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ナオミ・オオサカ トップ・オブ・ザ・ワールド!

Posted by 高見鈴虫 on 29.2019 テニスねた   0 comments
という訳で、言わずと知れたナオミ・オオサカである。

2019全豪オープン優勝、グランドスラム連覇の大快挙。
それと同時に、世界ランキング1位。

前回のUSOPENにおいては、
セリナから思いもせぬイチャモンがついてはとんだことになってしまったが、
今回のこの全豪と合わせ、全米全豪そのグランドスラム連覇。
ここまで来れば、誰がなんと言おうとこのナオミ・オオサカ、
名実共に、文句なしのトップ・オブ・ザ・ワールドである。

という訳で、このナオミ・オオサカ、
今更ながら、なにをやっても笑わせてくれる。

いまや定番とまでになった、あの天然丸出しのお惚けインタビューから、
そしてなにより今回のこの全豪におけるジェットコースター。

改めて言うまでもなく、その実力的にはナオミの圧勝の圧勝。
サーブ、グランドストローク、フォアからバックハンドから、
そのすべてのボールを、クビトバはまともに返すことさえもできなかった。

この圧倒的なまでの実力差。
思わず溜息が出るぐらいにほれぼれとする程の、
圧勝の中の圧勝、であるのだが、
対戦者であるクビトバも含めて、
世界の誰もがナオミの勝利を確信しながらも、
ただひとり、それを信じられずにいた、というのが、
まさにこの、ナオミ・オオサカ、その人。

度々に渡るブレイクチャンスをここぞというところでミスっては、
そしてタイブレイクに入った途端、いきなり我に帰っては大圧倒。
で、2セット目、完全に燃え尽きモードのクビトバを前に、
これはもうすんなりと6-1ぐらいで終わるだろうと気を抜いた途端、
まさかまさかの大ぽか連発。
しまいには、勝っていながら泣き出してしまう、という、
なんとも訳の解らない醜態を晒してはフルセットへもつれ込み。
としたところ、いきなり勝手に自棄っぱちになっては思い切りの仏頂面、
でありながら、その不機嫌の底にありながら、
次から次へと神業的なまでに目の覚めるようなスーパーショットを連発し・・

とまあ、最期の最期までのジェットコースターのようなアップアンドダウン、
ではありながら、これまさに、ナオミのナオミによるナオミだけの自分劇場。
まるで鏡に対して立ち向かうように、
あるいは自身の影と追いかけっこをするように、
自分で崩れて自分で泣いて自分で立ち直っての繰り返し、と。

テニスはメンタルのスポーツとは良く言われること。
勝利を目前にして、それを自覚したその途端、
いきなりメンコケを起こしては、
力み過ぎてサーブが一本も入らなくなってしまったり、
震えて立っていられなくなってしまったり、泣き出してしまったり、
下手をすれば全身に痙攣をおこし・・
そんな悲喜劇を山のように見てきたのだが、
いやはやこのナオミ・オオサカ、
これだけのメンタル・ブレイクダウンを起こしながら、
しかし不死鳥のように蘇る、その奇跡こそが、
この並外れた身体能力にある訳で、
つまりは、普通にやっていれば楽勝で勝てた筈の試合を、
自分との戦いに勝手に我武者羅になっては疲れ切り。

ただね、そう、ナダルだってジョコビッチだって、
あのフェデラから一セットを奪うまでに、
いったいどれだけ無様なメンコケを繰り返してきたか、
そしてそのフェデラから一勝を奪うために、
いったいどれだけの歳月と労力を費やして来たのか。

と言ってしまえばあのフェデラだって、
デビューと同時に一挙にトロフィーを勝ち取った、
なんて筈はまったくない。

そう、現実世界にはシンデレラ・ストーリーなどありえない。
こと、このテニスにおいては尚更。
ファイナルラウンドに上りつめるには、
それ相応の実力のあるもの以外は、
絶対に上がってくることはできない、
まさに実力だけがモノを言う天空世界。
ではあるものの、
勝負は時の運、というように、
有り余る才能と実力がありながら、
その僅かなところで運に見放され続ける、
そういう不遇の天才というものもいるにはいる。

という訳で、この・オオサカナオミ。

実力的にはまさに文句なしの世界一、
ではあるものの、その余裕がありながら、
しかしファイナル優勝を前にしたこのプレッシャー。

しかしながら、いやはや、あそこのから良くも立ち直れた。
逆に言えば、それだけクビトバとの実力差があった、
ということではあるのだが、
つまりは、もしも、その相手が、ハレプであったり、
ウォズニアッキであったり、スティーブンスであったり、
あるいは、復讐心に燃えるセリナであったとしたら、

と考えれば考えるほど、このナオミ・・オオサカ、ついている。
まさに、神に愛されている、といえるほどについている、
と、言わざるを得ない。

ただね、そう、今回の全豪を見る限り、
俺がずっと笑いながら見ていられた、その理由っていうのも、
普通にやったらこのナオミ・オオサカに敵う選手などいない、
それが、あまりにもあからさまであったから。

ただ、改めて今回の全豪オープン。
ナオミにとっては、まさに収穫も収穫である筈。
なにより、この苦戦に次ぐ苦戦。
このファイナルに辿り着くまでに、
なんとフルセットの試合を三回、
その中で、絶体絶命の縁まで追い込まれたことが、
いったい何度あっただろうか。

去年のインディアン・ウェルス、
そして、全米が、謎のダークホースとして
ほとんどのノーマーク状態。
ナオミ自身もともすれば夢のうちであったのに対し、
今回の全豪こそは、まさに追われる者として、
試合の度にガチンコの勝負を仕掛けられては、
そのプレイスタイルから弱点からを、
徹底的に研究しつくされていた筈である。

今回の全豪こそが、ナオミ・オオサカが、
まさに、実力ひとつで掴み取った、
まさに、勝利の中の勝利、であった筈。

がしかし、そんなナオミが、
あの表彰式での思い切りの膨れ面。
その表彰台に、敗者そのものとして佇んでいた訳で、
あの理由、というのも、まさしく、そう、
そのあまりにも苦渋であったこの優勝トロフィー。
そこに至るまで、壮絶なまでの苦難の道のり。
自身の抱える弱点、つまりはそのメンタルという強敵に、
完膚なきまでに打ちのめされていた、その筈である。

