Loading…

帰ってきたぞのBABYMETAL 祝SSA日本凱旋公演!和神か米神かその究極の海賊音源印象羅列から

Posted by 高見鈴虫 on 17.2019 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
ああ、そうこうするうちにうかうかしてるうちに、
なんとなんとあっという間のSSAじゃねえか。

そうか、遂にまたまた始まってしまったのかこの眠れぬ夜。
まあ今回は日本公演ってことで、
ペリスコ配神はあまりに期待できないとは判っていながらも、
ベビーメタルがライブを打つ以上はそれが世界のどこであろうともその開演時間が何時であろうとも、
寝ている訳にはいかないのはメイトの宿命というよりは大切な御勤めのひとつ。
で、今回のSSA、その開演時間が18時とある。
日本時間の18時、ということは、ここ米国東部時間で言うところの午前4時・・
であれば金曜の夜に夕食の後そうそうと仮眠をとって、
なんていう辛勝なことを思わないでもなかったのだが、
あ、そう言えば、と早速お送りいただいていた、
かのLIVE AT THE FORUMのDELAYVEWINGの海賊動画と海賊音源。

朝4時の開演までの間、その秘蔵の隠し撮り映画館スクリーン映像でも堪能させていただこう、
と考えては、ともすればその開演直前まで、
この映画館の音響システムから直録りした珠玉の海賊音源。
そのTHE FORUM的世界にどっぷりと浸ってのベビーメタル三昧。
そのあまりにも満ち足りた秋の夜長。

で、多分これからのSSA公演、
内容的にはこのTHE FORUM公演の焼き直し、
というよりはアップグレードの完成版となる筈。
で、俺的にその焦点となるのは、まさに神バンド。
これまであの怒涛の米国大陸↑↓←→連戦地獄の中で
鍛えに鍛え抜かれた米国仕様KAMI-BAND。
いまとなっては完全にその米国仕様に耳が慣れ身体が馴染み、
として来たところに、
そしてここ日出る国のガラパゴス群島、
つまりは、ベビーメタル発祥の地であられますところの
本家本元の元祖和製・神バンドへの先祖返り。

この日米神バンドの比較対象の中で、
ともすればベビーメタルにとって神バンドとはなんぞや、
その根源的な存在理由にさえにも立ち返ることになるやも知れず。

そしてなにより我らが姫様たち、
そしてコバメタルを含めたチーム・ベビーメタルの御一行その各々の中にあって、
改めてこの和製版・神バンドがいったいどう映るのか、
今日このSSAこそはまさに神バンドとしての正念場なのでありなむ、と。

とそんなことを思いながら、
いまや恒例、というよりも既に生活の一部分とまでなったベビーメタルの眠れぬ夜、
これまでの米国小箱連戦からその盛大な打ち上げパーティであったあの「THE FORUM」までの軌跡を辿りながら、
果たしてその日出る国の日本の方々は、
この新生メタルギャラクシー仕様のベビーメタルをどう受け止めるのか、
そしてなにより、ベビーメタルはこの先、いったいどこへ向かうのか、
そんな思索の迷路を辿り辿っては迷い続けるままに。

という訳で、ふと気がつけばすでに午前三時。
日本で言うところの開場時間。
とそうこうするうちにお送りいただいたベビーメタル関連まとめリンク。

おおおお!
まさになんじゃこりゃのまさに永遠と続く長蛇の列。
凄い、凄い人だ・・

既に物販は気の遠くなるような長蛇の列。
続々と集結する黒ずくめのメイト軍団が
まさに会場をぐるりと取り巻いては・・

凄い、凄い人だよベビーメタル。
これは2017年の全盛期の勢いが完全復活!

もう既に開場時間を過ぎているというのに、
永遠と遅々として進まぬこの大行列、
いったい、開演までに会場の中に入れるのかよ、と。

とそんな中、おおお、なんじゃこりゃ、
そのまさに人人ひとの大アリーナ。
見渡す限り3階席の天空ギリギリまでぎっちぎちの超満員じゃねえか、と。

いやあ、正直、あのTHE FORUMにおいては、
その公演直前まで、スタンド席にぽつりぽつりと浮かんだ空席、
その17000席SOLDOUTのその信憑性にふとした懸念を抱いてもいたのだが、
いやはやこのSSA。
ステージ袖から機材席から、まさに正真正銘のギッチギチのビシビシ。

やっぱり日本だろ、と。
やっぱりベビーメタルは日本のバンド。
なにより日本のファンが一番暖かい。

この天井席までを埋め尽くした22000余の大群衆。

帰って来たんだな、と。
ベビーメタルはようやくとその故郷に帰り着いたのだな、と。

これぞまさしく、ベビーメタルの里帰り、つまりは正真正銘の凱旋公演。

おかえり!おかえりなさい!ベビーメタル!
その一言が、まさに2万2千人のひとりひとりの思いがほとばしるばかりの、
その得も言えぬ親和感・・・

これだよ、これこそが、ベビーメタルの魅力の真髄。

つまりは、その見渡す限りの大会場が、
愛情と、思慕と、敬愛と、
そのシンパシーの中にひたひたと溢れかえる、
これぞまさにTHE ONE、
まさに、愛の究極系、という奴でありなむ、と。










そう、改めてこれまでの北米ツアー。
なんだかんだ言っても、それはやはり異邦の地。
出張というよりは外遊というよりは、やはりそれは敵地への外征であり、
そしてなによりかのTHE FORUM公演の中に感じていた緊張感。
あの切迫さ、それは一種悲壮感さえも漂わせるほどの絶体絶命感。

いやあ、嘗て、2016年のロンドン・ウェンブリー・アリーナ
その公演にご遠征された方から心情吐露的告白。

あの時、最早生きている心地さえしないほどに、
切羽詰まっては絶体絶命。
公演が始まってからもずっと唇を噛みしては目を閉じては拳を握りしめ、
神様、神様、お願いですからベビーメタルに御加護を、
そう祈り続けていたその矢先、
ふと顔を上げてみれば、椅子に座っているのは自分だけ。
まさに満場総立ちのウェンブリー・アリーナ。
その怒涛の大歓声に包まれながら、
やった、ベビーメタルがやった、やったやったやってくれた!
あの時の感動はもはや筆舌に尽くし難く・・

そして実は正直なところ、あのTHE FORUMにおいては、
他ならぬ俺自身がその心境。

神様、神様、お願いですからベビーメタルに御加護を!

