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見つけちゃったの小さな幸せ ~ 今更ながらのテックノロジー談義

Posted by 高見鈴虫 on 30.2018 技術系   0 comments
世間はもう、いくつ寝ると、の正月も近く。
お陰様で溜まりに溜まった有給処理ってな名目で、
この年の瀬は飛び石ではあるものの、
それでもちょっとしたお休みなんてものを頂いている。
まあとは言ってもかみさんの里帰りしたシングル・ダディ暮らし、
休みだからと言ってどこに出かける訳でもなく、
つまりは朝に夕に思い切りたっぷりと、
犬の散歩をしてやれる、ぐらいなものでしかないのだが。

という訳で、正月かいね。
高校の途中で家を飛び出てからと言うもの、
世に言う正月らしい正月なんてものを
迎えた記憶もない、なんていう事情もあって、
3-2-1 ハッピーニューイヤーのカウントダウン、
その翌日にはすぐに仕事始めとなるここアメリカの正月も、
さしてなんのギャップがある訳でもなく。

正月だって?知ったことじゃねえよ、
などと、また意味もない憎まれ口を叩くまでもなく、
まあそう、理由はともあれ休日である。
朝にちょっとゆっくりと家を出て、
セントラルパークをぐるりと回って昼前に帰り、
夕方の散歩までの間を午睡半分に、
またまた性懲りもなく資格試験の勉強なんてものを続けては、
夕飯の後はまったりと図書館で借りた古い映画なんてものを観て、
時間を過ごしている。

このなんとも間の抜けた休日を、
果たして幸せ、といえるのかどうかは別としても、
人気の失せた冬の公園の遊歩道、
どこからともなく、サティのジムノペディが、
ジェリー・ゴールドスミスのチャイナタウンが、
サイモンとガーファンクルのスカボローフェアが、
ビル・エヴァンスのブルー・イン・グリーンが、

あるいは若き日に観た古い映画のこんな映像が、
唐突にもフラッシュバックを繰り返したりもするのだが。








という訳で、クリスマスを過ぎて正月へと向う、
この甘い終末感の中で、孤独の羊水の中を揺蕩いながら、
まあそう、何はともあれ、なんの予定もない連休じゃないか。
こんな時ぐらいちょっとした命の洗濯、
この偏屈者の糞パンク爺風情にあっても、
ちょっとした幸せぐらい見つけてみたって罰は当たるまい。

という訳で、柄にもなくもこのボッチ続きの終末の巷、
見つけちゃったの、小さな幸せ、
なんていうテーマでちょっとした糞話を綴ってみる気になった。







ちょっと前に綴った覚えがあるのだが、
虹色の死神の御降臨からこの方、
そんな超常現象じみた身体の異変が続く中、
この期に及んでは、
いきなり寝耳から潮吹き、なんていう、
天変地異的なまでの珍事に襲われることにもあいなった2018年。
→ 寝耳から水のベビーメタル ~ STARLIGHT:にじんだ星をかぞえて
まあその理由はと言えばぶっちゃけストレス。
さまざまな、さままざままな事情が重なるに重なっては、
すっかりと浮世のドサクサに嫌気が差して、
思わず購入したワイアレス・イヤフォン。
この耳栓代わりのバッドを日がな一日年がら年中、
両耳奥深くまで突っ込んではいないいないばあ。
いまにも鼓膜が張り裂ける大音響でベビーメタルを聴き続けていた、
その恩恵か将又報いなのか、
外耳中耳にこれでもかの炎症を起こしては、
遂には我が人生で唯一の生きがいであった、
音楽、というものからさえ引き離されるを余儀なくされる、
そんな事態に陥っていた絶体絶命の2018年下半期。

という訳で、健康上の事情とあらば止む終えない、
と勝手に理由をこじつけては、
先のサンクスギビング・ブラックフライデーセール、
ついについに、耳栓、と言うよりは、耳当て代わりのヘッドフォン、
その購入に踏み切るという大英断を下すに至った。



という訳で、
遂に遂に決断を余儀なくされたこの、ワイヤレス・ヘッドフォン。

いや、実はさ、俺はどうにもこうにも、
この、ヘッドフォンという奴が好きになれなくてさ。

なによりもあの仰々しさ。
あの見るからに重そうなその見た目から、
そしてなにより、あのヘッドフォンを耳当て代わりにした人々、
いかにもいかにもな音楽オタク、あるいは、見るからにゲーマー。
ぶっちゃけその自閉性。
時代がより軽量なよりコンパクトなディバイスを求めるこのご時世に、
なにが哀しくてあの大時代的なまでのスタイルを、
わざわざリバイバルさせる必要があるのか、と。

