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LOVE SUPREME 2019 深夜のコインランドリーから

Posted by 高見鈴虫 on 28.2019 犬の事情   0 comments
どうにかこうにかクリスマスをやり過ごした金曜日、
あとに残すのは正月ばかり。
これでようやくの仕事収めと言う奴か。
そんな束の間の解放感の中で、
さあ、かみさんのいないこの休日、
久々にトップレスバーにでも繰り出して朝まで騒いでやろうか、
あるいは場末のキャバ嬢を相手にしっぽりとしっとりと、
それでもなければビレッジの古巣のジャズバーにでも顔をだしてみるか、
なんていう気力も元気も心の余裕もまるで無く・・・

今日も今日とて一日中を帰宅時間のタイムリミットと追いかけっこ。
3時を過ぎて息が荒くなり4時を過ぎて目が血走り、
5時を過ぎて胃が痛みだして6時を過ぎて目が眩み始め、
そしてもう沢山だもう十分だもうなにも要らない知ったことじゃない。
やにわにオフィスを走り出すと同時に街の雑踏へと脱兎の如く飛び出して、
おい、そこをどけそこをどけ!
間の抜けた観光客たちの間をすり抜けては突き飛ばし、
ひとり殺気立っては帰路を急ぐ俺なのである。

果たしてかみさんが旅立ってからというもの、
いついかなるときにも背中かからのしかかってくるこの焦燥感。
早く早く早く一刻でも早く家に帰らなければ、
果たしてこの切迫のその理由がなににあるのか、と言えば、
言わずと知れた犬の事情である。

盆暮れ正月もなくとはよく言うが、
休日祭日お構いなしに、冬の激寒の中でも夏の酷暑でも、
豪雨の中でも雪嵐の中でも、
夜明け前に起きだしては犬の散歩。
仕事が終わったそのとたん、
残業のすべてを放り出してオフィスを駆け出し、
そしてできるだけ早く家に飛んで帰って、
そして走り出るドッグラン。
おしっことうんちとそして夕食の準備、
それこそが毎日の最優先課題。

親しき友たちとの語らいも夜遊びも、
ましてやちょっと気になるあの子をデートに誘いだして・・
そんな浮世の悦楽のすべてをかなぐり捨ててはぶっちぎり、
今日もひとり、殺伐とした職場とうんこ臭いドッグランの行ったり来たり。
働いて食って犬の散歩して寝るだけの日々。

これははっきり言って並大抵のことではない。
これははっきり言って尋常なことではない、それは判っているのだが・・









そしてようやくとたどり着いた金曜日の夜。
ああ、これで、少なくとも明日の朝は、
5分でも15分でも30分でも遅寝ができる、
その慎ましやかな安堵感に心の底からのため息を漏らしながら、
そしてこの仕事納め。
なにひとつとしてなにひとつなにも納まりを見せていないのは重々承知ながらも、
とりあえずはこれがタイムリミットのゲームオーバー。
つまりはもうこの末期的なまでに切羽詰まった心持ちから、
解放される、ということなのか。

そして見上げたマンハッタン。
そして頭上に広がる摩天楼の星屑の嵐。
終わったのか、とりあえずは生き抜けたのか2019年。

改めてこの2019年のという年。
俺の人生においては、なにひとつとしてなにも進展のなかった、
そんな特異な年として記憶されるであろう、まさに空白の年。
予定していた資格の取得もそれによって開けるであろうキャリアの進展もないままに、
ただ悪戯に無為な日々に忙殺されるばかり。
この世のどこかで展開されているのであろう壮絶なまでのパラダイムシフトの中にあって、
だがしかしそんな激動もどこ吹く風、
もう十年も前に泥船と判断したレガシーな檻の中に囚われたまま、
似たような人々が似たようなことを似たように続けるばかりの、
あるいはそんなことさえも考えがつかないほどに、
ただただ忙しく忙しく忙しく、ただただそればかりで過ぎていく無為な時間。
そんな終わりのないレールの上をひた走りながら、
なにかへまさえ犯さなければ、昨日と同じ明日がやってきて然るべきもの、
そう信じて疑わない柵の中のハムスターたち。
違う、違うんだ、そんなことじゃないんだ、
いまさら計算尺の使い方に熟達してどうなると言うのだ。
確かに計算尺だけで宇宙にロケットを飛ばした時代もあった、
それを考えれば計算尺には計算尺なりの優れた点も多いのだろうが、
だがしかし、それが果たして未来にも求められているかというと・・

