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まだ途中のサマソニ雑感 レッチリとベビメタ、この対極する美学の狭間に見えるもの、なんて感じでまとまりそうな気がするのだが・・

Posted by 高見鈴虫 on 17.2019 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
おお、よおよお、元気元気。
生きてるよ、おかげさまで。

で、サマソニ、笑。
思い切り楽しんでるぜ、
この次から次へとでてくる糞バンドの山・笑

ただ、なんかほんと、久しぶり、というか、
この、未完成さ、この曖昧さ、このバカさこそが、ロックだろ、
なんていうわりと根源的なことにいまさらながら喜んだり、とか、

あと、日本人の観客を前に、外人が英語でステージをやる、
その不思議さ。
こいつらに、英語の歌を唄い、英語で話しかけて判るのかな?とか、
いまさらながらちょっとした違和感を憶えたり・笑

と同時に、
日本人が日本人を相手に日本語で日本の歌を歌う、
その日本人マンセーの感覚もここニューヨークで思い切り共有させて貰えて、
いはやは、よい時代になった、というか、
今回のサマソニのYOUTUBE 配信、
まさに大満喫って感じ。

で、俺的に特筆すべきはTHE BIRTHDAY。
なんか、沁みた。すごく沁みた。

良い意味でも悪い意味でも、これぞ日本のロック!
その真髄って気がした。

THE BIRTHDAYが、
海外でアメリカで、イギリスで、
どう受け止められるか、
なんていう下世話なことではなく、

日本人が日本人としてこのバンドを、この声を、この歌詞を、このビートを、
思い切り受け止めては感応しては堪能しては、
その想いに魂に染み切る、浸り切る、
そういう美学も絶対に必要だなと思ったり。
つまりはこのTHE BIRTHDAYに、
日本人としての民族の血、みたいなものを感じたわけで。

そういう意味では、演歌かよ、と言われればそうかもしれず、
あるいは、こっちでいうC&RやらR&Bやら、
その土着性という意味で、ということなのだが。

THE BIRTHDAY、
まさに日本の音、日本のバンド、日本のロック!

こういうバンドこそ、大切にせねば、としみじみと思った。

で、以下、待ちに待った
日本が世界に誇る絶対王者ベビーメタル、
その雑感メモ。

最近さあツイッター的に思いついて書きとめたものを、
文章として再構築する前に、くだらねえ、と、捨ててしまうことが多くてさ・笑

なので、これも再読もせずに捨ててしまうことになるのだろう、とは思っていたのだが、

まあちょっとした自分用のメモって感じで、
ここに書き留めておいても良いかな、
あるいは、そう、このくそぶろぐってもともと、そんなメモ帳だったよな、と。

まあ今で言うとツイッター、脊髄反射的印象羅列
つまりは、トイレで糞の間に思いついたの落書き程度ってことで。









おお、来た
いきなりのぎみちょこ
おお やっぱりほメタルか!
まさに真打ち登場!
この布陣、鉄壁って感じだな。

おおおすぅちゃん!
美しい!
日本美人ってより無国籍美女
この美貌 !もはや天下無敵だろ。

改めてベビーメタル
いままで見てきたバンドとパワーが違いすぎるな。
そのパワーって
スピードとか音量とか音数とかだけじゃ無い。

そこに何かが確実に存在する。
その集約度密集度
つまりは音圧!

バランスが違いすぎる。
歌の抜け方がちがう。
その計算度が違いすぎる。
この作り込みの素晴らしさよ。

思わずとことんまでボリュームを上げたくなるな。

すぅちゃん思い切りの笑顔が炸裂!

初見の人たちにとっては
ジャンルの好き嫌いより、
なにより、おおこの子、まぶい!
この人が好き!
その思わず目を瞠る、この子が好き!という衝動的感覚こそが第一条件。

おおお オレこのバンド好きだ!
このねえちゃん、大好きだ!
今更ながら思わずそう叫んでしまう。

お、りほちゃん、ちょっと痩せたかな?

