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犬の事情 謹賀新年

Posted by 高見鈴虫 on 02.2020 犬の事情   0 comments


今年の目標は
来年のお正月もこうして一緒に迎えることだぞ、
そう言ったとたん、
んなことは当たり前だろ、
だから早くおやつを寄越せ、
と鼻の頭を舐められた。

謹賀新年あけおめことよろ。

生き抜こう。
なにがあっても。なにをしてでも。






いつどんな時でもどんな状況でも、
ぜったいに下を向いては歩かない、
顔をあげて顎をあげて視線を上げて、
胸を張って肩で風を切って歩くこと。
そう約束したあの人が逝ってすで20年。
いまだにこの約束だけは
守り続けている通し続けている、なにがあっても。
だってそれが男の基本、とそう言った、
それがあの人との約束だから。
そして見ればこの犬だ。
いつどんな時でもどんな状況でも、
天に向けてピンと跳ね上げた白い尻尾の旗が一本。
そこのけそこのけニューヨーカー。
ひと呼んでピンボール・ブッチ、
ぶっちぎりのブッチ様のお通りでい!
似た者同士のひとりと一匹、
2020年もこれにてよろしく。





かつての失業中に髭をのばしていたことがある。
白黒混じりのまだら模様にキャッツアイ。
散歩の途中に犬と並んで自撮り写真。
ほお、胡麻塩のブチ柄がお揃いで
二人はなかなかお似合いじゃねえか、
とは思ってはその写真
どんなもんだ、と年賀状がわりにかつての友人たちに送ったところ、

へえ、犬とペアでちょいわるおやじかよ、と一言で。
確かに絵に描いたようなちょいワルぶり、
ではあるものの、
ただ、あまりにもそのものズバリってのも、
面白味がねえな、と。

喧嘩の啖呵がやたらと漢字の多い文語体、
ビラまきバイトの休憩時間に
街宣車の前でアサジャを読んでいたお前が、
ジャズしか聴かないパンクロッカー、
ライダースの革ジャンにいつも文庫本を突っ込んで
いつもちゃらちゃらの女のケツばかり追いかけまわしては、
本気で惚れる女のはいつも決まって勉強眼鏡、

そんなお前はその捻りがひねくれが
その天邪鬼の意外性こそが売りだったのによ。
外と中が一緒になっちまったら、面白くもなんともねえじゃんか。

そして俺は髭を剃り、銀縁眼鏡に七三分けでスーツとネクタイ。
年齢を問わず性別を問わず役職と問わず立場を問わず
いつも決まってこてこての敬語のですます調で押し通す、
絵にかいたようなジャパニーズ・サラリーマン。

すっかりと変装こいたこのコスプレ変装、
その意外性こそが味噌なのさ、
それに気づいているのも俺ひと、
とは思いながら、
ふと見ればこの犬、この目、この顔、この態度、そんな犬の表情に、
そんな俺の本性がつつぬけのもろばれ、という訳かい。

犬と飼い主は一心同体のシンクロニシティ、
そのふたつの姿は一種の鏡像でもある。



鏡像といえばそういえば、

兼ねてから疑問であった犬の自己認識、
なんてはなしを、
この年末に、挨拶代わりにランチしたオタク大魔王、
らーめんを啜りながら焼豚を寄り分けながら
ナルトをかじりながらスープにふーふーしながら、

だってさ、鏡を鏡として認知しない犬が、
自分自身の姿をどう認識するのだろう、
なんか不思議だろ、と話したところ、

ああ、、きょーぞーだんかいろん、とひとこと。

きょーぞーだんかいろん?

そう、ジャック・ラカンの鏡像段階論。

あれこの話、むかしおまえとしたよな、と。

鏡を鏡として認識しない幼児は、
自身を取り巻く他者の存在を以て自己を図る。
いわゆるひとつの「創造的自我」

あれそれ、YOU ARE MY MIRROR
そうそうそれって、I WILL BE YOUR MIRROR

ジャック・ラカンってインド哲学かよ。
そうそう、それってしっかりヴェルヴェット・アンダーグラウンド。

あれ、そういえば、餃子も頼んでたよな。
もう食い終わっちまうんだけど、餃子まだかな。

なんてはなしをしているうちに、
おっと、すでに昼飯時間を30分も過ぎて・・

じゃな、よいお年を、と、←と→に別れてBBAB。
ニューヨークの雑踏に消えていくのであつた。





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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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