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氷点下16℃のニューヨーク ~ スーパー・ブラッド・ムーンの死の彷徨

Posted by 高見鈴虫 on 21.2019 犬の事情   0 comments

スーパー・ブラッド・ムーンの中にあった、
このマーティン・ルーサー・キング・ジュニアの日の連休の間
一日のうちに、気温が20℃も急降下する、
そんな異常事態に陥ったニューヨーク。
小雨が雪に変わり、積もった雪が雨に流され、
そして降り始めた土砂降りに雹が混じっては、
そして日曜の夜更けを過ぎた頃から、
気温がぐんぐんと下がり始めた。

たしか大阪なおみの試合の後に散歩に出た時には、
摂氏3度であったその気温が、
錦織のフルセットが終わった頃には、
ふと見れば、氷点下16℃・・・・
と思わず絶句。
体感温度に至っては、マイナス30℃、とある。
そこまで行くと、悪い冗談以外のなにものでもない。

あらためてあのさあ、と。
ケイちゃん、凄い試合をやってくれるのは嬉しいが、
そしてそれを心の底から思い切り堪能させて貰っていたりもするのだが、
改めてそれ、格下のランキング27位を相手の、
しかも、セカンド・スタジアム、
つまりは脇役用のB面の方じゃないか。
そんなところでどれだけ頑張ったって、
テレビには愚か、深夜まで会場で頑張っていた、
そんなコアな日本人ファンにしか、
その奇跡の活躍は目にすることはできない訳で。
できることならこんな雑魚相手の予行練習はさっさと終わらせて、
次のジョコビッチとの宿命の対決、
或いは、その次があるとすれば、
ラファエル・ナダルとの頂上決戦。
まあ確かに、一試合一試合こそが土壇場の決戦で、
どんな試合であっても思い切り力の限り戦ってくれる、
そんなバカ正直な姿こそが、
この錦織圭の最大の魅力。
だからこそ、世界中のテニスファンから、
これだけ熱い喝采を浴び続けることにもなるのだが、
そしてなにより、
あの最後の最後のサービスエースには思わず涙が滲んだりもしたのだが、
たださ、言わせて貰えば、
そんなことをやっている間に、この五時間半の間に、
すっかり外はマイナス16℃。

そして改めて、灼熱のメルボルンの夢から醒めた時、
窓から見下す通り、
雪除けに巻かれた潮が舞い上がっては渦を巻き、
さすがに人っ子ひとり、誰も歩いてはいない。
そうするいまも、豪風が吹き荒れ窓を叩き、
波の砕けるように不穏な隙間風が寄せては返すを繰り返すばかり。

そんな俺の隣りから、身を伸ばして背伸びしては
窓の外を眺めている犬。

ちょっとこれ、やばいんじゃないのか?
その声に、へへへ、
微妙な照れ笑いを浮かべては首を傾るばかり。

エスキモー犬だったらいざ知らず、
こいつは、オーストラリアの牧場の犬だしなあ。

だがしかし、だからと言って、この寒波の去るまで、
おしっことうんちを我慢する、なんてことができる筈もない。

であれば、取り敢えずは家の前でおしっこだけでも済ませて貰って、
と、迂闊に外に飛び出した、そんな俺が、バカ、であった。









改めて、この氷点下16℃の世界。
そして体感温度はと言えば、氷点下30℃?
玄関のガラス扉の向こう、唸りを上げて吹きすさぶ突風、
その塩の砂塵の荒れ狂う様に、
思わず物怖じしては、俺の顔を覗きみる犬。

大丈夫、いいか、作戦としては、あのバス停の陰に走り込んで、
そこでおしっこを済ませて、そして速攻で帰る。
いいな、わかったな?

それ、1、2,の3,で飛び出した氷点下16℃の世界。
でも、あれ、それにしては、それほど寒くもないぞ。
外から見た時の、あれほどの暴風の竜巻でhあったのだが、
どうしたことだろう、この妙な静けさ。

車のまったく走っていない無人の交差点。
風に揺れる信号と、そして踊るように走り抜ける竜巻の数々。

なんだ、それほど大したこともないじゃないか。

とそんな中、時間の凍りついたその風景の中を、
あれ?とひょっこりと通りかかった白熊が一匹。

あれ、ルーシーじゃないか。
この8歳になるラブラドール、
子犬の頃からのブーくんの妹分。
おにいちゃんおにっちゃん、とじゃれついていた、
この白い天使のような子犬であった筈が・・
でこのるーしー、いまとなっては、
その身体が三倍にも四倍、
ともすれば犬というよりも、まさにその姿は白熊そのもの。
でありながらも、
その心のうちは未だに、
ブーくんの可愛い可愛い妹のまま、そのまんま。

ブーくんの姿を見てははしゃぎ回って飛び上がるルーシー。
その手綱に振り回されるように、
頭からフード付きのコート被り、
襟巻きで顔中をぐるぐる巻きにした歩く簀巻き状態のおじさん。

さあ、行くぞ、着いてこい、とばかりに、
無人の信号をぶっちぎっては、いきなり疾走り始めるブッチと、
その後を飛び跳ねるように追うルーシー。
なんだよこいつら、完全におはしゃぎモードじゃねえか。







という訳で、バス停まで15秒、おしっこ30秒で、駆け戻って、
ちょうど合わせて一分の筈のこの決死行が、
そのまま川沿いの公園の坂を駆け下りては、
そして辿り着いたなにもかもがこっちこちに凍りついたこの氷の世界。

