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ドクター・スリープ ~ そしてささやかなる愛の奇跡

Posted by 高見鈴虫 on 20.2019 犬の事情   0 comments

それは正月休暇を終えたばかり、
年末年始に溜まりに溜まった仕事が、
一挙に堰を切って押し寄せてきた
そんな錐揉み状態の火曜日。

午後もかなり過ぎた頃、
親しき犬仲間から突然の電話を貰った。

ちょうど会議の最中で、抜け出すに抜け出せず、
ただふと見れば、留守電に残ったメッセージの灯りと、
後追いで届いたであろうテキストメッセージ。

~緊急事態、至急連絡乞う~

トイレに立つを装って、廊下で聞いた留守電。
まさかと思った悪い予感が的中した。

これまで長く苦楽を共にしてきた犬仲間、
我が駄犬ブッチの兄貴分でもあった、
ボーダーコリーのルーク君が、
今夜限りの命、なのだという。

今夜限り?どういうことだ?

ルークといえばついこの土曜日、
セントラルパークの丘の上で会ったばかり。
あの時だってブッチと競い合うように、
元気いっぱいに走り回っていた筈だ。

そのルークが、今夜限りの命?
なにかの、間違い、だろ。

ただ、と、思う。
ブッチにしても既に十歳である。
であればその兄貴分であったルークも、
既に、十三歳。
人間で言えば、
八十歳を越えたところ、というところだろうか。

であれば、確かにいつお迎えが来てもおかしくはない・・
とは思いながらも、
しかしながらつい数日前に見たあの元気な姿、
まさかあのルークが、いきなり・・
いったい、なにがあったというのだろうか・・

とそんなところで、開いたドアから走り出てきた同僚。
あの、すぐに戻ってください、ちょっと、緊急事態で・・

新年早々あっちでもこっちでも緊急事態。
この2019年、どうやら大変な歳になりそうだ・・

というわけで、連絡を受けて既に小一時間を過ぎてようやく電話の通じたその犬仲間。

日曜の夜、突然に下血して。
普段からの獣医さんに連絡をしたところ、
二十四時間対応の救急病院を紹介された、という。

取るものも取り敢えずタクシーを飛ばして、
駆け込んだ救急病院で待つこと一時間、
夜更けを疾うに過ぎて下された診断は、
ひとこと、万事休す。
癌が全身に転移をしていて既に手の施しようがない。
苦しみから解放してあげる為に、
いますぐにでも、
眠らせてあげたほうが良い、と言う。

眠らせる?
いまこの場で?

専門医学用語ばかりが犇めき合うその診断書。
思わず目をパチクリさせながら、
その突然の死刑判決に、
唖然呆然を通り越していまにも気が遠くなるばかり。

眠らせるって、あまりにも突然過ぎる、急過ぎる・・

ですから、と繰り返す獣医。

いまこうしているいまも、この犬は、激痛に苛まれているんです。

そう言われて覗き見るルークの表情。
あれ?どうしたの?何かあったの?
といつものキョトンとした瞳を丸くしては、
自らを囲んだこのただならぬ空気の中、
俄な緊張に身を固めながら、
浅い呼吸を繰り返すばかり。

でも先生、この子、どうみても、死にそうには見えないんですが・・

ですから、と獣医。
ほら、この診断書を見なさい。
下血の理由は、腫瘍が破裂してそれが身体中に溢れ、
そしていまにも、それが内蔵を圧迫しては、
この犬はじきに死ぬほどの苦しみを味うことになる。

いや、でも、と、なおも必死に食い下がっては、
いやでも、この子、今朝まで元気いっぱいに、
まるで生まれたばかりの子犬のように、
公園中を走り回っていたんですよ。

だから、と、獣医、
これ見よがしに深い溜息を吐き出しては、
苛立ちに全身を震わせながら、
いまにも手に持ったボールペンをへし折りそうに、

だからその結果が下血なんです。
いずれにしろ、この犬はもう長くない。
十三歳でしょ? もう十分ですよ。
眠らせてあげなさい。苦しませる前に。
今のうちに元気なうちに、眠らせてあげなさい。

と、そうやって、眠らせる、眠らせる、ばかりを繰り返す獣医。

助手がおずおずと持ってきたその書類をむしり取るように目の前に翳しては、
さあ早く、この診断の請求書と、
そしてこの安楽死の受諾書、
ここと、そして、ここに、サインをして。
そうすればこの犬は、なんの苦しみもなく、
幸せいっぱいのままに、天に召されるのだから・・

と、そんな押し問答を続けた後、

遂には売り言葉に買い言葉、
いいえ、と一言。

眠らせるのであれば、それが本当に必要であれば、
こんな見知らぬ診察室のベッドではなく、
私の家で、この子のベッドで、眠らせてあげたい。

まったくもう、と、舌打ちを響かせる獣医。
そうしている時間がこの犬に地獄の苦しみを与えるのです。
そんな責め苦を与え続ける権利は、あなたにはない筈だ。

この人で無し、と言わんばかりのその高圧的な声に、
思わず震えが来るほどに怯えきりながらも、
だからと言って、この可愛い我が子を、
そんな状態で眠らせる訳にはいかない。

そして獣医を睨み合ったまま、
むっつりと黙り込んでは溜息ばかりの漏れる病室、
と、そんな時、ふと起き上がっては大きな欠伸をしたルーク。

ねえ、ママ、もう帰ろうよ、
まったく、いったいなんなんだよ、これは。

と尻尾を上げて、うーんと伸びをしては、
いきなり、ヒョイ、と飛び降りた診察台。

さあ、帰ろう。
ったく、なんだって言うんだ。
たかが、ちょっとした、下血じゃないか。
大袈裟に騒ぎ立てることもない。
さあ、ママ、帰ろう、いますぐ帰ろう。
こんな不愉快な場所に一刻たりとも居たくは・・

という訳で、
そんなルークの後を追うようにしては、
逃げるように飛び出した救急病院。

その後ろから請求書を持って追いすがる助手。
診察料は、クレジットカードに、チャージしておきますからね、
それで良いんですよね?