その逼迫を切迫を切実を、そのあまりにも不穏な緊張を、
しかし一挙にぶっ飛ばしたのがあのDADA DANCEであった訳で・・

そして本日の里帰り公演。
それはまさに、凱旋公演と言うに相応しく、
その天井席までをも埋め尽くした大群衆、
そのひとりひとりに充ち満ちた、お帰りなさいベビーメタル!
また逢えて本当に良かった!
その溢れるばかりの愛情の、思慕の、敬愛の、その親和感。

そこには評価や査定や品評や批評や、
そんな懐疑的なアウェイ感は微塵もなく、
それはまさにホーム、それはまさに故郷、それはまさに母国。

良かったね、と思わず。
良かったね、ベビーメタル。
これまでの成果の結実の、
そしてなによりその苦労のすべてが、
このSSAで報われたね、と。

という訳で、今回のSSA公演。
先月に発表された新譜:メタル・ギャラクシーの品評会というよりは、
それはまさに、世界を震撼させたビルボード・ロック部門第一位の偉業から、
そしてあの米国ロックの殿堂であるTHE FORUMの大成功公演、
その盛大なる祝賀パーティ。

その公演の成功云々、クオリティ云々よりは、
なにより、帰ってきたよ~! その声が聞きたくて、
この2万2千の大群衆の胸にあったのは、
まさにその気持ちであろう、と。

という訳でベビーメタル、
最高!最高!最高!最高!最高!
それをいくつ並べても足りることのない、
まさに、最高!しか言えないその無限ループ。

あったりめえだ、なんてたってベビーメタルだぜ。
我ら日本が世界に誇る、正真正銘の世紀の大スター。

ただ、そう、これまでの海外遠征公演、
そしてこの北米ツアーにご参戦された方々にあっては、
母国日本に凱旋したベビーメタルと、
そしてそれを待ち受けていたこの天空席までも埋め尽くした大群衆、
その相思相愛の絶対的なまでの親和感に満たされながら、
故郷、母国、その帰り着く場所の暖かさ、
その本当に意味するものの真意を噛み締めながら、
その感動を改めて胸に刻み込まれていたのではないでしょうか。



という訳で、まさに感無量の予定調和、というよりは、
まさに成功云々というよりは、
その凱旋公演であり、祝賀会であり、
そしてなにより新曲のお披露目会であるところのこのSSA公演。

残念ながらやはりペリスコの同時配信は無かったものの、
その滔々と流れ続けるツイッターの呟き的現場報告を追いながら、
そっか、アベンジャーは百々メタルであったのか。
つまりはあの米国ツアーの最大の貢献者、
その心からのお礼のご褒美。
さぞかしあの元気いっぱいの溌剌さを爆発させて居ただろうと。

で、なにより、そう、その冒頭に上げた神バンド、
そのメンバーに和神が降臨!
その朗報を前に心からの安堵のため息を付きながら、
ああ早く観たい聴きたい、その音が録音がその姿が・・
その熱情を見透かしたようにお届けいただきました、
この出来たてホヤホヤ、熱々の海賊音源。

いやあ、まいどまいどながらまさに感無量。
まさに感謝の言葉もありませぬ、と。
本当にありがとうございます。

で、はい、このお届けいただきました熱々海賊録音。

御礼というよりは御意見伺いという意味でも、
また例によってまずはその率直なる感想、
その印象羅列というやつを綴らせて頂ければと存じ上げます。

でそう、ここからの印象羅列、
まさに、これまで耳に馴染んでは慣れ親しんだ、
あの米国KAMIとのその衝突的なまでの比較対象ともなる訳で、
その速攻的直感的第一印象最優先の思考無き感覚論、
その脊髄反射的なまでの主観性こそが、
なによりその感じたままの嘘偽りの無い真っ正直な本音のホンネ。
つまりは究極の御回答ともなるであらうと勝手に自己判断。
という訳で、敢えて、なんの熟考も検証もなく、
感じたことを感じたままに感じたことだけを
率直かつ生々しくも綴らせて頂ければと。

得てしてそういうレアな感覚は、
二度三度と聴き続けるうちに薄れてしまうもの。
この最初の初っ端のその第一撃こそが、
嘘偽りの無いその新鮮且つ辛辣な感性のコアとなる筈。

ともすればなんの脈絡もない印象羅列、
自身のメモ代わりということで、ご容赦いただければ幸いです。




でまずは最初に予めお断り申し上げれば、
先に頂いたあのLIVE VIEWINGの海賊音源、

いやあ実は、正直な所、いまになってもあまりにも鮮烈過ぎて・・
あの出だしのFUTURE聴くだけでも涙が滲んで来てしまって。
つまりはいまだにシェルショックの只中、
あのトラウマ的衝撃から未だにまったく回復していない、
ともすれば、いやあ、正直、このLIVE VIEWING、
聴けば聴くほどあの緊張感を逼迫感を、
神様、御加護を!と祈り続けていたあの切羽詰まった悲壮感さえも、
まさに生々しくもありありと思い出してしまう訳で、
今回のこのSSA公演こそが、そのショック療法のその特効薬。

と言うわけでこのSSA日本凱旋公演、
誰もが予想した通り、
その一曲目はやはりFUTUREからダダダンス、
な訳なんだけどさ。

思わず、うわああ、軽い!と叫んでしまった、と。

軽い!この音が、リズムが、ビートが軽い!

で、このドラムの音、なによりこのスネアの音、
うへえ、レア、ってか、その音、そのチューニングが高い!
張ってる、パンパンに張ってる、つまりは、つまりはそう、まさに日本の音!