このもどかしさ。このまどろっこしさ。
この重さ、この遅さ、この煩わしさ。

それはまるで、このCITIBIKE。
ニューヨークを網羅するレンタル自転車システムとして鳴り物入りで始まったこのサービス。
ではありながら、なにがどういった理由でかそのバイク、
そのギアが、そのペダルが、そのタイヤが、
重い、限りなく重く、そして遅い、まるで亀のように。
下りの坂道においてもペダルを漕ぎ続けなくては停まってしまう、
そんな最低最悪の自転車を町中に並べては、
で、その遅い重い、その理由?
事故回避と、盗難防止と、そして通行人の保護。
つまりは速く走行しすぎて事故を起こさないように、
との配慮であるらしいのだが、
だからと言ってそのギアをペダルを限りなく重くしたからと言って、
事故は起きる時には起きる、そのはずなのだが・・

そんな勘違いの見解からも分かるように、
このCITIBIKEというシステム、
その企画段階から効率から運用からその何から何までが浅知恵の浅知恵。
結果として、必要な時にバイクがなく必要な所で停められず必要でもないところに山になる。
いつしかすべてのバイクは壊れ赤字が累積しそして不満ばかりが募っていく。
システム・フェイラー。

こんなことであれば、わざわざこんなシステムなど作らず、
その金で、ニューヨーカーひとりひとりに無料の自転車を配布したほうがよかったではないか。

事故回避と、盗難防止と、そして通行人の保護、
そのリスク回避を前提としたがために、
すべてにおける機能性から利便性から運用性にブレーキをかけてしまった、
その結果であろう。

そして日々、俺はそんなCITIBIKE的な現実を生きている。
わざと遅く重く作られた自転車。
世界そのものがコンプライアンスと言う重荷にがんじがらめにされて走るのに走れず。
まるで土嚢でも背負ってはマラソンを走らされてるような気分。

泥棒に入られないがためにドアに鍵を三つ四つ五つ六つ、
窓という窓に鉄格子を嵌めては裏口のドアは溶接で固め、
そんな自身の作り上げた檻の中で疑心暗鬼ばかりを募らせながら、
いつしかすっかりとコンプライアンスという檻の中でのキャビンフィーバー。

そんなバカげた状況の中にあって、
そんなバカげた状況をアドバンテージとしたものばかりが生き残るというのも世の常で、
つまりは閉じられた環境における疑心暗鬼の魔術師たち、
キャビンフィーバーの中に特性を見出した奴隷根性の権化のような人々がにわかに活気づいては
教条主義に貫かれた独善的絶対善を武器に
世界中を魔女狩りの悪夢、
その疑心暗鬼の沼の底に引き摺り込んでいく・・

そんな浮世の悪夢から解き放たれた金曜日。
少なくとも年明けまでの間は、俺はそんな世界とは無縁でいられる。
そしてなによりの朝、5分でも15分でも30分でも遅寝ができる、
その慎ましやかな解放感の中に、いまにも身体中がぐにゃぐにゃになっては崩れ落ちそう。

ああ、終わった、ようやく終わってくれたのか2019年・・
なにひとつとしてなにひとつろくな展開もなかったが、
とりあえずは生き延びた、とりあえずは生きさらばえたのか・・

そのつかの間の安堵感。そのささやかなる開放感の中にあって、
駅前の雑踏を前に、ふと、ちょっといまのうちに、
休みの間の食糧の買い出しにでも、などと思ったのが間違いであった。

時間はすでに8時過ぎ。
ではあるが、朝は6時に起きてパークをまわり、
あれだけ遊ばせた走らせた後なのだ。
それにこれから数日間は、朝から晩までこれでもかと散歩してやれる。
ここまで来たら多少帰りが遅くなっても文句を言われる筋合いもない・・

というわけで、肉から野菜から、
ポテトチップスからチョコレート・ブラウニーから、
そして忘れてはいけないドッグ・トリート、
そんなもろもろを両手いっぱいに買い込んでは帰り着いた峠の我が家。

おーい、帰ったぞい!