という訳で、
いきなり放り込まれたこの深夜の大騒動。
まさに命からがら絶体絶命の脱出劇、
となった訳なのだが、
日曜の深夜、帰りのタクシーも見当たらず、
とぼとぼと帰る寝静まった街。
いったい、なんだったのかしらね、
眠らせる、眠らせるって、あの獣医・・
ほら、見てみなさいよ、
こうしている今だって、
意気揚々と元気いっぱいに歩いているじゃないの・・

という訳で、ミッドタウンから遥々、
歩いて歩いて一時間あまり。
ようやく辿り着いた自室で一息ついては、
ああ、疲れた、足が棒のようで、
と、溜息をついたその時、
自身のベッドに倒れ込んだそのルークが、
いきなり、げっとばかりに吐きだした、そのどす黒い血の塊。
血?これ、血じゃないの・・

それ以来、ぐったりとして動かなくなったルーク。
食事もせず、水も飲まず、頭さえあげないまま、
むっつりと目を閉じては浅い呼吸を繰り返すばかり。

そうこうするうちに、寝たまままた下血を繰り返しては、
全身が血まみれ下痢便まみれ、
身を震わせて咳込んでは、血を吐き続け、
その修羅の惨状を前に唖然呆然とするまま為す術も無く。

やはりあの医者の言っていたこと、
本当だったようだ・・

そしてまんじりともできないままに迎えた朝。
そして昼を過ぎてついに最後を覚悟しては、

やはりあそこで下手な意地を張らず、
あのまま、静かに、眠らせてあげるべきだったのか・・

大丈夫?苦しくない?
私はもしかして、とんでもなくも罪なことを、
してしまったんじゃないだろうか・・

そして最後の覚悟を固めては、
友人たちに電話をかけて、

ルークがもう長くない。
今晩中に、眠らせることになりそうだ、と。

できることなら、ひと目だけでも、
お別れに来てやって欲しい・・





という訳で、会議の終わったその足で、
取るものも取り敢えず地下鉄に飛び乗り、
そして集合したアパートの一室。

エレベーターを待つのももどかしく、
階段を一挙に駆け上がっては、
ドアを明けた途端、まさか既にお通夜の最中か、
と、思えば・・
その開いたドアから顔を覗かせたのが、なにを隠そう・・

あれ、ルーク、なんだよおまえ・・

愛用のフリスビーを咥えたルークが、

やあ、いらっしゃい、とばかりに、
これでもかとしっぽを振っては身をくねらせ。

あれ?どうしちゃったの?

部屋中に並んだ普段の犬仲間の面々。

なんかね、元気になっちゃったのよ。

は?

さよならを言いに、友達が集まってきたら、
いきなり飛び起きては、あぁあ、よく寝た、お腹減ったって。
で、ほら、このレバーから、この特上の鹿肉から、このフィレミニヨンから、
一瞬のうちに平らげては、もっと頂戴、って。

もっと、頂戴?だって、今日が最後だって。

そう、その筈、だったんだけど・・・

という訳で、今夜限りとはどうしても思えないその姿。
咥えたボールを俺の足元に落としては、
ねえ、廊下でボール遊びやらない?と、誘ってくる始末・・

どう見ても、今夜限りには見えないんだけど・・
そんな迂闊な言葉に、一同が声を上げて大笑い。

なんだか、すっかり生き返っちゃったみたい・・

とそんな面々を前に肩をすくめては、
なんだか、わたし、すっかりと狼少年みたいな・・
まったく、人騒がせなことしちゃって・・

という訳で、当然のことながら、その話題の矛先が、

で?いったい、なんなの、その獣医。

だから、最新設備の揃った救急病院だって言われて。

で、その診断が?

そう、眠らせます、の一点張り。

なんなのそれ、と、一同、開いた口が塞がらない。

と、そんな話を聞かされながら、
あれ、それ、と思わず。

俺、その話、前にも聞いたことがある、と。

それ、もしかして、ドクター・スリープ?

なにそれ、その、ドクター・スリープって?

聞いたことがある。
近所の友達の犬が、そこで・・

眠らされた?

そう、具合が悪いって連れて行ったその場で、
ろくに診察もしないうちから、眠らせましょう、と。

えええええ!?

で、聞いてみたら、あの子もあの子もあの子も、
みんなその救急病院で・・

眠らされた?

そう。で、俺のその知人は食い下がって、
だったら、朝まで待ちましょう、ってことになって、
だったら、朝までいっしょに付いていたい、って言ったんだけど、
いや、それはできない、と追い返されて、

で?

で、朝一番に訪ねた時には、ケージの中で、ひとり死んでいた、と。

えええええっ!?

それでその飼い主、いまだに、それがトラウマになって、
顔を合わせるたびに、その恨み節ばかり・・

それ、どこの獣医?