がしかし、である。
だからこそ、この勝利には意味がある。
この一種、トラウマ的なメンタル・ブレイクダウンから、
奇跡のように立ち直れた、その理由がどこにあるのか。

改めて自身の試合を客観的に見返して見たとき、
唖然呆然としただろう。

なんなのこれ、完全な独り相撲。
実力で完膚なきまでに相手を凌駕しながら、
そのあまりに歴然とした実力差の中で、
しかしこの無様な七転八倒を続けていた理由。
私が戦っていたのは、私自身。
つまりは、自分の影と戦っていたに過ぎない。

そのあまりにも茶番的な真相。

そして改めてそこから立ち直る自分自身を見つめ直し、
くっそう、もう二度と、こんな無様な姿は晒さない、
そう、心に誓っている、その筈である。

実は前回の全米優勝に関しては、
正直な話、次の優勝までの間には、
それこそ想像を絶する茨の道が待ち構えているだろう、
と思っていた。
つまりはそう、このメンタルこけの悪夢、
その泥沼の底を這いずるだけ這いずっては、
その地獄の底からそれでも立ち直って初めて、
真の王冠を手に入れることができる、と思っていたのである。

そしてナオミ・オオサカ。
この全豪大会における七転八倒の数々。
その中でいったいなにを学んだのか。
そして、その七転八倒の中から、
あの優勝トロフィーを掴み取った、
その理由がなんであるのか、
そしてこの勝利の中で、ナオミはいったいなにを学んだのか。

改めて、ここに来てようやくナオミ・オオサカは、
そのネガティブな思考回路から脱することができる筈である。

つまりは、自分の強さがいったいなんであるのか、
その圧倒的なまでの自身の強さ、
その秘密を、自分自身で自覚していくことになる筈だ。

改めて、ナオミ・オオサカの強さとはなんだろうか。

その200KMを越える強烈なサーブ、と人は言う。
だがしかし、そのサーブのスピードに頼れば頼るほどに、
フットワークが乱れ、そして、体力を消耗し、
もしもサーブが入らなくなった時に、なんの潰しも失くなってしまう。
そしてなにより、ファースト・サーブに頼れば頼るほどに故障が増え、
身体中にこれでもかと、危険な時限爆弾を抱え込むことにもなりうる。

もしもナオミがファースト・サーブに頼り切るスタイルを続けていれば、
少なくともあと2-3年の間に肩のあるいは肘の手術を受けることになり、
下手をすればそれだけで、選手生命そのものが吹っ飛ぶことになる。

問題は、このファーストに頼らない為にはいったいどうすればよいのか、なのである。

そして改めて、ナオミ・オオサカの本当の強さ、
その秘密として、グランドストローク、特にフォアハンドのスピードが上げられている。

この全豪の試合中、クビトバは、一見して安易なグランドストロークにおいて、
このナオミのフォアハンドをことごとくオーバーしていたではないか。
あれは、クビトバが力みきってはバカうちを繰り返していたから、では勿論ない。
ナオミのフォアハンドのスピードがあまりの早すぎて対応できず、
体重を乗せきれないままのスっぽぬけを繰り返していたのである。
だがしかし、その強烈なフォアハンドに無難なリターンを返す度に、
勢いを失った短い球をことごとくサイドラインに持っていかれることになる。

つまりはこのナオミのフォアハンド、並の選手のファーストサーブと同じほどの、
強烈なパワーを秘めているのである。

そしてナオミのバックハンドである。
コーナーに振られたボールを、すかさずダウン・ザ・ラインで弾き返してはウィナーを奪い、
あるいは、クロスから突き刺すようなサイドラインへの弾丸ショットである。
このナオミの左右を問わぬグランドストロークの強み、その理由がどこにあるのか。

怖いもの知らずの小娘の若さに任せてバカ打ち、そのラッキーショットに過ぎないだろう、
去年の全米辺りでは、そんな大間違いを思っている輩が多かった筈である。
だがしかし、今回の全豪において、その秘密がついに明らかになった。

ナオミの繰り出すこのベースラインぎりぎりの強烈なリターン。
その秘密がどこにあるのか?
筋力?瞬発力?反射神経?フットワーク?動体視力?
そのすべてが確かにそうではあるものの、
ナオミのこの強さの秘訣は、なにより、その身体の柔らかさと、
そして、その才能の真髄であるところのなにか・・

その何かを探る為に、改めてこの抱腹絶倒のファイナルマッチ、
その全てを、辿ってみたい・・







テニスには大きな敵が3つある、
とはよく言われること。

まずは、相手との戦い。
そして、自分自身との戦い。
そして、なにより、テニスそのものとの戦い。

今回のこの全豪のファイナル戦において、
ナオミはことごとくこの3つの敵と、相対することになった。

1セット目、これは相手との戦い。
2セット目、これは、自分自身との戦い。
3セット目、これはまさに、テニスそのものとの戦い、と。

でまあ、俺はそんな精神論はあまり好きではない、
というか、テニスそのものが非常にメンタルなものなので、
そこに精神論を持ち込んでしまうとやたらとあやふやに、
ともすれば、宗教的にさえなってしまう。

ので、宗教嫌いの俺としては、
そのあたりのところは、
テニスのことなどよく判りもしないで、
手放しの絶賛を繰り返すあの大本営広報部の方々、
日本人偉いやら、ナオミ最高、やら、
だったら、オリンピックはどっちで出るわけ?
なんていうところをぐるぐる回っている、
そんな脳タリンな集団思考の方々に任せるとして、
この筋金入りのテニス馬鹿を自称する俺的には、
ちょっと背伸びなどしては、
その技術的、あるいは戦術的なところを、
極々主観的に考察ができればな、と。

