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新香港哀歌:見捨てられた場所、見捨てられた時間 ~ 心配無用あの香港はいまもここ紐育に生き続けている

Posted by 高見鈴虫 on 24.2019 ニューヨーク徒然   0 comments
なんか最近、ベビーメタルの話題ばかりで、
あんまりにも突っ込み過ぎじゃないですか?

まあそう、確かにそうですね。
いやあ、ベビーメタルのツアーが始まった途端、
何もかもを放り投げては完全に持っていかれてしまうのは、
まあ今に始まった訳でもないのですが。

でしたら、と、ちょっと最近、身の回りで起こったこと、
つまりはこの糞ブログのそもそもの主題であった筈の、
ここニューヨークにおける徒然話。



ここニューヨークという街。
エンパイアステートから旧ワートレ跡のフリーダムタワーから、
そしてあの傍迷惑な国連からロカフェラセンターからと、
その観光名所って言うのは色いろあれど、
ただね、そんなもの観てどうするの、とは思っている。
このニューヨークにおけるその本当の主役とは、
つまりは、人。
つまりは、この、ニューヨーカーと言われている人々、つまりは俺たち・笑

この人種の坩堝のニューヨーク。
嘗ては人種のメルティング・ポット: 坩堝、
いまは、サラダボール、と称される、
そう、まさに、世界中からの人々、
その流民たちの吹き溜まりのどん詰まり。
それはまさに人間サファリパークの人種見本市。
白人も黒人もラティノもそして東洋人も、
ただ、その白黒茶黄の中にも、
アイリッシュ系からドイツ系から、
カリビアン系からナイジェリア系から、
プエルトリカンからドミニカンから、
バハマからジャメイカからトリニダッドトバコから、
その限り無いまでのMIXグラデーション。

そして我らがエイジアン。
日中韓、タイフィリピンヴェトナムからインドから、
で、その中でも、
関東人もいれば東北人もいれば大阪人もいれば九州人もいれば、
そしてこのハマの生まれの、なんてのまで。
ソウルっ子とプサンっ子はやっぱりまるでなにもかも違うし、
そしてなによりはこの中国系の方々。

一口に中国系と言っても、
カントニーズと言われる広東系、つまりは、香港人から、
そして、台湾系は、シャンハイニーズ。
そしてリャンミン系と勝手に俺が呼ぶ、つまりはメインランド、
ぶっちゃけ、中国本土からの人々、
それがまさに、外人同士、というまでに、
言葉の違いから習慣の違いから政治的立場から、
そしてなにより、そう、そのキャラクターから、
それが見事に、まったく、違う。

で、俺の、ごくごく個人的な趣味、というよりはそう、
俺のこの独断的キャラから言わせて貰えば、

仮面のような自意識の殻を被ったままのエリート面したダサ坊のメインランダーよりも、
→ 馬鹿でわがままでダサ坊ばかりの国
あるいは、台湾独立祈願を理由にした反共右派の共和党系シャンハイニーズよりも、
→ ニューヨークの4つの中国人
俺としてはなによりも、あの昔懐かしき香港映画。
この世のすべてを笑い飛ばす、あのシニカル且つウィットに富んだリアリスト、
つまりは、香港人たち。

そう、俺はどういう訳だか、この香港人という人々と妙にウマが合う。
この街に着いてから、この香港人という人種とだけは付かず離れず、
仕事から私生活からなんだかんだで、その腐れ縁が今もこうして続いている訳で。

そう、俺が日本を出て初めて降り立った海外が、なにを隠そうこの香港。
旅で訪れる街々が、女、だとすれば、
俺にとって童貞を切った、その初めての女、ってのがこの香港であった訳で。

という訳で、日本を出てから幾年月、
世界の中心で”おむあんこ!”と叫んだあの瞬間から、
-> 世界の中心で’おまんこ’と叫ぶ
この長き長きあまりにも長き旅路。
どころか、もういまとなっては、自身のホームタウンは?と問われれば、それはまさにここニューヨーク。
日本なんてところに出張したとたんに、心細くて堪らない。
ああ、早く、ニューヨークに、帰りたい!
思わずそう思ってしまうほどに、
そう、俺はもう心情的には完全にニューヨークの人。
良い意味でも悪い意味でも、
俺はもう、この街を離れた人生などまったく考えられない、そんなニューヨーク流民に成り下がっては去年月。