つまりは、僕に関わらないで、僕に話しかけないで、
僕を見ないで、お願いだから僕をそっとしておいて・・

そのいかにもいかにもな自閉スペクトラムな印象が、
どうしても好きになれなかった、のである。

意外なことに、あら、良いじゃない、と妻は言った。
だってほら、寒い日の耳当て代わりにもなるし、
一石二鳥じゃない?
少なくとも、その耳栓みたいなイヤフォンを、
四六時中耳の中に突っ込んでいるよりは、
なんぼか健康的な筈よ。

という訳で、最大の難関であった妻からの、
予想外の後押しに勇気づけられては、

であれば、ヘッドフォン、
いったいどんなものを購入するべきなのか、と。

という訳で、言わずとしれた、BOSEであった。

一時期から我が家の音響設備、
つまりはPC回りのスピーカーは、
すべてこのBOSE製が選ばれている。

実は正直なところ、
俺はこのBOSEの音が当初はあまり好きではなかった。
そのいかにもいかにもな低音重視が、
そのもやもやとした中音から、
その嫌らしくも押し付けがましい高音、
どんな音も、どんなジャンルの、どんな音楽も、
BOSEを通すとBOSEの音にしか聴こえない、
その神をも恐れぬ独善性。

ともすれば街のカフェやらレストランのBGM、
なんてのに使われていると、
どうにも耳に絡みついては気になって気に触って仕方がなかった。
下手をすれば、その店に足を踏み入れ、注文どころかテーブルに案内される前に、
天井にBOSEのスピーカーを見つけた途端、
あ、悪い、俺この店駄目だ、とそのままUターン、
なんてことを繰り返してたりもしたのだが、
ふとしたことで購入することになった
この憎きBOSE社のPC用の卓上スピーカー。
たかがPC用、と割り切って購入した中古品であったのだが、
正直、その音の堅実さ、そのバランス、その統合性が、
なんともこの半径2メートル的机上のPC空間に、
いやに、ばっちりとマッチしていて、
思わず、おっ!?
へえ、BOSEって、実はこんな音だったんだ、と、
ちょっとした、目からウロコ的な体験。

という訳で、この糞ブログに綴られたベビーメタル体験も、
実はこの、BOSEのPC用卓上スピーカーを通して拝聴されたものばかり。

まあPC内蔵のサウンドカードだ、
作成された音楽ファイルの圧縮度やら、と言い始めるとキリがないが、
少なくともYOUTUBEに上げられた海賊音源、
なんてのを漁る分においては、
この、押し付けがましくも独善的バランスを強要するBOSEの音が、
少なくともこのPC的デジタル的な簡易音響環境においては、
妙な具合に適応を見せる、なんていうことに気がついた訳だ。

という訳でこのワイアレス・ヘッドフォン、
これもできるなら、BOSE社の製品で、と考えていた訳で、
で、言わずと知れた、BOSE QUIET COMFORT 35 II、
いまや、ワイアレス・ヘッドフォンの看板的アイコン的製品。

いま話題のノイズキャンセリング機能はもちろんこと、
バッテリーの持続時間、携帯性、フィット感からと、言うことなしの最強機種。
でなによりこのQC35II、グーグル・アシスタント機能付き。
グーグル・アシスタント?
つまり、スマフォの代わりに、ヘッドフォンに話しかけては、
道案内から選曲からが可能になる、と、そういうこと?
つまりはこれ、究極の次世代型ヘッドフォン、ということなのか。

確かに、道端で、雑踏の最中で、交差点の真ん中で、
スマフォを覗き込んでは、もたもたしている百姓共、
うざったいにも程がある訳で、
あれが、ヘッドフォンを通じての音声認識機能と結びつけば、
ともすればこうして、タイプをカチャカチャと言わせる必要もなくなる訳で。

という訳で、肚は決まったぜ、BOSE QC35II、
ではるのだが、問題はと言えばなにより、そのお値段。
299ドル、三万円かあ。

たかがヘッドフォン、どうせどこかで落っことし、
あるいは、置き忘れて、あるいは盗まれて、
そんな運命にあるところのこんな携帯用ディバイスに、
三万もの大枚を払えるものであろうか。
くっそう、せめて、199ドル、とは言わなくても、
249ドルぐらいに、なってくれたりもしないものか・・
日々、AMAZONからEBAYからBESTBUYからの、
ブラックフライデー大セール、なんてページを追いながら、
このBOSE QC35II、さすがに一押しの看板製品、
ってだけあって、どこのページも一律に、
この299ドルの値段を下げてはこない。

であれば、と、探してみる型落ち製品、
25だ、15だ、で、なにが違うのか、と、
そのスペックシートと格闘しながら、
その機能が品質がデザインが使用感が、
まさにそのまま如実に価格へと反映される、
このあまりにも露骨な即物性。
改めて、アコギな時代になったものだぜ、とは思いながらも、
その機能の◯☓から品質の数値からと追えば追うほど、
欲しくもないものばかりについついと目が行っては踊らされる、
この現代物質文明の罠の中にすっかりと嵌まり込み。