確か、ナインス・アヴェニューの、55丁目・・

ああ、と、漏れる悲痛な溜息。

ああ、そこ、そこよ、そこ、私が行ったのも、そこだった。

おいおい、よりによって、ドクター・スリープに行っちゃったの?
おいおいおい、と。

そう、そこだよその病院。
なんでもかんでも、眠らせましょう、その一点張り。
十歳を越えた犬は、健康診断に行っただけでも眠らされちゃう、
そう言われているところ・・

げげげ・・・信じられない・・

で、ねえ、見てよ、この診断書、と出された書類。

年齢、名前、と、症状、と、血液検査の結果に、
そして、ああ、脱水症状を起こしているから、点滴を打って、
つまりは、やったことと言えば、このブドウ糖の点滴だけ、

それだけで、ええええ!?六千ドル?60万円・・・

いったい、なんなの、それ、と・・・

という訳で、各自が手元のIPHONEで、
すぐに検索をかけた、その、ドクター・スリープ。

別名、キラー・ヴェット 殺し屋獣医、と異名を取る、
知る人ぞ知る、ニューヨーク随一の二四時間救急病院。

そのユーザーレビューを見る限り、
そこに並んだ、まさに燦々たる罵倒の山、
あるいは、怨念の恨み節・・

ここに行ってはダメ。貴方の犬はすぐに眠らされてしまいます。

銭ゲバの殺し屋獣医、死にやがれ。

聞かされた言葉は、眠らせましょう、だけでした。

高い。法外な診察料で、やったことは安楽死だけ・・・

ああ、と思わず一同顔を見合わせては、
思わず背筋に冷たいものが走る。

ルーク、危機一髪で助かったのねえ、
必死で逃げて、本当に良かった・・



という訳で、翌朝のセントラルパーク。

既に昨夜までの騒動が、
まるで悪い冗談であったかのように、
いつものように朝日に照らされたその丘の上、
端から端までを、飛ぶように跳ねるように走り回る、
その死んだ筈の犬、そのルークの姿。

思わず、一同が顔を見わせては、
いったい、これ、なんなの?と。

差し込む朝の日差しに包まれたベンチの上で、
改めて見直すその診察書。

原因は脾臓癌。
その転移が全身に始まり、
既に、リンパから血管内皮腫を併発している。

確かにこの診断書を見る限り、
いまこうして走り回っている姿こそが、
奇跡という奴なのだろうが。

ただその奇跡がいまこうしてる眼の前で、
ほら、早くボール投げて、と、目をくりくりとさせながら、
夢中ではしゃぎまわっているルークの姿。

という訳で、既に別れを覚悟していた面々。
今日明日に、という話ではないのだろうが、
いずれ、遅かれ早かれ、その日はやって来る。
それは覚悟しながらも、
ただ、と改めて言わせて貰えば、
その別れの日まで、その一日一日、
その一刻一刻が、犬と、そしてその飼い主にとって、
どれだけ貴重な時間であるのか。

確かに、救急病院の獣医にしてみれば、
明日明後日の命であれば、いま眠らせても、
さしたる違いもないのであろうが、
ただ、そう、飼い主とその犬にとっては、
いま、こうして迎えている奇跡の瞬間こそが、
これまでの人生で最上最高の至福の時。
この一瞬こそが、プライスレス、なのだ。

それを、この獣医は、ドクター・スリープは、判っていない。

糞ったれ、と思わず。
そんな獣医こそ、一人残らず、眠らせてしまえばいい。

とそんな呪いの言葉を吐き出しながらも
だがしかし、
そんな悪名高き殺し屋病院が、
いったいどんな理由で、
いまだにこのニューヨークで、
開業を続けていられるのだろうかと・・




と、そんな時、正月を十日も過ぎてから、
古き友人であるリーアから電話を貰った。

ハッピー・ニューイヤー、
そして、メリークリスマス!

カード受け取ったわよ、よく撮れてるわね。
で、ブッチ君、いくつになったの?もう十歳?
信じられないわよねえ、
初めて会った時はまだこんな小さな、
子犬も子犬だったのにねえ。
それだけ私たちも、歳を取っているってことなんだろうけどさ。
ねえ、健康診断、受けたほうが良いわよ、
十歳を過ぎたら四半期ごとって言ったわよね?

リーアは獣医である。
まだニューヨークに来て間もない頃、
つまりは、我が家のブッチを迎え入れる前に知り合った、
二十年来の友人である。

獣医であるリーアは、しかし、犬や猫が好きで堪らず、
とそんな理由から獣医になった獣医ではない。

母国であるアフリカの小国。
そこで、国策としての農政省からの要請により、
国費留学生として米国の大学で獣医学を学んでいた、
そんな褐色のエリート女子大生であったのだ。

獣医だなんて、羨ましいな、
犬のために仕事ができるなんて、
一種理想の職業だな。
そんな無邪気な感嘆を繰り返す俺に面と向かって、
バカバカしい、と言い捨てたリーア。
犬やら猫やらに、医療費なんて使う人達の気が知れないわ、
それも一種の、贅沢病ってやつよね。

言っておきますが、
私が専門としているのはそういうのじゃないのよ。
私のスペシャリティは、牛とか馬とか羊とか、
つまりは家畜。
アメリカではどうか知らないけど、
私の国ではその畜産業が、
国の生命線の最重要産業なのよ。
私だって本当は獣医なんかになるつもりはなかったの。
ただ、国の要請で、アメリカ留学の条件ってことで、
まあ仕方なく、というか、なし崩し的に、ね。

だったら、犬や猫のことはわからないの?

勿論判るわよ。授業でちゃんと学んだし、
大学の試験だって、犬猫共々優秀な成績でパスしたのよ。
確かに犬やら猫だったら楽よね。
構造も簡単だし、身体も小さいし、なにより、安いしさ。

安い?