で、そう、スティックが軽いな、と。
と言うか、つまりは動きが軽い。細かい、そして早い。

これが、高橋幸宏?ってぐらい、
まさにぶつ切りの8ビート。

ああ、このぶつ切れ感、この細切れ感、
あの北米公演では一度も感じたことが無かったよな、と。

つまりはこれこそが日本のビートという奴なのか。
つまりはHH:ハイハットの8分音符を綺麗に粒を揃えてしまう、
この生真面目な、ともすれば機械的なまでの、この縦ノリのビート。

で、おっと、ダダダンからいきなりのギミチョコ!!
おおおおおっと!
うわああ、なんか涙滲んだ。

これなんだよ、これ。
このギミチョコ!

違うぞ!徹底的に違うぞ!
その乗りが、ビートが、その比重が、音色が、なによりそのグルーヴが!

これ、このギミチョコ、
この前乗りのベタの乗りが、
まさにドンピシャってぐらい。

いやあ、やっぱり、
取り敢えずこの出だし、
このダダンの、そしてなによりこのギミチョコ、
まさに衝撃的なぐらいに違う。

でどちらが良いか、
決まってるだろ、やっぱり和神だよ、と。

で、なぜか、と考える。
つまりは、そう、つまりは、すぅ、なんだよ、すぅちゃん。

そう、ご存知なように、すぅちゃんはリズムの取りが早い、軽い、
つまりは、リズムの掴みが、若干、早過ぎるきらいがある。
ともすれば、時としてフライング的なまでに前のめりになるぐらいに、
その勝負所という気合をいれる時には特に、
頭ちょっと、突っ込んでしまうところがある。

で、そう、そのすぅちゃんのリズムの取りなんだけどさ、
実はこの和神、つまりは、青神さま、
そんなすぅちゃんとまさに、ぴったり!
息が、癖が、その鼓動が、バイブレーションが。

つまりは?
つまりはこれこそがベビーメタルの奇跡の真髄!

これが、これが、これこそが、ベビーメタルの夫婦茶碗ビート、という奴だろう、と。

そしてこのスピード感。この疾走感。この軽やかさ!

そう、それはまさに日米の美学の違い。
つまりはこれ、ハーレーとヨーロピアン。
まさにこれ、ジープとポルシェ、と言う奴でさ。

思わず、神バンド、軽いなあ、早いな、疾走ってるなあ、と。

で、実はこの前のめりの軽いビート、
黒人系のソウル系やら、あるいはブルース系やら、
そしてなにより、泥臭いくも土臭いアメリカン馬鹿ロックの信奉者たちには、
得てしてこのあまりにも軽すぎるビートが忙しなくも走って聞こえる、
そんな傾向があったかとは思うのだが、
で嘗ての少年時代、米軍キャンプで遭遇したあの本場アメリカン・ロックのその真髄たちから
口を酸っぱくして言われ続けたあのロックの奥義。

日本人はそのまま生:キで通してしまうとロックにはならねえ。
ともすれば、あの米軍の奴らからは蛇蝎のように嫌われる。
いいか、米人を相手にするのであれば、
スネアをためろ、思い切りためまくっては、裏でリズムを取れ、
つまりはスッチー・タン、その大ノリの重いビートを忘れるな、と。

そう、このすぅちゃんの、そして、青神さまの持つ純和製ビート、
下手をすれば前につんのめっては転がってしまうそのところを、
だがしかし、そんな和製ビートであったところのこのベビーメタルが、
しかし日本人として初めて、世界に認められたその理由がなんであったのか?

それはつまりは、そのビートの核が、マニュピレーターであったこと。
そしてなにより、そのグルーヴのコアとなったのが、
ドラム、というよりは、まさにベース。

そう、このベビーメタル。
特筆すべきはこのドラムのあまりの音数の多さ。
それはまさに掟破りというほどまでに、
次から次へとやること満載で粒を拾うだけでも精一杯。
下手をすればそこにグルーヴだ裏音だ、なんてことを持ち込んでいては、
ついついマニュピレーターのテンポからぶっ千切られては、
ドン亀よろしくもたりまくることになる。

そう、このテンポにスピードに、ついていくためには
なによりそのシャープさ、その的確さ、そのジャスト感こそが必要になる訳で、
この青神さま、そして、前田神を除くすべての助っ人ドラマーたちが、
本来のドラマーとしてのその手癖的ドラマー的典型から脱しきれないうちに、
テンポにリズムにぶっ千切られては、スネアばかりが軽くなりバスドラがもたりひっかかり、
つまりは、このドラム、重い、重すぎる、
そのベビーメタルの狙ったそのポップさの、足を引っ張る結果となったのだが。

そう、あの米神のアンソニー君も、最初の頃はまさにそれ。
あの、ドラフォーの、あのレッチリの、
あの凄腕で鳴らしたカドシュンさんでさえ、あの松本エイジさんでさえそうだった。

つまりはそのマニュピレーターにプリセットされた、
そのあまりのテンポにスピードに、
その音数の多さに展開の早さに、
ついていくだけでの精一杯。
下手をすればちょっと気を抜いた途端にたちまちぶっ千切られては後ろ手に回ってしまう、
そう、それこそがこのベビーメタルの罠であり難所であり究極の課題。

そう、このベビーメタルの楽曲、
そのビート的な肝となるのは、
まさにマニュピレーター、つまりは機械音。
それとの完全なシンクロを必要とされる以上、
遅れるよりは先走れ、タメるよりはなによりのジャストミート、
その前のり感、そのアジャスト感。

だがしかし、それではドラム本来のビートが出ない、グルーヴが出せない。

そう、そのドラマーがあまりにも忙しい中にあって、
必要とされるのはまさにベースなのでありなむ。

ドラムが突っ込み、ベースが引き戻す、
この寄せては返す波のような、この綱引きというか駆け引きというか。
この阿吽の呼吸のこのテレパシー的なまでのコミュニケーションの秘技。

それこそが、このベビーメタルに奇跡を齎した神バンドの秘技、その真髄の真髄。

神バンドはひとりに非ず。

ドラムとベース、そして、なにより、マニュピーレーターとのシンクロ性、
それがあって初めてのベビーメタルなのでありなむ、と。

つまりはドラムとベース、そして機械との完全融合、
その水も漏らさぬ徹底的なシンクロによって、
みんなで力を合わせて金メダル勝ち取りました、
そう、これぞまさに総合美、という奴。