と開けたドアの前に、あれ、どうしたお前、と、
なぜか見え透いた愛想笑いを浮かべた犬の姿。

なんだおまえ、なんだよ、その気味の悪い愛想笑いは・・

もしかして・・! もしかしてお前・・

あの、あの、あの、ちょちょちょっと待って待って、
と追いすがる犬を尻目に走りこんだリビング・ルーム。
ん?荒らされてはいない。トイレシートもクリーンなまま。
ソファの上のカバーも、そして我が城たる机も本棚もIT機材も神棚も・・

であれば、とふと見れば、あれ?寝室?寝室のドアが開いている・・

その暗い寝室の中、恐る恐る電気をつけてみれば、
その一見してなにも

だがしかし、なぜ?なぜ、行きがけにしっかりと閉めたはずの寝室のドアが開いているのか・・

つまりは、つまりはなにかがある、きっとある、そのはずなのだが・

そんな俺の様子を、恐る恐る見守っていた犬。

なんだよ、気のせいか、と笑いかけたとたんにベッドに飛び乗っては、
これでもかとばかりに満面の笑みを浮かべてはさかんに顔中を舐めてくる。

わかったわかった、おなかすいたよな、いまご飯にするから、と思ったその矢先。

あれ?おまえ、なんか臭くないか?

とそんな犬の足元に、ころりころりと転がるその妙な形の黒いコルク栓。

ん、なんだこれ、と摘み上げたその途端・・・

ああああ、あああああ、ああああ、これ、うんこ!

と見渡したそのベッドの上、

あれ!?あれ、あれ、あれ、ここにも、そしてここにも、ここにも、ここにも・・

その四散したうんこの欠片・・

おおおお、お前、お前、お前、よりによって、ベッドの上にうんこしやがったのか・・

ああああああ、と犬。
ここぞとばかりに飛び上がっては、いやあのその、とくるくると回り飛び上がり、
そしてがむしゃらになって飛び掛かってきては顔中を嘗め回し、
その騒ぎを面白がるように、そこかしこで、コロコロコロコロと転がるうんこうんこ、うんこの欠片・・

ああああ、おいおいおい、なんでなんでなんで、よりによってベッドの上に・・・

普段であれば決して考えられないこの晴天の霹靂。
部屋で粗相をすることなど、よほどの緊急事態をおいてはあり得ない、そのはずなのに・・

なんでなんでなんで、よりによってベッドの上にうんこ・・

思わず身体中の力という力がすべて流れ落ちては、
そのままぐったりとベッドの上に倒れ伏す、こともできずに床の上に座り込み、
そんな俺に必死の形相で飛び掛かっては、
怒っちゃやーよ、怒っちゃやーよ、怒っちゃやーよ、と顔中を嘗め回すこの幼気な悪魔・・

あああ、おまえ、おまえ、おまえ、と思わず、
おい、だったら、お前、今晩、俺はどこで寝れば良いのだよ・・

あのなあ、と思わず。
あのなあ、あのあのあの、言わせて貰えば、
俺がこうしてこの年の瀬にこんなところでひとりで居るのは、
ほかならぬお前の世話をしなくては、それがたった一つの理由であって、
本来であれば、トップレスバーで朝までどんちゃん騒ぎ、
あるいは場末のキャバ嬢ちゃんとしっぽりとしっとりと、
それでもなければビレッジの古巣のジャズバーで、
いやいやいや、そんなことは言わなくとも、
すくなくともかみさんと一緒に、
日本への里帰りぐらいはしていてしかるべきもの。
である筈なのに・・

