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最後の英雄を見送った四十九日の夜に

Posted by 高見鈴虫 on 18.2019 読書・映画ねた   0 comments
そして冬が過ぎ三月も半ばになって
ようやくここニューヨークにも春が訪れようとしている。

世界有数のコスモポリタン、
現代都市文明の最先端、その中核に暮らしながらも、
言わずと知れたドッグ・ラバーとしては、
朝な夕なの散歩の道すがら、
空模様の具合から雲行きの怪しさから、
日々の気温の上がり下がりからと、
この地球という惑星のご機嫌の変化には敏感にならざるを得ないのだが、
そして金曜の夜更けに降り始めた真夏の驟雨を思わせるゲリラ豪雨の去って後、
それは氷のベールがペロリと剥がれるように、
或いは閉じられていた冷凍庫の扉が大きく開かれるように、
吹き抜ける風の緩みが、その優しさの中にこそ、その季節の移り変わりのありがたさ、
と同時に、なにより時の流れそのものを、文字通り肌身に染みて実感を続けている。

先週末、久々に仕事帰りの普段着で集まった犬仲間たち。
ルークの四十九日の法要とのことだったのだが、
そうか、あれからもうすでに四十九日も経っていたいたなんて。
→ ドクター・スリープ ~ そしてささやかなる愛の奇跡

光陰矢の如しとはよく言ったもので、
日々実のところどうでも良いことばかりに追い回されるうちに、
知らぬ間に死者の魂がこの世を離れ、
そしてまた新しい命が次から次へと生まれて行くのだろう。
ねえ、犬ってさ、なぜこんなにも早く逝ってしまうのかな、
ふと呟いた誰かの言葉に誘われるように、
ちょっとした戯言がまたこぼれ落ちる。

きっと今頃ルークのやつ、はいご苦労さま、と満期終了の書類にサインをしては、
で、次に何になりたい?と聞かれているに違いない。

で、ルーク、次の転生では、なにになりたい?
なんでも好きなものを言えばいい。
人間かな?イルカかな?ライオンかな?
あるいは、もしかして、もう一度、犬をやってみたいかな?なんて。

で、どう思う、そう聞かれた時に、ルークはやはり、人間をやってみたい、と、
そう答えたんじゃないのかな、と思うんだよね。

ええ、そのとおり、と老婦人が答える。
ルークには人間になって欲しいわ。本気でそう思っている。

多分ルークは、あの死の淵からの奇跡の生還を繰り返す中で、
何度も聞かれたはずだよ。
なあルーク、もういい加減、さっぱりと今回の命は終わりにして、
そろそろ人間として生まれ変わる用意をしたほうが良い頃じゃないのか?

そのたびにルークは答えた筈だ。
神様、もうちょっと、もうちょっとだけ待ってください。
この老婦人が、僕が居なくなっても大丈夫、
それを確認できるまで、お願いだから後数日、あと数時間。

そうなのよ、と老婦人が言った。
逝った時のルークの顔。
苦しみなんて欠片もない、まるで、安心し切ったように、
静かに静かに、眠るように亡くなってね。

そう、ルークは見届けたんだよ。
十分に心の準備もできただろうし、
もう逝っても大丈夫だ、それを確信したんだろうね。

はい、もう十分。
あれから二週間、ルークは本当に本当によく頑張ってくれたわ。

実はね、ルークの最後の時に、
私が言ったのよ。

ルーク、ありがとう、もう十分。もう十分だからって。
その瞬間にね、ふーっと長い息を吐いて、そして目を瞑ったの。
ああ、逝っちゃったな、ってね。
ありがとね、って。もう心残りはなにもない、
それはそれは、見事な最期だったわ。

そんな話の中から、
そしてふと、我が身と我が犬のことを思う。

もしかしたらうちの犬はそんな時、
よりによってその最期の審判の時に、
神様にこんなことを言ってしまうのではないだろうか。

いやあ、神様、人間に生まれ変わるなんて滅相もない。
いや、言っちゃなんだが、僕は人間にだけは生まれ代わりたくないな。
人間こそが諸悪の根源、人間こそが不幸の塊だ。
僕は犬で十分だよ。
どうせなら次の命ももう一度犬をやりたい。
で、どうせ犬を繰り返すなら、このままこのまま、
このままの生命を、そのまま二倍に引き伸ばして貰えないかな?