そうよ、あなた、牛一頭がいくらするか知ってる?
牛が病気になるだけで、一家が破産するのよ。
畜産業にとって、牛は財産であり資源なのよ。
にゃーにゃーわんわんのペットとは、格が、重要度が、まったく違うの。

とそんなリーアが大学の卒業を間近にしていたころ、
スポンサーであった母国の政府がクーデターで倒れ、
そして帰る場所も仕送りも失っては、天涯孤独のアメリカ孤児。
その後の紆余曲折の中で、ウェイトレスから通訳から、
デパートの売り子からレジ打ちから掃除婦まで、
ありとあらゆるアルバイト転々としながら、
苦学の末にようやくドクター課程を終了し、
そして実習生として街中のありとあらゆる動物病院を駆けずり回りながら、
そして苦節十年を経てようやく合格をした国家試験。
晴れて念願の獣医としてのデビューを飾った訳なのだが、
しかし、そこで待ち受けていたのは、
薄給と長時間勤務が常套化した劣悪な労働環境と、
24時間夜も昼もなく緊急対応に追い回される地獄の日々。
開業医でもなく、固定の患者、つまりは顧客も持たない新米の獣医は、
月月火水木金金、それぞれ違う動物病院を転々としては、
そのスポット穴埋め的な補助作業と、
流しの患者ばかりを担当する派遣医待遇。
そして担当したにゃーにゃーわんわんの犬猫ペット、
その様態如何では深夜の電話に叩き起こされては手術室へと走り、
そこで常套的に目にすることになる、死、という現実と、
そしてその死を前にした、飼い主たちの悲嘆の声と、時としては恨み節の罵声三昧。

それがね、毎日毎日、なのよ。
それで訴訟なんて起こされたら溜まったものじゃないわよ。

だったら、と、聞きかじった動物愛護団体の名前を並べては、
あそこで働けば良いじゃないか。
あそこなら動物愛議家の集まりだし、
早々とあこぎな事もしないんじゃないのか?
もちろん、と彼女。
もちろん働いているわよ、週三回も。朝夜、そして深夜番。
だってそこにしか仕事がないし。
という訳で、全米中から集められてきた捨て犬捨て猫を相手に、
一日三十頭から、多い時で百頭の避妊手術。
一日百頭?
そう、もうまるでスゥエットショップよ。
こっちはろくに寝ていない状態で、
次から次へと、タマタマ取っては縫い合わせ。
まるで、食肉工場の作業員。
あるいは部品工場の工員さん。
そのうちなにがなんだか判らなくなって、
自分の目の前にいるのが、
まさか命あるものだなんて、
そんなことさえ信じられなくなってきて。
動物愛護団体とは聞こえが良いけど、
ただね、お給料が安いのよ。
動物愛議を旗印に、徹底的にこき使われて、
で、そのペイと言ったら笑っちゃうぐらい。
善意の皮を被ったスウェットショップ。
世の中で、公的な善意ほど、タチの悪いものってあんまり無いわよね。

問題はね、私が黒人だからなのよ。
私の専門としている畜産業、
ここアメリカでは、牧場のオーナーは、決まって白人、
その中でも、特に保守的な、ともすればKKK的なまでに、
ガチガチの白豪主義者、ばかりなのよ。
そんなところに、アフリカ産まれの私が顔を出したって、
それこそ、家畜同然に扱われるのが関の山なのよ。
そしてよりによって、アメリカの獣医資格、
それが、州ごと、なのよ。
つまり、ニューヨークで受領した獣医資格は、
ここニューヨーク州以外では、使えないってことなのよ。
ねえ、こんなバカみたいなことってある?

と、そんなリーアの愚痴を聞かされながら、
という訳で、つまるところはこの犬猫病院。

その社会的不均衡の矛盾の象徴でもあるこの贅沢病。
そのあたりの人間なんかよりも、
よっぽど良いものを食べて育ったそんな犬猫たちを相手に、
スウェットショップで働かされる私たちが日々の糧を得る、
その不条理の中の不条理。

ただね、そんな暮らしを考えれば考えるほど、
そんな矛盾にしがみつきながら、
取り敢えずは犬猫相手に暮らしてけるだけでも、命あっての物だね、と。
まさに、犬猫さまさまってところ、なのよね、と。

移民としての辛さを、互いに愚痴をこぼし合いながら、
そんなリーアもいまとなってはベテラン獣医。
酸いも甘いも噛み分けては、
街中の獣医たちの間でも知らぬ者のいない、
筋金入りの獣医師と成り代わっていた。

いまはね、あまりに臨床はしていないの。
週三日はコミュニティ・カレッジで先生をやっている。
獣医のタマゴたち相手の受験対策用のアンチョコ教師、
みたいなものだけど。
でもね、わたしやっぱり、犬猫相手にしているよりも、
そっちの方が性にあってるみたい。

という訳で、
そんな筋金入りの獣医の中の獣医先生に、
思わず激高に駆られては送りつけた、
その問題の診断書のIPHONE写真。

まあ確かに、この結果を見る限り、
このデータの数値を見る限りでは、
私だったら、安楽死を勧めていた、と思う、
とそれはまさに、冷徹なプロの視点。

でも、あれから一週間、ピンピンして元気いっぱい走り回ってるんだぜ。

まあ確かにそうなんだろうけど、
でもね、この検査結果を見る限り、長くはないわよ。
もう癌も全身に転移しているし、いつ逝っても、おかしくない状態。

だったらなぜ、まだ生きているんだろう。

まあそう、運よね。いちいちそんなことに、理由なんて考えないわ。

でさ、この病院知ってる?ナインス・アヴェニューにある二十四時間の救急病院。

勿論、知ってるわよ、とリーア。
良い病院よ。設備も新しいし。

でもさ、有名なんだぜ、ドクター・スリープって。

なにが悪いの?とリーア。
眠らせてなにが悪い?
だって、あなた自分が癌にかかったことないから判らないのよ。
そうやって無意味な延命を繰り返すことが、患者にとって、どれだけの苦痛になるか。
私だったら嫌だわ、延命なんてせずに、さっさと眠らせて欲しい。
いまのうちに入れ墨でも彫っておこうかなってまじめに考えているの。
延命処置一切不要。このまま眠らせてくれって。

おいおい・・

少なくともその病院、獣医の間の評判はピカイチよ。
その分、競争率も高い。
よほどのことがない限り名門医大出身しか取らないわ。
だからあの病院で席を持てたら大したものよ。
なんてったって、他の病院でのアルバイトなんて、する必要が無いし。

つまり?

