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改めてアウェイで戦うということ

Posted by 高見鈴虫 on 01.2017 今日の格言   0 comments
よっ、元気かよ。久しぶりじゃねえか。
あ、俺?俺はまあ、そう、相変わらずってか、
まあそう、取り敢えず、なんだが、そうそう、また失業してよ・笑

だったら、良い機会だ、ちょっくら日本にでも遊びに行ってくれば?
とも言われているのだが、そう、そうなんだが、
ほら、俺、地震怖いし・笑
あと、花火とか降ってくるかも、だし。
おまけにそれを、景気づけにしては、
また人気取りやら銭勘定やらばかりしてる人たち、とか、
正直、そういう人たちとあまり一緒にいたくないって気がしてさ。

でまあその花火ねたは、取り敢えず置いておいて、
で、そんな失業者の俺がなにをやってるか、と言えば、
へっへっへ、実はテニスを観てるんだよね。はい。

前回の失業時はちょうどワールドカップの時で、
サッカーばかり観ていたのだが、
で、今回はそれがテニス、と。

失業中にテニスだなんて、
我ながら随分とご気楽な、とも思っているが、
実はそれには理由があってよ、
このテニスを観ているその理由ってのは、
ぶっちゃけ、勝負師の勘、ってよりも、
その心意気、というか、
いまいちど、戦いの本質を見極めようというか、
まあつまりは、説教臭い言い方だが、
自分自身に喝を入れようとしている訳さ、
なんて感じで、自分で自分に勝手にこじつけているのだがだが。





改めて、今回のこの失業ねた。
俺なりにその敗因なんてものを考えて、
で、その結論が、謙虚さが足りなかったからかな、
ってのは嘘で・笑
まあぶっちゃけ、油断したんだろうな、と。

で、なにに油断したのか、と言えば、
相手の方が俺よりもエグかった。
で、エグい手を次々に出されては包囲網。
ぶっちゃ、しくじったってよりも、敗けたってことだよな。はいはい。

で、何に敗けたのか、と言えば、貧しさに、いいえ世間に、
ってことになるとまたまた昭和枯れすすき的な自己憐憫の罠に陥る訳で、
つまりは俺は、このテニス観戦を通じて、
この自己憐憫的な考えを払拭しようとしてる訳だよ。はいはい。

前回の大失敗のその理由ってのも、
なんとなく、ファミリーやら、和、やら、チームワーク、やら、
なんとなく、そういう大企業的な空気の中で、
俺もやはり謙虚に事なかれ、
出る杭は打たれるにびびりながら、
頭を低くしては目立たず転ばず、
隣近所に気を使っては足並み揃えて、
なんてことを学ぶべきなんだろう、
なんていう真摯な態度、なんてものを演技した途端に、
いきなり、だからな・笑

でまあそう、敗因としては、だ。
それらすべてが実は、甘え、というか、弱気、というか、
ぶっちゃけそれってすべて詭弁、とは言わないが、
まあブラフ、な訳でさ。

そう、そういうのってすべてブラフだよ。つまりフェイク。
だったらことの本質ってなんなんだよ、と言われれば、
それってやっぱ、戦いだろ?と。

で、俺がそういうのなんとなく違くね?と思った、
思い始めた事自体が、弱気の風に吹かれた、
ってよりも、その戦いが面倒くさくなっただけの話、と。

で、まあそう、テニスを見ながらつくづくと、
試合の途中で、疲れたからちょっと休みませんか?とか、
俺ってこんなに一生懸命やって偉いですよね、やら、
あるいは、こんなに走らされてかわいそうでしょ?とか、
そういうのって皆無だからさ。

で、その戦いの本質ってなにか、と言えば、勿論試合に勝つこと。
その勝つ、という結果に向けてすべての方法論を組み上げる訳で、
そこには、詭弁もフェイクも自己憐憫も、なにもない。
いや、それが勝つという目的に必要であれば、それはそれで逆利用する、
その柔軟さ、というよりは、無手勝流なまでの結果至上主義、
これこそが、勝負の本質だろう、と。

テニスを見ながらそれを思い出しているんだがよ。

で、まあ、そう、自己憐憫の罠、
つまりは、自分で自分に言い訳した奴は大抵負ける、
というのは当然のこととして、
観客に飲まれた、というか、観衆に気をやった奴も負ける。
ただ、その観客を逆に利用する奴もいる訳でさ。
で、この観客ってのがなに?と言えば、それって空気なんじゃね?と。