ただ、と思っている。
ただ、もしもこのニューヨークに
なにかの理由で暮らせなくなったその時に、
帰り着くところは東京だろうか、葉山であろうか、あるいは沖縄であろうか、
などと倩と考える時、
俺にとって、ここニューヨークを除いて帰りつける場所は、
タイのバンコック。
あるいは、そう、あるいは、
つまりは、あの1997年の本土返還を前にした香港。

そう、あの終末感に満ちあふれていた香港以外には考えられない、考えたくない。

この海外流民歴云十年の俺にとって、
最初の女、であるとろこの香港こそは、
いまだに、そう、いまだに、俺のホームタウンでもあるのだ。

という訳で、ニューヨークの香港人たち。
憎めない、いや、憎たらしい。
いい奴らか?いや、まったくそんなことはない。
好きか?と言われたら、たぶん、嫌いに近い。
でありながら、でありながら、でありながら、

そう、俺たちは、日々いがみ合い、毟りあい、嘲りあいながらも、

唯一絶対の故郷であるあの街、つまりは、あの無国籍都市:香港、
あの街を、懐かしむ、その気持ちを共有する限り、
それはともすれば、既に未知のガラパゴス星人と化してしまった当世のサラダ系日本人よりは、
ずっとずっと、その魂の深いところで結びあった、まさに、そう、兄弟。

俺にとって香港とはまさにそういう街である。
つまりは、一生忘れることのできない、故郷:ホームタウンなのである。

茅ヶ崎のあの磯の香りから、
歌舞伎町の限りなく透明に近い夜明けから、
アマンド脇の階段を降りたシチリアの薄生地のピザから、
そして四谷しんみち通り奥の支那そば屋こうや、から、

それと同じぐらいに、

ネイザンロードのネオンの洞窟、原色の迷宮の、あの末期的なまでの雑踏が、
重慶旅舎前の野球のバットを構えたターバン姿のインド人が、
ラッキーゲストハウスの屋上のサマーチェアー、
そこから見上げた都市の残骸の風景が、
旺角のストリートマーケットに蒸せかえる油煙の芳香が、
ペニンシュラホテルのアフタヌーンティーがスターフェリーの油まみれの床板が、

俺にとって、忘れるに忘れられない故郷の風景、でもあるのだ。

山口文憲 「香港 旅の雑学ノート」
星野 博美 「転がる香港に苔は生えない











という訳で、今回の香港の騒動。
なんとはなしにも追いかけながら、
それを追って追って、追い求めては、
その真相を嗅ぎ取ろうと鼻をきかせながら、

正直なところ、いや、まじで、それ違うだろ、と思っていた。

それ、少なくとも、香港人のそれではない。

だってさ、そう、香港は政治とは無縁の街。
つまりは、借りた場所、借りた時間。
仮初の街で仮初の時を生きる、
あの無節操で、あの無秩序で、あの無責任で、
全てがモラトリアムだったからこそそ満ち満ちていた、
あのアナーキーなまでのバイタリティ。

ただ、とは思っている。
ただ、あの香港人たちが、ここまで追い詰められたのだろう。
つまりはそう、あの虫国という人々に・・・

だから、と俺は言った筈だ。
だから、逃げろ、と。

どんな方法を使っても、なんとか、逃げろ、逃げ切れ、
1997年のその前に。

お前らは奴らの本当の恐ろしさを知らない。
俺は見た、俺は聞いた、そう俺は知っている、
奴らが、どれだけ、とてつもなくも愚鈍な奴らであるのか。
そしてその愚鈍の塊りが、その愚鈍さから、
愚鈍ではない人々を、どう扱うのか・・・

いや、香港人は知っていた。
そう、それを知っていながらなぜ?
なぜ、そうまでして、この街にしがみつくのだ?
奴らがやってきたら、もう香港は香港ではなくなってしまう。
それを知っていながら・・・
当時から俺が繰り返していたあの言葉。