そしてこのエレガが、
そしてなにより、このシャンティが、
おいおい、聞けよ、聞いてみろよ、
これまで米国においては気づくことのなかった
あの、シーケンサーの16分。
あの、シャカシャカと細切れになってばらまかれ埋め尽くされたあのマシンビートが、
この和神の演奏の中にあっては、まさに水を得た魚のように、
際立っては浮き上がっては踊り始めては、
まさにシーケンサを式神としてビートの中に絡めとり絡めつかせるように。

これなんだよ、これ、これに驚いたんだよ、嘗てのベビーメタル!
このマシンと完全に一体化したこの摩訶不思議なグルーヴ。

いや確かに、米神の方が重かった。分厚かった。力強かった。
ビートそのものを、肘で、二の腕で、肩でとっているように。
あのミシミシと軋むような筋肉の分厚さが聞こえて来そうな程に、
つまりは斧、つまりは棍棒、つまりはスティックを、WOODと呼ぶ、
つまりはあのジョン・ボーナムの美学。

つまりはそう、日本人ドラマーたちが、
憧れて憧れでONだOFFだ、4分だ8分だ、裏だ表だ、
まさに血の滲むような修行を続けながら、しかしどうしても手に入らなかったもの。

この大波の横乗りの、つまりはアメリカン馬鹿ロックの、
思わず後に仰け反ってしまいそうなぐらいの、
あの、力強くも、ダイナミックなビート。
まさにロック、本格派ロックのその真髄の真髄。

対してこの和神。
その軽やかに浮かぶような転がるようなビート。
手首の柔らかさと言うよりは、爪の先でテーブルとコツコツと叩くような、
そのあまりにもジャストなビート。
でありながら、そのすべてがまさにマニュピレータとの一体化。
つまりは?つまりは、あの、YMOの高橋幸宏の体現した空手チョップの8ビート。

いまになって思う。
それってつまりはフォームだろ、と。

そう、米系のドラマーってさ、思い切り脇を広げては肘を開き胸を開け、
エキスパンダーでも引っ張るかのように、肩が厳らせた、
つまりはアメリカン・グリップ。
で、このアンソニー君はそれもちょっと深めのジャーマン風。

で日本のドラマー、そしてブリティッシュ系もそうだけど、
肘を下げ、脇を締め、まさに縦拳、
それってつまりはジャズにも応用できる、
あのスティックのバウンドをフルに使った軽やかさ細やかさ。
そのオールマイティさが、音の、音色の、そしてなによりリズムのビートの軽さ、
となって現れる、と。

で?どっちが良いか。
まあどちらが正解というよりは、
つまりは曲調にもよるだろと。

機械色の強いビート、
つまりはダダダンからギミチョコからの縦ノリのビートにはダントツで和神。
あのシャープな切れ味、あの細やかななジャストミート感から、
そしてなによりあの軽やかさ、と同時のスピード感、疾走感、
つまりは、ポップさ。

そう、ポップな曲には和風ビート、
和神の、そしてマニュピーレーターの持ち味である、、
その繊細な細やかなポップさが十二分に発揮されると。

それに対しての米神たち。
あのアメリカン馬鹿ロックの真髄であるところの、
特に「カゲロウ」においてはやはりダントツで米神。

どっちがどっち、ということではない、つまりはそれが個性。それが持ち味、と。

ただ、ただ、なんだけどさ。
そう、このベビーメタルのバンド。
なによりその特異的としてのマニュピーレーターとの完全融合、
そして、なにより、その最も重要なキーとなるのが、
つまりは、その主役となるすぅめたるとの相性となる訳で。

なにはなくともこのベビーメタルがすぅめたるのバンドである以上、
その主役であるところのすぅめたる、
このすぅめたるの歌をどこまで際立たせるかこそがバックバンドの鉄命。

つまはそう、なにはなくともすぅちゃんとの相性なんだよと。

で?
そう、で、このすぅとの相性という意味では、
ははは、そう、そうなんだよねえ。

ぶっちゃけ、この和神軍団、
その軽いビートの上に乗ると、
このすぅちゃんの持つ本来のビート、
このスピード感が疾走感が
その気高さが、軽やかさが、
その明るさが、その健気さが、
透明感が、そしてそのロリっポさが、
なによりも際立つ浮き立つ、自由奔放に解き放たれる。

で、はい、今回のこのSSAで、
俺的に一番驚いたのが
えええ、まじで、まじで、カゲロウ、やったの?
この和神バンドで?

うへええ、と。
コバサン、意地悪いって。
ってか、まあそうなんだけどさ。

で、はい、すぅちゃんも、ん?と思った筈。
あれ、違う、いつものカゲロウとちょっと違う、と・笑

まあそう、先にも上げたように、
このカゲロウこそは米神の土壇場の必殺技。
こういう泥臭い楽曲を演らせたら、
と言うよりは、これこそがまさにアメリカン・ロックの真髄なんだからさ。

という訳で、この和製神バンドのカゲロウ、
思わず、ははは、と笑ってしまっては、

ぶっちゃけ、これ、このビートを、日本人がやるのはかなり無理、
ってか、わざわざこのビートを、日本人が演ることもねえだろ、と。

いやあ、俺も嘗ては、やれスティーヴィー・レイ・ヴォーンのダブル・トラブルから、
そしてなにより、オールマン・ブラザーズから、ジェームス・ギャングからと、
つまりはサザンロックって奴の真髄を求めて、なんて頑張っていた時期があるけど、
今から思うと、そしてこのベビーメタルの登場を経たいまとなっては、
そんなの、わざわざ日本人が演ることはねえよ、と。

米人に演歌が浪曲が歌えず、盆踊りのビートがしっくりと来ないのと同じ用に、
日本人がどれだけブルースをカントリーをブルーグラスをコピーしてもタカが知れている。
あるいは、そこにミスマッチ的なフュージョン性ってのもあるとは思うが、
それはそれ、これはこれ。
つまりは、一言目には紛い物的な扱いをされては、妙な上から目線に晒されることにもなる。