でもブッチ、どうせ犬として生まれ変わるのだとしたら、
もう一度新しい生命、あの子犬の頃の溌剌とした思い、
世界のすべてが新鮮で、身体中に力が漲って、
あの素晴らしい時から、初めてみたいとは思わないのか?

いや、神様。それも考えたんだけどね、
でもさ、どうせ子犬に生まれ変わるとしても、
この命で味わえたほどに素晴らしい子犬時代はもうありえないと思うし、
そしてもしももう一度生まれ変わるにしても、
これほどまでに素晴らしいパートナーにはもう巡り合えないと思う。
だって見ろよ、こいつ、この俺の相棒。
ニ本足の人間でありながら、なにからなにまで犬そのもの。
そんなやつ、人間界にはひとりだっていやしない。
だから、そんな人間界随意一の大馬鹿者と知り合えたのもなにかの縁。
この最初で最期のチャンス、
神様、お願いだ、これからこの先、老いさらばえるばかりで、
身体中が萎え、病気ばかりを抱え込んで、
そうなることが判りきっていいたとしても、
僕はやはり、もう一度生まれ変わるぐらいなら、
もっともっとこの大馬鹿者との時間を過ごしたい。
あと十年?二十年?
子犬として新しい生命を愉しむ代わりに、
この大馬鹿の犬人間と一緒に、
老いるばかりの十年を過ごしたいと言うのかい?
ああ、できることなら、僕はあと十年でも二十年でも、
ずっつずっとこいつと一緒に過ごしたい。
神様、僕の望みはそれだけだ。




そんな不埒な夢から醒めた時、
既に明日の仕事を控えた人々は早々と夜の街へと消えていき、
しんみりと静まりかえったダウンタウンのアパート、
実はね、今日の午後に、ルークのおもちゃをすべて、
動物愛護の団体に寄付をして、
ルーク用のベッドもケージもクッションもカーペットも、
すべて取り払った後。
そのあまりにもガランとした空虚こそが、
死者の存在の欠落、その大きさなのであろうが、
改めてその暗いドアの向こう、
キッチンの影に、ベッドサイドのテーブルの脇に、
クローゼットのドアの奥に、
ルークの残した香りが、そしてなによりその気配そのものが、
いまなお色濃くも染み付いている気がしてならない。

これでもまだ少し薄らいだ方なのよ、と老婦人。
昨日までは、もうまるで、透明人間ならぬ透明犬。
夜更けに目を醒ますと、あのハッハッハっていう吐息から、
そしてなにより、水場へと歩くそのミシミシという足音が、
いつまでもいつまでも耳から離れなくてね。
まるでそう、透明になったルークと、
昨日までそのままに、ずっとずっと何変わることなく、
暮らし続けているような気がしていたのよ。

そうか、ルークは四十九日の間、
ずっとこの部屋に居たんだね。

パークにも行ったのよ。
久しぶりに友達に会って、お食事にも出たんだけどね、
ドアを明けた途端に、目に見えないルークが向こうからひょこり顔を覗かせてね。
ああ遅くなってごめんごめんって、そのまま裏の公園を一周りしてきたり。
そう、なにも変わっていないの。
ずっとずっといままで通りそのままに。

それがね、と老婦人。
それが、今朝目が醒めたら、ふっと、空気が軽くなっていたの。
ルークの居たあの空気の密度が、いつの間にかふっと軽くなっていて。

ああ、今朝からぐっと暖かくなったからね。

そうなの、冬が終わって春が来て、そして、ルークもようやく天に召されたというか。

ルークが死んでからわたし一度も泣いてなかったんだけどね。
今朝になって、この春一番のその晴れ晴れとした空気の中で、
初めて泣いちゃったのよ、声を枯らして・・

という訳でルークであった。
あの見るからに凛とした騎士道然とした姿。
この老婦人の脇を、なにがあっても片時も離れることなく、
あの見るからに気むずかしげなシニカルな表情を弛まんせぬまま、
世のすべてをしっかと睨めつけ続けたあの忠犬の中の忠犬の姿。