まず一セット目、ナオミの先行から始まったゲーム。
この一セット目は、まさに、技と技の勝負。
つまりは相手の手の内のの探り合い。
サウスポーの利点を十二分に活かしたクビトバのサーブ。
アドコートへのスライスサーブのスピンが逆、
つまりはバックハンド側の外に逃げる、ことになる理由で、
なにかと試合の要になるこのアドコートでのサービスで、
この逆スピンのスライスサーブで確実にポイントが取れる、
ってのがまあ、サウスポーの方々の強みの極意。

で、そのアドコートへの必殺外逃げスライスを、
いかにして攻略するかがこの試合のキーポイントであったのだが、
はい、この1セット目、まさにナオミの200KMに迫るフラットサーブと、
そしてクビトバのこの逆逃げスライスサーブとの一騎打ち。

でなにより1セット目の焦点となったのが、
3-3で迎えたナオミのサービス。

テニスには、ゲーム4の鉄則、ってなものがあって、
4ゲーム目を先に取ったものが断然有利に試合を運べる。
つまりは、先行のほうが俄然有利、という真理がある。

で、この前のゲーム、3-2からのクビトバのサービスで、
ギアアップしたナオミがいきなりブレイクポイントを得るのだが、
そこは百戦錬磨のクビトバのこと。
みすみすとそんな術にはハマりはしない。

で、惜しかったブレイクのチャンスを逃したナオミ。
ちょっとがっくり、というか、ギアアップした分のツケが回ってくる、
そのチャンスをクビトバが逃すわけがない。

あれよあれよと0ー40に追い込まれて万事休す。
クビトバも含め、世界のテニス通たち、
そのあまりにも迂闊に陥った窮地に、
ナオミ、まだまだちょろいな、と思っていた筈。

だがしかし、このトリプルグレイクポイントの絶体絶命を、
ナオミは弾き返すのである。

果たしてそこで何が起こったのか、
それこそが、実はこの試合を決めたキーポイント。

力みきってファーストサーブの入らないナオミ、
つまりはすでに、袋のネズミ、と化していたのだが、
ここでクビトバが、有ろう事か力みに力み切っては凡ミスを連発。

つまりは、あの不幸な事件から戦線離脱を余儀なくされ、
そして今大会に復帰をかけての再挑戦。
その気負いが、あるいは、勝負勘の曇りが、
ともすれば、そう、クビトバはついていなかった、のかもしれない。

その勝負所の40-40からの決め所において、
ナオミはあろう事か、ど真ん中にポヨポヨの糞サーブを打ってしまう。
ぐげ、一巻の終わり、と思ったその時、
なんとなんと、そのチャンスボールを、クビトバがまさかのバックアウト。
つまりは、力み過ぎ、
あるいは、この青天の霹靂の致命的なミスサーブに、
逆に調子が崩れてしまった、というところなのだろう。

というわけで、0-40からみるみるうちにアドヴァンテージに巻き返したナオミ。
ついている、と思ったはずだ。
そして、もうひとつの真理。
自分が緊張しているように、このビッグマッチの中にあって、相手もやはり緊張しているのだ。

そう、時として相手は自分の鏡であり、
その真理に気づいたものが、自らの裏をかくように敵を欺ける。
その心理的な綱引きこそがテニスの醍醐味のすべてなのである。
という訳で、この壮絶な綱引き合戦。
試合の肝という肝を熟知した達人同士が、
息詰まる鍔迫り合いを繰り返しては、
双方一歩も譲らぬままに、
ついにタイブレイクへともつれ込む。

という訳で、このタイブレイクである。
惜しくも6-5からのブレイクポイントをものにできなかったナオミ
ではあったが、
ここで気落ちをしなかったのも、
実はこのタイブレイクこそが、ナオミの正念場であった筈だ。

タイブレイク。
言ってみれば、ファーストサーブ一発勝負のサーブ合戦である。
そしてなにより、ナオミの最大の武器といえばその強烈なサーブ。
最高速200KMを誇るこの男勝りのフラットサーブこそが、
ナオミをここまで押し上げた最大の要因である。

やっぱりなあ、と思わずため息をついてしまう。
やっぱ、サービス・エースを取れるのって違うよな、と。

そう、錦織の唯一の弱点こそがこのサーブなのだ。
サーブ一発でポイントが奪える、
あるいは、ここぞ、という時に伝家の宝刀のサービスエースで、
一撃で敵をねじ伏せられる、その自信こそが、ゲームの鍵を握るのである。

そしてナオミにはそれがある。
タイブレイクに持ち込めれば、絶対に負けはしない。
その自信こそが、ナオミのテニスの真髄。その自信の拠り所。

そしてスライス主体のクビトバにとっては、
サーブのスピードで劣る、その引け目こそが、
この21歳の若き先鋭を前にした唯一のウィークポイントであった筈。

という訳で、1-0から迎えたクビトバのサーブ。
また得意の、外へ逃げるスライスのサーブ、であった筈が、
その伝家の宝刀であった必殺のスライスサーブを、
ナオミはここに来て、まさに、待ってましたとばかりに、
いきなり、ダウン・ザ・ラインのリターンエースを奪うのである。
この会心のリターンエース!
このバックハンドからのダウン・ザ・ラインの瞬間を、
ナオミは虎視眈々と狙っていたのであろう。

これで勝負あった、と俺は見ていた。
クビトバの唯一絶対の武器であったこの逆スピンのスライスを、
リターンエースされてしまっては、クビトバは牙を抜かれに等しい。

勝った!と俺は思った。
勝負あった!