で改めて、この次世代型最新式ヘッドフォン、
そのお値段の299ドルが、果たして高いか安いか、
あるいはそれが、本当に必要なのか、と。

とそんなこんなで、うじうじと悩むに悩むうちにすっかりとサンクスギビング、
その今がお買い得の大セールをやり過ごし、
まあそう、別に、ヘッドフォンなど無くたって、
あるいは、音楽なんて聴かなくたって、生きてはいけるしさ、
そんな侘しい言い訳を並べては、つくづく、
俺って、この歳になって、いまだに、この貧困感、
一生に渡って、この貧乏神との二人三脚から、
脱することはできないんだな、と。
この人生、つくづく、失敗だったな、と、虚ろな溜息を漏らすばかり。

とそんな時、ふと手元のIPHONE、
SAFARIに開いたままの消し忘れた履歴の中に、
34丁目のユダヤ系カメラ屋のサイトの中に、
ちょっと信じられないものが目に飛び込んで来た。

SONYのヘッドフォン、大放出・・・
SONY?SONYって、なんだよそれ・・

いままで、BOSE以外には考えていなかった、
いや、JBLでも、或いは、SHUREでも、
とは思っていたが、SONY?SONYのヘッドフォン?
まあ確かに、BOSEQC35とSONY-WH1000との
スペック比較表なんてのは斜め読みした覚えがあって、
で、レビューによれば、
近年のBOSEの飛ぶ鳥を落とす名声に比べ、
SONYの企業イメージのその凋落には甚だしいものがあり。
だがしかし、だからこそ、SONYの製品、
高品質でハイスペック、でありながら、
理不尽なまでに、過小評価をされ続けている、と。

高くても売れるBOSEと、
そしてどれだけ安くしても売れないSONY・・
であれば、このサンクスギビング、SONYこそが買いだ!

で、そんなSONY商品、
この不条理な過小評価の中にあって、
ふと見ればそのお値段、

型落ち版の、WH-CH700Nが、え? 89ドル・・・
これ、いくらなんでも、なにかの、間違いだろ?・・・

と言う訳で、物は試し、であった。あたって砕けろ、であった。

グーグル・アシスタンスなど付いていなくとも、
例えなにがあったとしても、ノイキャン付のワイヤレスのヘッドフォンが、
100ドル割れの89ドル。
しかも、SONYだろ?つまりはつい20年前までは世界の羨望の的。
技術大国日本のそのプライドの象徴であった筈の、我らがSONYではないか。

例えなにがあっても、SONYであれば大丈夫だ、
つまりは、姦国やら虫國製とは、その志そのもの、
つまりは、プライドの持ちようが、違うのだ・・

ただ、そんなことをいまだに思っているのって、
つまりは、バブル日本の忘れ形見、
つまりは、こんな死にぞこないのおさん、ぐらいなものなのだろうが・・

という訳で、それはまさに、衝動買い、にも近いかたちで、
BOSEがなんだ、グーグル・アシスタンスがなんだ、
そんなもの、俺はいらない。
俺はただ、良い音で、快適に、良い音楽が聴きたい、
ただそれだけの話なのだ。
であれば、この、WH-CH700N まさに、うってつけ!
えいやあとお、とばかりに打ち込んだクレジットカード。
毎度ありがとうございます、領収書はこれこれ、と届いたメールを確認し、
であれば、そういえばあいつ、
いまだに、IPHONE付属の白いイヤフォンをカバンの肩紐にからませては、
ヤフージャパンのニュースを眺める度に、
ったく、なにからなにまで不愉快な世の中になったものだぜ、
と舌打ちばかりを繰り返しているあいつ。

おい、SONYのワイヤレスヘッドフォンが、なんと89ドルになってるぜ!

そんなメッセージを送ってやったのだが、
翌日になって届いた返信には、? の文字がひとつだけ。
見れば俺の送ったサイト、すでにその料金はまるで夢から醒めたように、
199ドルの定価に、戻っていたのであつた。



という訳で、実はこの、ニューヨークのヨドバシカメラのようなところで衝動買いした、
SONY ワイヤレスヘッドフォン:WH-CH700N 
待てど暮らせど、どころか、買った当人がすっかりと忘れてしまったクリスマス前になっても、
一向にその荷物が届かない。

さては、と思わずほくそ笑む。
つまりはあれ、ただの間違い。
ブラックフライデーの大セール
通常の、199ドルから、189ドルの10ドル引きで大出血サービス、
とやるところを、何の間違いでか、1を抜かして89ドル、と出してしまった、
所詮はそんなところ、であろう、と。

