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クリスマス前夜 犬の視点から見下ろす世界の頂点

Posted by 高見鈴虫 on 23.2018 今日の格言   0 comments
富豪宅で開かれたクリスマスパーティー
ロックフェラーのツリーを遥かに見下ろす
そこはまさにニューヨークの頂上。

黄金色の星を集めたシャンパングラス、
バカラに注がれた極上の赤ワイン。
テーブルの上には一口づつ食べても食べきれないであろう
世界各国からの銘品の数々。

そんな中、パーティーの喧騒に追い立てられるように、
部屋の隅に置かれたステインウェイのピアノの下に寄り添った犬たちの姿。

そんな犬たち、呆然として途方にくれた表情を見やっては、
おい、どうしたお前ら、元気ないな、と頭を撫でようと、
ピアノの下に潜り込んでみたその風景。

ピアノの下、犬の視点から世界を見上げたとき、
この虚栄と強欲に溢れた見栄張りの人たちが、
なんとも愚かしくも馬鹿馬鹿しく見えて来りもしたものだ。

なあ、見てみろよ、人間ってさぁ、
まったくもって、おかしな生き物だよなぁ。

ただこの極上のワインと、
そして美味しい料理を食いきれないぐらいに食べれる事は
それはそれで、素直に喜ばしきことだと言い切れる。

だがしかし、ごめんな、そのご馳走の全てが、
お前たち犬には食べれないものばかりなんだけどね。

しかしながら考えてみれば、
犬にとって毒であるものが、人間にとって毒でない筈がない。
つまりは、その塩っぱ過ぎる、辛すぎる、
甘すぎる、脂っこ過ぎる、美味しすぎる、
その美食のすべてが、
犬は愚か人間にとってさえ、体を蝕む毒に違いないのだ。

それがわかっていながら、見ろよこの人間たちの、この幸せそうな様。

人間の愚かしさもつまりは愛しさのひとつ。

誰も知らないピアノの下の、
犬の視点から見上げた、人間たちのその世界、
その愚かしさこそが、そのあさましさが、その馬鹿馬鹿しさこそが、
人間の愛おしさ、その全て、なのではないのか。

少なくとも、俺はこの犬の視点、
そう思って生きてやるぞ、
そんな気がした、このニューヨークの頂上。

そう言えば、
落語とは、人間の業の肯定である、
そう言ったのは確か、立川談志師匠、だったよな。

敢えて率先して、業に媚びる、そんなつもりは更々ないが、
少なくとも、許容、あるいは、面白がって生きるに越したことはない、

悪いが犬ども、俺はやっぱり人間だ。
さあ、死ぬまで飲んでやる、食い尽くしてやる、
毒を毒と知りながら、この幸せな刹那を、
せいぜい味わい尽くしてやる、そのつもりだ。

業を許容して生きよう、それこそが、人間の可愛げ、なのだ。

所詮は人間、たかが人間、だからこそ人間、なんだろ。

人生の達人からのそんな思いが、
ようやくわかった気がした、そんな夜だった。





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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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