たださ、やっぱベビーメタルって純正のロックじゃねえよな。
これが一番ってのは日本のロックもちょっと情けないよな、と。
まあロックの純正ってなんだよ、って混ぜ返しが始まるとまた面倒なのだが、

つまりは地元の悪ガキが集まってのジャムセッション、
そんな自然発生的なバンドではなく、
事務所主導の企画先導バンド、ってことなんだけどさ。

お、次にパパヤか。
いきなりの壮絶煽り入れての総取りモード。

やっぱ、フェスでの絶対評価値基準って、
客をどれだけ乗せたか、というのに尽きる訳でさ。

ジャンルが、テクニックが、品質が、なんてことより、
まずは、客を乗せる、楽しませる、それこそが、絶対値。

おお、いつも見慣れたすぅが、これほどまでに鮮烈に新鮮に映る。
すぅめたる、この魔力的なまでの美貌。
まさに視線が釘付け、って感じだよな。

ベビーメタル、うへえ、このバンドすげえ、と。
これ見てそう思わない人って
なにかが根本的にずれていると言い切っても良いと思う。

お、最愛と里保の絡み、最高だな。
この一見なにげないサイドのダンサーズの表情に、
その本気!を見るんだよ。

初観の人にとっては、
おおっ!この子かわいい、それがまずは一番だろ、と。

で、え?このひと、この歌、凄くうまいじゃん、と。
で、このバンド、すげええ、上手い、ってか上手すぎるんだけど。
で、この曲、このビート、これ、この音圧っての?
なんか、違う、凄い、なんか、このバンド、すごく凄い!

ああ、これか、これがベビーメタルって奴らか。
ああ、これなら世界で勝負できるってのも判るよな。

いやあ、ベビーメタル、良いバンドだ。最高のバンドだ。

俺は好きだな。
世間がなんと言おうと、俺はこのバンド大好き。
一発で大ファンになったぜ、と。

これまでの幾多の巨大ロックフェスのたびに、
そんな初見ファンを次から次へと総取りにして来たベビーメタル。
このサマソニこそは、そんなロックフェスにおけるベビメタの奇跡の軌跡の集大成だろ、と。

で、あれ、どうしました?この空白・・

あ、で、さ、
この間までだったら、こんな突然の空白の時とかに、
もしかして・・・ なにかあったんじゃないのか?
つまりはぶっちゃけ、ユイの身になにかあったんじゃないだろうか?
なんていう、妙な気を回しちゃうことが多かったんだけどさ。

もう大丈夫だろ、と。
そう、ベビーメタルはもうなにがあっても大丈夫。
この絶対安定感、というか、この天下無双の堂々の王者ぶり、というか。
つまりは、これを、貫禄、というんだな、と。

この外人勢ばかりのなかにあって、
その姿を恥じる、どころか、まさに圧巻。
まさにぶっちぎりのベビーメタル。

日本からもついにそういうレベルのバンドが出てきたんだな、と。
日本人が日本人として世界に向けて思い切り胸を晴れる、
そんなバンドが、ついについに登場したのだな、と。

で、え?
ここでいきなりレッチリ?なんでええ・
あれベビーメタル2曲だけ?
出し惜しみし過ぎ、ってかこのバンドがメインでしょ、と。
ああ、つまりはこのタイムライン、
レッチリとのガチンコ勝負ってことなんだよな、と改めて気がつく。

で?
おお、だったらいいぜ、
そのガチンコの大勝負、
ベビーメタル VS レッチリ、
思い切りガン見してやろうじゃねえか、と。

で、改めてこの人の海の物凄さ。
そっかメインステージ、やっぱ、こっちの会場のほうが客が多いね。

でもさ、レッチリだってベビーメタル観たかっただろうに。
その為に遠路遥々やって来たのだろうに。。。
そのベビーメタルが対バンかよ、と。
つくづく因果な商売だな、と笑ってやろう。

で、このレッチリ。
いきなりだが、なんだよこの、あまりの下準備の無さ。
ただ、ロックってやっぱこの偶発性、というか、ハプニング性というか、
作り込みの無さ、つまりは予定調和の無さ、
混沌の泥炭からの、火事場の馬鹿力の一発勝負、
ってのが、魅力と言えばその魅力の真髄。
レッチリはその火事場のバカ力バンドの筆頭、と。

お、チャドはなんかちょっと真面目にドラムを叩き始めたっぽいな・笑。
青神みてちょっと目覚めたか。
つまり、クリック入れてねえ、ってことを強調したいのか、と。
それぐらいでしか、ベビーメタルには対抗できない、
と悟った、ということなのか、と。
そしてそれは、思い切りの正解。