つまり、ペイが良いのよ。
最新設備で新しい技術も学べるし、
レビューを見てごらんなさいよ、あの病院を悪く言う獣医はひとりもいない筈よ。

でも、患者のレビューには、キラー・ヴェットやら、ドクター・スリープやら。

だから、無駄な延命にいったいなんの意味があるっていうの?
治るはずの無いのを判っていながら、無駄な延命を続けてお金を毟り取り続ける、
そんな行為が、喜ばれるっていうの?
ケモセラピーから移植手術から放射線治療まで、
どうせそんなことしたって、たかだか数ヶ月の命なのよ。
私から言わせれば、それこそが銭ゲバの悪徳医。その最もたるものよ。
植物人間になって意識も無いままに、生命維持装置だけで飼い殺し、
その間の治療費入院費で、有り金のすべてをそっくりそのままむしり取る、
それこそが現代医学のペテンのすべてじゃないの。
目を覚ましなさいよ。
生き物の尊厳って、生命の大切さって、そんなところに有る筈もないじゃない。
お迎えが来たら素直に橋を渡るべきなのよ。
私たちはそれを見極めて、なるべく楽に、幸せなままに、すっきりと送り出して上げる。
それこそが、愛情っていうものじゃないのかな?
私たちにできることはそれだけ。
医者なんて仕事を、買い被ってることこそが、なにかの間違いなのよ・・





という訳で、暗澹たる気持ちのまま、煮えきらぬままに、
覗いてみた、その、獣医の側から見たレビュー。

確かに、ユーザーレビューでは、一つ星か、それ以下、であったその星が、
職探し用内部情報サイトにおいては、
判で押したように、五つ星のオンパレードである。

素晴らしい待遇。素晴らしい福利厚生。
ここでようやく、人間らしい暮らしができるようになった。

早出も昼勤も夜勤も、すべて完璧なシフト制。
深夜の呼び出しもなく、緊急対応の要請も皆無。
夢のような職場です。ありがとう神様。

最新設備、研修制度、そして素晴らしい仲間たち。

事務職ですが、待遇には満足しています。
なにより保険がフルで付きます。同僚も良い人ばかりです。

確かに、彼女の言った通り。
従業員にとっては、素晴らしい病院であるらしい。

ただ、と思わず。
ただ、この従業員たちの幸せの為に、
今日も今日とて、今日死ぬ必要もなかったそんな犬猫たちが、
次から次へと手っ取り早く、元気なうちに幸せなうちに、
あっさりと、虹の回廊へと送り出されていく。

無駄な延命、そのたかだか二三ヶ月の命の為に、
数百万円にものぼる治療費を際限なく注ぎ込みながら、
その一日一日の命、ともすればその激痛に苦しみ続けるその命が、
果たして、いくら、の、値打ちがある、というのだろうか・・




そして、十日も過ぎた頃になって、妻から連絡があった。
ねえ、あの先生に会いに行くことになったんだけど、一緒に来れる?
え?あの先生に?

あなたでしょ?リーアに話したの。
今朝、彼女から電話があって、
良かったらあの先生に会ってみないかって。
あなたが凄く気にしていてたからって。
また変にブチ切れてショットガンでも担いで、
ドクター・スリープに殴り込む、
なんてことにならないようにって。
さすがにあの先生の言うことであれば、
あなたも含めて、誰にも異存はないでしょうって。。

あの先生とは、言わずとしれた名医の中の名医。
ニューヨーク中でもピカイチの名声を誇る、
通称、ニューヨークの赤ひげ先生、のことである。

古くからここニューヨークの愛犬家たちの間dえは、
まさに神格化されるほどの名声を集めながら、
本人は開業医として独立するどころか、
いまだに、薄給で有名な動物愛護センター、
その付属医の身分。

勿体無い、と誰もが言う。
あの先生であれば、それこそ固定顧客だけでも数千人。
開業資金の投資を募った途端、
山のような寄付金が集まる筈なのに。

という訳でその伝説の名獣医。
当然のことながら常時、予約でいっぱいである。
受診どころか、相談、つまりは、謁見だけでも数ヶ月待ち。

その伝説の赤ひげ先生から、
直々のメッセージである。

リーアからお伺いしました。
一般診察を終えての時間となりますので、
夜の9時を過ぎてからとなりますが、
是非とも起こしください。
お待ちしております。

という訳で、その伝説の名医。
一般診察を終えて灯りを落とした閉館後、
奥の診察室に、一頭の犬の後ろに、そして犬仲間たちがずらりと犇めき合う、
そんな異様な謁見となったのだが。。

改めてドクター・スリープでの診察書、
それと自身の施した血液検査の結果をじっと睨んでは、
不安そうに見つめる一同には脇目も振らず、
そして長い長い溜息をひとつ。
そして眼の前の診察台に伏せては目を瞑る、
ルークの姿を見つめながら、
よく頑張ったな、と一言。

これだけ愛されちまっては、死ぬに死ねないよな。
最後の最後まで、ご苦労なことだ、と、頭をゴシゴシ。

で、先生、と一同。
で、先生のご診察は?

まあ、とその赤ひげ先生。
お判りの通り、時間の、問題でしょ。
時間の問題?
そう、いつ死んでも、なんの不思議もない。

やっぱり、と一斉に漏れる溜息。

それを見透かしたように、ただね、と、
ルークを見つめたまま、言葉を続ける。

ただ、だからと言って、悲観することはない。
生きとし生けるもの、すべてに終わりの日は来る。
それは、生き物であるかぎり避けることができない運命。
あなただって、そして私だって、
その日は、遅かれ早かれ、必ずやって来る。
それはお判りですよね?