だがしかし、俺は既に金を払っている。
オーダー番号もあれば、領収書のメールもアーカイブしている。
ただ、相手は言わずと知れたユダヤ人。
信用よりも約束よりも、
とりあえずはすべてにおいて小銭勘定が優先する、
そんなユダヤ商人のことである。
しらっとして、ああ、もう送ったよ、やら、
あるいは、あああれ間違いだった、が、金は返せん、やら、
そんなことぐらい、普通で言ってくるピラニア野郎である。
その不安を押し殺しながら、思わず送ったお問い合わせメール。
ああ、悪い悪い、ただ、現在在庫切れとなりまして、と。
なので、大変申し訳ないが、お急ぎのようであれば返金するから、と。

やっぱりなあ、この宇陀屋野郎、しゃあしゃあとよく言うぜ、と。

狙いすましせたように、いや、俺は、この製品が欲しい。
なんなら、お店に出向いてその製品があれば、
その場で持ち帰りたい、がいかにかに、と。

という訳で、あれから一ヶ月余り。
このクリスマスを前にして、ようやくようやく届いたその現代の神器。
SONY WH-CH700N ノイキャン付ワイアレス・ヘッドフォン
さっそくIPHONEにブルートゥース接続、
おおおおおお! 音、すっげええ良い!

そう、普段からのBOSEのあの硬質な音に比べ、
このSONYの音、
あるいは、イヤパッドのあの、鼓膜を直撃するような密着感と違い、
このヘッドフォン、そのなによりその空間性。

音が、柔らかい。
音が、広い。
音が、深い。
音が、まさに、息づいているようじゃないか。

であれば、と飛んで戻ったPCの前。

であれば、最重要事項、
このヘッドフォンで、ベビーメタルがどう聴こえるか!

で選んだのはもちろん、LONDON?武道館?ヒロシマ?
いやいや、旦那、俺を舐めてもらっちゃ困る。

ベビーメタルのデロで、ことその音響において頂点を極めているのは、
なにより、あの、ウェンブリーアリーナ、
あの、BOHのベースを体感しなくて、新しいディバイスに金を払う意味があるのか、と!

改めてこのウェンブリーアリーナ。

世界の頂点のその本陣に斬り込んだ女戦士。
この緊張感、この切迫感、この無我夢中感が、
そしてなにより、この三姫の溌剌感、
その元気いっぱいの可愛さが、その麗しさが、その可憐さが、半端ではない。

そして改めてこのベース、
この、BOHのベース、まるで、ヤマタノオロチがのたうつようなこのベースと、
脳髄そのものに電気ドリルを打ち込まれているようなこの青神のツーバス。

すげええ、ベビーメタル、このバンド、やっぱりすげえ!!

で、あれば、と思わず欲をかく。

であればもしかして、このPCモニターなんていうチャチな画面ではなく、
あのテレビ、その特大ディスプレイ。

そうだ、この青デロプレイヤー、これももしかして、SONY製ではなかったのか。
であれば、と思わず、これまで購入時から見たこともなかったその設定画面の
ブルートゥース接続ページ。

コネクト!とやったとたん、
いきなり、頭蓋骨そのものを弾き飛ばすような、
とてつもない大音量で流れ始めたベビーメタル。

おおおおお!と思わず、沈黙の部屋で大絶叫、
思わず、テレビの前でエアロビクス、ならぬユイ最愛ダンス、
思わず全身に汗をかくぐらいに、踊って踊って踊りまくった、
まさにこれ、生きるベビーメタル、
まさにこれ、等身大、というまでの、
まさにこの、臨場感が半端ではない。

そしてベビーメタルであった。
そして、ウェンブリーであった。
つまりは、ライブ、生きているのであった。

大画面に映し出されたすぅユイ最愛の三姫。
そしてその音響が、まさに、このウェンブリー・アリーナ、
その空間をまるまる包み込んでは、
天に響けと反響を繰り返すこの怒涛のベビーメタルサウンド。

これが、これが、これが、ベビーメタルだ!

思わず、凍りついたような沈黙の底から、
開け放った摩天楼の夜空に向けて、狂乱の絶叫を一発、

世界よ、聴け、これが、これこそが、ベビーメタルだ!

・・・?

あっそうか、この音、このヘッドフォン、
つまりは、俺の頭の中だけだったよな、と。



改めて、それを既に知っている方々にとっては、
なにを今更、なことなのであろうが、

改めて言わせて貰えば、幸せっってなんだっけなんだっけ、
幸せとは、ベビーメタル、
そして、それをつなぐ、ハイテク・デバイス。

改めてこの時代。

音楽が、文学が、映画が、
そのすべてが、虫国やらどこやらの、
ちーちーぱっぱなレベルに落とし込まれて石器化の一途。
メディアが政治屋の提灯持ちに成り下がり、
政治屋は1%の巨大資本の思うがまま。
まともに考えれば、面白いことなどひとっつもありゃしない、
その筈であるのだが、
そう、それが何故かと言えば、
つまりはこの世の中、そのすべての感心が資本が未来像が、
このテクノロジーという最強のおもちゃに集約されているからなんだよ。