今更ながらダンディなやつだったよな。
そうなの、死ぬ直前までも、呻き声一つ漏らさずにね。
弱った姿なんかこれっぽちも見せないまま。

覚えている?セントラルパークでゲリラ豪雨に会った時、
かみさんから電話を貰って、雨で動けないから傘を持って迎えに来いって。
そう、あの時にね、みんなでベセスダ・テラスに逃げ込んで雨宿りしてたんだけど、
ルークったらひとりで勝手に逃げちゃって。
実はさ、あの集中豪雨の雷の中、
モールの並木道の向こうからルークがひとりで迎えに来たんだよ。
ルークが?
そう、俺の姿を見つけたらすぐに来た道を戻り始めて、こっちだ、着いてこいって。
土砂降りの中を全身びしょ濡れになりながら、
傘に一緒に入ろうって声をかけても振り返りもしないでさ。
あらまあ、わたしてっきり、雷の音に驚いてひとりで逃げちゃったのかと思ってた。

そうこうするうちに雨が小降りになって、そしたらルークの奴、
肩越しに俺のことをちらっと振り返って、じゃな、っとばかりにそのまま走り初めて。

そう、ベセスダ・テラスの階段の上からびしょ濡れのルークが帰ってきて、
その向こうに虹が広がっていて、なんとなく映画みたいで格好良かったわ。

ルークはそういう奴だったよ。
騎士道精神の見本のような奴だった。

ペットというよりは番犬、あるいは、用心棒そのもの。
そう、私いつも思ってたんだけど、
ルークと居ると、犬と一緒というよりは
凄く無口な人間と一緒にいる、そんな気がしてならなかったの。

ああ、あの顔つきから物腰から、
犬というよりは人間、それも思い切り苦みばしった・・

そう、まるで哲学者
そう、まるで孤高の思想家のような奴だったよな。

そんなルークと一緒に居ると、
逆に俺の方が、この犬コロめ、とバカにされているような気さえしたものだ。

ただね、と老婦人。
ただ、実はちょっと寂しかったのよ。
ルークってほら、私に決して甘えなかったでしょ?
顔を舐めたりとか、おやつをねだったりとか一切しなくて。
一緒に寝ようって言っても、決してベッドの上には乗ってこなかった。

夜はいつもどこに寝てたの?
玄関の前。
あの子、私が起きているときにはいつもそのベッドの下に居たのに、
目が醒めるといつも玄関の前にひとりで寝ていたの。

なにからなにまで筋金入りの騎士道精神だよな。
そう、なんか、私の方が恐縮しちゃって悪い気がしちゃって。

犬が飼い主に似てくるっていうじゃない?
あれは多分その逆で、犬は主人の願望の具現化なんだよ。
主人の望む姿を敏感に察知して、その願望になり切ろうとするんだよね。

それを言ったら、と老婦人。
それを言ったら、この世界だって願望の具現化。
その個人個人の目に映る世界っていうのも、
その個人の認識、つまりは願望の具現化なのよ。
不幸な人は、世の中を不幸だと思っているから世界が不幸に見える。
幸せな人もまた然り。
人間はその人の望んだ世界にしか生きられないということなの。

で、と老婦人。
ほらこの本なんだけどさ、と。
本?
そうよ、さっきから言ってるじゃないの。この本の山。
どれでも好きなものを持っていって。
まさか、と思わずそんな老婦人の表情を伺う。
なんか改めてそんなことを言われると、
もしかしてもうあなた自身がこの世の終活の準備、
ルークの後追い心中でも企てているのかとか?

バカね、なにを言ってるのよ、と老婦人。
ほら、これまでルークが居るとどこにも行けなかったでしょ?
なので、これを機会に旅行に出ることにしたの。
身軽になったルークの魂と一緒に、世界中を旅して暮らそうかなって。

ほら昔住んでいたパリにも暫く帰っていないし、
ロンドンやローマも学生の頃以来でしょ?
あなたに話を聞いたインドやアフリカにも行ってみたいし、
そしてなにより、やっぱり日本かな。日本を隅から隅まで旅をして、
ルークにね、私の生まれた国を見せてあげたいのよ。