そう、俗に言う、空気読めよ、の、その空気。

でまあ、俺の今回の敗因がなにかと言えば、
その空気を読もうとした、或いは、空気に飲まれた、騙された、と。

そう、この空気を読めの空気そのものが、印象操作、なんだよ。
つまりは、空気を読ませること自体が、ある意味での強制なんだよな。

で、テニスにおいて、ご贔屓を応援する、ってこと自体、
敵方に対して、負けろ的な念、というよりも、
そんな空気を作り出すことにもなる訳で、
で、そんな、作為的に作り出される空気ってもの自体が、
実はフェイクなんだよ。

でまあ、そんな故意に作り出された空気ってのを、
さも、自然現象であるかのように、読め、やら、感じろ、やらと言うのは、
ぶっちゃけ、その空気の出処に対して、無作為に従え、という暗黙の圧力。

ただ、プレーヤーも目的は、空気を感じること、ではなく、
勿論、自身が試合に勝つこと、な訳で、
時として、その空気が完全に逆風になった時、
つまりは、アウェイの状態に陥った時には、
そんな空気に抗う、というよりは、そんな空気を一切無視する、
そういう鈍感さ、を装う能力も必要になる訳であってさ。

或いは、そんなまわりの空気を逆利用する、というタイプの人もいる訳で、
つまりは、憎まれっ子の美学、
嫌われれば嫌われるほど強くなる、というパンク野郎やら、
或いは、そんな空気を、強引に味方に引き寄せてしまう、って人々でさ。

でそう、俺がテニスで学ぼうとしていること、とは、つまりは、
俺がアウェイに居る、ということの再認識、なのであって、
そんなアウェイで戦い続けること、その意義、というよりは方法を、
今一度、確認せねば、と思った訳なんだけどさ。

まあ確かに、空気って実際には目に見えないもの、なので、
気にしないで済むなら気にする必要もなく、
知ったことじゃねえ、としらばっくれているうちにすっかり包囲網、
あんた、嫌われてるよ、っていう例のあれ、である訳だが、
それにびびるばかりに、
空気を読むことばかりに人生のほとんどを費やす、
なんてひとばかりが集う場所というのもあるのだろうが、
まあそう、俺がこうしてそういう国をわざわざおん出た理由ってのも、
そんな、空気を読む、ことを前提とした国に暮らすのが嫌だったから、
な訳で、そう言ってみれば、この空気を読ませる、ということ自体が、
イヂメの本質である、ってのにも気がついていた訳なのだが、
改めて、そんな人間のイジメ的気質に対して、
良いの悪いの言うつもりは毛頭ない。

その、毛頭ない、と言い切る為に、俺にはテニスが必要なんぢゃね?と。

という訳で、今回、ちょっと強烈に刺ささったのが、
かの、マリア・シャラポワ。

あの人、実は実に、この空気の読めなさが半端じゃない人だったってのは、
いろいろなひとから聞いていて、つまりは、シベリアから裸一貫でアメリカに流れ着いて、
で、それからと言うもの、このアメリカ的な社会で、思い切りいぢめられ続けた、
そのいじめられっ子の怨念をテニスにぶつけていた、ぶつけるように仕向けられていた、
ってな話は前々から知っていたのだが、
その後、グランドスラム取って、テニス界の妖精やら、
ともすれば、セレブ的な意味での外交的な要職、なんてのも引っ被らされて、
とかやってるうちに、いきなりのステロイド疑惑。
つくづくこのひと、騙されやすいヒトなんだろうな、とは思っていたのだが、
まあね、そう、個人対組織、普通にやっては勝ち目はないはな。

でまあ、そんな空気の読めないいじめられっ子のシャラポワが、
今回、そのステロイド疑惑の出場停止から仮出所。
その復帰第一戦てのが行われた訳なんだが、

俺的には、テニス界、この老いたアイドルの使いみちとして、
ぶっちゃけ、憎まれっこのヒール役。
全会場から罵声を浴びながら、という例の悪役的なところに落ち着くのかな、
とも思っていて、
ただ、そういうイジメ的なイメージ演出的戦略を、
こと、このテニスというスポーツにだけは持ち込んでほしくないな、
とは思っていた。