それが証拠に見ろよ、ヤフじゃやらグーグル・ニュースやら、
麻日だ舞日だ黄泉売りだ参詣だ日計だ紐育タイムスだ、
なんていう前時代的世界を漂っている奴ら、
どいつもこいつもひとりのこらず基地外カルトか重度鬱病の亡者状態。
そういう俺は、実はもうニュースなんてものはまったく見ていない。
アヴェだ?寅ンプだ?そんもの知ったことじゃねえって。

この時代、世界が滅びたってゲームを演り続ける、
あるいは、例えこの世が終わろうと知ったことか、
俺にはベビーメタルがいる!ってのが、
資源として肥料として使役されるだけの奴隷たちにとって、
唯一残された選択肢、なんだよ。

テクノロジー以外のことに気を取られるな。
あるいは、テクノロジーに目を向けていない人間のことは、
いっさい、相手にするな。

未来を作るのは、アヴェや寅ンプ、
つまりは、情弱の白痴カルトをダシにして成り上がった、
前時代的パープーなどでは絶対にない。

世界はもっともっと、別なところで動いている。
それも物凄いスピードで疾走り続けている。

その激動の時代の中にあって、
世の不安の、不機嫌の、憂鬱の、無力感のその原因は、
ひとえに、そんなテクノロジーの躍動を知らず、
あるいはその波から取り残される、その疎外感なんだよ。

そしてこの先、暴走に暴走を続けるテクノロジー、
その結末として、いったいどんな世の中がやってくるのか。

またまたそんな前世紀的な苦悩に気をもむぐらいなら、
汝、業を愛せ。業を許容し、業を面白がることだ。
世界がどうなろうと知ったこと。
俺には、ベビーメタルがいる、それだけで、十分だろ、と。

一日幸せになりたければ酒を飲みなさい
三日幸せになりたければ結婚しなさい
七日幸せになりたければ豚を殺して食べなさい
一生幸せになりたければ釣りをおぼえなさい

ってのは虫國の有名な訓示だったと思うが、
この世界、目に映る物がすべて気に入らない、と思ったときには、
テクノロジー、つまりは、新しい玩具を買うことだ。

そうすれば少なくとも、その使い方を覚えるまでの3日ぐらいは、
割と幸せに暮らしていられる、というものじゃないか、と。

という訳で、このクリスマスに届いた89ドルの小箱。

無人の空谷と化した終末のマンハッタン、
沈黙に沈み込んだその小部屋に、
これでもかと大写しになったベビーメタル、
そして、頭にかぶったワイヤレス・ヘッドフォン、
その空間が、その臨場感が、世界を包括している。

そしていま、目の前に、ユイが、ユイが、ユイのその、夢のような笑顔が・・・

小さな幸せ、みぃつけた!



という訳で、
実はこの、テレビ用巨大ディスプレイと、
そして、このノイズ・キャンセラー付のワイヤレスヘッドフォン、
この新しいディバイスに思い切り調子こいては、

ウェンブリーから始まり、東京ドームから、
そして、数多の海賊動画を経由して、
辿り着いたのが、あの小箱連戦の五大狐祭りから、
そして、ユイ最後の姿となる、あの大阪城ホールでの巨大狐祭り。

改めて、この2016年、そして2017年という怒涛の時代を辿りながら、
ベビーメタルの、そしてなにより、ユイの身にいったいなにがあったのか、
そんなことをつらつらと考えていた。

でまあ、それは次回の、2018年の総括、なんてところで、
まったりと語らせて貰おうとは思っているのであるが、

まあそんな次第で、
この一人と一匹ぼっちの空白の終末、
なんだかんだ言って、楽しく暮らしている、
それだけは言っておく、と。



なんて感じで、ただのテクノロジー賛美、なんてところで終わってしまうのは、
なんとも俺らしくない。

そう、改めて言えば、この現代という時代。
その本当の可笑しみ、とは、
最新鋭のテクノロジーに一喜一憂する、のと同時に、
そこに確実に存在する、コスト・パフォーマンスという罠。

つまりは、壊れたレガシー・ディバイスにこれでもかと翻弄されながら、
そしてなにより、そのコストを安く抑えが為のカラクリ、
そこ隠された、大いなる罠、との葛藤の時代、なのでありなむ。

なにが言いたいかと言えば、
はい、私、このSONY製のヘッドフォン、
そこで改めて再会を果たしたユイちゃんの姿に涙ほろほろ、
なんてことではしゃぎ廻りながら、
そのテクノロジー全盛時代に隠された罠、