であれば、その命があるうちは、思い切り幸せに生きる、
その、最後の最後の瞬間まで、幸せを全うする。
その権利を奪うことは、誰にもできない筈。

だがしかし、問題はそこ、なんだが、とこの名医。

もしかすると、その最後の時が、
それほどドラマチックでない可能性もある。

つまりは、苦痛に身悶えながら、その断末魔の中で、
差し伸べた貴方の手に噛み付くことになるかもしれない。
あるいは、一生夢に見るほどまでに、
惨たらしい醜態を晒すかもしれない。
そしてそんな姿は、
他ならぬ貴方にだけは、絶対に見せたくない姿なのかもしれない。
それでも、それであっても、
その修羅の時間の最後の最後まで、
それに耐える、耐え続ける、
その覚悟がありますか?と。

或いは、その修羅の状況に耐えきれず、
耐えず射ち続ける痛み止めの薬で朦朧としたまま、
死んでいるのか生きているのか判らない状態で、
意識の無いままに、つまりは植物状態のままに、
知らぬ間に事切れる、そんなことになるかもしれない。

まあいずれにしろ、
と再び、その大きな掌でルークの頭を包み込むようにして撫で上げては、
さも愛おしそうに、そのおでことおでこをすり合わせ、
乾き切った鼻先にちゅっとキスを残しては、
満面の笑みを浮かべてみせる。

ルークは動かない。
診察台の上に長々と伏せたまま、
もう既に立ち上がる力も失ってしまったかのように、
あるいは既に、その最期の審判を覚悟しているかのように、
眠るように、死んだように、じっと目を瞑ったままだ。

で、どうなさいますか?と赤ひげ先生。

どうって言われても、と顔を見合わせる一同。

もしもここでお別れをされるのであれば、
医者としてその用意をします。

ただもしも、このまま連れて帰り、
それが明日になるか明後日になるか、
その最期の時間を共にお過ごしになられたいのであれば、
痛み止めの薬を処方いたします、
と言っても、まあ気休めのようなものなのですが。

さあ、どうなさいますか? と赤ひげ先生。
それは、あなた、次第です。

一同は、シンとして俯いては固唾を飲んでは、
診察台のルークの姿をじっと見つめている。
そして誰もが胸の中で思っている筈だ。
いつか、我が犬にも、遅かれ早かれ、
この瞬間がやって来る。
その時間、つまりはこの診察台の老犬と、
そして自身の犬との年齢差を考えながら、
あと、三年、あと五年、あと十年、
だがしかし、犬を飼うものにとって、
この決断を下すことは、
避けては通れない宿命なのだ。

果たして、と皆が思っているだろう。
果たして、私ならばどうするか・・

しばしの沈黙を破り、
判りました、と飼い主が答えた。

連れて帰ります、と一言。

それがどんなに見苦しいことになろうとも、
最期の最期まで、
このルークの生命を、見届けようと思います。

それがどれだけ凄惨なものになっても?

はい、と飼い主。
その権利が、私には、あると、思っています。

この子に、そんな地獄のような責め苦を与えることになってもですか?

はい。それが、その修羅を看取ることこそが、
犬を持つ者の責任と、覚悟を決めております。

死ぬ間際の激痛の中では、
貴方の犬はすでに貴方の犬ではなくなっているかもしれない。
貴方のことを、貴方だとは判断できなくなっているかもしれない。
それでも、ですか?

はい、それでも、と答える飼い主。

この子を看取ってやれるのはこの世で私ひとり。
私には、私にだけは、その権利がある。
それが例え、どれほど辛くても、
私はその苦しみを分かち合います。
我が苦しみとして、しっかりと受け止めるつもりです。

判りました、と赤ひげ先生。

そのご覚悟がお有りであれば、
今日のところは、このままお引取りください。

そしてこれが、私の携帯の番号です。
まあ状況に応じてですが、
もしもそれに、あまりにも耐えきれなくなった時には、
いつでも結構です、ご連絡ください。

判りました、と頷く飼い主。
ただ、たぶん、お電話することは、ないと、思います。

それを聞いて大きく頷いた名医。

では、と顔を上げては一同を見回し、
では、これから私の言うことをよく聞いてください。

私はこれまで獣医として、そして、犬の飼い主として、
数えきれないぐらいの命を見送って来ました。

その経験を元に、
これは、獣医として、というよりはむしろ、
一人の愛犬家、として申し上げることですが、

犬には、実はその最後が、判っているのでは、
と、思っています。

判っている?

そう、犬には、自身の死ぬ時が、判っているのではないか、と。

あるいは、最後の時を、決めるのは、
実は、犬自身、なのではないか、と。

私のこれまでの経験から言わせて頂くと、
犬が最後を見極めては、
自ら、死のう、と決めた時、
まず、最初の決断は、食事を断つことです。

食事?

はい、犬は最期の覚悟を決めた時、
まずは食事を断ちます。

でも、うちのこの子、まだあげたご飯はぺろりと。

はい、そうです。
それこそがこのルークが、まだ生きようとする、その気力の現れなんです。
犬にとって、ご飯を食べることとは、つまりは生きることそのものなんです。
そんな犬にとって、ご飯を食べないことこそが、死を覚悟したその何よりの証。
逆に言えば、
まだご飯を欲している犬を眠らせることは、
生きる気力そのものを奪い去ってしまうことを意味する。
よほどのことがない限り、それをする権利は、誰にもない。

と言う訳で、私は判断に迷った時、
このトリートを、与えて見るんです。

と、ふと、白衣のポケットから取り出した、犬用のビスケット、その欠片。

まるで、老練なマジシャンのように、
その指先のトリートを一同の目にかざしたまま、

という訳で、このトリートを、いまからこの子に与えてみようと思います。

如何でしょうか?