そう、作り込み的総合力で勝負ができないなら、
火事場の馬鹿力でどうにかするしかない。
自然発生的糞バンドは、それこそが正念場だろ、と。

ただ、このバンド、アンソニーのボーカル弱すぎるんだよな・・・

そういう意味では俺的にはジェーンズ・アディクションのほうが好きだったのだが、
ただ、その結果は?と言われて見れば、
まさに、レッチリの圧勝となった訳でさ。

まあいろいろあった訳だが、
なぜ、ジェーンズではなくレッチリだったのか、
その意味するものを決して忘れてはいけないな、と改めて思う。

でもさ、今更ながらだがレッチリ、
この大ステージで良くもここまでぽっと出のおかずを入れるよな、と。
下手すれば大惨事だろ、と・笑
ただ、それができるのがチャドであって、
そのスコーンと抜けた能天気さ、その糞度胸こそが、
このド下手のハーレー野郎がここまで生き残れた理由なんだろう、と。

とか言ってたら、おっと、スネア分詰まってやんの・笑

この揺れ、このブレを、どう取るか、なんだが、

そこで、ミュージシャンとしてのクオリティよりは、
より、顧客目線、つまりは、観客の場に立った視線、
ぶっちゃけ、なにがあろうが、客を乗せた奴の勝ち、
その鉄則だけはブレることが無かったというのが、
このバンドが生き延びてきたその理由だろ、と。

おっと、そこでスティック落とすか?

おはよー、フリー、こっちは朝だぜ。

なんでフリーがMCだよ、と。
つまりはフリーこそがバンマスなんだよね。

チャドを見る度に、他人とは思えねえってか、
こいつ、まじ、大丈夫かよ、と。
まるで、自分がステージに上がって、このドラムを叩いているような、
そんな気にさせられて、
思わず、胃袋がせり上がってくるような、不穏な緊張を覚えるのだが、
つまりは、その等身大の素人くささこそが、このバンドのすべて。

お、今日はRANCIDのTシャツだな。
おおお、いきなりアドリブ?
いまどきリハでもこんな無茶はしないぜ・笑

そして暗転。んだよおめーら、と、文句を言う アンソニー。

え?やっぱシーケンサー入れるの?
お、ちょっと学んだじゃねえか。

そう、ベビーメタルの特異性とはマニュピレーションとの完全融合。
効果音でも、クリック代わりでもなく、
マニュピレーションこそがベビーメタル・サウンドの土台。
ただ、その機械音と、どうやって生音を融合させるか、
それこそが凄さ、なんだけどさ。

で、改めて、その生音の真髄たるドラム。
ベビーメタルのドラムの特異性はね、ハイハット、なんだよなあと。
ベビーメタルってさ、ツーバス主流ってこともあって、
ハイハットがほとんど入ってないじゃん。
まあ、ツーバスオンリーのメタル馬鹿ならいざしらず、
やっぱ、グルーヴ重視のドラマーにとっては、
このハイハットこそが一種、ドラムという楽器への愛、
その証、であったりするのだが、
で、バスドラやらスネアやらはその結果、であったりするのだがだが、
そう、ベビーメタルってハイハット入ってないよな、と。

ドラマーにおけるハイハットってさ、
つまりはそれは、ギターにおける空ピックであり、
ボーカルの息遣いであり、つまりは自己表現のすべてであったりするのだが、
ベビーメタルはミュージシャンのそんなワガママのすべてこそぎ落とした、
そんなところにも、そのプロフェッショナルの凄さがあるのだろう、と。

で、レッチリなんだが、
このバンド、フリージャズかよってぐらいに生々しさって、
つまりは、ミュージシャンのミュージシャンによる
ミュージシャンのためだけのワガママ、そのてんこ盛り。
そんなワガママを思い切りぶつけ合う、
それこそがつまりは、ぶっつけ本番のセッション性。
つまりはこの予定調和一切無しのアバウトさこそが、
ステージにおけるその火事場性、ということなんだろうが・・・

それをこの大群衆の巨大ステージの中でやってしまう、
というこのレッチリというバンド。
つまりは、そのスケールが違い過ぎる。

で、そのバンドのスケールってなんだよ、ってところに味噌がある訳でさ。

という訳で、このフリー、なのである。

THANK YOU FOR BEING ALIVE.
生きていてくれてありがとう。

思わず、ぶっこいてしまった・笑

今更ながら、フリーはほんとうに、ほんとうに、ほんとうに、良い奴だ。

つまりはその、人間としてのスケールが違いすぎる!