つまりは、ぶっちゃけ、それに調子こいて、
であれば、と思わず蛇足的に購入した夢のディバイス。

あの仮想現実であるところの、ヴァーチャル・リアリティ、
今後の映像世界を文字通り席巻する、と目されるこの新たなる神器。
この機会に、それをも体験せん、とばかりに、
思わず調子こいて購入した、
その名も、VR BOX-2 VIRTUAL REALITY GOGGLE。
IPHONEでの世界に、まさに360度どっぷりと浸り込める、
まさに21世紀どころか22世紀的なまでの、奇跡の大発明。

でありながら、これ、虫国製だろ?と。
そんなものが、まともに動く、はずがねえじゃねえか、と。

そう、それこそが、昭和の時代から綿々と、
経験則として培われてきた  の知恵。
DNBFC=DO NOT BUY FROM CHINA
つまりは虫國から物を買うな、虫國製に金を払うな、
それこそが、この時代のもうひとつの真理。

で、同種の、ダンボール製、
紙製のVR BOX
それこそが露骨に、予めのお断りとして、
これは、玩具に過ぎません、と誰がどう見ても、
昔なつかし学研の付録、ぐらいなもの、
そのGOOGLE認定の紙製VRBOXと、
そしてこの、虫国製の、VR BOX-2、
これは一応は、プラスティック製、とは歌ってはいるものの、
つまりは、虫國製、120% ろくなものである筈がない。

と言う訳で、定価12ドル、なんてところを、
粘りに粘ってついに半額の6ドル、
ぶっちゃけ、あの紙製のGOOGLE VRBOXと、
同じ値段までまけさせた訳なのだが。

で、その、海を越え山を越え国境を越えて辿り着いた、
この、見るからに虫国性のヴァーチャル・リアリティ用ゴーグル。

6ドルであったから良いようなものの、
あるいは、だからこそ、いきなり半額にまでまけてくれたんだろうが、
いやはや、まったく、とんでもない食わせものであった、と。

まずその装着方法、
今どき、IPHONEをカバーもなしに裸で持っている奴などいない筈、
でありながら、カバーをしていると装着できず、
つまりは、このVRBOXを使うためには、わざわざその度に、
IPHONEのカーバを取り外さねばならない。

で、ひとたびがっちゃんこ、と装着した途端、
当然のことながらIPHONEの操作そのものができず、
動画を変える為には、またまたIPHONEをがっちゃんこ、と取り外さねばならず。

で、このVRBOX2用の動画というのが、
果たしてまったくろくなものがなく、
つまりは、あまりにも安っぽすぎて、
仮想現実、どころか、ただたんに、
これぞまさに、幻灯機、
その中を覗き込んでいるようではないか、と。

という訳で、いきなり、未来の次世代の、
どころから、昭和を飛び越えて、大正ロマン、
或いは、明治から江戸へのタイムスリップ的なまでの、
なんとも浅知恵の集積。
ぶっちゃ、虫国人って、やっぱそれぐらいの時間に棲まう、
今に生きる原始人、以外のなにものでもないんだよな、と。
でありながら、そのGAPがあまりにも凄まじすぎて、
いったいどれだけ、自分たちがとっぱずれているのか、
その次元の加減さえもが、
さっぱり見当もついていないってところなんだよね、と。

とかなんとか、またまたこのう虫国人的な異次元的魔境に嵌まり込みながら、
であれば、と、思わずそれこそが虫国的発想。
その装着があまりにもめんどい、というのであれば、
このVR BOX用の専用のIPHONEをGETしてしまえばよいのではないのか?
という訳で、ふと、あっそう言えば、と思いついた道具箱の底の底。
そう言えば、何年も前に使っていた、初代IPHONE、
いまとなってはトレードインもできないそのあまりにもクラッシックな初代IPHONE、
あれをこの、虫国性VRBOX専用のIPHONEとしてしまえばよいではないか、と。

という訳で、この妻の居ない休日を、
クローゼットの一番奥に積み重ねられた道具箱、
その底の底までもひっくり返しては、この旧式の初代IPHONEを探していた、
のであったのだが。

で、見つかったよ、その初代IPHONE。
うへえ、この画面、ちっちぇえ、から始まって、
その操作性のあまりの悪さ、
そしてなにより、そのあまりの無骨さ、格好悪さ。
ひと昔前までは、まさにこんなだったんだよな、と。

で、忘れてはならない旧式IPHONE用の充電ケーブル、
それにつないで、待つこと、数時間(笑

ようやく立ち上がったこのIPHONE、
で、ふと見れば、消し忘れたのか動画が一つ。
虫国製のディヴァイスに装着する以上、
これからなにがあるか判らないと、
念のためにその動画のバックアップでも取っておこうか、
とPCに吸い上げてみたのだが、
なんとなんと、その動画、開いて見た途端、
アワダマ・フィーバー?