あまりの事に、思わずどよめく一同。
いや、それは、と、思わず声を上げる者。
やってみましょう、と頷く者。
既に諦めきっては、唇を噛んで顔を背けてしまうもの。

よろしいですか?と再び繰り返す名獣医赤ひげ先生。

お願いします、と、飼い主が言った。

おねがい、します。

そして先生が、おもむろに、
その指先のトリートをルークの鼻先に翳す。
だが・・
ルークは動かない。
一同が固唾をのんで見つめる中、
じっと目を瞑ったままのルーク。

耳の先がピクリと動いただけで、
いつまで待っても、なんの反応も起こさない。

ああ・・・
一同から、長い長い溜息が漏れた。

そうか、そういうことか。

どうでしょかう、と、赤ひげ先生が言った。

そうであっても、お連れに、なられますか?

とその言葉に重なって、いきなり、ルーク!
絶叫が響いた。

ルーク、起きて、食べなさい、ルーク。
その、トリートを、食べなさい!
食べて、食べて、生き続けなさい!

その叫びに、ルークがふと、目を開けた。
なんだ?なんの騒ぎだ?
と、ふと頭をもたげては、長い眠りから覚めたそのままに、
すっくと立ち上がっては、大きな欠伸をひとつ。

そして目の前に翳されたトリート、
なんの迷いもなく、パクリ、と食べた。

ルーク!でかした!

思わず上がる歓声の中で、改めてお座りをしたルーク。
右手を上げて、

え?

つまりは?

もっと、頂戴?おいおいおい・・

一同から、涙混じりの爆笑が弾けた。

判った、待っていなさい。
だったら、もっともっと栄養のつくもの上げるから。

さしもの赤ひげ先生も両目にこれでもかと涙を浮かべている。

そして取り出された特性トリート。
その小さな欠片を差し出されるままにパクリ。
そして、右手を上げては、へへっへ、と笑いかけるルーク。

思わず飼い主さんが、
ルーク、ねえ、またみっともないから、
もう、おねだりを辞めなさい、と言われても、

ははは、これ凄く美味しいな、
ねえ、もうひとつ、と、満面の笑顔を振りまくばかり。

こりゃ驚いた、と赤ひげ先生。
つまりこの子、生きる気力満々、ということなんですな。

大丈夫でしょ、と。
少なくとも今日一日、あるいは明日も、
あるいは、もしかすると、この調子であれば、
これからまだまだ、ずっとずっと、生き続けるかもしれない。

ただ、忘れないでください。
おやつをねだる限り、食事を取り続ける限り、
犬は生きることを諦めていない、その証拠です。

生きることを諦めない限り、犬は生き続けます。

例えなにがあっても、例え身体中が癌に蝕まれていても、
激痛に呻いていたとしても、眠ってばかりいたとしても、
餌を食べるうちは、まだまだ、生き続ける気力がある、
そういうことだと、考えてください。

思わず診察台に駆け寄った面々。
ルークの頭を代わる代わるに撫でながら、
よくやった、良い子ね、本当に良い子。
頑張ったな、頑張れよ、と思わず流れる涙を拭こうともせず。

そんな人々を前に、照れながら笑い続けるルーク。

そんな歓喜の中を、ただ、とこの名獣医が再び言葉をつなぐ。

ただ、本当の苦しみは、このご飯を断ってから、始まります。
死を覚悟しながら、しかしその死がやって来るまで、
その苦しみがどれだけ続くかは判らない。

ただ、死を覚悟し、受け入れながらも、
しかし、ある犬は生き続けます。

身体に残った気力と体力、
その最後の一滴が尽きるまで、
時としてその限界を越えても、
犬はまだ、生きる続けることがあるのです。

それがなぜか判りますか?
それはまさに奇跡、としか言いようのないことなのですが。

なのですが・・?

つまりは愛、なんです。
愛、飼い主に対する愛。

もはや生きる力を失ってからも、
命の最期の力を使い切ってからも、
医学的には、生物学的には、
とっくに死んでいる筈、その筈なのに、
時として、犬は生き続けるんです。
ひとえに、飼い主のために、
飼い主のことだけを思って、
生き続ける、
限界を越えた、常識を越えた、
ささやかなる奇跡。
その愛の力。 その愛の奇跡、なんです。

そうやって、一週間以上を、
激痛に身悶えながら生き続けた犬を私は知っています。

痩せ細って、身体中から血を流しながら、
そして次々に襲ってくる激痛と、そして痙攣、
自らの奥歯を噛み砕き、
自らの舌を噛み切りそうになりながら、
何度も気を失っては、再び蘇り、
そうやって飼い主の腕の中で、
その生命の限界を越えた断末魔に身悶えながら、
しかしその犬は生き続けた。

そして、ついに最期の時がやってきた時、
犬は、自分から、挨拶に来るのです。

挨拶?