レッチリという未曾有のクソバンドをここまで存続させたのは、
一重に、フリーの深き知性、なんだといまあらためて確信する。

やっぱり、人間、知性が必要なんだよ。
生きていくためには、生き続けていくためには。

ツイッター的な自殺的、特攻的、突発的な衝動性ってのが目を引きやすいのは判る。
そしてロックっくてつまりはそんなものだったのだが、
ただ、その刹那性を継続させ、存続することは無理なんだよね。

生き続けるため、生き抜くためには、知性、つまりは深み、
ぶっちゃけ、そこに「哲学」が必要になる。

ベビーメタルは、その衝動性、その刹那性をすべて凝縮させ、
一部の隙きもないぐらいにまで作り込んだ訳なんだが、
よって、間延びがない、そして、曲間の空白が、がつーんと落ちてしまう。
猛ダッシュして走りきって、ぶっ倒れて休む、その繰り返し。
これは、疲れる。

それに対するレッチリのこの自然体。
流れるような、たゆたうような、このアバウトさ。
これって、つまりは、ストーンズだろ、と。

ベビーメタルは、最初から額縁に入れられて、
すっかりとリボンを結ばれた商品、
つまりはショーとしてのステージ。

で、レッチリのこのだれだれのステージ。
こいつらは、朝起きて、糞して、シャワー浴びて、車に乗って、
スタジオで待ち合わせて、くだらねえ話しながら会場に向かって、
マイクチェックやって、軽くリハやって、
じゃ、どっもー、本番よろしくです、とか会場さんに挨拶して、
で?これからどうするよ、なんて話から、一応一時間前に楽屋で待ち合わせで、
なんて、実は誰もそんな時間には戻ってこなくて、
直前になって、おい、ばか、どこ行ってたんだよ、
いや、実はさ、えええ?まじで?
なんて話をしながらそのままステージ上がって。

つまりは、
つまりは?
ライブ・ミュージック、ライフ・ミュージック、と。

このアバウトなステージのケイオスが、
そのまま、生活の延長であり、それが次のステージへとずっと継続していくんだよね。

つまり?
つまりはこのステージの服を来たまま寝て起きて、ということな訳で、

ベビーメタルがまさかあの格好のまま寝たり飯食ったり地下鉄乗ったり、ってことがない、
つまりは、ステージと、私生活は別もの、つまりはこのステージは作り物、幻想ですよ、
と言っているのに対して、

レッチリはこのステージこそが現実。

そう言った意味では、レッチリと、ベビーメタルはまさに対極にあたる訳でさ。

だからこそ、そのコラボにえらく驚いたのだが、

そう、だからこその、ベビーメタルなんだよ。

フリーはいったいベビーメタルになにをみたのか、
だったら俺は、俺達は、その対極的なベビーメタルになにをみたのか。
それこそが、ベビーメタルの人気の秘密な訳でさ。

それを偽物だ、作りものだ、というやつは本末転倒。
ベビーメタルこそは、はなから作り物常套、偽物上等、であった訳で。

で?
で、そうその解答が、これ。
なんだよ、このクソバンド・・・キャットフィッシュ?なまずばんど?
こいつら、ほんと、沼のナマズみてえに、なにも考えてねえなあ、と。

いったいなにを見せたいのか、
客はなにをみるべきなのか?
いったいなにを聞かせたいのか?
その焦点はなんなのか。
それが見えていないのでは、と。

つまりは、初見の客の立場に立ってものを考えていない・笑
つまりは、第三者視線の欠如。つまりは、客観性の欠如。

ベビーメタルには第三の目がある。
つまりは、フォックスゴッド、つまりは、コバメタル。

ああこのなまず見てたらなんか悲しくなってきた。
この煮詰まりを、この苦しみを、悲しみを、切なさを、やるせなさを、
観客と共有する、という、シンパシー性にも魅力がある、
と言われればそうなのだが・・