香港よ、俺の香港よ、なんとかなんとか、生き延びてくれ・・

そして俺たちは、香港を捨てた。
あの時、あの1997年のという瞬間を以て、
永遠に、あの街を見捨てたのだ。

そして香港、その見捨てられた場所、見捨てられた時間。

今更、独立だって?と鼻で笑う。
それを言うなら、あの時、あの1997年のドサクサの時、
敢えて、香港にとどまることを選んだ、
つまりはあんたの、親、
つまりはあんたのその運命を、恨むんだな。

そう、香港はあの時、あの瞬間に、見捨てられたのだ、と。

という訳で、香港独立を叫ぶ若者たちよ。

誠に申し上げ難いが、君たちに未来はない。
その街は既に、香港であって、しかし、香港ではない。

もしもできることなら、一刻も早く、
シンガポールに、トロントに、メルボルンに、
あるいはそう、ここニューヨークに、逃げて来るべきだ。

あのなあ、と、呆れてものも言えない、
と両手を広げるここニューヨークの香港人たち。

それを言ったら、元も子もない。

だから俺はあれほど言ったんだ。
で、お前らだって、そう思ったからここでのうのうと、
そんなMSGだらけの糞飲茶なんてものを食ってられるんだろ。

まあ、確かに、そうなんだが。
そう、確かにそうなんだがな。

判ってるよ。お前らだって苦労した。
香港を出て、そして辿り着いたこの街で、
苦労に苦労を重ねては、
そしていまも、まったく当時と変わらぬ、その貧窮暮らしの体たらく。

あのなあ、と一同が声を揃える。
あのなあ、それを言ったらお前はどうなんだよ、え?
お前だって、俺達と、変わらねえじゃねえか、と。

日本人のくせしやがってよ。
日本人のいい面汚しだぜ。

あのなあ、と俺は言う。
俺は、日本人でもなんでもねえ。
俺はただ、ニューヨーカーなんだ。
そう、お前も、俺も、そしてこいつらみんな、ただのニューヨーカー。
それ以上でも以下でもねえ。

さあ、そろそろ出ようぜ、こんな貧民食堂。

そんな屑焼きそばなんていつまで食ってねえで、
さっさと、支払いを済ませようぜ。

うぇーい、と声を上げる。

サンダルを引きずりながら、そのおかっぱの少女。
シミだらけのTシャツに、土瓶眼鏡を鼻先にぶら下げた、
そのどう考えてもイケてるとは思えない、
そんなことははなから知った事じゃないとでもいいそうな、
そんな太々しくもだからこそ笑えるつまりは愛らしい、
そんな広東系の少女。

そして見上げた油煙の街。
ニューヨーク・チャイナタウン。
立て込んだ小道に、ゴミ箱が山となり、
どこからともなく漂う八角の香り。
そして彼方に聳えるウォール街の摩天楼の城壁。
なにもかもが、あの時の風景。
あの1997年を前にした、
あの無茶苦茶にエネルギッシュで、
無茶苦茶にアナーキーだった、
あの香港の風景、そのままに。

ったくこんな糞まずい店で、
お前らいったいいくら払ったんだ?
本場の香港の飲茶は、こんなものぢゃあなかったぜ、と。
とたんに、あのなあ、と一同が声を揃える。
おまえ、一文も払わねえくせになに言ってやがるんだ。
どゅうれい:馬鹿野郎!、俺は客だ。お前らに招待された客だろうが。
客である以上なんでも言える。それがお前らの流儀だろうが。
お礼だなんだと調子の良い事いいやがって、
安上がりな恩義もあったもんだぜ。
お前らにはメンツってものがねえのか、メンツってものが。
だから言ったろ、次はフラッシング。
次はフラッシングに行こうって。

ははは、と笑う香港人。
フラッシング、あそこは、別の街だ。
つまりはまあ、ニューテリトリー:新界。
俺たちは、生粋の香港仔。
そんな肥やし臭いところとは縁がないんだよ。