それができないその理由が、
なによりお前、そう、君の為であるということを、
いったいどこまで分かっているのかよ、と。

俺はそうまでして、これまでして君に尽くしながら、
いったいなぜ、ここまでの仕打ちを受けねばならぬのか・・

答えてくれ、答えてくれ、答えてくて、
その答えがあるのなら・・

2019年12月。
ようやくようやくとしてたどり着いた仕事納めの金曜の夜。

巷のお祭り騒ぎ、祝祭と喧噪を尻目に、
夢も希望も情熱も欲望も捨て去っては、
そしてたどり着いた安息の部屋、
そこさえも追い出されたまま、

そして崩れ落ちた夜更けのドッグラン、
その砂だらけのベンチの上。

愛は、愛は、愛は、報われない。
報われないからこそ、尊いのか、だからこそ無上なのか。。

俺は、いったい、こんなところで、なにをしているのだろう、
思わず滲んだ涙、
とふと見れば、そんな俺の顔をじっと見つめ続ける犬。

なんだよ、どうしたんだよ。
もう頼むから、俺のことを放っておいてくれないか?・・

正直、もうすべてのことがすべて足枷。
もうちょっと、俺には、そのすべてがいちいち、あまりにも重すぎるかもしれない。

そんな俺を、いつになくしおらしく見つめる犬。

なんだよ、またおやつか?わかったわかった、だったもうそろそろ帰って、
とさしだしたトリート、だがしかし、あれ、どうした?犬が食べない・・

鼻の先にさしだされたトリート、普段であれば脇目もふらずに食いついてくるはずが。
そのトリートの先にある、俺の表情をじっとみつめるばかり。

なんだよ、お前、どうしたんだよ・・

そんな犬の瞳の中に、え?と思わず。

え?なに?いや、違う、違う、違うよ、そんなことじゃない。

俺は、そう、確かに、俺たち、喧嘩もするけど、喧嘩ばかりしてるけど、
でも、でも、でも、でもね、なにがあっても、
君を見放そうなんて思ってはいない、思ったこともない。

長生きしてほしい。いつまでも、なにがあっても、
あと十年あの二十年、できることなら永遠に。
それがたとえ、自然の法則、神の決めた規則に背くものであったとしても・・

なにをしてもいい、どんなことになってもよい、なんだってする、どんなことだってする。
だから、ただただ、長生きしてくれ、元気でいてくれ。

そう、つまりは、そういうことだったよな、と。

そして深夜の地下室のランドリーにひとり、
回る洗濯物を呆然として見つめながら、

愛は、報われない。
報われないからこそ尊いのか、だからこその、無上なのか。。

いや、そういうことでもないだろう、と。

足元にうずくまった犬。
眠そうな目をして大きな欠伸をしながら、
目が合うたびにニカリと笑いやがる。

こいつ、まったく、ひとの苦労も知らねえで・・

ただひとつ言えることは、
これが俺の選んだ人生。
これが俺の求めたもの、そのひとつの具現化であることに間違いはない。

果たしてそんな俺に救いがあるのかって?
くそったれ、それが俺さ、どうだ格好良いだろ?

LOVE SUPREAME
深夜の地下室のコインランドリー、
JOHNCOLTRANEの旋律を口笛で吹きながら、
ひとりニヒルに笑いながら、

さあ、この乾燥機が終わるまであと15分・・
そして2019年残すところもあと4日。

いや、それよりも、とふと思う。

いや、それよりも、俺たちに残されたこの時間、
いったい、どれだけあるのか、それは誰にも分らない。

わからないこそ、この一時、この一瞬が尊いのだろう。

ごめんな、と思わず、寝ている犬。

ごめんな、さっきは変なことを言って。

長生きしてくれよ、お願いだから、いつまでもいつまでも・・

俺が望むのは、それだけだ・・










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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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