これでクビトバのファーストサーブのパーセントは急降下。
そして、守りに回ったセカンドサーブでリターンエースを狙い打たれ・・

そしてナオミのサービスエース。
そしてクロスからサイドラインを抜く火の出るようなフォアハンド。
みるみるうちに5-1とまで詰め寄った後は、
予想通り、守りに回ったクビトバのサーブを、
これでもか、と右へ左へのコーナーに弾き返し、
そして一セット目、7-2の大差を持ってタイブレイクをぶっちぎることになった。

改めて、ナオミはこの展開を予想していた筈である。
かつての世界チャンピオンに、早々と簡単に勝てる訳がない。
ただ、粘りに粘ってタイブレイクにまで持ち込めれば、
そこは、サーブ力に勝るナオミである。
その時こそが絶好のチャンス。
と、同時に、あの策士のクビトバのこと。
タイブレイクとなれば、新人はきっと気負っては無駄な力みを繰り返す筈。
であれば、むしろスピードを抑えたスピンサーブで、
相手のミスを誘い出して自滅に追い込む、
がしかし、ナオミという天才の中の天才を前にして、
その作戦が、裏目に出た、と。

そう、それこそがまさにあのナオミのリターンエースである。
あのときを待っていた、まさに、一撃必殺のクロスカウンターであった筈。

あらら、と思った。
なんだよ、終わっちまったじゃねえか、と。

もはや牙を抜かれたクビトバは手負いの野獣そのもの。
追い込むだけ追い込んで、後は疲れを待っては滅多打ち、
その展開が誰の目にも明らか。

そしてなによりこのクビトバ、
百戦錬磨、歴戦の勇士であるクビトバのことだ。
ファーストセットを落としたことがいったいなにを意味するのか、
その自身の徹底的なまでの窮地を、思い知っていた筈だ。

小次郎、ならぬ、クビトバ破れたり!

世界中の誰もが、それを、確信した、その筈、であったのだが・・・

がしかし、であった、それこそが、魔物、なのであった。
そう、ここはグランドスラム、その決勝戦のコートである。
つまりはそこには、邪悪なる魔が潜んでいるのである。



という訳で、第二セット。
最早、十中八九、敗退を覚悟していたであろうクビトバ。
このままナオミがねじ込んでは、6-2 あたりでの圧勝、
と読んだ俺は、そのままテレビを点けたまま、
そういえば、ベビーメタル、次の予定は発表されたのか、
なんてところから、
なぬ?よりによって我が永遠のアイドルであるコバメタルが、
ネット亡者どもからこれでもか、と、イジメにあっている・・
ばかやろう、このYMYのアイドル原理主義者ども。
あのなあ、よく考えて見ろよ、と。
21にもなって、高校を卒業してまで、
ポニーテールのニーハイのミニスカの、
そんなアイドル路線なんてものを、
いつまでもしゃあしゃあと続けられる訳がねえじゃねえか、と。
ベビーメタルはいま、そんな表層的なアイドル路線からの脱却
それこそが一番のキーポイントな訳で、
そこにこそ、頭をひねる妙技ってんのが、大人の愉しみ。
そこを持ってきて、やれ、ユイちゃんの可愛いさが、
その永遠の笑顔が、と、女々しいにも程がある、と。
つまりはこいつら、このYMYの奴ら、
じゃりタレのじゃりタレによるじゃりタレ至上主義。
すっかりそのおつむも、表層主義の脊髄反射、
つまりはどこぞのネトウニョたちと変わらねえじゃねえか、と。
ともすれば、そんなアイドル原理主義の教条主義者こそが、
このユイ脱退の遠因にもなっていたのではないか、
なんてことさえも思ってしまう、このヒステリックな炎上狙いの集団争議。
ヤザワの下した英断ではないが、
ファンと言えども、ルールを守らない輩はお断り、
やれ、説明責任だ、コバメタルを断罪だ、株価暴落だ、
なんていう、どこぞの総会屋ごときの恫喝が、
すぅを、モアを、そして他ならぬユイ自身を、
いったいどれだけ傷つけていたと思っているんだ、と。
改めて、そんなネトウニョもどきのヒステリックな集団争議こそが、
ベビーメタルを窮地に追いやる、その要因ともなりうる。
下手をすれば、ベビーメタルのその人気が、
ネトウニョまとめサイトのアクセス稼ぎ用ボットを共有していた、やら、
下手をすればYMYの応援団長がまさかまさかのネトウニョ疑獄で逮捕、
なんていう最低最悪のスキャンダルがぶちまかれる前に、
頼むからその短絡的な、共産虫国的な、糞原理主義的な、
集団争議の炎上弾劾を、やめてほしい。
ヤザワではないが、自分で自分のケジメをつけられないガキは去れ。
あるいは、日の丸だ、日本だ、アヴェまんせーだ、
なんてところでしか、自己のプライドの代替えを見つけられない
そんな知恵足らずな糞ニートどもは、
さっさと別のションベン臭いじゃりタレに乗り換えてくれれば良い。
改めて、音楽は、そんな生易しいものではない。
あるいは、そんな表層主義者たちにとって、
この先、ベビーメタルが辿ろうする道は、
それほどまでに表層的に脊髄反射的なまでに、
そんなドシロートな輩にとっても判りやすいものではない筈だ。
ただ、と、コバは信じている筈である。
ただ、本当のファンたち、
本当にこのベビーメタルという人々を愛し、
理解し、信じているものたちにとって、
このダークサイドこそが審判の時。
ディストーションの、エレガの、そして、TATOOの、
本当に目指したものがなんであったのか、
それを理解できないものには、この先のベビーメタルは、
ちょっとつらいものになるに違いない。
そんなことを確信しつつも、つまりはそう、
アイドル、というキャビン・フィーバー的な炎上商法から、
本当の本当の意味での世界の頂点を目指す、この本物のアーティスト指向。
ベビーメタルはいまその華麗なる変身に向けて、
刻一刻とその脱皮のときを待っているのである。

なんてことを、つらつらと綴っていた、その間に、
え?なんだよ、いきなり、ブレイクされたの?
なんで?と。

見れば、ナオミは完全に不貞腐れきっている。
そしてクビトバ、すでに、すっきりと洗い清められては、
そこには、緊張の色も、気負いも、慢心も、焦燥さえも見えない。
つまりは、1セット目を落としては、
すっぱりと覚悟を決めたのであろう。
ここまで来たら、やるだけやるしかない。
1セット目を落とした以上、どうせ勝ち目はほとんどない。
であれば、と思っていた筈だ。
であればそんな時、できることと言えば・・
心理的な揺さぶりをかけてナオミを自滅に追い込む、
その罠をしかけるしかない。