という訳で、ベビーメタルのその特異性がなんだったのかと言えば、
そう、あのX-JAPANの確立した、和製メタル、
あの純和製のポップ・メタルという分野を改めて世に示した、
つまりは、日本人の日本人による日本人のためのメタルという分野を、
新たに改めて確立したってことなんだよ、と。

でその核にあったのがなんなのか。
つまりは、マニュピーレーターとの完全融合であり、
そして唯一無二のボーカリストであるすぅめたる、
このロックというよりはブルースというよりは、
まさに児童唱歌的なまでに無邪気な、そして賛美歌的な清廉な、
このあまりにもストレートなボーカルスタイルとの絶妙の融合であった、と。

なのでそう、実は、かの北米ツアー、
あの米神との絡み中での初期公演、
あのDC公演におけるあの妙に不穏な違和感。
ドラムがうざい、この手数がうるさい、そしてなによりビートが重い過ぎる。
そしてそれによって、すぅちゃんの持ち味が半減することにもなる。
まあその分、その見た目の美しさというところに多いに救われるところもあったのだが、
なんだけど、いやあ正直、あの時に俺は、
一種ベビーメタルの危機状態のアラームが鳴り響いていた訳で、
コバさん、いったいどうするつもりなのか、と。
で、取り敢えず、青神さまを招集できないのであれば、
なによりBOHさんを呼び寄せる、それ以外に方法はねえだろう、
なんていうちょっとした切迫感を憶えていた訳なのだが、
なんだけどさ、はい、あのアンソニー神。
なんとなんと、その本来の持ち味である重さが図太さがその大波の横乗りさが、
このベビーメタルにおいては逆に作用してしまう、その現実の中での伸るか反るか、
その究極の選択、と思っていたら、
おっと、この人、まさにその身上の信条のその心情のコアであったところの、
力技:ちからわざ、つまりは、アメリカ人のその美学の根本的コア、
つまりは、そのパワーのみで、乗り切った、と。

いやあ、これは凄いことなんだよ。
本当に本当に凄いことなんだぜ、と。

という訳で、そんな紆余曲折を経て辿り着いたあのTHE FORUMの奇跡。
なんだけどさ、改めて、そんな苦労するぐらいだったら、
なんで最初から本来の和神たちを使わなかったの?
ということにもなる訳で・笑

ただ、そう、ただ、なんだけどさ、
この北米ツアーのその最大の収穫ってのが、
まさにこのカゲロウ、であった訳で。

いやは、はいはい、そうなんだよねと大笑い。
こと、このカゲロウに関してだけは、
まさに米神たちに軍配があがる。
ともすれば、この北米ツアーにおいて、
米神たちのカゲロウの聴けたその歓びというか。

はい、思い知りました、アメリカン・ロックのその真髄、と。

なんてところで、ちょっとあの米神たちの演奏がどことなく懐かしくも思えてきたところ、

はい、この米神と和神、その本質的な違い、というよりは、
その度量の差、強いては、このベビーメタルと言うバンドが、
これほどまでの成功を得るに至った、その本当の理由というのがなんだったのか。

ともすればこの北米ツアー中にすっかりと忘れていた感のある、
ベビーメタルの伝家の宝刀、その錐揉み的な神憑りのエアポケット。

そう、そうなんだよ、今回のSSA公演、
その一番星となったのが、なんとなんと、このディストーションであったのか、と。



いやそう、実はね、
メタルといよりはジュリ扇片手のダンスビートであったダダダンから、
そしてパンク系のギミチョコからドラムンベース系のエレガから、
そしてなにより、インディアン・ポップのディスコビートともなるシャンティまで、
そのエレクトリック・ポップさの中にあっては断トツの強みをみせたこの和神軍団が、
そのストレートなメタルビートであるところのスターライト、
そしてなによりカゲロウの中でちょっとした違和感、
つまりは、すぅちゃんからの、ん?の小首傾げ。
おっと、なになに、俺たちってもしかして、あの米神の傭兵軍団と比べられてる訳?
なんていうちょっとした違和感なんていうものに目ざとくも以心伝心に気がついてしまった、
そんな時・・・笑

果たしてこのディストーション、
うわ、ヤベ、と思わず。

うわ、青神さま、
いきなりその初っ端に、
ちょっと躓いた、出遅れた、ってより、力入り過ぎた。
つまりは、ツーバスに神経が行き過ぎた。
思わず後に引きずった。
その重さが、もたりが、その本来のビートにちょっとしたズレ、
つまりは違和感が生じた、その中にあって、

うへ、やべ、とメンバー感に走ったであろう俄な緊張感。
とその瞬間、おおおおおっ!と思わず。
そう、この、やべ、の危機的緊張、
その瞬間に、いきなりベースがギターが一丸となっては、
ドラムを引っ張る、その隙間を夢のように埋めていく、
その怒涛の巻き返し感。

その無理を承知の巻き返しターボ全開の中にあって、
おおおお来たああ、と。

このうねり。この揺れ。この歪!!!

これこそが、リズムが回る、という状態かと。

とその途端、いきなり出現したエアポケット、
その神降ろしの奥義。

ああ、と思わず。
あああ、これこそが、ベビーメタルの伝家の宝刀、
その錐揉みエアポケットの真髄であったのか、と。

そう、エアポケットには揺れが必要だった。
それは一種の欠落からの巻き返しパワー、
一度バラけたビートの渦が、
その欠落を埋めるが為にスーパーターボをかましては、
その隙きが、溝が、その埋められるその瞬間。

つまりはスクラップアンドビルド、
その瓦解からの再構築の過程こそが、
この神降ろし的エアポケットの奥義、その真髄であったのか、と。

そう、エアポケットって欠落があって初めてなんだよ、と。

だからこそのストーンズ。
だからこそのガンズ、
だからこそのメタリカ。

あの一種ポンコツと言われたギクシャクとしたビートが、
ひとたび勢いが着いたとたんにストッパーをはね飛ばして暴走を始める、
そう、この揺れ、この歪、その集約の、再構築の過程、
これこそが必要だったんだぜ、と。

