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AMORE ~ 漆黒の聖夜にスターライトを探して

Posted by 高見鈴虫 on 22.2018 ニューヨーク徒然   0 comments
なんとも糞ったれなことに、またもやクリスマスである。

子供の頃、帰らぬ父を待ちながら、
母と姉の三人で、電気を消して元気をチャージ、
そして囲んだクリスマスケーキのキャンドルライト。

そしてティーエイジャー時代、
仲間とのクリスマス・パーティにあれほどまでに胸を踊らせた
ウィスキーコークのその時代。

そしてバブルの頃の東京であった。
なにもかもがキラキラと輝いて見えた、
今にも砕け散りそうなガラスの街。

そんな記憶が嘘のように、
今年のクリスマス、妙に間が抜けてると思わないか?

そう、クリスマスも三十も四十も繰り返していれば、
それはそのうち飽きも来るというもので。

であれば、そう言えば去年の今頃はなにをやっていたか、
と思い返すに、
ああ、ヒロシマか、と。

去年の今頃は、あのヒロシマの衝撃、
あのすぅめたるの歌声の中にどっぷりと浸されたまま、
そして満を持してぶちかまされたWOWOW巨大狐まつり。
まさに世界最高のクリスマス・プレゼント。
夜空いっぱいに開け放った窓から、
天に届けとばかりの大音響で
ベビーメタルを流し続けていたものだった。

あらためてあの頃、つまりは2017年、
いまだ熱狂に包まれていたそんな時代が、
いまとなっては、妙に懐かしくも、
遠く思えてならないのは、
たぶん俺だけじゃない筈だ。





と言う訳で、クリスマスであったか。
改めて言うまでもなく、今年のクリスマス、
この間の抜け方が、半端ではない。

確かにここニューヨーク。
金色のイルミネーションに光る街路樹から、
街角に並んだ大中小のクリスマスツリーの大セール。
そこから咽るように漂うモミの木の香りから、
大通りに抜ければ、はしゃいだ観光客たちが押すな押すなと犇めき合い、
鳴り響くクリスマス・ソングから、
宝石箱をひっくり返したような綺羅びやかなショウウィンドウから、
まるでバブル弾けるシャンパンタワーのように、
街中が沸き立つようなクリスマス、ではあるのだが・・

ここのところ毎年の恒例となった感のある年末年始の妻の里帰り。
つまりは今はなき義理の父の命日、ということなのだが、
今年はその、三回忌にあたるらしい。

三回忌?ってことは、あれからもう三年も経ったってことなのか?
と思わずタイムスリップしてはこの糞ブログ。
なんだやっぱりあれ2016年。
こんな罰当たりな駄文が残されていたのを見つけた。
→ 「葬式ルンバ」
さすがに大幅に創作的に脚色を加えながらも、
ふとするたびにあの断末魔の錐揉み状態がありありとフラッシュバックしては、
俺の中でこのクリスマスと言う時期、
すっかりとトラウマ化してしまったような、そんな気がしないでもない。

という訳で、世はすでに2018年も終わりに近く、
そして毎年恒例のように世も末のこの糞忙しい時期を狙い澄ませたように
いきなり犬の散歩を押し付けられては毎日朝の6時起き。
いまだ夜の底にある暗い部屋の中に、
突如として鳴り響くアラームからラジオからの大狂騒の中で、
ああ、もう10分、あと5分だけ寝かせてもらえるなら、
俺はいくらだって払う、払ってやるぞ、
1分1ドル、いや10ドル、いや50ドルだって払ってやるから、
頼むから頼むから、あともう少しだけでも、寝かせて欲しい・・
そんな死に物狂いの悶絶を繰り返しながら、
そしてまだ明けきらぬ薄闇の中をセントラルパークへと急ぎ、
8時を前にして、まだ帰りたくない!とむずがる犬を急き立てては、
家に着いた途端に足を洗って身体を拭いて朝食を与えて水を変えて、
その間にシャワーに入り歯を磨きスーツを着込んでは、
そして飛び乗る自転車の人。
会社に着いた途端、ダウンジャケットは愚か、
ゴーグルもヘルメットも外さないうちから、
いきなり苦情対応の鉄砲水に攫われて、
メールを追いかけ電話をかけまくりそして会議から会議へと飛び回るうちに、
コーヒーさえ飲まないままにランチはすでに疾うに過ぎて。
午後三時を回り、お願いしているドッグウォーカーさんから、
1時間歩きました。うんちおしっこ、ともに正常です、のメッセージに、
ようやく肩の荷がどどっとおりるようで。