という訳で、この本の山。
どうせ誰もいない部屋で留守番をさせておくぐらいなら、
誰かに持っていって貰った方が良いのかなって。

という訳で、改めて案内されたベッドルームの壁一面に聳え立つ本棚。
そこにぎっしりと鎮座し続けるこの古式ゆかしき染みだらけの古本の山。
ロシア、ドイツ、フランスを始めとする世界各国の古典的名作全集を皮切りに、
フロイト、ユングからの心理学書から、
ニーチェ、キルケゴール、ハイデガー、の哲学名著、
とその中に、おいおい、フロムの自由からの逃走?
わが解体?我が心は石にあらず!?た、た、た高橋和巳じゃねえか!
極めつけは、君たちはどう生きるか、吉野 源三郎!?
おっとっとっととっと、おいおいおい、まるで、タイムマシーンだな。
こんな本が、いまだにこの世に存在したとわ・・

昭和の時代の神保町の古本屋をそのまま際限したような、
このあまりにも時代錯誤な思想の溺れ谷。

犬の散歩の時には、犬の話と天気の話しかしなかったこの老婦人が、
なんとなんと、哲学から宗教から政治書までも読み漁る文学婆さんであったとは・・

どれでも良いわよ、好きな本、みんな持っていって。
持っていってって言われても、と思わず絶句、そして苦笑い。

実はね、と老婦人。
引っ越そう引っ越そうと思いながらなかなか腰が重かった理由がこの本なの。
日本を出てくる時に持ってきたこの本の山。
これがあると思うとなかなか引っ越すのが億劫になってね。
でそうこうするうちに、こんな貧乏アパートに四十年も住むことになっちゃって。

これ、日本から持ってきたの?
そうよ、私の可愛い可愛いしもべたちよ。
日本に置いていくわけにもいかないでしょ?
だから、日本を出る時に箱に詰めてそれを船便で送って貰ったの。

この透明セロファンカバーの岩波文庫。
そのすべてが1970年代、おっとこれ、初版本じゃねえか。
もう十年も寝かせて置けば、ヤフオクあたりで高い値が付くんじゃなかろうか。

で?まさかこんな年代物の古本、
古き良き全共闘時代の勿忘草、
こんな本、いまだに読んでいる訳?

まさか、と笑う老婦人。
いくらなんでもさすがにもう読み返すには歳を取りすぎたというか・・

最近はIPADばかりね。
本を読む代わりにIPADでネットばっかり見ているわ。
確かに、この本の時代に戻れたらどれか良いかとは思うけど、
でも、読み返そうかと思う度になにもかもが億劫になっちゃってね。
私も歳を取ったなあって。
なによりもう、字が小さくて読めないしさ。
だから、この私のしもべたちともお別れ。
まだまだ若い人たちに大切に読んで貰った方が、
この本たちも幸せだろうって。

若いって言われても、と思わずハゲ隠しのごま塩頭を撫で回すばかり。

実はね、と老婦人。
実はもう良いかな、とは常々思ってたのよ。
もうこの世界は終焉が近いなって。
目に映る物すべてが、なんなのこれって、
思わず顔をそむけたくなるようなことばかりじゃない?
ルークを見送りながら、一緒に連れてって貰えたらって、
どれほど望んだかしれない。
でもね、ふと思ったのよ。
自分から死ぬことなんかない。
私からわざわざ命を絶たなくても、
こんな世の中のほうが先に、いますぐにでも終わっちゃうんじゃないかって。

見なさいよ、この世の中、
寅ンプが、プー珍が、アヴェが、チンペーが、刈り上げまんじゅうが、
核兵器だ、原発だ、戦争だ、人種差別だって、
なにからなにまで、悪夢そのもの。
そんなバカなことが、いま現実にこの世を覆い尽くしている、
そんなことがいつまで続く訳ないじゃないの。

ああ、人間ってもう駄目なんだなって。
もうこんな世の中、終わりにしちゃったほうが良いんじゃないかって、
実は世界中の人々が、そう思ってるんじゃないのかなって。

だからね、思ったのよ、
だったら、この地球の最後の姿をこの目に見ておこうって。
ルークを見送ったみたいに、
この世界の終わりも、この目で、しっかりと、見送ってあげよう、って。