そう、すべての音楽はブードゥーに通じると言ったマイルス・デイヴィス、
そのマイルス流ブードゥーの真骨頂であったビッチーズ・ブリュー。
そうあのアルバムの全曲が、散漫なリズムが拾われ絡み始め、
そしてついには渦となって回り始めては空に向かって浮かび上がる、
そう、その散漫さ、そのひっかかり、その欠落からの再起こそがブードゥーの核であったと。

つまりはベビーメタルって実は、
その完璧さこそが売りであった訳ではなく、
マニュピーレーターというあまりにも融通が利かない全能の木偶の坊との、
一進一退の攻防戦、
その紆余曲折こそがその一進一退こそがその七転八倒こそが、
実はベビーメタルの錐揉みビート、
あの神降ろしの真相であったのか、と。

そう、神バンドが完璧だから神が降りた訳じゃないんだよ。
欠落を内服した上で、それをステージの上で再構築する、
そのドラマこそが神バンドの妙技。

このマニュピレーターとの追いかけっこ。
この息もつかせぬデッドヒート感。
つまりは、欠落を欠落として、無理を承知の上でのその未完成性、
その不条理を内含した上でのバンドだったんだよ、と。

なんだよ、そういうことかよ、と。
そうか、これだったのか。
これだったんだよ、ベビーメタルのビートの秘密、その真髄って奴だったのか、と。




なんだけどさ、
え?だったら、つまりは神バンドが下手くそであったから、
だからあの錐揉み神降ろしのエアポケットが作り出せたの?
いや、そうじゃないよ。
ってか、その真逆の真逆。

ぶっちゃけ、この神降ろしの錐揉みは一種派生ベースの拾い物的おまけみたいなものでさ。

という訳で、そろそろその真髄の真相の暴露。

そう、このメギツネ、そして、PAPAYA、
そしてなにより、このROR。

聞いてみろよ、と。
違うだろ、全然違うだろ、と。

これまでの北米ツアーとのあまりも大きな差。

この和神と米神、その最も大きな違いとはなにか。

はい、それはまさに、あまりにも不思議なことに
改めて、この和神のドラム、
その安定感というよりは、それはまさに透明感というべきか、

このドラム、改めて驚愕するのは、
ぜんぜん、まったく、これっぽっちも、気にならない、鼻につかない。
その奇跡的なまでのフィット感、ジャストミート感。
この滑らかな、このスムーズな、この流れるような、あまりの肌触りの良さ。

つまりはそう、これぞまさに、すぅめたるとの絶妙のコンビネーション。
まさにその呼吸が鼓動がバイオリズムがすべてが完全にシンクロしているこの状態。

そう、実は米神にはそれがなかった。
上手い、でかい、強い、のではあるが、
やはりこのうねりが、このポケット感が遂に感じられることはなかった。
そしてなにより、俺はあの北米ツアーのすべての公演において、
気にしないように、とは思いながらも、
心のどこかで、やはりちょっと引っかかっていた、
この毛羽立ち感、というか、この衝突感、というか、
つまりは一種のザラつき、という奴。

その妙なザラつきこそが、ロックの棘であり、摩擦であり、
その大きな魅力でもあるのだが、
ともすれば、このベビーメタルが、
シャウトを使わず、ビブラートを使わず、
怒鳴りもせず、叫びもせず、
つまりは、そのロック本来の暴力性を徹底的に排除したスタイル。
そんな特異なヴォーカリストであるすぅめたるのこのスタイルとのそのシンクロ感。

そしていまになって再び嘗て聞いたあの友人からの戯言が蘇る。

神バンドの強みは、その個性を消せるところ。
個人主義の米系バンドには逆立ちしてもできないその融合性、その統合性。

改めてこの和製神バンドの奥義の中の奥義。

この人たち、気にならない、引っかからない、まったく毛羽立っていない、
つまりはまったくすぅちゃんのボーカルとぶつからない、邪魔しない、OH MAJINAI。

時として一瞬のばらつきからのフォローの巧みさ、
ともすれば、その寄り合い的、引き合い的、支え合い的、
それこそがまさに一心同体、運命共同体のスクラム感。
つまりはそのコミュニケーション感、その一体感、
つまりは、その脳波のシンクロ性。

そう、ここ本場米国の凄腕の傭兵たちであった筋金入りのプロフェッショナル、
でありながら、その個人的なテクニックの力量の云々というよりは、
まさに、このバンドとしての一体感、
ぶっちゃけ、その和気藹々感、というか。

そう、その一種の馴れ合い的なまでの仲良し感が、
米神たちには感じられなかった。
つまりは、ゴリゴリなまでに押して押して押し続けながら、
そこに一種のホッコリ感、というか、和み感、というか、
つまりは、愛情が、思慕が、敬愛が、その親和感が、
感じられなかったよな、と。

つまりはそれって突き詰めて言えばなにか、と。
つまりはそれは、信頼感、つまりはそれこそが、10年間の重み。
ベビーメタルと神バンド、
これまでの旅の、戦いの、その興隆の、その苦楽のすべてをともにしてきた、
絶対の信頼感、そう、悲しいことに北米ツアーにおいては、
ベビーメタルと、そして米神たちとの間の、
そんな心理的な睦み合いを、感じることがなかった。
つまりは、うーん、これを言っても良いのか悪いのか、
つまりは、そう、主役であるベビーメタルと、
そしてバックバンドとしてのKAMI-BANDが遊離したまま、
最後まで、絡み合いもつれ合い、慈しみ合うまでには至らなかったと。

そしてこの和製神バンド

もしかして、通しのリハとかもせずに、
そのメンバー間も、このSSAの楽屋でいきなりの同窓会。

いやあ、みんな久しぶりだよね、と。
で、どこでなにやってたの?
そのつもりはなしはこれ終わったら改めてビールでも飲みながら、
そんあ乗りだったのかもな、と。

改めて、この和製、神バンド
その究極の強みとはなにか?