なあ、憶えているか?
俺たちのあの街、あの香港の風景を。
あの、チムシャツイの、あのテンプルストリートの、あのモンコックの、
あの、九龍:ガウロンの風景を。

俺たちの香港は、ここ、ニューヨークにある。
あの時の香港は、あの1997年、あの時とまったくそのままに、
このニューヨークのチャイナタウンに、再現されたのだ。

なあ、兄弟、と俺が言う。

確かにこの街は、まったくもって糞ばかりだが、
そう、俺たちはもう、この街に暮らすしか無いんだよ。
あの時の香港、あの1997年の香港をそのまま模した、
このニューヨークのチャイナタウンで。

都会人はすべて籠の鳥だ。

この都市という檻の中から、抜け出すことができない、籠の鳥。

そしてキャナルストリートを斜めに横切り、
そして嘗てはリトリ・イタリーと言われた地域、
いまとなっては見渡す限り中国語の看板ばかりの、
ただ、旧チャイナタウンとは油の乗りが違う、
そんな一角を彷徨い歩きながら、

で?
で香港、いったいどうなっちまうんだろうな?

そんなことは、知ったことか、と笑う。

お前らだって、本心ではそう思ってるんだろ?

そう、お前らは香港人。
そして筋金入りのニューヨーカー。
他人の不幸など、知ったことじゃない、
そう、俺たちって、つまりはそういう人種だったよな。

心配するな。
例え香港が失くなってしまっても、
俺たちにはここニューヨーク、チャイナタウンがある。
ここが俺たちの香港だ。
実物の香港よりも、なお一層香港らしい香港だ。
1997年の、あの香港だ。

さあ、あのシチリアン・カフェで、ジェラートでも食べて帰ろう。
すべてのセンチメンタルを振り切って、
そしてこの街:ニューヨーク。
虫国から、最も遠く離れた場所で。

俺たちは逃げおおせたのだ。
これからどうなるかは知らない、
知ったことでもねえが、
とりあえず、俺達は逃げおおせたのだ。
あの、赤い悪魔から。

逃げられるか逃げられないかは、運だろ。業だろ。カルマだろ。

国家だ?イデオロギーだ?故郷だ?ノスタルジーだ?
知ったことか。

俺たちは、ニューヨーカーだ。
この街で生き抜く、この街を出たらどこにも行く宛のない、
そんな、都市の吹き溜まり。つまりは籠の鳥だ。

鳴いてやろうぜ、歌ってやろうぜ、一日中、
朝も昼もそして夜も、思い切り傍迷惑に。

ピーヒャラピーヒャラ、コケコッコー
ピロピロ ピロピロ ピッピッピッピッピィィ

香港の奴らには悪いが、そう、俺達はそういう人種だ。

ここニューヨークという街で、借りた場所、借りた時間を生きる、
世界で一番無責任な、無国籍野郎たち。

生き抜いてやるよ、どんな手を使っても。

旧香港仔の誇りにかけて、意地にかけて。

おっと、そうそう、そういう浪花節こそが、香港仔には一番似合わねえ。

抜け目なくこ狡く小賢しくなにものにも捕らわれずなにものにもこだわらず。
いつも変わらぬ飄々とした風情で、なにもかにもを素通りしては、
シニカルに、コミカルに、すべてを嘲笑っては、
そして、まるでネズミのように生き抜く、そのしぶとさだけを頼りに。

借りた場所の借りた時間を生きるこの香港仔こそは、
世界一の、都会人、なのである。

さらば香港。さらば東京。
そして、知ったことじゃねえよ、赤い愚民ども。
俺たちはここニューヨークで宜しく暮らしている。
全てのノスタルジーに背を向けて、
全てのセンチメンタルを笑いながら、
そして俺たちはただ生き抜く。そう生き抜くんだ。
それが都会の、唯一絶対の流儀、なのだから。

そんな俺達に少しでも文句があるのなら、
やって来たら良い。この街に。

逃げのびてくれ。生き抜いてくれ、香港仔。

ここニューヨーク・チャイナタウン:紐育的九龍城砦。
幸いなことに隠れ場所なら、いくらでもある。





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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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