そしていつのまにか窓一面に広がった摩天楼のイルミネーション。
サブモニターに広げられたカレンダー、その12月21日のデッドラインに向けて、
予定という予定が締め切りという締切りがギチギチに犇めき合っては、
ああ、もう、どうにでもなれ、と涙まじりのため息をついたその途端、
ヤバ、もう10時過ぎじゃねえか、犬が、俺の犬が、腹を減らせて待っている・・・

クリスマスまであと何日、
その終末の坂道を転げ落ちるような怒涛の中、
煌めきに溢れた街角の、
ロックフェラーのクリスマスツリーが五番街のショウウィンドウが、
鳴り響くクリスマスソングが救世軍の金の音が、
沸き立つ雑踏のざわめきがタクシーのクラクションが、
ともすれば忘年会がクリスマス・パーティが客先回りで繰り返す、
本年は誠にお世話になりました、来年も何卒よろしくお願いいたします、
そう繰り返す口先が、作り笑いが、膝にも届きそうなお辞儀のひとつひとつが、
そのすべてがすべてまったくもって嘘のように絵空事の別世界。

そして転がり出たマンハッタン・ミッドタウン。
この沸騰を繰り返すような終末感の中にあって、
犇めき会うはしゃいだ観光客たちを舌打ちまじりに突き飛ばしながら、
で?今日は何日?
で?クリスマスまで、あと何日、しかないの?
嘘だろ、勘弁してくれよ・・・

トイレに行く度に濃さを増していく小便に、
おお、これが世にいう血の小便という奴か、
と他人事のように笑いながら、
ふと座り込んだ便器の上でそのまま意識が飛んでははっと飛び起き。
あるいは犬の散歩の途中、ふと見上げれば見知らぬ木立の小径。
俺は、俺は、俺は、いったいこんなところで、なにをしているのだ?

そして迎えた金曜日の夜、
ついに訪れた恐怖のデッドラインをすでに過ぎては、
今日をもってクリスマス休暇の四連休。
9時を過ぎても誰一人として帰る素振りさえも見せないオフィス、
泥のように沼のように疲れ切った重い空気を振り切るように、
もう良い、もうたくさんだ、もう勘弁してくれ、
俺を、俺を、俺を、もう放っておいてくれ、
胸中で叫けびながら、なにもかもを放り出したまま、
じゃあみなさん、キリがないので帰ります。
今更ながらメリー・クリスマス。
その言葉がまるで悪い冗談のように、
一様に苦笑いを浮かべては肩越しに眠そうな目で黙礼を返す人々。

そして意識の無いままに彷徨い出たニューヨーク五番街。
それはまるで、暗い海からようやく水面に顔を出した、
まさにそんな感じであった。
華やいだ街の沸き立つような雑踏の狭間を、
まるで夢遊病者のように足をもつれさせては人波の間を漂いながら、
終わった、すべてが終わった、この地獄の日々。
くそったれ、この休暇、この四日間、
俺はもう、なにも、なにひとつとして、なにも、やらねえぞ。
予定という予定、TODOというTODOから解放されて、
思い切り、なにひとつとしてなにもない、そんな空白に、
心の底から浸りこんでやる、と、そう誓っていた、のである。



という訳で、ようやく辿り着いたこのクリスマス休暇。
ミッドタウンの喧騒を尻目に、ここアッパーウエストサイド、
観光客ともパーティフリークスたちとも無縁なこの簡素な住宅街。
ユダヤ人を中心とする裕福な住人たちは、
すでに世界津々浦々に向けて休暇旅行へと散っていき、
人影の失せた大通りには、そんな浮世のパーティ気分からは、
すっかりと取り残された孤独な老人たちと、
そして犬を置いてはバケーションに行くことのできない、
筋金入りのドッグラバーたち、ばかり。