えええ、ああ、そうだ、これ、
あの2016年5月のBABYMETAL ニューヨーク公演、
あのときに、もしものときのためにとバックアップで持っていた、
そんな記憶があったよな、と。
で、その動画、録画を初めてからずっとずっと真っ黒。
つまりは、ポケットに入れたままであった、
そのかわり、その録音、それがまさにナマナマしくも完璧に、
あのステージのすべてを、録画、ならぬ、録音していたのか、と。

で、あらためて、聴いてみた、
その2016年ベビーメタル・ニューヨーク公演の海賊録音。
で、思わず、最後まで聴いてしまった、
いまから思えば、ベビーメタルの絶頂期であった、
あの、怒涛のようなステージ模様。

そこに聴こえる、まさにステージ真ん前からのすぅちゃんの声、
その限りなく肉声に近い、あの溌剌として冴え渡る奇跡の高音。
この娘、ほんとうのほんとうに、歌が上手い!声が良い!
そしてなにより、その歌に、声質に、とてつもないパワーが漲っている。

ああ、すぅちゃんだ、やっぱりこの声、すぅちゃんだ!
そして、その歓声と絶叫と怒号の渦巻くステージ前、
その嵐の最中を思わせる轟音の中に、え?いまの、もしかして、最愛の、
あるいは、ことによったら、ユイちゃんの、肉声だったんじゃないのか?

思わず、その道具箱から掘り起こした、まさに化石のような旧式IPHONE
その中に眠り続けていた、ベビーメタルの軌跡、そのあまりに赤裸々な生音、その息吹、
思わず、思わず、思わず、そのあまりのありがたさに、
涙が滲む想いであったことは言うまでもない。

ベビーメタル、その第一期。
すぅ、最愛、そしてユイちゃん、
そのあまりにも眩しい黄金時代。

いまはもう、取り戻すことのできないその青春の軌跡を前に、
ホロホロホロと、流れ落ちる涙を止めることもできず。

言わない、言わない、それは言わない約束、とは思いながらも、
ユイちゃん、帰ってきて、と思わず、思わぬ本音が転がり落ちては、
その万感の思いを込めて、ベビーメタルを思い出にしてはならない!

たとえ何があっても、ベビーメタルを思い出にしてはならない。
ベビーメタルに、追憶は似合わない。
戦い続け、疾走り続け、変り続けることこそが、
ベビーメタルの宿命なのだ、と、思わず、両の拳を握りしめる思いであった。

とそんな、こんなで見つけた小さな幸せ、
おいおい、このユイちゃんの肉声入りの海賊音源、
その内、万、どころか、億の値段がつくんじゃねえのか、
なんてことを思いながら、ふと、なんだこれ、とその道具箱の奥の奥に鎮座した、
妙な木箱。
んん?これ、もしかして、誰かの臍の緒、なんて言わねえよな、
と、思わずおっかなびっくり明けてみれば・・・

それはまさに、嘗ての宝の箱。
ぶっちゃけ、その宝石箱大の木箱の中から、
いまや、枯れ果てては枯れた芝のように変わり果てた、
これ?このパック詰めの、マリファナ?
そう、それは、マリファナ、であった。

そう言えば俺、とあるバンドを手伝っていた際、
そのライブの度にギャラ代わりにマリファナのボーナスを貰っていた、
そんなことが、あったのかなかったのか。
で、ひーふーみーよー、と数えることの、12袋分の、枯れ果てたマリファナ。

今更ながら、ああ、この俺にも、こんなものを嗜好していた、
そんな時代も、あったのかよ、と。

今更ながら、既に、解禁間近のこのマリファナである。
俺的には、つまりはそれ、体の良い棄民政策、その一環だろう、
と穿った事を考えているのであるが、
いまとなってはここニューヨークの街中のどこに行っても、
なんの悪びれることもなく、あの独特の芳香が漂っている
このマリファナ、という嘗て知った魔法の薬草。
その仰々しくも妖しくも巧妙に封印され続けては、
ここまで乾ききってしまっては、味どころか、匂いさえもしないであろう、
そのまさに化石となった期限切れのマリファナを前に、
こんなものに喜んでいた、その時代、そのものがなんとも長閑にも微笑ましくも、
そして愛しくもホロ苦くも思い出されては、
そんな時代もあったねと、思わず脱力こいてしまった、このタイムスリップ。
ここにもまた、小さな幸せが、隠されていたのであった、と。



という訳で、この久々に訪れた休日、
そのあまりにも間延びした時間をこれ以上なく持て余しながら、
喜びやら、感動、と言うよりは、限りなく暇つぶしの玩具に近い、
このテクノロジーという神器。
この悪名高きニューヨークの騒音の中にあって、
この噂に聞こえたノイズ・キャンセラー機能が、
いったいどこまでその能力を発揮できるのか、
とちょっとした実験の旅、と言うよりは、お散歩に出かけてみた訳なのだが・・