ただ、作りものでありベビーメタルにはその共生感がない。
つまりは、リアル世界の風景に馴染まない、溶け込まない。
ぶっちゃけ、ヴァーチャル世界の姫君たち。

で、レッチリの姿はまさに等身大。
そのあたりの街のチンピラと、よお、って感でつるんで肩くんで、と。
ああ、レッチリの奴らとビール飲みながら、草でも軽く回しながら、
ベビーメタルってさ、なんて話をしてみたいものだぜ。

という訳で、ベビーメタルもレッチリも終わってしまった。

今更ながら、なんだよこの訳の判らない番組構成は。
ベビーメタルがたったの二曲で、
そんで、こんな糞バンドをダラダラ流し続けて、
一体何考えてんだよ、と。

つまりはこれがロック。
つまりはこのこそがライブ、
それを言いたいわけかいね、と。

お、ペリスコあがってんじゃん。

という訳で、いきなりですがの仕切り直し。

諸君、首の準備は、からのリスタート。

へえ、ナレーションに、前奏を被せたんだ。
コスパがあがったな。

この轟音の中で、不思議にすぅの声ばかりが響き渡る。
つまり?
つまりはそう、すぅの声質と同時に、
それって、ぶっちゃけ、周波数の魔術だろ、と。

周波数だってよ、と。
いままでそんなこと考えているバンド、ひとつもなかったよな、と・笑
そしてこのサマソニに登場する今風の糞バンドの山。
ただ、そこにまさか、周波数なんて概念は、
いまだにこれっぽちも挟まれてはいない。

おい、バンド小僧。重要なのは、実は周波数、
その音域の棲み分けなんだな、と。
俺もベビーメタルを知るまでそんなことには気が付かなかった。
つまりはこれも、ベビーメタルによって発掘された真理ってやつなんだな、と。

ただそう思った時、
そう言えばストーンズは早々にその真理に気がついていたんだな、
といまになって気づく。
リフにスネアの三拍目を重ねなかったこと、
そして、ミック・ジャガーの音域には絶対に音をかぶらせなかったこと。
ボーカルの音を、ひっこめさせた方が、逆に歌が引き立つ。
あるいは、そこに意識を引っ張れる。
そういうことを、割と早い段階から実践していた、と。

そう言えば、ストーンズってぜんぜん芸術家肌のひとたちではなかったよな。
ミック・ジャガーは経済学部。
キース・リチャーズの育ての親のじいさんは実は社会運動家の学者さん。
そして、チャーリー・ワッツの言う、たかがロックじゃねえか、
あの醒めた感覚、つまりは、客観性。
ストーンズの凄みは、その長寿の秘訣は、
まさに、イッツ・オンリー・ロックンロール、たかがロックじゃねえか。
その一言に尽きる。
その醒めた自嘲性、つまりは、客観性、だったんだよね。

THE WHOのピート・タウンゼントが思わず呟いたあの言葉。
ストーンズは、いい加減だったからやってこれた。
俺達は、ちょっと、生真面目過ぎた・・・・

このストーンズのいい加減さ、こそが実は自己の客観視。
つまりは、複眼的な視点、だったんだよね、と。

この客観的複眼性を持たない奴は必ず潰れる。
あるいは早々に燃え尽きる、自滅する。

つまりは?
つまりは、自分自身を差して、
俺ってほんとに、アフォだ、糞だ、馬鹿だ、と言えない程度の奴は、
所詮はろくなものじゃねえんだぜ、と。

あるいは、そう言ってくれるマブダチを必ず隣に置くこと。
それこそが、生きる上での命綱になりうる、と。

それこそが、まさにロック的な処世術。
こいつは、自分を嘲える余裕があるか。
あるいは、嘲ってくれる相棒をしっかりと持っているか。
実は、人間の器ってそういうところにあったりするんじゃねえかな、と。

そして改めて、このレッチリの、ハチャメチャ無茶苦茶なばかりの自由奔放な姿、
そのその理由。
ベビーメタル的なガチガチ作り込みを、ありがたく御享受させて頂く、
そんな妄信的ドルヲタな奴らにとっては、
んだこの、ド下手な糞バンドは、と一笑に付されてしまう、
一見して、ただの糞バンド、であるだけのレッチリが、
しかしすでに四半世紀にも渡るキャリアを存続させてこれたその理由。
その修羅の道のりのなかでフリーの至ったその境地、その知性の深淵は、
つまりは、そんなことでもあるのだろう、と。