午前中いっぱいをかけてセントラルパークを回り、
木枯らしの吹きすさむブランチのカフェで、
鼻水混じりのコーヒーを啜りながら犬たちにクロワッサンを与え、
午後の午睡から目覚めては夕暮れの川沿いの遊歩道。
途中で立ち寄った図書館で山のようなDVDを借り出し、
そしてソファの中で犬を枕にしては、
うたた寝を繰り返しながら次から次へと古い映画を見ては捨て。

ふと目覚めた犬が大きなあくびをしては鼻先をぺろりと舐めて、
なに?お腹が空いた?さっきご飯食べたばかりじゃないか。
なに?IPHONE?IPHONEばかり観ているなって?
で?その代わりに?胸を撫でてくれ? 顔を舐めさせてくれ?
はいはい、判った判った。
永遠とそんな会話をしながら、
このひとりぼっちのクリスマス、
静寂に沈んだ空白の底。
摩天楼の空谷の狭間、まるで隠れ家に潜んだ逃亡者のように、
息をひそめるようにして、やり過ごしていたのだが。

そして忘れた頃になって、ポンと場違いに軽快な着音が響く。

ねえ、とメッセージが始まる。
ねえ、奥さん居なくて寂しいわね。
お腹空いてない?ご飯でも食べに来ない?

ハロハロ、おひさ! 
明日のパーティ、来るでしょ?
なに持っていくつもり?

クリスマス・ギグ
開始が10時半になりました。
待ってまーす。
U ROCK!

メリクリです。
どうされてますか?
わたしは会社を辞めて、その後・・・

そして俺はIPHONEを床に放り投げ、
そして再び毛布を被る。

判った判った、頼むから俺を、放っておいてくれ。



そして訪れたこの沈黙の底。
世俗の喧騒その祝祭のすべてから取り残されては、
甘い孤独の底を息を潜めて揺蕩うばかり。

ねえ、と犬が振り返る。
ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、
ああ?なぬ?散歩?おいおい、また散歩行くの?やれやれ・・・

そんなこんなで、今日一日だけで、
犬の散歩に費やした時間、なんと、8時間。
一日、8時間、犬の散歩?
お陰で夕食の後、食べ終わった途端にソファのうえに長々と寝そべっては、
それからずっと、死んだように眠り続けている犬。

そんな犬の寝顔を眺めながら、
メイトよ、友よ、世界の人々よ、
信じられないことだろうが、
俺はこうして犬と一緒にいられる時間が、なにより幸せなのだ。
頼むから俺たちを、放っておいて欲しい。
この静寂に満ちた孤独の底、この甘い羊水の中から引き戻さないでくれ。

そしていま、改めて AMORE を聴く。

     愛の言葉、響け夜空に、
     宇宙までとどけてAMORE
     憂鬱な雨雲 破って・・
     24時間走り続ける、
     走り続ける運命。。。




あのよお、改めてこのあまりにも間の抜けたクリスマス。
その原因がなにかと言えば、
妻がいないシングル・ダディ、
過労だ寝不足だ嵩む仕事だ、
これだけ働かされてボーナスも雀の涙だ・・・
ただ、いや、その元凶は、実はそんなことじゃねえんだよ、

このクリスマス、この年末、この終末、
なによりも明日が、明日が、明日への希望が、見いだせない、
つまりはそういうこと、なんだよ。

漆黒の聖夜に輝くスターライト、
その仄かな灯りが、あまりにも遠すぎて、
その不安が焦燥の中で、
空虚感が、脱力感が、無力感ばかりが、
重く重く、のしかかってくるのである。

たった一言、あるいは、一文字だけ、



それだけで十分だ。

まだ君が俺達と共に居てくれること、
それを信じさせてくれる、確証が欲しいだけなのだ。

その一言だけで、世界中の潰れ尽くしたクリスマス、
その亡者たちが、一瞬のうちに泥炭の沼の底から蘇る筈なのだから。

という訳で、
遅ればせながら、心を込めて、
お誕生日おめでとう、そして、メリークリスマス。

AMORE すぅめたる
俺たちには君が必要だ。











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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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