そしてナオミである。
1セットを先取してすでに勝利をほとんど手中に収めながら、
度重なるミスに自責に自責を繰り返しては、
そんな自分自身に苛立ち続けている。

こんな筈じゃない、こんな私はわたしじゃない。
その焦燥の中でバカうちを繰り返しては墓穴を掘り、
追い込まれては苦し紛れに返した短い弾を、
ことごとくサイドに持っていかれ・・

つまりそれ、ナオミのスタイル、そのもの、
つまりはその立場が、完全に逆転しているのである。

そうだよな、と思わず振り返る。
クビトバ、その絶頂にあったその時に、
強盗に襲われてはその利き腕である左手を負傷、
一時はその選手生命そのものが危ぶまれたのであったが、
そう、クビトバは帰って来た。
その無念を、その悲嘆を、その怨念を、晴らす為に。
このセカンドセットこそは、クビトバの執念の集積であった筈。

ナオミはそれに気づいていない。
ナオミはその一打一打に込められた
呪いの重さに気が付かないまま、

どうしてだろう、なんだか調子が悪い。
どうしてだろう、なんだか足が重い。
どうしてだろう、なぜ、私はこんなに浮ついているのだろう。
わたしはこんなときに、いったいなにをやっているのだ・・

その突如の不調の原因が、実は、クビトバの呪い、
つまりは、ナオミ自身を自戒させ自責させ自滅に追いやる、
その心理作戦によるものだ、と、ナオミはまだ気がついていないのである。

こんな姿、どこかで見たことがある。
ああ、そうか、と思いつく。
これ、この顔、自責的なストイシズム、その生真面目な顔、
これ、圭ちゃんの負け試合、あの時の顔、そっくりじゃないか。

ナオミは内向していた。
自身の犯すミスショットを、それが敵の作戦によって誘発されたものではなく、
自分自身のミスによるものだ、と、自分自身を責めては、
そんな自分自身に苛つき初めていたのである。

改めて、テニスは相手があって初めて成り立つスポーツである。
ミスショットは犯してしまった、のではなく、
相手によってミスショットを打たされてしまった、と考えるべきなのだ。

そこにこそ、ナオミの迷いがあった。
ナオミの焦燥があり、ナオミの苛立ちがあった。
つまりはそれこそが、この唯一無二の天才の、
ただひとつの弱点であったのだ。

普通であれば、この試合ナオミは楽勝であった筈だ。
サービススピード、フォアハンド・トップスピンの速さ強さ、
そしてなにより、サイドに振られたバックハンドから、
走りながらの体勢からウィナーを奪える、その、猫顔負けのバランスの良さ。
ナオミは天才なのである。
ナオミこそが、あのセリーナを彷彿とさせる、
若き女王、そのもの、の筈なのである。

このあまりに歴然とした実力差を、クビトバは思い知っている。
思い知りながらも、しかし勝負を諦めてはいない。
あの、辛く長い不遇の時代を耐えに耐え続けたその執念。
こんなところで、おめおめと負けるわけにはいかないのである。

というわけでナオミである。
今日に限って、あるいはこの大会中ずっと、
なにをやっても上手くいかない、と思っていた筈だ。
今日の私はついていない。調子が悪い。思い切り悪い。
どうしてだろう、どうして今日に限って・・

その焦りを、読まれていた。その焦りを、利用されていた。
その焦りを、手玉に取られていたのである。

クビトバは知っていたのである。
かつて自身がその王冠を間近にして陥った、
あの、地獄のようなプレッシャーの凄まじさを。
勝利を目前とした時、若き挑戦者は必ず気負う。
気負っては固くなり、勝利に焦ってはリスキーなショットを繰り返す。

そして5-3から迎えた、40-0 のトリプルマッチポイント。
まさに、勝利は寸前、片手どころか両手そのものがリーチしていた、
その筈、でありながら、
どうしてだろう、ナオミの表情が硬い。
動きが硬い。なにもかもが凍りついたようだ。

つまりはそれこそがプレッシャー。
つまりはそれこそが、この決勝戦のコートに潜む魔物の正体。
その心理的な窮地の中で、これでもか、と強引な力技を繰り返し、
そこに力めば力むほどに、信じられないミスを連発する。

まさか、トリプル・マッチポイントの大チャンスを、
みすみすと不意にするなんて・・

そのあまりの落胆の中で、5-4から迎えたサービスゲーム。
本来であれば、これで終わっていたそのゲームを、
ナオミはまさに、自滅にも近いかたちで投げ捨てるようにして、落としてしまうのである。

ナオミどうした、と誰もが思っていただろう。
そして、他ならぬナオミ自身が、
どうしたの、私はいったい、どうしたの?と自問を繰り返していた筈だ。

そして15-40。
こここそが、踏ん張り時、というその時に、
思った通り、恐れていたそのままに、ナオミはゲームを落とす。
そして、試合そのものを、投げかけている。

そこには、1セットを先取しているその余裕はまったくない。
勝利を目前にした焦りから、追い込むに追い込まれた、
まさに、ルーザーの表情そのものだ。

そして、この時になって、ナオミは泣き出してしまう。
つまりはメンコケ、つまりは、メンタル・ブレイクダウンである。

改めて、これこそが、グランドスラムの決勝、その凄みである。

勝利を目前にし、その王冠を目の前にした途端、
そのあまりの重圧の中で、息がつまり、身体が強張り、
流れる汗が冷や汗に変わっては、全身を鳥肌が包む。
そうして凍りついた身体に、冷え切った筋肉が、
不穏な痙攣を始めるのである。

グランドスラムの決勝において、
勝利を目前にしながら、無残な自滅を遂げていった、
そんな悪夢を、長きテニスファンであれば、何度も目にしている筈だ。

力みきってはサーブがまったく入らなくなり、
足がもつれて動かなくなり、ともすれば勝利を目前にして両足が痙攣を起こし・・

そんな悲劇、この、グランドスラムのファイナル、だからこそ起こる、
この極限の緊張の中の悲喜劇。

ナオミはいまや、すっかりとその魔術にはまり込んでいた。
これだけの実力差がありながら、だがしかし、ナオミが唯一劣っていたもの。
つまりは、その経験。
つまりはそう、いま、ナオミが直面しているこの悪夢、
その悪夢の経験をまだ知らぬこと、
それこそが、ナオミの唯一の弱点であったのだ。