旅行に出ようと思ったのは実はそういう理由なの。
それは私自身の終活じゃなくて、
地球そのものへの、別れの餞なのよ。

という訳で、このあまりにも仰々しい知性の墓場。
その人類の知恵の結晶を前にしては、
無碍に断るのもなあ、と辟易に辟易を重ねながら、
だったらこれ、と選んだ数冊。

折口信夫と、川端と、あとこれ、安部公房、これは本気で嬉しいかも。

大江健三郎は要らない?要らない。
遠藤周作は?ごめん、興味ない。
小林秀雄は?受験勉強の趣味もないし。
太宰は?志賀直哉は?芥川龍之介は?ぜんぜん要らない。
吉本隆明?中澤新一?浅田彰?懐かしいばかりだなだ。
葉山嘉樹は?御冗談を。
徳永直?小林多喜二?そういうのはもう金もらっても嫌だな。

あのさ、青空文庫って知ってる?
アオゾラ?
そう、もうこういうの、全部WEBでただで読める。
タダで?
そう、映画がYOUTUBEで見れるようになったみたいに、
著作権の切れた古典は、みんな青空文庫で無料で読めるんだよね。

なによ、わたしこれ、日本を出る時に厳選に厳選重ねて・・

マハリシ、グルジェフ、おっと、これ、ラジニーシじゃねえか。
こんなのを古本屋に持っていっても、オウムの残党に喜ばれるぐらいなものだぜ。

つまり?
つまりは、時代は変わったというか。

だったら、あなたいま、なにを読んでるの?

俺?俺はほら、仕事が忙しくて本読む時間なんてぜんぜんなくて。

でも寝際に文庫本ぐらいは読むでしょ?

ああ、確かに。そういえば、
そういえば?

そういえば、いま久しぶりに、愛と幻想のファシズムを読み返してるかな。
愛と幻想のファシズム?聞いたこともない。
村上龍が80年代に書いた抱腹絶倒の冒険活劇。
80年代なんて、もう、30年も前よ。
そういうあなただって時代遅れそのものじゃない。
いや、そう思うんだけどさ、
でも、改めて読み返してみると、
古典というよりはなんか未来の預言書みたいだよ。
眼の前の世界そっくりそのものっていうか。
興味ない。ファシズムだなんて、題名からして気に入らないし。で、後は?
後はねえ、クリストファー・イシャウッドの BERLIN STORY。
それは?
あの、キャバレーって映画あるじゃない?ライザ・ミネリの。
ミュージカルの?観たわよ、それ。
そう、そのミュージカルのキャバレーの原作なんだけどさ。
1930年代のナチス台頭期のベルリンの話。
ナチス?なんでナチスなの?
いや、なんとなく、ってか。妙にまた読み返したくなって。

I am a camera with its shutter open,
quite passive, recording, not thinking


考えない考えない、見るだけ見るだけってか。
まあ、インテリが見てばかりで傍観を決め込んでいたから
あれよあれよとあんなことになっちゃったんだろうけどさ。

それがまさにこの眼の前の現実じゃないの。

ただね、そうなったらそうなったで、
インドでも南太平洋でも北極南極、
好きなところに逃げればいいじゃね?
とかとも思っててさ。

アフリカ、って出てくるじゃないの、あの映画にだって。
アフリカに乾杯、とかやっていたら、
いきなり、あの、世界を我が手にの合唱に巻き込まれるのよ。
そうそう、それそれ。
あの旋律が、どうしても頭から離れなくてね。
で、どうせだったら、あの世界にどっぷり浸っちゃえって。





でもね、いざとなったらアフリカにも逃げられないわよ。
そうなったら最後、誰にもハンドルなんかできないわ。
だったら南米とかね。
南米なんて、そういう時代の吹き溜まりになる筈よ。
だったら月でも火星でも。
それこそスターウォーズよね。そういう時代になるのよね、多分。
スターウォーズってより、どっちかって言うと、虚航船団かな、と。

まずコンパスが登場する。彼は気がくるっていた。

考えうる限り、最高の出だしだぜ。

あんたって人はまったくもって・・

時代の狂気を愉しむことだよ。
知ったことじゃねえってさ。
どうせろくなことにはなりはしないんだろうけど、
でもこれだけは言える。
これまで人類の歴史、どんなひどいことになったからと言って、
でもね、だからと言って世界が滅亡するなんてことは、
少なくともこれまでには無かった訳でさ。
だから、大変なことにはなりましたが、結局はどうにかなりましたってね。