で?
で、ベビーメタルは果たしてどうなのか、と。

という訳で、レッチリの糞バンドぶりをこれでもかと堪能させられたその後に、
改めて、ベビーメタル劇場という奴、
客観的複眼的視点から、見つめ直してみねえか、と。

という訳で、ベビーメタル。
聴き始めたとたん、ああ、こいつら、違うな、と・笑

その一撃を持って、これまでのロック、すべて、完敗。おしまい、と。

ベビーメタル、まさにそのレベルが違いすぎる。
なにもかもが、違いすぎる。
つまりは、プロフェッショナリズム。

すべてにおいて、完璧、完璧すぎるぜ、と。

おおお、めぎつね、入ってるじゃん。
すぅちゃん、一曲目から思い切り飛ばしてるな。

みんなもっと声出せる?

出せ、でも、出して!でもなく、出せる? だぜ。
すぅちゃんだよな、と思わず笑う。
そう、この、出せる?と言ってしまうすぅちゃんは、
すぅめたるのすぅちゃんではなく、中元すず香のすぅちゃん。
つまりはこの一曲目の時点では、
まだすぅちゃんは、すぅめたるにはなりきってはいない。

それが遂には、かかってこいやぁの世界へと移行する、昇華する、
つまりは、中元すず香からすぅめたるへと成り代り、
遂にはその幻影と一体化を成す、その七変化のドラマ。
ベビーメタルのステージの本質はまさにそこ。
このメギツネは、そんなすぅちゃん七変化劇場の幕開け、
それを宣言するテーマ曲なんだよな、と。

おお、なんか、青神のツーバスがマッサージのように肩こりに腰痛に・・

おお、二曲目はギミチョコだっち。
改めて、この曲こそはベビーメタルの不動の看板曲。
この縦斬りのスラッシュビート、あらためて凄いな。
ただ、これ神バンドだからここまで裏に入ってるんだぜ。
普通はここまで鋭く刻み込めないんだよねえ。
全員のカッティングがとてつもなくシャープだってことなんだけどさ。
これがあるからこそ安心してすぅの声に酔えるんだよあなあ。

なまずばんど、うるせえ。
ライブのナマズの音は消してしまった。
再録で聞いてもベビーメタルのほうがすげえ・笑

お、パパヤ。
初聴きの時には、このどしろーっとアジア演芸っぽさにおもわず目眩がしたが、
つまりは、視聴者ご参加用の煽り曲ってことだったんだよな。
ただね、すぅの歌唱力と、神バンドの技があっては初めてなんだけど。
普通にやったらこれ、ただの、おちゃらけ学芸会バンドの盆踊り曲だぜ、と。
こういう曲が、「媚び」にならない、ってところがベビーメタルの凄みなんだよな、
と改めて思う。

ちなみにこの曲、スネアがひっかけてる、ってことは、
ことは?
つまりは、バスドラも、ただ、ドン・ドン・ドンと四分の落とし、ではなく、
裏音で、バスドラもシャッフル刻んでる、ってことに、お気づきでしたか?

あれ、これなんの曲のイントロ?

あ、そう言えば、BMTH、初めて聞いたが、
凄く良いね。ってか、理知的な音作り。

ハードテクノとポップロックのブレンド、
あるいは天上界的なマニュピレーションと地獄的デスボ、
その融合的ガチンコのせめぎ合い、ということなのだろうが、
なんだそれ、それってそのままベビーメタル:
地獄的重低バックバンドに、賛美歌の図式じゃねえか、と。

つまり、見ているところが同じ、というところで、
へえ、BMTHとベビーメタルのコラボ、
様式は違えど、理念は同じ、すごい組み合わせだな。

俺的には、ベビーメタルとメタリカ、が良いかなと思っていたのだが、
そうか、BMTHというのはとてもよいパートナーかもしれないね。

おおお、エレガ!
このすぅの歌。思わず内蔵がひっくり変えるぐらいに魔術的。
この曲の凄み、このすぅの中音域の吸引力。判るやつには判る。
あるいは、と勝手にいうが、エレガが判る奴と、パパヤで踊っているだけの奴、
それがベビーメタルの二極性、という気がするのだが。