勝利を目前にしながら、その緊張に、苛立ちに、無残な自壊を遂げていくナオミ。
自分自身に自棄を起こしては、ヒステリーの発作の中で、自分自身に罵声を上げては、
ついには、ラケットそのものを放り投げてしまう。

というわけで、この悪夢の2セット目。

勝利を目前にしたナオミが、
遂に無様なメンタルブレイクダウンを起こした、
と、世界中の人々が意地悪なほくそ笑みをしていたであろう、その時。

タオルを頭から被ったまま、つまりは顔を隠したまま、
トイレ休憩に消えたナオミは、いったいなにを思っていたのだろうか。

改めてこのグランドスラム決勝におけるプレッシャーの魔力。

忘れもしない2014年USOPENのファイナル、
錦織はようやくようやく辿り着いたその決勝戦のコートで、
そのあまりの緊張の中で夢心地ままに、
まったくなにひとつとしてなにも、自身のプレーができぬまま、
その悪夢から目がさめることなくあまりにもあっさりと惨敗をきっし、
そしていまも、その悪夢の中にある。

そしてナオミである。
3セット目を前にしてもいまだに自責の罠の中でもガキ苦しんでいる。
目を閉じ、舌打ちを響かせ、自分自身を責めて責めて責め続けている。

目を覚ませ、と思わず叫ぶ。
自責してはいけない。自責こそは罠なのだ。
相手はそんなお前を見ている。
その焦燥の中で、内向を繰り返せば繰り返すほどに、
完全に球筋を読まれては足元を見透かされることになる。

ナオミ、その自責の悪夢から目を覚ませ。

という訳で、ナオミは不機嫌なままであった。
思い切り不貞腐れては、
自分というものをこれほどまでに憎んだことはない、
そんな表情のまま、
ともすれば、くそったれ、なるようになれ、とばかりに、
その怒りが頂点をぶっちぎり、そして、自分というものを完全に吹っ切ってしまう、
そこまで怒り心頭の自己嫌悪の底の底、
そしてそこにまで至って、
そしてふと、気がついたのであろう。

何を言ってるのだ。
これは、グランドスラムのファイナルなのだ。
世界中幾億万のテニサーたち、
そのすべての憧れ、そのすべての目標である、世界の頂点なのだ。
そんなものが、易々と手に入るわけがないではないか。

そしてナオミは吹っ切ったのである。
この筋金入りのネガティブさ、
そしてその中に培ったこの一種自嘲的なまでの諦めの早さ、
自分自身に腹を立て、腹を立て過ぎては沸点を超え、
自分自身に思わず愛想を尽かしては、
ったく、このわたし、いったいどこまでバカだっていうの、
その自棄のやん八の自責の底の底に至った時、
ふと訪れる、無我の境地。
つまりはヒステリーの飽和点。
ナオミはそれを待っていたのだろう。
自身のテンパーが熱しきっては蒸発を始め、
そしてふっと胸のうちに吹き込むあの冴え渡った冷たい風を。

みすみす自滅的に2セット目を落とし、
その恥辱と自己嫌悪の底で、ナオミは思い知ったのであろう。

私は本当に私という人間に飽き飽きした。
だがそれは今に始まったことではない。
そして私は、生まれてから一度だって、
こんなテニスなんていうえげつないスポーツを、
愛したことなんてなかった。
その筈なのに・・
テニスなんか大嫌い!
子供の頃から何度繰り返したか判らない
その呪いの言葉。
それを呟いた途端、
子供の頃の自分が現れる。
ねえナオミ、
テニスが嫌いなら、なんでこんなことやってるのよ。
やりたくてやってるわけじゃないわよ。
だったらなぜ?
なぜってそれは、わたしはどういう訳か、
このスポーツに才能があったのよ。
つまりはこのパワーが、この動体視力が、
なによりこのバランス感覚が。
私はどういう訳だか、このテニスというスポーツに必要な才能が、
生まれたときから丸々と備わっていた。
つまり、私は知っていた。
どうすれば勝てるのか、そのコツのようなものが・・
だったらそれをやればいいじゃない?
そうよね、そうするさせてもらうわよ。
そしてさっさと、この下らない場所から、
一目散に逃げ出すに限るわよね。

そのナオミの怒りが、
一種投げやりなまでの開き直りが、
その魔法のような幼児退行現象が、
ナオミ本来の姿、
その天性の資質を蘇らせた。

大人の子供、
と言うよりは、
その姿、身長180の、
まさに子供、子供そのもの。

その不屈の子供パワーが、
一瞬のうちにその悪夢の霧を拭い去っては、
そのこれ以上ない不貞腐れた表情の中に、
一種、魔が落ちた、一種、冴え渡った、
そのあまりにも、吹っ切った表情。

そう、私はずっとずっとそうだった。
テニスなんて大嫌い!
そうやって泣きながら、なんどコートの上を転げ回っただろう。

でも、泣くだけないた後に
ふと訪れるあの冷めた風。

見える、すべてが見える。
私自身を含めたこの世界の成り立ちが。

私には分かってるのよ。
あのクビなんちゃらが考えていること。
つまりは、私の一番イヤなところに、嫌なボールを打ってくる、
そういうサディストな訳でしょ?
そう、それも判っているから、
だから私は、そのサディストに、ほらこうやって、
ここでこうして、アングルをつけてコーナーに弾き返して、
ほら、これよこれ、そう、わたしには判っている。
その球筋が、そのボールを、このラケットのどこにどう当てればよいか、
その全てが、どういう訳だか、最初から判っていた。

という訳で、ナオミはブチ切れまくっていた。
それと同時に冴え渡っていた。
この世のすべては無常だ。
こんなグランドスラムなんてものに、
欲をかいてはビビくりまくって、
そんな自分のあさましさに、
心底辟易しながらも、
そう、それだって、今に始まったことじゃない。

グランドスラム?世界のチャンピオン?それがなんだっていうの?