で、このステロイド疑惑の汚れた妖精である筈のシャラポ。
復帰第一戦に登場した途端に満場からのブーイングを浴びるか、
とも思っていたのだが、
それはまさに、演出、というよりは、まさに、そうこれぞ裸一貫、っていうかさ、
通用口から姿を現したその姿が、あんまりにも気合の塊り、みたいな感じで、
まわりの観客たち、いかにも、おい、空気読めよ、とか言い出しそうなそんな奴らも、
その気合の塊り、みたいなシャラポの姿に、思わず息を飲んでは、唖然呆然状態。

で、その試合ってのがまた凄くてさ。
USTAもしめたもので、大会序盤の一回戦なんていう人気のない筈のカードに、
シャラポワと、そんで、最近の決勝戦とかでは常連になってるハレプなんていう、
これはこれで、ルーマニアなんてところ出身の、人気はないけどやたらと強い的な、
まあ言ってみれば悪役タイプの強豪とぶち当ててはチケットは見事完売。
で、この嫌われ者同志のガチンコデスマッチ、
予想通りのフルセットの修羅場になった訳だが、そうなんだよ、シャラポワ、勝ったんだよ、
まさに、ギリギリぎっちょんちょんのフルセット。

初日からこんな試合やっちゃったら、もう後はガタガタだろうな、とは思いながらも、
だからと言って、これに敗けたら後がないのは当然の話。
で、まずはその目の前の敵に打ち勝つことだけを目標にせねばならない訳で、
で、そのデスマッチ、最近は退屈の極みだった女子の試合の中では、
まさに珠玉のような、とてつもなく凄まじい試合だったんだよな、これが。

で、改めて、このシャラポワ、という人。
空気が読めない、というよりは、読まない。
読めない、読めないことに、完全に開き直ったその毅然とした態度。

やっぱね、空気読んじゃ駄目なんだよな、と。
その、空気を読まない、あるいは、そんなことさえも気にしない、
あるいは、空気がどうあろうが、やることはやる、的な、
その、決死隊的な気合、というか、覚悟、というか、
つまり、勝負師に必要なのはそれ、だろう、と。

で、当然の事ながら、おい、空気読めよ、的な迎合タイプの烏合の衆、
つまりは俺のようなどうでもよい観客たちの醸し出す空気なんてものが、
気合やら、覚悟の前では、まったくなんの意味も持ちえない、
その、無力さに感じ入る訳で、ぶっちゃけ、そう、空気を気にしているようじゃ駄目、
あるいは、空気云々言っているのは、ただたんに、気合が足りないだけだろ、と。

という訳ではい、俺の敗因?気合が足りなかった、それだけだろ、と、
その事実に思い知った、それを思い知るために、テニスに戻ってきた、ってことなんだがな。

という訳で俺?そう、気合入れてんだよ。
そう、腹筋も始めたぜ。
昔は良く便所の壁ぶん殴ってたもんだけどさ。
てめえの身体に自ら痛みを刻み込んでは空気を弾き返す、
あれだよ、あれ。

という訳で、パンクだよ、パンク。
まわりになにを思われようが、俺は俺。
憎まれっ子であろうがアイドルであろうが、
やることはやるぜ、的な、気合というよりは、覚悟、だよな。

という訳で、実はここからが本当に言いたかったこと、なんだが、

前々から言っている、あのベビーメタルな。

そう、俺さ、シャラポの試合見ながら思ってたんだよ。

ベビーメタルの魅力ってさ、この、絶体絶命のアウェイ感じゃなかったのか、って。

それが演出としての計算だったのか、なにかは別としても、

そう、ベビーメタルをここまで気に入ったその理由ってのも、
そう、この絶体絶命のアウェイ感の中で、
孤立無援でコートに立たされたこのシャラポワの姿、
そして、徹底的にアウェイな異国のステージで、
仁王立ちどころか、笑顔を浮かべていたあの中元すず香。

そうか、俺が中元すず香をここまで愛しているのは、
つまりはこの、絶体絶命のアウェイに立ち向かう、
そのお手本を見た気がしたからなんだよな。

という訳で、改めて、自身がアウェイにいる、という自覚なしには、
なにも始まらないんだぜ、ということを、
改めて深く胸に刻み込んでみようと思っている。

KARATE は、アウェイで戦う勝負師たちのテーマソング。
戦ってねえ奴には、ベビーメタルは判らねえんだぜ、と、
ベビーメタルに誓って、俺は正々堂々どこから、
どんな手を使ってでも、戦い抜くことを誓います、と。

アウェイで戦うってのは、つまりはそういうことだろ、と。

負けねえよ、なにがあってもよ。糞ったれ、いまに見ていやがれ。
俺にはベビーメタルがいる。







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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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