ああ、エレガ短い!ライブならもっともっと長引かせてよ。
これ、まじで最高なのに・・あっさりし過ぎ。
俺的には、ディストーションとエレガのLONG VERSIONをぜひとも作って欲しい。

おお、シャンティ、

俺さ、エレガより、このシャンティこそが一押し。
これ最初にMVリリースするべきだったんじゃね?と思ってるが、
たぶん、思い切り作り込んでるんだろうな、と。

ただ、この曲でベビーメタルが有名になってしまうと、
それはそれでちょっと、という気がする。
これはただたんにスピンオフなんだぜ、と。

ギミチョコがあってこそのKARATE。
エレガがあってこそのシャンティ。
ディストーションがあってこそのパパヤだろ、と。

で、改めてこのタム!
このタム、このタムこそが、見せ場だっ!
と青神はそう思っている筈・笑
はい、このタム、無茶苦茶格好良いです。

で、大阪のセトリ見ながら、
このシャンティからYAVAっていう繋ぎを見て、え?と思ったんだが。
ああ、入ったなあ。そういうこと?ばっちりじゃねえか。
コバやるなあ、凄いセンス、っていうか、シュミレーション能力。
つまりは想像力というよりは予知力というよりは脳内再生力。

事象を事象として記憶するだけではなく、それを再構築し戦略化する、
という思考能力がすっぽりと欠如しているのが日本知識人の悲劇。

では、コバがなぜその再生的思考能力を身につけたのか?
ヨガだろ、と勝手に断言させてもらう。

B型国家のインドで、理系馬鹿があれだけいるなかで、
しかし、宗教的思考があれだけ尊ばれ、
つまりは、一巡り、二巡りも三廻りも続けている、
というその輪廻的な思考力なんだよ。

こういう逸材を、何年にも渡って冷や飯、じゃなかった、温存し続けてきた、
このアミューズという会社。
今更ながら、その太っ腹、というか、なんというか。

大里さん、あの小林さんがやっぱり化けましたね、と。
つまりは、人を信じること、
あるいは、よくわからない奴をよくわからないまま好きにさせとく、
その素晴らしさ、その包容力、その、広さ、大きさ。

ぶっちゃ、大里さんが居なかったら、そんなことにはならなかっただろう、と。

ベビーメタルを産んだのが小林さんであるとすれば、
そんな小林さんを甘やかした、じゃなかった、はい、育てたのが、
まさに、大里さんではないのか、と。

つまりはカルマ:業 だろ、と。
つまりはそう、人間の器、って奴だろ、と。

おおおお、ディストーション!
でたあああ、完全な原爆状態。

この爆発力、すげええ、最高!最高です、

と、思ったら、馬鹿野郎、こいつレッチリにふけやがったな・笑

まあだが、ここまで来たら判っちゃうよな。
はい、これで、打ち止めってところで・笑

コバさん。これ以上はないよ、と、心からの大絶賛。

ただ、そう、ただ、なんだけど、

この作り込み的な完成形であるベビーメタルに対し、
ロックの凄みって、やっぱりレッチリのあの偶発性=ハプニング性って奴でさ。

ベビーメタルのハプニング性への期待が、曲順、というところの集中するのもそれが理由。

ベビーメタルはいうなればあの作り込みが錐揉みの中で別次元に移行=昇華していく階層的世界。
レッチリはそれがすべてぶっ壊れた後の再構築の過程を、さあ、みんなで作り上げようぜ、と。

ベビーメタルの作りこまれたショーを、受動型と取るのか、
そして、レッチリのあのぐだぐだを、より、能動的と解釈するのか、と。

そこには、まさしく、知性=インテリジェンス、が必要とされる訳でさ。

改めて、
未だ日本社会に蔓延するこの息苦しさ。
作り込みを作り込めるだけ作り込み、
そこで起こる偶発性を、ただ、失敗としか受け止められない減点法的思考は、
与えられたことをそつなくこなすことばかりに集中しては、
管理が数値的で安易な分、そこに想像力による創造的構築的な思考とは隔絶するばかり。
つまりは、管理者目線の減点法的思考は、すべての可能性の目を摘み取ってしまう。
既得権益にすがる以外になにもできない役人面をのさばらせるばかりで、
無手勝流の分裂思考の天才タイプはすっかりと「使えないやつ」とレッテルを貼られて終わりだろ、と。
あのさ、世界ってもっともっと、緩く柔らかく、和やかでかつ、際どいもので良い筈なのにさ。
その無法的ケイオスの中での開放感こそが、
実はロックの創造しえるもっとも素晴らしいものだったんだけどね。