という訳で、
世界中が見守る中で起こしたこの最低最悪の駄々っ子モードの癇癪玉。

その自責の底の底、その恥辱の底の底から、
なによ、こんなの、馬鹿馬鹿しい、とばかりに、
一瞬のうちに目の覚めたナオミ。

そう私には判っている。
なにをどうすればよいのか、
この身体が自然と動いてくれる、
それに身を委ねていれば良いだけなのよ。

どうせこの世の中、悪い方にしか転がらない。
欲しいものは必ず手に入らず、
欲しくないものばかりが転がり込んでくる。
そして私が一番欲しくもなかったもの。
つまりはこの、テニスという競技の才能。

私には見える。その球筋が、そのスピンの速度が、
そのバウンスの角度が、不思議の目に見えてしまう。
そして私のこの脚力。
身体が動く、自然と反応し。

ああ、面倒くさい。
自分に腹をたてることさえも馬鹿馬鹿しい。
なによこの意地悪なくっそババア。
私はもうすでに1ゲームをブレイクしている。
そして私はもう自身のサービスを落とさない。
落とさなければ、勝ちは私のもの。
そして私はこんなクソ暑いバカみたいなフライパンの上から、
さっさとおさらばできる、それが一番の望み。

さあ、さっさと終わらせよう。
さっさと終わらせるためには、
終わらせることを焦らないこと
それを悟らせないこと、望まないこと。
そう、望んだらおしまいだ。
それを望んだ途端に、それは奪い去られる。
世の中はネガティブなもの。
神様は意地悪なのだ。
とくにこのスポーツ、
このテニスというスポーツの神様は、
底なしの意地悪やろう。
私は望まない。私はなにも考えない。
ただ、この黄色いボール、この黄色いボールを、
身体の思うままに、打ち込むこと。

という訳で、ようやく魔の落ちたナオミ、
その幼児退行現象の先祖返りの魔法の中で、
ふと平常心に立ち返ったその姿、
それこそがまさに、魔物であった。
このあまりにも内省的なキャラクター、
このあまりにも自省的なメンタリティ、
大人の身体に幼児の心の混雑する、
この奇跡のような豹変ぶり。
だがしかし、それこそが、
その子供力こそが、ナオミの強み、なのである。

いつも最悪の事態をシミュレートしては、
生きていくのって、それほど楽なことじゃない、
その、覚悟が、その、心構えが、その自分自身さえも達観する、
その、こころの準備こそが、
このナオミの最大の強さなのである。

最初から、楽に勝てるなんて、
そんな甘いこと考えてなかったから。
そう、人生そんなものだ、
この世の中って、つまりはそんなものだ。
ああ嫌になった。
今日という今日は本当の本当に嫌になった。
わたしはこのテニスというスポーツがきらいだ。大嫌いだ。
私はサディストではない。
相手の叩きのめすことに、
これっぽっちも喜びなど感じてはいない。
ハングリー精神だって?馬鹿馬鹿しい。
お金なんていらない。名声なんていらない。名誉なんていらない。

だったらなんで?なんであなたはテニスなんてやってるの?

だって、だって、だって、だって、
私どういう訳だか、このテニス、
なにをやっても不思議と、上手くいってしまうのよ。

というわけでこの運命の第3セット。
こんなことをやっているのが、憎々しくてしょうがない。
そんな不貞腐れた仏頂面、
駄々をこねた幼児、そのままの表情で、
繰り出しに繰り出し続けるスーパーショットのてんこ盛り。

この人は、とつくづく思う。
この人は、まさに、才能の塊り。

本人が望むにしろ望まないにしろ、
ことこのテニスというスポーツのその極意。
その極意が、このナオミには天性のものとして備わっているのである。

果たしてそれはなにか?
つまりはその球筋を読む勘と、
それを最期まで追いかける集中力と、
そして、スピンのスピードからバウンスの角度からを見切る動体視力、
そして、ベースラインギリギリに球を集めるその空間把握力。
そしてなにより、このナオミが誰にも真似できないその才能。
つまりは、バランス、である。

そう、このバランスこそが、このナオミの最大の特性。

ナオミはバランスが良い。良すぎる。
まさに、猫並み、まさに、野獣並みのバランスの良さ。
どんな体勢からも、どんなポジションからも、
その身体の軸がぶれないままに、どんな位置からでも、
身体がボールに、吸い付くように完全にフィットしてしまうのである。

改めて言うまでもなく、バランスこそはすべてのフィジカル競技の、
基本の基本であり極意の極意である。

このバランスのないものは、なにをどうやっても決して目が出ない。
そして、このバランスのあるものは、どんな競技を選んでも、
それなりになんでも、最初からこなせてしまう、のである。

筋力、持久力、瞬発力、反射神経、集中力、そしてメンタリティ、
そのすべてがありながら、日々血の出るような努力を続けながらも、
しかし何故か、日の目を見ないアスリートたち。

そしてその逆に、わずか21歳にして、一瞬のうちに世界の頂点を極める天才、
その差がいったい、どこにあるのか?

そう、実はその秘密のキーワードは、バランス、なのである。

というわけで、このナオミ・オオサカ、
まさに、天才の中の天才。
つまりは、この天性のバランス、
つまりは、運動神経の塊り。

賭けても良い、
ナオミがもしもテニスという競技、
ネットを挟んだぶん殴り合いという
サディズムの極みのようなスポーツに心底うんざりした時、
そんな時はすぐにでも、ゴルフに転向すればよい。
一瞬のうちにタイガー・ウッズを凌ぐ、
未曾有の記録を打ち立てることになる筈だ。
あるいはダンサーに転向したとしても、
とてつもない才能を発揮する、その筈である。

というわけで、改めてこの2019年全豪の女子決勝、
まさに、いやはや、であった。

あれだけのメンタル・ブレイクダウン、その底の底から、
いきなり、ゲームそのものをぶん投げたその捨て鉢なほどの無手勝流の底の底から、
まさかこうして立ち直ってこれる、そのあまりの身体能力、そしてそのあまりの才能。

改めて、このジェットコースターのようなメンタル戦。
気力体力、資質から才能から、そのなによりこのメンタル力、
そのすべてを使い切っての死闘こそが、テニスの醍醐味の中の醍醐味。

そして改めてこの試合のビデオを見直した時、
ナオミとサーシャは、腹を抱えて笑い転げる筈だ。

なによこれ、これこそが、テニスのすべて。
その魅力の、そのドラマ性の、その面白さのすべてじゃないの!