あんたは多分長生きするわね。
まあね、強運だからさ。
根拠もなくそれを信じていられるっていうのはおめでたいことよ。
つまりバカってことだろ?そう、バカで在り続けなくっちゃな。
シャッターの壊れたカメラ見たくさ。ただ見るだけ、録画し続けるだけ。

ミュージカル版のキャバレーの最後知ってる?
あの登場人物の全員が強制収容所送り、ってことなのよ。

だから、と言う。
だから、強運ってのはさ、そういう事態になる前に逃げ出すことなんだよ。
イシャーウッドだってインドに逃げ延びたじゃねえか。
考える前に逃げろ。戦わずにばっくれる、
つまりはこの腰の軽さとプライドの無さ、それこそが鉄則。

誇りはないの?
無いね。言ってみれば誇りの無いことが誇りかな。
バカバカしい。

あなたってさ、と老婦人、
あらん限りの軽蔑の表情を演技しながら、
あなたって、本当に犬みたいな人よね。

そう、つまりは、なによりも生存本能を優先させること。

誇りだ?プライドだ?信念だ?思想だ?クソくらえだよ。
知ったことじゃねえ。
ただね、実はひとつだけ自分に言い聞かせていることがある。
ロスケとチャンコロ、こいつらからはできるだけ遠いところにいること。

なぜ?ドストエフスキーも孔子も好きじゃないの?

経験からだよ。
虫国とそしてロシア、それに絡んだ奴らで、
ろくなことになった土地を見たことがねえ、それだけの話。

逃げられるかしら?この地球上で・・

理想といえば、パピヨンのラストシーンかな。
ヤシの実集めた筏に乗って、バスター!って言いながら、
「いたずら魔」でも読み直すさ。

まさに犬死にじゃないの。

だから言ったろ?俺は犬なんだよ。
犬のように生き、そして犬のように死ぬ。
俺がインドで学んだのは、まさにそれさ。

トルストイよりはガルシア・マルケス、
サルトルよりはカミュ、
ビートルズよりはストーンズ、
小松左京よりは筒井康隆、
「サスケ」よりは「花のぴゅんぴゅん丸」
「宇宙戦艦ヤマト」よりは「ヤッターマン」
「北斗の拳」よりは「バイオレンス・ジャック」
「光る風」よりは、「AKIRA」なんだよ。

西から昇ったお日様が東に沈まないならば、
勝手に東を西、西を東と、勘違いして生きる、
そういう星の下に生まれたのさ。

世界が願望の具現化なのだとすれば、
俺は徹底的に、この世の中を、天才バカボンにしてやろうと、
そう思っているだけの話なんだよね。

火星人の襲来で絶滅しかけた地球を救ったのは、
最新鋭ミサイルでも地球防衛隊の勇気でもない。
それは「歌声」だったんぜ。

なにそれ。

決まってるじゃねえか、映画史上不屈の名作、マーズアタック!
これを見ずして、人類は立ち行かないぜ。






という訳で、この世に残った最後の英雄を見送った四十九日の夜、
鬱と狂気と倒錯と錯乱、そのすべてが、実はちんけなエゴイズム、
その狂走の中にあるだけのこの茶番的悪夢にぽつねんと取り残されたまま、
我が唯一絶対の相棒であるピンボール・ブッチ、
夜更けの公園でボール遊びに高じながら、

夢だ理想だ、哲学だユートピアだ?
知ったことじゃねえぜ、とばかりの威風堂々たるぶっち切りのブッチ。

犬のように生き、そして犬のように死ぬことがなにが悪い?
或いは、この世のすべてが欲望の現れ、
果ては、犬の姿が飼い主の願望の具現化であるとすれば、
俺の相棒、この世界で一番とっぱずれたところにいきる愚犬の中の愚犬。

俺のこの犬ほど幸せな動物はいない、
まさに俺の願望、そのものじゃねえか。

世界がどうあろうが知ったことか、
俺はな、俺はただ、この犬と、幸せで在り続けたい、
ここでこうして、冬枯れの公園でボール遊びをしていたい、
俺がこの世界に望むのは、ただ、それだけ、なのだ。

世界がどうあろうが知ったことか。
俺は犬のように生き、そして犬のように死ぬぞ、
この犬のように、この犬と共に。
そう心に誓う、世界一のうつけ者、なのである。





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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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