はい。これは医学上では説明のつかないことではあるのですが、
最後の最後、その魂が身体を離れる、その直前になって、
身体に残された、アドレナリンの最後の一滴が、身体中を駆け巡る。
その一瞬こそが、犬に与えられた最期の奇跡、なのです。
私はその現象を、神様から与えられたチャンス、と呼んでいます。

その最後の最後の一瞬に、
犬はその短い一生の中で、
もっとも愛したその人に、
別れの挨拶をするのです。

それまでずっと苦痛に身悶えていた犬が、
あるいは死んだように眠り続けていた犬が、
一瞬、ふと、目を醒ましては、
まるで何事もなかったかのようにすっくと立ち上がって、
そして、溌剌とした姿のまま、にこっと、笑いかけてくるんです。

あれ、治ったの?と、思うはずです。
それほどまでに、すべてから解き放たれた、
まさに、会心の笑顔、である筈です。

その一瞬の笑顔を以て、
犬は最後の最後のその感謝の言葉を、
あなたに伝えようとする筈です。

その笑顔こそが、あなたとこの犬が共に過ごした、
その喜びのすべてでもあるんです。

そしてあなたには聞こえる筈です。
ありがとう、その声が。

絶句であった。
一同が声を殺して泣いていた。
唯一泣いていなかったのは飼い主、その人である。

まだよ、ルーク、まだまだ。
そう安々と、ありがとう、なんて、言わせない。
これからまだまだ、生きて生きて生き続けて、
これでもかと、私に苦労をかけて頂戴。
なにをしてもいい。どんな姿を見せてもいい。
ただ最後の最後のその瞬間まで、
一分一秒でも長く、私と一緒にいて頂戴。
ごめんね、苦しいのは判る。でも、私の我儘を許してください。
貴方だってこれまで私に、
これでもかってぐらに苦労をかけてきたでしょ?
最後の最後の苦労ぐらい、
一緒に分かち合う権利、私にもあるわよね。
頑張ろう。最後の最後まで、頑張ろう。
私も頑張るから、あなたも、頑張るのよ・・
最期の最期の、その一瞬まで・・・





そして迎えた朝。
さすがに、公園には顔を見せないものの、
ルークからのメッセージが届く。

ルークはまだ生きています。まだ食べています。
まだまだ、頑張っています。

そのメッセージを胸に、
こうして我が犬を連れて公園に来れるその喜びを、
すべてのドッグラバーたちが、噛み締めている。

そして改めて見回す朝のセントラルパーク。
オフリーシュの許された時間まで、
どこもかしこも、走り回る犬たちでいっぱいである。

その中に混じった、片足の犬。
あるいは、すでに毛並みのげっそりと落ちた、
老犬たちの姿。

あの片足の犬、あるいは、既に歩けないほどにやつれ切った老犬、
だがしかし、その飼い主たちが、不思議なほどににこやかに、
ともすれば、溌剌な程に見える、その理由。

つまりは、そんな不具な犬たちの飼い主たちは、
すでに、その最期を、覚悟しているのである。
その最期を見据えた上で、その最期の日に向けた、
その一日一日、その一瞬一瞬を、
心の底から、慈しんでいるのである。

これまでの犬と過ごしてきた日々。
子犬のうちに、また片手に余るほどの大きさの犬を、
シャツの胸に入れて迎え入れたその瞬間から、
そして毎日毎日、雨の日も風の日も、
酷暑の午後にも嵐の夜でも大雪の中であっても、
一日も休まずに犬と共に歩き続けた日々。

その一日一日が、その日々の苦労が、
いったいどれだけ幸せな時間だったのか、
それを、噛みしめるように、味わい尽くすように、
待ち受ける最期の瞬間まで、その一瞬一瞬を、
心の底から愛しんでいるのである。

頑張れよ、と思わずつぶやく。
頑張れよ、一日でも、一時間でも、一分でも、
頑張り続けてくれ・・

と、そんな俄な無常観に包まれては立ち尽くす俺の後ろから、
思い切りの前蹴りを食らわせてくる我が駄犬。

なにやってるんだよ、早く、そのボール投げろよ!

大丈夫、俺の犬は死なない。
な、そうだよな、お前は死なない。
絶対に、なにがあっても、死んだりはしない。
そう思い続ける以外に、いったいなにができると言うのか。

そして思い切り投げ上げるボールと、
それを追って走り続ける犬の姿を追いながら、

この一瞬こそが、珠玉の時、それを思い知るばかりなのである。




そして一週間が経った。

不思議なことに、
それはまさに、奇跡、としか言いようがないのだが、
ルークはまだ生きている。

いや、生きているどころか、
それはもしかすると、回復に向かっているのか、
そんな甘い期待さえも抱かせる程に、
いまだに意気揚々と、ひょうひょうと、生き続けている、という。

いまや毎日の午後の日課のようにお見舞いに集う人々。

手に手に、特性のお土産、
レバーから、特上の鹿肉から、フィレミニヨンからを、
一瞬のうちに平らげては、
ねえ、もっと頂戴、と、右手を上げては、にかっと、笑うのだそうだ。

なんか心配しているこっちが馬鹿馬鹿しくなるぐらいに、
元気元気、元気そのものなんだから・・

奇跡だ、と、赤ひげの名医が笑った。
それ、奇跡よね、と、筋金入りの獣医の友人。
まあそういうことも稀にはありますが、
と、慇懃無礼に電話を切るドクター・スリープ。

そしてルークは生きている。まだまだ生き続けている。
頑張れルーク、世界がそう祈っている。
生きろ、ルーク、生きて生きて、生ききれ、
最期の最期の、その瞬間まで。
この一瞬一瞬が、珠玉なのだ。

それこそが、ルークからのメッセージなのだ。

そして、夜明け前のセントラルパーク。
また、一人二人と集まり始めた犬仲間たち。

おはようも、言わぬそばから、

ほら、と互いに翳し合うIPHONE

ルークです。お騒がせしています。
恐縮ながら、まだ生きています。

奇跡は起こる、そう、起こるのである。

俺の犬は死なない。
俺達の犬は死なないんだ。
そこに、愛が、有る限り・・

燃える朝日に照らされたセントラルパーク、
そしてまた新たなる、このささやかなる愛の奇跡が、
こうしてまた、日を重ねていくのである。




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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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