そして改めて、ナオミは苦笑いに苦笑いを続けている筈である。
これって、まるで、私の私による私だけの自分劇場、その独り相撲。
何も考えずに、なにも望まずに、ただ、淡々と球を打っていれば、
それだけで勝てていたんじゃないの。

ただ、それができないからこそ、テニス、なのである。
その身体能力に、その才能に、もうひとつのなにかが加わる、
それこそが、テニスの不確実性、そのさきの見えぬドラマ、
その魅力の真髄が隠されているのである。

というわけで、今やナオミの定番となったこの大爆笑の表彰式。

苦節何年の不遇の底から執念と根性で這い上がってきたこのかつての女王の前で、
あぁあ、恥ずかしい試合やっちゃった、と、その不機嫌丸出しのふくれっ面。
あのさ、私、本当の本当に聞きたいんだけど、
あなたたち、このテニスというスポーツの、いったいなにが面白いわけ?

思わずその不逞の輩を前に、唖然呆然の世界のテニス通たち。

はっはっは、と手を叩いて笑いながら、
そう、この優勝トロフィーを手にした表彰式の上で、
そんなふくれっ面を隠そうともしないナオミこそが、
まさに、天才の中の天才。
つまりは、このナオミこそが、テニスの最終形態。

そしてその邪魔くさい優勝トロフィーを手にしたナオミ。
で?あんたらここで、わたしになにをしてほしいわけ?
いまだにツムジを曲げたままのその仏頂面を崩さぬまま、
くっそう、なんていう醜態を晒してしまったのだ、
ああ、わたしはテニスがきらいだ、ってよりも、
あまり人の前に出るのがもともと好きではなかったのだ。
ああ、そんな私が、こんなところでいったいなにをしているのだろう・・

なんて駄々ばかりこねていると・・
ああしまった、またやってしまった。
またママに叱られる・・・


そして手にした優勝トロフィー、
その、押しも押されもしない新たなる女王の、
その思いっきりの膨れ面、そのギャップ。
大人の子供、子供の大人、
その筋金入りの子供力。
世界の頂点に立つ少女の姿、
それこそが、この新たなる時代の幕開け、
そのものであった訳だ。

という訳で、ナオミがふと、漏らしてしまったこの本音。

グランドスラムを取ることが目的ではない。
あるいは、
世界チャンピオンになることが、
あるいは、
使っても使い切れないぐらいの賞金を稼ぐことが、
私の目的ではない。

なんかこれ、どこかで聞いたセリフだよな、と思った時、
ああ、あれか、と思い当たった。

東京ドームという日本のエンターテインメント界の頂点、
その頂点において、未曾有の伝説を打ち立てたすぅめたるが言い放った、
あの謎の発言。

この場所は、この東京ドームは、私の目的ではない。

ではいったい、ナオミの、そして、中元すず香の、その目的とはなんなのか?

世界征服?世界チャンピオン?
その勝負の世界で、不動の地位を得ること?
その挑戦者という挑戦者を一人残らず血祭りにあげていくこと?

いや、違うだろう、とふと思った。

ナオミは、そして、すぅめたるは、
そういう、サディスティックなタイプではない。

あるいは、権力欲やら、あるいは名声欲とか、
あるいはそんな、強欲な業のようなものから、
一種、スコーンと飛び抜けた存在の人、であるような気がするのだがどうだろうか?

という訳で、いまや、誰もが認める世界チャンピオンであるナオミ・オオサカに、
生意気ながらもひとつのご提言を申し上げたい、

つまりは、ナオミが尊敬してやまない、永遠のアイドルである、セリナ・ウィリアムス。

あのセリナが、テニスの不動の女王の座を手にしたその時、
彼女がその栄誉を元になにを始めたのか。

世の人々にはほとんど知られていないだろうが、
セリナはその稼ぎ出した巨万の富を惜しむことなく、
米国の恵まれない黒人家庭への援助と、
そして、全米の津々浦々の学校を回っては、
その子どもたちの支援運動を続けてきたのである。

黒人だからって恥じることはない。
黒人だからこそできることがある。
黒人であることに、プライドを持って。
そう、私のように。

そしてセリナはヴィーナスとともにアフリカに渡り、
エイズ救済から、難民救済からの慈善活動にいまも奮闘を続けている。

そんなセリナの草の根的な運動が育てた子どもたち。
つまりはあのスローン・スティーブンスが、
フランシス・ティエフォが、
そしてなにより、このナオミ・オオサカが、
いま確実に世界を席巻しているのである。

改めて、あの松坂修造がひとりで海を渡り、
その孤軍奮闘の後に帰り着いた日本において、
食いしん坊バンザイの収録の合間を縫って、
というよりはそれを口実にしては、
全国津々浦々の小学校を駆けずり回ってのあの草の根運動。
その修造チャレンジの中からあの錦織が生まれたように、

ナオミに続く若き才能たち。
その道標こそが、ナオミに託された宿命的な命題なのだ。

改めて、ナオミ・オオサカ、
グランドスラム・チャンピオン、
そして、世界ランキングナンバーワン、
その姿に、心からの拍手を送りたい。

サディステックではないテニス・チャンピオン。
体育界的なコワモテ根性論とは無縁の王者。
そして、なにをも望まない無心無欲の女王。

このあまりにも新しいチャンピオン像、
その新時代の幕開けに、
世界はいったい、なにを見るのだろうか。

人類、まだまだ、捨てたものじゃないぜ、
このナオミの姿に、そんなことを思っているのは、
俺だけじゃない筈だ。




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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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