者。

つまりは、それこそが、ボブ・ディラン、
つまりは、変化し続けること、なのだ。

罵声を上げられても、物を投げられても、
裏切り者と蔑まれても、
変化をし続ける、つまりは、転がり続けることだけはやめなかった、
この稀代の頑固者。

つまりはそう、それこそが、この50年間に渡って、
いまだに、過去を語らず、人生を語らず、
転がり続けることをやめない、そのパワーの源なのだ。

観客の罵倒を恐れてはいけない。
観客に妥協してはいけない。
観客と馴れ合ってはいけない。


「ブーイングは素敵だ。逆に、やさしさが人を殺す場合がある」
 ~ボブ・ディラン

観客の愛に甘んじること、
それこそが、「死」の始まり、なのだ。

ボブ・ディランはそれを、良く知っていたのだ。

変化を続け、豹変を続け、転身し、偏心し、転向し、
人々のすべてを裏切り続けては罵声を浴びつづけながら、
しかし、転がり続けること。

そう、この50年間に渡る変わらぬ成功のその秘訣とは、
まさに、そこにある。

メイトの諸君、なにか、思い当たる節が、あるだろうか・笑

ライク・ア・ローリング・ストーン ~ 転がる石のごとく

そして俺は、だからこそ、
俺は愛するべきエイリアス、
そのイリュージョンのすべての変化を、転身を、豹変を、
その挑戦をのすべてを、勇気を持って、受け入れていくつもりだ。

信じよう、ベビーメタルを、コバメタルを、
そしてその、憎まれ口ばかりのメイトたち、
しかし変わらぬことのない、その深い愛を。

なにがあっても、ベビーメタルは、ベビーメタルだ。
それは、仮面であり、エイリアスであり、象徴であり、偶像であり、
そんなイリュージョンであるからこそ、
変化を、変身を、豹変を、続けていくことが必然なのだ。

そしてその行く先は、誰にも判らない。
そしてそのゴールは、本人でさえ、知らない、
あるいはそんなこと、知ったことではないかもしれない。

だからこそ、ただただ、転がり続けることだ。
走り続けることだ。越え続けることだ。
いまはまだ、人生を語らず。

それこそが、それだけが、最も大切なことなのだ。

それを忘れないで欲しい。

ボブ・ディラン、この偏屈者の頑固爺い、
またひとつ、学ばせて貰ったぜ。







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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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