なんだよ、この非常事態宣言下の極寒の中、
朝からテレビをつければどのチャンネルでも、
外に出るな、死ぬぞ、と繰り返される、
この戒厳令下の中にあって、
果たしてあそこにもそこにもこっちにもあっちにも、
はしゃいだ犬に引きずられるような、
その黒く膨れ上がったミイラ怪獣たちの姿。

そしてドッグラン、
おお、犬たちの吐く息が白く膨らんでは、
一瞬のうちにキラキラと風にきらめき、
そして頭からどてらのようなオーバーを着込んだ人々の、
その身体中から湯気が立ち上っているじゃないか。

さすがに、ぶち撒けた水が一瞬に凍りついて白煙と消える、
そんな実験をするほどの余裕さえもなく、
ただ、あれ、その顔と見合わせた顔、
サングラスを外したその目に、白いゲジゲジがぶら下がってはパタパタと。

ま、ま、睫毛が、凍っている・・

だ、だ、大丈夫、と白い靄を吐き出しながら笑い合う人々。
人間、そう安々とは死んだりはしない。
例え零下50度の中だって、生き続けるのが人間だ。

ただ、その為には、歩き続けなくてはいけない。

立ち止まるな、振り向くな、その途端、凍りついて死ぬぞ。

そして歩き続ける続ける人々。
ドッグランで夢中になってはしゃぎ回る犬を囲むように、
凍りついては傾いた、そのフェンスに沿って、亡霊のように囚人のように。

ああ、そう言えば、こんな風景の描写を読んだことがある。
それは、ソルジェニーツィンだったか、
あるいは、トルストイか、ドストエフスキーか。

と、そんな俺の心中を見透かしたように、
ウォッカが必要だ、と誰かが呟く。
グラス一杯のウォッカをキュッとやれば、
こんな寒さなんて屁でもない。

そう言えば、とジャーナリストとして世界中を飛び回って来た辣腕新聞記者。

そう言えば、ロシアではどこに行っても誰とあっても、
まずはウォッカを一杯。話はそれからだ、と。

最初はなんてぐーたらな酔っぱらいたちなんだ、とは思っていたが、
機会があって真冬のロシアを訪ねることになった時、
その理由が一撃で判ったよ。
冬のロシア、
あの凄まじいばかりの寒さの中で生きていくには、
それ以外に方法は無いんだ。
つまりはそういうことさ。

ロシアかあ。

あのロシアの冬を過ごすには、
人間であることはあまりにも悲しすぎる、辛すぎる、侘びしすぎる。
ただ、その生きる重さは、
あの土地で冬を過ごさない限り、誰にも判らないだろう。

つまりはこのニューヨークの冬を越さない限り、
世界一のパーティ・タウン、
春の夏の秋の、あのエネルギーの爆発の、
あの本当の素晴らしさは判らないんだぜ、と。

さあ、休日だ。凍死しないうちに帰ろう。
帰って、収容所群島でも読み返すとするか。
俺はウォッカでも飲みながら、ドクトル・ジバゴでも観るよ。
私は、INTO THIN AIRを読み返そうと思ってた。

ああ、ここは、シベリアかモスクワか果てはエベレストか。

で、お前は帰ってなにをするんだ?と聞かれて、

決まってるだろ、俺は日本人だ。
日本の冬、と言えば、「八甲田山 死の彷徨」だ。

そう、日本という国は、いつまでたっても飽きることなく、、
この馬鹿げた悲劇を繰り返し続ける、
そんな呪われた民族なのだから。
今後の備えの為にも、
あの凄惨な映画を、見返しておくのも悪くない。






まあ取り敢えず、生きて部屋まで帰り着こう。
そして、まだ命があることを、神に感謝しよう。

そしてこの絶句に絶句を繰り返す氷点下16℃の世界。

ひねり出したばかりの犬のうんこが、コチコチに凍り付き、
そのうんこを拾おうと手袋を外した途端、
その焼けるような冷たさにみるみるうちに指先の感覚が失せて行く。

指が、指が、指が動かない。
とそんな中、足の足の、足の指先に感覚がない・・

天は、我々を、見放した・・!

ばかたれ、そんなもの放っておけ。
うんこなどいつでも拾える。
どうせ3月まで溶けることなく、
そこにあり続ける筈なのだから。

そして、樹氷の木立を抜け、凍りついた小径を踏みしめ、
このシベリア収容所群島のような死の彷徨。

その悲劇の行軍の廻りを、
犬どもが、これ見よがしにはしゃぎまわっては、
駆け回っているのであつた。

天国も地獄も、味わってみなくてはその本当の凄みは判らない。
そしてそれを生きて体験できるということは、
それだけで、幸せなことなのだ。

ただ、それほど酔狂な愚か者で無い限り、
本を読む、ぐらいで留めておいた方が良いのは山々ではあるものの、
その机上の空論が、実際にその天国を地獄を身をもって体験した人々の言うことに
勝ることは絶対にない、そのことだけは、胸に刻んで頂きたい、と。

そこにこそ、死の彷徨のその元凶が隠されているのだから。

という訳で、たかだか三十分にも満たない、
この、シベリアの、八甲田山の、その疑似体験。

喜び勇んで帰り着いた犬の身体を拭きながら、
おい、お前、こんな毛皮一枚で、
あの寒さの中で良くも生きていられるものだ、
と改めてその生命の不思議を思いながら、
ただその四つの足の先は、
手の中でどれだけ温めても、
いつまでも冷たいままであった。








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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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