で、そういう意味では、
伝統と格式的減点法的美学の完成形であるベビーメタル方式と、
未知の荒野を幌馬車で突き進んだフロンティア的美学を内在したレッチリ。
さあ、どっちが長生きするかな、というと・・・

ぶっちゃけ、今後のベビーメタルの障壁は、マンネリ、飽和、あるいは、疲弊、だろうと。
レッチリは、その障壁をいくつも越えてきている。
その理由はと言えば、つまりは、あのフリーと、チャドと、そして、アンソニー、
その濃すぎるキャラのぶつかりあいと、それを思い切りアバウトに放っておくその包容性なんだけどさ。

ベビーメタルの持つあの危機感、
いまにもぷつんと切れそうな、あるいはみしみしと罅が入って砕けてしまいそうな、
その緊張感をいかにして持続し、と同時にその極限的プレッシャーとどう戦っていくのか。
ただそれを続ければ続けるほど人的資産の消耗が進み、
つまりは、使い捨て、となっていかざるを得ない。
その愚直の罠にむざむざはまり込まないためにも、
ベビーメタルに包容性を持たせるにはどうするべきなのか、
それこそが最大の課題であった筈なのだが。

で、その答えが、パパヤでありシャンティであり。
そして台湾スーパースリッパこそは、そういう意味で、まさに突破口、だった気がする、と。

あの台湾での最愛見たかよ。
まさにあれこそが、ベビーメタルの新たなる一面。
つまりは結成時のあの溌剌をも彷彿とさせる、
おちゃめできっちゅな女の子パワー。その炸裂。

すぅちゃんのあのギリギリぎっちょんちょんを暴走させ自爆させないためには、
あるいは、教条主義的なまでの盲信的信者たちの作為の押し付けから逃れ続ける為には、
一種の反面教師的な緩和材となりうる、そんな多眼的キャラが必要なんだよ。

そう、レッチリにチャドがいるように、
ストーンズにロン・ウッドがいるように、
メタリカにラーズがいるように、
そしてベビーメタルには最愛メタルがいる!

最愛こそが、ベビーメタルの要、
ベビーメタル存続の鍵を握る、まさに最重要なキーパーソンなんだぜ。

最愛はすでにそれに気がついている!

ねえ、もっと楽しもうよ、
ステージの上で遊んじゃったって、それのなにが悪いの?
お客さんが楽しんでくれればそれで良い訳じゃない?
そんで、いろんなお客さん居るじゃない?
バンド馬鹿がすぅちゃんばかり見てるなら、
おちゃらけキャラのお客さんはわたしが担当するからさ。
みんなで楽しもうよ、いろいろなひとたちと、いろいろな方法で!

目くじらを立てるすぅちゃんを尻目に、
思い切りはしゃぎ回って、時には配列から外れちゃったりしながら、
しかし、その一種のダークホース的、ガス抜き的、そんなとっぱずれたキャラ。

最愛はそのハイパー気質を、思い切りどんどんと増長させるべき、と思ってる。

あの最愛が、またやらかした!

ライブのたびのそんな楽しみも、ベビーメタルの強烈な個性となりうる!

そう、それがすべてではない。
すべてではないが、そういうキャラも必要。
そういうキャラは、絶対に必要なんだよ。
そういうキャラを、キャラとして温存し、珍重する、その包容力、こそが、
存続するためには絶対の必要条件なんだぜ、と。

そう、最愛こそが、今後のベビーメタルを担う、その鍵になりうる!

とまた要らぬ妄想が暴走を始めたところで・・・

やべ、まだ途中だが、犬の散歩にいかねばならぬ。

さあ、犬の散歩をしながら、午後の再放送を待つとするか・・






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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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