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JAL123便日航機墜落事故の真相

Posted by 高見鈴虫 on 10.2010 ニューヨーク徒然
いまさらだが、ひょんなことから俺はJAL123便日航機墜落事故の真相を知っている。
そんなことは誰でも知っている、少なくとも俺ら、米軍キャンプの街の近辺に住んでいた不良であれば、
ほとんど全員がその話を知っている筈だ。

当然のことながら犯人は米軍だ。

理由は、と言えば、その日が、TBSの月曜ロードショウで映画「東京裁判」が放送された日だからだ。

それでピピンとこない人はたぶんその前からその後もアメリカの日本の関係とか、
ぜんぜん判らないんだろうが、
少なくともそれだけで、俺ら、キャンプの街のガキはすぐにピピンと来る。
が、まあ、
不良でもなく、米軍キャンプという日本の国の中の外国が、この世に存在することさえも知らないのなら、
新聞を読んでるだけだとないひとつとして判らないんだろうな。

という訳で、野暮だが種明かし。

米軍は「東京裁判」が放映されることにより、
ニホンジンが新たにアメリカに怒りを向けることに滑稽なぐらいにびびっていた。
なぜかといえば、その東京裁判がむちゃくちゃであったことを、
当のアメリカ人が一番良く知っていたから、らしい。

で、まさかニホンジンが「東京裁判」を見て、アメリカ軍に対して暴動でも起こす気でないだろうか、
と思った米軍の中で、バカな跳ね返りが、
うっせえ、そっちがそうならこっちもこうだ、とばかりに、威嚇飛行を繰り返していたのだ。

あの夏、キャンプの街に暮らしていた奴らはそれを良く覚えている筈だ。

米軍機の飛行場から飛び立つ戦闘機が、住民外の上空すれすれでスクランブルをしては、
轟音を響かせ、それが朝から晩までひっきりなし。
最近、米軍機がやけにうるさい、と言いながらも、
しかし、駅前の米軍相手のバーはからんからん。

どうも「東京裁判」の影響で、外出を控えろってな注意が出ているらしくて、迷惑な話だよ、
トーキョーサイバン?なんだよそれ、
なんて話を俺はバーのカウンターで実際に話していたのだ。

まさにそれ、東京裁判って、なんだよそれ、という感じだったのだが、
それがなんであったのか、どれほどむちゃくちゃな裁判であったのかを、
ちなみに俺は、その真相をこともあろうに米軍の奴から聞いたのだ。

という訳で、
あの日航機に面白半分にスクランブルをしかけて打ち落としてしまったのも米軍。
あの日航機墜落事故の際、緊急出動して横田に誘導をかけたのも米軍。
結局、オスタカ山に撃墜した後、フライトレコーダーを持ち去ったのも米軍。

あの事故の後、キャンプの街はもう、まるで、米軍が全員本国に帰還したのか、
というぐらいに静かだったのだ。
米軍機のバーナーも無く、バーの酔っ払いどころか、街にはひとっこひとりの米軍さんの姿も無かった。
理由は、といえば、
もしもの時に備えて臨戦態勢に入っていたのです(笑

時の首相・中曽根はその真相を知っている筈。

が、と米軍さんは言っていた。
日本の政治家は大丈夫だ。ガッツのかけらもねえニワトリぞろいだからな。

で、その、ガッツのかけらもねえニワトリさんたち、
その口止め料のかわりに、なにかを受け取っている筈なんだよね。

それがなにか、ってのが、俺の知りたいことなのですが。
つまり、中曽根は、500幾人の犠牲者の魂と引き換えに、
いったいなにをがめたのか、ってことなんだけどさ。

まあ知ったからってどうなるわけでもないのだが、
俺はどうしてもこの中曽根という人が好きではないので、
できれば存命中にそのあたりのことを明らかにしてあげてから、
最後の餞として全国民からの罵声とともに送り出してあげたい、
と思っているだけの話でさ。

なのだが・・・
という訳で、
そう、真相、どころか、
そんなことを、米軍さんやらあの街の奴なら誰でも知っていたことを、
いけしゃーしゃーと、今日のこの日までとぼけとおすなんて、
日本の政治家も、マスゴミも、まったくしょーもない外道たちだな、
と俺はいまでも思っているのだよ。


というわけで、そっかあ、1985年、というと、もうすぐ、25年ってことなんだな。
いやはや、だな。
ってことはペンタゴンの資料も一般公開されるってことか。
ちょっと調べてみようか、と思っている。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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