メンバー同士が仲が良いってこと、
それに尽きるんじゃねえのか、と・笑

神バンドってさ、仲良しなんだよ。
みんな仲が良いんだよ。つまりは仲間なんだよ、家族なんだよ、と。

そう、このバンドの強み、その凄みの本質は、
まさにこの、仲良し感、だったんだよ。

その親和感の真髄たる、その音と音、リズムとリズムが、
絡みに絡み合っては一心同体、
つまりはそう、一言で言って、アンサンブル、という奴。

で、その音楽的なアンサンブルが何故になされるのか。

つまりはビートを束ねるひと、集約するひと、
それをまとめあげ、それを包み込む、
その精神的な要となる影の仕切りや的大親分が居るわけでさ。

つまりはそう、あのジョン・ポール・ジョーンズ。
つまりはそう、バンドの絶対神となるところのベーシストだろう、と。

改めて、この神バンドの華となるのは、大神様のギターであり、
そしてなによりこの掟破りの音和をぶちまけるドラムの青神様ではあるのだが、

この和製神バンドのその真髄の真髄、
和神と米神、その一番大きな違いとは、
まさにこの、ベースの音、その包容力、そのスケールの差であったよな、と。

そう、日本のバンドマン達、
その楽器を初めて手にとったときから、
耳からタコがどころか、それを言われるたびに吐き気までしてくるほどに、
鉄則の中の鉄言として繰り返されてきたあの鋼鉄の言葉。

ベースの音を聴け。
ベースに合わせろ。

そう、日本のバンドマン、ずっとずっと言われて続けていた。
ベースだ。バンドの要は、リズムの核は、ベースにあり!

ベースだ、ベースだ、ベースだ、ベースなんだぞ!と。

そう、そしてこの和神のメンバーたち、
そのひとりひとりがその共通認識として、
このベース重鎮の鉄則が、まさに染み付いている刻み込まれている、と。

で、悲しいことだが、そう米神のKAMIにはそのベースの包容力が無かった。
押し出しはあったが、しかし、その巻取りが、引き潮が無かった。
つまりは、他のメンバー達から、それほどまでに尊重され敬愛され親愛されるには、
あまりにもあまりにも、その時間が経験が足りなかった、と。

それこそが、この和神と、そして米神の、
あまりにも大きな違いだろうと。

改めてこの時代にあって、もう一度考えてくれ。

俺たちが子供の頃、
まさに、耳にタコができるぐらいに言われ続けていたあの言葉。

友だちを、大切に、しなさい。

そう、友だちこそが子どもたちの財産。
あるいは、友だちを作ることこそが、子どもたちの一番の仕事であった筈。

友だちと仲良くしなさい。
友だち百人できるかな。
友だちが、友だちと、友だちを、友だち友だち、友達・・

この狭い国土の中で、村落共同体であった日本という国の歴史の中で、
良い意味でも、そして悪い意味でも、この同調圧力的な協調性、

いやあ俺自身、その弊害ばかりに辟易とさせられることが多かった、のではあるが、
ではあるのだが、幸か不幸か、その成長期を通じてあれだけ無理強いされ続けた、
友達を大切にしなさい!その鉄命の鉄則。

そう、それに対して、うるせえこの野郎、と異を唱える、その前提として、
友達は大切に、その大前提こそが、日本の精神風土のその根本だったんだお、と。

でまあこの時代だ、と。
この時勢の変化、そのテクノロジーの進化に伴う社会形成の変化、
それに準じた上での、
あるいは、そう言いたくはないが、受験戦争があまりにも激烈を極めては、
その四択的そのマルバツ的、その絶対値的な偏差値、
その歪な受験システムばかりが暴走に暴走を続けては、
ネイティブの英語人と一度も話した経験もなくその必要もないとされる英語教師から、
箸にも棒にもかからない、まったく使いみちの無い英語力ばかりを強要され、
電話帳を逆さにして丸暗記させられる、その記憶力といよりは耐久性ばかりを要求される、
そんなことばかりを続けた上でのこのガラパゴス化。
そしてなにより、近年の日本人が失ってしまったそのコミュニケーション能力。
減点法の中で、審査され査定され失敗を咎められることばかりに恐れおののいては、
ついには理知も叡智も思考能力から自己判断能力さえもを他人に委ねた末のロボット化、
その根本にあるのは、実は、嘗ての日本を支えていたこの耳の痛い言葉。

友達を大切にしなさい、

それが失われてしまった、
あるいは、この歪な受験システムに、
そして現代社会に適応する為に、と勘違いされては、
すっかりと斬り捨てられてしまった、
この友達を大切にする、つまりは、人の心を思いやる、
つまりは、コミュニケーション能力そのその基盤の基盤、

相手の立場にたってものを考える、その心の真髄。

日本人ってさ、実に実に、そういう民族だったんだぜ。

この小さな島の狭い国土で身を寄せ合って、
それをなによりの成約とし土台とした上での処世術、その知恵の集約。

改めて、日本人のその凄みのその能力の真髄って、
なによりそのコミュニケーション能力の高さ、
なによりその、相手の心を思いやる、
その思いやりの深さ、その心の豊かさだったんだぜ。

俺たちはもしかしたら、ベビーメタルの中に、
そんな日本人の原風景、その心の暖かみ、
その人間性の尊厳の、その真髄みたいなものを、
見出しているんじゃないのか、と。

この北米ツアーを終えた後、
そして帰り着いたこのSSA、
そこで出迎えた2万2千人の大観衆の、
その心からの、お帰りなさい、のメッセージ。

その親和感、その愛情のその思慕の敬愛の、
その根本にあるものってまさにこの心と心の暖かみ、
だったんじゃねえのかな、と、
そんな気がしたんだが、如何でしょうか、と。