改めて今更ながらのこのノイズ・キャンセラー、
俺的にはそれは、あの世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランドに描かれた、
あの、音消し、の状態と言うやつを、遂に遂に疑似体験できるのか、
と、期待していなかった訳でもないのだが、
まあご存知な人はご存知であろうこのノイズ・キャンセリング機能、
音という音のなにもかもを完全に消し去る、という状態とは程遠く、
言ってみれば、不快な騒音をちょっと聞こえづらくした、程度のもの。
で、そのノイズ・キャンセラーを外した途端に、
いきなり一挙に押し寄せてくるその雑音騒音轟音の津波。

まあ確かに、街の底から地鳴りのように鳴り響く、
普段からはそんな音がしていることさえもすっかり忘れている、
そんな街の鼓動のような地響きを、すっかりと拭い去ってくれる、
というのはありがたくもあるのだが、
だがしかし、だからといってその音が完全に消し去られたのではない以上、
なんとなくこれって、耳が遠くなった、つまりは、難聴状態のその酷いやつ、
ぶっちゃけ、いずれは訪れるであろう呆け老人状態の、その疑似体験に過ぎないのでは、
なんてことを考えながら、そしてそのノイズ・キャンセリングな妙な密封感の中で見渡す世界。

なんとなくこれ、水槽の中から外を見る、ほどではないにしろ、
この妙な剥離感というか隔絶感というか遊離感というか、、
つまりこれ、アイソレレーション、だろう、と。

言うまでもなくこのヘッドフォン、
その仰々しい成から、その見た目からして、
いかにもいかにもな音楽オタク的ゲーマー的、
つまりはその見るからに明らかなその自閉性。

で改めて、あのVRBOXにあるなんちゃって仮想現実的映像、
あの御一人様用の幻灯機的世界にしたところで、
その根本にあるのは、つまりは、アイソレーション、
つまりは、離人感、だろう、と。

そうか、現代のテクノロジー、
その向かいつつ有るのは、このアイソレーション、
つまりはそれって、この甘い孤独の中の快楽、
ぶっちゃけ、それって、あの母の胎内、
羊水の中への、母体回帰願望なんじゃねえのか、と。

嘗て、また良くも考えもせずに、
ベビーメタルの今後、その未来像の中で、
ホノグラムを使った仮想立像から、
あるいは、ワイファイで音源を飛ばして、
より高品質の音源のやら、
ともすれば、バーチャルリアリティ的な3D映像やら、
そんなことを、つらつらと綴った覚えもあるのだが、
改めて、ベビーメタルに気付かされた最も大切なものの中に、
ロックというものの持っていた、その共時性、
会場を埋め尽くした群衆との、その一体感、
あるいは、その共生感覚であった筈。

このテクノロジー全盛時代の現代が、
その目指している先にあるものが個体としてのアイソレーション、
つまりは、母体回帰的な自閉性である、と認識した上で、
改めてベビーメタルには、敢えてその時流に乗らず、
つまりは、ロックがロックたり得た時代の、そのパワーの源泉、

「ねえ、みんなの声聞かせて!一緒に歌ってくれる?」

そう、それこそが、ロックの、あるいは、音楽の、
あるいは、パフォーマンスの、しいて言えばコミュニケーション、
つまりは、文明の、原点。

ベビーメタルにはそれがあった。
あったからこそ、これほどまで人々に愛されて来た。

例え世界が、時代が、テクノロジーが、
それとは全く逆の進化をたどるとしても、
ベビーメタルにだけは、そして、ロックにだけは、
敢えて、その時流に逆らい続けて欲しい。

そしてノイズ・キャンセラーを外した世界。
いきなり押し寄せてきたその騒音と轟音と雑音の中に、
この地に生きる人々の、そしてこの街そのものの鼓動に包まれながら、
ようやく自分自身に戻れた、そんな気がしたのである。

改めて憎まれ口を叩かせて頂ければ、
より良い音楽を楽しむことと、
街の騒音をシャットアウトする、というのは実は別のこと、なのでありなむ。
本当の本当に優れた音楽とは、
その、街の騒音を雑音を轟音さえもを、
音楽の中に包み込んでしまう、
そんな魔力のような包容力に溢れたものなのでありなむ。

そんな音楽こそを、生きている音楽、というのである。

テクノロジーの進歩だかなんだか知らないが、
その視点を、忘れてもらっては困るのである。

と、まあ、そんなことにいちいち気がつけるのも、
このテクノロジーという玩具が、それに気づかせてくれた、
その反面教師的な恩恵と考えるべきなのだろう、と。

業を肯定して生きること、
それこそが、いまの時代に最も求められていることなんだぜ、と。

テクノロジーが業を包括する時、
その時こそが、テクノロジーに初めて、血が通った、ということを意味するのだから。

それこそが、この先に人類がたどり着ける、
唯一の、小さな幸せ、その未来像であるに違いないのだから。



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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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