という訳で、これまで米神漬けであったこの耳に、
改めてこの和神のその統合的融合的神業的なまでに心地よいビート。

いやあ、やっぱり、俺って日本人なんだよな、と。
やっぱりどうしても、日本人、それだけは、なにがあっても変わらねえんだな、と。

いやあこれまで、なんだかんだと憎まれ口ばかりを並べては、
何ものねだりばかりを繰りかえしてきては、
相手と自分、ぶっちゃけ、端的に言って西洋と日本、
その進んだものと遅れたもの、その勝者と敗者、
その優位性と劣性、ばかりに気を取られては、
そんなこと知ったことかとつっぱればつっぱるほどに、
実はそのつっぱりこそが、その劣等感のなによりの現れ。
自分に無いものばかりを羨んでは、憧れ続けてきた。
つまりはその欠乏感こそが、劣等感こそが、
日本人の向上心、その向学心の賜物であった筈なんだけど、

なんだけどさ、ああ、言ってしまって良いのか、
やっぱり、このビート、これはこれだけは、
つまりは、どちらが凄いか、よりも、どちらが気持ち良いか、馴染めるか、
つまりはその触感として、どちらに親しみを、そして安心を感じるか、
いやあ、もうそれはこの和神、この気持ちよさ、この親しみ、この自然さ、
その軽はずみな、時として空振りのすかりのオーバーランの、
その軽い軽いビートが、やっぱり、どうしても、肌に馴染む。

そして断言できる。
すぅちゃんはなにより、この和神たちの奏でるこの軽さが、
なによりも心地よかっただろう、と。

だって、すべてがすべて、わたしの鼓動、わたしの息吹、
わたしのバイオリズムにばっちりだから。

そう、改めてこの和神ビートのあまりの違和感の無さ。
そう、そこだ、そこでつっこんで、そう、そこで抑えて落として、
そこで、アクセント!そう、その通り、その通りなんだよ!
ともすれば、その浮つきがそのもたりが、
その違和感さえもが、そう、そう、それなんだよ、と思わず膝を打ってしまう、
つまりは良い意味でも悪い意味でも、
これが、これこそが、俺たちのビート、俺達のリズム、俺たちのバイブレーションなんだよ、と。

なんかさ、俺、先の、イチローの姿に、井上尚弥の姿の中に、
どことなく、すぅめたるの姿を重ねているところがあったんだけど、
で、この和製紙バンドの中に、まさにあの、日本ラグビーチーム、
日本人らしさをあえて武器にする「ジャパンウェイ」
体力で劣るそのハンディを知性とチームワークと練習量によって跳ね返しそして凌駕した、
あの怒涛のド根性軍団。

その精神性こそが、実は我らがベビーメタルと神バンド、
強いては、我ら日本民族の、その真髄だったのではないのかな、と。

という訳で、いやあ、はい、こう言ってしまって良いのか悪いのか、
和神、そして、米神、その双方が、一長一短、といよりは、
はい、優れている、とてつもなく優れている、とは思いながら、
好きか、嫌いか、というよりは、
どちらが馴染むか、気持ちが良いか、違和感がないか、
そしてなにより、無理がないか、と自身に問いた時、

いやあぶっちゃけ、ここだけの話、
それは、やっぱり、和食にしますか、洋食にしますか、
お醤油ですか、ケチャップですか?

いやあ、それはほら、この料理にもよるし、そのメニューにもよるし、
とは思いながらも、正直な話どちらが無理なく身体に馴染むか、と言われれば、

いやあ、はい、そうですね、神バンド、つまりは我らのヒーロー、
日本人の日本人による日本のビート、
そのあまりの心地よさだけは、疑問の余地などなにもない、と。

ただね、ただ、だからといって、日本バンザイ、
もう欧米からは学ぶものなどなにもない、と言ってしまってはそこでおしまい、
あるいは、心地よさ、気持ちよさ、ぶっちゃけ、その手軽さばかりを追い求めては、
なにひとつとしてなにも進歩することはできない。

人が水であり、流れ続けねばならない、その宿命がある限り、
人間は変わり続けねばならない、学び続けなくてはならない、
というよりは、ぶっちゃけ、まだ見知らぬものを、面白い!と感じる、
その好奇心だけは失ってはならない、と。

海を越え山を越え、友達百人できるかな、
それが千人なり万人になり億人になり、
そう、大人になることと楽しさって、
まさにこの、自由意思による新しい経験、
それに尽きるだろ、と。

つまりはそう、旅を続けるってことなんだけどさ、と。

という訳で、へえ、1月の幕張では、
もしかして、和神と米神のガチンコバトル、
あるいはもしかして、ジョイントの混合のジャムセッション、
なんてことが起きるわけ?

ははっは、と思わず。
いやあそれに関しては言いたいことは山程ある。
のであるが、そう、いまこの時点では、
まずは本日これからのSSA、その二日目。

16日の一日目がまさにその再会を祝す歓迎パーティ、
であったとすれば、
そして本日、その二日目こそが、本領発揮の神業の真髄。

今日は来るぞ、神バンド。
いや、昨日来なかった訳ではないですが、

ただ、これまでの通例通り鉄則通り、
ベビーメタルは二日目の方が良い!

その肩の力が抜け、その気負いが逸りが はしゃぎが拭いさられ、
さああ、今晩こそが本番だ、その真髄の真骨頂。

という訳で、帰って来たなベビーメタル、そして神バンド。
まさにその先祖返りの、正真正銘の里帰り公演。
その底力の真髄のすべてが、
今日これから、SSAのステージでこれでもかとばかりに炸裂する、

いやあ、とんでもない夜になりそうだぜ、と。

改めて、今日の公演、賭けても良いが、
あのTHE FORUMと相対を成す、とてつもない公演になる筈。

つまりは、その溢れるばかりの愛情と、
思慕と、敬愛と、その親和感に溢れに溢れる、
まさに、愛とカワイイの究極系。

ベビーメタルからの愛のすべてを、
ベビーメタルへの愛のすべてとして思い切りの倍返し、

愛とカワイイのヘビーメタル、
その、日本人の日本人による日本人にしかできない我らがメタルの美学。
その真髄が確立されるだろう、と。

いやはや、とんでもない夜になりそうだぜ、と。

改めてお身体には重々ご留意の上、
私の分まで心置きなくお楽しみ頂ければ、と。

御報告お待ち申し上げておりまする、と。


  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム